小鬼の秘密2023年01月19日 22時42分42秒

えっ? 鬼隠村の様子を教えてくれって?
かんべんしてくれよ、あの光景だけは思い出したくねぇんだ。
来週、鬼隠村で作業する?
だからぜひって、仕事なら仕方ねぇな、話してやるよ。
俺もひどい目にあったのは作業中だったからな。

まずな、鬼隠村に着くと役場の担当者が言うんだよ。
「この村には、秘めたる場所に小鬼が隠れてます」って。
だからその場所はどこかって訊いたんだ。そしたら「秘めたる場所です。それ以上は分かりません」って言うんだよ。それって無責任だと思わねぇか? 発注者なのによ。
仕方がねぇから俺達は山の現場で黙々と作業してたんだ。重機を使ってな。

ある日のこと、平べったい岩をどかさなきゃいけない事態が生じたんだ。
嫌な予感がしたんだよ、そん時。正に秘めたる場所だからな。
ほら、もう予想がつくだろ? 俺達が重機を使って岩をひっくり返したら、いたんだよ小鬼が。
ああ、思い出したくもねぇ。それはそれは本当に密だったんだ……



500文字の心臓 第189回「小鬼の秘密」投稿作品

いやや2022年09月01日 21時44分04秒

「IYAYA, HOTANI-SAN!」
海の向こうで、また妙な日本語が流行り出したようだ。
「IYAYA GAME, IYAYA LIFE」
これはなかなか微妙。向こうの人は言いにくいんじゃないの。
でも中にはしっくりくるものもあった。
「IYAYA WAR!」
うん、これは言いやすい。



500文字の心臓 第188回「いやや」投稿作品

誰かがタマネギを炒めている2022年05月20日 23時09分11秒

 ついに携帯タマネギ炒め機が発売された。コンパクトでバッグの中に入れておくだけで面倒なタマネギ炒めが出来るという優れモノだ。
『さて、今夜私がいただくのは、帰りながら炒めた飴色タマネギです』
 このテレビCMが大ヒット。家に着いた時の飴色タマネギが実に美味しそうで、食欲をそそるのである。おかげで炒め機はバカ売れ、いつの間にか『ケイタマネ』の愛称で呼ばれるようになった。
 しかし良いことばかりが起きるとは限らない。
「うわぁ、目が、目がぁ?っ!」
「誰だ、電車の中でケイタマネの蓋を開けたのは!?」
 そんな事故が頻発する。満員電車なら最悪だ。
 たちまち「絶対蓋が開かないケイタマネカバー」なる商品が次々と発売され、新たに法律も整備される。公衆の集合する場所で稼働中のケイタマネの蓋を開け、若しくはこれをさせた者は軽犯罪法違反として罪に問われ、一日以上三十日未満の拘留または千円以上一万円未満の科料が科されることになり、事故は劇的に減少した。
「やっぱ、飴色タマネギだよね」
「蓋を開けた時の幸福感は半端ないね」
 日本中を平和が包み込む。今日もあなたの隣りでは誰かがタマネギを炒めている。



500文字の心臓 第187回「誰かがタマネギを炒めている」投稿作品☆逆選王

ブルース2022年03月21日 19時37分16秒

「室長、大変です。ブルーノート株が日本に上陸しました」
「なに?」
 研究室が騒めいた。
 入国時の検体から新株が検出されたというのだ。
「それはどんな特徴だ?」
「三番目と五番目と七番目のスパイクたんぱく質の長さが半分なんです」
「それで感染するとどうなる?」
「はい、ブルーノート株に感染すると――」
 研究員の言葉に、室長はゴクリと唾を飲む。
「少し悲しげな感じになります」
「悲しげに? それだけなら問題ないではないか?」
「いや、問題です。感染力が強く重症化しやすいんです。ついには歌い始めてしまいます」
「歌い始める?」
 室長が眉を潜めた瞬間、一人の研究員がギターを持って現れた。
「リズムはブルースで、Bから始めるよ!」
 と同時にリフを奏で始めたのだ。
「実はですね、彼は重症化してしまい――」
「おいおい、ダメじゃないか!?」
「皆も感染しちゃいました!」
 研究員一同が楽器を取り出した。
『ルイジアナ奥地のニューオリンズ近郊で』
「めっちゃ明るい曲なんだけど?」
『行け行け、ジョニー行け!』
「行け行け!」
 ついには室長も歌い出してしまうほど感染力が強いのであった。



500文字の心臓 第186回「ブルース」投稿作品★正選王

ほくほく街道2022年02月15日 22時30分02秒

「パパ、見て!」
 娘のくるみが携帯ゲーム機を持ってきた。息子の北斗と一緒に。
 画面には一本の道と、その両側に並ぶお店が映し出されている。
「右が私のお店で、左が北斗のお店なの」
「沢山建てたね!」
 俺は驚いた。お店は十軒はあったからだ。
「このお店は?」
「これは果物屋だよ」
「本屋」
 娘と息子が交互に紹介する。
 果物屋と本屋とはなんとも可愛らしい。が話を聞くと意外と手間がかかっているという。果物屋を開くためには果物の収穫が必要で、本屋には本が必要だからだ。と言ってもひとこと文学らしいが。
「その隣りは?」
「靴屋だよ」
「干芋屋」
 干芋屋?
 俺は息子に尋ねる。
「芋を収穫したなら、そのまま芋を売ればいいんじゃないの?」
「この芋は姉ちゃんの果物屋から買ったんだ。買ったものをそのまま売るのは転売だから、禁止されてるんだよ」
 その言葉をゲーム機の転売屋にも聞かせたい。
「じゃあ、その隣りは?」
 俺が訊くと子供たちは次々と紹介してくれた。
「薬屋」
「ホタテ」
「釘屋だよ」
「ホッケ」
「櫛屋さん」
「ホヤ」
「鎖屋」
 いやいや干物はもういいから。
 俺も子供たちと一緒にこのゲームをやってみたいと思ったんだ。



500文字の心臓 第185回「ほくほく街道」投稿作品