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    <title>つとむュージアム</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Sun, 19 May 2024 16:44:12 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>君のサーヴァントになりたい</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2024/05/19/9685641</link>
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      <pubDate>Sun, 19 May 2024 16:41:33 +0900</pubDate>
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      <dcterms:created>2024-05-19T16:43:24+09:00</dcterms:created>
      <description>『すごいよコレ。ビックリだよ！』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　地下アイドルやってる姉貴からラインが来た。&lt;br&gt;&#13;
　白い腕時計の写真と一緒に。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『すごいって何がだよ』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　俺はすぐに返信する。&lt;br&gt;&#13;
　腕時計がすごいと言う姉貴ににわかに賛同できなかったから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『白い腕時計ってホワイトウォッチーズのアイコンだろ？　姉貴が着けるのは当たり前じゃん』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　姉貴が所属しているのは『ホワイトウォッチーズ』という女性三人組の地下アイドル。&lt;br&gt;&#13;
　お揃いの白い腕時計がアイコンで、踊りながら歌うパフォーマンスをウリにしている。&lt;br&gt;&#13;
　メンバーはセンターからぷらっち、キンカ、シルフィ。ちなみにシルフィが姉貴の芸名だ。生まれつき耳の先がちょっと尖った感じで、普段から髪を緑色に染めているからそう名付けられたらしい。出典は知らんけど。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『まあ、とにかくこれ見てよ』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　コメントと一緒に姉貴から送られてきたのがステージ動画。&lt;br&gt;&#13;
　一分ほどの長さだったが、それを再生して驚いた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ほぉ、これはすごい」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　というのも、三人のパフォーマンスの息がピタリと合っていたからだ。&lt;br&gt;&#13;
　ここまでのレベルに達するまでには相当の練習を積んだに違いない。地下アイドルだからとあまり注目してなかったが、これは賞賛に値する。これほどのダンスが観れるのならチケットを買うのもアリかもしれぬ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『すごいよ、タイミングばっちりじゃん』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　素直に姉貴を褒めてあげる。&lt;br&gt;&#13;
　決してご祝儀ではない。俺は本当に感動していた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『でしょ？』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　得意顔してそうな姉貴のコメントがなんだかちょっと悔しい。&lt;br&gt;&#13;
　しかしその後の姉貴のラインに俺は驚愕した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『でもこの曲を三人で合わせたのってさ、これが初めてなんだよ』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　えっ？　初めて？&lt;br&gt;&#13;
　いやいやいやいや、それはないでしょ！&lt;br&gt;&#13;
　初めての合わせで、こんなにもタイミングぴったりって絶対あり得ない。これは相当練習を積んだ後のパフォーマンスだよ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『ウソでしょ？』&lt;br&gt;&#13;
『ホントなんだってば』&lt;br&gt;&#13;
『初めてでここまでできたら天才だよ』&lt;br&gt;&#13;
『だから最初に書いたじゃない。すごいって、この時計』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ええっ、時計？&lt;br&gt;&#13;
　時計がすごいの？&lt;br&gt;&#13;
　三人のパフォーマンスじゃなくて？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『この時計はね、スタート同期ウォッチっていうの。スタッフさんの親戚に有名メーカー勤務の技術者がいて、特別に開発してもらったんだから』&lt;br&gt;&#13;
『なに？　その不思議アイテム。スタート同期ってなに？』&lt;br&gt;&#13;
『スタートを合わせられるウォッチだよ。これ着けてるとね、センターのぷらっちのタイミングにぴったり合わせられるんだよ。初見でも』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　マジか。&lt;br&gt;&#13;
　それはすごい。&lt;br&gt;&#13;
　一体どんな仕組みなんだろう？&lt;br&gt;&#13;
　そんな時計があるなら俺も使ってみたい。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ん？　待てよ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時、俺の頭にあるアイディアが閃いた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『週末ってさ、姉貴のライブある？』&lt;br&gt;&#13;
『今週はないけど』&lt;br&gt;&#13;
『じゃあ、その時計ちょっと貸してよ。ぷらっちさんの時計と一緒に』&lt;br&gt;&#13;
『ええっ？』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　最初は渋っていた姉貴だが、俺が必死に説得すると嫌々ながらも了承してくれた。ぷらっちさんが承諾してくれたら、という条件付きで。&lt;br&gt;&#13;
　こうして俺、西凪翔（にしなぎ　かける）は、木曜日の夜に姉貴の住む都内のアパートに行くことになったんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「へぇ、これがスタート同期ウォッチねぇ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　木曜日の夜の都内のアパートにて。&lt;br&gt;&#13;
　姉貴から手渡された白い腕時計を、俺はまじまじと観察する。&lt;br&gt;&#13;
　ステージ用と言ってもゴテゴテと装飾してあるわけではなく、いたってシンプルなフォルムだ。リンゴ印のスマートウォッチと間違えてしまうくらい。&lt;br&gt;&#13;
　きっとこの中に、最新のテクノロジーが詰め込まれているのだろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ディスプレイの縁だけ細く金属色になってるでしょ？　そこが金色なのがマスターなの」&lt;br&gt;&#13;
「ほお」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　姉貴は、自分が手にしている時計のディスプレイを俺に向ける。&lt;br&gt;&#13;
　ぱっと見た目は白色の時計だが、ディスプレイを細く縁取る金属の部分が金色に光っていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そして翔が手にしている時計がサーヴァント」&lt;br&gt;&#13;
「サーヴァントぉ？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　思わず聞き返してしまった。&lt;br&gt;&#13;
　そりゃ、マスターの言うことを聞くのがサーヴァントというのはわかるが、あえてその言葉を使われるとサーヴァントの方が強そうな気がしてしまう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そっちは縁が銀色でしょ？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　姉貴に言われて俺は手にしている腕時計に目を向ける。&lt;br&gt;&#13;
　確かにこちらのディスプレイの縁は、銀色に輝いていた。&lt;br&gt;&#13;
　が、遠くから見る限りはどちらも白い時計だ。まあ、関係者だけが区別をつけることができればいいわけだから、これくらいの違いで十分なのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあこの銀色の時計を付けると、マスターの動きを真似ることができるってこと？」&lt;br&gt;&#13;
「正確にはちょっと違うんだけどね。まあ、実際にやってみればわかるわ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら、姉貴は金色の縁の時計を腕に着ける。&lt;br&gt;&#13;
　俺も姉貴に促されて、銀色の縁の時計を腕に装着した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、右手を上げるよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　姉貴は右手を上げる。&lt;br&gt;&#13;
　すると驚くことが起きた。&lt;br&gt;&#13;
　姉貴が手を上げる直前に腕時計を通してピリリと小さな刺激が伝わり、俺の脳を刺激したのだ。&lt;br&gt;&#13;
　気がつくと俺も右手を上げていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ね？　すごいでしょ！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　確かにこれはすごい。&lt;br&gt;&#13;
　この刺激に合わせて動けば、マスターと同期させるのは簡単だ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「なんでもね、筋肉を動かそうとするスタート信号を検知して、それを瞬時にサーヴァントに伝えるみたいなの。筋肉の始動を一致させることができるから、ダンスの動きを合わせられるってわけ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　普通のダンスでは、センターの動きを見ながらタイミングを合わせることになる。&lt;br&gt;&#13;
　でもそれでは遅いのだ。センターの動きを目で検知してから筋肉を始動させることになるので、コンマ数秒の遅れが生じてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　しかし、マスターの筋肉の始動のタイミングを瞬時に知ることができたら？&lt;br&gt;&#13;
　より早く体を動かすことができて、ピタリと息のあったパフォーマンスを生み出すことが可能となる。姉貴の説明は、こんな感じだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「でもね、この時計は筋肉の始動のタイミングを知らせるだけなの。じゃあ、今度は左手を上げてみるよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら姉貴は手を上げた。&lt;br&gt;&#13;
　俺もピリリと信号を感じて左手を上げる。&lt;br&gt;&#13;
　が、今回はさっきとは何かが違う。それは何故だろうと考えを巡らせていたら、姉貴が違和感の正体を教えてくれた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ほら、手をよく見て」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　俺は左手を上げている。&lt;br&gt;&#13;
　しかし姉貴が上げているのは——よく見ると右手だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「翔はさ、左手を上げてって私が言ったから左手を上げちゃったの。さっきも言ったように、これは筋肉の始動を伝えるだけの機能しかないのよ。左手を上げなくちゃと思っている人は、刺激を受けると左手を上げてしまう。サーヴァントの行動をコントロールするってわけじゃないのよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そうなのか……。&lt;br&gt;&#13;
　俺はちょっとがっかりする。&lt;br&gt;&#13;
　ラインの内容から想像していた機能とは、かなり違っていたから。&lt;br&gt;&#13;
　まあ、ダンスのタイミングを合わせるにはこの機能で十分なのだろう。だってダンスは振付が最初から決まっているのだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「なんか浮かない顔してるね。ははーん、わかったわ。これ、女の子に貸そうとしてたでしょ？　それで彼女をコントロールしようとしてたんじゃないの？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ギクッ。&lt;br&gt;&#13;
　図星で狼狽する。&lt;br&gt;&#13;
　さすがは姉貴。伊達に血は繋がっていない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「やっぱそうなんだ……」&lt;br&gt;&#13;
「ち、違うよ。女の子に貸そうとしてたのはホントだけどさ」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、何が違うの？」&lt;br&gt;&#13;
「逆の使い方を考えていたんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「逆？　それってどういうこと……？」&lt;br&gt;&#13;
「俺がマスターじゃなくて、彼女にマスターになって欲しかったんだ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　俺は姉貴に事情を打ち明け始めた。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ほら、俺のクラスメートに東鳴（ひがしなる）めぐみって子がいるだろ？」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？　ああ、あのめぐみちゃんね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　めぐみは、最近俺と仲良くしているクラスメートだ。&lt;br&gt;&#13;
　彼女——と言いきれないのは、めぐみには恋愛感情以外に俺に近づく理由があるから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「この前もライブ来てたわよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう、めぐみの推しはホワイトウォッチーズなのだ。&lt;br&gt;&#13;
　だから俺と一緒にいるときは、いつも姉貴の動向を聞いてくる。&lt;br&gt;&#13;
　俺がメンバーの弟と知って近づいて来たのは明らかだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そのめぐみに、週末遊園地に行こうって誘われてるんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「女の子と遊園地に？　それってデートじゃん。やったね！」&lt;br&gt;&#13;
「やったね、じゃねぇよ。めぐみの目的は俺じゃないんだよ。だって最近遊園地でロケしたんだろ？　パフォーマンス動画を撮るために、ホワイトウォッチーズはさ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　心当たりがありそうな表情をする姉貴。&lt;br&gt;&#13;
　やっぱりそうだったのか……。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみにとってその遊園地は正に聖地。一人で聖地巡礼するよりも、関係者と一緒に行った方が心沸き立つのがファンの心理なのだろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「めぐみちゃん可愛いもんね。ホワイトウォッチーズ目当てで近づいてきためぐみちゃんのこと、翔は好きになっちゃったんでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよ、悪いか？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　正直に姉貴に打ち明ける。&lt;br&gt;&#13;
　貴重な時計を借りるんだから、隠し事は逆効果だろう。&lt;br&gt;&#13;
　確かにめぐみは可愛い。クラスの中でも上位に入るほどには。&lt;br&gt;&#13;
　そんな女の子が、クラスの男子の中では俺だけに親しげに話しかけてくるのだ。勘違いするなと言う方が難しい。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「めぐみの本心が知りたいんだ。遊園地で聖地巡礼だけがしたいのかってことを。俺という男が隣にいるんだぜ。手を繋いだりするくらいに、いい感じになったっていいはずだろ？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いい雰囲気になったら二人で観覧車に乗っちゃったりして。&lt;br&gt;&#13;
　この時計があれば、キスのタイミングだって掴めるかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、単刀直入に聞いちゃえばいいじゃん？」&lt;br&gt;&#13;
「それマジで言ってる？」&lt;br&gt;&#13;
「ダメなの？」&lt;br&gt;&#13;
「ダメに決まってるだろ？　もし俺には興味がないって言われたらどうすんのさ。二度と立ち直れないよ。だからそういうのをさりげなく探りたいんだよ、この時計を使ってさ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　たとえ俺に興味がなくても、一緒に遊園地に行ける今の関係を維持したい。単刀直入に聞いてしまうと、そんな淡い関係すらも壊れてしまう可能性がある。&lt;br&gt;&#13;
　仲良く話ができる関係を続けているうちに、もしかしたらという急展開があるかもしれないんだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「事情はわかったわ。大丈夫、お姉ちゃんが応援してあげるから」&lt;br&gt;&#13;
「この時計を貸してくれるだけでいいよ。間違っても余計なことはしないでよね？」&lt;br&gt;&#13;
「わかった、わかったよ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　なんだかちょっと嫌な予感がする。&lt;br&gt;&#13;
　俺は姉貴のことを視線でけん制しながら、金と銀の二台の腕時計を受け取った。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えっ、この時計って……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　金曜日の放課後、誰もいなくなった教室でめぐみに時計を渡す。&lt;br&gt;&#13;
　時計を見た瞬間、めぐみは瞳を輝かせ始めた。つまり、これがどんな時計なのか瞬時に理解したということ。さすがライブに通うだけのことはある。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ホワイトウォッチーズの時計じゃん。どうしたの、これ。今度レプリカを発売することになって、お姉さんからサンプルをもらったとか？」&lt;br&gt;&#13;
「違うよ、本物だよ。姉貴から借りてきた」&lt;br&gt;&#13;
「えっ…………」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　瞳をまん丸にするめぐみ。&lt;br&gt;&#13;
　絶句するその表情だけでも、本当にホワイトウォッチーズのことが好きなんだと分かる。そんな彼女のことを、思わずぎゅっと抱きしめたくなってしまった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「どうしちゃったの？　こんな大事なもの私が借りちゃってもいいの？」&lt;br&gt;&#13;
「だって明日行く遊園地って、ホワイトウォッチーズがロケしたとこなんだろ？」&lt;br&gt;&#13;
「うん、そうなの」&lt;br&gt;&#13;
「だったら、それ着けて行ったら気分は爆上がりだろ？　遊園地から帰る時に帰してもらうけど」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　マスターとかサーヴァントとか、そういう話は内緒だけど。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ありがとう。翔、大好き！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　めぐみが両手で俺の手を握ってくれる。&lt;br&gt;&#13;
　こういう行動が勘違いの元なんだよ。それに、そんなにキラキラした魅力的な瞳で見つめないでくれ。ますます好きになっちゃうじゃないか……。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、今からこの時計着けるよ。明日の夕方までずっと」&lt;br&gt;&#13;
「まあ、いいんじゃない。風呂はダメだぞ、たぶん」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよね。超お宝だもんね。へぇ、これが本物の時計なのね……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　めぐみはまじまじと時計を見つめている。&lt;br&gt;&#13;
　ディスプレイの縁が金色に光る白い時計を。&lt;br&gt;&#13;
　こうして俺のデート大作戦が始まったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ゴメン、遅れちゃって。待った？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　不意に掛けられた言葉に顔を上げると、そこにはめぐみがいた。&lt;br&gt;&#13;
　ちょっと恐縮する表情も可愛らしい。これだよこれ、このシチュエーション。俺がずっと求めてきた正にデートって感じ。&lt;br&gt;&#13;
　九月の朝陽を背にするみぐみは、俺の表情を覗き込んでいる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ラインしようと思ったの。でも、もう着きそうだったから……」&lt;br&gt;&#13;
「いや、今来たとこだから」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　お決まりの台詞と共に、俺は駅前のベンチから腰を上げた。&lt;br&gt;&#13;
　白のブラウスに、黒のミニスカートと白のスニーカーに身を包むめぐみ。似合いすぎてて俺の心臓はバクバクだ。&lt;br&gt;&#13;
　そして左腕には白い時計が光っている。明らかにホワイトウォッチーズのコーデを意識しているが、それは考えないでおこう。今日は彼女のサーヴァントになるって決めたんだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一緒に駅の改札を抜け、並んで電車のホームに向かう。&lt;br&gt;&#13;
　ああ、恋人同士だったらここで手を繋いじゃうのかな、なんて思いながら。&lt;br&gt;&#13;
　土曜日だから電車も空いている。&lt;br&gt;&#13;
　ホームに着いた電車に乗って腰を降ろそうとした時、ビビっと小さな刺激が脳を揺さぶった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
（キター！）&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　めぐみとピッタリのタイミングで、俺たちはシートに腰掛ける。&lt;br&gt;&#13;
　駅で合流して二人の距離が百メートル以内になったことで時計同士の距離も縮まり、めぐみからの信号が俺の時計に届くようになったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　ちなみに時計をしていることがバレないよう、俺は袖の長いシャツで手元を隠している。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　これってなんかいいかも。&lt;br&gt;&#13;
　こうしてタイミングを合わせていれば、そのうち「なんか私たちって息ピッタリね？」って言ってくれるんじゃないだろうか。&lt;br&gt;&#13;
　そういう異性との相性って結構重要な要素なんじゃないかと、俺は電車の中で考え始めていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　早速、それを実感させる出来事が起きる。&lt;br&gt;&#13;
　電車が目的の駅に着くと、またビビっと刺激を受けたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　ドンピシャのタイミングで二人は腰を上げる。そのシンクロ具合に思わず二人は顔を見合わせた。&lt;br&gt;&#13;
　可笑しくなってくすくすと笑うめぐみも、なんだかすごく可愛らしかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「まずはメリーゴーランドだよね！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　遊園地に入園すると、真っ先にめぐみは俺に提案する。&lt;br&gt;&#13;
　メリーゴーランドといえば、ホワイトウォッチーズがロケした場所だ。メリーゴーランドの前でダンスしたり、メンバーが木馬に乗るシーンがパフォーマンス動画に盛り込まれていた。&lt;br&gt;&#13;
　だからこの提案は想定内。だってこれがめぐみの今日の目的なんだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、行こっか！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　俺は、めぐみとピッタリのタイミングで駆け出した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　メリーゴーランドの前でスマホで写真を撮るめぐみを横目に、俺は入場客を観察していた。&lt;br&gt;&#13;
　女の人、男の人、子供連れの家族も多い。&lt;br&gt;&#13;
　俺が注目するのはカップルたちだ。悔しいことにほぼ全員、手を繋いでいる。&lt;br&gt;&#13;
　高校生らしき二人、大学生らしき二人、女性同士のカップルもいる。なんだかすごく羨ましい。早く自分もそうなりたいとしみじみ感じてしまう。男同士ってのは嫌だけど。&lt;br&gt;&#13;
　それにしてもあの女性同士のカップル、ちょっと怪しい感じだなあ。二人ともサングラスを掛けてるし。お忍びなんだろうか——と目で追っていると、「次どこ行く？」とめぐみから声を掛けられた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、ジェットコースターでも行くか！」&lt;br&gt;&#13;
「うん、行く行く！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　もちろん歩き出しも一緒だ。&lt;br&gt;&#13;
　思わず俺たちは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。&lt;br&gt;&#13;
　なんかいい雰囲気じゃないか。ああ、めぐみと手を繋ぎたい。&lt;br&gt;&#13;
　そう念じていた俺は、いつの間にか二人の物理的な距離が縮まっていたことに気づかなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時だ。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみの肩に俺の腕が触れる。&lt;br&gt;&#13;
　刹那、ビビっと時計からの刺激が「今だ！」と脳に訴えた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ゆっくりと繋がれる手と手。&lt;br&gt;&#13;
　そのタイミングもバッチリだ。&lt;br&gt;&#13;
　掌を通して彼女の温かさが伝わって来る。と同時に、心もジーンと熱くなった。&lt;br&gt;&#13;
　愛おしさが爆発しそうになり、俺はぎゅっと強く手を握る。するとめぐみも握り返してくれた。&lt;br&gt;&#13;
　言葉は必要ない。そんな至極の時間が、俺たちを包んでいた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ジェットコースターに乗って思いっきり叫び、また手を繋いで遊園地を歩く。&lt;br&gt;&#13;
　そしてまた別のアトラクションへ。&lt;br&gt;&#13;
　夢にまで見た女の子とのデート。素晴らしすぎて胸熱で涙が出てくる。まあ、手を繋ぐきっかけを与えてくれたのは、この時計なんだけどさ。&lt;br&gt;&#13;
　いつの間にか二人は観覧車へ向かっていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
（この雰囲気だったら、もしかしてキスしちゃったりして？）&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう思った瞬間、俺の中に罪悪感のようなものが生まれていた。&lt;br&gt;&#13;
　本当にこのままキスしちゃっていいのだろうか？&lt;br&gt;&#13;
　それはなんだか、ズルをしているような気がしていたから。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみの本心は一体どこを向いているのだろう。欲を言えば本当の俺を見て欲しい。それでもなお好きになってくれるなら、一緒にキスしたい。&lt;br&gt;&#13;
　しかし一方で、「このまま行けるとこまで行っちゃえ」と囁く自分もいた。&lt;br&gt;&#13;
　そう考えるのにもちゃんと根拠がある。だって手を繋ぐタイミングは、めぐみがそう思ったからなのだから。マスターからの信号を受けてサーヴァントの俺はマスターの手を握った。だったらこの展開はめぐみが望んだことなのだ。キスだって彼女が望めば何も問題はない——はず。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　でもやっぱり時計のことは伝えよう。&lt;br&gt;&#13;
　それでも雰囲気が壊れなかったら、そして彼女が望むのなら、一緒にキスすればいいんじゃないか。&lt;br&gt;&#13;
　そう決心して、俺はめぐみと一緒に観覧車に乗り込んだ。&lt;br&gt;&#13;
　この決心が予想外の事態に発展するとは思いもせずに。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「それにしてもこの時計って不思議よね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　観覧車に二人で腰掛けると、めぐみはまじまじと時計を見ながら語り始めたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今もそう。翔くんが何かをしようとする時に、ビビっと刺激が脳を揺さぶるの」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　えっ？&lt;br&gt;&#13;
　俺は自分の耳を疑う。&lt;br&gt;&#13;
　それってどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　確かにめぐみが腰掛けようとした時に、俺も時計からビビっと刺激がやってきた。&lt;br&gt;&#13;
　でもめぐみも同じってこと？&lt;br&gt;&#13;
　つまりめぐみもサーヴァントだったってこと？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「初めて手を繋いだ時もそう。ビビっと刺激を受けた時に、翔くんが手を繋いでくれた」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　なにがなんだか分からない。&lt;br&gt;&#13;
　だって自分もそうだったから。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみからの信号で二人は手を繋いだのだとずっと俺は思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　でも本当は、そうではなかったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時、俺の頭の中にある可能性が浮かぶ。&lt;br&gt;&#13;
　もしかしたらこの遊園地のどこかに黒幕がいるんじゃないかと。&lt;br&gt;&#13;
　それは——そうだ、あの人たちだ。メリーゴーランドの前で見かけたサングラスを掛けた女性同士のカップル。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　俺は慌てて観覧車の下を見る。&lt;br&gt;&#13;
　やはりそこにはあの女性同士のカップルがいて、今にも二人で抱き合おうとしていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ヤバい！&lt;br&gt;&#13;
　そう思った瞬間、ビビっと時計からの刺激が脳を揺さぶった。&lt;br&gt;&#13;
　と同時に、めぐみを抱きしめたくなって仕方がなくなってしまう。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみを見ると彼女も一緒だった。顔が紅潮してハアハアと息も荒くなっている。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今も時計から刺激が来た。そしたら翔くんのこと抱きしめたくなってしょうがないの。私どうかしちゃったのかな？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いいぞ、このまま押し倒しちゃえ！&lt;br&gt;&#13;
　なんて言ってる場合じゃない。&lt;br&gt;&#13;
　囁くもう一人の自分を押し除けて、俺は正直に打ち明ける。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今まで隠してて申し訳ないんだけど、俺も同じ腕時計を着けてて、今めぐみのことを抱きしめたくてしょうがないんだ。これは本心なんだけど時計のせいでもあるんだ。試しに時計を外してみてくれないか」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　めちゃくちゃ後ろ髪を引かれるけど、俺は謝罪しながら時計を外した。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみも慌てて時計を外す。すると彼女の表情が元に戻った。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ホントだ。時計を外したら、なんかいつもの翔くんに戻った」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それはそれで残念なんだけど。&lt;br&gt;&#13;
　それにしても問題はあの女性カップルだ。&lt;br&gt;&#13;
　観覧車から降りたら捕まえてとっちめてやろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　——あれほど余計なことをするなって言ったのに。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　キスどころではなくなった俺は、観覧車よ早く地上に降りてくれと祈っていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えへへ、バレちゃった？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　観覧車を降りた俺は、女性カップルのもとに走って見慣れた腕を捕まえた。&lt;br&gt;&#13;
　サングラスを外した姉貴は、悪びれもせずペロっと舌を出す。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えっ、シルフィさん？　そしてぷらっちさん！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　遅れてやってきためぐみは、女性二人組を見て歓喜の声を上げる。&lt;br&gt;&#13;
　サングラスを外したもう一人の女性は、なんとぷらっちさんだったのだ。そしてその腕には白い時計が光っていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ぷらっち、キンカ、シルフィの三人組のホワイトウォッチーズ。&lt;br&gt;&#13;
　それってプラチナ、ゴールド、シルバーってことじゃないか。&lt;br&gt;&#13;
　つまりゴールドがマスターなのではなく、プラチナがマスターだった。俺は最初から姉貴に騙されていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　アパートで姉貴は、ゴールドの腕時計を俺の目の前で着けて見せた。&lt;br&gt;&#13;
　そして姉貴の動きに合わせて、俺が着けたシルバーの腕時計に電気信号が送られ、俺はゴールドがマスターだとすっかり思い込んでしまった。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそれはすべて、俺を騙すための策略だったのだ。姉貴はこっそりとプラチナの時計も着けていたのだろう。俺からは見えない場所に、一人ほくそ笑みながら。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　後で聞いた話だが、姉貴たちは駅からずっと俺たちのことをつけていたらしい。&lt;br&gt;&#13;
　どうりでシートに腰掛けるタイミングや立ち上がるタイミングがシンクロするはずだ。俺とめぐみは、ずっとぷらっちさんのサーヴァントだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「だってさあ、翔がなんかウジウジしてるからさぁ」&lt;br&gt;&#13;
「そうよ。後ろから見てて、すっごくもどかしくなっちゃった」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ぷらっちさんもそんなこと言わないで下さいよ。&lt;br&gt;&#13;
　めぐみも目の前にいるんだし。&lt;br&gt;&#13;
　するとめぐみが神妙な表情で俺に切り出す。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ごめん、翔くん。今までずっと、あなたのことを騙していて」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ええっ、それってどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　実はめぐみもグルだったってこと？&lt;br&gt;&#13;
　俺はこの遊園地のピエロだったのかよ！？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　なんだよ、そんなのアリかよ。&lt;br&gt;&#13;
　観覧車の中で俺、結構すごいこと言っちゃったような気もする。&lt;br&gt;&#13;
　ショックでしばらくは立ち直れそうにない。&lt;br&gt;&#13;
　しかしめぐみは、さらに驚くことを打ち明け始めた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ホントはね、あなたに近づきたくてホワイトウォッチーズのファンになったの。そしたらいつの間にか沼にはまっちゃって……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　えっ……？&lt;br&gt;&#13;
　鳩が豆鉄砲を食ったような表情の俺のことを、めぐみは顔を真っ赤にしながら正視してくれた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「正直に言います。私、翔くんのことが好きです。付き合って欲しいです。お姉さんたちも応援して……くれますよね？」&lt;br&gt;&#13;
「もちろんだよ！」&lt;br&gt;&#13;
「やったね、翔くん！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　なに、この超展開。&lt;br&gt;&#13;
　他の観客も集まってきた。&lt;br&gt;&#13;
　二人の美女が女子高校生を応援していて、その女の子は一人の男子高校生を前にして真っ赤な顔をしているのだ。何かのロケと思われても仕方がないだろう。&lt;br&gt;&#13;
　もちろん俺だって超恥ずかしい。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「行くぞ、めぐみ」&lt;br&gt;&#13;
「うん！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　この場を逃げ出したくなった俺は、めぐみの手を取り走り出していた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　おわり&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２４GW企画&lt;br&gt;&#13;
お題：『手』
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>飛田LITEサプライズ</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2023/09/01/9614088</link>
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      <pubDate>Fri, 01 Sep 2023 03:09:00 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2023-09-01T03:11:43+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2023-09-01T03:11:43+09:00</dcterms:created>
      <description>「へいピッチャー、デッドボール厳禁やぞ！」&lt;br&gt;&#13;
「女性に優しくな！」&lt;br&gt;&#13;
　青空眩しい五月の日曜日の球場にヤジが飛び交う。&lt;br&gt;&#13;
　社会人軟式野球、第一回市長杯選手権大会の初戦。&lt;br&gt;&#13;
　左バッターボックスには、私の親友であり貴重な女性メンバーでもある高橋四音（たかはし しおん）が立っていた。&lt;br&gt;&#13;
「絶対顔に当てんなよ～」&lt;br&gt;&#13;
「うちの綺麗所だからな！」&lt;br&gt;&#13;
　それにしても四音は何を着ても似合う。我チームのユニフォームは上下がアイボリーのごくシンプルなものだが、それですら小柄でポニーテール姿の彼女の可愛らしさを引き立てている。ピチっとした太もももなかなかセクシーだ。&lt;br&gt;&#13;
　そしてそのユニフォームの左胸と帽子には、軽金属部品メーカーである我社『飛田LITEサプライ』のロゴが縫い付けられていた。&lt;br&gt;&#13;
　一方の相手チームは相庭製薬。上下が空色のユニフォームに身を包んでいる。&lt;br&gt;&#13;
　そのピッチャーが第一球目の投球動作に入った。両手を大きく振りかぶり、左足を高く上げ、右腕をホームベースに向かって勢いよく降り下ろす。&lt;br&gt;&#13;
　彼の指から放たれた軟式ボール。社会人の草野球にしては速く、コントロールもなかなかいい。シュルシュルと音をたてるボールは小柄な四音の前を通り過ぎ、パンと小気味良い音と共にキャッチャーミットに収まった。&lt;br&gt;&#13;
「ストライッ！」&lt;br&gt;&#13;
　球審のコール。と同時に、四音は我々が陣取る三塁側ベンチを向く。これならイケる――と口角を上げながら。&lt;br&gt;&#13;
　さすがは野球経験者。このチーム作りも彼女と一緒にやり遂げた。&lt;br&gt;&#13;
　だから私は確信する。我々の作戦はきっと成功すると、四音と目が合った瞬間に。&lt;br&gt;&#13;
　私たちはなんとしてでもこの試合に勝たなくてはならないのだ。&lt;br&gt;&#13;
　こうして社長の鶴の一声で結成した軟式野球チーム、飛田LITEサプライズの攻撃が幕を開けた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それは半年前のことだった。&lt;br&gt;&#13;
　社長秘書の私、来雲土羽希（らいうんど うき）は突然社長の命を受けることになったのだ。&lt;br&gt;&#13;
「羽希ちゃん、ちょっとお願いがあるんだが」&lt;br&gt;&#13;
　これはヤバい――と私のアンテナが危険を察知する。&lt;br&gt;&#13;
　社長が私のことを名前で呼ぶ時はいつも訳アリ案件だ。すぐにこの場から逃げねばならぬ。&lt;br&gt;&#13;
「すいません社長。私、急ぎの用事が……」&lt;br&gt;&#13;
　が、社長はその隙すら与えぬ勢いで用件を口にした。&lt;br&gt;&#13;
「今の市長、春になったら新しく軟式野球大会を始めるらしいんだが、それに出場するメンバーを集めて欲しい。チームを出してくれってしつこく頼まれちゃってさ」&lt;br&gt;&#13;
　つまり私に社内軟式野球チームを作れと、そうおっしゃってるわけですね。&lt;br&gt;&#13;
「申し訳ありませんが、社長。私にはちょっと荷が重すぎるかと。野球の「や」の字もやったことがありませんので」&lt;br&gt;&#13;
　野球チーム作りなんてめんどくせー、というのが本音。&lt;br&gt;&#13;
　それにこの件には絶対裏がある。少なくとも、市長のメンツを保って差し上げるという社長から市長への「貸し」に加担せよということだ。もしかしたら、大会の盛り上がりに乗じて市民球場の新設という話が上がるというシナリオが組まれているのかもしれない。そしたら我社が優先的に部品供給を――って、それじゃ社長と思考が同じじゃない。下手したら犯罪になっちゃうし、そこまでリスクを負うメリットもない……はず。&lt;br&gt;&#13;
「そうだ、軽金属加工課の高橋四音くん。彼女は野球経験者だったよね？」&lt;br&gt;&#13;
　げっ、なんかそうだったような気がする。&lt;br&gt;&#13;
　最近は自転車ばかり乗ってるみたいだけど、元々スポーツを続けていたというのは聞いていた。&lt;br&gt;&#13;
「確か履歴書に書いてあった。大学の頃、女子硬式野球部だったって」&lt;br&gt;&#13;
　ちっ、そういうことだけはちゃんと覚えてるのね。&lt;br&gt;&#13;
「確か君とも仲が良かったよね？　彼女と一緒にメンバー集めをすればいいじゃないか。まあ、君に断られたら直接四音くんに頼むだけだけど」&lt;br&gt;&#13;
　今ここで社長の依頼を断っても、私抜きでこのプロジェクトは実行されるということだ。&lt;br&gt;&#13;
　四音が絡むというのであれば私も一枚噛みたい。そして美味しいところだけをいただきたい。&lt;br&gt;&#13;
「社長。お言葉ですが、四音と私が社員を誘ってもメンバーは集まらないと思いますよ」&lt;br&gt;&#13;
　無い知恵を絞りながら、私は必死に言葉を紡ぎ始める。&lt;br&gt;&#13;
「野球チームのメンバーに選ばれてしまうと、試合で週末がつぶれることになりますよね？　練習だってしなくちゃいけないです。仕事で疲れている若者が、わざわざ休暇をつぶして参加するでしょうか？」&lt;br&gt;&#13;
　そうだ、その通りだ！&lt;br&gt;&#13;
　自分の中のもう一人の私が叫んでいた。&lt;br&gt;&#13;
「少なくとも、仕事の一環として扱っていただけないでしょうか？　もしくは一勝につきいくらという風に特別ボーナスを出してもらえるとか？」&lt;br&gt;&#13;
　すると社長はうーんと唸りながら考え始めた。&lt;br&gt;&#13;
　その様子で私は確信する。きっと社長は、ボランティアで喜んで野球に参加する社員がいると思ってたんだ。甘い甘いよ、今の若者はそれじゃ動かない。昭和の社畜じゃあるまいし。&lt;br&gt;&#13;
「仕事の一環というのは無理だな。「これ仕事だから」って野球をやられたら、他の社員に示しがつかない」&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そういう風に不満を口にする人もいるよね。特に四十過ぎの昭和の人なら。あいつら野球やって遊んでるのに給料もらえるのはズルいと、ネチネチと非難するに違いない。&lt;br&gt;&#13;
　そう言う人こそ野球チームに参加して欲しいんだけど、メンバーがおじさんばかりになっちゃうのは嫌だ。私がチーム作りするならばの話だけど。&lt;br&gt;&#13;
「しょうがない、勝利数に応じて特別ボーナスを出そう。私のポケットマネーで」&lt;br&gt;&#13;
　そうこなくっちゃ！&lt;br&gt;&#13;
　しかし直後、社長はとんでもない数字を口にしたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「一勝につき一人一万円というのはどうだ？」&lt;br&gt;&#13;
　いやいやいやいや、それはあり得ない。&lt;br&gt;&#13;
　休暇を削って、必死に練習して、試合にも出てそれっぽっち？&lt;br&gt;&#13;
