チン毛 ― 2011年04月07日 22時57分09秒
「ねえ、パパ。携帯ゲーム機買ってよ」
息子に泣き付かれた。
「学校の友達はみんな持ってんだよ」
うそつけ、持ってない奴も必ずいるはずだ。
「仲のいい子はみんな持ってて仲間外れにされちゃうんだよ」
うまいこと言うじゃねえか。それなら仕方がない。
「じゃあ、買ってやる」
「やったー!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。一つ条件がある」
「なーに?」
「チン毛が生えて、それをママに見せたら買ってやる」
「ホント!? わーい、わーい」
数日後。
「あんた、タクヤに変なこと言わなかった? ゲーム機のことで」
「ああ、言ったが」
「あの子、『早くチン毛が生えないかな。そしたらママに見せてあげるね』って言ってたわよ」
「……」
はたして息子は母親にチン毛を見せることができるだろうか?
マイクロスコピック<希望の超短編>投稿作品
息子に泣き付かれた。
「学校の友達はみんな持ってんだよ」
うそつけ、持ってない奴も必ずいるはずだ。
「仲のいい子はみんな持ってて仲間外れにされちゃうんだよ」
うまいこと言うじゃねえか。それなら仕方がない。
「じゃあ、買ってやる」
「やったー!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。一つ条件がある」
「なーに?」
「チン毛が生えて、それをママに見せたら買ってやる」
「ホント!? わーい、わーい」
数日後。
「あんた、タクヤに変なこと言わなかった? ゲーム機のことで」
「ああ、言ったが」
「あの子、『早くチン毛が生えないかな。そしたらママに見せてあげるね』って言ってたわよ」
「……」
はたして息子は母親にチン毛を見せることができるだろうか?
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穴 ― 2010年07月14日 22時23分05秒
街を歩いていた岡野健治は、突然、強い揺れに襲われた。
――地震だ。しかも大きい。
とても立っていられず、健治は歩道に膝をついて四つん這いになる。すると、前方からゴゴゴゴゴという地鳴りと「助けてくれ!」という男の人の叫び声がした。揺れに耐えながら前を見ると、アスファルトから男の人の手だけが地表に飛び出している。どうやらその人は、道に開いた穴に落ちてしまったらしい。辛うじて片手一本で地面を掴んでいるのだが、今にも力尽きそうだ。
「まずい、このままでは落ちてしまう」
健治は這うようにして穴のところに行き、彼の手を掴もうと手を伸ばした。しかし――
「ああああぁぁぁぁ……」
健治が掴んだのは彼の上着の袖だった。彼の手はするりと上着をすり抜けてしまい、体は穴に落ちてしまった。健治は穴の中を見ようとしたが、揺れている状況では自分も落ちてしまいそうだ。仕方なく、揺れがおさまるまで健治は地面に這いつくばってじっと我慢した。
揺れがおさまり健治が立ち上がると、目の前に深い穴が広がっていた。直径は二メートルぐらいだろうか。中は暗くて深さが全く分からない。
「大丈夫ですかーーっ!!?」
健治は穴の前に跪くと、暗闇に向かって思いっきり叫んだ。しかし返事は何も聞こえない。
残されたのは、健治が掴んだ男の人の上着だけだった……
健治が警察と消防に連絡をすると、警察官とレスキュー隊がやってきた。
「僕が手を掴むのが間に合わなくて……」
「その男の人はどんな方でしたか?」
警察官は健治に状況を質問し、レスキュー隊は穴に梯子を下ろそうとする。
「揺れが強くて、彼の手しか見れなかったんです。そういえば、手の甲に大きな十字の痣がありました」
それ以上は健治から情報が得られないと警察は判断し、今度は男の唯一の遺留品である上着を調べ始めた。すると胸のポケットから、名刺入れが出てきた。
「名前は……『宋宋 寛』というのか……。変わった名前だな」
あの男の人は、寛という名前だったんだ。なんとか無事であってほしい。
そんな健治の願いとは裏腹に、レスキュー隊の梯子はいつになっても底には着かなかった。
そうこうしているうちに、穴の周りには野次馬が集まってきた。しばらくするとマスコミもやって来て、救助の様子にカメラを向ける。一方、目の前のビルには大型モニターがあり、地震の被害状況を伝えるテレビ番組が流されていた。幸い、揺れによる被害はほとんどなかったようだ。マスコミが到着してから、大型モニターには穴とレスキュー隊の映像が映し出されるようになった。今回の地震の被害者は、今のところ、健治の目の前で行方不明者になった寛という男の人だけらしい。
『本日、午後一時頃に発生した地震によって、』
午後三時から始まったお昼のワイドショーでも、穴のことが取り上げられていた。ニュースを読んでいるのは、若くて可愛いキャスターだ。
『なんと街の中心部の歩道の真ん中に、』
穴と救助の様子がモニターに大きく映し出される。
『とつぜん、ウ八が開き……』
えっ、ウ八? ウ八って……何?
