嘘から出たクチとイチ2011年04月10日 19時30分40秒

 森を歩いていると人が折り重なるように倒れていた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
 慌てて近寄ると少女が二人。
「う、ううーん……。はっ」
 上になっている小柄の女の子が僕に気付き、驚いて言葉を飲み込んだ。
「怪しい者じゃないから大丈夫だよ。どうしたの?」
「お姉ちゃん、起きて。お姉ちゃん」
 姉と見られる女の子はまだ意識がなく横たわっている。足はスラリと長く、めくれたスカートからは白く美しい太腿が……。
「あっ!」
 目のやり場に困っていると、目を覚ました姉は飛び起きて慌てて服の乱れを直した。そしてギロリと僕をにらむ。
「い、いや、何もしてないから。それよりどうしたの? こんなところで倒れて」
 二人はこの近くでは見かけない赤い髪をしていた。綺麗な異国の服をまとっている。
「イチ、倒れてないもん」
 と妹。姉もそれに続く。
「クチも倒れてない」
 えっ、倒れてたじゃん。ものの見事に、二人して。
 僕が不思議に思っていると、申し合わせたように二人のお腹がググーと鳴った。
 失笑する僕に、二人は赤くなって口を尖らせる。
「イチ、お腹なんか減ってないもん」
「クチもすいてないわ」
 いや、どう見てもこの二人のお腹はペコペコとしか思えない。
 困った僕は別の質問をしてみた。
「名前は、イチとクチっていうんだね?」
 すると二人は首を振った。
「ちがうよ。イチはイチじゃない」
「クチもクチじゃないわ」
 わけがわからない。
 そうこうしているうちに再び二人のお腹がグググーと鳴る。今度はかなり盛大だ。
「あっはっは。とにかく何か食べれるところに行こう。ほら、おいでよ」
 僕が立ち上がって手を差し伸べると、二人の表情が明るくなった。

 五分くらい歩くとオババの家が見えてきた。
 煙突からいい匂いが漂ってくる。オババはちょうど料理を作っているところみたいだ。
「こんにちは、オババ。ちょっとお邪魔してもいい」
 玄関をノックをすると、オババが顔を出した。
「よう、マコトか。今日はどうしたんじゃ?」
「実はさ、森の中で女の子が倒れていたんだ。お腹が減ってるようなんだけど……」
 さすがの僕も、飯を食わしてくれとまでは言えなかった。
「はっはっは。ちょうどスープを作っとったとこじゃ。さあさ、お入り」
 よかった。オババが物分りの良い人で。
 行き倒れ姉妹は無言でテーブルに着くと、出されたスープをガツガツと慌てて食べ始めた。
 なんだ、やっぱり空腹だったんじゃん。
「マコト。可愛い娘達じゃの」
 オババに促されて二人の顔を見ると、暖かい物を食べたおかげでやつれていた表情に血色が戻っていた。白く透き通る肌をほんのり桜色に染めた姉はすごく綺麗だ。胸元に目を移すと、トルコ石のネックレスが豊かな谷間に揺れている。
「そ、そのネックレスは……」
 オババが目を丸くする。
「マコト。お前は大変な娘達を連れて来たようじゃ。この娘達は『嘘の国』の王女じゃよ」
 えっ、今なんて言った? 王女って何?
「『嘘の国』は、五人の王女の力で国を守っているんじゃ。名前は……、確か、上からクチ、カミ、シチ、ノル、イチじゃ。この娘達の名前はこの中にあるかの?」
 二人が口にしていた名前は……、クチとイチだ。この中にあるじゃないか。
「オババ、クチとイチだよ! でも変なんだ。二人に名前の確認をしても違うって言うんだよ」
「そりゃそうじゃよ。『嘘の国』の王女は本当のことを言えんからの」
 だから二人はわけのわからないことばかり言っていたのか。
「それよりマコト。この娘達が本当に王女なら、今頃『嘘の国』が大変なことになっているはずじゃ。王女は五人揃っていないと国民にかけられた呪いが復活すると聞いておる」
「なんだよ、その呪いって?」
「変身の呪いじゃ。そら、二人が満腹になったら国に連れて帰るんじゃよ。急げ!」

 僕達は森の中を走っている。右手にクチ、左手にイチの手を握り締めて。
『国民達は決して王女を襲うことはない。だからしっかりと二人の手を握っておくんじゃよ、自分の身を守るために』
 オババの言うとおり、変身した国民にすれ違うことがあったが襲ってくることはなかった。
 ――あんなものに変身させられてるとは、何ということだ。襲われたらイチコロだよ。早く二人を『嘘の国』に返さなきゃ。
 そして僕達は『嘘の国』の入り口の門に辿り着く。この門をくぐれば国民達は元の姿に戻るはずだ。
「ゴメン。僕は行けないから」
 僕は二人に別れの挨拶をする。
「イチ、お兄ちゃんのこと大っ嫌い」
「クチ、二度とマコトに会いたくない」
 ええっ!? と一瞬思ったが、二人が『嘘の国』の王女であることを思い出して納得した。
 その証拠に、ギュッと握り締めた手を二人は離そうとしなかった。
 潤む二人の瞳を見て僕は胸を熱くする。
「嬉しいよ。でも、ほら、いつまでも国民をあんな姿にさせてはおけないだろ?」
 出発する前にオババが言った。
『嘘から口(クチ)と一(イチ)が抜けてしまったら……』
 その予言どおり、国民はみんな虎になっていた。



電撃リトルリーグ 第16回「嘘から出た○○」投稿作品

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