　一万円じゃ旅行なんてどこにも行けないし、服だってファストファッションになってしまう。&lt;br&gt;&#13;
　その時の私はよほど渋い表情をしてしまったのだろう。社長は慌てて前言を撤回した。&lt;br&gt;&#13;
「わかったわかった、一勝につき一人三万円は？」&lt;br&gt;&#13;
　感情を表情に出してしまうのは秘書として失格と思いながらも、私は表情を崩さない。&lt;br&gt;&#13;
「社長。いいですか？　春まで半年しかないんですよ？　正に急造チームなんです。そのチームが二勝以上できると思いますか？　二勝以上できるならその金額でもギリ飲めると思います。でも、最初の試合に勝てるかどうかも分からない、つまり頑張っても三万円しかもらえないかもしれないという状況でやる気が出ると思いますか？」&lt;br&gt;&#13;
　思わず熱弁してしまった。柄にもなく。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそれが効いたのか、社長はやっと折れてくれたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「しょうがないなぁ。羽希くんには笑って欲しいから一人五万円にするよ。それ以上は出せん。それでやってくれるかね？」&lt;br&gt;&#13;
　それならば――。&lt;br&gt;&#13;
　私は社長に向かって、いつもの秘書スマイルを披露した。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「というわけなのよ。四音、引き受けてくれる？」&lt;br&gt;&#13;
「うん、まあ、羽希の頼みなら……」&lt;br&gt;&#13;
　その日の就業後、私は四音を食事に誘う。&lt;br&gt;&#13;
　事情を打ち明けると、渋々ながらも彼女は私の頼みを聞き入れてくれた。&lt;br&gt;&#13;
「やっぱ土日が潰れるのは嫌？」&lt;br&gt;&#13;
「それもあるけど、ご褒美が勝利ボーナスだけっていうのもね。しかもたったの五万でしょ？」&lt;br&gt;&#13;
「だよね。五万じゃ近場の貧乏旅行しか行けないもんね。でもね、これでも私は粘ったのよ。だって最初は一万だったんだから」&lt;br&gt;&#13;
「マジで？　ケチやなぁ、あの社長」&lt;br&gt;&#13;
「なんとか二勝できればいいんだけど……」&lt;br&gt;&#13;
　二勝できればボーナスは十万円に膨らむ。そうなれば、もう少しマシな旅行に行くことができる。&lt;br&gt;&#13;
「んなことできるわけないじゃん。そもそもの話、うちの会社でメンバーなんて集まるのかしら？」&lt;br&gt;&#13;
「そこを四音の魅力でなんとか」&lt;br&gt;&#13;
　私は四音に向かって両手を合わせた。すると彼女は私の顔を覗き込む。&lt;br&gt;&#13;
「もしさ、私を含めて八人しかメンバーが集まらなかったらどうすんの？」&lt;br&gt;&#13;
　一体どうするんだろうね……。&lt;br&gt;&#13;
　完全に他人事の顔をしている私のことを見透かした四音は、ニヤリと口角を上げた。&lt;br&gt;&#13;
「そん時は試合に出るんだよね、羽希も」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
　そんなことは考えてもいなかった。&lt;br&gt;&#13;
　社内トップクラスの可愛らしさを誇る四音が誘えば、メンバーなんてちょちょいのちょいで集まると思ってたから。&lt;br&gt;&#13;
　でも、もし八人しか集まらなかったら――。&lt;br&gt;&#13;
　間違いなく社長は私にも出場しろと言うだろう。&lt;br&gt;&#13;
「なに？　それは考えてなかったの？　人には出ろって言っておきながら」&lt;br&gt;&#13;
「い、いや、四音が誘えばその、あの……」&lt;br&gt;&#13;
「私は一緒に出たいな、羽希と一緒に。それにね……」&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら彼女は視線を下げる。ニヤニヤしながら、私の胸のところまで。&lt;br&gt;&#13;
「ぜひ見てみたいの」&lt;br&gt;&#13;
　やっぱそう来たか。&lt;br&gt;&#13;
　私の胸のサイズはＦカップ。いわゆる巨乳ってやつだ。だから運動も苦手で、走るのも嫌なのだ。&lt;br&gt;&#13;
　野球のユニフォームなんて着た日には……。&lt;br&gt;&#13;
「ぱっつんぱっつんの羽希のユニフォーム姿」&lt;br&gt;&#13;
「嫌よ。そもそも女性用のユニフォームってあるの？　男性用だったら四音が言うように胸のボタンが閉まらないよ」&lt;br&gt;&#13;
「スポーツブラつければ収まりがよくなるけどね。私の場合はだけど」&lt;br&gt;&#13;
　四音の胸のサイズはＣカップ。それくらいだったら問題はないのにな。&lt;br&gt;&#13;
「それつけてもダメなのよ。服選びはいつも困っちゃう」&lt;br&gt;&#13;
「贅沢な悩みね。でも、男を集めるにはもってこいじゃない。ぱっつんぱっつんの羽希が勧誘したら一発でメンバーが集まるよ」&lt;br&gt;&#13;
　そういう考え方もあるのか。&lt;br&gt;&#13;
　なんて納得してる場合じゃない。そんなのは絶対嫌だ。&lt;br&gt;&#13;
　それに勧誘するってことは社内でユニフォーム姿になるってことだよね。それって何のコスプレ？　変なオタクしか集まらないんじゃないの？&lt;br&gt;&#13;
「そもそも社長が全部揃えてくれるんだよね？　ユニフォームとか道具とかって」&lt;br&gt;&#13;
「そうするって言ってたけど」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあさ、最初に私と羽希のユニフォームを揃えてもらえるよう社長に頼んでよ。そしたらチームへの加入を考えてあげるよ」&lt;br&gt;&#13;
「そんなぁ……」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、やんない」&lt;br&gt;&#13;
　四音は悪戯っ子の表情をする。それも可愛らしいんだけど、さ。&lt;br&gt;&#13;
「分かったよ。社長に二人のユニフォームをおねだりするからさぁ……、会社でユニフォーム姿にならなくてもいいよね？」&lt;br&gt;&#13;
「ダメ。それじゃメンバー集まんない」&lt;br&gt;&#13;
「カンベンしてよ……」&lt;br&gt;&#13;
　いつの間にか私がメンバーを勧誘する話になってない？&lt;br&gt;&#13;
　これって何？　ミイラ取りがミイラになるってやつ？&lt;br&gt;&#13;
　いや、ミイラ取りを依頼した私がミイラ取りになるってやつだわ。&lt;br&gt;&#13;
　こうして私たちは、ユニフォーム姿でメンバーの勧誘をすることになってしまったんだ。&lt;br&gt;&#13;
　アイボリーの上下のユニフォームの胸に、飛田LITEサプライのロゴを縫い付けて。&lt;br&gt;&#13;
　それにしても、野球のユニフォームってこんなにもストレッチ性が高いなんて知らなかった。胸のボタンは閉められないかと思ってたけど、なんとか収まってくれたし。&lt;br&gt;&#13;
　四音のユニフォーム姿もかなり破壊力があったなぁ……。彼女、普段から自転車で足腰を鍛えていたからね。勧誘に行くと、ぱっつんぱっつんの四音の太ももか私の胸に視線が集中しているのがよくわかる。全く男ってやつは！&lt;br&gt;&#13;
　そのお陰なのか、九人のメンバーはあっという間に集めることができた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「大変だよ、羽希！」&lt;br&gt;&#13;
　四音が秘書室に飛び込んできたのは、最初のミーティングの直後だった。&lt;br&gt;&#13;
　自己紹介までは私も会場にいたんだけど、話し合いがポジション決めになると私は会場を出て秘書室に戻ってきていたのだ。だって九人集まったんだから、私は試合に出る必要はない。&lt;br&gt;&#13;
「どうしたの四音？　ポジション争いで喧嘩にでもなったの？」&lt;br&gt;&#13;
「喧嘩になる以前の話だよ。集まったメンバーって、実は全員が内野を守れない人たちばかりだったんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「？？？？？」&lt;br&gt;&#13;
　それってどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　野球のことあまり知らないからよくわかんない。&lt;br&gt;&#13;
　内野を守れない人ってまさかの内野恐怖症ってやつ？　きっと子供の頃に受けた千本ノックがトラウマになってるんだ、可哀そうに……。&lt;br&gt;&#13;
　思わず同情しそうになっていると、四音がツッコミを入れてきた。&lt;br&gt;&#13;
「なにウルウルしてんのよ。スポ根の話じゃないから」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ何でなの？　内野を守れないって？」&lt;br&gt;&#13;
　すると四音はふうっとため息をついた。&lt;br&gt;&#13;
「羽希って、ホントに野球を知らないんだね」&lt;br&gt;&#13;
「そうだって最初から言ってるじゃん」&lt;br&gt;&#13;
「内野が守れないっていうのはね……」&lt;br&gt;&#13;
　その理由は！？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「全員左利きだったんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「…………」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ポカンとする私に対して、四音は再び深いため息をついた。&lt;br&gt;&#13;
「そこから説明しなくちゃいけないのか……」&lt;br&gt;&#13;
「そうよ。何でなのか教えて。何で左利きだったら内野が守れないの？」&lt;br&gt;&#13;
「それはね」&lt;br&gt;&#13;
　こうして私は、四音から野球のレクチャーを受けることになった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そもそもの話、羽希はプロ野球とか観てるの？」&lt;br&gt;&#13;
「ぜんぜん」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよね……」&lt;br&gt;&#13;
　何度も落胆する四音が可哀そうになってきたから、私は慌てて補足する。&lt;br&gt;&#13;
「でもね、ほら、WBCってやつは観てたよ。ショーヘイ君大好きだから。打ったら、一塁、二塁、三塁って反時計回りに走るんでしょ？　そしてホームに戻ってきたら一点。それくらいは知ってるよ」&lt;br&gt;&#13;
「まあ、それだけ知ってたら十分か……」&lt;br&gt;&#13;
　四音は私を向いておもむろに説明を始める。&lt;br&gt;&#13;
「内野の守備なんだけど、一塁を守る人がファースト、一塁と二塁の間を守る人がセカンド、三塁を守る人をサードというの」&lt;br&gt;&#13;
「うんうん」&lt;br&gt;&#13;
　それくらいだったら私も分かる。&lt;br&gt;&#13;
「そして二塁と三塁の間を守る人をショートストップといって、略してショート。なぜショートストップというのかについては所説あるんだけどね」&lt;br&gt;&#13;
「ほお」&lt;br&gt;&#13;
　すると四音は身振り手振りを加え始めた。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ次は、打者がボールを打つところを連想してみて。そのボールをサードやショートやセカンドが捕球するところを」&lt;br&gt;&#13;
　瞳もちょっと輝いてきた。本当に彼女は野球が好きなんだ。&lt;br&gt;&#13;
「まず打者がゴロを打った。それを守備の選手が体の正面で捕る。ここまではいいよね？」&lt;br&gt;&#13;
「うん」&lt;br&gt;&#13;
「そしたらサード、ショート、セカンドの選手はどっちに投げる？　右側？　左側？」&lt;br&gt;&#13;
　うーん、どっちなんだろう？&lt;br&gt;&#13;
　一塁側に投げるわけだから――&lt;br&gt;&#13;
「右側？」&lt;br&gt;&#13;
「いやいやいやいや、それはテレビの画面での話でしょ？　選手になった気持ちで考えてみてよ」&lt;br&gt;&#13;
　選手の気持ちか……。&lt;br&gt;&#13;
　打者が打って、自分は選手でゴロの球を捕って、一塁はえっと、左にあるから――&lt;br&gt;&#13;
「左側か」&lt;br&gt;&#13;
「そう。左側に投げるの」&lt;br&gt;&#13;
「そっか、右利きの選手ならそのまま左側へ投げられる」&lt;br&gt;&#13;
「その通りよ。でも左利きの選手は、一度体の向きを変えないと強い球は投げられない。このコンマ数秒の遅れが致命的になっちゃうから、左利きの人は内野を守れない」&lt;br&gt;&#13;
　ほおほお、そういうことだったのね。&lt;br&gt;&#13;
　やっとその理由が分かったような気がする。&lt;br&gt;&#13;
「キャッチャーもね、左利きの人がやりにくいポジションなの」&lt;br&gt;&#13;
「キャッチャーも？」&lt;br&gt;&#13;
　ええっ、それってどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　キャッチャーから見たら一塁は右側じゃん。そしたら左利きの方が有利なんじゃないの？&lt;br&gt;&#13;
「理由は二つあって、その一つはけん制球」&lt;br&gt;&#13;
「けん制球って？」&lt;br&gt;&#13;
「ランナーが盗塁した時に投げる球よ。走られたらすぐ二塁に投げなきゃいけない」&lt;br&gt;&#13;
　なんかそんなシーンあるね。ショーヘイ君はいつもセーフだけど。&lt;br&gt;&#13;
「その時、左利きだと右バッターが邪魔になっちゃう。大抵の場合、右バッターの方が多いからね。左利きのキャッチャーは、それだけで不利になっちゃうの」&lt;br&gt;&#13;
　へえ、そういうものなんだ。かなりデリケートな話なのね。&lt;br&gt;&#13;
「もう一つはホームでのクロスプレー」&lt;br&gt;&#13;
「クロスプレーって？」&lt;br&gt;&#13;
「ランナーが点を入れようとしてホームに帰ってくる時、それをアウトにしようとするプレーよ」&lt;br&gt;&#13;
　あれってクロスプレーっていうんだ。なんか迫力のあるシーンだよね。怪我しないでよとドキドキしちゃう。&lt;br&gt;&#13;
「右利きのキャッチャーなら左手で捕球するから、そのままランナーにタッチできるの。こんな風にね」&lt;br&gt;&#13;
　四音は身振りを添えてくれた。左手でボールを捕ってランナーにタッチするという身振りを。&lt;br&gt;&#13;
　これなら分かりやすい。&lt;br&gt;&#13;
「スムーズでしょ？　でも左利きは違う。こんな風に右手で捕球するから、ランナーにタッチしにくい」&lt;br&gt;&#13;
「ほうほう、確かに」&lt;br&gt;&#13;
「このコンマ数秒の遅れが致命的なのよね。これでセーフになっちゃったら試合に勝つことも難しくなっちゃう。だから左利きの選手は内野を守れないのよ」&lt;br&gt;&#13;
　やっと分かったような気がする。&lt;br&gt;&#13;
　でもそれって、プロの話じゃないの？&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、四音。今度開催される市長杯選手権って、そんなにレベルの高い大会なの？」&lt;br&gt;&#13;
「いや、そんなことはないと思う。今回が第一回だから、詳しくは分からないけど」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、別に左利きだっていいんじゃないの？　内野を守る人が全員」&lt;br&gt;&#13;
「そ、そりゃ、そうかもしれない、けどさ……」&lt;br&gt;&#13;
　きっと経験者の四音は、ちゃんとした野球がやりたいのだろう。私の意見に言葉を濁してしまうところがその証拠なんだと思う。&lt;br&gt;&#13;
　でも私たちは所詮寄せ集めなのよ。半分くらいは私のおっぱい目当てで集まったのかもしれないんだから。&lt;br&gt;&#13;
「守りで不利な分、打てばいいんじゃない？」&lt;br&gt;&#13;
「簡単に言ってくれちゃってさ。それができれば苦労しないって。いいよね、羽希は試合に出ないんだから」&lt;br&gt;&#13;
　と言いながら、四音ははっとした顔をする。&lt;br&gt;&#13;
「そっか、苦労しない、か……」&lt;br&gt;&#13;
　彼女は何かを思いついたようだ。みるみる表情が明るくなってくる。&lt;br&gt;&#13;
「最小限の動作で最大限の効果を発揮するようになればいいんだわ」&lt;br&gt;&#13;
　声まで生き生きしてきた。もしかしてそれって私のおかげ？&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、羽希。このチームは私が好きにしてもいいんだよね？」&lt;br&gt;&#13;
「うん、いいよ。社長もそう言ってたし」&lt;br&gt;&#13;
「むふふふふ、なんか面白い作戦を思いつきそうなんだよね。ちょっと考えてみるわ」&lt;br&gt;&#13;
　キラキラと少女のように瞳を輝かせる四音。&lt;br&gt;&#13;
　その時、彼女が考えている作戦を私は想像することさえできなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　三月になると、大会の開催が正式に発表される。&lt;br&gt;&#13;
　――第一回、社会人軟式野球市長杯選手権大会。&lt;br&gt;&#13;
　同時に出場チームのエントリーが始まった。&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、四音。チーム名ってどうする？」&lt;br&gt;&#13;
　チームやメンバー登録などの事務仕事はすべて私の役目だ。試合に出ない分、別のところで貢献しないとみんなに恨まれそうだし。&lt;br&gt;&#13;
「単純に『飛田LITEサプライズ』でいいんじゃない？　帽子と胸に会社名が書いてあるんだからさ」&lt;br&gt;&#13;
　そうなのだ。&lt;br&gt;&#13;
　経費節約なのか、我がチームのユニフォームは背番号付きのアイボリーのユニフォームをそのまま使っており、胸の部分に会社のロゴを貼り付けただけの超シンプルだったりする。&lt;br&gt;&#13;
「そうよね。チーム名……飛田LITEサプライズ……と」&lt;br&gt;&#13;
　この書類を出せばもう後には引けない。勝って五万円を獲得するか、負けて恥をさらすかだ。&lt;br&gt;&#13;
　まあ、社長としては市長に恩を売りたいだけだから、出場するだけでいいと思うんだけど。&lt;br&gt;&#13;
「うちのチーム、二勝以上できると思う？」&lt;br&gt;&#13;
「無理だね。今考えてる作戦も一試合限定だし。でも羽希が試合に出てくれたら、奇跡が起きるかもよ」&lt;br&gt;&#13;
　えっ、それって……？&lt;br&gt;&#13;
　私の秘めたる才能が&lt;br&gt;&#13;
「羽希の揺れるおっぱい見たさにメンバーが奮起すると思うから」&lt;br&gt;&#13;
　そっちかよ。&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そんな感じじゃないかと思ってたけど。&lt;br&gt;&#13;
「というのは冗談で、試合当日は必ずユニフォームで来てよね。羽希のユニフォーム姿が目当てで参加するメンバーもいるんだから。メンバーが揃わなくて不戦敗ってなったら最悪よ」&lt;br&gt;&#13;
「ええっ？　本当にユニフォームで来なくちゃダメ？」&lt;br&gt;&#13;
　勧誘の時、すごく恥ずかしかったんだから……。&lt;br&gt;&#13;
「ダメよ。三塁コーチャーとかやってもらうかもしれないから、マジな話ユニフォームは必至よ」&lt;br&gt;&#13;
「三流紅茶？　何、それ」&lt;br&gt;&#13;
「相手チームのサードやピッチャーの集中力を逸らす役目よ。そのおっぱいでね」&lt;br&gt;&#13;
　すると四音は急に真面目な顔になった。&lt;br&gt;&#13;
「それにね、羽希用のユニフォームは特別製なの。金属繊維を織り込んであって胸をしっかりとホールドするから、今までのユニフォームよりも着心地が格段に良くなったと思う。試合には絶対それ着て来てね！」&lt;br&gt;&#13;
　まあ、それなら着てもいいかもしれない。胸をしっかりホールドしてくれるなら。&lt;br&gt;&#13;
　こうして私も、ユニフォーム姿で試合に参加することになったんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　五月の晴れた日曜日。&lt;br&gt;&#13;
　いよいよ飛田LITEサプライズのお披露目だ。&lt;br&gt;&#13;
　トーナメントは四月から始まっていたが、会場となる球場が少ないことと五十チーム以上の参加があったため我がチームの初戦は五月になってしまった。&lt;br&gt;&#13;
　相手チームは相庭製薬。上下が水色のユニフォームに身を包んでいる。&lt;br&gt;&#13;
「さあ、勝って五万円をゲットするわよ！」&lt;br&gt;&#13;
　円陣の中心でチームにカツを入れる四音。そしてメンバーは守備位置に散っていった。&lt;br&gt;&#13;
　ピッチャーは鈴木投一（すずき とういち）。中学校まで野球をやっていたようでそれなりの球速を投げる。もちろん左利きだ。&lt;br&gt;&#13;
　それにしても四音が考えた策って、本当に上手くいくのかしら？　概要は私も聞いているけど。ガンガン打たれてボロ負けするんじゃないかと不安になってくる。&lt;br&gt;&#13;
　ベンチで一人っきりになると、そんなネガティブな場面ばかり連想してしまう。周囲にメンバーがいないことが、こんなに心細いものとは思わなかった。&lt;br&gt;&#13;
　バッターボックスに相手の一番バッターが立った。いよいよプレイボールだ。&lt;br&gt;&#13;
　投一が大きく振りかぶり、第一球を投げる。低めの速球がバッターの前を通り過ぎ、パンと気持ちの良い音とともにキャッチャーのミットに収まった。&lt;br&gt;&#13;
「ストライッ！」&lt;br&gt;&#13;
　球審のコールに私は少しほっとする。少なくともガンガン打たれるという感じではなかったから。&lt;br&gt;&#13;
　第二球。今度は少し遅めの投球。これは変化球というのだろうか？　バッターがバットを振って、ゴンという金属バットに軟球が当たる鈍い音がした。&lt;br&gt;&#13;
　ボテボテの内野ゴロ。セカンドを守る四音が打球に向かってダッシュする。&lt;br&gt;&#13;
　これはなかなか微妙なタイミングだ。打球の勢いがなさ過ぎて、四音が捕球するのに時間がかかってしまった。その間に打者は一塁まであとわずかの距離に到達している。&lt;br&gt;&#13;
　間に合うか！？&lt;br&gt;&#13;
　息を飲んだ次の瞬間、私は目を見開いた。四音の必殺技が炸裂したから。&lt;br&gt;&#13;
　利き手の左手で直接打球を掴んだ彼女は、そのまま左手を外側に振りぬいたのだ。素早くテニスのバックハンドのような振りで。&lt;br&gt;&#13;
　ノールックで投じたその球は、すごいスピードでファーストミットに収まった。&lt;br&gt;&#13;
「ヒズアウッ！」&lt;br&gt;&#13;
　塁審のコールに球場がどよめく。&lt;br&gt;&#13;
　そりゃ、そうよね。あんなプレーを見せつけられたんだから。&lt;br&gt;&#13;
　――必殺フリスビー投法。&lt;br&gt;&#13;
　これが四音が考え出した作戦だった。&lt;br&gt;&#13;
　内野手として左利きが不利なのは、テニスのフォアハンドと同じ振りで一塁に投げようとするから。この考え方を変えればすべては解決する。つまり、バックハンドの振りで投げることができればよいということ。&lt;br&gt;&#13;
　そのためにこの数か月間、内野手は筋トレに励むことになった。特に前腕筋、深指屈筋、浅指屈筋、広背筋、腹斜筋の筋トレを重点的に。&lt;br&gt;&#13;
　さらにノールックで一塁に投げられるよう特訓を重ねた。フリスビー投法を行う際、一塁側を向いてしまうと体が開いて送球の勢いが落ちてしまうから。体が前を向いたまま腕を振りぬいた方が、速い送球を生み出すことができる。&lt;br&gt;&#13;
　その成果を今、四音が見せつけてくれたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「いいぞ、四音くん！」&lt;br&gt;&#13;
　観客席から社長の声がする。社長も満足してくれてほっとする。今のところは、だが。&lt;br&gt;&#13;
　バッターボックスに二番バッターが立つ。&lt;br&gt;&#13;
　一球目の直球はバットを振らずにストライク。二球目は遅い球を振ってくれて空振り。&lt;br&gt;&#13;
　なんかいいんじゃないの、投一くん。と思っていたら、ゴンと鈍い音がする。三球目を打たれてしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
「でも、サードゴロだ。正五行け！」&lt;br&gt;&#13;
　サードの渡辺正五（わたなべ しょうご）が三塁ベースの近くで打球をキャッチする。そしてフリスビー投法が炸裂――と思いきや、なんとも山なりの送球になってしまった。&lt;br&gt;&#13;
「セーフ！」&lt;br&gt;&#13;
　これでは一塁には間に合わない。&lt;br&gt;&#13;
　これが左利きのデメリットか？　単に正五の筋トレが足りなかっただけなのか？　そもそもフリスビー投法で三塁から一塁まで投げるのは無理なのか？&lt;br&gt;&#13;
　どちらにせよ、相手チームに弱点を見せてしまったことは確実だ。&lt;br&gt;&#13;
　ワンアウト、ランナー一塁。&lt;br&gt;&#13;
　打つ気満々の三番バッターは、投一の初球の速球を振りぬいた。パンという音と共に速い打球が三塁線に飛んでいく。&lt;br&gt;&#13;
「さあ正五、名誉挽回よ！」&lt;br&gt;&#13;
　横っ飛びで打球をキャッチした正五は、起き上がりながらフリスビー投法で二塁に送球する。今度は低くて速い送球だ。そしてそれをキャッチした四音は、同じくフリスビー投法で一塁に送球。&lt;br&gt;&#13;
「ヒズアウッ！」&lt;br&gt;&#13;
　フリスビー送球の見事な連携プレー。これは爽快だ。観客席からも歓声が湧き起こる。&lt;br&gt;&#13;
　これがダブルプレーというやつなのだろう。間近で見るのは初めてだ。&lt;br&gt;&#13;
　それにしてもめちゃくちゃ気持ちがイイ。私は立ち上がり、拍手でベンチに戻るメンバーを出迎えた。&lt;br&gt;&#13;
「すごい、すごいよ」&lt;br&gt;&#13;
　私は四音とハイタッチする。&lt;br&gt;&#13;
「でしょ？　あの連携プレー、結構練習したんだから」&lt;br&gt;&#13;
「美しかったし、見応えあったよ！」&lt;br&gt;&#13;
　我々は一回表を無失点で乗り切ることに成功した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一回の裏。我がチームの攻撃の番だ。&lt;br&gt;&#13;
　一番バッターは四音。一球目を見送った彼女は、直後にベンチに視線を送る。&lt;br&gt;&#13;
　これならイケる――と。&lt;br&gt;&#13;
　二球目。遅めのボールを彼女はバットに当てた。一塁に走りながらバントの恰好で。&lt;br&gt;&#13;
　コンという軽い音と共に前に転がるボール。ホームベースと一塁のちょうど中間辺りだ。&lt;br&gt;&#13;
　これは上手い！　慌ててピッチャーがボールに近づき、掴んだ時には四音は一塁を駆け抜けていた。&lt;br&gt;&#13;
「ナイス、四音さん！」&lt;br&gt;&#13;
「さすがは監督」&lt;br&gt;&#13;
　ベンチからの声に四音は高々と親指を立てる。ベンチも彼女に続けとイケイケムードになってきた。&lt;br&gt;&#13;
　二番バッターはサードの正五。&lt;br&gt;&#13;
　四音とは異なり、ブンブンとバットを振っている。&lt;br&gt;&#13;
　おっ、打つ気満々ね。これは面白そうと思いきや――。&lt;br&gt;&#13;
　一球目は空振り。二球目も遅めのボールを空振ってしまった。&lt;br&gt;&#13;
　あーあ、ツーストライクになっちゃった。でも当たれば飛びそうだよと期待していると、正五は予想外の行動に出る。なんと三球目をバントしたのだ。ボールはまたもやホームと一塁のちょうど中間くらいに転がった。&lt;br&gt;&#13;
　不意を突かれたピッチャーが打球を捕りに行くけど時はすでに遅し。正五は一塁、四音は二塁に到達していた。&lt;br&gt;&#13;
　ノーアウト一塁二塁。これはチャンスだ。&lt;br&gt;&#13;
　三番バッターはピッチャーの投一。またもやブンブンとバットを振っている。&lt;br&gt;&#13;
　これが当たれば一点じゃないの、と思いきや、彼も正五と同じく連続空振りしていきなりツーストライクに追い込まれてしまった。&lt;br&gt;&#13;
　ちょっと何やってんのよ投一。今度はちゃんとバットに当てるのよ、とドキドキしていると、投一も予想外の行動に出る。またもやバントをしたのだ。打球は前の二人と同じく、ホームと一塁のちょうど中間に転がった。&lt;br&gt;&#13;
　これもまた見事。ピッチャーがボールを捕った時は、ランナーは一塁を駆け抜けてノーアウト満塁となった。&lt;br&gt;&#13;
　四番バッターは山田捕二（やまだ ほうじ）。彼もブンブンとバットを振っている。&lt;br&gt;&#13;
　さすがに今度は長打してくれるだろう、四番だしと思いきや、やっぱりツーストライクに追い込まれる。&lt;br&gt;&#13;
　なに？　このデジャビュ―は。&lt;br&gt;&#13;
　まさか、次に起こる展開は――と思った通り、捕二はバントをした。しかも、ホームと一塁の中間地点に正確に。&lt;br&gt;&#13;
　四音がホームベースを踏んで一点先制！　ベンチにいる選手は全員がハイタッチで四音を出迎えた。&lt;br&gt;&#13;
「すごいよ四音。みんなが同じところにバントできるなんて、相当練習したんでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
　しかし、彼女から帰ってきたのは意外な返事だった。&lt;br&gt;&#13;
「全然」&lt;br&gt;&#13;
「全然って、そんなことないでしょ？　みんな同じところにバントしてたよ。ものすごく絶妙な場所に。しかも追い込まれてから」&lt;br&gt;&#13;
「みんな左利きで左バッターだからね。一塁に走りながのセーフティバントが一番確実に塁に出れる方法なの」&lt;br&gt;&#13;
「へえ、そうなんだ」&lt;br&gt;&#13;
「それにね、あれにはちゃんとした理由があるのよ。大きな声では言えないけどね」&lt;br&gt;&#13;
　そして四音は、耳打ちするように小声で種明かしをしてくれたんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あれはね、バットに仕掛けがあるの」&lt;br&gt;&#13;
　ええっ、バットに？&lt;br&gt;&#13;
　そんな風には見えないけど。&lt;br&gt;&#13;
「内臓された二台のカメラで投球の軌道と速度、そして相手選手の守備位置を計測しててね、インパクトの瞬間にAIが表面の形状と反発係数を変化させて相手が最も捕りにくい場所にボールを転がすことができるの。バント専用、瞬時形態最適化AI搭載バット、略してバントくんって呼んでるんだけどね」&lt;br&gt;&#13;
「なにそれ。そんなことができるの？」&lt;br&gt;&#13;
「そんなことって何よ。羽希が秘書やってるのは何の会社？　うちらは軽金属加工のプロなの忘れてるでしょ」&lt;br&gt;&#13;
　そうだった、そうだった。うちの会社は飛田LITEサプライだった。&lt;br&gt;&#13;
「でもこの作戦には弱点があるの。バントしかしないと気づかれたら相手チームも対策してくるでしょ？　だから最初の二球はブンブン振ってもらって、長打があるぞって思わせる」&lt;br&gt;&#13;
　みんなが豪快に空振りするのには、理由があったんだ。&lt;br&gt;&#13;
「まあ、本当に当たって長打になればそれに越したことはないんだけどね。急造チームだとそうは上手くいかないよね」&lt;br&gt;&#13;
　その通りだよ。あれが当たればいいのにってずっと思ってたんだから。&lt;br&gt;&#13;
「でもね、ツーストライクになるといいことが一つあるの」&lt;br&gt;&#13;
「それって？」&lt;br&gt;&#13;
「相手チームは、バントはしてこないと思ってしまう」&lt;br&gt;&#13;
「ええっ、そうなの？　何で？」&lt;br&gt;&#13;
「それはね、スリーバントってルールがあるからよ。ツーストライクに追い込まれてからのバントは、失敗すると即アウトになっちゃうの。ほら、バントってボールを当てやすいから無限にファールできちゃうでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
「へえ、そんなルールがあるんだ……」&lt;br&gt;&#13;
「だから守備側は、ツーストライクになった時点でバントの可能性を低く想定してしまう。でもバントくんを使うと、追い込まれてからも確実にフェアゾーンの最適解にボールを転がすことができるの」&lt;br&gt;&#13;
　四音はバッターボックスに目を向ける。そこではショートの山本六太（やまもと ろくた）が打席に立っていた。&lt;br&gt;&#13;
「でもそれでセーフになるのは最初のうちだけ。だんだんと手の内が分かれば対策されちゃう」&lt;br&gt;&#13;
　続いて彼女は相手の守備位置に視線を移す。確かに相手チームの守備位置が変わっている。ファーストとサードはかなり前に出ていて、外野も極端に前で守っていた。&lt;br&gt;&#13;
「ホントだ。あれじゃバントしてもすぐにボールを捕られちゃう」&lt;br&gt;&#13;
「そうなの。だからね、この虎の子の一点を大事にしなくちゃいけないの」&lt;br&gt;&#13;
　六太は一球目でバットを思いっきり振る。当たれば外野の守備を軽く越えられると思えるくらい。が、当たらない。&lt;br&gt;&#13;
「あれが当たればねぇ……」&lt;br&gt;&#13;
「そう簡単にはいかないのよ。羽希もバッターボックスに立ってみればわかるわ」&lt;br&gt;&#13;
「嫌よ、そんなの。怖いもん」&lt;br&gt;&#13;
「でも相手チームも相当怖いと思うよ。別の意味でね」&lt;br&gt;&#13;
「だよね、あれが当たったら即失点だもんね」&lt;br&gt;&#13;
「面白いでしょ、野球って。羽希もやる気になった？」&lt;br&gt;&#13;
「いや、全然」&lt;br&gt;&#13;
　六太は二球目も強振する。が、やっぱり当たらない。&lt;br&gt;&#13;
「てことは、次はバント？」&lt;br&gt;&#13;
「になっちゃうよねぇ～」&lt;br&gt;&#13;
　相手選手もぐっと守備位置を前進させた。もうバレバレじゃん。&lt;br&gt;&#13;
　それにも関わらず六太はバントを強行。同時にダッシュしていたファーストが捕ってホームに送ってアウト。さらにキャッチャーはカバーに入ったセカンドに投げて、バッターもアウトになってしまった。&lt;br&gt;&#13;
　ツーアウト二塁三塁。しかしまだまだチャンスは続いている。&lt;br&gt;&#13;
　次のバッターはファーストの田中三郎（たなか さぶろう）。&lt;br&gt;&#13;
　彼も最初はブンブンとバットを振るがやっぱり当たらない。そしてその後のバントではホームでのクロスプレーでスリーアウトになってしまった。&lt;br&gt;&#13;
「こんな風に対策されちゃうと打つ手がないのよ」&lt;br&gt;&#13;
「バットを振って、ボールに当てることができればいいのにね……」&lt;br&gt;&#13;
　私と四音は頭を抱えるのであった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その後、試合は一対〇でサプライズがリードしたまま膠着状態になってしまう。&lt;br&gt;&#13;
　バントしか攻撃方法がないサプライズは、塁にランナーを貯めることができてもホームを踏むことができない。相庭製薬の極端な前進守備によって。&lt;br&gt;&#13;
　一方の相庭製薬も、サプライズの投一を打ち崩すことができなかった。ランナーを一塁に出せても、二塁や三塁でアウトにされてしまう。左利きの守備がこんなところに活かされるとは、誰も予想していなかっただろう。&lt;br&gt;&#13;
　しかし最終回の七回表。相庭製薬は投一の攻略に成功する。疲れで球威が衰えたところに三連打を浴びせて二点を奪ったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　七回の裏。サプライズの攻撃。スコアは一対二。&lt;br&gt;&#13;
　この回に点を入れなければ、我がチームは負けてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　ちなみに同点になった場合は、延長戦を行うのではなく、同じ守備同士のじゃんけん大会で勝敗を決めることになっている。&lt;br&gt;&#13;
「みんな、この回で逆転して五万円ゲットしようよ！」&lt;br&gt;&#13;
　四音がメンバーにカツを入れるが、みんなは死んだ魚のような目をしている。普段から運動をしていないためか肩で息をしているメンバーもいた。&lt;br&gt;&#13;
　打順は四音からだ。&lt;br&gt;&#13;
　六回までと同様にバントで一塁に出る。&lt;br&gt;&#13;
　続く正五、投一の二人もバントで出塁してノーアウト満塁。&lt;br&gt;&#13;
　ここまでは相庭製薬もやらせてくれるのだ。しかしここから極端な前進守備でことごとくホームでアウトにされてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　この回も例外ではなかった。バットを振り回しても当たらない捕二は、ツーストライクからバント。ホームで四音が、一塁で捕二がアウトになって、ツーアウト二塁三塁になってしまう。&lt;br&gt;&#13;
　絶体絶命。ああ、五万円は夢と散るのか、と諦めたその時、ベンチに戻ってきた四音が動いた。球審に予想外の代打を告げたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「代打、来雲土羽希、よろしくお願いします！」&lt;br&gt;&#13;
　えっ、私？&lt;br&gt;&#13;
　それってどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　ポカンとする私のところに、四音がバントくんを持ってやってくる。&lt;br&gt;&#13;
「いい羽希、私たちはもうあなたに賭けるしかないの。これ持ってバッターボックスに立って、一塁まで全力疾走してほしい」&lt;br&gt;&#13;
「む、無理だよ。私野球なんてやったことないし、バットだって持ったこともないんだから」&lt;br&gt;&#13;
「大丈夫。このバットは我社の技術を込めた最高傑作だから。今までのバント成功率は百パーセントだったよね。今は守備位置のバグでやられてるけど」&lt;br&gt;&#13;
「そ、そうだけど……」&lt;br&gt;&#13;
「これ持ってバントの恰好して、バッターボックスに立ってるだけでいいから。怖かったら目をつむっててもいいから」&lt;br&gt;&#13;
「えー…………」&lt;br&gt;&#13;
　嫌がる私に、他のメンバーも声を掛けてくれる。&lt;br&gt;&#13;
「羽希さん、お願いします！」&lt;br&gt;&#13;
「最後に僕たち見たいんです、羽希さんが全力疾走するところを！」&lt;br&gt;&#13;
「みんな…………」&lt;br&gt;&#13;
　思わず涙が溢れて来そうになった。&lt;br&gt;&#13;
　こんなにも疲れているというのに、それほどまでに私のおっぱいが揺れるところを見たいのかよ。&lt;br&gt;&#13;
「わかった、私やるわ」&lt;br&gt;&#13;
　こうなったらヤケクソだ。&lt;br&gt;&#13;
「ありがとう、羽希」&lt;br&gt;&#13;
　私は四音からバントくんを受け取り、右バッターボックスに立った。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　生まれて初めて立つバッターボックス。&lt;br&gt;&#13;
　球審に挨拶をして、土のグラウンドに白線で囲まれた長方形の聖地に足を踏み入れる。私の心臓はバクバクだ。&lt;br&gt;&#13;
　バントくんを胸に抱えてフィールドを向く。ピッチャーそして広大なフィールドに散らばる選手たちがみんな私に注目している。それは相手選手だけじゃない。三塁の正五も二塁の投一も私に熱い視線を届けてくれていた。チラリと観客席を見ると、みんなが息を飲んで私を見つめている。&lt;br&gt;&#13;
　そうか、ここは舞台なんだ。&lt;br&gt;&#13;
　主役だけが立つことを許されたステージ。&lt;br&gt;&#13;
　いや違う、ここに立つ者すべてが主役になれる特別な場所なんだ。ここでの振る舞い一つで物語のゆくえが決まってしまうことすらある。正に今がその時。&lt;br&gt;&#13;
　こんな重要な役を私が演じてしまっていいのだろうか。&lt;br&gt;&#13;
　メンバー集めと事務作業にしか貢献してこなかったおっぱいだけが取柄の私が。&lt;br&gt;&#13;
　そんな雑念は一瞬で吹き飛ばされる。ピッチャーが一球目を投じたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　ものすごいスピードで私に近づいてくる白球。驚きで私はのけ反った。&lt;br&gt;&#13;
　ちょ、ちょ、ちょっと、なに今の。当たったら死ぬよ、こんなの絶対無理だよ。&lt;br&gt;&#13;
　思わず涙がこぼれて来る。代打なんて引き受けるんじゃなかったと。&lt;br&gt;&#13;
　同時に私は、先ほどまでの考えを改めていた。主役になれる舞台なんてそんな生やさしいものじゃなかった。ここは生きるか死ぬかを問う場所だ。四音や他のメンバーは、こんなに怖いものと対峙してたんだ。私にそれができるか、全く自信がない……。&lt;br&gt;&#13;
「羽希さん、頑張って！」&lt;br&gt;&#13;
「大丈夫、軟球だから当たっても死にませんよ！」&lt;br&gt;&#13;
「羽希ならできる。みんなを信じろ！　私を信じろ！」&lt;br&gt;&#13;
　背後のベンチから次々とメンバーの声が飛んでくる。&lt;br&gt;&#13;
　みんな勝手なこと言っちゃって。&lt;br&gt;&#13;
　でもそれが嬉しくて心強い。この場所に立って、初めて私はメンバーの一員になれたような気がした。&lt;br&gt;&#13;
　それならば――やるしかない！&lt;br&gt;&#13;
　静かに目を閉じて、私はバットを構えた。バントの恰好で。&lt;br&gt;&#13;
　視覚が失われるとその他の感覚が研ぎ澄まされていく。&lt;br&gt;&#13;
　四音の話によると、このバットには目が付いているという。迫りくるボールや相手の守備位置を絶えず捕捉している二つのカメラという目が。今はそれを信じるしかない。四音がこのバットに組み込んでくれた我社の最新のテクノロジーと共に。&lt;br&gt;&#13;
　応援やヤジを意識から消し去ると、キャッチャーの息遣いが聞こえてくる。そしてシュルシュルと近づいて来る軟球の音。&lt;br&gt;&#13;
　すると奇跡が起きた。バットが自然に動き出したのだ。私の意に反して。&lt;br&gt;&#13;
　ええっ、なにこれ？&lt;br&gt;&#13;
　驚いて目を開けると、ピッチャーからの投球がバットに当たるところだった。コンという小気味良い音を立てて宙に弾かれたボールは、きれいな弾道を描いて二塁と三塁の間に飛んでいく。そして超前進守備のレフトの頭上を越えた。&lt;br&gt;&#13;
「走れ！　羽希ィ！！」&lt;br&gt;&#13;
「羽希さん、一塁ですよ！」&lt;br&gt;&#13;
　えっ、一塁に走るの？&lt;br&gt;&#13;
　見ると、六太がピョンピョンと飛び跳ねながら手招きしている。一塁コーチャーボックスで私に向かって「こっちこっち！」と叫びながら。&lt;br&gt;&#13;
　私はバントくんを地面に置くと、一塁に向かって走り始めた。&lt;br&gt;&#13;
　全力疾走なんて何年ぶりだろう、と思う間もなく息が切れ始めてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　苦しい、まだ走らなきゃいけないの？　あとどれだけ？　一塁はまだなの！？&lt;br&gt;&#13;
「羽希ィ、死ぬ気で走って！　一塁でセーフになんなきゃ五万は手に入らないよ！」&lt;br&gt;&#13;
「そうですよ、五万円ですよ」&lt;br&gt;&#13;
　そうだ、五万円だ。この走りに五万円がかかっているんだ！&lt;br&gt;&#13;
　私は最後の力をふり絞り、一塁ベースが見えたとたんヘッドスライディングした。&lt;br&gt;&#13;
　後から聞いた話では、すでに三塁の正五も二塁の投一もホームインしており、相手チームは最後の希望にかけて一塁に送球したらしい。そしてファーストが捕球するのと私が一塁ベースを抱き抱えるのはほぼ同時だったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　球場全体が静まる。&lt;br&gt;&#13;
　すべての人の意識が、球審のコールに集中した。&lt;br&gt;&#13;
「セーフ！」&lt;br&gt;&#13;
　そ、それって……。&lt;br&gt;&#13;
　やった、やったよ！　セーフだよ！！&lt;br&gt;&#13;
「羽希さん、やりましたよ！　僕たち勝ったんです！」&lt;br&gt;&#13;
　興奮しながら一塁コーチャーの六太が手を差し伸べてくれる。&lt;br&gt;&#13;
　私はユニフォームの胸を土で茶色に染めながら体を起こした。&lt;br&gt;&#13;
　振り向くとメンバー全員が私のもとに駆け寄ってくる。嬉しくて涙がこぼれてくる。私は四音に強く抱きしめられた。&lt;br&gt;&#13;
「すごいよ羽希！　三対二で逆転サヨナラ勝ちよ！」&lt;br&gt;&#13;
「そうなの？　本当に私たち勝ったの？」&lt;br&gt;&#13;
「そうよ、これで五万円ゲットだよ」&lt;br&gt;&#13;
　私は他のメンバーと一緒にホームベース前に並び、相手チームに挨拶をする。&lt;br&gt;&#13;
　グラウンド整備が終わってベンチを片づけていると、社長がベンチに来てくれた。&lt;br&gt;&#13;
「みんな、よくやってくれた。いい試合だったよ」&lt;br&gt;&#13;
「社長、五万円の約束、忘れてないですよね？」&lt;br&gt;&#13;
　私が訊くと、社長は呆れた表情をする。&lt;br&gt;&#13;
「いきなりそれか？　まあ、君たちにとっては重要なことだからね。ああ、もちろんだとも。次も勝ったら十万円だからさらに頑張ってほしい」&lt;br&gt;&#13;
　すると四音が驚く行動に出たのだ。&lt;br&gt;&#13;
「すいません社長。私と羽希は今日の疲れを取るためにこれから一泊の温泉旅行に行ってきますので、失礼を承知で申し上げますが、今この場で二人分十万円と明日の有給休暇をいただけないでしょうか？」&lt;br&gt;&#13;
　ちょ、ちょっと四音。何言ってんのよ、そんなの初めて聞いたけど。&lt;br&gt;&#13;
　困惑する私をよそに、社長は私たちを労ってくれる&lt;br&gt;&#13;
「二人は大活躍してくれたから特別に許そう。ゆっくり休んでくるといい」&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら財布の中から十万円を取り出してくれたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「ありがとうございます、社長！」&lt;br&gt;&#13;
　四音に合わせて私もお辞儀をする。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、いくよ！　これから温泉に」&lt;br&gt;&#13;
「四音っていつも唐突なんだから……」&lt;br&gt;&#13;
　こうして私と四音は、その日のうちに温泉に行くことになったんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　〇　〇　〇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　二時間後。&lt;br&gt;&#13;
　私と四音は、温泉地に向かう特急列車に揺られていた。&lt;br&gt;&#13;
　試合終了後、自宅マンションに戻った私は軽くシャワーを浴びて化粧をし直し、荷物を持ってすぐ駅に向かう。&lt;br&gt;&#13;
　駅で四音は私に謝罪した。&lt;br&gt;&#13;
「急に予約を取ったから近場の温泉しか空いてなかったけど、食事は豪華にしといたから許してね」&lt;br&gt;&#13;
　そんなことよりも私は四音に訊きたいことが山ほどあった。座席についた私は、早速彼女に質問する。&lt;br&gt;&#13;
「いろいろと訊きたいことがあるんだけど、いい？」&lt;br&gt;&#13;
「だよね」&lt;br&gt;&#13;
「まず、私の打席の時のことなんだけど……」&lt;br&gt;&#13;
　あれは不思議な体験だった。&lt;br&gt;&#13;
　私は目をつむってバントの恰好をしただけだったのに……。&lt;br&gt;&#13;
　あの時、一体何が起きたのだろう？&lt;br&gt;&#13;
「ああ、あれね。バットが勝手に動いたでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
　そうなのだ。&lt;br&gt;&#13;
　あの時、私は何もしなかったのにバットが勝手に動いてボールを弾き返したのだ。レフトの頭を越えるように。&lt;br&gt;&#13;
「バントくんのオートパイロット機能なのよ。略しておっぱい機能ね」&lt;br&gt;&#13;
「おっぱい機能って……」&lt;br&gt;&#13;
　オートパイロットって自動運転のことだよね。それをおっぱい機能って略したらいろいろなところからクレームが来るんじゃないの？&lt;br&gt;&#13;
「あら、関係ないことはないのよ。羽希にユニフォームを渡す時に言ったよね、金属繊維が織り込まれてるって」&lt;br&gt;&#13;
「うん。最初ごわごわしてるかなって思ったんだけど、胸がしっかりとホールドされて結構良かったよ」&lt;br&gt;&#13;
「あれはね、おっぱいをホールドしていただけじゃないの」&lt;br&gt;&#13;
「えっ、そうなの？」&lt;br&gt;&#13;
「バントの構えをした時にバットを包み込むような磁場を形成して、バントくんを動かしていたのよ。バントくんからの情報、つまり投球と守備位置に関する情報をAIが処理して、最適な反発係数とスイング軌道を計算して瞬間的にバットを動かすことができるの」&lt;br&gt;&#13;
　マジか、そんな機能まで備えていたとは！？&lt;br&gt;&#13;
「それでね、男があのユニフォームを着ても上手く磁場を形成できないのよ。バットの上側の磁場が作れなくてね。バントくんのオートパイロット機能を使うためには、Ｆカップ以上のおっぱいが必要なの」&lt;br&gt;&#13;