その頃のテレビ局では――
「お、おい! 誰だ、ニュースの原稿書いたのは?」
「はい、僕ですが」
「今ニュース読んでるキャスターって、この間『旧中山道』を『一日中、山道』って読んだ奴だろ?」
「そうです。だから今回はちゃんと縦書きで原稿を書いたんですよ」
「ちょっと下書き見せてみろ――バカヤロー、縦に長すぎるんだよ、お前の字は!」
「すいません、生まれつきなもんで」
「悠長に謝ってる場合じゃねえぞ。ストップ、ストッープ! 今すぐニュース止めさせろ!!」
『ウ八におちた方のおなまえは、ウ木ウ木ウ……』
――地震だ。しかも大きい。
とても立っていられず、健治は歩道に膝をついて四つん這いになる。すると、前方からゴゴゴゴゴという地鳴りと「助けてくれ!」という男の人の叫び声がした。揺れに耐えながら前を見ると、アスファルトから男の人の手だけが地表に飛び出している。どうやらその人は、道に開いた穴に落ちてしまったらしい。辛うじて片手一本で地面を掴んでいるのだが、今にも力尽きそうだ。
「まずい、このままでは落ちてしまう」
健治は這うようにして穴のところに行き、彼の手を掴もうと手を伸ばした。しかし――
「ああああぁぁぁぁ……」
健治が掴んだのは彼の上着の袖だった。彼の手はするりと上着をすり抜けてしまい、体は穴に落ちてしまった。健治は穴の中を見ようとしたが、揺れている状況では自分も落ちてしまいそうだ。仕方なく、揺れがおさまるまで健治は地面に這いつくばってじっと我慢した。
揺れがおさまり健治が立ち上がると、目の前に深い穴が広がっていた。直径は二メートルぐらいだろうか。中は暗くて深さが全く分からない。
「大丈夫ですかーーっ!!?」
健治は穴の前に跪くと、暗闇に向かって思いっきり叫んだ。しかし返事は何も聞こえない。
残されたのは、健治が掴んだ男の人の上着だけだった……
健治が警察と消防に連絡をすると、警察官とレスキュー隊がやってきた。
「僕が手を掴むのが間に合わなくて……」
「その男の人はどんな方でしたか?」
警察官は健治に状況を質問し、レスキュー隊は穴に梯子を下ろそうとする。
「揺れが強くて、彼の手しか見れなかったんです。そういえば、手の甲に大きな十字の痣がありました」
それ以上は健治から情報が得られないと警察は判断し、今度は男の唯一の遺留品である上着を調べ始めた。すると胸のポケットから、名刺入れが出てきた。
「名前は……『宋宋 寛』というのか……。変わった名前だな」
あの男の人は、寛という名前だったんだ。なんとか無事であってほしい。
そんな健治の願いとは裏腹に、レスキュー隊の梯子はいつになっても底には着かなかった。
そうこうしているうちに、穴の周りには野次馬が集まってきた。しばらくするとマスコミもやって来て、救助の様子にカメラを向ける。一方、目の前のビルには大型モニターがあり、地震の被害状況を伝えるテレビ番組が流されていた。幸い、揺れによる被害はほとんどなかったようだ。マスコミが到着してから、大型モニターには穴とレスキュー隊の映像が映し出されるようになった。今回の地震の被害者は、今のところ、健治の目の前で行方不明者になった寛という男の人だけらしい。
『本日、午後一時頃に発生した地震によって、』
午後三時から始まったお昼のワイドショーでも、穴のことが取り上げられていた。ニュースを読んでいるのは、若くて可愛いキャスターだ。
『なんと街の中心部の歩道の真ん中に、』
穴と救助の様子がモニターに大きく映し出される。
『とつぜん、ウ八が開き……』
えっ、ウ八? ウ八って……何?
