ロココのココロ2016年07月28日 20時47分23秒

「これは?」
「あいてません」
「じゃあ、これ?」
「左」
「これ?」
「左」
「次は分かる?」
「うーん……」
 視力検査は苦手だ。
 だんだんと小さくなるマーク。矢継ぎ早に質問する検査官。
 そのプレッシャーが私を押しつぶそうとする。
「下……ですか?」
 最後のマークを、私は適当に答えてしまった。
「次は反対の目で。これは?」
「左」
「じゃあ、これ?」
「左」
「これは?」
「あいてません……」
 やっとのことで検査から解放され、ほっとする私の耳にクラスメートの話声が飛び込んでくる。
「ねえ、今日の視力検査、平仮名の『の』が混ざって無かった?」
「ええっ、そんなのあったっけ?」
「ほら、最後の視力二・〇のやつ」
「そこまで見えるの、あんただけよ」
 それって……?
 私が適当に答えた一番下のやつ?
 確かめようと視力検査場を向いてみるが、離れたこの場所からは確かめることなんてできる訳が無い。
「あいてません、左、左、えっと、えっと、次は……」
 あんなに嫌だった視力検査の声につい耳を傾けてしまうのは、なんとも不思議な気持ちだった。



500文字の心臓 第149回「ロココのココロ」投稿作品

夏のレールを君と探して2016年06月28日 23時11分38秒

 あれは去年の夏休みのことだった。
 一人で遊びに行った祖母の町で、駅舎跡と思われる廃屋を見つけたのは。
 町の片隅にたたずむ、黒ずんだ木製の壁が年代を感じさせる建物。
 ガラス窓の付いた入口の木戸はピタリと閉ざされ、立ち入り禁止の紙が貼ってある。入口ポーチの庇の下には、駅名と思われるプレートが掲げられていた。
「悲遠町駅……?」
 かすれてしまって読みにくかったが、なんとかそう判読できる。
 早速スマホに『悲遠町駅』と入力してみると、沢山の画像がヒットした。その中には、目の前に建つ駅舎の写真もあった。
「やっぱりここって、駅だったんだ……」
 画像の中には、線路跡の写真もあった。レールや枕木が取り去られて、砂利だけの道となった線路跡の写真。
 視線を駅舎に向け、その奥にあると思われる線路跡を探してみたが、残念ながら写真のような光景は広がっていなかった。
 なぜなら、そこは一面、雑草に覆われていたから。それも十センチや二十センチといった可愛いものではない。背丈が一メートルに達しようかというゴツい雑草がびっしりと砂利の上を占拠している。
「レールが残っているなら、雑草を刈ってでも見てみたいって気になるんだけどな……」
 僕はスマホの画像をスクロールする。
 そこに表示される線路跡の写真は、どれもこれも砂利だけの線路跡だった。
 しかし、その中の一つの写真に僕は釘付けになる。

 御影石と思われる美しい石畳の踏切跡。
 そして、その中に残された金属製のレール。

「おおっ!」
 僕はスクロールの手を止め、思わずその画像をタップした。
 リンク先は、悲遠町駅周辺の探索を記したブログだった。『駅から南に少し行った場所で踏切跡を見つけた!』と書かれている。
 僕の心はとたんに色めき始めた。
「ていうか、『少し』ってどれくらいの距離なんだよ!?」
 写真の踏切跡を見てみたい。
 少しというのが、十メートルとか二十メートルくらいの近さであるならば。
「何か、雑草を抜くためのものはないだろうか?」
 軍手とか、そんなものがあればいい。
 草刈鎌があれば最高だが、そこまでは望めないだろう。
 そんな気持ちで駅舎の木戸の窓から中を伺っていると――

「探し物ですか?」

 突然、背後からかけられた透き通る声に、僕は飛び上がりそうになった。


 ############


「ここ、立入禁止って書いてあるでしょ。でも戸は開くんですよ」
 振り返ると、立っていたのは白いワンピースと麦わら帽子の女の子だった。
 僕の前をすり抜け、駅舎の木戸に手をかける。
「よいしょっ! うんしょ!」
 細くて白い指に力を込め、綱引きのように腰を落として一生懸命、戸を開けようとする少女。
 ガタっと音がして、わずかに戸が開く。が、それ以上はびくともしなくなった。
「うーん! うーん!」
 顔を真っ赤にする彼女を見かねた僕は、戸の隙間に指をかけて、少女と同じ綱引きのポーズで加勢する。
 すると、ギギギギギギギとすごい音をたてて戸が開き始めた。
「ほら、開いたでしょ?」
 いやいや、この状態を「開く」とは言わないから――そんな僕のツッコミを、少女の満面の笑みがやんわりと包み込んだ。

