電車ブログ2008年10月20日 23時09分09秒

「あっ…」
パソコンに映る写真に、僕は言葉を失った。
いい年をした大人が、電車のシートの上に乗っている。
子供のようなその姿は、紛れも無く自分だった。
「やっと見つけた…」
恥ずかしさより喜びに満たされたのは、この写真を見つけるために散々苦労したからだ。

それは一ヶ月前。
電車に乗ると、その車両は僕一人きりだった。
開放的な気分に、つい車窓の景色にかじりついてしまう。
背後に迫る気配に気づかなかったのは、全くの不覚だった。

カシャリ!
驚いて振り向くと、カメラを持った女性が立っている。
ポニーテールが似合う美人だったが、美人特有の横柄な口調で
「この写真、ネットに投稿してもいいかしら?」
と言った。
「えっ?」
「大丈夫。顔は写ってないから」
いや、顔が問題ではなくて、この格好が問題なのだ。
でも、待てよ。こんな美人と知り合うチャンスも滅多に無い。
「あ、ああぁ、あ…」
僕が生返事をしていると、電車が駅に着いた。
女性は忙しそうにカメラをバッグに仕舞い、
「そう。じゃあ、よろしくね」
と電車を降りようとした。
「と、投稿、どこに?」
慌てて僕が聞くと、締まるドア越しに
”電車ブログ”
と彼女の艶やかな唇が動く。
その日から僕は”電車ブログ”を探し続けた。

電車を扱うブログなんて山ほどある。
ざっと検索しただけで、一千万件以上のサイトがヒットした。
それを一つ一つ見て回ったのだ。
しかしどのサイトも、彼女の投稿とは思えない内容だった。
一ヶ月が経ち諦めかけた時、あるサイトを見つけた。

#029-0005「電車ブログ」: 文章塾という踊り場

そして僕は、この作品の中に自分の写真を発見した。

この写真に写っているのは確かに僕だ。
ということは、この作品を投稿したのは彼女に間違いない。
作者の名前は…、えっ?、どこにも書いてない!?
つまり彼女と連絡を取るためには、この作品にコメントを書くしかないってことだ…

ドキドキしながら、僕はコメントのボタンをクリックした。


文章塾という踊り場♪ 第29回「忙しい」または「急ぐ」投稿作品

幸子2008年09月06日 12時08分24秒

 素人でも手軽に文章が書ける方法はないかと、ネットで検索を試みた。
 いろいろなページが表示される中で、目に止まったのはこんなサイトだった。

『私の文章作法』 踊る文章塾 by月影ネット

 これだ!私が探していたものは!
 読んでみると、どうやらプロではない方々が投稿した文章を集めたサイトらしい。詩的なもの、ほのぼの家族、ちょっと恐いもの、青春小 説のような作品まである。さらに、それらの文章をどうやって書いたのか、作法についての特集も組まれていた。こんな感じの気取らない文 章作法なら、私にも参考になりそうだ。

 書くことは決めてある。
 愛する妻。そして愛娘、幸子についてだ。
 未熟児で生まれた幸子は、二人の間にやっと授かった宝物。どうか無事に育ちますようにと祈り続けたおかげか、幸子はすくすくと成長し た。三輪車で転んで、ほっぺを酷く擦りむいた時はドキッとしたけれど。ランドセルがやがてセーラー服に変わり、妻によく似た声でお父さ んと呼んでくれたあの日のことを、今でも忘れない…
 こうして私は、踊る文章塾への投稿作品を書き上げていった。


「あなた、閉じこもって何してるの?」
「ちょっと書物を…」
「地球消滅まであと一時間しかないのよ。最期くらいは一緒に過ごしましょう」
「今ね、家族のことを書いているんだ」
「書いても無駄ではなくて?小惑星の衝突は、すべてを粉々にしてしまうそうよ」
「でも残るんだよ、この月影ネットは」
「えっ、何故?」
「その名の通り、サーバーが月の裏側にあるんだから」
「で、でも私達は、死んでしまうのよ…。それに家族って、私達二人しかいないじゃない」
「だから、新しい家族の物語を書いたんだ。二人の娘のね」
「私達の娘!?まあ、なんて名前なの?」
「幸子。君に似て、目がくりっとした女の子だよ」
「幸子?そんな古風な名前、最近の親はつけないわ」
「でも、いい名前だろ?」
「うーん、素敵な名前。ねえ、詳しく聞かせて…」


文章塾という踊り場♪ 第28回「世界の始まり・世界の終り」または「私の文章作法」投稿作品(★リボンの人選考賞

スメルクラブ2007年09月18日 00時17分32秒

「お前、スメルクラブで働いてるんだって?」
 浩史は酒をつぎながら、心理学専攻の旧友、健に切り出した。
「よく知ってるな」
「それでな、ちょいと教えてほしいことがあるんだが…」

”素敵な匂いの空間を提供します”
 そんな宣伝に誘われて、浩史がスメルクラブに入会したのは一ヶ月前のこと。半信半疑の浩史の心を決めたのは、無料体験で選んだプログラム『田舎の朝食』だった。
 個室の壁に映し出される古い民家の風景。釜戸に薪がくべられ、遠くで鶏の鳴き声。ここまではありきたりの映像体験だったが、それに匂いが加わると別次元の体験に変わることを浩史は知った。
 ススの匂いに混ざりほんのり漂う炊きたてのご飯、そして味噌汁の匂い…
 目を閉じると、祖父の家で過ごした少年の日が脳裏に蘇り、浩史は思わず涙した。当然、入会は即決だった。

 スメルクラブの演出はいつも完璧だった。お気に入りは『海の家』と『稲わら納屋』。『美女の寝室』も最高だ。しかし満足すればするほど、匂いの源について興味が湧いてくる。健を居酒屋に呼び出したのは、それを聞き出すためだった。