その頃のテレビ局では――
「お、おい! 誰だ、ニュースの原稿書いたのは?」
「はい、僕ですが」
「今ニュース読んでるキャスターって、この間『旧中山道』を『一日中、山道』って読んだ奴だろ?」
「そうです。だから今回はちゃんと縦書きで原稿を書いたんですよ」
「ちょっと下書き見せてみろ――バカヤロー、縦に長すぎるんだよ、お前の字は!」
「すいません、生まれつきなもんで」
「悠長に謝ってる場合じゃねえぞ。ストップ、ストッープ! 今すぐニュース止めさせろ!!」
『ウ八におちた方のおなまえは、ウ木ウ木ウ……』
同窓会 ― 2010年07月02日 21時41分21秒
『博と孝へ。元気? 今夜はどう?』
高校の同級生だった稔から、孝と俺宛に携帯メールが届く。
『OK。博は?』
すぐに孝から返事が来た。二人が乗り気なら俺も参加しなくてはなるまい。
『大丈夫。じゃあ二十四時からでいい? 場所は稔が決めてくれ』
俺は稔と孝にメールを打つ。
『了解。いい場所選ぶから楽しみにしとけよ』と稔。
『OK。頼んだぞ、稔』と孝。
さあ、今夜は久しぶりの同窓会だ。参加者は稔と孝と俺の三人。妻や子供達を早く寝かさないといけない。
二○一五年。テレビは壁掛けタイプが主流となった。地デジの利用は伸び悩み、ほとんどの人がネットでテレビを見る時代。ネット接続会社は、制作会社が作成した番組を提供するだけにとどまらず、新たなコンテンツやサービスを次々と開発していた。
そんな中、登場したのが月影ネットの「同窓会」というサービスだ。世界のどこかの窓から撮影された映像をただ流すだけのサービスだが、静かなブームを呼んでいる。壁掛けテレビで見るその映像はまさにそこに窓があるかのような錯覚を覚え、その体験を複数の人々で共有できることから「同窓会」と呼ばれている。「パリのカフェ」、「長距離鉄道」、「高層ビルの夜景」などが人気で、同じ景色を眺めている人達同士でチャットやツイッターを楽しむのが流行となっている。
そう、俺達三人も、この「同窓会」サービスを楽しんでいるのだった。
「よし、みんな寝たな……」
二十四時前になると、妻も子供もみんな寝てしまった。 俺は壁掛けテレビを付けると、チャンネルを月影ネットに合わせる。そして同時にパソコンも起動して、いつものチャットに入った。稔と孝はすでにチャットに参加していて俺を待っていた。
『孝:おい、博。遅いぞ』
『博:悪い。稔、今日はどこにするんだ?』
『稔:今日はな、桜ヶ丘女学院テニス部だぜ。有料チャンネルNo.315でよろしく』
「同窓会」サービスはそのほとんどが無料だが、一部のコンテンツは有料となっている。俺たちがいつも見ている「女子校テニス部」のコーナーは、二時間百円のサービスだ。
