レイニーデイ~秘密の言葉に誘われて~ ― 2011年06月10日 20時19分07秒
『今日はレイニーデイだから、ねっ』
僕は聞いてしまった。梨奈が健にそっと耳打ちするのを。
さっきの休み時間のことだ。だから僕は授業に集中できなくなってしまった。
――何かの暗号か? 今日は雨なんて降りそうもないじゃないか。
窓の外は透き通るような青空。天気予報も終日晴れだった。
――まあ、噂の二人だもんな。
梨奈と健は最近付き合い始めたばかり。きっと、下校時に二人で寄る場所を示す暗号なのだろう。もしそうなら何処だろうか?
そんなことを考えていると、お昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「健、学食に行こうよ」
僕はいつものように健を食事に誘う。放課後の予定を知りたいという興味もあった。
「ごめん卓也。今日はちょっと用事があるんだ」
謝りながら健はそそくさと教室を出て行く。
――もしかして、さっきのレイニーデイって昼休みなのか?
悪いと思いながらも僕は健の後をつけて行った。
校庭に出た健は、隅っこにある大きなクスノキを目指している。初夏の日差しを遮るように空に伸びる青々とした葉。その心地良さそうな木陰に健は消えていった。
――もしかして梨奈が待っているとか?
僕はそっと近づき、桜の木に隠れて様子を伺う。やはりそこには梨奈が居た。
「さあ、お弁当を食べましょう」
木陰に座りながら梨奈が健に声をかける。どうやら二人は、校舎から見えない幹の影で一緒にお昼を食べているようだ。
すると健が顔を真っ赤にさせながら、
「きょ、今日はレイニーが先がいい」
と梨奈におねだりした。
――そうだ、レイニーデイって一体何のことだったんだ?
僕が二人の行動を凝視していると、
「もう、甘えんぼなんだから」
くすくすと笑いながら梨奈が足を崩す。スカートとニーソの間から白く柔らかそうな太腿が露わになった。
健は木陰に腰を下ろすと、静かに頭をその太腿に乗せる。
――な、なに! 膝枕?
そして梨奈は梨奈で静かに本を読み始めた。
僕は驚きながらも、膝枕とレイニーとの関連を考える。
――確かニーは『膝』だったな。レイは……『横たえる』か。だからレイニーで膝枕なのか!?
何だか変テコな英語だが、暗号の意味はきっとこれで間違いない。そう理解した僕は、こっ恥ずかしさと羨ましさに耐えられなくなり、背中がむず痒くなって体をくねらせた。その時――
「なんだ、お前も羨ましいのか?」
突然、頭の上から声がした。
見上げると、制服姿の女の子が木の枝に腰掛けていた。
それは、色黒で瞳がクリっとした活発そうな女の子だった。
「なんならあたしで試してみるか?」
女の子の体がふわりと宙に舞う。
――あっ、そんなに派手に飛び降りたら二人に気付かれるし、それにぱんつが……。
僕の不安を他所に、女の子はスパッツを穿いていて、じゃなかった、見事に無音で着地した。
そして梨奈の真似をして桜の木陰に座り、チラリと太腿を露わにする。
「さあ、来い!」
――いや、来いって言われたって戦闘じゃないんだから。
僕が躊躇していると、
「なんだ、試したくないのか? 膝枕」
と女の子は不満気に言った。
荒っぽい口調は照れ隠しだろう。その証拠に女の子は頬を赤らめている。僕は観念して桜の木の下に膝を着いた。
「じゃあ、お邪魔します」
初めての膝枕。
ドキドキしながら僕は女の子の太腿に頭を置く。
――うわっ、ス、スカートの裾が鼻に当たってるよ。
その中はスパッツと分かっていても心蔵が飛び出しそうになる。
「バカ、頭の向きが違う。こっちを向くんじゃない!」
赤い顔をさらに真っ赤にして女の子が怒る。
僕は慌てて頭の向きを変えた。
「ゴメン、膝枕って初めてなんだ」
僕が謝ると、頭の後ろから小さな声が聞こえた。
「あたしも……、初めてだ……」
六月の心地よい風に吹かれて、桜の葉がサラサラと音を立てる。気をつけて聞いていないと、その音に打ち消されてしまいそうな声だった。
「それにしても気持ちがいいね」
僕は少し頭を動かして女の子の顔を覗く。
「だからこっちを見るな」
言葉に反し、その声は優しかった。
「あたし、こうして誰かに膝枕をしてあげるのが夢だった……」
サラサラ、サラサラ。
それは桜の葉の音なのか、女の子の声なのか、だんだん分からなくなってくる。そんな暖かい夢心地に僕はゆっくりと包まれていった。
チャイムの音ではっと飛び起きる。僕はぐっすりと寝てしまっていたようだ。
――あれ? 確か膝枕をしてもらっていたような……。
女の子の太腿だと思っていたのは、桜の木の根っこだった。
サラサラ、サラサラ。
見上げると、桜の葉が風に吹かれる音がする。
そういえば校庭の桜の木には女の子の霊が宿っていると聞いたことがある。恋を夢見ながら死んでしまったという女の子の話。そんなことを僕はぼんやりと思い出す。
サラサラ、サラサラ。
その声はありがとうと言っているように聞こえた。
電撃リトルリーグ 第17回「レイニーデイ」投稿作品
僕は聞いてしまった。梨奈が健にそっと耳打ちするのを。
さっきの休み時間のことだ。だから僕は授業に集中できなくなってしまった。
――何かの暗号か? 今日は雨なんて降りそうもないじゃないか。
窓の外は透き通るような青空。天気予報も終日晴れだった。
――まあ、噂の二人だもんな。
梨奈と健は最近付き合い始めたばかり。きっと、下校時に二人で寄る場所を示す暗号なのだろう。もしそうなら何処だろうか?