　それでなのか、私が代打に立たされたのは。&lt;br&gt;&#13;
　ようやくその理由が分かった。&lt;br&gt;&#13;
「作戦名は『必殺、おっぱいでバットコントロール、球よ白き飛翔体を成せ』よ」&lt;br&gt;&#13;
　確かにおっぱいでバットをコントロールしていたみたいだから何も言えないんだけど、後半は『白き飛翔体となれ』が正解なんじゃね？&lt;br&gt;&#13;
　ていうか、このシステムってまずいんじゃないの？　負けたチームが知ったらカンカンになって怒るんじゃないのかな？　まあ、それまでのバントだって同じなんだけど。&lt;br&gt;&#13;
「からくりはわかったけど、相手チームにバレたらどうすんの？」&lt;br&gt;&#13;
「もちろん反則負けだよね。だからこうして急いで温泉旅行に来てるんじゃない。反則負けになったらあの社長のことだから五万円すらもらえないわよ」&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そうだよね。&lt;br&gt;&#13;
　ホテルや特急などの予約は全部四音にやってもらった。四音は最初からこれを計画していたに違いない。&lt;br&gt;&#13;
「それにね、たとえ反則負けにならなくても次は勝てないわよ。バントとおっぱいだけで勝てるのは初戦だけだから」&lt;br&gt;&#13;
　それはそうだろう。試合の情報が伝われば、次の相手は最初からバントを警戒してくるに違いない。&lt;br&gt;&#13;
「だから今夜はとことん楽しもうよ！　豪華な夕食と広々とした露天風呂が私たちを待ってるよ！」&lt;br&gt;&#13;
「楽しみだね！　ホテルとかの手配に感謝するわ」&lt;br&gt;&#13;
「羽希のおかげで勝てたんだから当たり前よ。それと露天風呂ではその勝利のおっぱいを存分に拝ませてもらうから」&lt;br&gt;&#13;
「ええっ、そんな……」&lt;br&gt;&#13;
　まあ四音は試合の準備で大変みたいだったし。&lt;br&gt;&#13;
　ずっと寝不足っぽい感じがしていたのは、こんなにすごいシステムを構築していたからだったんだ……。&lt;br&gt;&#13;
　今夜くらいは温泉でゆっくりして、勝利の美酒に酔おうと誓う私たちなのでした。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　おわり&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２３夏企画&lt;br&gt;&#13;
お題：『サプライズ』
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>うさぎの戸締り</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2023/05/18/9587210</link>
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      <pubDate>Thu, 18 May 2023 21:33:50 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2023-05-18T21:35:42+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2023-05-18T21:35:42+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;
注意：この作品は新海誠監督作品（特に『すずめの戸締り』）の内容に触れています&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「裕樹ィ、行くよ！」&lt;br&gt;&#13;
　窓の外から小百合の声が聞こえてくる。&lt;br&gt;&#13;
　慌てて窓を開け階下を見ると、私服姿の彼女が少しイライラしながらこちらを見上げていた。&lt;br&gt;&#13;
「ちょっと待ってて！　今行くから」&lt;br&gt;&#13;
「早く、早くぅ～」&lt;br&gt;&#13;
　一秒たりとも待てないという表情。&lt;br&gt;&#13;
　それはそうだろう、ずっと行きたかった場所に行けるのだから。&lt;br&gt;&#13;
　よく晴れた三月の日曜日はお出かけにはうってつけ。玄関を開けると、小百合は腕組みをしてお待ちかねだった。&lt;br&gt;&#13;
　白のクルーネックＴシャツにデニムのジャケットを羽織り、カーキ色のキュロットに白ソックスとローファーは正に行動派スタイル。幼馴染の小百合らしい。&lt;br&gt;&#13;
「ていうか、その恰好……」&lt;br&gt;&#13;
「そうよ、今日はすずめになるんだから」&lt;br&gt;&#13;
　そう、お出かけの目的は新海誠監督の映画『すずめの戸締り』の聖地巡礼。一緒にお茶の水に行くのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　新宿駅で東京駅行きの中央線に乗り換える。四ツ谷駅を過ぎると次が御茶ノ水駅だ。&lt;br&gt;&#13;
　電車の扉に身を預け、春の日差しを浴びる外堀の水面を眺める小百合。窓に写る彼女の姿に僕は見とれていた。&lt;br&gt;&#13;
　長いまつ毛、輝く瞳、そしてすっきりとしたフェイスライン。&lt;br&gt;&#13;
　僕たちは中学を卒業し、もうすぐ高校に入学する。小百合ならすぐに彼氏ができてしまうに違いない。&lt;br&gt;&#13;
　幼馴染という立場でこうしてお出かけできるのはこれが最後なんじゃないかと、僕は彼女の姿を目に焼き付けていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　御茶ノ水駅のホームに下りて階段を登り、御茶ノ水橋口の改札を出ると小百合が「おおっ！」と声を上げた。興奮しながら辺りをキョロキョロしている。&lt;br&gt;&#13;
「裕樹。ここだよ、赤いオープンカーが停まってたところは！」&lt;br&gt;&#13;
　だからそんなに興奮するなって。この先体力が持たないだろ？&lt;br&gt;&#13;
　ていうか、めちゃくちゃ恥ずかしいから。スマホでそんなにバチバチ写真を撮ってたら完全に田舎者だから。&lt;br&gt;&#13;
「どこなの？　赤いオープンカーは！　どこなの～」&lt;br&gt;&#13;
　たまらず僕は小百合の手を引いて駅から離れることにした。&lt;br&gt;&#13;
　お茶の水橋の真ん中付近まで来ると、手を繋いでいることが急に恥ずかしくなる。&lt;br&gt;&#13;
「えっ、もう離しちゃうの？　もうちょっと手を繋いでても良かったのに……」&lt;br&gt;&#13;
　そ、それって……。&lt;br&gt;&#13;
「だって草太さん、すずめと手を繋いでこの橋を渡りたかったと思うの」&lt;br&gt;&#13;
　なんだよ、そういうことかよ……。&lt;br&gt;&#13;
　ドキドキして損した。すずめのコスプレしてるからって僕を出汁にするな。ちょっと嬉しかったけど。&lt;br&gt;&#13;
「それよりも裕樹、ほら、あれ……」&lt;br&gt;&#13;
　小百合が指差す方を見る。&lt;br&gt;&#13;
　その方向にはアーチ状の白い大きな橋が見えた。&lt;br&gt;&#13;
「おおっ、あの橋って！？」&lt;br&gt;&#13;
「そう、あの橋よ」&lt;br&gt;&#13;
　映画の重要なシーンに登場する橋。僕が絶対に行きたいと思っていた場所。&lt;br&gt;&#13;
「聖橋じゃないか！」&lt;br&gt;&#13;
　興奮気味に走り出そうとした僕を、今度は小百合が引き留める。&lt;br&gt;&#13;
「ちょ、ちょっと待ってよ。あの美しいアーチをここから写真に撮っておきたいの」&lt;br&gt;&#13;
　ここは橋の上だから隣りの橋、聖橋の全体がよく見える。小百合が言うことももっともだった。&lt;br&gt;&#13;
　スマホで写真を撮りながら、彼女はぽつりぽつりと語り始める。&lt;br&gt;&#13;
「あの橋はね、関東大震災の復興の象徴なんだって。だから年齢はもう九十歳を超えてるんだよ」&lt;br&gt;&#13;
　へぇ、それはすごいな。&lt;br&gt;&#13;
「土木遺産に指定されてるんだから」&lt;br&gt;&#13;
　映画に使われたのはそういう理由からなのかな？&lt;br&gt;&#13;
　白く美しいアーチを僕も写真に収める。&lt;br&gt;&#13;
　それから僕たちは聖橋に向かって神田川沿いを歩く。橋のたもとの湯島聖堂にお参りしてから聖橋に上がった。湯島聖堂は映画には出て来ないけど、小百合曰く、聖橋の名前の由来になった場所らしい。&lt;br&gt;&#13;
「ついに来たぞ、聖橋！」&lt;br&gt;&#13;
　聖橋はとても気持ちの良い場所だった。&lt;br&gt;&#13;
　ビル群に挟まれて深い谷の底を流れる神田川。その流れが注ぐ秋葉原のビル群を、割と高い場所から眺めることができる。&lt;br&gt;&#13;
　橋の上から神田川を見下ろすと、川を渡る鉄道橋とトンネルが見えた。&lt;br&gt;&#13;
「あれ？　あのトンネル、見覚えがある！」&lt;br&gt;&#13;
　僕の興奮は収まらない。&lt;br&gt;&#13;
「丸ノ内線のトンネルだよ。ていうか、見覚えあるどころじゃないよ、あそこは最も重要な聖地じゃない」&lt;br&gt;&#13;
　そうだ、映画では、あの丸ノ内線のトンネルから災いが出てきたんだ。&lt;br&gt;&#13;
　僕は慌ててスマホを取り出し、写真を撮り始めた。&lt;br&gt;&#13;
　すると並んで欄干に体を預ける小百合が、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んで来る。&lt;br&gt;&#13;
「裕樹だって写真撮りまくってるじゃん」&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、あのトンネルだよ。写真撮るなって言う方が間違っている。&lt;br&gt;&#13;
「というか裕樹、何であのトンネルから災いが出て来るか知ってる？」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
　僕は固まってしまった。&lt;br&gt;&#13;
　それって監督が考えた設定だからじゃないのか？&lt;br&gt;&#13;
　それとも何か理由があるのか？&lt;br&gt;&#13;
「この地域はね、江戸城から見て鬼門にあたるの。鬼門っていうのはね、北西の方角のことなんだけど、鬼が来るって言われてる」&lt;br&gt;&#13;
　だから災いがやって来る？&lt;br&gt;&#13;
「裕樹は丑寅（うしとら）って言葉、聞いたことある？」&lt;br&gt;&#13;
　うしおととら、なら聞いたことあるけど。昔のアニメでそんなのがあったような……。&lt;br&gt;&#13;
　すると小百合は、ぶつぶつと何かを唱え始めた。&lt;br&gt;&#13;
「子（ね）、丑（うし）、寅（とら）、卯（う）、辰（たつ）、巳（み）、午（うま）、未（ひつじ）、申（さる）、酉（とり）、戌（いぬ）、亥（い）」&lt;br&gt;&#13;
「それって十二支？」&lt;br&gt;&#13;
「そう。江戸時代はね、それで方角や時刻も表していたんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「へぇ～」&lt;br&gt;&#13;
「十二だからちょうど時計の文字盤代わりになるの。時計の１２の位置が子、１の位置が丑という風に」&lt;br&gt;&#13;
　それってなんか聞いたことがある。丑三つ時（うしみつどき）っていうのもその一種だったような。&lt;br&gt;&#13;
「方角として使った場合は北が子になって、東に当たるのが卯。そして鬼門の北東は、丑と寅の間になるから二つをくっつけて丑寅」&lt;br&gt;&#13;
　それで丑寅なのか。丑と寅のミックスというわけだ。&lt;br&gt;&#13;
「そんでね、鬼門と逆の方角にあたる動物が、鬼から街を守るって言われてる」&lt;br&gt;&#13;
　ということは……何だ？&lt;br&gt;&#13;
　僕は子、丑、寅、卯と指を折り始める。が、どれが街を守る動物なのか全然イメージできない。&lt;br&gt;&#13;
　しびれを切らした小百合は、スマホを僕にかざした。そこには十二支が時計の文字盤のように配置された図が表示されていた。これならよく分かる。&lt;br&gt;&#13;
「鬼門が丑寅だから、その反対側は……未と申？」&lt;br&gt;&#13;
「そう。でもね、ヒツジには角があるでしょ？　だから鬼と同類と見られている」&lt;br&gt;&#13;
「ということは守護神はサル一択か」&lt;br&gt;&#13;
「そうなの。場所によっては北東側の門に猿の像を配置しているところもあるみたい。守護神としてね。でも……」&lt;br&gt;&#13;
　小百合はスマホを引っ込めて僕の瞳を凝視する。&lt;br&gt;&#13;
　これから言うことに対して、同意して欲しいという強い眼差しで。&lt;br&gt;&#13;
「猿が守護神って微妙じゃない？　猿だよ、サル。それよりも兎の方が圧倒的にいいのに！」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
　どう反応していいのか困ってしまう。僕にとっては猿も兎もどっちもどっち。&lt;br&gt;&#13;
　ていうか猿に謝れ。鬼から街を守っている有り難い猿様に。&lt;br&gt;&#13;
「兎がいいって、どういうこと？」&lt;br&gt;&#13;
「そういう世界になればいいのに、ってこと」&lt;br&gt;&#13;
　いやいや鬼門が北東のままならそれは無理だろ。&lt;br&gt;&#13;
　もしかして、鬼門の方角が変わればいいって言いたいのか？&lt;br&gt;&#13;
「兎が守護神ってことはね、鬼門の方角は西になるの。そっちの方が鬼門っぽいし、それに街を守る置物が全部兎だったら可愛くていいじゃない！」&lt;br&gt;&#13;
　そんな理由？&lt;br&gt;&#13;
　守護神だったらトラとかドラゴンの方がよくね？&lt;br&gt;&#13;
「あの映画だって、『すずめ』じゃなくて『うさぎの戸締り』になってたかもしれないのにな……」&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら両手を広げて欄干に背中を預ける小百合。&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
　刹那、バランスを崩して川側にのけぞる恰好になってしまった。&lt;br&gt;&#13;
「危ないっ！！」&lt;br&gt;&#13;
　落ちる——と思った僕は慌てて小百合の足を掴む。が時は遅し。僕は彼女と一緒に神田川に落下してしまった——&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　目を覚ますとそこは知らない天井、ではなく自分の部屋の天井だった。&lt;br&gt;&#13;
　時計を見ると朝の九時。と同時に、窓の外から小百合の声がする。&lt;br&gt;&#13;
「裕樹ィ、行くよ！」&lt;br&gt;&#13;
　やべぇ、来ちまった。&lt;br&gt;&#13;
　僕は慌てて窓から首を出す。&lt;br&gt;&#13;
「ゴメン、小百合。今起きたばかりだから家で待ってて！」&lt;br&gt;&#13;
　彼女の家は歩いてすぐの所にある。これから準備すると十分以上はかかるだろう。だから家で待ってもらった方がいい。&lt;br&gt;&#13;
「なによ、九時って言ったの裕樹じゃない」&lt;br&gt;&#13;
「だから謝ってるじゃん。ゴメン、本当にゴメン」&lt;br&gt;&#13;
　手を合わせる僕に対し、ムッとしながら踵を返し家に向かう小百合。服装もデニムのジャケットにカーキ色のキュロットだった。&lt;br&gt;&#13;
　というか、さっきのは一体なんだったんだ？&lt;br&gt;&#13;
　夢にしてはやたらリアルだったけど。&lt;br&gt;&#13;
　しかし今はゆっくり考えている時間はない。すぐに行くって小百合に言っちゃったんだし。&lt;br&gt;&#13;
　僕は服に着替えて、慌てて家を飛び出した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「裕樹、今日は楽しみだねぇ～」&lt;br&gt;&#13;
　二人は新海アニメの大ファン。今までも何回か聖地巡礼に行っている。&lt;br&gt;&#13;
　しかし『すずめの戸締り』は初めてだ。だって高校受験があったから。&lt;br&gt;&#13;
　志望校にそれぞれ合格し、晴れて聖地巡礼に行ける春がやってきた。&lt;br&gt;&#13;
「なのに寝坊しちゃって。今日は私が行きたいところに行かせてもらうからね」&lt;br&gt;&#13;
　まあ仕方がない。&lt;br&gt;&#13;
　変な夢を見ていたから遅れた、なんて言うわけにはいかないし。&lt;br&gt;&#13;
　それよりも驚くことが起きた。小百合がいきなり僕の手を握ってきたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「早く、早く！」&lt;br&gt;&#13;
　そして駅に向かって走り出す。&lt;br&gt;&#13;
　なんだか嬉しいような、でも近所の人に見られたら恥ずかしいような、複雑な気持ちで僕は駅へと走る。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　新宿駅で中央線に乗り換えて、電車が四ツ谷駅に着くと小百合が言った。&lt;br&gt;&#13;
「ほら、降りるよ」&lt;br&gt;&#13;
「えっ、ここで？」&lt;br&gt;&#13;
　まだ四谷だよ？&lt;br&gt;&#13;
　お茶の水まで行って『すずめの戸締り』の聖地巡礼するんじゃないのか？&lt;br&gt;&#13;
「だって聖地巡礼でしょ？」&lt;br&gt;&#13;
「まあ、そうだけど……」&lt;br&gt;&#13;
　四谷もまた新海アニメの聖地だったりする。特に映画『君の名は。』の。&lt;br&gt;&#13;
　きっと小百合は、そちらの聖地も巡りたくなったに違いない。&lt;br&gt;&#13;
　そう解釈した僕は彼女に続いて駅のホームに降りる。今日は遅刻してしまったので、言うことを聞かなくちゃいけないし。&lt;br&gt;&#13;
　改札を出て四谷見附橋を目にした小百合は、興奮気味に叫び始めた。&lt;br&gt;&#13;
「ここだよ、ここ！」&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そうだよね。『君の名は。』で瀧くんが奥寺先輩と待ち合わせしてたのあの橋だし。&lt;br&gt;&#13;
　しかし小百合は、写真を撮りながら驚くことを言い始めたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「どこなの？　赤いオープンカーは！　どこなの～」&lt;br&gt;&#13;
　ええっ、それってどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　瀧くんって赤いオープンカーに乗ってたっけ？　赤いオープンカーは『すずめの戸締り』の芹澤じゃないのか？　声優はどちらも同じだけど。&lt;br&gt;&#13;
　さらに小百合は橋の欄干に体を預け、眼下の丸ノ内線に向かって指をさした。&lt;br&gt;&#13;
「ほら、見て！　あの丸ノ内線のトンネルから災いが出てきたんだよ！」&lt;br&gt;&#13;
　さっきから何を言ってるんだ、小百合は！？&lt;br&gt;&#13;
　赤いオープンカーも災いも出て来るわけないじゃないか。あれはお茶の水だろ？　ここは四谷だぜ。&lt;br&gt;&#13;
　そりゃ、同じ丸ノ内線のトンネルだから地下で繋がってるかもしれないけどさ、出口が違いすぎる。&lt;br&gt;&#13;
　だから僕は小百合に訊いてみた。&lt;br&gt;&#13;
「そんなシーン、あったっけ？　あのトンネルから災いが出て来るシーンって」&lt;br&gt;&#13;
「何言ってんの？」&lt;br&gt;&#13;
　僕を向く彼女は目を丸くした。信じられないという表情で。&lt;br&gt;&#13;
「あんなに重要なシーンなのに。裕樹は寝てたの？　もしかしてまだ観てないとか？」&lt;br&gt;&#13;
「そんなことないよ、ちゃんと観たよ、『すずめの戸締り』だろ？」&lt;br&gt;&#13;
　その言葉を聞いた彼女は、さらに目を丸くした。&lt;br&gt;&#13;
「今何て言った？」&lt;br&gt;&#13;
「『すずめの戸締り』だけど？」&lt;br&gt;&#13;
　すると小百合は突然ケラケラと笑い出したんだ。&lt;br&gt;&#13;
「すずめ？　すずめって何よ。トリが扉閉めてどうすんのよ。『うさぎの戸締り』でしょ？　間違って何か別の映画観たんじゃない？」&lt;br&gt;&#13;
　うさぎ！？&lt;br&gt;&#13;
　今度は僕が目を丸くする番だ。&lt;br&gt;&#13;
　僕だって新海アニメの大ファンなんだから、映画を間違えるわけないだろ？&lt;br&gt;&#13;
「僕が観たのは、災いの扉を閉めるために草太とすずめが冒険する映画だよ」&lt;br&gt;&#13;
「だから、うさぎだって言ってるの。その他は合ってるけど……」&lt;br&gt;&#13;
　その他は合ってる？&lt;br&gt;&#13;
　それってどういうことだ？&lt;br&gt;&#13;
　ま、まさか——&lt;br&gt;&#13;
「入れ替わってる？」&lt;br&gt;&#13;
「なによ、いきなり。『君の名は。』のセリフ言ってんのよ？」&lt;br&gt;&#13;
　そこは間違ってないんだ。&lt;br&gt;&#13;
「違うよ。入れ替わってると言ったのは、鬼門の方角だよ。ねえ、小百合教えて。鬼門の方角ってどっち？」&lt;br&gt;&#13;
「どっちって西に決まってるじゃない。だから扉を閉めるのはヒロインのうさぎなのよ。兎は鬼門の守護神なんだから」&lt;br&gt;&#13;
　やっぱりそういうことか。&lt;br&gt;&#13;
　鬼門の方角が入れ替わっているんだ。&lt;br&gt;&#13;
　ということは、ということは——僕はパラレルワールドに来ちゃったってこと？　聖橋から落ちた時に、鬼門の方角が入れ替わってしまった世界へ。&lt;br&gt;&#13;
　スマホを取り出し「鬼門」について調べてみる。すると小百合の言う通り「西」と書かれていた。&lt;br&gt;&#13;
「ほら、私の言った通りでしょ？　江戸城にとって西側のこの四谷が鬼門なの。だからこの場所から災いが出てきた」&lt;br&gt;&#13;
　鬼門の方角が西なら、そういうことになるだろう。&lt;br&gt;&#13;
　しかし僕にはにわかに信じられなかった。&lt;br&gt;&#13;
「本当に兎が守護神なのか？」&lt;br&gt;&#13;
　だって可愛すぎるだろ？&lt;br&gt;&#13;
「本当よ。ほら、これを見て！」&lt;br&gt;&#13;
「えっ、桃太郎？」&lt;br&gt;&#13;
　小百合がスマホに表示させたのは、昔話『桃太郎』の絵本の表紙。&lt;br&gt;&#13;
　中央の桃太郎は僕が知っている姿だったが、家来が決定的に異なっていた。&lt;br&gt;&#13;
「桃太郎の家来はね、鬼門の守護神なの。だって鬼を退治しに行くんだもん。でも家来が兎だけでは戦力不足だから、その前後の干支も連れている」&lt;br&gt;&#13;
　それはトラとドラゴン。&lt;br&gt;&#13;
　これは強そうだ。これなら勝てる、鬼でも魔王でもどんと来いだ。&lt;br&gt;&#13;
「ていうか、裕樹はどう思ってたのよ、鬼門の方角って」&lt;br&gt;&#13;
「北東だと思ってたけど」&lt;br&gt;&#13;
　最近、というか今日教えてもらったんだけどな、元の世界の小百合に。&lt;br&gt;&#13;
　すると彼女はぷっと噴き出した。&lt;br&gt;&#13;
「北東？　じゃあ桃太郎の家来はサルとヒツジとトリになっちゃうじゃない。いや、ヒツジは鬼の仲間だから……まさかのイヌ！？」&lt;br&gt;&#13;
　ああ、そうだよ。桃太郎の家来はサルとトリとイヌだよ。&lt;br&gt;&#13;
「そんなんで勝てるわけないじゃない。ペットと一緒に鬼退治とかバカなの、その桃太郎」&lt;br&gt;&#13;
　僕も不思議に思ってたんだよね、子供の頃からずっと。&lt;br&gt;&#13;
　よく考えたら、そのメンバーで勝てるはずがない。きび団子というチートアイテムでドーピングしたってさ。&lt;br&gt;&#13;
「そんなに笑うなよ。鬼門が北東の世界だって、どこかにあるかもしれないだろ？」&lt;br&gt;&#13;
「パラレルワールドにね。そんな世界、行きたくもないけど」&lt;br&gt;&#13;
　ぶっちゃけ僕も、鬼門は西でいいような気がしてきた。&lt;br&gt;&#13;
　だったら小百合が言う『うさぎの戸締り』に乗ってやろうじゃないか。まだ観てないけどさ。&lt;br&gt;&#13;
　とりあえず丸ノ内線のトンネルの写真を、と欄干から身を乗り出した瞬間、僕はバランスを崩してしまう。心ここにあらずがいけなかったらしい。&lt;br&gt;&#13;
「危ない、裕樹！」&lt;br&gt;&#13;
　僕にしがみつく小百合。が時遅し。二人の重心はずるずると欄干から外側に移動する。&lt;br&gt;&#13;
「手を放せ！　小百合」&lt;br&gt;&#13;
「いや、裕樹と離れたくない！」&lt;br&gt;&#13;
「今なら小百合は助かる」&lt;br&gt;&#13;
「裕樹と一緒がいい。高校も一緒が良かった——」&lt;br&gt;&#13;
　僕の想いもむなしく、二人は四谷見附橋から落ちてしまった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　目を覚ますと、そこは僕の部屋のベッドだった。&lt;br&gt;&#13;
　時計を見ると時刻は朝の八時五十分。あと十分したら小百合がやってくる。&lt;br&gt;&#13;
　急いで準備しないとまた彼女を怒らせてしまう。&lt;br&gt;&#13;
「裕樹ィ、行くよ！」&lt;br&gt;&#13;
　ちょうど着替え終わったところで小百合の声がした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　デニムのジャケットにカーキ色のキュロット。&lt;br&gt;&#13;
　玄関を開けて目に入る小百合の姿は、やはり『すずめ』コーデだ。&lt;br&gt;&#13;
　いや、もしかしたら『うさぎ』コーデなのか？&lt;br&gt;&#13;
　僕はさりげなく、この世界のルールを探る。&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、小百合。今日はどこから行く？」&lt;br&gt;&#13;
　この質問なら間接的にこの世界の真相を探ることができる。答えがお茶の水なら鬼門の方角は北東、四谷なら西だ。&lt;br&gt;&#13;
「そうねぇ、やっぱお茶の水じゃない？」&lt;br&gt;&#13;
「だよね！」&lt;br&gt;&#13;
　おおっ、この世界は元の世界と同じだ。&lt;br&gt;&#13;
　鬼門の方角は北東、桃太郎の家来はサルとトリとイヌ。&lt;br&gt;&#13;
「おっ、裕樹も乗り気ね？」&lt;br&gt;&#13;
「もちろんだよ、受験でずっと行けなかったんだから」&lt;br&gt;&#13;
「そうね、やっと行けるんだよね……」&lt;br&gt;&#13;
　小百合は俯く。少し悲しげな表情で。&lt;br&gt;&#13;
「裕樹は新海アニメが好き？」&lt;br&gt;&#13;
　いきなり何を言い出すんだろう、小百合は。&lt;br&gt;&#13;
　あれほど新海アニメについて二人で語り合ってきたというのに。&lt;br&gt;&#13;
「好きだよ。だからこうして聖地巡礼するし、してきたんじゃないか？」&lt;br&gt;&#13;
　他の作品も一緒に行ったよね。『君の名は。』も『天気の子』も、中学生になってから。&lt;br&gt;&#13;
「私も好き。でもこんな女の子、変じゃない？　今まで中学生だったから許されていたような気がするの」&lt;br&gt;&#13;
　そんなことないよ。変と言うやつがいたらぶっ飛ばしてやる、と鼻息を荒くしそうになってふと思う。&lt;br&gt;&#13;
　そっか、小百合は心配しているんだ。高校デビューを。&lt;br&gt;&#13;
　四月から僕たちは別々の学校に通う。幼馴染としてこれは初めてのことだった。&lt;br&gt;&#13;
「大丈夫だよ。高校にも絶対いるよ、新海アニメファンが」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよね、変じゃないよね。高校にもいるよね、私みたいな女の子が」&lt;br&gt;&#13;
　顔を上げる小百合。&lt;br&gt;&#13;
　僕に救いを求めるその瞳にドキリとする。&lt;br&gt;&#13;
　四谷見附橋から落ちた時、小百合は「離れたくない」と言ってくれた。&lt;br&gt;&#13;
　あの世界は、本当にパラレルワールドだったのだろうか？&lt;br&gt;&#13;
　小百合が望む「守護神が兎」となった世界。それは、もしかしたら、彼女の心の世界への旅だったのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、裕樹」&lt;br&gt;&#13;
「ん？」&lt;br&gt;&#13;
　本当は言いたい。&lt;br&gt;&#13;
　やっぱり小百合は変だ。僕じゃなきゃ相手はできないんだ。だから高校に行っても男子には近づかない方がいいって。&lt;br&gt;&#13;
　そんな想いが爆発しそうになる。&lt;br&gt;&#13;
「新海監督ってまたアニメ作るよね？」&lt;br&gt;&#13;
「ああ、二年半後にね、きっと」&lt;br&gt;&#13;
　新海監督は三年ごとに新作を発表している。&lt;br&gt;&#13;
　ということは、次の作品が封切になるのは二年半後だろう。&lt;br&gt;&#13;
「そしたらまた、一緒に聖地巡礼してくれる？」&lt;br&gt;&#13;
「もちろんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「でもその時、私たち大学受験中だよ」&lt;br&gt;&#13;
「そんなの関係ない。気になるなら受験が終わってから行けばいい、今回のように」&lt;br&gt;&#13;
　小百合と一緒なら、どこにでも行ってやるさ。&lt;br&gt;&#13;
　そう言おうとして僕は気付く。これは彼女の願いなんだ——と。&lt;br&gt;&#13;
　最新作の聖地巡礼は今日行ってしまうから、次のきっかけは二年半後になってしまうんだ。&lt;br&gt;&#13;
　こんなに先の希望に必死に手を伸ばそうとしている小百合。その想いに気付いた瞬間、涙が出そうになってきた。彼女がこんなに頑張っているのに僕は何してるんだよ。しっかりしなくちゃダメじゃないか。&lt;br&gt;&#13;
　だから思い切って提案する。&lt;br&gt;&#13;
「それよりもさ、まだ行ってない新海アニメの聖地が沢山あるじゃん」&lt;br&gt;&#13;
「それって？」&lt;br&gt;&#13;
「例えば宮崎とか種子島とか津軽半島とか？」&lt;br&gt;&#13;
　さすがに宇宙とかアガルタは言わないでおいた。&lt;br&gt;&#13;
「行こうよ！　僕は小百合と一緒に行きたいんだ」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
　小百合はぽっと顔を赤らめる。&lt;br&gt;&#13;
「高校生には遠すぎるよ。お泊りになっちゃう……」&lt;br&gt;&#13;
「あっ……」&lt;br&gt;&#13;
　何言ってるんだ僕は。&lt;br&gt;&#13;
　ああ今の発言を取り消したい。本当に行きたいのは確かなんだけど、状況を考え無さ過ぎた。&lt;br&gt;&#13;
　二人で顔を真っ赤にして、しばらくの間俯きながら駅までの道を歩く。&lt;br&gt;&#13;
　すると小百合がぽつりと言った。&lt;br&gt;&#13;
「でも、飛騨高山なら……」&lt;br&gt;&#13;
　そっか、そうだよ。&lt;br&gt;&#13;
　飛騨高山という聖地があったじゃないか！&lt;br&gt;&#13;
「三葉のように？」&lt;br&gt;&#13;
「そう、三葉のように」&lt;br&gt;&#13;
　映画『君の名は。』では、高校生の三葉が飛騨から東京を日帰りする。&lt;br&gt;&#13;
　だから僕たちだって高校生になれば出来るんだ。その行動自体がまさに聖地巡礼。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、夏休みに行こうよ！」&lt;br&gt;&#13;
「うん、私バイトしてお金を貯める」&lt;br&gt;&#13;
「僕だって貯めるよ。楽しみだね、飛騨高山」&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら、勇気を出して僕は小百合に手を差し出した。&lt;br&gt;&#13;
　この先二人がずっと手を繋いでいられるように。&lt;br&gt;&#13;
「うん、楽しみ！」&lt;br&gt;&#13;
　小百合の柔らかな手。&lt;br&gt;&#13;
　もうこの手を離したくない。たとえまた橋から落ちることになったとしても。&lt;br&gt;&#13;
「そうだ、神津島にも行ってみようよ」&lt;br&gt;&#13;
「それって、お泊り？」&lt;br&gt;&#13;
「いやいやいやいや、そうじゃないと思うよ、きっと……」&lt;br&gt;&#13;
　この春、僕たちは新しい世界を歩き出したんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　おわり&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２３ＧＷ企画&lt;br&gt;&#13;
お題：『春』『旅』『うさぎ』
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>俺の特殊能力</title>
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      <pubDate>Thu, 19 Jan 2023 22:46:37 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2023-01-19T22:49:25+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2023-01-19T22:49:25+09:00</dcterms:created>
      <description>「紗紀美さんの特殊能力はね……」&lt;br&gt;&#13;
「そ、それは？」&lt;br&gt;&#13;
　学級委員長がゴクリと唾を飲み込みながら、教室の隅で彼の言葉に耳を傾けている。&lt;br&gt;&#13;
「クラスメートを納得させるオーラを纏うことかな」&lt;br&gt;&#13;
「おおっ、紗紀美にピッタリだよ。それで私は？」&lt;br&gt;&#13;
「知佳さんはね……」&lt;br&gt;&#13;
　今度は図書委員が興味津々の眼差しを彼に向けていた。&lt;br&gt;&#13;
「頭の中に行間の声が自然と響くでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
　彼の名前は言亜輝（ことあ　てる）。&lt;br&gt;&#13;
　最近女子生徒に人気のクラスメートだ。&lt;br&gt;&#13;
「すごい、すごいよ！　輝君に言われると、なんかそんな特殊能力を持ってるような気になっちゃうよ」&lt;br&gt;&#13;
　そりゃそうだろ。&lt;br&gt;&#13;
　学級委員長に図書委員。&lt;br&gt;&#13;
　彼女たちは自分自身の得手不得手と向き合ってその委員を選択したに違いない。委員名から推測されるその過程を、ちょっと中二病っぽく言い当ててるだけじゃねえか。&lt;br&gt;&#13;
　ていうか、行間の声が響くってなんだよ。&lt;br&gt;&#13;
「ほら、多拓君もこっちに来たら？」&lt;br&gt;&#13;
　ヤバい、彼女たちに見つかっちまった。&lt;br&gt;&#13;
「お、俺はいいよ」&lt;br&gt;&#13;
「そんなこと言わないで、多拓君も輝君に調べてもらいなよ」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよ、すごいよピッタリだよ」&lt;br&gt;&#13;
　だからそういうのは信じないんだって。&lt;br&gt;&#13;
　拒み続ける俺に向かって輝は腕を組み、目を閉じて意識を集中させていた。そしておもむろに口を開く。&lt;br&gt;&#13;
「君の特殊能力はね……」&lt;br&gt;&#13;
「俺は平凡な男子高校生だよ。じゃあな、バイバイ！」&lt;br&gt;&#13;
　慌てて俺は放課後の教室を後にした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その日以来、彼の言葉の続きが気になってしょうがない。&lt;br&gt;&#13;
　俺の特殊能力って……何？&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、そんなのあるわけない。彼の診断なんて中二病のまやかしに決まってるじゃないか。&lt;br&gt;&#13;
　しかし後日、俺は偶然耳にしてしまったんだ。輝が俺の特殊能力について他のクラスメートと話しているところを。&lt;br&gt;&#13;
『多拓君の能力って何だと思う？』&lt;br&gt;&#13;
『彼の特殊能力はね……』&lt;br&gt;&#13;
　それは何だ？&lt;br&gt;&#13;
『怪しいものを見定める魔眼だと思うんだ』&lt;br&gt;&#13;
　くっくっくっ、やはりな。&lt;br&gt;&#13;
　思わず俺はほくそ笑んでいた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２２-２３冬企画&lt;br&gt;&#13;
テーマ：『中二病』
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>小鬼の秘密</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2023/01/19/9556709</link>
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      <pubDate>Thu, 19 Jan 2023 22:42:42 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2023-01-19T22:47:17+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2023-01-19T22:44:11+09:00</dcterms:created>
      <description>えっ？　鬼隠村の様子を教えてくれって？&lt;br&gt;&#13;
かんべんしてくれよ、あの光景だけは思い出したくねぇんだ。&lt;br&gt;&#13;
来週、鬼隠村で作業する？&lt;br&gt;&#13;
だからぜひって、仕事なら仕方ねぇな、話してやるよ。&lt;br&gt;&#13;
俺もひどい目にあったのは作業中だったからな。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
まずな、鬼隠村に着くと役場の担当者が言うんだよ。&lt;br&gt;&#13;
「この村には、秘めたる場所に小鬼が隠れてます」って。&lt;br&gt;&#13;
だからその場所はどこかって訊いたんだ。そしたら「秘めたる場所です。それ以上は分かりません」って言うんだよ。それって無責任だと思わねぇか？　発注者なのによ。&lt;br&gt;&#13;
仕方がねぇから俺達は山の現場で黙々と作業してたんだ。重機を使ってな。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
ある日のこと、平べったい岩をどかさなきゃいけない事態が生じたんだ。&lt;br&gt;&#13;
嫌な予感がしたんだよ、そん時。正に秘めたる場所だからな。&lt;br&gt;&#13;
ほら、もう予想がつくだろ？　俺達が重機を使って岩をひっくり返したら、いたんだよ小鬼が。&lt;br&gt;&#13;
ああ、思い出したくもねぇ。それはそれは本当に密だったんだ…… &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/189.html"&gt;５００文字の心臓　第１８９回「小鬼の秘密」投稿作品&lt;/a&gt;
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>お楽しみ貯金</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/09/01/9522757</link>
      <guid>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/09/01/9522757</guid>
      <pubDate>Thu, 01 Sep 2022 21:48:10 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-09-01T21:50:00+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-09-01T21:50:00+09:00</dcterms:created>
      <description>　明日は待ちに待った遠足です。&lt;br&gt;&#13;
　だから、しっかりと眠らなくてはなりません。&lt;br&gt;&#13;
　でも……それなのに……ちっとも眠くならないのです。&lt;br&gt;&#13;
　夜の八時にはおふとんの中に入ったというのに……。&lt;br&gt;&#13;
　目がぱっちりしてしまって、明日の楽しいことばかり考えてしまいます。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　行き先は、地元のアニマルパークです。&lt;br&gt;&#13;
　小学四年生は、いつもそこに行くことになっているんだそうです。&lt;br&gt;&#13;
　パパとママと何回も行っているところだけど、明日は特別。だって学校の友だちもいっしょなんだから。&lt;br&gt;&#13;
　ああ、もう！　なんで眠くならないの！？&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　その時です。&lt;br&gt;&#13;
　小さなささやきが聞こえたのは。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「いいこと、教えてあげよっか？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　暗やみの中で。&lt;br&gt;&#13;
　パタパタという変な音とともに。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　だれ？&lt;br&gt;&#13;
　声がするなんてありえません。&lt;br&gt;&#13;
　だって子供部屋には、私しかいないのだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ビックリした私は上半身を起こし、暗い部屋を見回します。&lt;br&gt;&#13;
　すると、羽ばたきながら宙に浮いている存在が私の目の前に近づいて来ました。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　ちょ、ちょっと、これって大きな虫！？&lt;br&gt;&#13;
　こわくなって逃げようとすると、その存在から声が聞こえたのでした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「みらくちゃん。こんばんわ！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　な、なんで私の名前を知ってるの？&lt;br&gt;&#13;
　私が動きを止めると、その存在は私の顔をのぞきこみます。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そんなにおどろかなくてもいいよ。何もしないから」&lt;br&gt;&#13;
「ホントに？　何も……しない？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　何もしないという言葉を聞いて、ようやく私は声を出すことができたのです。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ボクの名前はね、むうまっていうんだ。みらくちゃんの味方だよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　味方と聞いて、ちょっと安心しました。&lt;br&gt;&#13;
　暗さに目がなれてきたせいもあって、むうまのことをじっくり見れるようになってきます。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　大きさは両手でつつみこめるくらい。&lt;br&gt;&#13;
　コウモリのような羽根をパタパタさせて、黒い毛におおわれた体が宙に浮いています。&lt;br&gt;&#13;
　ぱっちりとしたお目目がかわいらしくて、思わず頭をなでてあげたくなってしまいました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「いいことってなに？　私、今、ぜんぜん眠れなくて困ってるの」&lt;br&gt;&#13;
「それはね、理由があるんだ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　理由？&lt;br&gt;&#13;
　でもそれがわかれば眠れるかもしれません。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「みらくちゃんは、明日の遠足のこと考えてるんだよね？」&lt;br&gt;&#13;
「うん」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　パパやママとじゃなくて、友だちと行くアニマルパーク。&lt;br&gt;&#13;
　ろこちゃんといっしょに、ヤギをなでてみたい。&lt;br&gt;&#13;
　こるちゃんとニンジンをウサギにあげてみたい。&lt;br&gt;&#13;
　あいちゃんにおさるのボスを教えてあげたい。&lt;br&gt;&#13;
　その時みんながどんな顔をするのか、楽しみで仕方がないのです。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　するとむうまは、にやにやする私の顔をながめながら言いました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ほら、頭の中がお楽しみでいっぱいになった」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そうです、きっとこれなのです。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみが頭の中でいっぱいにふくらんで、眠れなくなってしまっているのです。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「だったらどうすればいいの？　楽しいことがどんどんあふれちゃって消えてくれないの」&lt;br&gt;&#13;
「あふれるくらいのお楽しみは、貯金しちゃえばいいんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「貯金？」&lt;br&gt;&#13;
「そう、お楽しみ貯金」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　へえ、と思います。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみを貯金するなんて、なんだかふしぎなことなのです。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「お楽しみを貯金すると、どうなるの？」&lt;br&gt;&#13;
「頭がすっきりして、ぐっすり眠れるよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それはすばらしい。&lt;br&gt;&#13;
　でも……ちょっとだけ気になることがありました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「貯金したお楽しみは？　どうなっちゃうの？」&lt;br&gt;&#13;
「ボクが預かっててあげる」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それなら安心です。&lt;br&gt;&#13;
　まるでお金の貯金のようなのです。&lt;br&gt;&#13;
　お金の場合は、貯金しているだけで少しずつふえていくってパパとママが言っていました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、貯金している間、お楽しみはふえていくんだよね？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると、むうまは目をふせました。&lt;br&gt;&#13;
　そして申し訳なさそうに説明を始めます。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ごめん、みらくちゃん。預けたお楽しみはふえないんだ。それどころか、だんだんへっていってしまう。だってみらくちゃんのお楽しみは、ボクのごはんになっちゃうから」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　なんということでしょう。&lt;br&gt;&#13;
　いいことばかりではなかったのです。&lt;br&gt;&#13;
　そういえばパパもママも、そんなことを言っていたような気がします。うまい話に気をつけろと。&lt;br&gt;&#13;
　私は思わずまゆを細めてしまいました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「でもね、みらくちゃん、よく考えてみて」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　むうまは必死です。&lt;br&gt;&#13;
　何としてでもお楽しみ貯金をすすめようとしています。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「みらくちゃんの頭の中で、お楽しみはどんどんあふれているんだよね？」&lt;br&gt;&#13;
「うん。そうだけど……」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、すごくいっぱい貯金できるよね」&lt;br&gt;&#13;
「そうかも……」&lt;br&gt;&#13;
「それをボクがちょっとずつ食べても問題ないと思わない？」&lt;br&gt;&#13;
「…………」&lt;br&gt;&#13;
「みらくちゃんはすっきりと眠れる、ボクはごはんが食べられる、いいことだらけだよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　むうまにだまされてはいけない。&lt;br&gt;&#13;
　私は注意しながら、むうまの言葉に耳をかたむけます。&lt;br&gt;&#13;