俺は早速、テレビを月影ネット有料No.315に合わせる。有料についての確認が表示され、俺はそれを了承した。すると、女子高生がテニスをしている風景が、窓から見ているように映し出された。俺達は酒を飲みながら、どの娘がかわいいだのとチャットを楽しむのだ。
『稔:おっ、練習試合が始まるぞ』
『孝:本当だ。ポニーテールと眼鏡っ子の対決だ』
『博:じゃあ、賭けようぜ。俺はポニーテール』
『稔:なんだよ、ポーテールの方が強そうじゃんかよ』
『孝:俺、眼鏡っ子』
『博:はははは。それにしても俺達ってやってることが高校時代と変わんねえな』
『稔:みんな、おっさんになっちまったけどな』
そんな風にわいわいやっていると、三人でバカをやっていた高校の時を思い出す。それが俺達の密かな楽しみだった。
そんなある日、月影ネットから三人にメールが届いた。
『平素から弊社の同窓会の有料サービス「女子校テニス部」をご利用いただきありがとうございます。そのお礼といたしまして、今週末土曜日の二十四時から一時間限定の特別メニューをNo.794にて無料で提供したいと思います。どうぞこの機会を逃さずにお楽しみ下さい』
すぐに稔から携帯メールが来た。
『おい、博と孝。メール見たかよ』
『見た見た。週末が楽しみだな』と孝。
『じゃあ、土曜は二十四時から同窓会な』
俺もメールで返事をした。
「よし、みんな寝たな……」
いつものように家族の就寝を確認して、俺はテレビを付ける。今日は月影ネットから特別メニューが提供される日だ。チャットからも稔と孝の興奮が伝わってくる。
『稔:楽しみだな』
『孝:どこのテニス部なんだろう』
『博:さあ。でも特別メニューなんだから期待できそうだぞ』
二十四時を過ぎるとテレビの画面が切り替わり、女子高生がテニスをしている映像が流れ始める。
『稔:おお、すごい!』
『孝:ブ、ブルマーだ!』
『博:こいつはレアものだぞ』
『稔:この映像、なんか古くないか?』
『孝:でも、女の子は可愛いぞ』
『博:俺、今試合をやってる娘が好みだな』
『稔:なんか見た事のある風景なんだけど……』
『孝:俺は、右側で球拾いをしてる娘がいいと思うぞ』
『博:そうかぁ? あれ、孝のかみさんに似てるんじゃねえのか』
『稔:なんか嫌な予感がするぞ……』
『孝:そういう博も同じだぜ。試合をやってる娘は博のかみさんそっくりだぞ』
『博:ええ? 試合の娘の方が若くて可愛いぞ』
『稔:ちょっとマズイ。かみさんに見つかったかも。あっ』
『孝:こっちもだ。博も気をつfghjkl』
『博:どうした、みんな。大丈夫か?』
背後に人の気配を感じて振り向くと、妻がにやにやしながら立っていた。
「どう? あんた達がいつも見ている女子高生より、私達の方がずっと魅力的でしょ?」
そう言って、妻はテニス部が映し出された壁掛けテレビの方を見る。
えっ? 私達って――どういうことだ?