「箱を送るんだよ」
 健の答えは予想外だった。
「新聞に広告を出して、応募してきた人に活性炭入りの箱を送り謝礼を払う。三日間で三万円という額をな」
「だから入会金があんなに高いのか…」
「でも匂いは完璧だろ?」
「そうなんだよ。この間の『お婆ちゃんのタンス』は懐かしかったなぁ」
「得られる匂いが微量だからな。それを分類して、増殖させて…。うちの技術は世界一だぜ」
「そんなに金かけて大丈夫なのか?」
「まあこれには秘密があるんだ。箱を送る際に”絶対開けるな”と書いとくとな、開けちゃうヤツが必ず出るんだよ」
「へえ…」
「そんな時は大抵、謝礼をあきらめて箱だけ送り返してくる。こっちはタダで匂いが手に入るってわけさ」
「それで心理学専攻のお前は何をやってんだ?」
「だから開発してるんじゃないか、開けたくなる箱を…」


こころのダンス文章塾 第19回「箱」投稿作品★散策コース優秀作

崩壊2007年08月06日 00時11分14秒

カシャッ

 駅からの夜道を急ぐ涼木理子は、足を止めて耳を澄ました。街灯に群がる虫の羽音がパタパタと住宅街に響く。
 確かに変な音がしたのに…
 額にじっと汗が浮かぶ。蒸し暑い梅雨の終わりは、理子の一番嫌いな季節。早くマンションに帰って、冷房の効いた部屋でビールを楽しみたい。まとわりつくスカートと高いヒールに辟易していた理子は、新たな邪魔者に眉をひそめた。
 盗撮されてる?
 理子は後ずさりながら紫陽花の生垣の陰に身を寄せた。が、その時…

カシャッ

 えっ、また?
 理子は携帯電話を取り出す。
「もしもし、美和?」
「どうした理子、情けない声出しちゃって」
 美和の明るい声が、ぽっと理子の心を照らした。
「今、家に帰る途中なんだけどさ、盗撮されてるみたいなのよ」
「盗撮?」
「それでね、暗いところに隠れてるんだけど、それでも撮られちゃうの」
「もしかして理子、白い服着てない?」
「よくわかるね。白のワンピだけど」
「だったらきっとそれ、赤外線カメラだよ…」
 赤外線カメラを使うと白い服が透けてしまう。そんな美和の説明に、理子は背筋が寒くなった。
「隙を見てダッシュで逃げるのよ」
「無理だよ、今日のサンダル、ヒール高くって」
「バカね、そんなの脱いじゃえばいいでしょ」
 確かに美和の言う通りだ。サンダルを脱ごうと理子が一歩踏み出したその時…

カシャリ

 もういい加減にして!
 素足になった理子は脱兎のごとく走り出した。次の角を曲がるとマンションが見えてくる。あと百メートル。理子は走りながらバッグから鍵を取り出すと、入り口で素早くロックを解除してエレベータホールに駆け込んだ。ここまで来れば誰も追って来れないはず。ほっとした理子は、履こうとしたサンダルからヌメリとした異様な感触がすることに気がついた。

キャーァァァッ!

 驚いてサンダルから手を離す。
 転がり落ちたサンダルには、親指くらいの太さのカタツムリが三匹、ヒールに串刺のまま悲しそうに理子を見つめていた。


こころのダンス文章塾 第18回「夏(恐怖)」投稿作品

九十九島放送局2007年03月06日 00時09分52秒

「ねえ、社長さん、私がこんなことを言うのもなんだけど、毎晩飲みに来て大丈夫?」
 ナンバーワンホステスの香織が、ウイスキーを割りながら武の顔を覗き込む。
「平気平気、オレ九十九島放送局の社長だから」
 九十九島列島。大小三十五の島が連なるこの地域には、テレビ局が一局しかない。それが九十九島放送局だ。公共放送ということで受信料制をとっているが、社長五藤武の夜遊びが祟って未払いが相次いでいる。
「だって最近集まってないんでしょ、受信料」
「でも平気なんだよ」
 武はゆっくりとタバコの煙を吐いた。
「ど~して?」
「デジタル放送って知ってるかな、香織ちゃん」
「地デジってやつ?」
「そう。今度それに変わるとね、受信料を払わないヤツはテレビが見れなくなるんだよ」
「えっ、本当?」
「だからね、未払い者ゼロ」
「売り上げアップというわけね」
「それにね、視聴者が進んでお金を払ってくれるから、受信料の徴収員はみんなお払い箱さ」
「お払い箱って…、首ってこと?」
「そうだよ、人件費も浮いてさらに大儲けだ。はっはっは」
「でも、それで毎晩飲み歩いてたら、みんなの恨みを買うんじゃない?」
「結構結構。恨んで自分から辞めてくれれば言うこと無しだ」
 武は水割りを飲み干した。
「ねえ、社長さん」
「なんだい、神妙な顔をして」
「内緒の話があるの…」
 そう言って香織は後ろから武に抱きつくと、耳元で囁いた。
「私の父はね、徴収員だったの」
「ほほう」
「ある嵐の日にね、今日来なきゃ受信料払わない、と意地悪されて、無理に船を出して遭難したの」
「それはそれはご愁傷様」
「父は、会社をいつも誇りにしていたわ」
「首になる前に殉職できて、よかったじゃないか」
「弟が二人いてね、せめて高校だけは出てほしいと、この仕事をしているの」
「だったら愛人にしてやるぜ。週一で寝てくれたら月二十万出そう」
「ありがとう、とてもうれしいわ」
 香織は静かに言うと、武の首にからめた腕に力を込めた。


こころのダンス文章塾 第14回「人に非ず」投稿作品