　でも言われるとおり、どんどんあふれてくるお楽しみはかなりじゃまなのです。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみがあふれて来なければ、すっきりして眠れるような気がしました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「それにお楽しみを貯金しても、明日の遠足での楽しいことはなくならない。そうだよね？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　むうまの言うことももっともです。&lt;br&gt;&#13;
　本当に楽しいことは、明日の遠足で起きること。今の私の頭の中にあふれていることではありません。&lt;br&gt;&#13;
　するとむうまは、とどめの言葉を口にしました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「みらくちゃんから預かったお楽しみは、とっても役に立つんだよ。さっきも言ったように、まずはボクのごはんになる。そして悲しんでいる子供たちに、貸してあげることもできるんだ。楽しい夢があれば、泣いてる子もぐっすり眠ることができる。もちろんみらくちゃんが悲しかったりつらかったりする時は、お楽しみを返してあげるよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　悲しんでいる子供たちの役に立つ？&lt;br&gt;&#13;
　今のあふれるようなお楽しみが？&lt;br&gt;&#13;
　私は思いうかべてみます。悲しい時、つらい時、泣きたい時、友だちといっしょに動物にふれあっている夢を見ることができれば、ちょっとの間はいやなことを忘れられるような気がしました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「世界中の子供たちの役に立つの？」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよ、ボクなら世界中の子供たちにお楽しみを貸してあげることができる。それがお楽しみ貯金だからね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　世界の中には、戦争をしている国もあるそうです。&lt;br&gt;&#13;
　テレビのニュースで、子供たちが泣いているシーンを見ることがあります。&lt;br&gt;&#13;
　そんな子供たちがちょっとでもいやなことを忘れるきっかけになってくれればいい。&lt;br&gt;&#13;
　それにむうまは、私が悲しんでいる時は、お楽しみを返してくれると言っていました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、お楽しみを貯金する」&lt;br&gt;&#13;
「ありがとう、みらくちゃん！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　むうまにとびっきりの笑顔がはじけます。&lt;br&gt;&#13;
　くるっと宙返りしたむうまは、私に言いました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、ボクの後に続いて言って。『私、みらくは、お楽しみ貯金をします』って」&lt;br&gt;&#13;
「わかったわ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――私、みらくは、お楽しみ貯金をします。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　こうして小学四年生の私は、お楽しみを食べるむうまと「お楽しみ貯金」の契約を交わしたのでした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ちょ、ちょっと貴弘先輩！　この議事録も私が作成するんですか？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　とあるメーカーの商品開発部に就職した私は、今日も議事録を作成せよと命ずる先輩の言葉に愕然とする。&lt;br&gt;&#13;
　大学の工学部で身に着けた知識や技能がすぐ役立てられると期待を膨らませて入った職場だが、現実は厳しかった。というのも、任される仕事は会議のセッティングや議事録とか報告書の作成という下働きばかり。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ほら、議事録を作成すれば仕事の内容がよく分かるだろ？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今年の三月まで下っ端だったという貴弘先輩は、待ってましたと言わんばかりの上から目線を行使する。&lt;br&gt;&#13;
　私もそろそろ我慢の限界と、思わず反論していた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「分かるだろって、もう十分わかってます。先月も今月もこればっかやってるんですよ。いい加減、私にだって」&lt;br&gt;&#13;
「議事録作成は新人の仕事なんだ。お前の他に誰がやるんだ？」&lt;br&gt;&#13;
「それは……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　言い返せなかった。&lt;br&gt;&#13;
　コロナ渦で採用を絞っている中、この部署での新人は私一人だけだったから。&lt;br&gt;&#13;
　でも……ものには限度ってものがある。会議の議事録が完成しないうちにまた次の会議が開かれ、作らなきゃいけない議事録がどんどん積み上がっていく。音声記録を聞くのはもううんざりだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「でも、少しくらいは先輩方も分担してくれたっていいんじゃないでしょうか？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると貴弘先輩は私のことを一瞥すると、役員部屋の方の壁に視線を移しながら他人事のように言い放った。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「俺もそう思っていた。入社した頃は。でも上司はちっとも聞き入れてくれなかった。だから諦めてくれ、そういう体質なんだよ、この会社は」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そういう体質？&lt;br&gt;&#13;
　それを変えたいと思って私は言ってるのに。&lt;br&gt;&#13;
　口火を切って旧態依然な体質を変えたいという意気込みを、先輩は見せてはくれないのだろうか？&lt;br&gt;&#13;
　再びこちらを向いた先輩は、不服そうに唇を咥える私にふっと小さく笑った。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「来年は二人も採用するそうじゃないか。だったらたった一年の辛抱だよ。俺なんて三年もこれやってたんだから……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　自虐を込めた先輩の微笑み。&lt;br&gt;&#13;
　やっと開放されたという安堵を、私に向かって無防備にさらけ出している。&lt;br&gt;&#13;
　ダメだ、下働きを手伝おうなんて意志は一ミリも感じられない。&lt;br&gt;&#13;
　と同時に、今まで新人が背負ってきた下働きの過酷さを改めて突きつけられる。&lt;br&gt;&#13;
　コロナ禍で、私が入社する前二年間の新規採用を会社は見送った。不幸にもそのつけを払わされることになってしまった先輩。その苦労はわかるんだけど、納得はできない。&lt;br&gt;&#13;
　そんな負の連鎖は、自分のところで立ち切ることはできないのだろうか――。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「わかりました。でも……」&lt;br&gt;&#13;
「でも？」&lt;br&gt;&#13;
「来年の議事録作成は、新人と私で分担しようと思います」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　先輩のことを軽く睨みつける。&lt;br&gt;&#13;
　しかたねえな、そこまで言うなら手伝ってやるよ――と先輩が重い腰を上げてくれることを期待しながら。&lt;br&gt;&#13;
　が、そんな奇跡は起こることもなく、「ふん、勝手にすれば」と先輩は自分の仕事に戻ってしまった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ここまで言っても改心してくれないの？&lt;br&gt;&#13;
　悲しくて悔しくて涙が出そうだ。&lt;br&gt;&#13;
　結局、議事録作成は深夜までかかり、終電間際の電車で帰宅する。&lt;br&gt;&#13;
　アパートの鍵を開け、シャワーを浴びてビールをあおったら、後は寝るだけだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今日のことは納得いかない……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　疲れているのに、意識は不満で研ぎ澄まされている。&lt;br&gt;&#13;
　でも私には特技があった。こんな時のためのとっておきの特技が。&lt;br&gt;&#13;
　目を閉じれば、すぐに楽しいことを思い出すことができる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――大学時代、卒業記念に女友達だけで計画した温泉旅行。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　あれはワクワクしたなぁ……。&lt;br&gt;&#13;
　楽しい気持ちに包まれた私は、一瞬で眠りに落ちた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「おい、みらく。名古屋工場から議事録の修正依頼が来てるぞ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今日も貴弘先輩から文句を言われながらの業務が始まる。&lt;br&gt;&#13;
　コロナ禍でリモート会議が普及し、打合せのための各工場への出張が無くなった。本社に居ながら、しかも複数の工場と会議ができるのはありがたいが、工場も採用を絞っているため結局後処理を行うのは本社勤務の新人、つまり私なのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「はいはい、わかりました……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　なによ、先輩が答えてくれたっていいのに。&lt;br&gt;&#13;
　私はぶつぶつと独り言をいいながら、名古屋工場からのメールを確認する。&lt;br&gt;&#13;
　修正依頼について先輩が知っているってことは、先輩にもメールが届いているということ。少なくともカーボンコピーで。&lt;br&gt;&#13;
　だったら先輩も関係者として認識されてる証拠じゃないの。依頼に回答してくれても何も問題はないはず。&lt;br&gt;&#13;
　不満を心に溜めながらメールの内容を確認した私は、あ然とした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『議事録の「一ヶ月」というところですが、こんなことは言ってないので修正をお願いします』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、言ったよね。名古屋工場のあなた。一ヵ月間で試作品を造れるって。&lt;br&gt;&#13;
　録音データだってちゃんとあるんだから、しらばっくれないでよ。&lt;br&gt;&#13;
　先週、残業しながら何回も聞いたから記憶にもちゃんと残っている。&lt;br&gt;&#13;
　証拠として問題部分の録音を切り取って、メール添付で送ってやろうかと思ったが、念のため先輩に対処を訊いてみた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「どうしましょう？　この修正依頼」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると貴弘先輩はキーバードを打つ手を止めることなく、さらりと言ったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「彼の言うとおり、削除してあげたら？」&lt;br&gt;&#13;
「なっ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、それはあり得ない。&lt;br&gt;&#13;
　彼が「一ヵ月でできる」って言ったから、会議が先に進んだんだよ。&lt;br&gt;&#13;
　それを無いことにしちゃったら、その後の展開はどうなっちゃうのよ。ていうか、予定が大幅に遅れちゃった時に誰が責任取るの？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「なんで言われる通り、削除しなくちゃいけないんですか？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私はまたもや言い返していた。&lt;br&gt;&#13;
　流石の先輩もキーボードを打つ手を止め、向かいの席から私に視線を向けて言う。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「だって技術屋がへそを曲げたら面倒くさいじゃん」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　技術屋？&lt;br&gt;&#13;
　私だって技術屋の端くれなんですけど。工学部卒だし。&lt;br&gt;&#13;
　しかもすでにへそを曲げてるんですけど。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「嫌われたら名古屋関連の仕事がこの先回らなくなるよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　嗚呼、もう嫌だ。&lt;br&gt;&#13;
　新人って、こんなにも自分を殺して働かなくちゃいけないの！？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　結局、先輩に押し切られる形となり、議事録を名古屋工場の言う通りに修正する。&lt;br&gt;&#13;
　仕事が回らなくなるリスクを散々並び立てられた上で「名古屋がへそ曲げたら、お前が責任取って試作品を作るのかよ」なんて言われたら、従わざるを得ないじゃない。&lt;br&gt;&#13;
　あー、納得いかない。もう飲まなきゃやってられない。&lt;br&gt;&#13;
　夜遅く家に着いた私は、早速ビールで喉を潤した。酔わないととても正気を保つことができそうにない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「技術屋だったら自分の発言に責任を持てよ、バーロー！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　名古屋工場から私に何の謝罪も感謝もないし、貴弘先輩の態度だっていじめやパワハラに近い。&lt;br&gt;&#13;
　なんだかムカムカして目がぱっちりしてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　そんな時はいつもの特技にお世話になるしかない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――大学のサークル合宿前夜に感じたワクワクとドキドキ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　サークルメンバーで行く高原ドライブ、そして夜の飲み会は本当に楽しみだった。&lt;br&gt;&#13;
　星を観に行こうと気になる人から誘われちゃったらどうしよう、なんて期待しちゃったり。&lt;br&gt;&#13;
　楽しい気持ちに包まれた私は、一瞬で眠りに落ちた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一ヶ月後、恐れていた事態が起きる。&lt;br&gt;&#13;
　名古屋工場担当の試作品が完成しなかったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　早速、次の段階を担当することになっていた熊本工場から問合せのメールがやってきた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『一ヶ月経っても名古屋工場から試作品が届かないので、本社の方でご確認いただけませんか？』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ほらみろ、言わんこっちゃない。&lt;br&gt;&#13;
　向かいの貴弘先輩を軽く睨むと、彼もなんとも渋い顔をしていた。&lt;br&gt;&#13;
　先輩と相談した結果、結局私が熊本工場に電話をかけることに。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「申し訳ありませんが、本社の担当は最終段階なので、それまでの間は工場同士で連絡を取り合っていただければ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　まさに他人事で、非常に無責任な応対だ。&lt;br&gt;&#13;
　自分だって真摯に対応したい。が、名古屋工場の指示に従って議事録を修正してしまった手前、そこは突かれたくないし、なんとかうやむやに事を進めたい。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　しかし、というかやっぱりというか、これがいけなかった。&lt;br&gt;&#13;
　試作品の完成が遅れているのはまるで本社が悪いかのごとく、反論されてしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『何言ってるんですか？　工場同士でやりとりしてたら喧嘩になっちゃいますよ？　ここは本社にちゃんと調整してもらわなくては』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そうだよね。&lt;br&gt;&#13;
　熊本工場が言うことはもっともだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『それにあなたも会議で聞いてましたよね？　名古屋工場が「一ヶ月で試作品を完成させる」って言ってたのを』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ぐわぁ、やっぱりそうきたか。&lt;br&gt;&#13;
　ええい、こうなったら破れかぶれだ。&lt;br&gt;&#13;
　追い詰められた私は、徹底的に白を切ることにした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えっと、そうでしたっけ？　今、議事録で確認しますが……って、そんな記述はありませんが」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　うわっ、なんという自作自演の三文芝居。&lt;br&gt;&#13;
　もしかしたらバレバレじゃないかと脂汗が垂れてきた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『いやいや、ちゃんと言ってたよ。音声データあるんでしょ？　それでちゃんと確認してよ』&lt;br&gt;&#13;
「申し訳ありません。あの時バタバタしてて録音してなくてメモしか残ってないんです」&lt;br&gt;&#13;
『ホント？　まったくしょうがないなぁ……』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　自分のことが嫌になる。&lt;br&gt;&#13;
　議事録の一部分を他人の言いなりになって削除しただけで、こんなことになるなんて。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「本当に申し訳ありません。名古屋工場へは、こちらから連絡しておきますので」&lt;br&gt;&#13;
『頼んだよ？　ウチだってやってるのはこの件だけじゃないんだから。予定詰まってるのを無理やり空けて待ってるんだから』&lt;br&gt;&#13;
「本当に本当に申し訳ありません。早く試作品を送るよう、名古屋にはちゃんと言っておきます」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　電話を切りながら、深く重い溜息をつく。&lt;br&gt;&#13;
　本当は名古屋工場の担当者を罵倒してこのうっぷんを晴らしたい。が、議事録改ざんに加担してしまった手前、そんなに強く言うことはできないのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「んなああああああああっ、まったく、もう！！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　向かいの貴弘先輩は知らんぷり。&lt;br&gt;&#13;
　もともとこいつが「言う通りにすれば」なんて言わなきゃよかったんだ。&lt;br&gt;&#13;
　どんなに先輩を睨みつけてやっても、何の効果も得られないことは今までの経験からよく分かっている。&lt;br&gt;&#13;
　結局私は、やり場のない怒りを自分の中に溜めることしかできなかった。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　その夜は胃がムカムカしてどうしようもなかった。&lt;br&gt;&#13;
　だから、いつもの特技を発揮する。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――大学入学式前夜に包まれた不安と期待の入り混じったあのドキドキ感。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　受験勉強を頑張ってやっと合格を掴んだ念願の大学。広いキャンパスに美しい建物群は、私に大きな希望を抱かせてくれた。&lt;br&gt;&#13;
　楽しい気持ちに包まれた私は、一瞬で眠りに落ち――る寸前で私はふと思う。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　この楽しい気持ちって、時間を遡ってない？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　思い起こせば、楽しい気持ちに助けられた時期は以前にもあった。&lt;br&gt;&#13;
　大学受験の時だ。&lt;br&gt;&#13;
　模試で思うように解答できなかった時、合格判定がＣ以下だった時、大きな不安が私を襲う。&lt;br&gt;&#13;
　そんな眠れなさそうな夜を救ってくれたのが、昔感じた楽しい気持ちだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「もしかして……お楽しみ貯金！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　小学四年生の時に、頭の中のむうまと交わした契約。&lt;br&gt;&#13;
　あれは自分が考えた物語だったが、いつの間にか本当のことになってしまったのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　受験勉強の頃は、お楽しみ貯金のことを思い出すこともなかったし、当然仕組みについても考えたことはなかった。&lt;br&gt;&#13;
　不安な夜を乗り越えるための一種の自己防衛反応なんだと勝手に思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　が、社会の仕組みをある程度理解している今ならわかる。これは間違いなく、お楽しみ貯金の効果だ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　楽しい思いが溢れ出て眠れない時は、それを貯金する。&lt;br&gt;&#13;
　そして逆に、辛くて眠れそうもない時は、過去の楽しい思いで眠りにつく。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そういえば私は、小学四年生の時以来、ドキドキワクワクして眠れなかった事は一度もなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「大学受験で苦しんでいた時も、出てくる楽しい思いは時間を遡っていたような……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　初めて飛行機に乗る高校の修学旅行の前夜のワクワク。&lt;br&gt;&#13;
　文化祭のステージに上がる緊張と失敗の恐れでドキドキしたあの夜。&lt;br&gt;&#13;
　男子からラブレターをもらい、一生懸命返事を書いた夜。&lt;br&gt;&#13;
　憧れの高校に合格して、どんな人達に出会うのかとワクワクしたあの夜。&lt;br&gt;&#13;
　新幹線に乗って友達と宿泊できる中学の修学旅行の前夜。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　詳しくは覚えてないけど、なんかそんな順番だったような気もする。&lt;br&gt;&#13;
　そうであれば、確かに時間を遡っている。&lt;br&gt;&#13;
　もしかしたら、お楽しみ貯金のメカニズムと関係しているのだろうか？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「それって、箱の中にお楽しみを溜めていくイメージなのかな？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は連想する。お楽しみを溜める箱について。&lt;br&gt;&#13;
　楽しい思いが溢れ出て眠れない時は、その思いを箱の中に溜めていく。&lt;br&gt;&#13;
　そして次に楽しい思いが溢れ出た時は、最初の思いの上に乗せていく。&lt;br&gt;&#13;
　きっとそんな感じなのだろう。&lt;br&gt;&#13;
　箱に溜まったお楽しみを引き出す時は、上から順に取り出していくことになる。&lt;br&gt;&#13;
　だから連続で必要になった時は、時間を遡るようにお楽しみが出てくるのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、もし貯金が無くなってしまったら？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　つまり箱が空になってしまうということだ。&lt;br&gt;&#13;
　箱の中にはもうお楽しみは残っていない……。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　恐くなった私は、ブルブルと頭を振る。&lt;br&gt;&#13;
　そんなことを考えるのはやめよう。&lt;br&gt;&#13;
　まだ私は、大学生になった時のお楽しみしか使っていない。&lt;br&gt;&#13;
　だったらまだ大丈夫。問題ないはず。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　しかしこの時の私は、大事なことにまだ気づいていなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　名古屋工場からの試作品は、なかなか完成しなかった。&lt;br&gt;&#13;
　熊本工場からは矢のような催促が飛んできて、毎日のように私の胃はキリキリと痛む。&lt;br&gt;&#13;
　と同時に、私は後悔の念に苛まれていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　何であの時、議事録改ざんに加担してしまったんだろう。&lt;br&gt;&#13;
　議事録にちゃんと「一ヶ月で」と明記しておけば、名古屋工場が謝れば済む話になっていたのに……。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　両工場の関係はどんどんと悪化していく。&lt;br&gt;&#13;
　こんな感じだと、たとえ試作品が素晴らしい形で仕上がったとしても、この製品開発プロジェクトは頓挫してしまいかねない。&lt;br&gt;&#13;
　そしてその責任は、本社が負うことになるのだ。&lt;br&gt;&#13;
　さすがに新人に私は、そんなには責められないと思うのだが……。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　胃が痛む夜はアルコールで気持ちを誤魔化すことができず、楽しい思いが無ければとても眠れそうになかった。&lt;br&gt;&#13;
　そしてその夜に出て来たお楽しみを見て、私は驚いた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――小学校の修学旅行の前夜、友だちと初めて宿泊するドキドキワクワク。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えっ、これってどういうこと？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　先週見たお楽しみは、大学の入学式前夜だった。&lt;br&gt;&#13;
　が今日はいきなり、小学校の修学旅行前夜に飛んでしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私の中学、高校時代には、お楽しみは無かったのだろうか？&lt;br&gt;&#13;
　いや、そんなことはない。大学受験で苦しんでいた時、中学・高校の時のお楽しみに助けられていた。&lt;br&gt;&#13;
　だから中学・高校時代も、お楽しみが溢れ出る夜があったはずなのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　と、そこで私は大事なことに気づく。&lt;br&gt;&#13;
　中学・高校時代のお楽しみは、大学受験の時に使われてしまったんじゃないか――と。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみ貯金の箱を連想すれば、理解するのは簡単なことだ。古いものから溜め、新しいものから取り出し、取り出したお楽しみは無くなる箱を。&lt;br&gt;&#13;
　私は大学受験の時に、高校や中学の時のお楽しみをすでに取り出している。&lt;br&gt;&#13;
　だから箱の中にはすでに、その時のお楽しみは無くなっていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　となると、箱の中に残っているのは、もう小学生の時のお楽しみしかない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「マジで？　お楽しみ貯金、もうすぐ底をついちゃうじゃん……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　早く新しいお楽しみを溜めなくちゃ！&lt;br&gt;&#13;
　そう焦っても仕事は上手くいかず、お楽しみを消費するだけの日々が続いてしまう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そして私はついに一番古いお楽しみ、つまり小学四年生の時のアニマルパーク遠足前夜の楽しい思いも消費してしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　四月になって、私の職場に新人が入ってきた。&lt;br&gt;&#13;
　男性一名、女性一名の計二人。&lt;br&gt;&#13;
　女性の方は見覚えのある感じだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「彼女、もしかして、というかやっぱり……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　彼女も彼女で私の顔を見てはっとしている。だから間違いない。&lt;br&gt;&#13;
　人事情報が解禁となった日、新人名簿を見ていた私は気づいたんだ。うちの部署に入る女性社員の名前が、小学校の時の同級生と同姓同名だったことに。だから今日の顔合わせをとても楽しみにしていた。&lt;br&gt;&#13;
　自己紹介と挨拶が終わると、彼女は私のところに駆け寄って来る。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「も、もしかして、みらくちゃん！？」&lt;br&gt;&#13;
「そうだよ。久しぶりだね、ろこちゃん！　八年ぶり？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　彼女はやっぱり、小学校から中学校にかけての同級生だったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　ろこちゃんは周囲の微妙な雰囲気を察して、申し訳なさそうに声のトーンを下げる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ごめんね、みらくちゃん。じゃなくて、ここではみらく先輩だね。ほら、私、大学受験に失敗しちゃったから一浪して……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そんなことはどうでもいいの。&lt;br&gt;&#13;
　後輩として知り合いが入ってくるなんて、なんてラッキーなんだろう。&lt;br&gt;&#13;
　ここでは後輩でも、ろこちゃんはろこちゃんだよ。下働きの仕事なんて一方的に押し付けたりなんてしない。二人でやれば仕事の辛さも半減だし。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その日の夜は、久しぶりに楽しい気持ちになれた。だって、これからずっとろこちゃんと一緒に仕事ができるんだもん。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　しかし、次の日出社した私は厳しい現実を目の当たりにする。&lt;br&gt;&#13;
　どこを探しても、ろこちゃんが座るはずの席が見当たらないのだ。&lt;br&gt;&#13;
　それってどういうこと？　やっぱり私が下働きを続けなきゃいけないってこと？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時の私は、今にも涙をこぼしそうな悲壮な顔をしていたのだろう。&lt;br&gt;&#13;
　心配した貴弘先輩が声をかけてくれた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「おい、どうしたんだよ、みらく」&lt;br&gt;&#13;
「ろこちゃんの、ろこちゃんの席がないんです……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると先輩はあからさまに怪訝な顔をする。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「何言ってんだ？　ろこって誰だよ？」&lt;br&gt;&#13;
「新人のろこちゃんですよ。昨日、自己紹介してたじゃないですか。四月に入社した新人として……」&lt;br&gt;&#13;
「おいおい、お前大丈夫か？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　思わず先輩が立ち上がる。&lt;br&gt;&#13;
　そして衝撃的な事実を言い放ったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今はまだ八月だぜ？　それほどまで新人が欲しい気持ちは分かるが、頼むから希望と現実をごっちゃにしないでくれ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　えっ？　まだ八月？&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、そんなことはない。だって昨日はここで、ろこちゃんはちゃんと自己紹介してた――と思いながら部屋を見回すと、壁に貼られたカレンダーは八月になっている。&lt;br&gt;&#13;
　目をこすりながら自分のパソコンの画面を見ても、日付は八月だ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いったいどういうこと？&lt;br&gt;&#13;
　知り合いが入社して、せっかく久しぶりに楽しい思いに包まれたというのに。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――楽しい思い。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その言葉ではっとする。&lt;br&gt;&#13;
　まさか、これは……お楽しみ貯金！？&lt;br&gt;&#13;
　ろこちゃんが入社したというのは、夢の中の出来事だったってこと？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その日は仕事が全く手に付かないまま、退社時間を迎えることとなった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　夜、アパートに戻ると私はじっくり考える。&lt;br&gt;&#13;
　これは一体どういうことなのか――と。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――先週、小学四年生の時のお楽しみで眠りについた。&lt;br&gt;&#13;
　これはちゃんと覚えている。&lt;br&gt;&#13;
　――お楽しみ貯金は、もう空かもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　これも理解している。&lt;br&gt;&#13;
　――それなのに、新しいお楽しみを夢で見た。&lt;br&gt;&#13;
　ろこちゃんが入社するというお楽しみ。昨晩見たと思われる夢は、そんな内容だった。これは明らかに未来の出来事だ。&lt;br&gt;&#13;
　――新たに夢に出てくるお楽しみは一体どこから？&lt;br&gt;&#13;
　ということは……未来から！？&lt;br&gt;&#13;
　そう考えて私ははっとした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ま、まさか、これって……借金！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみをお金に置き換えて考えれば簡単なこと。&lt;br&gt;&#13;
　もし私が口座に残金がないのにキャッシュカードを使ったとすると、足りないお金は銀行から借りることになる。&lt;br&gt;&#13;
　同様に、お楽しみがないのに夢でお楽しみを見たということは、お楽しみをどこからか借りたということだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そういえば、むうまもそんなこと言ってたっけ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は思い出す。&lt;br&gt;&#13;
　小学校四年生の時に考えた物語を。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『ボクなら世界中の子供たちにお楽しみを貸してあげることができる』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　あの時は小学生だったし、何も考えずに『貸す』という言葉を使った。&lt;br&gt;&#13;
　ただ単純に、悲しんでいる世界中の子供たちにお楽しみが広まるといいなぁと思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　――お楽しみを借りる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それってどういうことなのだろう？&lt;br&gt;&#13;
　お金を借りると、後で返さなくてはならない。&lt;br&gt;&#13;
　だったら借りたお楽しみも、返さなくてはいけないことになる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「なんで、そんなところまで本当のことになっちゃったの……？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　眠るのが恐い。&lt;br&gt;&#13;
　眠る時に夢に出るお楽しみが恐い。&lt;br&gt;&#13;
　しかし眠れないと思えば思うほど、無情にも私は楽しい思いに包まれていくのだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――結婚式前夜の幸せと不安が入り混じったフワフワとした複雑な夢見心地。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、私は男の人と付き合ったことなんてないのに！&lt;br&gt;&#13;
　心の叫びとは裏腹に、洪水のように押し寄せる幸福感に包まれて私はあっという間に眠りに落ちた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　秋になって試作品が完成しても、名古屋工場と熊本工場との関係は改善されず、遺恨を残すこととなった。&lt;br&gt;&#13;
　両者の間に入って調整を行わなくてはならなくなるたび、私の胃はキリリと痛み出す。&lt;br&gt;&#13;
　その間にも毎日のように議事録を作成せねばならず、名古屋工場の件の二の舞にならぬようにと精神を擦り減らす日々が続く。&lt;br&gt;&#13;
　すると夜には決まって、新しいお楽しみが枕元にやって来るのだ。頼んでもいないのに。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみの中で私は結婚し、娘が生まれた。&lt;br&gt;&#13;
　幼稚園の学芸会で娘は主役を演じ、小学校の運動会での激走、そして中学の部活では決勝戦まで勝ち残る。&lt;br&gt;&#13;
　ドキドキとワクワクは、どんどんと未知の時間を進んでいく。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そうか、そういうことなんだ。&lt;br&gt;&#13;
　これって、私の将来のお楽しみを前借りしてるんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう思ったとたん、お楽しみの借金に抵抗するのがバカらしくなった。&lt;br&gt;&#13;
　自分自身のお楽しみなんだから、つけを払うのも自分。だったら素直に楽しめばいいんじゃないかと。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　そんな境地に至った私は、だんだんと現実とお楽しみの区別がつかなくなってくる。&lt;br&gt;&#13;
　その弊害は、仕事にも現れることになってしまった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ある時は、&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「先輩、今度娘の大学でサークル発表会があるんです」&lt;br&gt;&#13;
「みらくちゃん子供がいたの？　しかも大学生って何歳の時の子！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　またある時は、&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今度、娘が結婚するんです」&lt;br&gt;&#13;
「ええっ、学生結婚！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そして、&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「孫が生まれるんですよ、男か女か楽しみですよね～」&lt;br&gt;&#13;
「はやっ！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　挙句の果てには、&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「私今度、米寿を迎えるんです。うふふふふ……」&lt;br&gt;&#13;
「…………」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は思う。&lt;br&gt;&#13;
　これって予知夢なんじゃないか、と。&lt;br&gt;&#13;
　そして、自分はいつまで生きられるんだろうか、と。&lt;br&gt;&#13;
　死んでしまったら、お楽しみはもう二度と体験することはできない。&lt;br&gt;&#13;
　つまり、お楽しみの前借りだって無限ではないのだ。&lt;br&gt;&#13;
　前借りすら尽きてしまったら、この先私はどうなってしまうのだろう？&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう考えた途端、とてつもない恐怖に襲われた。&lt;br&gt;&#13;
　今まで味わったこともないような、深く暗い恐怖に。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみの中の自分は、すでに米寿を迎えている。最期の時は確実に目の前に近づいていた。&lt;br&gt;&#13;
　――もう後はない！&lt;br&gt;&#13;
　そう思った私は、なりふり構わず行動を起こしていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「先輩！　私、熊本に行ってきます。熊本工場で担当者とちゃんと会って、話をしたいんです」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　怒られるんじゃないかと思った。こんな忙しい時に熊本に行くなんてやめてくれと。&lt;br&gt;&#13;
　でもそれを恐れていたら前に進めない。&lt;br&gt;&#13;
　私にはもう、お楽しみは残されていないんだ。&lt;br&gt;&#13;
　前進するしか、道は残されていないんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　意外にも先輩は、あっさりと了承してくれた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ああ、熊本に行って、顔を突き合わせてわだかまりを解いて来るといい」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そして信じられないような提案までしてくれたんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「打合せが上手くいったら、引き続き一週間の休暇を命ずる」&lt;br&gt;&#13;
「ええっ、それって……？」&lt;br&gt;&#13;
「たまにはゆっくりして来いってことだよ。最近のお前、なんかすごく変だよ。恐いんだよ。しばらく会いたくないよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　おおおおおお、もしかして一週間も休んでいいってこと？&lt;br&gt;&#13;
　信じられない、あの貴弘先輩からそんな提案が出てくるなんて。&lt;br&gt;&#13;
　頑張って行動してみて本当に良かった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　でも休暇を楽しむためには、まず熊本工場との打ち合わせを成功させなければならない。&lt;br&gt;&#13;
　熊本工場の人って会うとどんな感じなんだろう？　リモートでは普通っぽかったけど。&lt;br&gt;&#13;
　顔を合わせたらネチネチと嫌味を言われるんだろうか？&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、そんなネガティブなこと考えてもしょうがない。当たって砕けろだ。それに今以上に険悪な関係にはならないような気もしていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　この困難を乗り越えたら、一週間の休暇が私を待っている。&lt;br&gt;&#13;
　はたして熊本ってどんなところ？&lt;br&gt;&#13;
　知ってるのは熊本城とか阿蘇くらいだけど。&lt;br&gt;&#13;
　きっと食べ物も美味しいんだろうな。そして温泉！&lt;br&gt;&#13;
　うわぁ、楽しみだなぁ。とってもワクワクする。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その日の夜、私は本当に久しぶりにお楽しみを貯金することができたんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　熊本空港に降り立った私は、早速タクシーで熊本工場に向かう。&lt;br&gt;&#13;
　台地上に建てられた工場は、建物が一部新築されている感じだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「先の大地震でうちも被害を受けまして、ここは建て替えたんですよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　担当者の説明を聞きながら工場見学を兼ねて敷地内を歩く。&lt;br&gt;&#13;
　青い空に白い雲。遠くには熊本の街並みも見ることができる。労働環境としては申し分のない立地だった。&lt;br&gt;&#13;
　建物の中に入ると、早速本題の製品開発の打ち合わせが始まった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「いろいろと不手際があって皆さんにご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」&lt;br&gt;&#13;
「いえいえ、こちらこそ見えない部分が多くて、戸惑ってしまっただけですから……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　こちらが最初に頭を下げた影響なのか、みなさん丁寧な物腰で話してみてもとてもいい人たちだった。&lt;br&gt;&#13;
　きっと、ネット会議やメール打ち合わせだけに頼ってしまったのがいけなかったのだろう。&lt;br&gt;&#13;
　顔色や息遣いを細かく感じられないから、つい失礼な発言をしてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　残業続きの荒れたテンションで出したメールは、相手の心も荒れさせてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　そんな積み重ねがすれ違いを生み、感情のしこりを増幅させてしまったに違いない。&lt;br&gt;&#13;
　会って話せば良かったのだ。お互い人間、感情の生き物なんだから。&lt;br&gt;&#13;
　――なんでもっと早く、熊本に来なかったのだろう。&lt;br&gt;&#13;
　私は深く後悔した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今回、熊本に来て本当に良かったです。今後もよろしくお願いします」&lt;br&gt;&#13;
「こちらこそ。このプロジェクトが成功するのを期待してますよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　打ち合わせは大成功だった。&lt;br&gt;&#13;
　そして熊本市内に向かうタクシーの中で、私はこれから一週間のプランを思い起こす。&lt;br&gt;&#13;