「あんた、まだわかんないの。幸せな人ねえ。あんたは今、私達の高校時代の映像を見てんのよ」
なんだって!? どうりで見たことのある風景だったわけだ。
高校時代の俺達三人は、毎日テニス部を窓から眺めながらわいわいやっていた。そして、その中から気に入った女の子にそれぞれアタックして、それがきっかけで三人は結婚したんだっけ。
そっか、これは妻達に仕組まれた罠だったんだ……
「それにしても、顧問の先生が沢山ビデオを撮ってくれていて良かったわ。こんなところで役に立つとはね。ブルマー姿ってレアものらしくて、結構高く売れたのよ。あんた達が夜な夜な女子高生を見てなければ、売るなんてこと思いつきもしなかったんだけどね」
げっ、バレてたんじゃん。きっと他の奴らも、同じように妻達にとっちめられているに違いない。
「そうそう、来週からは有料だからよろしくね。人気が出れば、お小遣いを貰えるそうなの。楽しみだわ」
やはり妻達の方が上手だった。でもいっか。好きになった人の若い頃の姿を見ながら酒を楽しむのも悪くない。なんだか本当の同窓会みたいだし……
高校の同級生だった稔から、孝と俺宛に携帯メールが届く。
『OK。博は?』
すぐに孝から返事が来た。二人が乗り気なら俺も参加しなくてはなるまい。
『大丈夫。じゃあ二十四時からでいい? 場所は稔が決めてくれ』
俺は稔と孝にメールを打つ。
『了解。いい場所選ぶから楽しみにしとけよ』と稔。
『OK。頼んだぞ、稔』と孝。
さあ、今夜は久しぶりの同窓会だ。参加者は稔と孝と俺の三人。妻や子供達を早く寝かさないといけない。
二○一五年。テレビは壁掛けタイプが主流となった。地デジの利用は伸び悩み、ほとんどの人がネットでテレビを見る時代。ネット接続会社は、制作会社が作成した番組を提供するだけにとどまらず、新たなコンテンツやサービスを次々と開発していた。
そんな中、登場したのが月影ネットの「同窓会」というサービスだ。世界のどこかの窓から撮影された映像をただ流すだけのサービスだが、静かなブームを呼んでいる。壁掛けテレビで見るその映像はまさにそこに窓があるかのような錯覚を覚え、その体験を複数の人々で共有できることから「同窓会」と呼ばれている。「パリのカフェ」、「長距離鉄道」、「高層ビルの夜景」などが人気で、同じ景色を眺めている人達同士でチャットやツイッターを楽しむのが流行となっている。
そう、俺達三人も、この「同窓会」サービスを楽しんでいるのだった。
「よし、みんな寝たな……」
二十四時前になると、妻も子供もみんな寝てしまった。 俺は壁掛けテレビを付けると、チャンネルを月影ネットに合わせる。そして同時にパソコンも起動して、いつものチャットに入った。稔と孝はすでにチャットに参加していて俺を待っていた。
『孝:おい、博。遅いぞ』
『博:悪い。稔、今日はどこにするんだ?』
『稔:今日はな、桜ヶ丘女学院テニス部だぜ。有料チャンネルNo.315でよろしく』
「同窓会」サービスはそのほとんどが無料だが、一部のコンテンツは有料となっている。俺たちがいつも見ている「女子校テニス部」のコーナーは、二時間百円のサービスだ。
俺は早速、テレビを月影ネット有料No.315に合わせる。有料についての確認が表示され、俺はそれを了承した。すると、女子高生がテニスをしている風景が、窓から見ているように映し出された。俺達は酒を飲みながら、どの娘がかわいいだのとチャットを楽しむのだ。
『稔:おっ、練習試合が始まるぞ』
『孝:本当だ。ポニーテールと眼鏡っ子の対決だ』
『博:じゃあ、賭けようぜ。俺はポニーテール』
『稔:なんだよ、ポーテールの方が強そうじゃんかよ』
『孝:俺、眼鏡っ子』
『博:はははは。それにしても俺達ってやってることが高校時代と変わんねえな』
『稔:みんな、おっさんになっちまったけどな』