 薄暗い駅舎の中に入ると、中は冷んやりとして涼しい。
 かなりの間、使われていなかった年代物の建物のようだ。
「それで探し物は何ですか?」
 少女は麦わら帽子を手に取り、臆することなく僕の瞳を見つめている。不覚にも僕はドギマギしてしまった。
 身長は一五◯センチくらい。年齢も中学生か高校生のようだ。
「え、えっと、軍手かなにかがあればいいなって……」
「ありますよ、軍手」
「えっ?」
「だからありますって、軍手」
 少女は待合所のベンチの前にしゃがみこむと、ベンチの下から埃をかぶった衣装ケースを引っ張り出す。蓋を開けると、中にはいろいろなものが入っていた。
 ――軍手、長靴、帽子、衣類、そしてブランケットなどなど。
 ブランケットの下には、本や雑誌が何冊も入っているように見える。
「はい、軍手」
 少女は衣装ケースの蓋を閉め、元の場所に戻して立ち上がり、僕に軍手を差し出す。
「あ、はい」
 まさか本当に駅舎に軍手があるとは思わなかったので、戸惑いながら僕は受け取った。
「その軍手で、何をやるんです?」
 そう言いながら少女は小さく首を傾げた。
 さらりと肩までの黒髪が揺れる。二重の瞳が放つ光は、僕をとらえて離さない。
「線路跡の雑草を抜こうと思って。ほら、これを見て。この踏切跡を探そうと思うんだ」
 僕は少女にスマホの画面を見せる。
 そこに映し出される踏切跡の写真に、少女は表情を輝かせた。
「あっ、これなら線路跡を辿って少し行くとありますよ」
 少女が口にした『少し』は、本当にすぐそこにあるような気がする。
 よし、それだったら踏切跡が現れるまで雑草を抜いてみよう!
 僕は決意を込めて、少女から受け取った軍手を手にはめた。


 #############


「いざ出陣!」
 気合を込めて、そびえる雑草の前に立つ。
 雑草は、そのほとんどがセイタカアワダチソウだった。背は高いが、下の方は葉が少ないので、少しかき分けると上から線路跡の砂利が見える。これならば、セイタカアワダチソウを抜いていくだけで線路跡が露わになるだろう。
 見上げると、太陽はほぼ真上にあった。ギラギラとまばゆい熱光線が辺り一面に降り注がれている。僕はハンカチ代わりにしていたバンダナをポケットから取り出し、頭に被せて後ろで結んだ。
「うっ……」
 一メートルは軽く超えるセイタカアワダチソウに手をかける。簡単に抜けるかと思ったら、意外と力が必要だった。
「っとぉ!」
 抜いた雑草の根から砂利を落とし、横に投げる。こうして僕は一本一本、雑草を抜いていった。
 すると――
「ん!? んんっ、んんっ!!??」
 何やら変な声がする。
 不思議に思って振り向くと、軍手をした少女が雑草と格闘していた。
 先ほどと同じく綱引きのポーズで力んでいる。が、雑草はなかなか抜けてくれない。
「あはははは……」
 その様子が可笑しかったので、思わず声を出してしまった。
「笑わないで下さいよ。私だって真剣なんですから……」
 ぷうっとほおを膨らませる少女。
 彼女はいつの間にか長靴を履いていた。
「こんな暑い中、手伝ってくれなくてもいいよ。僕の勝手な探し物なんだからさ」
「こんな暑い中だから、お手伝いするんじゃないですか?」
 麦わら帽子に手を添えて、少女はニコリと微笑む。
 自分もあんな帽子を、ばあちゃんちから持って来れば良かったと後悔する。
「だったら、抜いた雑草を線路脇に運んでくれないかな。後で線路跡の写真も撮りたいから」
 もし踏切跡が現れたら、ぜひあの駅舎をバックにして写真を撮りたい。そのためには、踏切跡と駅舎との間の雑草も引っこ抜いておいた方がいい。
「わかりました。見栄えが良くなるよう綺麗に並べておきますね」
 こうして僕と少女との共同作業が始まった。


