卒業の乾杯2006年03月20日 12時57分02秒

「イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!」
卒業式の後の教室で、歓声が沸き起こる。
一人の生徒が教壇に上がり、並んだボトルの中身を次々と空ける。
中身はビール?ではなくて、期限切れ寸前のミネラルウォーター。
防災用として、高校入学時に買わされたものだ。
盛り上がる教壇を横目に、自分もボトルの栓を開けてみる。
3年間飲めるように作られた水は、お世辞にも美味しいとは言えなかったが、
自分と同じ月日をこの学び舎で過ごしてきた水なんだと思うと、
卒業の乾杯にふさわしい気がした。

出身高校は、東海地震の防災対策強化地域の端に位置している。
地震時の揺れは、静岡県ほどではないと予想されているが、
念のため、入学時に生徒一人一人が非常食セットを買い、
卒業までの3年間、校内の倉庫に保管されている。
そして晴れて卒業式を迎えた時、それらは記念品として返還されるのだ。

この東海地震であるが、騒がれ続けて未だに発生しない。
なんでも、南海地震と一緒に起きるという説もある。
そうなったら、スマトラクラスの巨大地震の発生だ。
静岡県にある原子力発電所は、はたして無事だろうか?
富士山は噴火してしまわないだろうか?
もし死の灰が降ってきたら、家を捨てて逃げなくてはならない。
もし火山灰が降ってきたら、家の中でじっと我慢していたい。
たとえ最初の揺れを生き抜いたとしても、
このような二次災害にやられてしまう可能性だってある。

「イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!」
今度は、カンパンの一気食いが始まった・・・・・
無邪気だったあの頃が懐かしい。
大人になった今、新しく増えた家族の安全を願い、
ミネラルウォーターを買い込む自分がいる。
できることならば全員無事で、東海地震の卒業式を迎えたい。
そしたら、あの時のようなすがすがしい気持ちで、
卒業の乾杯ができることだろう。


へちま亭文章塾 第7回「卒業」投稿作品

ダンスの高校2006年02月20日 11時46分44秒

僕らの母校は、ダンスの高校だ。
リズムに乗って弾け飛んだ汗は、校庭の土に深く染み込み、
熱い季節が訪れるたびに、生徒の心をうずうずさせる。

「文化祭の後夜祭は、ダンスをやります」
新入生となった僕らは、そんな説明に幻滅してしまった。
高校生にもなってダンスをやる羽目になるとは、
思ってもみなかったからだ。
後夜祭には出たい。けれどダンスを踊るのは嫌だ・・・
葛藤する心をよそに、季節は夏に近づいていった。

そんなある日、先輩が目を輝かせて部活にやってきた。
「ダンスの振り付けを覚えてきたよーっ!」
なんでもこの振り付けは、実行委員会のオリジナルらしい。
曲も、最近のヒットチャートから選ばれている。
スカートをひらひらさせながら、楽しそうにダンスを踊る先輩。
その笑顔に見惚れているうちに、
いつしか自分もダンスを踊るようになっていた。

踊ってみて初めてわかったことだが、ステップが結構難しい。
高校生が作るものだからと馬鹿にしていたのを反省する。
実行委員も、さぞかし検討を重ねたことだろう。
簡単すぎると飽きられる。難しすぎると誰も踊れない。
そして何より、格好良くなければ高校生の心はつかめない。
僕らが踊るダンスは、僕らの心を確実に捉えていた。

最も驚いたのは、後夜祭でみんながダンスを踊っていたことだ。
それはまるで、ダンスという伝統を作った先輩方の汗が、
何か得体の知れない雰囲気となって校庭に立ち昇り、
僕らの体を動かしているかのようだった。

一昨年、母校のダンスドリル部は全米の大会で優勝し、
名実共にダンスの高校となった。
僕らの流した汗が、部員達の心をうずうずさせたのだとしたら・・・
あの校庭にはきっと、そんな伝統が息づいているのだろう。


へちま亭文章塾 第6回「ダンス」投稿作品