そんな風にわいわいやっていると、三人でバカをやっていた高校の時を思い出す。それが俺達の密かな楽しみだった。
そんなある日、月影ネットから三人にメールが届いた。
『平素から弊社の同窓会の有料サービス「女子校テニス部」をご利用いただきありがとうございます。そのお礼といたしまして、今週末土曜日の二十四時から一時間限定の特別メニューをNo.794にて無料で提供したいと思います。どうぞこの機会を逃さずにお楽しみ下さい』
すぐに稔から携帯メールが来た。
『おい、博と孝。メール見たかよ』
『見た見た。週末が楽しみだな』と孝。
『じゃあ、土曜は二十四時から同窓会な』
俺もメールで返事をした。
「よし、みんな寝たな……」
いつものように家族の就寝を確認して、俺はテレビを付ける。今日は月影ネットから特別メニューが提供される日だ。チャットからも稔と孝の興奮が伝わってくる。
『稔:楽しみだな』
『孝:どこのテニス部なんだろう』
『博:さあ。でも特別メニューなんだから期待できそうだぞ』
二十四時を過ぎるとテレビの画面が切り替わり、女子高生がテニスをしている映像が流れ始める。
『稔:おお、すごい!』
『孝:ブ、ブルマーだ!』
『博:こいつはレアものだぞ』
『稔:この映像、なんか古くないか?』
『孝:でも、女の子は可愛いぞ』
『博:俺、今試合をやってる娘が好みだな』
『稔:なんか見た事のある風景なんだけど……』
『孝:俺は、右側で球拾いをしてる娘がいいと思うぞ』
『博:そうかぁ? あれ、孝のかみさんに似てるんじゃねえのか』
『稔:なんか嫌な予感がするぞ……』
『孝:そういう博も同じだぜ。試合をやってる娘は博のかみさんそっくりだぞ』
『博:ええ? 試合の娘の方が若くて可愛いぞ』
『稔:ちょっとマズイ。かみさんに見つかったかも。あっ』
『孝:こっちもだ。博も気をつfghjkl』
『博:どうした、みんな。大丈夫か?』
背後に人の気配を感じて振り向くと、妻がにやにやしながら立っていた。
「どう? あんた達がいつも見ている女子高生より、私達の方がずっと魅力的でしょ?」
そう言って、妻はテニス部が映し出された壁掛けテレビの方を見る。
えっ? 私達って――どういうことだ?
「あんた、まだわかんないの。幸せな人ねえ。あんたは今、私達の高校時代の映像を見てんのよ」
なんだって!? どうりで見たことのある風景だったわけだ。
高校時代の俺達三人は、毎日テニス部を窓から眺めながらわいわいやっていた。そして、その中から気に入った女の子にそれぞれアタックして、それがきっかけで三人は結婚したんだっけ。
そっか、これは妻達に仕組まれた罠だったんだ……
「それにしても、顧問の先生が沢山ビデオを撮ってくれていて良かったわ。こんなところで役に立つとはね。ブルマー姿ってレアものらしくて、結構高く売れたのよ。あんた達が夜な夜な女子高生を見てなければ、売るなんてこと思いつきもしなかったんだけどね」
げっ、バレてたんじゃん。きっと他の奴らも、同じように妻達にとっちめられているに違いない。
「そうそう、来週からは有料だからよろしくね。人気が出れば、お小遣いを貰えるそうなの。楽しみだわ」
やはり妻達の方が上手だった。でもいっか。好きになった人の若い頃の姿を見ながら酒を楽しむのも悪くない。なんだか本当の同窓会みたいだし……
景気刺激金 ― 2009年02月22日 08時21分03秒
「ねえ、お客さん、何かいいことあったの?」
ホステスの香織が、ウイスキーを割りながら誠の顔を覗き込む。
「あれだよ、あれ。景気刺激金」
「国民一人一人に配られるっていう、あれ?」
「そうそう。俺んトコさ、子供が三人いるんだよ。だから八万ももらっちゃってさ」
「それで今日は大盤振る舞いってわけね」
「まあ今日だけな。サラリーマンのちょっとした贅沢ってヤツよ」
「ご家族には何か買ってあげなくていいのかしら?」
「家内にはコレ。ちょいと奮発したから喜んでくれるだろ」