 ##############


「痛っ!?」
 作業が順調に進みかけていた時、僕は腕に痛みを感じた。
 見るとその部分が真っ赤に腫れていて痒い。どうやら蚊に刺されてしまったようだ。
 そもそもこんな雑草天国に、Tシャツ、ハーフパンツ、サンダル姿で挑んでいること自体が間違いだった。
「これ、虫除けにすごく効きますよ」
 不意に掛けられた言葉と共に、腕にシュッと何かが吹きかけられる。
 冷んやりとした感覚と、辺りに漂うミントの香り。
「ペパーミント?」
「いえ、ハッカです」
「あ、ああ、ハッカね……」
 どっちも同じだったような気がするが、すうっとして気持ちいいので少女の言う通りにしておく。
「よく塗り込んで下さいね。首元や脚にもかけてあげますから」
 少女は背伸びをしながら、僕の首筋にシュッとハッカをスプレーしてくれた。嬉しいやら恥ずかしいやらで、なんだかこそばゆい。
 僕の脚にもハッカがスプレーされると、今度は少女は自分の体にもスプレーする。
 首筋、両腕、そしてワンピースのスカートの中にもシュッ、シュッ、シュッと。
「いやあ、ハッカはすうっとして気持ちイイですね~」
 ハッカの香りに目を細める少女。
 何か見てはいけない光景を目の当たりにしたような気もするけど。
「蚊も寄り付かなくなって、一石二鳥です」
 それにしても、ハッカが虫除けに効くなんて知らなかった。今度、友達にも教えてあげようっと。


 ###############


 一時間も作業を続けただろうか。
 線路跡も、五十メートルは露わになったような気がする。が、踏切跡は見つからない。
「暑い……」
 夏の日差しは確実に僕の体力を奪っていた。
 もう限界だ、休憩して、水分補給をしなくては……。
 そう思った時、少女が小さく叫んだ。
「あっ、あれっ! あそこじゃないですか!?」
 彼女が指差す方を見ると、十メートルくらい前方に雑草の生えていない広い領域があった。
 写真で見た踏切跡は、確か立派な石畳でできていた。それならば、その場所には雑草は生えないはず。
 思わず僕は、雑草を掻き分けながら駆け出していた。
「あった!」
 やはり、雑草の生えていない場所は踏切跡だったのだ。
「レールもちゃんと付いている!」
 錆びて赤茶けてしまっているけど、石畳に埋め込まれた細長い金属は、明らかに鉄道のレールだった。
「良かったですね」
 遅れて少女がやってくる。
「でも、この踏切って……」
 少女はいきなりしゃがみ込み、石畳に手をついた。
「なんだか見覚えがあるんです」
 懐かしむように、何度も何度も目の前の石畳を撫でる少女。やがて彼女の口から嗚咽が漏れ始める。
「お父さん……」
 ポタポタと落ちる彼女の涙が、石畳を点々と黒く染めていった。


 #################///#


「ごめんなさい、取り乱してしまって……」
 少女が落ち着くと、僕たちは踏切跡の周りの草取りを再開する。
「五年前の今日、悲遠町線廃止の日のことだったんです」
 彼女の言葉に、静かに耳を傾けながら。
「お父さんが、列車に乗って家を出て行ってしまって……。知らない女の人と一緒に……」
 それは少女の辛い記憶だった。
 こんな可愛い娘がいるのに出て行ってしまうなんて、なんて酷い男の人なんだろうと、僕は怒りを込めて雑草を引き抜く。
「でも、でもね、この踏切を通り過ぎる時、お父さん、私を見つけてくれたんです」
 この踏切は彼女の思い出の場所だったんだ……。
 僕がこんな探し物をしなければ彼女に辛い思いをさせずに済んだのではと、少し後悔する。
「それでお父さん、窓から約束してくれたんです。『必ずユキに会いに来る!』って」
 彼女は立ち上がり、列車を見上げるような格好で父親の言葉を口にする。
 僕の目の前を、五年前の列車がこのレールの上を通り過ぎていく。駅を出発したばかりのゆっくりとした速度で、ゴトン、ゴトンと石畳の踏切を揺らしながら。
 彼女の瞳の輝きで僕は察知した。この父親の言葉に、彼女がどれだけ支えられてきたのかを。
「だからね、毎年、廃線の日になると私、駅舎で待ってるんです。お父さんが帰って来るんじゃないかって……」
 彼女は父親に会えたのだろうか?
 いや、会えないからこうして今年もここに居るのだろう。
 でも会える可能性があるだけましじゃないか。
 彼女にこんなことを言っても仕方がないことはわかっているけど、強い衝動に駆られて僕は思わず口にしていた。
「僕も……、僕もね、母さんを亡くしたんだ、小さい頃」
「えっ?」
「僕の父さんは忙しくて、夏休みもどこにも連れて行ってくれない。だから一人で、ばあちゃんちに遊びに来てるんだ」
 ちょっと卑怯な感じもしたけど、彼女とならこの悲しみや苦しみを分かち合えるような気がした。
 彼女から漂う初対面ではないような懐かしさも、僕の口を軽くしてくれた原因かもしれない。
「ごめんね、私ばかり不幸な風に語っちゃって」
「いやいや、こちらこそゴメン。だからお互い前を向こうよ、ユキさん……だっけ?」
「うん、ありがとう。あなたの名前……は?」
「直也っていうんだ。母さんが付けてくれた」
「素敵な名前! 実はね、直也くんってどこかお父さんに似てるの。最初、駅舎で見かけた時、お父さんが帰ってきたんじゃないかってドキドキしちゃったんだから。こんなに若いはずないのにね」
 えへへと照れ笑いするユキはとても可愛い。
「きっと今年の神様は、お父さんの代わりに直也くんに会わせてくれたんだわ。ちゃんと感謝しなくちゃね。来年はお父さんに会えるといいな……」
「そうなるといいね。いや、絶対そうなるよ!」
 僕たちは踏切跡の周りの雑草を引き抜き、駅舎をバックに踏切跡の写真を撮った後、バイバイと手を振ってサヨナラをした。


