夜道でカシャッ!2010年06月21日 20時23分58秒

 カシャッ!

 駅から自宅への夜道を急ぐ理子は、変な音を耳にして足を止めた。耳を澄ませると、街灯に群がる虫の羽音がパタパタと住宅街に響いている。
 何の音? シャッター音のような気がしたけど……
 理子の額にじっと汗が浮かぶ。蒸し暑い梅雨は、理子の一番嫌いな季節。早くマンションに帰って、冷房の効いた部屋でビールを楽しみたい。まとわりつくスカートと高いヒールに辟易していた理子は、新たな邪魔者に眉をひそめた。
 盗撮されてる……?
 理子は辺りを見回しながら後ずさりする。すると、住宅の紫陽花の生垣が背中に当たった。そして、その時――

 カシャッ!

 えっ、また? これってやっぱり盗撮!?
 恐くなった理子は、生垣に背中を預けたまま携帯電話を取り出し、友人の美和に電話する。お願い、早く出て!
「もしもし、美和?」
「理子か。どうした、情けない声出しちゃって」
 美和の明るい声が、ぽっと理子の心を照らす。
「今、家に帰る途中なんだけど、盗撮されてるみたいなの」
「盗撮? 近くに誰かいるの?」
「誰もいないわ。住宅街に一人よ。でも、きっとどこかから撮られているわ。シャッター音が確かにしたのよ」
 すると、美和は少し考えてから理子に質問した。
「もしかして理子、黒い服着てない?」
「よくわかるね。黒のワンピだけど」
「だったらきっとそれ、赤外線カメラだよ。ジメジメしてるから、ブラとか透けちゃってんじゃないの?」
 日中で赤外線カメラを使うと、黒い服が透けて中の下着が写る場合があるという。そんな美和の説明に、理子は背筋が寒くなった。
「隙を見てダッシュで逃げるのよ」
「無理だよ、今日のサンダル、ヒール高くって」
「バカね、そんなの脱いじゃえばいいでしょ」
 確かに美和の言う通りだ。理子は電話を切ると、サンダルを脱ごうとして一歩踏み出した。しかし、その時――

 カシャリ!

 もういい加減にして!
 素足になった理子は、サンダルを手にして脱兎のごとく走り出した。次の角を曲がると自宅のマンションが見えてくる。あと百メートル。理子は素早くマンション入口のロックを解除すると、エレベータホールに駆け込んだ。ここまで来れば誰も追って来れないはず。ほっとした理子は、再びサンダルを履こうとした。すると、サンダルから手に何かヌメリとした異様な感触が伝わってきて――

 キャーァァァッ!

 理子は驚いてサンダルから手を離す。
 転がり落ちたサンダルを恐る恐る見ると、五センチくらいの大きなカタツムリが三匹、ヒールに串刺になっていた。そして壊れた殻からぬうっと顔を出し、悲しそうに理子を見つめていた。




ばか言わシアターコンテスト投稿作品
(こころのダンス文章塾 第18回お題「夏(恐怖)」投稿作品『崩壊』の書き直し)

「結託」byもでれーと2006年09月27日 23時52分43秒

「今夜は豪勢だったね」
席を立ちながら山下が呟いた。
やはり彼には気づかれてしまった。
こっそり特別なウイスキーを出したことを。
「四十周年記念よ」
「そう、それはおめでとう」
山下は、かるく右手を上げて出て行った。
 
四十年。
働いて働いて、並木通りの片隅にこの店を持った。
カウンターと四人がけの席が二つだけの、ちっぽけなお城。
でも本当なら、隣にはあの人が居るはずだった。
最愛の人。その命を奪った戦争。
彼が散った海で、これから私も人生を終えるつもりだ。
だから、最後の客となった山下に、あのウイスキーを振舞ったのだ。

「暗い顔をしていたのも、気づかれたかしら・・・」
片道の航空券を抱きしめながら、店内を眺める。
この店も今夜でお別れだ。
そのとき、カウンターで何かが光った。
ライターだ。かなり古い。
山下はジッポが好きで、いくつか持っていたが、これは初めて見る。

突然電話が鳴った。
「露子さん、ですか?」
知らない声だ。
「はい、そうですが」
「私は山下といいます。実は父が・・・」
「ああ、山下さんならもう帰られましたよ」
「え?」
「つい今しがた。あ、年代物のライター、お忘れになったかも」
「今、ですか。ライター。そうですか、親父が・・・」
沈黙。
「露子さん」
「はい」
「父は、一時間前に亡くなりました」
 
盆を過ぎた墓地に人影はない。
私は息子さんの言葉を思い出していた。
「父も、自分の戦友が露子さんの恋人だったとは、
 そのライターが出てくるまでは、知らなかったようです。
 露子さんに知らせなきゃ、ってそれはもう、うわ言にまで言い続けて」

今ふたりは、同じ場所に居る。

「戦地から戻ったら、このウイスキーで乾杯しよう」
彼が楽しみにしていたあのウイスキー。
あの晩は、二人で飲みに来たのだろうか。
「仕方ないわねえ」
ふっと笑って、ライターで航空券に火を点けた。
バケツの中で炎が高く燃え上がり、すぐに消えた。
鰯雲の浮かぶ空を、赤とんぼが連なって飛んでいった。