そう言って誠は、小さな包みを鞄から出して香織に見せた。
「お子さんには?」
「子供はわかってねえだろ、金貰ったってこと」
「あら、悪い人」
香織は誠のタバコに火をつける。
「大体、景気刺激金なんて難しい名前を付けるのが悪いんだよ。まあ選挙権を持ってるのは大人だし。ぱっと使うのが目的なんだから、ぱっと行こうぜ、ぱっと…」
♪シゲキン、シゲキン、戦えシゲキン
テレビのCMで誠は目を覚ます。
「あ”~、あったま痛ぇ…」
二日酔いの頭を押さえながら、誠はのそのそとコタツから這い出る。昼食の後うとうとして、そのまま寝込んでしまった。せっかくの土曜の空もすでに夕焼け色。CMではシゲキンと呼ばれる戦隊ヒーローが怪人と戦っている。
「このCM、子供達のお気に入りなのよ」
妻がお茶を持ってきてくれた。
♪ケーキ、ケーキ、ケーキを守れ
「うへっ、ケーキなんて見たくもない…」 そう言いながらすすったお茶を、誠は次のフレーズで吹き出した。
♪日本のケーキを救ってくれ
「ププッ!な、なんだ、このCM…」
「あら、知らなかったの?景気刺激金の政府CMよ」
「見たことねえぞ」
「そりゃそうよ、子供向けだから深夜にはやってないわ。総理が出てきて『こんなに買えちゃうぞ!』と煽るバージョンもあるのよ。子供達、楽しみにしてるわよ~」
「げ、やられた…」
夕陽が反射するブラウン管で、シゲキンの目がキラリと光った。
文章塾という踊り場♪ 第32回「夕焼け」投稿作品
ホステスの香織が、ウイスキーを割りながら誠の顔を覗き込む。
「あれだよ、あれ。景気刺激金」
「国民一人一人に配られるっていう、あれ?」
「そうそう。俺んトコさ、子供が三人いるんだよ。だから八万ももらっちゃってさ」
「それで今日は大盤振る舞いってわけね」
「まあ今日だけな。サラリーマンのちょっとした贅沢ってヤツよ」
「ご家族には何か買ってあげなくていいのかしら?」
「家内にはコレ。ちょいと奮発したから喜んでくれるだろ」
そう言って誠は、小さな包みを鞄から出して香織に見せた。
「お子さんには?」
「子供はわかってねえだろ、金貰ったってこと」
「あら、悪い人」
香織は誠のタバコに火をつける。
「大体、景気刺激金なんて難しい名前を付けるのが悪いんだよ。まあ選挙権を持ってるのは大人だし。ぱっと使うのが目的なんだから、ぱっと行こうぜ、ぱっと…」
♪シゲキン、シゲキン、戦えシゲキン
テレビのCMで誠は目を覚ます。
「あ”~、あったま痛ぇ…」
二日酔いの頭を押さえながら、誠はのそのそとコタツから這い出る。昼食の後うとうとして、そのまま寝込んでしまった。せっかくの土曜の空もすでに夕焼け色。CMではシゲキンと呼ばれる戦隊ヒーローが怪人と戦っている。
「このCM、子供達のお気に入りなのよ」
妻がお茶を持ってきてくれた。
♪ケーキ、ケーキ、ケーキを守れ
「うへっ、ケーキなんて見たくもない…」 そう言いながらすすったお茶を、誠は次のフレーズで吹き出した。
♪日本のケーキを救ってくれ
「ププッ!な、なんだ、このCM…」
「あら、知らなかったの?景気刺激金の政府CMよ」
「見たことねえぞ」
「そりゃそうよ、子供向けだから深夜にはやってないわ。総理が出てきて『こんなに買えちゃうぞ!』と煽るバージョンもあるのよ。子供達、楽しみにしてるわよ~」
「げ、やられた…」
夕陽が反射するブラウン管で、シゲキンの目がキラリと光った。
文章塾という踊り場♪ 第32回「夕焼け」投稿作品
日の出パニック ― 2009年01月18日 17時03分26秒
―2008年12月25日、中国上海郊外
病床の予言者クーは、突然起き上がり目をかっと見開いた。
「日の出の頃、日の出国の使者が闇をもたらす。我が民はダイヤを失うだろう」
この予言はたちまち中国中に広まった。というのも、クーは大地震やロパク問題などを的中させた偉大な予言者だからだ。人々はパニックに陥った。