 #################///###


「ばあちゃん、ご飯できてる!?」
 祖母宅に着くなり、僕はサンダルを脱ぎ捨てた。麦茶のポットを抱えて縁側に座り、夕涼みしながら直接口の中に流し込む。裏山ではカナカナカナとひぐらしが鳴き始めていた。
「なんだい、行儀が悪いね」
 文句を言いながら、ばあちゃんは居間のちゃぶ台に晩飯を運んでいる。
 僕は思わず、廃線跡について聞いてみた。
「ねえ、ばあちゃん。悲遠町線って五年前まで走ってたんだって?」
 ユキの父親が出て行った日。
 それはちょうど五年前の今日だったという。
 するとばあちゃんから意外な返事が返ってきた。
「バカ言うんじゃないよ、それは三十年前の話だよ」

 えっ!???

「それにこの家じゃ、三十年前の話は禁句だよ。お前のじいちゃんは女を作って出て行きよってな。まだ小学生だった由起子がわんわん泣いて、踏切から動こうとしなくて大変だったわい」
 えっ、えっ……ええっ?
 訳がわからない。
 ユキの言葉が正しいのか、それともばあちゃんが正しいのか?
 思わず脳裏にユキの笑顔が浮かぶ。
「まさか!?」
 僕は思わず仏壇を振り返った。
「そういうこと……なのか?」
 そこには、ニコリと笑うユキにどことなく似た母さんの遺影が飾られていた。
「由起子が死んだ時も、ついに顔を見せんかった。そんな薄情者じゃ」
 じいちゃんは行方不明って聞いていたけど、そんな真相があったなんて。
 結局母さんは、廃線の日以来じいちゃんには会えなかったんだ……


 #################///####


 翌日、駅舎にユキの姿はなかった。
 おそらく、一年後の廃線の日にまた現れるのだろう。
 そして今年も夏がやってきた。
 僕はドキドキしながらあの駅舎に向かっている。麦わら帽子をかぶり、手には軍手とハッカスプレーを握りしめて。



 了



ライトノベル作法研究所 2016ぷち夏企画
テーマ:『夏』

麦茶がない2016年06月17日 06時21分46秒

 職場に着いてレジに立つ。売り場を見渡すと、棚からニョキっと頭を出している商品があることに気がついた。
 コンビニの棚の高さはおよそ百四十センチ。しかし、その商品だけは高さ百八十センチに達している。
「なんだ、あれ?」
 売り場に行ってみると、それは麦茶だった。
「店長、お早うございます。それ、長くて目立ちますよね。新商品らしいですけど」
 バイトの珠代クンが俺に挨拶をする。
「本当は緑茶パックと一緒に並べたいのですが、長すぎて一番上の棚に置くしかなくて……」
 彼女も困っているようだ。俺は麦茶を一つ手に取った。
「なになに、賞味期限は……二◯二六年だって?」
 なんて長いんだ。
 でも、いくら賞味期限が長くたって、それまでには売れてしまうだろう。商品の入れ替わりが激しいコンビニのことだから、すぐに小さなパッケージに取って代わるに違いない。
 しかし麦茶のパッケージは、一年経っても長いままだった。
『ねえ、店長、知ってます? 麦茶って平安時代から飲まれていたんだそうですよ』
 ニョキっと棚から頭を出すそいつらを眺めるたびに、あの頃の珠代クンの言葉を思い出す。