　熊本城に阿蘇に、それからそれから……。あっ、くまモングッズも買わなくちゃ。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみがどんどん溢れ出てきて、私はぐっすり眠ることができたんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　二日目は熊本城を見学した。加藤清正が築城したと言われる堅牢な要塞で、西南戦争時も籠城した政府軍が耐え抜いたというのも納得できる。数年前の震災でも、当時の石垣はほとんど被災しなかったというし。&lt;br&gt;&#13;
　お昼は熊本ラーメン。夜は玉名温泉で馬刺しやだご汁を堪能。初めて食べたからしれんこんも刺激的だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　三日目は田原坂古戦場を見学した後、天草へ。移動はほとんどタクシーだ。&lt;br&gt;&#13;
　海が見える温泉に宿泊し、伊勢海老や高級寿司を楽しむ。お金はかかるけど四月からほとんど使っていなかったからこの際ケチらないって決めたんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　四日目は人吉。鰻の蒲焼にぎょうざ、それに温泉だってある。それよりも楽しみだったのは大好きなアニメの聖地巡りかな。あの風景を目の当たりにできると思うと心からワクワクした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　五日目は通潤橋を経由していよいよ阿蘇へ。草千里や湧水群を見て内牧温泉に泊まる。名水そば、そして赤牛丼は美味しかったなぁ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　毎日がワクワクドキドキの連続で、どんどんお楽しみが貯金されていく。&lt;br&gt;&#13;
　そして六日目。満を持して阿蘇外輪山の大観峰を訪問した。その景色に思わず息を飲む。&lt;br&gt;&#13;
　それはまさに、ザ阿蘇と言わんばかりの人生で初めて目の当たりにする雄大な景色だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「カルデラって、本当にカルデラだったんだ……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　語彙が崩壊してしまうほどヤバい。&lt;br&gt;&#13;
　ちっぽけな自分に対し、自然が「ちっぽけなままでいいんだよ」と語りかけてくる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　自分の背後には、広大な高原が広がっている。&lt;br&gt;&#13;
　しかし目の前には、巨大な凹地が空に向けて大きな口を開けているのだ。&lt;br&gt;&#13;
　地球の穴？　超巨人の足跡？　とにかく今までの自分の価値観をすべてひっくり返すような眺めだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　あー、この眺めを楽しみながらここで一日中ゴロゴロしていたい。&lt;br&gt;&#13;
　そう思いながら草地に腰を下した瞬間――私は一人の人物の後ろ姿に目を奪われた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――背が高く優しいあの人。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　えっ、なんであの人がこんな場所にいるの？&lt;br&gt;&#13;
　私の夢の中には、もう出てこなくなってしまったのに……。&lt;br&gt;&#13;
　横顔がちらりと見えると、疑いは確信に変わった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――間違いない、あの人だ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう、それは夢のお楽しみの中で結婚し、老後を共に過ごした最愛の人だった。&lt;br&gt;&#13;
　他人の空似の可能性も捨てきれない、と思いながらも私は立ち上がる。&lt;br&gt;&#13;
　こんなところに居るはずがないと頭が否定しても、足は一歩踏み出していた。&lt;br&gt;&#13;
　声を掛けても迷惑がられると分かっていても、私は彼に向かって歩みを進める。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――あの人が生きて歩いている。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　喜寿を迎えたあたりだろうか。あの人は、お楽しみの中に登場しなくなっていた。&lt;br&gt;&#13;
　だからどこに行ってしまったのかと、ずっと心配になっていた。&lt;br&gt;&#13;
　一歩一歩彼に近づくにつれて、涙がこぼれてくる。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみの中には悲しいことは出て来ない。だって、それはお楽しみじゃないから。&lt;br&gt;&#13;
　きっと彼は死んでしまったのだろう。私が喜寿を迎える前に。&lt;br&gt;&#13;
　彼が生き返ったような気がして、無性に愛おしくて、心が爆発しそうになった。&lt;br&gt;&#13;
　彼にとって私は全く知らない人なのに……。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　気がつくと私は、背後から彼に抱きついていた。&lt;br&gt;&#13;
　この匂い。間違いない。&lt;br&gt;&#13;
　この人だ、私の愛した人なんだ……。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あ、あのう……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　困惑した顔で、彼が私を振り向く。&lt;br&gt;&#13;
　はっと我に返った私は、顔を真っ赤にしながら体を離した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ご、ごめんなさい！　夢に出てくる愛する人にあなたがそっくりだったから……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　首を深く垂れて、真摯に謝罪する。&lt;br&gt;&#13;
　間違ったことは言ってない。お楽しみは私の夢の中の出来事だ。&lt;br&gt;&#13;
　顔を上げた私は、真実である証を提示するように彼の瞳を見つめ続けた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そうだったんですか……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　信じてくれたかどうかは分からないが、彼は二コリと笑ってくれた。&lt;br&gt;&#13;
　嗚呼、この素敵な笑顔。&lt;br&gt;&#13;
　何度もキスを交わしたこの唇。&lt;br&gt;&#13;
　何度も抱きしめてくれたこの腕。&lt;br&gt;&#13;
　本当はすぐにでも彼の胸の中に飛び込みたい。&lt;br&gt;&#13;
　でも今の彼は、私とは何の関わり合いもないのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あのう、えっと……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私はどうしたらいいのだろう？&lt;br&gt;&#13;
　選択肢は二つ。自己紹介するか、しないかだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　自己紹介しなければ、抱きついてしまったこともうやむやにしてもらえるかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　でもそれで終わったら絶対後悔する。だってこの人は、運命の人なんだから。&lt;br&gt;&#13;
　なんとか彼に私のことを知ってもらえる方法はないものだろうか？　言葉だけの自己紹介ではなく、もっと記憶に残る何かを。&lt;br&gt;&#13;
　強い焦りでパニック寸前の私は、ポケットの中に硬い紙があることに気がついた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「これを受け取ってもらえると……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　もう破れかぶれだ。&lt;br&gt;&#13;
　私はダメ元で、ポケットに入っていた名刺を差し出した。&lt;br&gt;&#13;
　そもそもこの熊本行きは出張だった。そのことを感謝する。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「みらく……さん？　いいお名前ですね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その声に心が震える。&lt;br&gt;&#13;
　あの人がまた私の名前を呼んでくれた。&lt;br&gt;&#13;
　自分のすべてを委ねたくなるような甘い響き。それを聞けただけで涙が溢れそうになってきた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「それじゃ、さようなら……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　涙を見せぬよう、私は踵を返して大観峰のレストハウスに向かって走り出す。&lt;br&gt;&#13;
　もう二度と会えないと思っていた人。&lt;br&gt;&#13;
　でも、こんな素晴らしい場所で再会することができた。&lt;br&gt;&#13;
　あの人にとっては初対面なんだけど。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「神様、本当にありがとうございます」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は待たせていたタクシーに飛び乗ると、そのまま熊本空港に向かう。&lt;br&gt;&#13;
　本当は思いっきり後ろ髪を引かれているけど、これ以上は逆効果のような気がしていたから。&lt;br&gt;&#13;
　だからあとは運を天に任せよう。何も連絡がなかったらそれまでということ。なんて納得することは不可能に近いが、これ以上できることも思いつかない。&lt;br&gt;&#13;
　空港には予定よりかなり早く着いてしまったけど、もう熊本には未練はない。&lt;br&gt;&#13;
　早い便に変更してもらい、私が乗る飛行機は東京に向かって熊本を後にした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　熊本出張から帰った私に、貴弘先輩は厳しいことを言わなくなった。&lt;br&gt;&#13;
　仕事は相変わらず下働きばかりだが、自分のペースでやれるようになって精神的な負担はかなり軽くなった。&lt;br&gt;&#13;
　熊本工場の態度も軟化する。残業はまだ多いが、眠れぬ夜は各段に少なくなった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そして嬉しいことに、あの人から会社のアドレス宛てにメールが届いた。&lt;br&gt;&#13;
　大観峰での出来事が忘れられない。だからまた会いませんか、と。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私はどうしたらいいのか、分からなかった。&lt;br&gt;&#13;
　出会った時は感情が高ぶっていたが、東京に戻って冷静になるともう少し考えた方がいいような気もしていた。&lt;br&gt;&#13;
　幸いメールをもらったことで彼の連絡先も判明している。焦って行動を起こす必要もない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　あの人との楽しい思いは、お楽しみの中で沢山経験している。が、あの人にとっては、私は初対面の女性に過ぎないのだ。&lt;br&gt;&#13;
　あの人と会うと、自分の思いが暴走してしまって逆に嫌われてしまうんじゃないだろうか。&lt;br&gt;&#13;
　それならばいっそ、いい思いを持ったままもう会わない方がいいのかもしれない。　&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それに、私が見続けたお楽しみは予知夢なんてものではなく、ただの幻だったとも考えられる。&lt;br&gt;&#13;
　夢の中で見続けた男性と、偶然にも熊本で会った。&lt;br&gt;&#13;
　ただそれだけのことかもしれないのだ。&lt;br&gt;&#13;
　もしかしたら、お楽しみで見た素敵な結婚生活は訪れないのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　結婚できたとしても、途中で離婚してしまうのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　彼の連絡先という安心材料を手に入れたことで、逆に私は前に進めなくなってしまい、メールだけのやり取りで踏みとどまっていた。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　しかし四月になって驚くことが起きた。&lt;br&gt;&#13;
　新入社員として、ろこちゃんが入社してきたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「やっぱり、あのお楽しみは予知夢だったんだ！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう思うと、居ても立っても居られなくなった。&lt;br&gt;&#13;
　あの人に会いたい気持ちが溢れて、眠れなくなりそうだった。&lt;br&gt;&#13;
　そんな時でもすっきり眠れる自分が、嫌いになった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『東京で会いませんか？』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は勇気をふり絞り、あの人にメールを送信する。&lt;br&gt;&#13;
　それからはトントン拍子で事は進んでいく。それは正に、かつて夢で見たお楽しみのように。&lt;br&gt;&#13;
　デートを重ね、結婚の約束を交わす。これもお楽しみで見た通りだった。&lt;br&gt;&#13;
　結婚するとすぐに娘が生まれた。その時私は「また会えたね」と思わず呟いてしまったことは内緒なのだけれど。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今の私は、お楽しみで見た通りの人生を送っている。&lt;br&gt;&#13;
　だから、ドキドキワクワクは半分以下になってしまって、それはちょっと残念だ。&lt;br&gt;&#13;
　きっと、お楽しみを借りた時の利子を返してるってことなんだろう。借りた分、ドキドキワクワクをむうまに食べられてしまった。そう考えれば納得できないこともない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　映画だって、二回目に観た時に新たな発見をすることがある。&lt;br&gt;&#13;
　まさに私の人生はそんな感じだった。&lt;br&gt;&#13;
　子育ても同じだ。結末を知っているから冷静になって対処することができる。まるで自分の子育てを背後から観察している存在のように。&lt;br&gt;&#13;
　それってもしかしたら、おばあちゃんの視線なのかも？　そう思うと、いろいろと試してみたくなる気持ちを抑えきれなくなるのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ドキドキワクワクは激減した半面、そこに到る背景を知っているからすべてのことに素直に感謝することができる。沢山の楽しみを与えてくれた人たちの努力に対して、労いを抱き続けることができる。そんな心穏やかな人生も悪くないかもと、私は思い始めていた。&lt;br&gt;&#13;
　私は今、お楽しみの中を生きているのだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　◇&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、ママ。眠れなくて困ってるの……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　パジャマ姿の娘がリビングにやって来た。&lt;br&gt;&#13;
　明日は小学校の遠足で、地元のアニマルパークに行くことになっている。きっとお楽しみが溢れて出てしまっているのだろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、ママが絵本を読んであげる」&lt;br&gt;&#13;
「ホント！？　子供部屋で待ってる」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は小学校の頃に書いた作文を手にして、娘のベッドの枕元の椅子に座る。そして書かれた私の物語を言葉として紡ぎ始めた。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『明日は待ちに待った遠足です。&lt;br&gt;&#13;
　だから、しっかりと眠らなくてはなりません。&lt;br&gt;&#13;
　でも……それなのに……ちっとも眠くならないのです。&lt;br&gt;&#13;
　夜の八時にはおふとんの中に入ったというのに……。&lt;br&gt;&#13;
　目がぱっちりしてしまって、明日の楽しいことばかり考えてしまいます』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「へえ、それってなんか私みたい」&lt;br&gt;&#13;
「そうね、そんな女の子って、世界中にいるのかもね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　かつての私もそうだった。&lt;br&gt;&#13;
　そして今の娘も。&lt;br&gt;&#13;
　私は二人の物語を続ける。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『だったらどうすればいいの？　楽しいことがどんどんあふれちゃって消えてくれないの』&lt;br&gt;&#13;
『あふれるくらいのお楽しみは、貯金しちゃえばいいんだよ』&lt;br&gt;&#13;
『貯金？』&lt;br&gt;&#13;
『そう、お楽しみ貯金』&lt;br&gt;&#13;
『お楽しみを貯金すると、どうなるの？』&lt;br&gt;&#13;
『頭がすっきりして、ぐっすり眠れるよ』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、ママ。私もお楽しみ貯金してみたい。どうしたらいいの？」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあね、ママにお楽しみを話してみて。そしたらそれを貯金してあげる」&lt;br&gt;&#13;
「わかった。えっとね、明日はお友達とヤギさんをなでて、ウサギさんにニンジンをあげるの。それでね、それでサル山に行って……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一通りお楽しみを話した娘は、スヤスヤと寝息を立て始めた。&lt;br&gt;&#13;
　――予想通りで良かった。&lt;br&gt;&#13;
　お楽しみ貯金の話が娘には効かない可能性もあった。でもそれが取り越し苦労だったことを知って、私はほっと胸をなでおろす。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　これで娘の頭の中には、お楽しみ貯金という自己暗示の概念が形成された。&lt;br&gt;&#13;
　あとは自動的に機能してくれることだろう。&lt;br&gt;&#13;
　――自己暗示によって脳内ドーパミン分泌量を自由にコントロールできる力。&lt;br&gt;&#13;
　これは私の家系に伝わる能力だったのだ。娘の反応を見て、私は確信する。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　何度も私のことを救ってくれたこの能力。&lt;br&gt;&#13;
　だから娘の人生も、きっと救ってくれるだろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　寝息を立てる娘の髪をなでながら、私はひとこと呟いた。&lt;br&gt;&#13;
　ようこそ、お楽しみ貯金の世界へ――と。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　おわり&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２２夏企画&lt;br&gt;&#13;
テーマ：『喜』『怒』『哀』『楽』（使用したのは『楽』）
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>いやや</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/09/01/9522756</link>
      <guid>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/09/01/9522756</guid>
      <pubDate>Thu, 01 Sep 2022 21:44:04 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-09-01T21:46:04+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-09-01T21:46:04+09:00</dcterms:created>
      <description>「ＩＹＡＹＡ，　ＨＯＴＡＮＩ-ＳＡＮ！」&lt;br&gt;&#13;
海の向こうで、また妙な日本語が流行り出したようだ。&lt;br&gt;&#13;
「ＩＹＡＹＡ　ＧＡＭＥ，　ＩＹＡＹＡ　ＬＩＦＥ」&lt;br&gt;&#13;
これはなかなか微妙。向こうの人は言いにくいんじゃないの。&lt;br&gt;&#13;
でも中にはしっくりくるものもあった。&lt;br&gt;&#13;
「ＩＹＡＹＡ　ＷＡＲ！」&lt;br&gt;&#13;
うん、これは言いやすい。 &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/188.html"&gt;５００文字の心臓　第１８８回「いやや」投稿作品&lt;/a&gt;
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>喜怒哀楽兄弟</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/08/05/9515266</link>
      <guid>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/08/05/9515266</guid>
      <pubDate>Fri, 05 Aug 2022 18:23:00 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-08-05T18:28:54+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-08-05T18:28:54+09:00</dcterms:created>
      <description>　僕の兄弟は喜怒哀楽だ。&lt;br&gt;&#13;
　だって妹は喜び、姉さんは怒り、弟は哀しみ、僕は楽しんでいるんだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それはある日のこと、いつものように、家族が食卓を囲んで夕食を食べている時のこと。僕にはそれが日常であり幸せであったのだけれど……。&lt;br&gt;&#13;
　――そんな平和な日常に突然の嵐が吹き荒れることになるなんて思ってもみなかったんだ――&lt;br&gt;&#13;
「ねえお兄ちゃん」&lt;br&gt;&#13;
「ん？　なんだい？」&lt;br&gt;&#13;
　僕が食事をしていると妹であるアコ（中学2年生）から声をかけられた。ちなみに僕の名前はアキ（高校1年生）で、弟のソウタロウ（中学3年生）は僕を兄貴と呼んでくる。&lt;br&gt;&#13;
「あのね……」&lt;br&gt;&#13;
「どうした？　遠慮しないでなんでも言ってくれよ」&lt;br&gt;&#13;
　普段元気いっぱいの妹が今日に限って珍しく何か言いずらそうにしている。これはもしや……！と心の中でちょっとだけ期待しつつ妹の言葉を待つ。&lt;br&gt;&#13;
「えっとね、お兄ちゃんって、今好きな人っているのかなぁと思って……」&lt;br&gt;&#13;
　妹からの質問はなんとも予想通りのものではあったのだが、いざ実際に聞かれてみると困ってしまうもので……。&lt;br&gt;&#13;
　妹の質問に対して少し考えてみる。&lt;br&gt;&#13;
　うーん、特にいないんだけど……そうだなあ……今は思い浮かばないけどいつかそういう女性が現れる日が来るかもしれないし……。よしっ！&lt;br&gt;&#13;
「うん。今のところはいないけど、そのうち現れるんじゃないかな？」&lt;br&gt;&#13;
　とりあえず当たり障りのない回答をしてみた。しかし妹からは意外な言葉が返ってきたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「そっか。じゃあお兄ちゃんはまだ彼女がいない歴イコール年齢というわけだね！！」&lt;br&gt;&#13;
　ぐぬぬ……。&lt;br&gt;&#13;
　確かに妹に言われたとおりなのだがこうストレートに言われてしまうとなんか恥ずかしいな。&lt;br&gt;&#13;
　僕は少し頬を赤くしながら「まあそういうことになるかな……」と答えた。&lt;br&gt;&#13;
　すると今度は弟が口を挟んできた。&lt;br&gt;&#13;
「でも兄貴なら大丈夫だと思うぜ。俺が女だったとしてもきっと好きになるだろうからな！」&lt;br&gt;&#13;
　おいこら待てコラ！！　勝手に何言ってんだよ！？&lt;br&gt;&#13;
　弟からの予期せぬ一言を聞いて僕はさらに顔が熱くなる。&lt;br&gt;&#13;
　そしてその様子を見てなのか、姉まで参戦してきた。&lt;br&gt;&#13;
「ふふん！　甘いわねあんたら！　私なんかはもうすでにいい人がいてラブラブ状態だからね！！」&lt;br&gt;&#13;
　おいこら！！　まだその件については何も話してないだろ！！！&lt;br&gt;&#13;
「ほぉ～さすが姉さんはモテるねぇ！　でもそれって一体誰だよ？」&lt;br&gt;&#13;
　お前まで話を合わせなくていいから！！！&lt;br&gt;&#13;
　それに僕だって一応高校生だし恋人くらいいてもおかしくはないはずだろ！？　…………おかしいよね？&lt;br&gt;&#13;
　僕の内心のツッコミなど全く気にすることなく話は続いていく。しかもその内容はどんどん過激なものになってきていた。まさかここであんな発言が出てくるとは思わなかったのだ。&lt;br&gt;&#13;
「へぇーお兄ちゃん彼女いないのかぁ……よかった！　これで私の計画が実行できるよ♪」&lt;br&gt;&#13;
　えっ……！？　どういうことだ！？&lt;br&gt;&#13;
　僕の思考は一瞬フリーズする。&lt;br&gt;&#13;
　するとすかさず妹のフォローが入った。&lt;br&gt;&#13;
「あはは、ごめんなさいお兄ちゃん、実はお姉ちゃんはずっと前から彼氏がいるんです。お付き合いを始めたばかりなので今は秘密にしておいて下さいね。でもいずれみんなにも紹介しようと思っているんですよ？」&lt;br&gt;&#13;
　なるほどそういうことだったのか……。&lt;br&gt;&#13;
　ということはつまり妹は自分のために僕のことを訊いてきたということになるんだろう。&lt;br&gt;&#13;
　なんてできた子なんだ……と感心してしまう反面少し寂しい気持ちもあった。妹にはすでにそんな相手がいたのかと思うと自分が情けなくも感じてしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　でも妹が幸せならそれでも構わないかと思い直した時、再び弟から爆弾が投下されたのである。それも特大級のやつだ。&lt;br&gt;&#13;
「姉さんの恋人？　どんな人？　ちょっと写真とか見せてくれよ」&lt;br&gt;&#13;
「あっ……そうですね、じゃあその人にお願いします」&lt;br&gt;&#13;
　おいこら待て！！！&lt;br&gt;&#13;
　何を勝手に決めてるんだ！？&lt;br&gt;&#13;
　というかその人は僕じゃないのかい？&lt;br&gt;&#13;
　っていうかこのタイミングで見せるのか？？&lt;br&gt;&#13;
　僕の意思とは無関係で事が進んでしまう状況についていけていない僕を置き去りにし、二人はスマホを取り出し画像を見始めた。そこには男友達との自撮り写メと彼女の腕を組み笑顔で写っている二人のツーショット写真があった。&lt;br&gt;&#13;
　それを確認していた弟だったが次第に眉間にシワを寄せ始めると険しい表情になりながら写真をじっと見つめているのだった。そしてしばらくした後……&lt;br&gt;&#13;
「え？　これって本当にあの人と付き合ってるの？　なんか嘘くさい気がするんだけど」&lt;br&gt;&#13;
　弟の感想を聞いた妹が即座に反論した。それはあまりにも的確な指摘だったのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　僕自身もそう思ったからだ。だってその写真に映っているのは明らかに男の僕なのだから。&lt;br&gt;&#13;
　そして弟と妹の意見に対して姉の反応が怖かったのでチラリと視線を向けてみると、案の定姉さんは激怒していた。&lt;br&gt;&#13;
「はぁ？！　なに言っちゃってんのよ！　どこがどう嘘くさいっつうんだよ！？」&lt;br&gt;&#13;
　しかし妹はひるむことなく淡々と理由を述べていく。まるで自分の意見が正しいと言わんばかりの自信に満ちた口調で。&lt;br&gt;&#13;
「まず第一印象だけど……その人かなり格好良くない？　お兄ちゃんの方が断然イケてるじゃん。お兄ちゃんと比べたら月とスッポン、天と地、豚と牛くらいの差はあるよね？」&lt;br&gt;&#13;
　ぐっ……。&lt;br&gt;&#13;
　確かにそうだが、そこまではっきり言われるとさすがの僕でも凹んでしまいそうだ……。&lt;br&gt;&#13;
　そしてさらに追い打ちをかけるように妹の追撃は続く。&lt;br&gt;&#13;
「あとさ、二人とも仲良すぎない？　手なんか繋いで歩いてたしさ、それに姉さんの態度も変なんだよねぇ……。なんというか……いつもより優しいし甘々なオーラ出てたし……。これはもう完全に愛しちゃってますね！　間違いないですよ！」&lt;br&gt;&#13;
「そ、そうなの……？」&lt;br&gt;&#13;
　妹の言葉を聞き姉が少しだけ照れながらも嬉しそうな様子を見せ、妹はさらに続ける。&lt;br&gt;&#13;
「だからこれは絶対にあの人が怪しい！！　って思ってお姉ちゃんにカマかけてみたわけよ」&lt;br&gt;&#13;
　妹は悪びれる様子もなく姉に説明をしているがこれはやり過ぎではないだろうか……。&lt;br&gt;&#13;
　しかし妹の言っていることは当たっていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　実は姉さんには僕とは別に恋人がいた。その相手とはバイト先の先輩にあたる男性で名前はユウスケ（仮）さんだ。しかし妹の言う通りこの人の顔は普通よりも多少マシという程度で、身長も170センチ前後しかなく、とてもではないがイケメンと呼べるような風貌をしていないのだ。&lt;br&gt;&#13;
　ちなみに僕は178センチなので10センチ以上差があることになる。しかし見た目だけでは判断できないもので僕は姉から彼のことをいろいろと聞かされていた。そして妹はその先輩が姉と交際しているのではないかと疑っているらしいのだ。&lt;br&gt;&#13;
　だが姉は慌てているようだった。まさかここまではっきりと言い当てられると思っていなかったらしく明らかに動揺していたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　僕はその様子を見かねて助け船を出すことにした。&lt;br&gt;&#13;
「もうそれくらいにしてあげろよ。ほら……本人がいるんだからさ……」&lt;br&gt;&#13;
「お兄ちゃん！　まさか本当のことなの！？」&lt;br&gt;&#13;
　するとすぐに僕の方に向き直り詰め寄ってきた。&lt;br&gt;&#13;
　その目はマジだったので冗談ではなく本気で僕の答えを求めていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「う、うん……一応……」&lt;br&gt;&#13;
「はぁ！？　ちょっとあんたいつの間にそんな相手見つけてんのよ！？　聞いてないわよ！？」&lt;br&gt;&#13;
　今度は僕の方へと向かってきたのだがやはり僕の答えが気に入らなかったのか声が大きくなってきていた。なので姉さんは一度落ち着かせるため深呼吸をしてもらいそれから詳しい話を聞かせてほしいと頼んできた。なので姉にも話せる範囲のことをすべて伝えることにした。&lt;br&gt;&#13;
「なるほどね……。そんなことがあったんだ……。まぁ私はあんたが選んだ人なら別に文句はないけどね。っていうかむしろ応援するわ！　頑張ってね！」&lt;br&gt;&#13;
「ありがとうございます、そう言ってもらえると助かります。姉さんは本当に優しいですね」&lt;br&gt;&#13;
「べ、べつにそういうんじゃないってば！　私が認めたくなかっただけだから！　勘違いしないでよね！！」&lt;br&gt;&#13;
「姉さんツンデレだな」&lt;br&gt;&#13;
「うるさいぞクソ弟！！　っていうかお前こそどうなのよ？　ちゃんと彼女できたの？」&lt;br&gt;&#13;
　姉からの鋭い質問に対し僕が返答できずにいると……&lt;br&gt;&#13;
「ふっふっふー♪　私はまだいないですぅー！　お兄ちゃんのことが心配だからしばらくは独り身でいてあげるんだもん♡　だから私の分までいっぱい恋愛してよね、お兄ちゃん？」&lt;br&gt;&#13;
　と、ニヤついた表情で言い返してきたのである。しかもそのあとで僕の背中に飛びついてきた。&lt;br&gt;&#13;
　なんだこの可愛い生き物は！？&lt;br&gt;&#13;
「はいはいそこのバカップル共。いい加減イチャつくのはやめなさいよね」&lt;br&gt;&#13;
　呆れた口調の一言とともに妹は引き剥がされてしまった。&lt;br&gt;&#13;
　さすがの姉でもこれ以上妹につき合うのは無理と判断したのだろう。僕も同じ気持ちだったし。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそこで姉から思わぬ提案が飛び出した。&lt;br&gt;&#13;
「そうだ！じゃあ私たち三人が付き合いましょう！それなら問題ないでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
「ええぇ……姉さんの相手は僕が決めるわけじゃないからよく分からないけど、とりあえずユウスケ（仮）さんと付き合ってみてそれでも駄目ならまた考えてみてくれれば……」&lt;br&gt;&#13;
「おっけ～。でもあの人結構良い感じだからきっと上手くいくと思うんだけどなぁ……」&lt;br&gt;&#13;
　確かに姉は美人だし彼もイケメンではないもののそこそこ格好は良かったはずだ。&lt;br&gt;&#13;
「よし、決まりね。お試し期間として付き合ってみましょ？」&lt;br&gt;&#13;
　姉の提案は突拍子も無いものではあったが僕としては断る理由もなかった。&lt;br&gt;&#13;
　というか僕と姉、それに妹という家族関係では珍しい組み合わせの交際が始まったのであった。&lt;br&gt;&#13;
　……こうして僕は三人目の彼女との付き合いを始めることとなったのである。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　あれから一週間が過ぎた。&lt;br&gt;&#13;
　僕たちの交際は今のところ特に大きな問題も無く続いていた。もちろん姉にはバレていないが僕と妹の二人で出かけることも増えた。&lt;br&gt;&#13;
　しかし今日だけはいつもと違い二人きりでは無く、姉のデートをこっそりと見守りに来たのだ。&lt;br&gt;&#13;
　何故そのようなことをすることになったかというと……数日前に僕たちは姉に呼び出されたのである。なんでもどうしても一緒に行きたい場所があるから来て欲しいとのことなのだが……。&lt;br&gt;&#13;
　しかし待ち合わせ場所で待っていても姉の姿は無かったのだ。なのでしばらく待っているとその人物は現れたのだが……なぜか姉ではなく弟君だったのだ……。&lt;br&gt;&#13;
　姉に電話をしてみると今まさに電車に乗っており、まだこちらには到着していないらしい。なので弟君の誘いに乗る形で姉を待つことにしたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　それから僕と弟君は雑談をしながら待っていたのだが……。&lt;br&gt;&#13;
「あのさ、俺前からあんたと話したかったんだよねぇ。だって同じ姉を持つ兄弟同士仲良くしたいじゃん？　それにあんたら仲良すぎだと思うんだよね。手繋いで歩いてるし？　なんかあったの？」&lt;br&gt;&#13;
　僕はいきなりこんなことを聞かれてしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　まさか初対面の弟君からそんなことを聞かされるとは思っていなくてかなり動揺した。&lt;br&gt;&#13;
　だが僕は冷静を装いながらなんとか返答することができたのだ。そしてその後も少しだけ話を続けた後で本題に入った。&lt;br&gt;&#13;
「それで姉さんとはいつから付き合い始めたんだ？　それとなんで僕たちに秘密にしてたんだい？」&lt;br&gt;&#13;
　すると今度は弟君が僕の質問に答える番だった。&lt;br&gt;&#13;
　彼は今まで恋人を作ったことがないらしくずっと気にかけていたらしい。&lt;br&gt;&#13;
「最初はさぁ……俺の勘違いだと思ったんだよなぁ。だけどさ、あんたがたまにウチの学校に来ることがあって姉貴のこと見つめてるの見て……あぁ……これは絶対惚れてんなって思ったのよ」&lt;br&gt;&#13;
「へぇー……そっか……」&lt;br&gt;&#13;
　そんなふうに見られていたなんてまったく知らなかった……。&lt;br&gt;&#13;
　でもそう考えると弟の観察眼はかなり優れているということなのか。そう思いながら感心しているとさらに話を続けてきた。&lt;br&gt;&#13;
「だからさ。俺も応援することにしたんだ。姉貴が幸せになれるようにってさ。でもまさか相手があんな顔の男だとは思わなかったけど……」&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながらも笑っていた。それはとても楽しそうな笑顔で……。&lt;br&gt;&#13;
　だから僕はそんな彼のことが嫌いではなかった。むしろ好ましく思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　それからしばらくしてようやく姉さんが到着し僕と姉さんのデートが本格的に始まった。&lt;br&gt;&#13;
　まず最初に向かった場所は水族館であり僕たち三姉弟にとっては思い出深い場所でもあった。というのも僕が小学生のときにここで姉と妹と一緒に来たのが最初で最後の遠出をした記憶があるからである。それ以来僕は一度もここには行っていない。理由は姉や妹と一緒でないからだ。&lt;br&gt;&#13;
　そう、僕が姉と妹を避けていたせいで僕だけが一人で来ることになってしまっていったのだから。&lt;br&gt;&#13;
　だからこの機会にもう一度ここを訪れ、そして姉妹三人で訪れようと考えていた。だからこのデートでは姉にもこのことを事前に伝えておき二人で訪れたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　館内に入るとすぐ目の前に大きな水槽がありその光景を見ただけで胸が熱くなってくるのを感じた。その中は色とりどりの熱帯魚たちが泳いでいて幻想的な世界が広がっていた。&lt;br&gt;&#13;
　そして僕らはそこで立ち止まりその景色を楽しんだ。ただでさえ美しいというのに隣には僕にとって特別な存在となった姉がいる。この感動はひとしおだった。&lt;br&gt;&#13;
　僕たちはしばらくの間何も言わずにじっと眺め続けていた。&lt;br&gt;&#13;
　しかし不意に僕が口を開くと彼女はそれに反応してくれたのである。&lt;br&gt;&#13;
「ねぇ、お姉ちゃん？」&lt;br&gt;&#13;
「ん～？　どした～？」&lt;br&gt;&#13;
　僕の方を見てくれた彼女の瞳は綺麗でまるで宝玉のように輝いていた。僕はそれが何よりも嬉しく感じてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　だからだろうか。気がつくと自然に言葉が出てしまっていた。&lt;br&gt;&#13;
「……好き……だよ……」&lt;br&gt;&#13;
　その一言は自分でも分かるくらい震えていて小さかった。きっと僕の顔は真っ赤になっているだろう。でもそれを彼女に悟られる前に顔を逸らしていた。&lt;br&gt;&#13;
「……あ、あはは……なんか……変な空気にしちゃったかな？」&lt;br&gt;&#13;
　……沈黙が流れる。&lt;br&gt;&#13;
　きっと今の言葉を彼女がどう受け取ったのか僕には分からない。&lt;br&gt;&#13;
「うん、ありがとね。私もユウスケ（仮）君のこと好きだよ」&lt;br&gt;&#13;
　だがそんな答えが返ってきたことで僕はほっとした気持ちになっていた。&lt;br&gt;&#13;
　もしフラれていたら僕はしばらく立ち直れない気がする。それどころか姉との関係すら壊れるかもしれない。それだけは絶対に嫌だったから……。&lt;br&gt;&#13;
「お姉ちゃんも大好きだよ。ユウスケ（仮）」&lt;br&gt;&#13;
　姉は微笑みながら僕に優しい声音で言ってくれた。&lt;br&gt;&#13;
　それは普段の姉からはあまり想像できないものですごく新鮮なものを感じられた。&lt;br&gt;&#13;
　そしてその瞬間に今まで悩んでいたことや不安が一気に消え去ってしまったのだ。やはり姉の魔法には抗えないなぁと感じさせられるのであった。&lt;br&gt;&#13;
　それからしばらく姉さんと一緒に水槽を見て回り、一通り堪能した僕たちは館内を出た後に休憩も兼ねてフードコートで昼食をとることにした。&lt;br&gt;&#13;
　僕が席を確保してから二人は料理を注文すると僕の座っている場所へと戻ってきた。&lt;br&gt;&#13;
「うー……やっぱり混んでるねぇ」&lt;br&gt;&#13;
「だねぇ。もうすこし早い時間に来てれば空いてたのに残念だよね？」&lt;br&gt;&#13;
　姉は困り顔をしながら言うが僕はそんな姉を宥めるように優しく語りかけた。&lt;br&gt;&#13;
「仕方ないよ。とりあえず座れたんだから良いじゃん？　それに姉さんと一緒だし全然不満は無いからさ？　僕は気にしてないよ？」&lt;br&gt;&#13;
「そっか。ならいいけど。じゃあさ、食べ終わったらまたゆっくり回ろうか？　今日はまだまだ時間があるんだしさ？」&lt;br&gt;&#13;
　姉さんの言葉に「もちろん！」と答えるとちょうど店員が僕たちの頼んだものを運んできたので僕と姉は手を合わせると「いただきます」と言い食事をし始めた。&lt;br&gt;&#13;
「「おいしい！！」」&lt;br&gt;&#13;
「えへへ……そうだろ。実はこれ俺のおすすめなんだぜ」&lt;br&gt;&#13;
　僕と姉が同時に感想を言うとなぜか弟君が自慢げに言っていたのである。そしてそれからも弟君との雑談を続けながら食事を進めていくのだがふと疑問に思ったことがあったので聞いてみた。&lt;br&gt;&#13;
「あのさ、弟君は姉さんといつ出会ったの？　あとどこで出会ったとか……教えてくれないかな？」&lt;br&gt;&#13;
　すると姉さんと弟君はお互い目配せすると何か合図を送ったようで弟の方から話し始めてくれた。&lt;br&gt;&#13;
「姉貴と初めて会ったときか。あれはまだ俺が中学生のときのことだった。当時高校生だった姉貴が同じ学校の男に言い寄られててな。それでしつこく言い寄ってきてたんだってよ。でも姉貴って美人だろ？だから相手も引かないわけよ。それで俺は姉さんが心配でたまに姉さんのこと見に行ってたんだよ。そしたらある日たまたま姉さんと目が合ってな。そのときに『助けてほしい』って言われたんだ」&lt;br&gt;&#13;
「えっ！？ 　そ、そうだったの？」&lt;br&gt;&#13;
「そういえば、そんなことあったかも……。あんまり覚えてなかったけど……」&lt;br&gt;&#13;
　そう言うと恥ずかしそうに頬を赤く染めながら下を向いてしまった。&lt;br&gt;&#13;
「まあそんなこんなで色々あってな。それから姉貴と付き合うことになったんだ。姉ちゃんもまんざらじゃない様子でな。すぐに交際に発展したよ。まあ今考えると最初から相思相愛だったみたいだけどな」&lt;br&gt;&#13;
　僕は話を聞いて驚いた。まさかそんな出会いをしていたなんて夢にも思わなかったからだ。&lt;br&gt;&#13;
「でもまさかあのときの人がお姉ちゃんの初恋の人だったとは思わなかったなぁ～。まさかあんなところにいるなんてね。本当に運命的だったよね？」&lt;br&gt;&#13;
　姉さんは嬉しそうな表情を浮かべながら弟に言っていると僕に視線を移してこう言ってくれた。&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、ユウスケ（仮）君。私のこともっと知りたい？ 　それとももういらない？」&lt;br&gt;&#13;
　彼女の瞳が真っ直ぐ僕に向けられる。&lt;br&gt;&#13;
　僕はその質問に「いる」と答えた。だから僕はこれからは遠慮せず彼女について知っていこうと思うのだ。それが僕なりの愛情表現であり感謝の気持ちでもあるのだ。だから今は彼女のことがよく分かるこの時間が僕にとって一番幸せな時間なのだ。&lt;br&gt;&#13;
　僕は目の前に座る女性に改めて好意を抱くのであった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　***&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　私は彼の言葉を受け止めることができなかった。なぜなら彼は私ではなく姉を選んだのだから……。&lt;br&gt;&#13;
　だがそれは当たり前のことだ。&lt;br&gt;&#13;
　何故なら私が彼を好きだということを知った上で彼が私を選ぶということはありえなかったから。むしろ今までの関係を壊してしまうかもしれないから……。&lt;br&gt;&#13;
（……どうして？）&lt;br&gt;&#13;
　だが私の中に生まれた思いはそれ一つだけであった。&lt;br&gt;&#13;
そしてそれは当然の結果であろう。彼への想いが本気であればあるほど今の現実を受け入れることは難しかっただろうから……。&lt;br&gt;&#13;
　だがそれは紛れもない事実である。&lt;br&gt;&#13;
　だからこそ受け入れるしかなかった。そして彼にこれ以上自分の気持ちが伝わらないようにするために私は彼と別れを告げることにしたのだった。&lt;br&gt;&#13;
「ねぇ、ユウスケ（仮）君。私たちそろそろ帰ろうか？」&lt;br&gt;&#13;
　私はユウスケ（仮）君の手を引っ張りながらフードコートを出ることにした。&lt;br&gt;&#13;
　しかし突然引っ張られたことに動揺してしまったのか彼は転びそうになっていた。&lt;br&gt;&#13;
　その姿を見て私は心が傷むのを感じつつも笑顔で対応した。きっと今の顔はひどいものだと思う。それでも何とか平常心を保とうとした。&lt;br&gt;&#13;
　それから私は彼を家に帰すために車を走らせていた。だが正直なところ早く一人になりたい気分であった。&lt;br&gt;&#13;
　おそらく私はこのままでは泣かずにはいられない。そして泣いてしまうともう自分を抑えることはできないような気がするのだ。&lt;br&gt;&#13;
　それほどまでに今日の出来事はショックであった。&lt;br&gt;&#13;
　それからしばらくして車が止まったところで彼は言った。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあそろそろ僕は帰るね。今日は楽しかったよ。ありがとう姉さん」&lt;br&gt;&#13;
「ううん。気にしないで？　 今日は無理矢理連れてきたんだから楽しんでくれてよかったよ」&lt;br&gt;&#13;
　私は必死に涙が溢れそうになるのを堪えた。ここで泣くわけにはいかないから。せめて今日だけは耐えなければと思ったから……。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあまた学校で会おうね？ 　バイバ―イ」&lt;br&gt;&#13;
「ああ……またな」&lt;br&gt;&#13;
「姉さんまたな！」&lt;br&gt;&#13;
　二人に挨拶すると私は逃げるようにその場を立ち去った。&lt;br&gt;&#13;
　それから数分してようやく自宅に着いたとき私は我慢の限界に達してしまった。&lt;br&gt;&#13;
「ふぇーん……なんでよぉ～……どう……して…………ユウ……ス……ケ君……好き……だよ……ずっと……いっしょ……に……いたかっ……のに……ひくっ……」&lt;br&gt;&#13;
　それからしばらくの間、誰もいない部屋の中でただひたすら泣き続けたのである。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　***&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　僕はあれからもしばらく公園でボーっとしていた。&lt;br&gt;&#13;
　そして日が落ちかけた頃、ふとスマホを見ると妹から何件か着信があったのである。&lt;br&gt;&#13;
　内容は「まだ学校？　迎えに行くから連絡しなさい」とのことだ。僕はとりあえず「もう少ししたら行く」と返信すると急いで家に帰った。&lt;br&gt;&#13;
　そしてリビングに入ると姉と母がいた。姉が帰ってきたときから少し気まずかったが母は僕が帰宅したことに気付くと声をかけてくれた。&lt;br&gt;&#13;
「お帰り～。あんたご飯食べないの？」&lt;br&gt;&#13;
「うん。食欲がないんだ。だから部屋にいるね」&lt;br&gt;&#13;
　僕はそれだけ言うと自室へと向かいベッドに寝そべった。&lt;br&gt;&#13;
　そのまま僕は天井を見つめて考え事をし始めた。&lt;br&gt;&#13;
（姉さんは僕に好意を抱いていて弟君は僕が好きだった。でも弟君は姉さんを選び僕を選ばなかった……。つまり僕は振られてしまったってことなのかな……。まあ、当然のことなんだけど……）&lt;br&gt;&#13;
　だがそんなことを考えていると胸の奥から熱い何かを感じた。その何かは徐々に僕の体を熱くしていき目頭が急に熱くなった。&lt;br&gt;&#13;
　そして僕は無意識のうちに涙を流すと自然と口角が上がったのだ。&lt;br&gt;&#13;
「あはっ……。あははっ……」&lt;br&gt;&#13;
　なぜ笑っているのか自分でも分からない。でも笑いが止まらなかった。&lt;br&gt;&#13;