「日の出って元旦か?」
「日の出国って日本か?使者とは何だ?」
「ダイヤを失うって、それほどの経済的な損失が?」
噂が噂を呼び、国際問題に発展しかかったが、実際元旦になってみると何も起こらなかった。クーが予言を外したのは今回が初めてだったが、大騒ぎになったのが響いて失脚した。
―2009年7月22日、日本国立宇宙研究所
「博士、我が国の月探査衛星について、大変なことが判明しました」
「ついに月に墜落か。燃料はもう無くなってしまったからな」
「それがですね、その墜落時間が問題になりそうなのです」
「というのは?」
「本日、中国から日本にかけて皆既日食が起きるのはご存知ですか?」
「ああ、知っているが…」
「墜落時間は、ちょうど日食が上海で観測される頃なんです」
「それが何か問題なのかね?」
「日食観測を邪魔する可能性が…」
「詳しく聞かせてもらおう」
「はい。日食で太陽が再び顔を出す時、とても綺麗に輝くのはご存知ですよね」
「ああ、その美しい形から”ダイヤモンドリング”と呼ばれている」
「そのダイヤの部分に、墜落による粉塵がかかってしまいそうなんです」
「なに!?つまり上海では、今回ダイヤモンドリングは観測できないということか?」
「おそらく…」
「この話は?」
「他の誰にも話していません」
「では我々だけの秘密にしよう。たとえダイヤモンドリングが見えなくても、誰も原因はわからないだろう。大気汚染も顕著だって話だし…」
「………」
―2009年9月14日、中国上海郊外
予言者クーのもとに、ロケット打上日の予言の依頼が日本から届いた。
文章塾という踊り場♪ 第31回「年末年始らしいもの」投稿作品
病床の予言者クーは、突然起き上がり目をかっと見開いた。
「日の出の頃、日の出国の使者が闇をもたらす。我が民はダイヤを失うだろう」
この予言はたちまち中国中に広まった。というのも、クーは大地震やロパク問題などを的中させた偉大な予言者だからだ。人々はパニックに陥った。
「日の出って元旦か?」
「日の出国って日本か?使者とは何だ?」
「ダイヤを失うって、それほどの経済的な損失が?」
噂が噂を呼び、国際問題に発展しかかったが、実際元旦になってみると何も起こらなかった。クーが予言を外したのは今回が初めてだったが、大騒ぎになったのが響いて失脚した。
―2009年7月22日、日本国立宇宙研究所
「博士、我が国の月探査衛星について、大変なことが判明しました」
「ついに月に墜落か。燃料はもう無くなってしまったからな」
「それがですね、その墜落時間が問題になりそうなのです」
「というのは?」
「本日、中国から日本にかけて皆既日食が起きるのはご存知ですか?」
「ああ、知っているが…」
「墜落時間は、ちょうど日食が上海で観測される頃なんです」
「それが何か問題なのかね?」
「日食観測を邪魔する可能性が…」
「詳しく聞かせてもらおう」
「はい。日食で太陽が再び顔を出す時、とても綺麗に輝くのはご存知ですよね」
「ああ、その美しい形から”ダイヤモンドリング”と呼ばれている」
「そのダイヤの部分に、墜落による粉塵がかかってしまいそうなんです」
「なに!?つまり上海では、今回ダイヤモンドリングは観測できないということか?」
「おそらく…」
「この話は?」
「他の誰にも話していません」
「では我々だけの秘密にしよう。たとえダイヤモンドリングが見えなくても、誰も原因はわからないだろう。大気汚染も顕著だって話だし…」
「………」
―2009年9月14日、中国上海郊外
予言者クーのもとに、ロケット打上日の予言の依頼が日本から届いた。
文章塾という踊り場♪ 第31回「年末年始らしいもの」投稿作品
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