忘れられた言葉2019年05月16日 21時31分00秒

「あれ? こんな時に掛けるのは何て言葉だったっけ?」
「何だったっけ?」
 もうすぐお客さんが到着するというのに。
 バスを降りるお客さんに掛ける、今どきの日本語を思い出せないでいた。
「まあ、いっか。いつものあれで」
「あれでいいんじゃない?」
 仕方が無いので、感謝の気持ちを込めたいつもの言葉を使うことに。

「かたじけない」
「かたじけない」

 ツアーでホノルルのホテルに到着。
 日系人スタッフに掛けてもらったのは、現代の日本人が使うのを忘れてしまった言葉だった。



500文字の心臓 第169回「忘れられた言葉」投稿作品

ハンギングチェア2019年04月09日 21時02分07秒

 リラクサと名付けられた椅子が、彼女の部屋の天井からぶら下がっている。
『あれ? ケンジさん、緊張してます?』
 いつものように腰掛けると、ステレオスピーカーからリラクサが小声で話しかけてきた。
「よくわかるな」
『揺れがぎこちないですから』
「そうなんだ。今日は指輪を渡そうと思ってな」
『ご健闘を祈ります』
 二時間後。
 彼女と一戦交えた俺は、ぐったりとリラクサに腰掛けた。
『上手くいったんですね。揺れが穏やかです』
「サンキュ」
『そしてかなり運動しましたね。体重が一キロも減ってます』
「余計なお世話だ」
 こうして俺たちは婚約者となった。が、そういう時に限って仕事が忙しくなる。
 二ヶ月ぶりに彼女に会えた時は、激務のため俺は十キロも痩せてしまった。
「どうしたの? ケンジ!」
「やっと会いに来れたよ。ちょっと休ませてくれ」
「ダメよ、そんな痩せた体じゃ。今は散らかってるし」
「いいだろ? 婚約者なんだし」
 強引に部屋に入った俺は、リラクサに腰掛ける。
 あー、この感じ。激務の中ずっと待ちわびてた極上の心地良さ。
 久しぶりの愛の巣を満喫する俺に、リラクサが無邪気に囁いた。
『あれ? アキラさん、ちょっと太りました?』



500文字の心臓 第168回「ハンギングチェア」投稿作品

ツナ缶2019年02月12日 00時09分34秒

『恋は渚のシーキチン、恋は渚のシーキチン、恋は渚のシーキチン……』

「ちょ、ちょっと待った。何だ? 今の歌詞は!?」
「赤白対決歌勝負に出演するAKU47の『恋は渚のシーキチン』ですが、それが何か?」
「まずいぞ、これは。事前にちゃんとチェックしたのか?」
「しましたとも。それで問題なしと判断しての起用です」
「いやいや、問題大アリだろうが!」
「問題? ははぁ、もしかして『シーキチン』のところですか? その部分を一般的な名称に差し替えろと?」
「いや、そこじゃない」
「でも問題はないのです。この部分、登録商標の『シー(ピー)』のようですが、よく聞くと『シーキチン』なんですよ」
「違う、そういうことを言ってるんじゃない」
「登録商標のように聞こえて実はそうじゃない。『テトラポット』の件と同様に問題なしと判断いたしました。えっ、そのことじゃない?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないか」
「とおっしゃいますと?」
「『恋』のところを『こーい』と伸ばしたらダメだろ? さらに十回も続く繰り返しはマズい」
「えっ、あっ……、ああっ、確かに。申し訳ありません、一般的な名称に差し替えるように要請します」



500文字の心臓 第167回「ツナ缶」投稿作品

風えらび2019年01月17日 20時59分37秒

『本日、千葉方面20%OFF』
 我が社のホームページを表示したスマホを、同僚が俺に向けた。
「今日も千葉方面かよ。なめろうはもう飽きた」
「しょうがないだろ。西高東低の気圧配置が続いてるんだから」
 同僚になだめられながら、俺はトラックのハンドルを握る。これから房総半島へ向かうのだ。

「ちわー、格安宅配です。ドローンの回収に来ました」
 訪問した配達先の反応は様々だ。
「大手のドローンは自分で帰るぞ」(すいません、貧乏会社なもので)
「あれ? もう回収して行ったよ」(ここにあるの、GPSで分かるんですが)
「君達が配達した方が効率的だよね」(自分達もそう思います)

「あー、全く俺達って毎日毎日何やってんだろ?」
 お客に文句を言われ続ける毎日。本当に嫌になってくる。
「まあ、腐るなって。もう少ししたら春一番が吹くぜ。あの日は50%OFFだからな」
「春一番か。宇都宮餃子が食えるな」
「だろ? 俺はおっきりこみが好きだけど」
 ご当地グルメを楽しみに、今日も俺達は雲を追いかけている。



500文字の心臓 第166回「風えらび」投稿作品

エとセとラ2018年10月25日 21時45分16秒

鉛筆と 染筆どちらも 乱筆ね

「なかなかやるわね、江川さん」
「詠んだ内容は救い難いけどね。次は瀬川さんの番よ」
「なになに? 何やってんの?」

得たいなら 世態を気にせず 裸体よね

「やっぱり最終兵器はこれでしょ」
「まあね。次いくわよ」
「川柳大会? 仲間に入れてよ〜」

エイト付け 生徒が守った ライトゾーン

「最後が字余りね。それにエイトを付けるのはセンターではなくて?」
「そうよ。だってこれは大谷シフトを詠んだ句だもの」
「もう、無視しないでよっ!」
「では、あなたもやってみる?」
「ルールはわかってるよね?」
「なんとなく。じゃあ、いくよ!」

江川変 瀬川も変だよ 俺ラガー

「男かよっ!」
「俳句かよっ!」



500文字の心臓 第165回「エとセとラ」投稿作品☆逆選王