500文字の心臓 第148回「麦茶がない」投稿作品

神のぞみ知る2016年05月09日 06時31分40秒

 僕が真奈美をおんぶすると、彼女は耳元で小さくささやいた。
「どう? 新次郎くん」
「どうって、何が?」
 すると真奈美は照れながら、途切れ途切れに言葉を発する。
「あ、あのね、わ、私、昔に比べて、お、お、おっきくなったの……」
 おっきくなったって?
 確かに高校生になって真奈美は背が高くなった。でも幼馴染だから、僕も一緒に背が高くなってるんだけど。おんぶする感覚も、昔とあまり変わらない。
 ん? 待てよ。
 言われてみれば、確かに大きくなったような気がする。彼女のお尻に回した両手は、なかなか指先を合わすことができないでいた。
「ホントだ。昔に比べて大きくなったね、お尻が」
「なっ!?」
 言葉を詰まらす真奈美。
 彼女はいきなり僕の首に腕を回し、ギリギリと力を込め始めた。
「く、苦しい! 苦しいよ、真奈美……」
「大きいってそっちじゃないでしょ!? ほら、感じなさいよ、味わいなさいよ、想像しなさいよ、私の成長の証をっ!!」
「ぐ、ぐぐっ、ぐほっ……」
 何か柔らかいものが背中に押し当てられているような気もするが、それどころじゃない。首を締められ完全に気道が塞がれた僕は、生命の危機に瀕して――



「ん? この文章、ちっともわからないぞ」
 俺の書いたライトノベルにツッコミが入る。
「何がわからないんだよ。もっと具体的に言ってくれないか、のぞみさんよ」
「まず、ここに出てくる真奈美は、おっぱいを新次郎の背中に必死に押し当ててるんだよな? だったらなんで、新次郎はそれに気付かないんだ?」
 そんな疑問をぶつけるのは、俺の右肩にちょこんと座るミニチュア美少女、自称神様『のぞみ』だった。

 それは一週間前。
 雷撃犬賞の締切を間近に控え、必死に作品を仕上げていた俺の前に突然、彼女は現れた。「私は神様」という宣言と共に。
 二重の黒い瞳、眉毛はキリっと細く、鼻筋も通っていて柔らかそうなほっぺ。服装は黒のブラウス、黒のミニスカートに黒のニーハイだ。いわば美少女と呼べる容姿を備えていたが、背の高さは三十センチくらいだし、変なカラスの帽子をかぶってるし、おまけに背中には黒い翼が生えていた。
「お前、ま、まさか死神!?」
 おののく俺に、ミニチュア美少女は顔を真っ赤にする。
「ぶ、無礼な。畏れ多くも神様のこの私に向かって死神とは、万死に値するっ!」
 彼女は背中の翼をはばたかせ、俺の背中に回って肩をポカポカと叩き始めた。執筆に疲れていたので何気に気持ちイイ。きっと俺は幻覚を見ているのだろう。
「うがががっ、や、やめろっ! ライフが、俺のライフが減っていく……」
 どうせ幻覚ならと、俺はラノベのノリで対応した。
 本当はもっとトントンして欲しかったが、いい加減お引き取りしてもらわないと執筆が進まない。
「おおっ! 人間にはこの攻撃が効くのか!?」
 彼女も半信半疑だったらしい。
「効く、効く。死ぬぅ……バタリ」
 俺は机に伏して息をひそめる。幻覚なら、しばらくすれば消えてしまうだろう。
「むう、逝ったか……。なんじゃ、この文章は……?」
 彼女は、パソコンの画面に表示したままの文章を読み上げ始めた。

『新次郎よ、魔王の言うことを聞くのだ! 真奈美の命が惜しければ、人間界のすべてをここに記せ』

「ぐあっ、勝手に人の作品を読み上げるんじゃねぇ!!」
 俺はがばっと顔を上げ、宙に浮く少女を捕まえ、その瞳を睨みつける。
 自作を声に出して読まれるとむちゃくちゃ恥ずかしい。ミニチュアとはいえ美少女だし。
 彼女は涙目になりながら俺に訴える。
「こ、この文章には、人間界のすべてが記されているのか? ならばそれを私に教えてほしい」
 泣くなんてズルいよ。美少女の涙は最終兵器じゃないか。
 人間界のすべてというのは、あくまでもストーリー上の話だけどな。
「私は、のぞみという名の神様だ。人間のことを、二週間以内に知らなければならないのだ。神様の学校の宿題でな」