(799文字)

へちま亭文章塾 第11回おさかさん投稿作品「結託」
文章塾のゆりかごでの書き直しコンペ参加作品

コメント
_ よっぱ ― 2006年09月28日 20時02分59秒
そうか 戦友か、なるほど
それなら山下さんが露子さんのこと好きでも年齢的に不思議じゃなくなりますね

_ おさか ― 2006年09月28日 20時08分42秒
おお、そうきましたか!なるほど~、確かにこうしたほうが判りやすいですね。叔父と甥だと説明が面倒だ(笑
こちらの露子さんも、若めでいろっぽいなあ♪まだまだ現役って感じ。

_ トゥーサ・ヴァッキーノ ― 2006年09月29日 10時09分56秒
あ、こういう方がボクでもスッキリと入り込めますね。

_ くれび ― 2006年09月29日 16時45分35秒
ここでは山下さんが露子さんの亡くなった恋人の戦友として描かれています。この関係が結託の意志をよりストレートに伝えることに寄与していると思います。
四十年も経っているのに露子さんの想いが枯れていない様子もよく伝わってきました。

_ 鹿王院知子 ― 2006年09月29日 18時19分55秒
なるほど

戦友!それもいいですね
年代的にも露子さんとしっくりしますね

40年も好きでいるって
女ですよね、露子さんってつくづく

_ よっぱの予想 ― 2006年09月29日 18時41分31秒
これは「トゥーサ・ヴァッキーノ」 さんにします

_ もでれーと ― 2006年09月29日 20時01分33秒
あら、よっぱさん。トゥーサ・ヴァッキーノさんと間違えてくれて、とても光栄ですわ。でも残念ながら私、イタリア人ではなくってよ。だって、イタリア語で「もでらーと」と書こうと思ってて、間違えて英語で書いちゃったんですもの。

_ イタリア人! ― 2006年09月29日 20時32分08秒
あ、ヤベェ・・・

_ もでれーと ― 2006年09月30日 22時23分42秒
よっぱさん、おさかさん、トゥーサ・ヴァッキーノさん、くれびさん、鹿王院知子さん、そしてイタリア人さん、コメントありがとうございます。
すっきりさせることが最大の目的だったので、皆様のコメントうれしかったです。コンペの目的は、「難解なこのストーリーを800字以内で出来るだけ説明する」でしたが、あえてそれに反し、難解な部分を捨て去ってしまいました。
よっぱさん。よっぱさんの予想に変なことを書いてしまいましたが、正直に言ってトゥーサ・ヴァッキーノさんと間違えていただきうれしかったです。気を悪くされたら申し訳ありません。先駆けてコメントを書かれたよっぱさんに、大変感謝しています。自分が参加しているとコメントが書きにくくて困っていましたので。
最後に。mukamuka72002さんのコメントがもらえなかった・・・(泣)。もでれーとこと、つとむューでした。

泣いたお父さん2006年07月26日 00時13分00秒

「バッカじゃないの!?勝手に行けば。」
あーっ、頭に来る。お父さんったら、私が高校受験を控えているのわかってるくせに、家族旅行だなんて、のんきなこと言うんだもん。
「お父さん泣いてたわよ」
だったら、お母さんと行けばいいじゃない。私はもう、そんな歳じゃないの。

でも、いつからだろう、家族旅行に行かなくなったのは・・・。中学に入ったら部活で忙しくなっちゃったし、第一、"家族で旅行"なんて言ったら、友達にバカにされるじゃない。

次の日、学校から帰って郵便受けを見ると、お父さん宛の絵葉書が入っていた。差出人は・・・えっ!私!?いったいこれは、どういうこと・・・?裏に描かれているのは、青い海と白い砂浜・・・その風景を見ているうちに、5年前の出来事が私の脳裏によみがえった。

そうだ。そこは、毎年家族で出かけていた南の島だ。あの頃は、家族であの島に行くのが楽しみだった・・・。でも、5年前の旅行の最中に、突然噴火が起きちゃって、全住民が避難することになったんだ。私達も夜中に起こされて、慌てて船に乗り込んだんだよね。そういえばあの絵葉書は、噴火する日の夕方、島のポストに私が入れたんだっけ。5年ぶりに帰島が実現したというニュースを最近聞いたけど、それまであの絵葉書は、ずっとあのポストに置いてきぼりだったんだ。

「パパ、また連れて行ってね」
そう書かれた絵葉書を、そっと胸に当てる。
そうかぁ・・・、無邪気に言えたその言葉を、直接お父さんに言えなくなったのは、あの頃からだったんだ・・・。だから、わざわざお父さんに絵葉書を書いたんだよね・・・

春になって受験が終わったら、この絵葉書を渡してみよう。その時私は、お父さんになんて言えるかな・・・


へちま亭文章塾 第9回「殺し文句」投稿作品
「お父さんのススリ泣き」の書き直し