かわき、ざわめき、まがまがし2017年03月26日 21時26分09秒

 ある夏のこと。日照り続きで塩里村の井戸が全部枯れてしまったという。
「おらんちも枯れた」
「うちもじゃ」
「どうすんだ? 川まで半里もあんぞ」
「しかたねえべ。川があるだけましじゃ」
 すると作兵衛が神妙な面持ちで切り出す。
「おら噂に聞いたんだけんどよ」
「おお、なんだ?」
 皆がざわざわと集まってきた。
「太郎んちの井戸は枯れてねえって話だ」
 太郎というのは村外れに住んでいる若者のことだ。
 その時。
「駄目じゃ、あの井戸は!」
 力強い声が広場に響く。振り向くと一人の老婆が立っていた。
「なんでじゃ? 婆婆様」
「あの井戸は呪われとる。近寄ってはならぬ」
「化け物でも出るんか?」
「そうじゃ。昨晩、こっそり太郎んちの井戸を覗いたんじゃが……」
 皆はゴクリと唾を飲んだ。
「ぶつぶつと中から不吉な音がしての、わしは気を失った」
 すると太郎がひっこりと広場に顔を出した。
「どうしたんッスか? 皆、青い顔して」
「た、太郎。お前んちの井戸には化け物が住んどるって本当か?」
「バカなこと言わんで下さい。あれは冷泉ッス」
「冷泉?」
「だから枯れないんッスよ。炭酸しゅわしゅわで美味いッス。でも気をつけて下さいね。井戸に首突っ込むとマジ死にますから」



500文字の心臓 第154回「かわき、ざわめき、まがまがし」投稿作品

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