　そして僕は思う。やはり僕にとってこの家族はかけがえのない存在なんだと。そして姉さんの幸せを願ってやまないのだと。&lt;br&gt;&#13;
　僕はこの瞬間決意した。姉が誰を選んでも僕は決して彼女のことを忘れないと。姉が選んだ相手がどんな人であろうとも姉のために力になろう。たとえそれが姉弟の関係が崩れるような選択だったとしても僕は喜んで受け入れるだろう。だってそれは今まで姉が与えてくれた愛情の証なのだから……。&lt;br&gt;&#13;
「ユウスケ（仮）。姉ちゃんが今からそっちに行ってもいいかな？ 大切な話があるの……。それとユウスケ（仮）に聞きたいことがあるの」&lt;br&gt;&#13;
　電話に出ると姉さんはいつもと変わらない口調で僕に声をかけてきた。&lt;br&gt;&#13;
　僕はそれに対して僕はこう返したのであった。&lt;br&gt;&#13;
「もちろんいいよ。それに聞きたいこととはきっと弟君のことだよね？……それなら直接聞こうよ。俺も姉さんに直接聞いてほしいんだ」&lt;br&gt;&#13;
「分かったわ。ならすぐに行くわ」&lt;br&gt;&#13;
　そう言うと彼女は電話を切った。&lt;br&gt;&#13;
　おそらく一分もしないうちに彼女がここに来ると思う。その前に気持ちを整理しなければならない。でないと彼女を悲しませてしまうかもしれないから……。&lt;br&gt;&#13;
「さあ、姉さんがくるまでに答えを出してしまおうか」&lt;br&gt;&#13;
　それから僕は彼女に気持ちを伝えるための言葉を何度も頭の中で復唱しながらその時が来るのを待っていたのである。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　***&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ねぇユウスケ（仮）。ちょっと時間ある？」&lt;br&gt;&#13;
　私は彼の部屋の扉を開けるなりそう問いかけた。&lt;br&gt;&#13;
　しかし彼は机に向かって勉強をしていたようでこちらを振り向かず返事だけした。&lt;br&gt;&#13;
「……どうしたの？」&lt;br&gt;&#13;
「うん。ちょっとユウスケ（仮）に聞きたいことがあったんだけど今は大丈夫？」&lt;br&gt;&#13;
　私がそう尋ねると彼は黙り込んだ。おそらくどう返答するか悩んでいるのだろう。&lt;br&gt;&#13;
　だがしばらくすると彼はゆっくりと顔を上げて私の方を見た。&lt;br&gt;&#13;
「別にいいけど……」&lt;br&gt;&#13;
　私はその言葉を聞くと同時に自分の部屋に鞄を置きに行くことにした。&lt;br&gt;&#13;
　正直なところ私の心は緊張でどうにかなってしまいそうなくらいバクバクしている。それでも今伝えなければいけないと思ったのだ。私は彼に言わなくてはいけないことが一つあったのだ。その事を告げるために私は彼に会いに来たのだ。そしてその一言で全てが終わる。&lt;br&gt;&#13;
　私は大きく深呼吸をして心の準備を整えてから彼に話しかけた。&lt;br&gt;&#13;
「ユウスケ（仮）。少し話したいことがあるの。大事な話が……」&lt;br&gt;&#13;
　私は勇気を振り絞って伝えた。これから言うことを言えばもう彼と話す機会はなくなってしまうであろうから……。&lt;br&gt;&#13;
「姉さん……俺は……」&lt;br&gt;&#13;
「待って！」&lt;br&gt;&#13;
「……ッ！？」&lt;br&gt;&#13;
　私は咄嵯に彼の言葉を遮ってしまった。理由は分からない。ただここで言わせてしまったらもう二度と伝えることができなくなるような気がしたからだ。&lt;br&gt;&#13;
　それだけではない。きっとこの話をすると私は泣いちゃう気がする。もう自分を抑えられる自信がなかったから。でもこのままではいけないと思った。だから私は思い切って告げることにしたのである。&lt;br&gt;&#13;
『私はユウスケ（仮）の事が大好きです』と。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　***&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　突然のことで何が起きたのか理解できなかった。ただ目の前にいる彼女から発せられた言葉の意味を理解すると次第に僕の体から汗が吹き出してきた。&lt;br&gt;&#13;
　そして同時に彼女の顔を見ることができなくなっていた。&lt;br&gt;&#13;
　僕は必死に冷静に振る舞おうとした。そして何とか言葉を紡ぎ出すことができた。&lt;br&gt;&#13;
「ね、姉さん……。いきなり何を言って……」&lt;br&gt;&#13;
　僕がそういうと彼女は一歩近寄ってきた。そして僕の顔を見上げると真剣な眼差しで僕に問いかけた。&lt;br&gt;&#13;
「ねぇ、ユウスケ（仮）は私じゃだめ？」&lt;br&gt;&#13;
「そんなことないよ！ 僕は姉さんのことは大好きだ」&lt;br&gt;&#13;
　僕には嘘をつくことができなかった。だってそれは本当のことだったから……。でも……&lt;br&gt;&#13;
「でもね……。でも弟君への好きとは違うんだ……。だからごめん。姉さんの期待に応えられなくて」&lt;br&gt;&#13;
　僕だってこんな形で告白するつもりはなかった。でも姉さんから想いを打ち明けられて動揺してしまった。だから僕はその感情のまま姉さんに返事をすることになってしまった。&lt;br&gt;&#13;
「そっかぁ～……。そうだよね。うん、分かっていたんだよ？ 　こうなるんじゃないかなって。でもね、やっぱり辛かったの。弟に先を越されてさ。だから今日、貴方に伝えようと決心して来たの。……ねぇ、ユウスケ（仮）。最後にわがまま聞いてもらってもいいかな？　 お願い……。私の願いを……」&lt;br&gt;&#13;
　僕は静かに首を縦に振った。僕自身姉さんの望みは出来る限り叶えてあげたいと思っていた。そして彼女は言ったのだ。&lt;br&gt;&#13;
「キスして……」&lt;br&gt;&#13;
「姉さんの……望みは分かったよ。でもどうしてそこまでする必要があるの？」&lt;br&gt;&#13;
　僕は彼女の望みを聞き入れた後で彼女にそう尋ねた。&lt;br&gt;&#13;
　すると彼女は目を潤ませながら僕を見つめてきた。&lt;br&gt;&#13;
「だってこれが最後の思い出なんだもん。だから少しでもいい……。一瞬でもいいの……。だからお願い……」&lt;br&gt;&#13;
　そんな顔されたら断れないじゃないか……。&lt;br&gt;&#13;
　まあ、僕も男だ。据え膳食わぬは男の恥というやつだ。それに僕は彼女と唇を重ねることに対して何も嫌悪感を抱いていない。それどころかむしろ望むところだった。&lt;br&gt;&#13;
「姉さん……。いくよ……」&lt;br&gt;&#13;
　僕は彼女の肩に手を置いてゆっくりと顔を寄せていった。&lt;br&gt;&#13;
　姉さんの顔はとても整っていてとても綺麗だった。&lt;br&gt;&#13;
　そしてあと数センチで唇と唇が触れ合うという時になって姉さんが僕の口元を抑えて動きを止めた。&lt;br&gt;&#13;
「姉さん……？ 　どうしたの？ 　もしかして嫌だった？　……ご、ごめん」&lt;br&gt;&#13;
「う、ううん。違うの……。ちょっと心の準備が出来ていなかったからさ……。だからちょっと待ってもらえるかな？……大丈夫。今度は大丈夫だよ」&lt;br&gt;&#13;
　そう言うと彼女は再び僕との距離を縮めてきた。&lt;br&gt;&#13;
　僕はそんな彼女を受け入れるように目を閉じる。そして僕らの唇が再び重なる直前、扉の開く音がした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　***&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ユウスケ（仮）に呼び出された私は彼の部屋に来ていた。&lt;br&gt;&#13;
　だけど私は彼の声を聞く前に部屋の扉の前で立ち止まってしまった。&lt;br&gt;&#13;
（あれはどういうことなのかしら？）&lt;br&gt;&#13;
　そこには彼と妹がいた。二人はまるで恋人同士のような雰囲気を出していた。&lt;br&gt;&#13;
　私の胸の中でモヤモヤとした何かが渦巻いているような気がする。そのせいで頭がうまく働かなかった。&lt;br&gt;&#13;
　そして二人の会話を聞いてしまった。私の心の中で渦巻いていたものが一気に吹き出してきそうになった。その気持ちを抑えることができなくなってしまった私は気がつくと走り出していた。&lt;br&gt;&#13;
　私は自分の部屋に駆け込むと自分の気持ちを抑えつけようとしたけどダメだった。私は自分の心の中に湧いて出た感情を制御できなかったのだ。&lt;br&gt;&#13;
（何なのよこれ！）&lt;br&gt;&#13;
　なんで……&lt;br&gt;&#13;
　何で私はあんな光景を見て喜んでいるのだろう？　&lt;br&gt;&#13;
　ただの弟であるはずのユウスケ（仮）の事が好きなだけなのに……。&lt;br&gt;&#13;
　おかしいじゃない……。私はあの子が欲しいだけなのだから……。&lt;br&gt;&#13;
　私はどうすれば良いのか分からなくなってしまっていた。ただ一つ言えることは私がこのままだと後悔するということだ。&lt;br&gt;&#13;
　でもどうやって伝えればよいのだろうか？&lt;br&gt;&#13;
　……正直なところ私には全くわからなかった。今までずっと弟として接してきた相手なのだから。でもきっと今言わなければもう伝えることができないかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。&lt;br&gt;&#13;
　だから私は意を決してユウスケ（仮）に話し掛けることにした。そして伝えた。&lt;br&gt;&#13;
　私はあなたが好きだと……。&lt;br&gt;&#13;
　そして私はユウスケ（仮）からの答えを聞かないうちにその場を離れた。&lt;br&gt;&#13;
「お姉ちゃん？　 どうかしたの？」&lt;br&gt;&#13;
　自室に戻ると心配そうな顔をしているユウスケ（仮）が居た。恐らく私の様子が変だということに気づいて様子を見に来てくれたのであろう。本当に良くできた子である。&lt;br&gt;&#13;
　私は彼に全てを話すことに決めた。この気持ちを伝えるためには彼に隠し事をしたままではいけないと思ったからだ。ただでさえ彼に負担をかけてしまっているのだ。ここでさらに嘘をつくなんてことはできなかった。例えそれが彼を悲しませる結果になろうとも。&lt;br&gt;&#13;
　だから私は全てを伝えた。&lt;br&gt;&#13;
「ねぇ、ユウスケ（仮）……。実はね、私あなたのことが大嫌いなのよ」&lt;br&gt;&#13;
　私から全てを告白されたユウスケ（仮）はとても辛そうに俯いてしまった。&lt;br&gt;&#13;
　ごめんなさい……。&lt;br&gt;&#13;
　でもこうでもしないとあなたに本当の気持ちを伝えられないと思うから……。&lt;br&gt;&#13;
　私は心の中でありったけの謝罪をした。でも、これで終わりではない。ここからは姉としての役目だ。だから私は彼に提案した。&lt;br&gt;&#13;
「だからね、最後にお願いがあるの……。私の最後のわがまま聞いてもらってもいいかな？」&lt;br&gt;&#13;
　ユウスケ（仮）は首を縦に振ってくれた。私はそのことに安堵した。&lt;br&gt;&#13;
「ありがとう……。それでね……。最後にね……キスしてくれないかな……」&lt;br&gt;&#13;
　自分でも驚くくらい弱々しい声で私はユウスケ（仮）にそう頼んだ。&lt;br&gt;&#13;
　そして私は目を閉じる。&lt;br&gt;&#13;
　そしてユウスケ（仮）の顔が近づいてくる気配を感じた。&lt;br&gt;&#13;
　私は目を閉じたままだったが彼の息遣いが間近に聞こえてきた。&lt;br&gt;&#13;
（ああ、私は今からこの子とキスをするのね）&lt;br&gt;&#13;
　そう思った瞬間、彼の唇が私の唇に触れていた。&lt;br&gt;&#13;
　そしてそれはすぐに離れていった。&lt;br&gt;&#13;
　私はゆっくりと目を開けた。&lt;br&gt;&#13;
　すると彼は少し恥ずかしそうにして頬を赤らめながら私を見つめてきていた。&lt;br&gt;&#13;
「えっと……、ごめん。やっぱり嫌だった……よね」&lt;br&gt;&#13;
　嫌じゃ無かったわよ……。&lt;br&gt;&#13;
　むしろ嬉しかったわよ……。&lt;br&gt;&#13;
　でも……&lt;br&gt;&#13;
「ううん……。違うの……。ごめん、やっぱり今のは無し……。ちょっと待って……。うん……。大丈夫……。落ち着いた……。うん、ありがとう。ユウスケ……。貴方は優しいのね。でも、そんな優しさはいらないわ。これからもいつも通りでいてくれるだけで十分よ。だからお願い……。もう私のことは忘れて……」&lt;br&gt;&#13;
「でも姉さんは僕の姉さんだよ。そんな事できないよ……」&lt;br&gt;&#13;
　ユウスケ（仮）は困ったように呟いた。&lt;br&gt;&#13;
　確かにその通りだ。私はこの子の姉なのだ。そしてそれ以上でもそれ以下でもない。でも……。それでも……、この子だけは……。&lt;br&gt;&#13;
「だから私は……、私は……っ！」&lt;br&gt;&#13;
「うん、分かった……。それなら僕はこれから姉さんの事は忘れることにするよ」&lt;br&gt;&#13;
「え……？　 ユウスケ……？　……本当に？ 　いいの？ 　そんな簡単に割り切れるの？ だって今までずっと一緒に暮らしてきたじゃない。家族だったじゃない。それなのに、そんな急に忘れられるものなの？ ねえ、本当にできるの？」&lt;br&gt;&#13;
「姉さんこそそんな泣きそうな顔しないでよ。それに大丈夫だよ。僕にとって姉さんはずっとお姉ちゃんでしかなかったし……。それに僕には好きな人がいるからさ。その人がもし僕を好きになってくれた時にちゃんと思い出せるようにしておかないとね」&lt;br&gt;&#13;
「……」&lt;br&gt;&#13;
　私が何も言えないでいるとユウスケ（仮）は私から離れていった。&lt;br&gt;&#13;
　もう会えない。その事が分かっていても私は何も言えなかった。そしてユウスケ（仮）は自分の部屋に戻っていった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　***&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　俺は今非常に焦っていた。何故ならば目の前で俺の偽物が妹に迫っているからだ。&lt;br&gt;&#13;
　どうしてこんなことになってしまったのか？&lt;br&gt;&#13;
　 理由は簡単である。先ほど妹から電話があったのだ。内容は『兄貴の部屋に来てほしい』ということだった。だからこうして彼女の部屋までやってきたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそこには俺の偽物がいたのだ。それも妹のベッドの上で！&lt;br&gt;&#13;
 　どうしよう？　この光景は一体どうすれば良いのか全く分からない。&lt;br&gt;&#13;
　とりあえずこのまま放置するわけにもいかないからな……。&lt;br&gt;&#13;
　だからといって下手に動くこともできなかった。&lt;br&gt;&#13;
　だからしばらく二人のやり取りを見ていたのだが……。正直見てられないな……。&lt;br&gt;&#13;
「なあ、もう止めにしたらどうなんだ？ 　そんなことをしても無駄だとお前も分かっているだろう？」&lt;br&gt;&#13;
　だが偽物は首を横に振るばかりであった。どうやら自分のしていることの意味を本当に理解できていないらしい。&lt;br&gt;&#13;
　そしてとうとう行動に出たようだ。何を血迷ったか奴が動いたのである。なんと、妹の上へと覆いかぶさり、その口を塞ごうとしたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　流石にこれ以上見過ごすことはできまい。俺は咄嵯に飛び出した。&lt;br&gt;&#13;
「何してんのあんた！？　 ふざけてんじゃないわよ！！」&lt;br&gt;&#13;
　そして渾身の右ストレートを顔面にぶちかました。&lt;br&gt;&#13;
　吹っ飛んでいく偽物を横目に俺は妹の元へと向かった。&lt;br&gt;&#13;
「大丈夫か？　 何かされなかったか？」&lt;br&gt;&#13;
「えっと……うん、大丈夫。ありがとう。でもどうしてここに居るってわかったの？」&lt;br&gt;&#13;
　まぁ普通は疑問を抱くところであろうな……。&lt;br&gt;&#13;
　だからと言って答えられるようなことでもないんだけどな……。&lt;br&gt;&#13;
　ここは適当に誤魔化しておくことにしよう。&lt;br&gt;&#13;
「たまたま散歩中にお前の姿を見かけたんでな……。それで気になったからついてきたんだよ」&lt;br&gt;&#13;
　嘘は言ってない。&lt;br&gt;&#13;
「ふーん、そうだったんだ……。それで結局、あれは何なの？」&lt;br&gt;&#13;
「分からん……」&lt;br&gt;&#13;
「そう……」&lt;br&gt;&#13;
　それだけ言うと、何故か妹は少しだけ頬を膨らませて拗ねた表情を見せた。そして小さな声でこう言った。&lt;br&gt;&#13;
「もしかして私の部屋に二人っきりになれたと思ってたとか思ってたのかな？」&lt;br&gt;&#13;
「いや……そんなことはないぞ……。決してそんなことはない」&lt;br&gt;&#13;
「そっか……。なら良かった……」&lt;br&gt;&#13;
　妹がほっとしているようだったので、一応確認のために訊いてみることにした。&lt;br&gt;&#13;
「あのさ、もしかしてキスしようとしてたことが嫌だったんじゃなくて、キスされそうになっていたことが気に食わなかったのかな？」&lt;br&gt;&#13;
「ち、違うよっ！！ 別にそういう意味でもなかったからっ！」&lt;br&gt;&#13;
　いやいや明らかに図星っぽい反応じゃないか……。&lt;br&gt;&#13;
　それにそんなに真っ赤になって言われてもな……。&lt;br&gt;&#13;
　というよりこれってつまりそういうことなのか？&lt;br&gt;&#13;
　うむ、実に悩ましいな……。どうすべきだろうか……。&lt;br&gt;&#13;
　よし、少しカマをかけてみることにしよう。これで反応を見て判断するとするか……。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあさ、ユウスケ（仮）のことどう思う？ 俺はあんな変態よりもあいつの方がまだマシだと思うけど……。少なくとも女の子に対して襲い掛かろうとする奴なんて論外だろ」&lt;br&gt;&#13;
　すると、予想通り妹は顔をさらに赤く染めながら俯いた。&lt;br&gt;&#13;
　これは間違いないだろう。いやまぁ薄々そんな予感はしていたんだよ……。&lt;br&gt;&#13;
　でもさ、こういうのってなかなか認めるのが難しいものだからね。&lt;br&gt;&#13;
　だから仕方ないんだ。だからもう認めちゃおうぜ。&lt;br&gt;&#13;
「もしかして、あいつの事が好き……、だったりするのかな？」&lt;br&gt;&#13;
　俺がそう問いかけると、彼女は消え入りそうな声を出しながらも何とか言葉を絞り出そうとしているように見えた。&lt;br&gt;&#13;
「……、好きっていうか、ちょっと憧れていたっていうかさ……。だからその、ええと……、ごめんなさい……。私やっぱりユウスケの事が好きだわ」&lt;br&gt;&#13;
「そう……、やっぱり好きだったのか……。ちなみにどこが好きなの？」&lt;br&gt;&#13;
　すると彼女はとても嬉しそうな笑みを浮かべてから答えてくれた。&lt;br&gt;&#13;
「やっぱり優しいところだよ。それに頭も良いし、スポーツもできるし。でも一番はやっぱりカッコいいからだよ。ユウスケの顔を見た時にね、胸がドキドキしたの……。ああこの人は凄いな、私とは違うなって……。それからはずっとずっと貴方のことを見ていたの……。ずっとずっと見ていたかったの……。ねえ、私と付き合ってくれない？　 きっと私達ならうまくやっていけると思うの」&lt;br&gt;&#13;
　その告白は俺にとっては嬉しいものであった。&lt;br&gt;&#13;
　だが俺は彼女の想いに応えることはできない。だって俺には心に決めた人がいるから……。&lt;br&gt;&#13;
　そして何よりも俺と彼女とでは生きる世界が違うからな……。&lt;br&gt;&#13;
　だから俺は正直に伝えた。&lt;br&gt;&#13;
「すまない……。俺には心に決めている人がいるんだ。その人以外には考えられないんだ……。だから君の気持ちには応えることができない。本当に申し訳ないと思っている……。だからこの話は忘れてくれ。これからはただの兄弟関係に戻るんだ。いいな？」&lt;br&gt;&#13;
　すると妹は悲しげに微笑んでから小さく呟いた。&lt;br&gt;&#13;
「そっか……。うん、分かった……。でも私は諦めないから……。だから待っていて。私が貴方に相応しい女になるその時まで」&lt;br&gt;&#13;
　こうして二人の奇妙な恋愛劇は終わりを告げた。&lt;br&gt;&#13;
　しかしこれが新たな物語の始まりとなるとは、この時の俺たちはまだ知る由も無かった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
『あとがき』&lt;br&gt;&#13;
　どうもお疲れ様です！　 作者の緋色ゆぅりでございます。いかがでしたでしょうか？ 　今回の『ラブ・メモリーズ』&lt;br&gt;&#13;
　今回は『妹』がメインのお話となっております！　 次回からはメインヒロインの出番もどんどん増えていく予定なので、楽しみにしていてください！&lt;br&gt;&#13;
　 あと、今度から毎日投稿に戻したいと思いますので宜しくお願いします。ではまた～（^o^）/ &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２２夏企画（リハーサル）&lt;br&gt;&#13;
テーマ：『喜怒哀楽』&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
【コメント】&lt;br&gt;&#13;
本作品は、ＡＩ小説サイトで作成したものです。&lt;br&gt;&#13;
以下の書き出しと設定を入力して、あとはＡＩが勝手に書いてくれました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
＜書き出し＞&lt;br&gt;&#13;
　僕の兄弟は喜怒哀楽だ。&lt;br&gt;&#13;
　だって妹は喜び、姉さんは怒り、弟は哀しみ、僕は楽しんでいるんだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それはある日のこと、&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
＜設定＞&lt;br&gt;&#13;
登場人物は、俺と妹と姉と弟。&lt;br&gt;&#13;
妹は喜ぶ。&lt;br&gt;&#13;
姉は怒る。&lt;br&gt;&#13;
弟は哀しむ。&lt;br&gt;&#13;
俺は楽しむ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　書き出しと設定以外に人間がやったことは、以下の２つです。&lt;br&gt;&#13;
１）スペースと改行の挿入&lt;br&gt;&#13;
２）ストーリーが兄弟姉妹と関係なくなった時、そこまでの展開を削除して、削除した直前から作成のやり直し&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ストーリーが兄弟姉妹と関係なくなったというのは、例えば主人公が家を出て一人で街を歩く展開になった時などです。このような削除は、３回くらい行いました。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　結果、わけの分からない作品が出来上がりました。まあ、ＡＩが書いたものですので、気楽に読み流してやって下さい。やっぱり人間にしかできないことがあるんだなぁと、改めて感じました。あと、勝手に『あとがき』を書いてくれるとは思いませんでした。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>誰かがタマネギを炒めている</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/05/20/9492419</link>
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      <pubDate>Fri, 20 May 2022 23:09:11 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-05-20T23:13:43+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-05-20T23:11:39+09:00</dcterms:created>
      <description>　ついに携帯タマネギ炒め機が発売された。コンパクトでバッグの中に入れておくだけで面倒なタマネギ炒めが出来るという優れモノだ。&lt;br&gt;&#13;
『さて、今夜私がいただくのは、帰りながら炒めた飴色タマネギです』&lt;br&gt;&#13;
　このテレビＣＭが大ヒット。家に着いた時の飴色タマネギが実に美味しそうで、食欲をそそるのである。おかげで炒め機はバカ売れ、いつの間にか『ケイタマネ』の愛称で呼ばれるようになった。&lt;br&gt;&#13;
　しかし良いことばかりが起きるとは限らない。&lt;br&gt;&#13;
「うわぁ、目が、目がぁ?っ！」&lt;br&gt;&#13;
「誰だ、電車の中でケイタマネの蓋を開けたのは！？」&lt;br&gt;&#13;
　そんな事故が頻発する。満員電車なら最悪だ。&lt;br&gt;&#13;
　たちまち「絶対蓋が開かないケイタマネカバー」なる商品が次々と発売され、新たに法律も整備される。公衆の集合する場所で稼働中のケイタマネの蓋を開け、若しくはこれをさせた者は軽犯罪法違反として罪に問われ、一日以上三十日未満の拘留または千円以上一万円未満の科料が科されることになり、事故は劇的に減少した。&lt;br&gt;&#13;
「やっぱ、飴色タマネギだよね」&lt;br&gt;&#13;
「蓋を開けた時の幸福感は半端ないね」&lt;br&gt;&#13;
　日本中を平和が包み込む。今日もあなたの隣りでは誰かがタマネギを炒めている。 &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/187.html"&gt;５００文字の心臓　第１８７回「誰かがタマネギを炒めている」投稿作品&lt;/a&gt;（&lt;a href="http://microrrelato.net/title/kings/-2022.html"&gt;☆逆選王&lt;/a&gt;）
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>茜の中のアオの少女</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/05/19/9492086</link>
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      <pubDate>Thu, 19 May 2022 21:19:57 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-05-19T21:21:25+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-05-19T21:21:25+09:00</dcterms:created>
      <description>　僕は知らなかった。&lt;br&gt;&#13;
　登校中、毎日のように眺めていた裏山に。&lt;br&gt;&#13;
　何もないと初めから諦めていた高校の裏山に。&lt;br&gt;&#13;
　こんなにも美しい場所があったなんて。&lt;br&gt;&#13;
「ほら、私の言った通りでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
　放課後、この場所を案内してくれた幼馴染の夕陽崎茜（ゆうひざき　あかね）はそっと僕の手を握る。そんな彼女の勇気に鈍感になってしまうほど、僕は目の前の景色に心を奪われていた。&lt;br&gt;&#13;
　林の中にひっそりとたたずむ溜池。&lt;br&gt;&#13;
　土手によって溜められた二十五メートルプールくらいの水面が、キラキラと光る木漏れ日を浴びて見事な青色に輝いているのだ。&lt;br&gt;&#13;
「まるで青い池じゃないか……」&lt;br&gt;&#13;
「青い池？」&lt;br&gt;&#13;
「そういう名所があるんだよ北海道に。僕も行ったことはないけど」&lt;br&gt;&#13;
　死ぬまでには必ず行きたい場所。&lt;br&gt;&#13;
　駅の観光ポスターを見たとき、その魅惑的な青色に運命を感じたんだ。これは絶対、自分が行くべき場所なのだと。だからすぐにネットで検索し、スマホの画面に表示される美しい映像を確固たる決意として心のスクリーンに定着させてきた。&lt;br&gt;&#13;
　そんな夢にまで見た景色が今、目の前に広がっている。&lt;br&gt;&#13;
「私が見つけたんだからね。他の人には内緒だよ？」&lt;br&gt;&#13;
　ここに辿り着くまでいくつも畑を越え、林の中の小路を登ってきた。おそらくほとんどの生徒は知らないだろう。&lt;br&gt;&#13;
「もちろんだよ」&lt;br&gt;&#13;
　僕は手を握り返し、二人の秘密をこの場所に誓う。心からの感謝と共に。&lt;br&gt;&#13;
　それにしても、ただの溜池がこれほどまでに美しく青色に輝くことがあるのだろうか。いや、現実に目の前に存在しているのだから、北海道の青い池と同じメカニズムが偶然にもこの場所で起きているのだろう。&lt;br&gt;&#13;
　すると不思議なことが起きた。水面を覆っていた青色がぷるんと揺れたかと思うと、細かな粒子となって水面から数センチほど浮き上がったのだ。いや、違う。元々細かな粒子が水面を覆っていて、それが急に動き出したと表現した方がいい。キラキラと光る渦巻となった青き微粒子は、細い空気の流れとなって茜の鼻の穴から彼女の体の中に吸い込まれていった。&lt;br&gt;&#13;
　それは一瞬の出来事だった。&lt;br&gt;&#13;
「大丈夫か？　茜！？」&lt;br&gt;&#13;
　僕は繋いでいる手を開放し、立ったまま目をつむる彼女の肩を掴む。何も反応しない茜は気を失っているようだった。&lt;br&gt;&#13;
「おい！　茜！　茜っ！？」&lt;br&gt;&#13;
　強く肩を揺さぶる。すると彼女はゆっくりと目を開けたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「あなたは……風野透（かぜの　とおる）くんね」&lt;br&gt;&#13;
　瞳の奥には、茜とは全く異なる人格がいた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あなたを視界に捉えたとたん、この体の脳の副腎髄質からノルアドレナリンが分泌されて大脳皮質の『風野透』という言葉と結びついた。だからあなたは風野透くん。間違ってないでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
　僕は大声で叫びたかった。お前は誰なんだと。&lt;br&gt;&#13;
　しかし涼しい顔で難しい単語を次々と発する艶やかな唇に、不覚にもドキリとする。&lt;br&gt;&#13;
　茜の顔なのに茜とは完全に異なる振る舞い。そのギャップはなにかすごく新鮮だった。&lt;br&gt;&#13;
「そしてこの体は夕陽崎茜。大脳皮質の一番深いところにその単語が刻まれている」&lt;br&gt;&#13;
　そう言いながら彼女は茜の体を見回している。&lt;br&gt;&#13;
　全く掴めない状況、茜の中にいる得体の知れない存在、訊きたいことが山ほどありすぎて言葉が出てこない。&lt;br&gt;&#13;
「き、君は……？」&lt;br&gt;&#13;
　かろうじて口から出たのは、質問とは呼べぬような呟きだった。&lt;br&gt;&#13;
「私はアフェクティブオキシジェン（Affective Oxygen）。知性を持った酸素分子ってところね。頭文字をとってＡＯ（アオ）って呼んでもらっていいわ」&lt;br&gt;&#13;
「酸素分子……？」&lt;br&gt;&#13;
　理解できない。&lt;br&gt;&#13;
　酸素分子が知性を持ってるなんて、十七年の僕の人生の中でも初めて聞く知見だ。&lt;br&gt;&#13;
「そう、酸素分子よ。だから心配しないで、健康には何も害は無いから。ただし、私が中にいる間は彼女のすべてをコントロールさせてもらうけどね」&lt;br&gt;&#13;
　酸素分子だから人間の体をコントロールできる。理解できそうだけど承服できない怪奇現象だ。&lt;br&gt;&#13;
　すると目の前の少女は伏せ目がちにふっと溜息をついた。&lt;br&gt;&#13;
「やっぱり疲れるわね。脳内を解析しながら体をコントロールするのは」&lt;br&gt;&#13;
　少しよろけながら僕に体を預けてきたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「ちょ、ちょっと……」&lt;br&gt;&#13;
「離脱するからちゃんと体を支えていてあげてね」&lt;br&gt;&#13;
「いやいや待ってよ。離脱って？」&lt;br&gt;&#13;
「文字通り離脱よ。この体から離れるの。いきなり脱力するから気をつけて。ほら、腕でしっかりと彼女の体を支えてあげるの」&lt;br&gt;&#13;
　強い口調に気圧され、僕は慌てて彼女の背中に手を回す。何があっても茜が倒れてしまわないように。&lt;br&gt;&#13;
「そうそう、そんな風にね。抱きしめる感じで」&lt;br&gt;&#13;
　幼稚園の頃から見慣れてきた茜の体。だから誰よりも知っていると思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　が、実際に触れてみて驚く。&lt;br&gt;&#13;
　華奢な肩、甘い香り、そして制服越しでも分かる胸の柔らかさ。幼稚園や小学校の頃からは全く想像できない高校生の茜がそこにいた。身長だって一六◯センチだ。一七◯センチになった僕は、そんな茜のことを何も知らなかった。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、またね」&lt;br&gt;&#13;
　ドキドキと鼓動が高鳴る僕をよそに、茜の鼻から青い微粒子が放出される。刹那、彼女の全体重が僕の腕にのしかかってきた。&lt;br&gt;&#13;
　重い。女性に対してこんなことを言うのもなんだけどすごく重い。意識のない人を支えるのってこんなにも大変なものとは思わなかった。&lt;br&gt;&#13;
「うーん……」&lt;br&gt;&#13;
　倒れないようにとぎゅっと抱きしめた瞬間、茜の人格が戻ってくる。&lt;br&gt;&#13;
「えっ、ええっ！？　ちょっと何やってんのよ。エッチ！　透のバカっ！」&lt;br&gt;&#13;
　思わず背中に回した手の力を緩める。その隙を見逃さず、茜は僕の手を振りほどいた。&lt;br&gt;&#13;
「今はダメ。もっとロマンチックな時だったらいいけど……って、あれ？　青い光が消えてる……」&lt;br&gt;&#13;
　溜池を見るとすでに光は失われている。アオもどこかに行ってしまったようだ。&lt;br&gt;&#13;
　知性を持つ酸素分子、アオ。そんなものが存在するなんて誰が信じるだろうか。&lt;br&gt;&#13;
　今さっきこの場所で起きたことを、僕は茜に話せずにいた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　＊&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ふん、ふふん……」&lt;br&gt;&#13;
　次の日の朝、一緒に登校する茜はなぜか上機嫌だった。柄にもなく鼻歌なんて歌っている。&lt;br&gt;&#13;
「今日も一緒に行こうよ、あの青い池に」&lt;br&gt;&#13;
　恥ずかしそうに向けてくる上目遣い。それで僕は理解した。茜はなにか勘違いしてる。&lt;br&gt;&#13;
　が、それは僕にとっても好都合だ。またアオに遭いたい。それには茜と一緒にあの場所に行く必要があった。&lt;br&gt;&#13;
「わかった」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、放課後に昇降口でね。ところで透って花粉症？」&lt;br&gt;&#13;
　いきなり何を訊いてくるのだろう。今はもう五月だ。花粉症の時期はとっくに過ぎている。&lt;br&gt;&#13;
「違うけど？」&lt;br&gt;&#13;
「昨日からなんか鼻がムズムズするのよね。ほら花粉症って一年中あるって言うじゃない」&lt;br&gt;&#13;
　確かに。スギやヒノキ以外の花粉症の可能性が――っていやいやそうじゃないだろ。&lt;br&gt;&#13;
　僕は思い出す。昨日アオが出入りした場所は彼女の鼻だった。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ花粉症かもね」&lt;br&gt;&#13;
　僕がうそぶくと、彼女は不思議な話を始めたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「青い池でそんな花粉が飛んでたのかな？　そういえばあそこで私、変なこと思い出したんだよね」&lt;br&gt;&#13;
「それって？」&lt;br&gt;&#13;
「自分の名前の由来を両親から聞いた時のこと。そして透の名前を初めて覚えた時のこと。なんでだろうね？」&lt;br&gt;&#13;
　なんでだろうって、そりゃ、あの時だよ。&lt;br&gt;&#13;
　確かアオは昨日、茜の脳内から二人の名前を探り当てていた。もしかしたらそれが『思い出した』出来事として茜の意識に刻まれたんじゃないだろうか。茜には言えないけど。&lt;br&gt;&#13;
「なんか授業でそんなことやったんじゃない？　現代文か歴史とかで名前に関する話があったとか？」&lt;br&gt;&#13;
　またもや適当に答えてみる。&lt;br&gt;&#13;
　茜とはクラスが違う。彼女がどんな授業を聞いたなんて分からないから適当なことなら何でも言える。&lt;br&gt;&#13;
　すると茜は「うーん、そうかもね」と頷いた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　放課後。二人で裏山の溜池に行くと、水面は今日も青く輝いていた。&lt;br&gt;&#13;
「すごく綺麗だよね、ここ……」&lt;br&gt;&#13;
「ああ」&lt;br&gt;&#13;
　二人で並んで土手の上から池を眺める。すると茜は恥ずかしそうに僕の手を握ってきた。&lt;br&gt;&#13;
　僕も彼女の手を握り返す。またアオと話したいと願いを込めて。&lt;br&gt;&#13;
　願いが通じたのか、立ち上がる青の微粒子は昨日と同様に渦を巻きながら茜の鼻の中に吸い込まれていった。&lt;br&gt;&#13;
「今日はノルアドレナリンがドバドバね。一体何をしたのよ、少年は」&lt;br&gt;&#13;
　アオの第一声は、またもや茜の脳内解析についてだった。&lt;br&gt;&#13;
　少年と呼ばれた僕は、思わず丁寧な口調で話し始めてしまう。&lt;br&gt;&#13;
「それは、僕たちが手を繋いでいるからです」&lt;br&gt;&#13;
　するとアオは握った手を引っ込める。&lt;br&gt;&#13;
「本当だわ。ノルアドレナリンの分泌量も減った。しかし手を繋ぐっていいものね」&lt;br&gt;&#13;
　他にもあんなことやこんなこともあると言ってみたい。でもそれは僕にとっても未体験ゾーンだし、そもそも茜の体を勝手に使うなんて失礼極まりなく、後で知られたら怒られること間違いなし。&lt;br&gt;&#13;
　だから真面目な話題に変えてみる。&lt;br&gt;&#13;
「アオさんって酸素分子なんですよね。酸素分子は無色って習いました。でもなんでアオさんは、あんなに綺麗に青色に光ってたんですか？」&lt;br&gt;&#13;
　これは純粋な興味だ。&lt;br&gt;&#13;
　そのメカニズムが分かれば、本家本元の青い池の参考にもなるだろう。&lt;br&gt;&#13;
「それはね、レイリー散乱のおかげなの」&lt;br&gt;&#13;
　レイリー散乱？&lt;br&gt;&#13;
　また難しい言葉が彼女の口から飛び出した。やっぱりこの存在は茜ではない。&lt;br&gt;&#13;
「少年は可視光の波長ってどれくらいだか知ってる？」&lt;br&gt;&#13;
　話の内容が全く分からない。&lt;br&gt;&#13;
　難しいことを口にする茜はちょっと魅力的だったけど、ここまで理解できないと自分が嫌になる。&lt;br&gt;&#13;
「何ですか？　そのカシコーって？」&lt;br&gt;&#13;
「カシコーじゃなくて可視光よ。目に見える光のことで、三八〇ナノから七八〇ナノメートルが波長なの」&lt;br&gt;&#13;
　もう諦めた。どうせ分からないんだったら難しい文学や漢詩でも聞いていると思えばいいんだ。&lt;br&gt;&#13;
「この波長よりも小さな粒子に光が当たるとレイリー散乱が起きるんだけど、青い光ほど周囲に散らばるのよ」&lt;br&gt;&#13;
　楽しそうに話を続ける茜の中の存在。&lt;br&gt;&#13;
　こうしてじっくり眺めてみると、茜って結構可愛いと思う。&lt;br&gt;&#13;
　少し垂れめの二重の大きな瞳。柔らかそうな丸めの頬に、唇も少し厚めな感じが特徴だ。&lt;br&gt;&#13;
「一方、酸素分子の大きさは〇・三五ナノメートル。可視光の波長の千分の一以下だから、大気中でレイリー散乱が起きて空が青く見えるの」&lt;br&gt;&#13;
　なんとなく分かってきた。&lt;br&gt;&#13;
　茜ってすごく女性的な容姿なんだ。だからいつものバカ話はギャルっぽく見えてしまう。でも難しい話を楽しそうに話す瞳の輝きは、新鮮で魅力的に感じてしまうんだ。&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、わかった？　私たち酸素分子が青く光るメカニズム」&lt;br&gt;&#13;
「え？　えっ……」&lt;br&gt;&#13;
　まずい、全く聞いていなかった。&lt;br&gt;&#13;
　青く光るメカニズム？　いやいや全然わからない。だから僕は適当なことを言ってみる。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、赤い光はどこに行っちゃったんですか？」&lt;br&gt;&#13;
　青と来たら対は赤だろう。カスタネット、ゲーム機のコントローラー、童話の鬼だってそうだ。&lt;br&gt;&#13;
　しかしこの言葉がアオの解説心に火をつけてしまう。&lt;br&gt;&#13;
「おっ、いいところに気がついたね少年。じゃあ、赤い光と青い光の違いを説明するよ」&lt;br&gt;&#13;
　しまった藪蛇だ、と思いきや&lt;br&gt;&#13;
「スキーで例えるとね、青い光がモーグラーで赤い光が基礎スキーヤーなの」&lt;br&gt;&#13;
　ん？　ちょっと分かりやすくなったかも？&lt;br&gt;&#13;
「そして私たち微粒子がジャンプ台。じゃあ、青い光が私たちに出会うとどうなる？」&lt;br&gt;&#13;
　えっと、青い光がモーグラーで微粒子はジャンプ台だから&lt;br&gt;&#13;
「ジャンプする」&lt;br&gt;&#13;
「そう、バックフリップとかコークスクリューとかやっちゃうのよ。青いウエアーを見せびらかしながら派手にね」&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そうだろう。モーグラーだったら間違いなくメイクする。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、赤い光はどうすると思う？　少年」&lt;br&gt;&#13;
「赤い光も……ジャンプする？」&lt;br&gt;&#13;
「しないわよ、基礎スキーヤーなんだから。ジャンプ台なんて避けて、さっさと先に行っちゃうの」&lt;br&gt;&#13;
　まあ、言われてみたらそうなのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
「青い選手ばかりがジャンプする。するとゲレンデはどういう風に見える？」&lt;br&gt;&#13;
「青く染まる」&lt;br&gt;&#13;
「そう。それが空が青かったり、青い池が美しく光るメカニズムなの」&lt;br&gt;&#13;
　へえ、なんか分かったような、分からないような……。&lt;br&gt;&#13;
　ここで僕ははたと思う。そもそも赤い光の話だったんじゃないか――と。&lt;br&gt;&#13;
「で、赤い光はどこに行っちゃったんですか？」&lt;br&gt;&#13;
「それについては明日ね。なんか疲れてきちゃった。明日は茜ちゃんを海に連れてきて。そこで説明してあげるから。じゃあね……」&lt;br&gt;&#13;
「ちょ、ちょっと！」&lt;br&gt;&#13;
　いつもいきなりなんだから、と憤る間もなく僕は茜を抱きしめる。&lt;br&gt;&#13;
　アオは今日も、脱力する茜を残して鼻から空に去って行った。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　＊&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「どうしたの透。急に海に行こうだなんて」&lt;br&gt;&#13;
「暖かくなってきたし、ちょっと潮風に当たりたくなってね」&lt;br&gt;&#13;
　僕たちが住む町は海に面している。&lt;br&gt;&#13;
　自宅から二十分ほど自転車を走らせれば、そこはもう海なのだ。&lt;br&gt;&#13;
「久しぶりだね、透と海に行くの。透は覚えてる？　幼稚園の頃、家族でよく行ってたこと」&lt;br&gt;&#13;
「ああ」&lt;br&gt;&#13;
　と返事をしてみたものの、実はよく覚えていない。&lt;br&gt;&#13;
　両親からは僕と茜の微笑ましいエピソードを山ほど聞いているのだが。&lt;br&gt;&#13;
「それよりも花粉症は大丈夫？」&lt;br&gt;&#13;
　今日は僕からの一方的なお願いで、一緒に川沿いのサイクリングロードを自転車で走っている。花粉症がひどくなったら申し訳ない。あれが花粉症だったらの話だけど。&lt;br&gt;&#13;
「うん、今は大丈夫。昨日はちょっと鼻がムズムズしたけどね」&lt;br&gt;&#13;
　やはり花粉症じゃないのかな。昨日もアオは茜の鼻を通過していた。&lt;br&gt;&#13;
「そうそう、昨日も不思議な夢を見たの。透と一緒にスキーに行く夢。透はガシガシとコブを滑っててさ、途中でジャンプするわけ。透もあんなことできるんだね、カッコよかったよ」&lt;br&gt;&#13;
　いやいや、出来るわけがない。それはアオの妄想の世界の話だから。&lt;br&gt;&#13;
　でも脳内世界とはいえ、アオが僕のことを華麗にジャンプさせてくれたのは嬉しかった。&lt;br&gt;&#13;
　そんな話をしているうちに海に到着する。子供の頃からよく訪れた海岸だ。&lt;br&gt;&#13;
　アオのリクエストだから海に来てみたのだが、ちゃんと待ってくれているのだろうか。海が青く光っているわけでもないし。それどころか太陽はその高度を下げつつあり、海は赤く染まろうとしている。&lt;br&gt;&#13;
「なつかしいね、この場所」&lt;br&gt;&#13;
「ああ」&lt;br&gt;&#13;
　茜と一緒に、海が見える草地に腰を下ろす。&lt;br&gt;&#13;
　髪を揺らす潮風。ザザーと揺らぎを持った波音の繰り返し。今日は本当に暖かくて心地いい。すると僕は突然、眠気に襲われてしまったんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「とおるはしってる？　なんでわたしのなまえが、あかねっていうのか」&lt;br&gt;&#13;
「しらないけど」&lt;br&gt;&#13;
「それはね、ここでみれるゆうひが、とてもきれいだからなんだって」&lt;br&gt;&#13;
「へえ」&lt;br&gt;&#13;
「それでね、ゆうひがきれいなときは、ちゅーするんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「ちゅー？」&lt;br&gt;&#13;
「いいから。とおるは、めをとじてて」&lt;br&gt;&#13;
「…………」&lt;br&gt;&#13;
「もう、あけてもいいよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ゆっくりと目を開ける。&lt;br&gt;&#13;
　どうやら眠ってしまっていたようだ。茜の膝の上で。&lt;br&gt;&#13;
　それにしても懐かしい夢だった。あの出来事は幼稚園の頃だっただろうか。&lt;br&gt;&#13;
　それよりもなんだか鼻がムズムズする。僕も花粉症になっちゃったのかも――と思ったところで自分が置かれた状況に改めて気づく。&lt;br&gt;&#13;
「ええっ、膝の上！？」&lt;br&gt;&#13;
　慌てて起き上がろうとすると、茜に押さえつけられてしまった。&lt;br&gt;&#13;
「もうちょっと横になってて欲しいかな少年。今、膝枕のデータを収集しているところだから」&lt;br&gt;&#13;
　茜の体を支配しているのはアオだった。僕は膝枕されたまま彼女の顔を見上げる。&lt;br&gt;&#13;
「来ないかと思ったよアオは。だってここには青く光る場所なんてないじゃないか」&lt;br&gt;&#13;
　アオは呆れた表情で僕を見下ろす。&lt;br&gt;&#13;
「私は酸素分子なのよ。どこにだって移動できるし、青く光る必要だってないんだから」&lt;br&gt;&#13;
　そう言われればそうなのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
「それに約束したでしょ？」&lt;br&gt;&#13;
　アオは前を向く。僕も彼女が見つめる海に目を向けた。&lt;br&gt;&#13;
　太陽が沈もうとしている空は、見事に赤く染まっていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今、見えてる太陽の光はね、遥か西の昼下がりの地域とか、そういういろいろな空を通過して来た光なの」&lt;br&gt;&#13;
　夕陽の方角は西だ。西にどんどん進んでいけば、まだ昼下がりの地域になるのだろう。&lt;br&gt;&#13;
「昨日は青と赤のスキーヤーの話をしたよね。青のモーグラーと赤の基礎スキーヤーの話」&lt;br&gt;&#13;
「ああ、覚えてる」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、青のモーグラーはジャンプ台でどうする？」&lt;br&gt;&#13;
「ジャンプする」&lt;br&gt;&#13;
「そう、それが昼下がりの地域の空の色。じゃあ、赤の基礎スキーヤーは？」&lt;br&gt;&#13;
「ジャンプしない」&lt;br&gt;&#13;
「だから遠くまで滑ることができるの」&lt;br&gt;&#13;
　そうか、そういうことなのか。&lt;br&gt;&#13;
　昼下がりの地域で青はジャンプしてしまい、遠くまでやって来ない。代わりにやって来るのは赤のスキーヤーなのだ。&lt;br&gt;&#13;
「それで夕焼けは赤いのか」&lt;br&gt;&#13;
「そうよ。分かった？」&lt;br&gt;&#13;