 それから、この小さな神様のぞみは、俺の作品を読みながら人間というものを勉強している。
 最初は素直に俺の言うことを聞いていたが、最近は文章に口出すことが多くなって困っている。
「おっぱいを背中に押し当てられたら、普通気付くだろ? こんな風にな」
 そう言いながら、のぞみは黒い翼をばたつかせながら俺の背後に回り、背中に胸を押しつけて来た。
「残念ながら、全然分からないぞ」
 それもそのはず、彼女の胸は見事にぺったんこだった。
「そんなことはない! どうだ、これでどうだっ!!」
 涙ぐましい努力をするのぞみ。見ていられなくなった俺は、文章を彼女にも分かる内容に書き換えてあげることにした。
「じゃあ、おんぶじゃなくて肩車にしてやるよ」


 新次郎は真奈美を肩車した。
 揺れるたびに真奈美の恥骨が新次郎の首筋に当たる。そんなさりげない感覚に、新次郎は真奈美の女の子らしさを感じていた。


「ちょ、ちょっと待った!」
「今度は何だよ!?」
 スキンシップの様子もちゃんと描写した。だから文句を言われる筋合いは無いはずだ。そのおかげで三人称っぽくなっちゃったけど。
 そう言えば、のぞみのやつ、出会った時からやけに三人称にこだわるな。神様だからしょうがないのか?
「女の子を肩車しても、首筋に恥骨は当たらないぞ」
 えっ、それって……? どういうこと?
 俺は頭の中にハテナマークを一杯にする。その様子を見たのぞみは、仕方が無いと翼をはためかせ始めた。
「お前にもわかるように、今から実践してやるぞ」
 そしてミニスカートをひるがえひながら、俺の首筋にちょこんと座ったのだ。

 むにゅっ!

 首筋に伝わる妙な感覚。
 のぞみはぱんつを直接、俺の首筋に当てて来た。
「ほらっ、恥骨なんて当たらないだろ?」
 驚いた俺は、慌てて彼女を振り返る。
 したり顔で鼻の穴を大きくするのぞみ。その態度に俺はカチンと来た。
「お前、俺を騙したな。女の子じゃないだろ?」
 するとのぞみは顔を真っ赤にする。
「し、失礼なっ! 私はれっきとした女の子だぞ。神様の世界ではな」
「人間界では、そういうのを『男の娘』って言うんだよ」
「そ、そうなのか? 初めて知ったぞ」
「その証拠にお前、ぱんつの中に何か隠してるだろ?」
「ぱ、ぱんつの中って、そんなことを女の子に言わせるのか?」
 モジモジしながら、のぞみは衝撃的な事実を告白した。
「そ、そりゃ、隠してるよ、三番目の足を。だって私、八咫烏だから……」






闘掌’16春、テーマ『春らしいもの』

気体状の学校2016年05月07日 07時42分24秒

「神様。人間界から贈り物が届きましたぞ。沢山のスプレーが入っています」
「どれどれ。ほほお、それぞれのスプレーに名前が書いてあるの。このスプレーは『警察』じゃ」
「手紙には、治安の悪い地域にシュッと噴霧して欲しいと書かれています」
「では早速、試してみるかの」
 神様が『警察』のスプレーを噴霧すると、適所に警察署が建設されてたちまち犯罪が減少する。
「これは面白い。では、この『学校』というスプレーはどうじゃ?」
「子供の多い地域に噴霧してみるのがよろしいかと」
 神様が『学校』のスプレーを噴霧すると、その地域に適した学校が建設された。
「おお、こっちには小学校。あそこには中学校。幼稚園も沢山できたぞ」
 面白がってあちこちにスプレーを使う神様。しかし、にこやかだった神様の表情がだんだんと曇ってくる。
「どうされました?」
「学校ができて子供の笑顔が増えるのはええんじゃが、どんどんと待機児童が増えていくんじゃよ」
「では『保育園』のスプレーが必要ですね。あれれ、贈り物の中には入っていませんが……」
「仕方が無い。これで『保育園』のスプレーを作る工場を作ってみるかの」
 そう言いながら神様は『産業』のスプレーを噴霧し始めた。



500文字の心臓 第147回「気体状の学校」投稿作品