そんなことを考えていると、お昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「健、学食に行こうよ」
僕はいつものように健を食事に誘う。放課後の予定を知りたいという興味もあった。
「ごめん卓也。今日はちょっと用事があるんだ」
謝りながら健はそそくさと教室を出て行く。
――もしかして、さっきのレイニーデイって昼休みなのか?
悪いと思いながらも僕は健の後をつけて行った。
校庭に出た健は、隅っこにある大きなクスノキを目指している。初夏の日差しを遮るように空に伸びる青々とした葉。その心地良さそうな木陰に健は消えていった。
――もしかして梨奈が待っているとか?
僕はそっと近づき、桜の木に隠れて様子を伺う。やはりそこには梨奈が居た。
「さあ、お弁当を食べましょう」
木陰に座りながら梨奈が健に声をかける。どうやら二人は、校舎から見えない幹の影で一緒にお昼を食べているようだ。
すると健が顔を真っ赤にさせながら、
「きょ、今日はレイニーが先がいい」
と梨奈におねだりした。
――そうだ、レイニーデイって一体何のことだったんだ?
僕が二人の行動を凝視していると、
「もう、甘えんぼなんだから」
くすくすと笑いながら梨奈が足を崩す。スカートとニーソの間から白く柔らかそうな太腿が露わになった。
健は木陰に腰を下ろすと、静かに頭をその太腿に乗せる。
――な、なに! 膝枕?
そして梨奈は梨奈で静かに本を読み始めた。
僕は驚きながらも、膝枕とレイニーとの関連を考える。
――確かニーは『膝』だったな。レイは……『横たえる』か。だからレイニーで膝枕なのか!?
何だか変テコな英語だが、暗号の意味はきっとこれで間違いない。そう理解した僕は、こっ恥ずかしさと羨ましさに耐えられなくなり、背中がむず痒くなって体をくねらせた。その時――
「なんだ、お前も羨ましいのか?」
突然、頭の上から声がした。
見上げると、制服姿の女の子が木の枝に腰掛けていた。
それは、色黒で瞳がクリっとした活発そうな女の子だった。
「なんならあたしで試してみるか?」
女の子の体がふわりと宙に舞う。
――あっ、そんなに派手に飛び降りたら二人に気付かれるし、それにぱんつが……。
僕の不安を他所に、女の子はスパッツを穿いていて、じゃなかった、見事に無音で着地した。
そして梨奈の真似をして桜の木陰に座り、チラリと太腿を露わにする。
「さあ、来い!」
――いや、来いって言われたって戦闘じゃないんだから。
僕が躊躇していると、
「なんだ、試したくないのか? 膝枕」
と女の子は不満気に言った。
荒っぽい口調は照れ隠しだろう。その証拠に女の子は頬を赤らめている。僕は観念して桜の木の下に膝を着いた。
「じゃあ、お邪魔します」
初めての膝枕。
ドキドキしながら僕は女の子の太腿に頭を置く。
――うわっ、ス、スカートの裾が鼻に当たってるよ。
その中はスパッツと分かっていても心蔵が飛び出しそうになる。
「バカ、頭の向きが違う。こっちを向くんじゃない!」
赤い顔をさらに真っ赤にして女の子が怒る。
僕は慌てて頭の向きを変えた。
「ゴメン、膝枕って初めてなんだ」
僕が謝ると、頭の後ろから小さな声が聞こえた。
「あたしも……、初めてだ……」
六月の心地よい風に吹かれて、桜の葉がサラサラと音を立てる。気をつけて聞いていないと、その音に打ち消されてしまいそうな声だった。
「それにしても気持ちがいいね」
僕は少し頭を動かして女の子の顔を覗く。
「だからこっちを見るな」
言葉に反し、その声は優しかった。
「あたし、こうして誰かに膝枕をしてあげるのが夢だった……」
サラサラ、サラサラ。
それは桜の葉の音なのか、女の子の声なのか、だんだん分からなくなってくる。そんな暖かい夢心地に僕はゆっくりと包まれていった。
チャイムの音ではっと飛び起きる。僕はぐっすりと寝てしまっていたようだ。
――あれ? 確か膝枕をしてもらっていたような……。
女の子の太腿だと思っていたのは、桜の木の根っこだった。
サラサラ、サラサラ。
見上げると、桜の葉が風に吹かれる音がする。
そういえば校庭の桜の木には女の子の霊が宿っていると聞いたことがある。恋を夢見ながら死んでしまったという女の子の話。そんなことを僕はぼんやりと思い出す。
サラサラ、サラサラ。
その声はありがとうと言っているように聞こえた。
電撃リトルリーグ 第17回「レイニーデイ」投稿作品
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