　空が青い地域があるから、その先に赤い地域もある。まさか両者が一体になっているとは思ってもいなかった。&lt;br&gt;&#13;
「よく分かったよ。ところでそろそろ起き上がっていい？」&lt;br&gt;&#13;
　膝枕のデータは取得できたのだろうか。&lt;br&gt;&#13;
　しかしアオは、驚くべきリクエストを口にしたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「その前に……キスしてもいい？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――キスしてもいい？&lt;br&gt;&#13;
　そのリクエストに答えるならば、僕は茜とキスすることになる。いや、中身はアオなんだから僕がキスするのはアオ？&lt;br&gt;&#13;
「膝枕のデータはとても興味深かったわ。ゆったりと心が満たされることがよくわかった。だったら最後にキスのデータも取りたいの」&lt;br&gt;&#13;
「最後に？」&lt;br&gt;&#13;
　確かにアオはそう言った。まるで別れが迫っているように。&lt;br&gt;&#13;
「この世界には不幸にも色を失っている地域がある。そこに青や赤の輝きを与えることが私の使命。だからこれ以上、ここには留まれない」&lt;br&gt;&#13;
　そこまで言われたら引き留めることは出来ないだろう。そもそも酸素分子なんだから、引き留めること自体が不可能だ。&lt;br&gt;&#13;
　もっとアオと話をしてみたかったけど、それは僕個人の事情でしかない。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそれとキスとは別だ。&lt;br&gt;&#13;
　なぜなら、僕にとってはファーストキスなのだから。&lt;br&gt;&#13;
「ごめん……僕はアオとはキスできない」&lt;br&gt;&#13;
「どうして？　少年は茜ちゃんのこと大切に思ってるじゃない？」&lt;br&gt;&#13;
「でも、今の中身はアオだ」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、中身も茜ちゃんになってあげる。私は彼女の大脳皮質や海馬の情報を読み取ることができる。そこから少年に対する気持ちも記憶も復元することができる。それってもう、茜ちゃん自身でしょ？」&lt;br&gt;&#13;
「…………」&lt;br&gt;&#13;
　それは違うと思う。&lt;br&gt;&#13;
　だけど、なぜ違うのかを言い返すことができない。&lt;br&gt;&#13;
　気まずく感じた僕は、沈黙を守りながらアオから視線を外した。&lt;br&gt;&#13;
「わかったわ。じゃあ、おでこにキスしてくれる？　別れの挨拶に」&lt;br&gt;&#13;
「それだったら……」&lt;br&gt;&#13;
　僕は体を起こし、草地に座ったままアオと対峙する。&lt;br&gt;&#13;
　――これからキスをする。&lt;br&gt;&#13;
　たとえそれがおでこだとしても、僕にとっては初めての体験だ。&lt;br&gt;&#13;
　ドキドキと胸の鼓動が高鳴る。震える手を彼女の両肩に置いて、ゆっくりと体を引き寄せた。&lt;br&gt;&#13;
　アオは興味津々で僕を見上げている。&lt;br&gt;&#13;
「め、目をつむって欲しい。恥ずかしいから」&lt;br&gt;&#13;
「そうなの？」&lt;br&gt;&#13;
　くすくすと笑うアオは、ゆっくりと目を閉じる。&lt;br&gt;&#13;
「キスしたらお別れだからね。倒れないようにちゃんと抱きしめてあげるんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「わかった」&lt;br&gt;&#13;
　僕はそっと彼女のおでこにキスをする。&lt;br&gt;&#13;
　刹那、茜の体から力が失われた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今日は本当に夕陽が綺麗だ。&lt;br&gt;&#13;
　僕は草地に座ったまま、茜の上半身を抱きしめる。&lt;br&gt;&#13;
　華奢な肩、甘い香り、柔らかな女の子の体。すると「うーん」と意識を取り戻した茜は僕を拒否することなく、吐息まじりに小さくささやいた。&lt;br&gt;&#13;
「このままでいいよ、透」&lt;br&gt;&#13;
　体を離そうとする僕の背中に、茜は手を回してくる。&lt;br&gt;&#13;
「夕陽が綺麗ね。だからもっとぎゅっとして……」&lt;br&gt;&#13;
　夕陽が大好きな茜。だって彼女の名前の由来だから。&lt;br&gt;&#13;
　先ほど見た夢で再認識した。僕たちはずっと昔からここに居たんだ――と。&lt;br&gt;&#13;
　懐かしい景色。腕の中にある大切な存在。絶対失ってはいけない人なんだ茜は。だからもう、他の誰かに乗っ取られて欲しくない。&lt;br&gt;&#13;
　僕は強く彼女を抱きしめる。&lt;br&gt;&#13;
「ありがとう。幼稚園の時のことを思い出してくれて。私ね、あの時からずっと透のことが好き」&lt;br&gt;&#13;
「僕も大切に思ってる」&lt;br&gt;&#13;
「あの時は透が目をつむったから、今度は私が目をつむるね」&lt;br&gt;&#13;
　僕はゆっくりと体を離す。&lt;br&gt;&#13;
　茜は目を閉じたまま、静かに僕を待ち続けていた。&lt;br&gt;&#13;
　唇を唇に近づける。僕のファーストキス。唇が合わさった瞬間、熱いものが体を駆け抜けた。&lt;br&gt;&#13;
「大好きだよ、茜」&lt;br&gt;&#13;
「私も」&lt;br&gt;&#13;
　狂おしい感情に導かれ、僕は茜のことを抱きしめた。すると彼女は小さく耳元で囁いたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「これでもう、思い残すことはない……」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
　驚いた僕は体を離し、彼女を見つめる。&lt;br&gt;&#13;
「キスってこんなに素晴らしいものなのね。世界中の人がキスをしたら戦争なんて無くなるのに。キスを忘れた人が戦争を始めるってよく分かったわ。それを教えてくれてありがとう。これで私は行くことができる」&lt;br&gt;&#13;
「それって……」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあね少年。君のことは絶対忘れないよ」&lt;br&gt;&#13;
　すると茜の鼻から青い光が空に向かって放たれていく。&lt;br&gt;&#13;
　呆然としながら、僕はそれを眺めることしかできなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「うーん……」&lt;br&gt;&#13;
　しばらくすると茜が意識を取り戻す。&lt;br&gt;&#13;
　僕は彼女の体を支えたまま、思わず失礼な質問をしてしまった。&lt;br&gt;&#13;
「お前、本当に茜か？」&lt;br&gt;&#13;
「疑うなら、透のお尻のホクロの位置を当ててみてもいいけど？」&lt;br&gt;&#13;
「いや、アオだってそれくらいできるぞ。茜の記憶を覗くことができるんだから」&lt;br&gt;&#13;
　でもそんなことをアオにはして欲しくない。僕のお尻の記憶を覗き見るなんて。&lt;br&gt;&#13;
　すると茜はニヤリと笑う。&lt;br&gt;&#13;
「だったら私のこと、アオちゃんだと思ってくれててもいいよ」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
「だって魅力的に感じてたんでしょ？　アオちゃんのこと」&lt;br&gt;&#13;
　挑戦的な眼差しで僕のことを見つめる茜。&lt;br&gt;&#13;
　それは茜であり、アオでもあった。&lt;br&gt;&#13;
「茜は……アオのこと知ってたのか？」&lt;br&gt;&#13;
「もちろんよ。だって体の中に入って欲しいって頼んだの、私だもん」&lt;br&gt;&#13;
　俺は知る。事の経緯を。&lt;br&gt;&#13;
「あれは一ヵ月くらい前だったかな。裏山の溜池がすごく神秘的だったから私はお願いしたの。透の本心を教えてほしいって」&lt;br&gt;&#13;
　溜池にはヌシとか女神がいると思っているのか茜は。まあ、実際にすごい存在がいたわけだが。&lt;br&gt;&#13;
「だってこんなに私は透のことが好きなのに、透は全然私のこと振り向いてくれないんだもん。神様がいるなら、どこがいけないのか教えてもらいたかった。そしたら急に、水面が青く光り出したの」&lt;br&gt;&#13;
　そしてアオが登場した、というわけか。&lt;br&gt;&#13;
「青く光る人型は、自分のことをアオと呼んでた。人の中にも入れるし、記憶も見れるんだって。でも人間同士の触れ合いで生まれる感情が分からず、調査したいって。だから私は取引したの。それを体験させてあげる代わりに、透の本心を教えて欲しいって」&lt;br&gt;&#13;
　なんだよ、ということは最初から仕組まれていたんじゃないか。&lt;br&gt;&#13;
　どうりで茜は、溜池にも海にも疑いもせずに来てくれたというわけだ。&lt;br&gt;&#13;
「でも嬉しかったなぁ、透がちゃんと幼稚園の時のこと覚えていてくれて。だってあれが私の心の支えだから」&lt;br&gt;&#13;
「もしかして、あの時って……アオは僕の体の中に入ってたのか？」&lt;br&gt;&#13;
　茜に膝枕をしてもらった時、なんだか鼻がムズムズした。そして幼稚園の頃の夢を見た。アオが僕の中に入っていたと考えれば腑に落ちる。&lt;br&gt;&#13;
「ゴメンね。あの時アオちゃんにいろいろ聞いちゃった。透が私のことどう思ってたかって。だからね、私頑張る。透に相応しい女の子になれるよう努力する。その時まで、幼稚園の頃の想い出を大切にしていて欲しいの。それだけが私の願い」&lt;br&gt;&#13;
　涙目になる茜。僕は思わず、彼女を抱きしめていた。&lt;br&gt;&#13;
「僕だって負けないよ。アオの話が理解できるようになるには高校の勉強だけではダメなんだ」&lt;br&gt;&#13;
「あまり先に行かないでね。追いつけなくなっちゃうから」&lt;br&gt;&#13;
「それはどうかな？」&lt;br&gt;&#13;
「透の、いじわる……」&lt;br&gt;&#13;
　いつからだろう。こんな風に素直に話せなくなってしまったのは。&lt;br&gt;&#13;
　きっと、どんどん女の子っぽく魅力的になる茜に気後れしてしまっていたのだろう。でも中身はずっとあの頃の茜のままだった。&lt;br&gt;&#13;
「さっき見た夢もこんな感じだったなぁ。そしてね、ドラマのような熱いキスをくれた」&lt;br&gt;&#13;
「僕にとってはファーストキスだったんだぞ。それをアオに捧げちゃって、茜はそれでよかったのかよ」&lt;br&gt;&#13;
「いいよ。それがアオちゃんとの約束だったから。それにね、私のファーストキスは幼稚園の時なの……」&lt;br&gt;&#13;
　全く茜ってやつは。&lt;br&gt;&#13;
　僕たちは体を離し、見つめ合う。&lt;br&gt;&#13;
　あの時と変わらない瞳。そして夕陽は赤く輝いている。&lt;br&gt;&#13;
「綺麗だね、夕焼け」&lt;br&gt;&#13;
「うん、私の名前だもんね」&lt;br&gt;&#13;
「だったらちゅーしてもいいんだよね？」&lt;br&gt;&#13;
「うん、いいんだよ」&lt;br&gt;&#13;
　こうして僕たちの恋は始まったんだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　了&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２２ＧＷ企画&lt;br&gt;&#13;
テーマ：『青』
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>ブルース</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/03/21/9474495</link>
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      <pubDate>Mon, 21 Mar 2022 19:37:16 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-03-21T19:40:35+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-03-21T19:40:35+09:00</dcterms:created>
      <description>「室長、大変です。ブルーノート株が日本に上陸しました」&lt;br&gt;&#13;
「なに？」&lt;br&gt;&#13;
　研究室が騒めいた。&lt;br&gt;&#13;
　入国時の検体から新株が検出されたというのだ。&lt;br&gt;&#13;
「それはどんな特徴だ？」&lt;br&gt;&#13;
「三番目と五番目と七番目のスパイクたんぱく質の長さが半分なんです」&lt;br&gt;&#13;
「それで感染するとどうなる？」&lt;br&gt;&#13;
「はい、ブルーノート株に感染すると――」&lt;br&gt;&#13;
　研究員の言葉に、室長はゴクリと唾を飲む。&lt;br&gt;&#13;
「少し悲しげな感じになります」&lt;br&gt;&#13;
「悲しげに？　それだけなら問題ないではないか？」&lt;br&gt;&#13;
「いや、問題です。感染力が強く重症化しやすいんです。ついには歌い始めてしまいます」&lt;br&gt;&#13;
「歌い始める？」&lt;br&gt;&#13;
　室長が眉を潜めた瞬間、一人の研究員がギターを持って現れた。&lt;br&gt;&#13;
「リズムはブルースで、Ｂから始めるよ！」&lt;br&gt;&#13;
　と同時にリフを奏で始めたのだ。&lt;br&gt;&#13;
「実はですね、彼は重症化してしまい――」&lt;br&gt;&#13;
「おいおい、ダメじゃないか！？」&lt;br&gt;&#13;
「皆も感染しちゃいました！」&lt;br&gt;&#13;
　研究員一同が楽器を取り出した。&lt;br&gt;&#13;
『ルイジアナ奥地のニューオリンズ近郊で』&lt;br&gt;&#13;
「めっちゃ明るい曲なんだけど？」&lt;br&gt;&#13;
『行け行け、ジョニー行け！』&lt;br&gt;&#13;
「行け行け！」&lt;br&gt;&#13;
　ついには室長も歌い出してしまうほど感染力が強いのであった。 &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/186.html"&gt;５００文字の心臓　第１８６回「ブルース」投稿作品&lt;/a&gt;（&lt;a href="http://microrrelato.net/title/kings/+2022.html"&gt;★正選王&lt;/a&gt;）
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>ほくほく街道</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/02/15/9464609</link>
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      <pubDate>Tue, 15 Feb 2022 22:30:02 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-02-15T22:32:08+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-02-15T22:32:08+09:00</dcterms:created>
      <description>「パパ、見て！」&lt;br&gt;&#13;
　娘のくるみが携帯ゲーム機を持ってきた。息子の北斗と一緒に。&lt;br&gt;&#13;
　画面には一本の道と、その両側に並ぶお店が映し出されている。&lt;br&gt;&#13;
「右が私のお店で、左が北斗のお店なの」&lt;br&gt;&#13;
「沢山建てたね！」&lt;br&gt;&#13;
　俺は驚いた。お店は十軒はあったからだ。&lt;br&gt;&#13;
「このお店は？」&lt;br&gt;&#13;
「これは果物屋だよ」&lt;br&gt;&#13;
「本屋」&lt;br&gt;&#13;
　娘と息子が交互に紹介する。&lt;br&gt;&#13;
　果物屋と本屋とはなんとも可愛らしい。が話を聞くと意外と手間がかかっているという。果物屋を開くためには果物の収穫が必要で、本屋には本が必要だからだ。と言ってもひとこと文学らしいが。&lt;br&gt;&#13;
「その隣りは？」&lt;br&gt;&#13;
「靴屋だよ」&lt;br&gt;&#13;
「干芋屋」&lt;br&gt;&#13;
　干芋屋？&lt;br&gt;&#13;
　俺は息子に尋ねる。&lt;br&gt;&#13;
「芋を収穫したなら、そのまま芋を売ればいいんじゃないの？」&lt;br&gt;&#13;
「この芋は姉ちゃんの果物屋から買ったんだ。買ったものをそのまま売るのは転売だから、禁止されてるんだよ」&lt;br&gt;&#13;
　その言葉をゲーム機の転売屋にも聞かせたい。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、その隣りは？」&lt;br&gt;&#13;
　俺が訊くと子供たちは次々と紹介してくれた。&lt;br&gt;&#13;
「薬屋」&lt;br&gt;&#13;
「ホタテ」&lt;br&gt;&#13;
「釘屋だよ」&lt;br&gt;&#13;
「ホッケ」&lt;br&gt;&#13;
「櫛屋さん」&lt;br&gt;&#13;
「ホヤ」&lt;br&gt;&#13;
「鎖屋」&lt;br&gt;&#13;
　いやいや干物はもういいから。&lt;br&gt;&#13;
　俺も子供たちと一緒にこのゲームをやってみたいと思ったんだ。 &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/185.html"&gt;５００文字の心臓　第１８５回「ほくほく街道」投稿作品&lt;/a&gt;
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>セーブポイント</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/01/19/9457414</link>
      <guid>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2022/01/19/9457414</guid>
      <pubDate>Wed, 19 Jan 2022 21:10:08 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-01-19T21:13:38+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-01-19T21:13:38+09:00</dcterms:created>
      <description>湊の場合１&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「やった！　やっと見つけた！！」&lt;br&gt;&#13;
　湊（みなと）は嬉しさのあまり部屋の中でコントローラーを投げ上げた。&lt;br&gt;&#13;
　ゲーム画面には、彼が操る女性アバターが裸の状態で出現したからだ。&lt;br&gt;&#13;
　――白亜大戦。&lt;br&gt;&#13;
　白亜紀に登場するような巨大生物を狩るハンティングアクションゲーム。&lt;br&gt;&#13;
　発売初日に購入した湊は、大学の勉強もそっちのけでプレイにいそしんできた。その甲斐があったと、頭の中を満足感で一杯にする。と同時に、心地よい疲労感がベッドの上に大の字になった彼の体をじわりじわりと包み込み始めた。&lt;br&gt;&#13;
　このまま眠ってしまっても――&lt;br&gt;&#13;
「いいわけない！　早速、造るぞ！！」&lt;br&gt;&#13;
　がばっと起き上がった湊は、ベッド脇に落ちたコントローラーに手を伸ばす。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　彼は、あるものを手に入れたかった。&lt;br&gt;&#13;
　それは、普通にゲームをしているだけでは決して手に入らないもの。&lt;br&gt;&#13;
　いや、正しくは手に入れることはできる。似たようなものであれば。&lt;br&gt;&#13;
　――ＤＬＣ（ダウンロードコンテンツ）。&lt;br&gt;&#13;
　追加料金を支払えば、特別なアイテムをダウンロードできるシステムだ。いわば課金システムなのだが、それに投資することによって湊が欲するアイテム自体は入手可能だった。&lt;br&gt;&#13;
　でもそれではダメなのだ。&lt;br&gt;&#13;
　課金システムで得られるものは、そのリストが公開されている。つまり、いくら貢いだのかがあからさまになってしまう。&lt;br&gt;&#13;
　そんなものではない、彼が真に手に入れたいものは。&lt;br&gt;&#13;
　――世界で自分だけが有するもの。&lt;br&gt;&#13;
　それを得るためだけに、何時間いや何ヶ月という労力を費やしてきた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「森、木々の葉、木漏れ日、清らかな水、マイナスイオン、そして岩石……」&lt;br&gt;&#13;
　まずは女性アバターが出現した場所を注意深く観察する。その場で手に入れることができる素材も重要だからだ。&lt;br&gt;&#13;
　――森の中の清らかな水の流れ、岩石が露出する渓流と水を湛えた淵。&lt;br&gt;&#13;
　つまり光、水、岩石、植物といった素材はいくらでも現地調達できるということだ。&lt;br&gt;&#13;
　次に手持ちのアイテムと、会得した魔法のリストを確認する。&lt;br&gt;&#13;
「必要な試薬もある、そして魔法も会得済み、と……」&lt;br&gt;&#13;
　すべてを確認した湊は、すうっと深く深呼吸した。&lt;br&gt;&#13;
　いよいよだ。ついに長く待ち焦がれていた夢が実現するのだ。&lt;br&gt;&#13;
　メニューから水の魔法を選択し、必要となる素材と試薬を調合ボックスの中に入れる。そしてコントローラーのＯＫボタンに指を乗せた。&lt;br&gt;&#13;
「ギフト、アクア！」&lt;br&gt;&#13;
　指に力を入れると同時に、女性アバターと湊の声がユニゾンで部屋にこだまする。&lt;br&gt;&#13;
　すると淵の水面がわずかに波立ち、白い湯気のようなものが立ち上がった。その気体は次第に渦を形成し、裸の女性アバターがその白き渦に飲み込まれていく。渦の動きが止まり、次第に空気が晴れてくると念願のものがそこに出現していた。&lt;br&gt;&#13;
「やった！　やったぞ！！　ついに俺はやったんだ！！！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それは――水色と白の縞々ぱんつだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
美音の場合１&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「なによ、もう。可愛くないわね！」&lt;br&gt;&#13;
　美音（みと）は不満をつのらせていた。&lt;br&gt;&#13;
「せっかく可愛い装備を造ったっていうのに……」&lt;br&gt;&#13;
　彼女の不満は、あるものを自由に造れないことに起因しているのである。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　確かに白亜大戦は面白い。&lt;br&gt;&#13;
　恐竜のような巨大生物を倒す時はドキドキするし、広大なマップを探検するのはワクワクする。&lt;br&gt;&#13;
　アクションとアドベンチャー。そのバランスがとても良いのだ。&lt;br&gt;&#13;
　時には仲間と共闘し、一緒に巨大生物を倒した達成感に酔いしれ、プレイヤー同士の友情が芽生えることだってある。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「でもね、装備がね……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音にとっては装備だって重要な要素だ。強さという意味ではなく、ビジュアル的にだが。&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦で作成できる装備は、基本的にはマップ内で取得した素材と魔法の組み合わせで構成される。&lt;br&gt;&#13;
　森の装備なら、葉や木などの植物素材と森の魔法が必要で、水の装備なら綺麗な水や渓流や滝で採取したマイナスイオンと水の魔法が必要となる。金属が手に入れば武器や防具を強化できるし、巨大生物から得られる素材も重要だ。&lt;br&gt;&#13;
　魔法は種類が限られているものの、素材は広大なマップに無数に存在する。だから装備も様々な種類を思いのまま自由に造ることができる。&lt;br&gt;&#13;
　が、造れるのは装備や武器、防具といった外側に纏うものだけ。その下のインナーは、デフォルト設定のまま変更することができない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「これってボクサーショーツ？　ていうか、ただの短パンだよね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音は一生懸命素材を集め、森の魔法も取得した。そして短めのスカートが魅力的な森の妖精風の可愛らしい装備を造り出した。&lt;br&gt;&#13;
　早速、その装備を身に着けて巨大生物を狩りに出掛けてみる。&lt;br&gt;&#13;
　彼女が操る女性アバターは双剣を駆使し、森の妖精ごとく軽やかに飛び回りながら巨大生物にダメージを入れていく。時には宙返りをしながら、時には高速スピンで手数を稼ぐ。&lt;br&gt;&#13;
　しかし、その時にひらめくスカートからチラリと見えるインナーに、どうしても興覚めしてしまうのだ。&lt;br&gt;&#13;
　設定としてはボクサーショーツのようなのだが、どう見ても短パン。それはまるで、とある有名アニメの少女――電気の力でコインを高速で飛ばす彼女のように。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ＤＬＣも、可愛いの無いしね……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ゲームの設定上、インナーを自由に造ることはできない。&lt;br&gt;&#13;
　それでもインナーを変更したいというプレイヤーのためには、ＤＬＣが用意されていた。&lt;br&gt;&#13;
　が、ＤＬＣで手に入るインナーはハイレグだったり、Ｔバックだったり、男性好みのものばかり。森の妖精風装備に合う可愛らしいインナーは見当たらない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「まあ、ぱんつの可愛さを競うゲームじゃないし」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦は面白い。&lt;br&gt;&#13;
　インナーが自由に造れなくても、それを忘れさせてくれる楽しさで溢れている。&lt;br&gt;&#13;
　それに短パンが気になるのは、スカート丈が短い装備を装着した時だけ。スカート丈が長かったり、パンツスタイルやごつい防具を身に付けた時は全く気にならない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　不満の種火を残しつつも、美音はそう割り切ってゲームを楽しんでいた。&lt;br&gt;&#13;
　ところがだ。&lt;br&gt;&#13;
　種火を再燃させるような出来事が起きた。&lt;br&gt;&#13;
　それは、巨大生物を倒すために何人かと共闘した時のこと。メンバーの中に一人、水色の装備で身を包んだ女性アバターがいた。レイピア使いの彼女は身のこなしが軽く、跳躍や宙返りを繰り返しながら攻撃を当てている。まるで美音のアバターのように。&lt;br&gt;&#13;
　その水色の彼女が宙返りをした時、チラリと露わになったインナーに美音の視線は釘付けになった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えっ、縞ぱん！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　見間違いではない。それは確かに白と水色の縞々模様だった。&lt;br&gt;&#13;
　そしてそのインナーは、悔しいほどに彼女の水色装備に合っていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　刹那、インナーについての不満が心の底から溢れ出してくる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あれが欲しい！　でも縞ぱんってＤＬＣには無かったはず」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ＤＬＣのインナーリストを必死に思い出す。&lt;br&gt;&#13;
　一時期、毎日のようにリストを眺めていた美音は確信した。&lt;br&gt;&#13;
　あのプレイヤーのインナーはＤＬＣではなく、魔法と素材で造られた一点ものだと。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「でも、どうやって！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それが謎だった。&lt;br&gt;&#13;
　というのも、魔法と素材でインナーを造るシーンがこのゲームには一切登場しないからだ。&lt;br&gt;&#13;
　ゲームにログインすると、自分が操るアバターは最後にセーブした場所で出現する。ほとんどの場合、セーブした時と同じ装備で。&lt;br&gt;&#13;
　その時も、インナーを変更するというメニューは登場しない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「seaportさんか。覚えたわ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音は記憶に刻み付ける。水色装備の女性アバターに表示されているプレイヤー名を。&lt;br&gt;&#13;
　――seaport。&lt;br&gt;&#13;
　そのプレイヤー名は、美音にとって別の意味で印象づけられていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「sp（縞ぱん）さん。必ずあなたのインナーの秘密を暴いてあげるから……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　こうして美音のsp（縞ぱん）探しが始まったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
湊の場合２&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊が縞ぱんを手にするまで、苦労の連続だった。&lt;br&gt;&#13;
　まず白亜大戦には、インナーを無料で変更できる機会が全くない。&lt;br&gt;&#13;
　インナーについては別途ＤＬＣが用意されており、メーカーはそれを強く推している。&lt;br&gt;&#13;
　もしプレイヤーが無料で自由にインナーを変更できたら、誰もＤＬＣを買ってくれなくなるからだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一方、白亜大戦はアイテムを自由に造れることをウリにしていた。&lt;br&gt;&#13;
　そのようなゲームは白亜大戦の他にも山ほどある。素材を集めてアイテムを造れるゲームであれば。&lt;br&gt;&#13;
　その場合、用いた素材と出来上がるアイテムは一対一に対応しており、同じ手順を踏めば必ず同じアイテムが生成されることが多い。&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦が他のゲームと違うのは、魔法という要素が追加されたことであった。不確定要素を組み合わせることにより、意外性のあるアイテムを造れるようになっているのだ。&lt;br&gt;&#13;
　――唯一の武器で戦いに挑んでみませんか？&lt;br&gt;&#13;
　これが白亜大戦のキャッチコピーである。その言葉通り、自分ならではの武器で戦いに挑めることがこのゲームの最大の魅力だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　何でも造れるゲーム。&lt;br&gt;&#13;
　しかしインナーは自由に造れない。&lt;br&gt;&#13;
　そんな批判をかわすために、きっとメーカーは抜け道を用意しているに違いない。&lt;br&gt;&#13;
　湊がそう思い始めたのは、とある魔法を手にしたことがきっかけだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ある日、ティガサウルスという巨大生物を険しい山岳地帯で散々苦労しながら倒した時のこと。&lt;br&gt;&#13;
　洞窟内のその生物の巣の中で、湊はある魔法を手に入れた。&lt;br&gt;&#13;
　――ギフト魔法。&lt;br&gt;&#13;
　何だこれ？と思う。&lt;br&gt;&#13;
　散々苦労して手に入れたのがプレゼントを貰えるだけの魔法なんてと、湊は最初がっかりした。&lt;br&gt;&#13;
　魔法の説明には、プレイヤーがその時点で一番役に立ちそうなものをＡＩが勝手に判断して造ってくれる魔法、と記されている。プレイヤーは必要な素材をボックスの中に入れて、魔法名と属性を詠唱するだけで発動するらしい。&lt;br&gt;&#13;
　しかしいざ使ってみると、なかなか奥の深い魔法であることに気が付いた。&lt;br&gt;&#13;
　例えば、火を操る巨大生物と対峙していた時にこの魔法を唱えると、水や氷属性のアイテムを造ってくれる。攻撃が手薄だと判断すれば武器を、体力が削られていると判断すれば防具を、という風に。つまり、何が現れるのかは分からないが、その場面で最適なものを届けてくれるという仕組みになっている。&lt;br&gt;&#13;
　このギフト魔法を使いこなせるようになってから、湊は白亜大戦をプレイするのがますます楽しみになっていた。必ず役に立つという安心感に加えて、何が造られるのかわからないドキドキがたまらない。&lt;br&gt;&#13;
　そしてある時、彼はふと思った。&lt;br&gt;&#13;
　もし裸で出現するような場所でこの魔法を唱えれば、インナーを造ってくれるのではないかと。裸の状況で一番役に立つのは、インナーであることは間違いない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――裸で出現する場所。&lt;br&gt;&#13;
　ゲーム内でそんな場所があるとしたら、セーブポイントしかありえないと湊は直観した。&lt;br&gt;&#13;
　というのも、裸になるという行動リストはこのゲームには存在しないからだ。&lt;br&gt;&#13;
　巨大生物に装備を剥がされるというイベントも想定してみたが、このゲームではそれは死を意味する。&lt;br&gt;&#13;
　一方、セーブポイントでは気の利いたエフェクトが用意されていた。&lt;br&gt;&#13;
　町の宿屋で目覚めるのが一般的なログイン方法だが、パン屋でセーブするとパン屋の格好で目覚め、教練所でセーブすると修行服で目覚めることもあった。&lt;br&gt;&#13;
　町の外ではその自由度が広がり、森の中では迷彩服で、山岳地帯では登山服で出現したりする。&lt;br&gt;&#13;
　このようなセーブポイントの傾向をつかんだ湊は考察する。もし裸で出現する場所があるとすれば、海か温泉か湖か川ではないか――と。&lt;br&gt;&#13;
　こうして湊は水辺ばかり探索するようになり、得られる素材も魔法も水に関係するものばかりになってしまう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そしてついに発見したのだ。&lt;br&gt;&#13;
　森の中の淵にセーブポイントがあることを。&lt;br&gt;&#13;
　そしてそこからゲームを再開すると、裸で出現することを。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
美音の場合２&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「seaport、seaport、縞ぱん、縞ぱん……と」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦で縞ぱんを目にした直後、美音のseaport探しは白熱した。&lt;br&gt;&#13;
　まずはＳＮＳ。&lt;br&gt;&#13;
　もし美音本人が縞ぱんの作成に成功したのであれば、嬉しさのあまりネットでつぶやくと思ったからだ。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそんなアカウントは見当たらない。&lt;br&gt;&#13;
　あらゆるＳＮＳを覗いて「seaport」と「白亜大戦」で検索してみても、それらしき情報は一つも出てこなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、動画なのかな……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　seaportは動画配信者ということも考えられる。&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦で縞ぱんを造れるほどの達人なのだ。他にも裏技をたくさん知っているに違いない。&lt;br&gt;&#13;
　もし美音がそんな達人だったら――プレイ動画をネットにアップして閲覧数と広告料を稼ぐことだろう。&lt;br&gt;&#13;
　そう思った彼女は、今度は動画サイトを片っ端から調べ始めた。が、それらしき動画は一つも出てこない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ゲームの中で会えるのを待つしかないのかな……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一週間探し続けた美音だが、一旦seaport探しをやめることにした。&lt;br&gt;&#13;
　せっかく白亜大戦という心休まる場所を見つけたのに、ぱんつごときに気持ちを荒立たせるのは馬鹿らしく感じたからだ。&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦にログインすると、そこには広大な森が自分を待ってくれている。&lt;br&gt;&#13;
　美音は自分のテリトリーに戻り、木の上に建てた家で横になる。木漏れ日が差し込むこのツリーハウスが彼女のお気に入りの城だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音のプレイスタイルは独特だった。&lt;br&gt;&#13;
　ガツガツと狩りに出掛けるのではなく、森に迷い込んだ巨大生物だけを狩るというスタイル。いわゆる縄張りだ。&lt;br&gt;&#13;
　これなら攻撃スキルに乏しい部分は地の利でカバーすることができる。&lt;br&gt;&#13;
　実際、彼女がテリトリーとしている範囲の木々は、その間隔から大きさや高さまですべて熟知していた。&lt;br&gt;&#13;
　美音が身に付けている森の装備は軽く、機動性に優れ、しかも迷彩の役割も果たす。おまけに各所にトラップを仕掛けており、森は緑の要塞と化していた。森に迷い込んだら最後、木々の間を飛び回る彼女に襲われてどんな巨大生物もその餌食になってしまうのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音が縞ぱんのことを忘れかけていたある日のこと。&lt;br&gt;&#13;
　森のツリーハウスで装備の手入れをしていると、眼下の小路を歩いてくるプレイヤーが現れた。&lt;br&gt;&#13;
　この小路を歩くプレイヤーは少ない。一週間に一人か二人という程度だ。美音は息をひそめて、そのプレイヤーを観察する。&lt;br&gt;&#13;
　それは女性アバターだった。が、表示されるプレイヤー名に美音はハッとする。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「sp（縞ぱん）さん！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう、それはいつかのseaportだった。&lt;br&gt;&#13;
　美音はとっさにツリーハウスの影に身を隠す。幸いなことに、seaportは美音には気づいていないようだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「どこに行くのかしら？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　seaportは迷うことなく、森の小路を進んでいく。&lt;br&gt;&#13;
　その先には渓流があり、泳ぐのにちょうど良い淵があった。&lt;br&gt;&#13;
　美音は音を立てないよう地上に降り立つと、大木に身を隠しながらseaportをつけていく。どうやらseaportは、森の淵を目指しているようだった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「こんなところで何を？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いつも森に居る美音だから分かる。&lt;br&gt;&#13;
　ここにはプレイヤーはあまりやって来ない。&lt;br&gt;&#13;
　が、その割には迷い込む巨大生物は多い。&lt;br&gt;&#13;
　だから彼女はここを縄張りとしているわけで、おいしい狩場となっているのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「まさか、彼女もこの場所をテリトリーにしようとしてる……とか？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　seaportの水色装備は、見た目から判断して水の魔法で造られているようだ。&lt;br&gt;&#13;
　ということは、この先の森の淵あたりをテリトリーにしようとしているのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　――森の美音、水のseaport。&lt;br&gt;&#13;
　それならば棲み分けは可能で、競合することもないだろう。&lt;br&gt;&#13;
　そう思ったとたん、美音の中の警戒感は薄れ、新たな興味が湧いてくる。&lt;br&gt;&#13;
　seaportの近くにいれば、縞ぱんの秘密を教えてもらえるかもしれない――と。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そんなことを美音が考えていると、seaportは森の淵に出た。&lt;br&gt;&#13;
　淵の脇にたたずみ、水の流れを見つめている。&lt;br&gt;&#13;
　大木の影からその様子を観察していた美音は確信する。彼女の目的は、やはりこの場所だったのだと。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　刹那、驚くことが起きた。&lt;br&gt;&#13;
　seaportの姿が消えたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「えっ、ここでログアウト！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　まさかの展開に美音はうろたえる。&lt;br&gt;&#13;
　気づくと、彼女は森の淵へ歩き出していた。そして淵の中を覗き込む。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「一体、ここに何があるっていうの？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――森の中の清らかな水の流れ、岩石が露出する渓流と水を湛えた淵。&lt;br&gt;&#13;
　確かに水の要素にあふれている。&lt;br&gt;&#13;
　水の魔法を操るであろうseaportにはうってつけの場所に違いない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「って、まさか！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時、雷に打たれたように美音の頭にある予感が閃いた。&lt;br&gt;&#13;
　seaportはこの場所でログアウトするために、わざわざやって来たのではないかと。&lt;br&gt;&#13;
　もしそうであれば、その理由は一つしかない。この場所で出現するためだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「そんなの、やってみれば分かるわ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　早速、美音はログアウトする。&lt;br&gt;&#13;
　そして直後にログインしてみたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「思った通りだわ。やった！　やっと見つけた！！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　森の淵で出現した美音のアバターは、素っ裸だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
湊の場合３&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　縞ぱんを手にしてから、湊は短めのスカートが魅力的な水の妖精風装備で狩りに出掛けるようにしていた。&lt;br&gt;&#13;
　もちろん、縞ぱんを自慢するためだ。&lt;br&gt;&#13;
　巨大生物と対峙すると、彼が操る女性アバターは身の軽さを利用して宙返りを繰り返しながらレイピアの攻撃を当てていく。&lt;br&gt;&#13;
　すると面白いことに、共闘するプレイヤーの視線が湊に集中するのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「むはははははは、縞ぱんの威力は絶大だな」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　伝説のプレイヤーでも何でもないのに、こんなにも注目を浴びている。&lt;br&gt;&#13;
　それが面白くてたまらない。&lt;br&gt;&#13;
　――宙返り、スピン、バク転、前転回避。&lt;br&gt;&#13;
　ここぞとばかり、湊は自慢の縞ぱんを他のプレイヤーに見せつけてやったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊の振る舞いに目を奪われているプレイヤーの中に、森の妖精風装備を身に付けた女性アバターがいた。&lt;br&gt;&#13;
　彼女も短めのスカートが魅力的な防具を作成しており、湊と同様、身の軽さを活かした双剣攻撃が特徴的だった。&lt;br&gt;&#13;
　しかしだ。&lt;br&gt;&#13;
　ひらりひらりとひるがえるスカートから覗かせるのは短パン、いやデフォルトのインナーだ。それが目に入るたびに興醒めしてしまう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あんなに可愛い装備を造ったというのに……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　つくづく残念に思う。&lt;br&gt;&#13;
　縞ぱんだったら、どんなに可愛いことか――と。&lt;br&gt;&#13;
　と同時に、縞ぱんの造り方を教えてあげたい気持ちが芽生えそうになり、湊は慌てて右手で自分の頬を叩いた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「いやいや、見かけに騙されちゃダメだ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　とても可愛らしい装備を纏っている女性アバターだが、きっと操っているのは男に違いない。&lt;br&gt;&#13;
　湊だって男なのに、女性アバターを操り、可愛らしい装備を装着しているのだ。&lt;br&gt;&#13;
　それにこの縞ぱんを造るのに散々苦労した。それを簡単に教えてあげるのはもったいない。&lt;br&gt;&#13;
　縞ぱんを造りたくて悶えるのは、今度は他のプレイヤーの番なのだ。それを高みで眺める権利を、湊は有していた。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　最後に湊は、森の装備を身に付けた女性アバターを見る。&lt;br&gt;&#13;
　――resonant。&lt;br&gt;&#13;
　プレイヤー名はそう記されている。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「共鳴か。いい名だな……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　まさか、このresonantが湊の人生に深く関わってくることになるとは、その時の彼は知らなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
美音の場合３&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「やった！　ついにやった！！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　森の淵で彼女のアバターが裸で出現した時、美音はコントローラーを投げ上げそうになった。&lt;br&gt;&#13;
　それをすんでのところで思い直し、改めてコントローラーを握り直す。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今の状態は裸だ。&lt;br&gt;&#13;
　局部はぼかされているけど、それは仕方がない。全年齢のゲームなんだし。&lt;br&gt;&#13;
　この状態で何か装備を造れば、インナーも新たに出来上がることだろう。&lt;br&gt;&#13;
　忌々しいあの短パン、いやデフォルトのインナーとはおさらばだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音は素材を確認する。&lt;br&gt;&#13;
　森の素材は余るほど有している。&lt;br&gt;&#13;
　そして、一番適していると思われる森の魔法を唱えた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「クリエイト、フォレスト！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると、周囲の森の葉がざわざわと音を立て始めた。と同時に、落ち葉を含んだ旋風が美音が操る女性アバターを包み込んでいく。そしてその風が晴れた時、現れたアバターが身に着けていたのは――&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「いつもの森の装備やん！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そう、いつもの装備を身に付けた女性アバターが立っていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　試しに美音はその場で宙返りさせてみる。&lt;br&gt;&#13;
　ひらひらとひらめくスカートから覗き見えるのは、やっぱりいつもの短パン。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「マジか……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　がっくりと脱力する。&lt;br&gt;&#13;
　素材が足りなかったのか、それとも魔法が間違っていたのか。&lt;br&gt;&#13;
　気落ちするのはまだ早い。会得している魔法はまだ他にもある。&lt;br&gt;&#13;
　美音は詠唱可能なすべての魔法を試してみた。が、いずれも新たなインナーを造るには至らなかった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「何が足りないの……？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それは誰も教えてくれない。&lt;br&gt;&#13;
　ネットにも何も掲載されていない。&lt;br&gt;&#13;
　知っているのはあのseaportというプレイヤーだけ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「それならば！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音はついに、非常手段に出ることにしたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
湊の場合４&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一ヶ月くらい縞ぱんを楽しんだ湊は、今度は違うインナーを造ろうと考えていた。&lt;br&gt;&#13;
　そのためには、またあの森の淵でログアウトして、再び出現する必要がある。&lt;br&gt;&#13;
　尾行されていないことを確認した湊は、こっそりと森に入り、あの淵へと小路を急いでいた。そして森の淵にたどり着く。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊がこの場所を訪れるのは二回目だ。&lt;br&gt;&#13;
　改めて周囲を見渡してみるが、本当に素敵な場所だった。&lt;br&gt;&#13;
　――森の中の清らかな水の流れ、岩石が露出する渓流と水を湛えた淵。&lt;br&gt;&#13;
　きっとこれほどまで自然にあふれた場所でなければ、縞ぱんは造れなかったのかもしれない。&lt;br&gt;&#13;
　例えば、どこかに温泉があって、その場所でもここと同様、裸で現れるセーブポイントだったと想定する。しかしそんな場所でギフト魔法を唱えたとしても、今穿いている縞ぱんのような清らかな水色は発色しなかったんじゃないだろうか。もしかしたらくすんだ灰色のぱんつが出現したかもしれないと、湊は考えていた。&lt;br&gt;&#13;
　周囲の環境、そしてアバターが置かれている状況によって発動するギフト魔法。&lt;br&gt;&#13;
　清らかな水の流れがあるからこそ完成した縞ぱんだった。そして縞々の白い部分も、この場所に深く関係している可能性がある。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「バイバイ、縞ぱん……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　気まぐれなギフト魔法。&lt;br&gt;&#13;
　次にここで出現した時にも縞ぱんが造れるとは限らない。&lt;br&gt;&#13;
　そもそも湊がここに来たのは、縞ぱん以外のインナーを造るためなのだ。&lt;br&gt;&#13;
　しばしの間、水面を見つめながら感傷に浸っていた彼は意を決してログアウトする。&lt;br&gt;&#13;
　今度出現した時に、違うインナーを造るために。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ゲームをログアウトした湊は、アパートのベッドに寝ころび天井を見上げながらもう一度手順を確認する。&lt;br&gt;&#13;
　次回ギフト魔法を唱える時、アイテムボックスに入れるのは清らかな水だけではなく、もう少しジェル化させた水を追加してアクセントを付けようと思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　そのために巨大生物を倒した時に、皮に付いていた油分を積極的に採取していたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　この油分を苦労して精製したのがゼラチン。これを試薬に用いることで水をジェル化させることができる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「いよいよ明日だな……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　次の日。&lt;br&gt;&#13;
　目的のインナーを造るために森の淵に出現した湊に、悲劇が待ち受けていた。&lt;br&gt;&#13;
　最初に裸で出現して、次にギフト魔法を唱えたところまでは順調だったのだが。&lt;br&gt;&#13;
　お目当てのインナーが生成され、歓喜に身を躍らせようとした瞬間、彼が操るアバターは捕獲されてしまったのだ。森に仕組まれたトラップによって。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
美音の場合４&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「直接教えてもらうからね、seaportさん」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　インナーの生成に失敗した美音だが、それでも不思議な高揚感に包まれていた。&lt;br&gt;&#13;
　なぜなら、ついにseaportの尻尾を掴んだからだ。&lt;br&gt;&#13;
　縞ぱんを穿くseaportはここでログアウトした。それは必ずここに現れることを意味している。&lt;br&gt;&#13;
　つまりこの森の淵で待ち伏せしていれば、必ずseaportに会える。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音は早速、森の淵の周辺にトラップを仕掛ける。&lt;br&gt;&#13;
　一つではなく、二重、三重にと。&lt;br&gt;&#13;
　これはあくまでも予備的な措置だ。seaportからインナーの造り方を教えてもらえなかった時の備え。基本的には交渉に持ち込めればと思っていた。&lt;br&gt;&#13;
　彼女は次々と森の中にトラップを仕掛けていく。巨大生物を何体も捕らえた技術を駆使して。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　準備を整えた美音は、大木の影に隠れて静かにseaportを待つ。&lt;br&gt;&#13;
　もしseaportが現れても、すぐにはトラップを発動させるつもりはない。なぜならseaportがインナーを造るところを見てみたいからだ。&lt;br&gt;&#13;
　――どのように、そしてどんな魔法を使って？&lt;br&gt;&#13;
　とにかくそれが知りたかった。&lt;br&gt;&#13;
　seaportは裸でこの場所に出現する。それならば、すぐにインナーを造るはず。&lt;br&gt;&#13;
　美音はその様子を見てから、交渉を持ちかけようと考えていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　しかしその夜、seaportは現れなかった。&lt;br&gt;&#13;
　一晩中待ち続け徹夜となった彼女だが、眠い目をこすりながらさらに待った。&lt;br&gt;&#13;
　大学の授業もサボり、ひたすら森の淵に注目し続けている。&lt;br&gt;&#13;
　いつやめようかと何度も思う。が、頭を振って懸命にその迷いを吹き飛ばす。&lt;br&gt;&#13;
　せっかく掴んだseaportの尻尾なのだ。ここで離してしまっては一生後悔する。&lt;br&gt;&#13;
　seaportさえ出現すればすべてが終わる。彼女が出現すれば、縞ぱんの謎も教えてもらうことができる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そしてその時はやってきた。&lt;br&gt;&#13;
　徹夜も二夜目かと覚悟した瞬間、青髪の女性アバターが地面に片足をひざまづいた状態で森の淵に出現したのだ。&lt;br&gt;&#13;
　表示されるプレイヤー名もseaport。間違いない。&lt;br&gt;&#13;
　すると彼女はひざまづいたまま魔法を唱えた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ギフト、アクア！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ギフト？と美音が思う間もなく、淵の水面がわずかに波立ち、白い湯気のようなものが立ち上がった。その気体は次第にジェル状の塊となり、水玉となって渦を形成し裸の女性アバターの周囲を回りながら包み込んでいく。渦の動きが止まり、次第に空気が晴れてくるとアバターはなんとも可愛らしいインナーを纏っていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「水玉模様！？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ブラとぱんつを身に着けた下着姿。&lt;br&gt;&#13;
　その模様はなんと、水色の水玉模様だったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音の声、つまり彼女のアバターの声に反応してseaportが振り向いた。と同時にダッシュを開始しようとする。&lt;br&gt;&#13;
　すぐに交渉できるようにと、ボイスチャットをＯＮにしていたのが裏目に出てしまったようだ。&lt;br&gt;&#13;
「まずい！」&lt;br&gt;&#13;
　逃げられたらこれまでの苦労が水の泡になる。&lt;br&gt;&#13;
　そう思った美音は、瞬時にトラップを発動させる。&lt;br&gt;&#13;
　刹那、草のつるで造った縄がseaportの足を縛り上げ、彼女を逆さ吊りにした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ごめんね、seaportさん。私はただ、そのインナーの造り方を教えて欲しいだけなの」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音のアバターは大木の影から姿を現し、逆さ吊りになった下着姿のseaportに話しかける。&lt;br&gt;&#13;
　が、彼女は予想外の反応を示す。逆さ吊りの状態のまま再び、魔法を唱えたのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ギフト、アクア！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると淵の水から剣が生成し、二人の方に飛んで来る。そしてseaportの足を縛っていたつるを切ったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　地面に落ちた瞬間、再びダッシュを試みるseaport。&lt;br&gt;&#13;
　しかし美音は第二のトラップを発動させた。今度はつるで造られた巨大の網に包まれて、seaportは再び宙吊りになったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「トラップはまだまだあるから逃げられないわよ。だから観念して私の質問に答えて欲しい」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　網の中のseaportは観念したようだ。&lt;br&gt;&#13;
　美音のアバターの方を見ると、静かにうなづいた。&lt;br&gt;&#13;
　それを確認した美音は、最初の疑問を彼女にぶつけてみる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、ギフトって何？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
湊の場合５&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊は忌々しく思う。&lt;br&gt;&#13;
　念願のインナーを造ることに成功したのだが、その直後にトラップに捕らえられてしまったからだ。&lt;br&gt;&#13;
　せっかく思い通りのインナーが完成したというのに。水の妖精風装備にぴったりの、可愛らしい水玉模様のインナーが。&lt;br&gt;&#13;
　湊は、吊り上げられた草のつるでできた大きな網の中からトラップを仕掛けたプレイヤーを見る。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――resonant。&lt;br&gt;&#13;
　彼女は確か、一度だけ共闘したことがある。&lt;br&gt;&#13;
　短めのスカートが特徴的な森の装備も見覚えがあった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　それにしても、一体なんなのだろう。この連続トラップは。&lt;br&gt;&#13;
　最初のトラップはギフト魔法で解除できたが、まさかさらなるトラップが仕掛けられているとは思わなかった。&lt;br&gt;&#13;
　二回連続してギフト魔法を使ったおかげで、マジックポイントはほぼゼロになってしまっている。すぐにはもうどうすることもできない。&lt;br&gt;&#13;
　湊が観念すると、resonantはボイスチャットで訊いてくる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、ギフトって何？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　そうか、こいつはギフト魔法を知らないんだ。&lt;br&gt;&#13;
　ということは、山岳地帯のティガサウルスを倒していないということになる。&lt;br&gt;&#13;
　それにresonantは最初、インナーの造り方を教えてほしいと言っていた。&lt;br&gt;&#13;
　ギフト魔法が使えなければ、インナーが造れないのも当然だ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　さあ、どうしよう。&lt;br&gt;&#13;
　親切に教えてあげるか、それとも白を切るか？&lt;br&gt;&#13;
　湊が迷っていると、カシャリと写真を撮る音がした。どうやらresonantがゲーム画面の写真を撮ったらしい。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「教えてくれないと、下着で吊るされたこの恥ずかしい姿をネットで公開しちゃうから」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　下着姿をネットで公開？&lt;br&gt;&#13;
　それは大歓迎と湊は思う。&lt;br&gt;&#13;
　湊は男だから、アバターの下着姿をさらされてもちっとも恥ずかしくない。&lt;br&gt;&#13;
　それどころか水玉模様インナーの良い宣伝になるだろう。白亜大戦で水玉模様のインナーを身に着けているのは、現時点ではおそらく湊のアバターだけなのだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　全く動じない湊に対し、resonantは動揺し始めた。&lt;br&gt;&#13;
　ネットに晒すという脅しが全く効かず、それどころか薄笑いさえ浮かべているのだから当前だ。&lt;br&gt;&#13;
　ついにはresonantは土下座を始めた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「お願いだから教えて。そしたら開放してあげるから」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　開放？&lt;br&gt;&#13;
　その言葉に湊は違和感を覚える。&lt;br&gt;&#13;
　これはゲームなんだし、拘束されているのはアバターに過ぎない。こっそりアイテムでマジックポイントを回復させればギフト魔法を再び使えるようになるし、ログアウトするという脱出方法もある。ログインしても再びトラップの中という可能性は残っているが。&lt;br&gt;&#13;
　しかし、土下座というresonantの行動に湊は心を打たれていた。&lt;br&gt;&#13;
　やっぱりresonantの中の人は男なんだ。&lt;br&gt;&#13;
　何としてでもお気に入りのインナーを造って、ニヤニヤしながらプレイしたいんだ。&lt;br&gt;&#13;
　その気持ちは痛いほど分かる。なぜなら湊自信がそうだから。&lt;br&gt;&#13;
　そう思った瞬間、湊は急にresonantに親近感を抱き始めた。&lt;br&gt;&#13;
　かつて共闘した時にひらめくスカートから見えた短パン姿。あれは本当に興覚めだった。それをなんとかしたい。その願いは世界共通のはずだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「インナーの造り方を教えてあげたら、resonantさんは何をくれる？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　逆に、湊は質問してみる。&lt;br&gt;&#13;
　湊が歩み寄った形だが、その時のresonantの表情に彼ははっとした。&lt;br&gt;&#13;
　というのもアバターだというのに、本当に嬉しそうな表情をしたから。&lt;br&gt;&#13;
　中身が男でなければ、好きになってしまいそうな笑顔だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「私、森の素材や魔法を沢山持ってる。それと交換じゃダメ？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　森の素材や魔法か……。&lt;br&gt;&#13;
　森にはそんなに強い巨大生物はいないので、森の素材や魔法はレベル的には得やすい部類でそれほどレアではない。&lt;br&gt;&#13;
　だからそれほどまでの興味はないが、このトラップの技術には感銘を受けた。教えを受けることはステップアップに繋がる可能性がある。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「わかった。インナーを作成するにはまずギフト魔法が必要だ。それは会得してる？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　会得していないだろうと思いながら、湊はあえて訊いてみる。&lt;br&gt;&#13;
　resonantは最初、「ギフトって何？」と言っていた。&lt;br&gt;&#13;
　ギフト魔法を会得していれば、そんなことは言わないはずだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「会得してないけど……」&lt;br&gt;&#13;
「ギフト魔法を会得するには山岳地帯にいるティガサウルスを倒す必要がある。一緒に行ってあげてもいいけど？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　resonantは喜ぶと思いきや、表情をだんだんと暗くさせていった。&lt;br&gt;&#13;
　おいおい、なんだよ。可愛らしいインナーを造ってニヤニヤしたいんだろ？&lt;br&gt;&#13;
　男だったら勇気を出して困難に挑んでみろよ。&lt;br&gt;&#13;
　resonantのことをほっとけなくなる自分を、湊は不思議に思い始めていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
美音の場合５&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その日の白亜大戦のプレイを終えコントローラーを置いた美音は、アパートの部屋のベッドに寝ころんで天井を見上げる。そして今でも心臓がバクバクしているのを感じていた。&lt;br&gt;&#13;
　やっとインナーの造り方が分かった。&lt;br&gt;&#13;
　しかしそのためには、山岳地帯のティガサウルスを倒して、ギフト魔法を会得しなければならない。&lt;br&gt;&#13;
　ずっと森に籠って、森にやってきた巨大生物だけを狩っていた美音にとって、出掛けてまで狩りをするというのはすごくハードルが高い冒険だった。&lt;br&gt;&#13;
　しかし今回は、seaportが同行してくれるという。&lt;br&gt;&#13;
　それを美音は、とても心強く感じていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　もしかしたら、プレイヤーとしてのseaportは男性なんじゃないないだろうか。&lt;br&gt;&#13;
　ボイスチャットの時も、声は女性のものだったが、しゃべり方は男性っぽかった。&lt;br&gt;&#13;
　下着姿をネットで晒すと脅しても、全く動揺することがなかったし。&lt;br&gt;&#13;
　きっと可愛らしいアバターを造って、可愛らしいインナーを身に着け、ニヤニヤしながらプレイしているのだろう。男の人ってパンチラが大好きだから。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　まあ、そんなことはどうでもいい。&lt;br&gt;&#13;
　要は可愛いインナーを造れる方法さえ分かればいいのだ。&lt;br&gt;&#13;
　それに手を貸してくれると言うのだから、seaportが男であれ女であれ、まずは協力を受け入れておいても損はない。&lt;br&gt;&#13;
　そこに立ちはだかるティガサウルス討伐という高い壁。&lt;br&gt;&#13;
　美音はseaportに、一週間の猶予をもらいたいと提案する。&lt;br&gt;&#13;
　seaportにとっては倒したことのある相手だが、美音にとっては初めてとなるラスボスクラスの巨大生物。その棲息地や習性、戦う環境などをじっくりと下調べしておきたかった。&lt;br&gt;&#13;
　&lt;br&gt;&#13;
　行ってみて初めて知ったが、山岳地帯は森林限界を越えた高地にあった。&lt;br&gt;&#13;
　当然木々は生えておらず、岩石が露出する岩場ばかり。これでは美音が得意とする森の魔法は威力が半減してしまう。&lt;br&gt;&#13;
　しかし何も準備しないわけにはいかない。&lt;br&gt;&#13;
　美音は一週間の期間をフルに使い、山岳地帯を調べ上げ、自分の攻撃力の乏しさをカバーできるような作戦を考えていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ティガサウルス討伐の前夜、下準備の確認を済ませて美音はベッドに入る。&lt;br&gt;&#13;
「いよいよ、明日なのね……」&lt;br&gt;&#13;
　ドキドキしてなかなか寝つけられない。&lt;br&gt;&#13;
　ティガサウルスって、どんな狂暴な巨大生物なのだろう？&lt;br&gt;&#13;
　と同時に、何だかワクワクしている自分がいた。&lt;br&gt;&#13;
　それは、彼女が最初に白亜大戦にログインした時と同じ高揚感。このゲームの楽しさを再認識した瞬間だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
湊の場合６&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いよいよ、resonantと一緒にティガサウルスを討伐する夜がやってきた。&lt;br&gt;&#13;
　本当のことを言えば、他にも助っ人を呼んで大人数で倒したいところ。それほどティガサウルスは狂暴な巨大生物だった。&lt;br&gt;&#13;
　が、インナー作成という二人の共通の秘密を守るためには二人で討伐せざるを得なかったのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　――二人だけで行く秘密のクエスト。&lt;br&gt;&#13;
　それってなんだかドキドキする。&lt;br&gt;&#13;
　まあ、resonantの中身は男なんだろうけど。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊は予想する。&lt;br&gt;&#13;
　resonantの中の人は、彼と同じく若者なんじゃないかと。&lt;br&gt;&#13;
　インナーの秘密を知るために、森の淵で張り込みを続けるなんて年配者ができることじゃない。高校生以下の学生も無理だろう。昼間は学校がある。となれば、大学生か、フリーターなんじゃないだろうか。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦にログインし、いつもの水の妖精風装備にセットアップして、ティガサウルスが生息する山岳地帯の入口で待つ。&lt;br&gt;&#13;
　resonantも、いつもの森の装備でやってきた。&lt;br&gt;&#13;
　二人はボイスチャットで会話を交わしながら、ティガサウルスが待つ山岳地帯の洞窟に向かった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「今日の討伐の作戦を考えてみたんだけど、任せてもらってもいい？」&lt;br&gt;&#13;
「うん。私はティガサウルスと戦うのは初めてだから、あなたに任せるわ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊はこの日のために作戦を考えていた。&lt;br&gt;&#13;
　二人の装備は似たような軽量タイプで、お互い軽やかに巨大生物の周りを舞ながら戦うスタイルだ。&lt;br&gt;&#13;
　そして武器も双剣とレイピアという、似たような接近戦用の武器。&lt;br&gt;&#13;
　それならば、攻撃係と陽動係に分かれて、その役割を入れ替えながら戦えばいい。&lt;br&gt;&#13;
　そのことをresonantに話すと、素直に納得してくれた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　いよいよ洞窟の中に入る。&lt;br&gt;&#13;
　ティガサウルスは横になっていびきをかいて寝ていた。その音の大きさから、怒った時の迫力が伺い知れる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、いくぞ」&lt;br&gt;&#13;
「うん」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊が小声で合図すると、彼は尻尾へ、resonantはティガサウルスの鼻先に移動する。&lt;br&gt;&#13;
　そして「せーの」の掛け声と同時に、お互いがそれぞれの箇所を切りつけた。&lt;br&gt;&#13;
　驚いたティガサウルスは雄たけびと共に慌てて立ち上がる。体長はざっと二十メートルはあるだろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ティガサウルスの攻撃は、主に噛みつきと尻尾による薙ぎ払いの二つだ。&lt;br&gt;&#13;
　どちらの攻撃も強力で、一度喰らえばかなりのダメージを受けることになる。二人とも軽量タイプの防具だからなおさらだ。&lt;br&gt;&#13;
　そんな重量級の攻撃を二人はひらひらとかわし、ダメージを受けないように少しずつ攻撃を当てていく。&lt;br&gt;&#13;
　その際、鼻先担当は陽動が主で、無理に攻撃をする必要はないというのが二人のルールだった。あくまでも最初の目的は尻尾を切ること。両足と尻尾で体重を支えているティガサウルスは、尻尾が欠損すれば自由に動けなくなるからだ。尻尾の薙ぎ払い攻撃を封印するという意味もあった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「チェンジ！」&lt;br&gt;&#13;
「わかった」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ひらひらと尻尾の周辺を舞ながら、十回くらいレイピアの攻撃を当てた湊は、resonantに向けて役割交代の指示を出す。&lt;br&gt;&#13;
　さすがに切れ味が落ちてきた。一度レイピアを研磨しないと、効果的な攻撃は不可能だ。&lt;br&gt;&#13;
　湊はティガサウルスの鼻先に移動すると、攻撃を巧みによけながら少しずつレイピアを研磨する。一方resonantは尻尾に移動し、双剣で攻撃を開始した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あいつ、なかなかやるじゃないか」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　レイピアの研磨が完了した湊は、resonantの攻撃を観察する余裕が生まれていた。&lt;br&gt;&#13;
　鼻先への攻撃は無理に当てる必要はない。噛みつかれないよう注意を払いながら、ティガサウルスの意識を分散させればいいのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ティガは初めてだって言ってたけど、ホントかな？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　湊がそう思ってしまうほど、resonantの攻撃は見事だった。&lt;br&gt;&#13;
　尻尾の薙ぎ払いをひらりひらりとよけながら、体を回転させて双剣で尻尾を切り裂いていく。時には宙返りで、時にはスピンを駆使して。&lt;br&gt;&#13;
　その芸術的な身のこなしに、湊はうっとりと見とれてしまう。ただし、チラリチラリと見える短パンは興覚めだったが。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ぱんつか……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　思えばこうして二人を結びつけたのは、湊が造った縞ぱんだった。&lt;br&gt;&#13;
　この一か月間、彼は他のプレイヤーにどうやって縞ぱんを見せつけようか、そればかり考えてきた。&lt;br&gt;&#13;
　最初は注目されることが快感だったが、最近はそれもあまり感じなくなってしまう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ヤバい、めっちゃ楽しいんだけど」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　しかし今の戦いはどうだろう。&lt;br&gt;&#13;
　久しぶりにぱんつのことを忘れて、巨大生物の討伐だけを考えている。&lt;br&gt;&#13;
　それは白亜大戦本来の楽しみ方。思いがけず湊は初心に戻り、湧き上がる高揚感を噛みしめていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　五回は交代を繰り返しただろうか。&lt;br&gt;&#13;
　さすがのティガサウルスも弱ってきた。尻尾もボロボロになっている。&lt;br&gt;&#13;
　しかし、それは湊たちも同じこと。二人の間にも疲れが垣間見える。あと一回くらいの交代で尻尾が切れなければ、討伐はかなり難しくなるだろう。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「あと少しだぞ」&lt;br&gt;&#13;
「うん。頑張る！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　お互い励まし合いながら湊が尻尾側に回った時、悲劇が起きた。&lt;br&gt;&#13;
　もうすぐ尻尾が切れるという油断もあったのだろう。薙ぎ払われた尻尾がちぎれるような予想外の動きをして、湊のアバターの体を直撃したのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ぐはっ、さすがにこれはヤバい」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　空中で体勢を崩しながらも咄嗟にレイピアを投げる。&lt;br&gt;&#13;
　その最後の一撃で、ティガサウルスの尻尾は切断された。&lt;br&gt;&#13;
　が、湊が受けたダメージも相当なものだった。ちぎれそうになった尻尾の鞭のような動きは、薙ぎ払いの威力を倍増させていたからだ。&lt;br&gt;&#13;
　ゲージを見ると、体力はほとんどない。&lt;br&gt;&#13;
　このまま地上に落下してさらなるダメージを受ければ、湊はクエストリタイアになってしまう。&lt;br&gt;&#13;
　しかし尻尾を切断することに成功した。これでティガサウルスは動きも攻撃力も普段の三分の一以下に落ちるはず。あのresonantなら、最後までやってくれるに違いない。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ゴメン、後は頼む……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　ひとこと言い残した湊のゲーム画面は、暗転した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
美音の場合６&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「どうしよう、seaportさんがやられちゃった……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　もう少しでティガサウルスを倒せるというところで悲劇が起きた。&lt;br&gt;&#13;
　ちぎれかけた尻尾の薙ぎ払い攻撃を受けて、seaportが致命的なダメージを受けてしまったのだ。&lt;br&gt;&#13;
　地上に落ちて、さらにティガサウルスに踏みつけられたseaportはクエストリタイアで消えてしまう。&lt;br&gt;&#13;
　が、それと同時にティガサウルスの尻尾は切断されていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　一気にバランスを失ったティガサウルス。&lt;br&gt;&#13;
　噛みつき攻撃も狙いが定まらなくなったし、動きも鈍くなった。当然だが、尻尾の薙ぎ払い攻撃も受けることはなくなった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「これなら私だって……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音はティガサウルスの鼻先に立ち、噛みつき攻撃を受けないようにしながら後ずさりする。&lt;br&gt;&#13;
　そしてこの巨大生物を洞窟の外まで、引きずり出したのだ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「山岳地帯さえ抜ければ、森にトラップが仕掛けてある」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今度は美音の事前準備が活かされる番だった。&lt;br&gt;&#13;
　ティガサウルスの鼻先に立ち、森へと誘導する彼女は、今日の戦いをしみじみと思い返す。&lt;br&gt;&#13;
　seaportとの共闘。これはめちゃくちゃ楽しかった。&lt;br&gt;&#13;
　可愛らしいインナーにこだわっていた自分が馬鹿らしくなるほどに。&lt;br&gt;&#13;
　また、seaportと一緒に狩りをしたい。これでギフト魔法を手に入れることができれば、お礼も言わなきゃいけないし。&lt;br&gt;&#13;
　そのためには決してミスは許されない。&lt;br&gt;&#13;
　美音はティガサウルスの攻撃を受けないよう、細心の注意を払いながら森まで誘導することに成功した。そして仕掛けてあった巨大トラップを発動させる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「やったー！　捕獲に成功した！！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　クエストクリア！&lt;br&gt;&#13;
　seaportの協力があったとはいえ、美音にとって初めてのラスボス級巨大生物の捕獲成功だ。&lt;br&gt;&#13;
　その後、ティガサウルスが生息していた洞窟の奥で、美音はついにギフト魔法を会得することに成功した。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
エピローグ&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「さあ、いよいよだ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦へのログアウトとログインを繰り返し、裸の状態で森の淵に登場した美音は、すうっと一つ深呼吸する。&lt;br&gt;&#13;
　素材も十分、試薬もある。そしてギフト魔法も会得したばかりだ。&lt;br&gt;&#13;
　あとは魔法を詠唱するのみ。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ギフト、フォレスト！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると淵の水面がわずかに波立ち、白い湯気のようなものが立ち上がった。その気体は次第に渦を形成し、裸の女性アバターがその白き渦に飲み込まれていく。渦の動きが止まり、次第に空気が晴れてくると、インナー姿のアバターが現れた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「やった！　成功だ。でも……」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　確かに、オリジナルなインナーの生成に成功した。&lt;br&gt;&#13;
　が、その柄はモスグリーン一色。&lt;br&gt;&#13;
　seaportのような縞々模様を期待していた美音は喜び半分、失望半分の複雑な気持ちに包まれる。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「なんで縞ぱんにならないの……？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時だ。&lt;br&gt;&#13;
　美音のアバターの隣りに、裸の女性が現れる。&lt;br&gt;&#13;
　青いショートヘア。seaportだった。&lt;br&gt;&#13;
　そして湊は魔法を唱える。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ギフト、アクア！」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　すると先ほどの美音と同じく、湊のアバターは白い霧に包まれる。&lt;br&gt;&#13;
　霧が晴れると、そこにはインナー姿のアバターが現れた。その色は美音と同様、スモーキーブルー一色。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ほら、俺だって縞ぱんは造れないんだ、今の時間帯はね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　今の時間帯？と美音は不思議に思う。&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦はの一日は、プレイ時間の三十分に相当する。つまり三十分プレイを続ければ、白亜大戦の朝から夜を体験できるということだ。&lt;br&gt;&#13;
　美音がログインした時、白亜大戦の時間帯は夕方だった。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「白いインナーを造るためには、あるものが必要なんだ。白いぱんつに欠かせないものが」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　白いぱんつに必要なもの？&lt;br&gt;&#13;
　それは一体何だろう？&lt;br&gt;&#13;
　美音は月並みな答えを口にした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「純白の木綿……とか？」&lt;br&gt;&#13;
「違うよ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　即座に否定する湊。&lt;br&gt;&#13;
　そして答えを口にした。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「resonantさんも男だったらわかるだろ？　パンチラは希望の光なんだ。潤沢な陽の光がぱんつの白い部分には必要なんだよ」&lt;br&gt;&#13;
「いやいや、パンチラってちっとも希望の光じゃないし。ていうか、そもそも私女だし」&lt;br&gt;&#13;
「えっ？」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　その時だ。&lt;br&gt;&#13;
　世界に異変が起きた。&lt;br&gt;&#13;
　轟音に驚いた二人が空を見上げると、巨大な隕石がまさに落下しようとしていたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　分離した小さな隕石が次々と地上に落下する。爆音と共に森の木々がなぎ倒され、あちこちで火の手が上がっていた。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「ヤバい、ログアウトするぞ」&lt;br&gt;&#13;
「うん。その方が良さそうね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　巨大隕石の落下。&lt;br&gt;&#13;
　白亜紀の恐竜絶滅は、これが原因と考えられている。&lt;br&gt;&#13;
　隕石落下の結果、地球表面は舞い上がった塵に覆われ、数年間は太陽光が透過しない闇の世界が続いたという。&lt;br&gt;&#13;
　ゲームとしての白亜大戦も突然終了した。&lt;br&gt;&#13;
　これは後で噂になったことだが、ＤＬＣの売上が思わしくなかったことで大幅な赤字となっており、運営側がゲームを強制終了させたらしい。&lt;br&gt;&#13;
　このアクシデントが原因で、白亜大戦における美音の可愛らしいインナー作成は、永遠に不可能となった――&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　十年後。&lt;br&gt;&#13;
　まばゆい朝陽の中、洗濯物を干す美音に向かって息子が質問する。&lt;br&gt;&#13;
「ねえ、ママ。なんでぼくのなまえは、はるとっていうの？」&lt;br&gt;&#13;
「それはね、陽人はママとパパの希望の光だからだよ」&lt;br&gt;&#13;
　息子は本当に可愛い。&lt;br&gt;&#13;
　興味津々に質問してくるキラキラと光る瞳は、まるで宝石のようだ。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあなんで、ママはいつもしましまのぱんつをほしてるの？」&lt;br&gt;&#13;
「それはね――」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦が強制終了した後、湊は美音と連絡をとり合うようになった。他のゲームをオンラインで一緒に遊んだり、時には二人で出掛けたり。&lt;br&gt;&#13;
　そこで分かったのは、二人はよく似ているということ。白亜大戦で似たような装備を造っていた時から、美音は相性の良さをなんとなく感じていた。&lt;br&gt;&#13;
　そして出会いから一年後、湊は美音にプレゼントしたのだ。&lt;br&gt;&#13;
　白亜大戦で美音が造りたかった、念願のライトグリーンと白の縞ぱんを。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　美音は可愛い息子に微笑みながら、十年前の湊の言葉を思い出す。&lt;br&gt;&#13;
「希望の光だからよ。パパが言うにはね」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
　了&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;a href="https://rakennatsukikaku.wixsite.com/mitiru"&gt;ミチル企画&lt;/a&gt; ２０２１－２０２２冬企画&lt;br&gt;&#13;
テーマ：『イラストお題』
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      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>競作作品</dc:subject>
      <dc:subject>ミチル企画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>眠りすぎないように</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2021/12/03/9445268</link>
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      <pubDate>Fri, 03 Dec 2021 22:46:50 +0900</pubDate>
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      <description> 「えっ、一日十時間？」&lt;br&gt;&#13;
　留美子が驚きの眼差しを私に向ける。&lt;br&gt;&#13;
「夢月、それは寝すぎだよ」&lt;br&gt;&#13;
　その言葉に違和感を覚えた私は思わず反論する。&lt;br&gt;&#13;
「やだなぁ、寝すぎじゃなくて眠りすぎって言ってよ」&lt;br&gt;&#13;
「いやいや、寝すぎは寝すぎじゃね？」&lt;br&gt;&#13;
　そんな言われ方は嫌だ。私は「眠る」が好きなのだ。&lt;br&gt;&#13;
「ほら、眠り姫とは言うけど、寝る姫とは言わないじゃない」&lt;br&gt;&#13;
「でも、永遠に寝るとは言わないけど永遠に眠るって言うよ。縁起悪いよ」&lt;br&gt;&#13;
　ああ言えばこう言う。&lt;br&gt;&#13;
　そんな留美子を論破するには「寝すぎ」の危険性をアピールするしかない。&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、例えば三日間を考えてみて。三日間眠ると三日間寝るはどう？」&lt;br&gt;&#13;
「うーん、どっちも同じ感じかな……」&lt;br&gt;&#13;
「次は一週間。一週間眠ると一週間寝るは？」&lt;br&gt;&#13;
「一週間眠るは何か変かも？」&lt;br&gt;&#13;
「でしょ！　だから「寝すぎ」の方が危険なの。寝すぎることはあっても眠りすぎることはないのよ」&lt;br&gt;&#13;
　ポカンとする留美子。理解できないという様子だ。&lt;br&gt;&#13;
　やがて彼女はキレ始めた。&lt;br&gt;&#13;
「いやいや、夢月は寝すぎだって」&lt;br&gt;&#13;
「違うよ。眠りすぎなの」&lt;br&gt;&#13;
「やーい寝る姫」&lt;br&gt;&#13;
「だから眠り姫だってば！」&lt;br&gt;&#13;
　こうして始まった寝る派ｖｓ眠る派紛争は、一年間も続くことになったのだ。 &lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/184.html"&gt;５００文字の心臓　第１８４回「眠りすぎないように」投稿作品&lt;/a&gt;
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>少女、銀河を作る</title>
      <link>http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2021/09/28/9427855</link>
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      <pubDate>Tue, 28 Sep 2021 21:10:29 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2021-09-28T21:12:49+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2021-09-28T21:12:49+09:00</dcterms:created>
      <description>「神のお告げじゃ、『幼女、銅川』を過ぎし『熟女、金海』に至らぬものを祀れば道は開けよう」&lt;br&gt;&#13;
　オババの声が境内に木霊する。篝火に照らされる深く皺が刻まれた顔がこちらを向いた。&lt;br&gt;&#13;
「お主ならできる。この村の運命は託したぞ」&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
「だってさ、どうする？」&lt;br&gt;&#13;
「どうするって作るしかないだろ。じゃないと先に進めないぜ、このゲーム」&lt;br&gt;&#13;
　友人と興じる『ガールズ＆ギャラクシー』で最後の課題が提示された。謎解きが難しいこのゲームもゴールまであと一歩だ。&lt;br&gt;&#13;
「共通する文字は女。あとは幼から熟へ、銅から金、川から海へと変化している」&lt;br&gt;&#13;
「だな。銅と金の間は銀だろう」&lt;br&gt;&#13;
「じゃあ、幼と熟の間は？」&lt;br&gt;&#13;
「成、じゃないかな」&lt;br&gt;&#13;
「川と海は？」&lt;br&gt;&#13;
「潟？　それよりも素材の方が心配だ」&lt;br&gt;&#13;
「大抵のものは揃ってる。足りなくなったら狩りに行くしかないな」&lt;br&gt;&#13;
　こうして俺たちは素材集めを完了した。&lt;br&gt;&#13;
「神よ、作り給え『成女、銀潟』を！」&lt;br&gt;&#13;
　しかし現れたドラゴンは素材を一瞥すると飛び去ってしまった。&lt;br&gt;&#13;
「ダメか。何が悪かったんだ？　素材が足りなかったのか？」&lt;br&gt;&#13;
「それとも謎解きが間違っていたとか」&lt;br&gt;&#13;
「何でダメなんだよ！　もうちょっとなのに……」&lt;br&gt;&#13;
　今日も俺たちは試行錯誤を繰り返している。&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;br&gt;&#13;
&lt;hr&gt;&#13;
&lt;a href="http://microrrelato.net/title/works/183.html"&gt;５００文字の心臓　第１８３回「少女、銀河を作る」投稿作品&lt;/a&gt;
</description>
      <dc:subject>投稿作品</dc:subject>
      <dc:subject>超短編</dc:subject>
      <dc:subject>５００文字の心臓</dc:subject>
    </item>
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