かわき、ざわめき、まがまがし2017年03月26日 21時26分09秒

 ある夏のこと。日照り続きで塩里村の井戸が全部枯れてしまったという。
「おらんちも枯れた」
「うちもじゃ」
「どうすんだ? 川まで半里もあんぞ」
「しかたねえべ。川があるだけましじゃ」
 すると作兵衛が神妙な面持ちで切り出す。
「おら噂に聞いたんだけんどよ」
「おお、なんだ?」
 皆がざわざわと集まってきた。
「太郎んちの井戸は枯れてねえって話だ」
 太郎というのは村外れに住んでいる若者のことだ。
 その時。
「駄目じゃ、あの井戸は!」
 力強い声が広場に響く。振り向くと一人の老婆が立っていた。
「なんでじゃ? 婆婆様」
「あの井戸は呪われとる。近寄ってはならぬ」
「化け物でも出るんか?」
「そうじゃ。昨晩、こっそり太郎んちの井戸を覗いたんじゃが……」
 皆はゴクリと唾を飲んだ。
「ぶつぶつと中から不吉な音がしての、わしは気を失った」
 すると太郎がひっこりと広場に顔を出した。
「どうしたんッスか? 皆、青い顔して」
「た、太郎。お前んちの井戸には化け物が住んどるって本当か?」
「バカなこと言わんで下さい。あれは冷泉ッス」
「冷泉?」
「だから枯れないんッスよ。炭酸しゅわしゅわで美味いッス。でも気をつけて下さいね。井戸に首突っ込むとマジ死にますから」



500文字の心臓 第154回「かわき、ざわめき、まがまがし」投稿作品

2017年02月07日 07時46分55秒

 父が死ぬまでの数年間、私たち姉妹は洞窟の中で暮らしていました。悪い人に見つかると殺されるからと言い聞かされて、世間から隠れて生活していたのです。
 ざばん、ざばんと絶えず波の音が聞こえてきます。外に出ることが許されない私たちにとって、この波音と洞窟の入口からわずかに見える青空だけが、世界の変化を教えてくれる窓でした。
 とりわけ楽しみにしていたのが夜です。空の青もしくは雲しか見えない昼間とは違って、晴れた夜には星明かりが洞窟の奥まで届きます。私たちは、目に映る限られた星々を結んで勝手に名前を付けていました。
「お姉ちゃん、また『P』が見える季節になったよ」
「ホントだ。またあれが食べれるね」
 夜の長さが一番長くなると、Pの形をした星座が現れます。すると父は、私たちにお餅を持って来てくれたのです。だから私たちは、夜空にPが現れるのを楽しみにしていました。
 ある朝、父は冷たくなっていました。私たちは、ようやく洞窟から出ることができたのです。
 今でも正月の夜に北斗七星を見上げると、姉と見た星空を思い出します。



500文字の心臓 第153回「P」投稿作品

テレフォン・コール2016年12月18日 23時31分57秒

 意思の疎通が脳内チップを介した無線通信で行われるようになった時代。声帯は言葉を発することを止め、鼓膜は自然音を知覚するだけの器官となった。
(ねえ、カオリ。百年前には、電話という機械があったそうだよ)
(へぇ〜。それって何をする機械?)
(遠い場所から操作して、人の鼓膜を震わす機械……らしい)
(鼓膜を震わすって?)
(こうだよ)
 シンジはカオリの耳元で「ワン」と犬の鳴き真似をする。
(くすぐったいよ。それに、こんなところで恥ずかしいよ)
(いいじゃないか、好きなんだから)
(もう、シンジったら)
 カオリもシンジの耳元で「ニャー」と鳴いた。
(昔の人は、こんな素敵なことをなんで遠くからやってたんだろうね)
(きっとロマンチストだったのよ)
(カオリ。今度僕は、この電話機を作ってみようと思うんだ)
(じゃあ、完成したら最初に私で試してみて)
(犬語がいい? それとも猫語?)
(うーん、そうね。最近ようやく解明されたアレがいいわ)
 こうして百年ぶりのテレフォンコールはキリン語に決まった。



500文字の心臓 第152回「テレフォン・コール」投稿作品

あたたかさ、やわらかさ、しずけさ2016年11月03日 22時11分12秒

ここは私立早熟中学校。高校を超えたレベルまで教えてくれると噂の超進学校だ。
その早熟中学校で昨年発生した小さな事件は、とある理科の授業参観が発端だった。
『ヤング率が高くなればなるほど、硬くなる』
教師が発したこの説明に、教室の後ろに陣取る生徒の保護者達はざわついた。
「まあ、こんなところまで教えるの?」と、予想以上に大人びた授業内容に顔を赤らめる保護者もいたという。
そして決定的だったのが、次の説明だった。
『弾性係数は根本的に、熱くなればなるほど下がり、柔らかくなる』
「えっ、男性係数?」と、一時は騒然とした教室だったが、保護者の険しい表情と共に静寂に包まれたのであった。

後日、中学校には「大人びた授業を否定はしないが、間違ったことは教えないでほしい」というクレームが相次いだという。



500文字の心臓 第151回「あたたかさ、やわらかさ、しずけさ」投稿作品

夢の樹2016年09月22日 23時18分23秒

 大国主神が各地の地主神を呼んで、日頃の労いをすることになった。
「皆の者、日々の平穏への尽力、ご苦労である。褒美として願い事を一人一つ叶えて使わす」
 ざわつく地主神たち。ここぞとばかり願い事を考え始めた。
「ただし、条件がある」
 場は一瞬で静寂に包まれる。
「三人の願いが一致した場合のみ、叶えることとしたい」
 流石の大国主神といえども、一人一人の願いを聞いてはいられない。
 すると老人、若者、女性の三人組が手を挙げた。
「わしら、名前の漢字の『木』を『樹』に変えて欲しいんじゃ」
「それはなぜだ?」
「だって『木』より『樹』の方がお洒落じゃん」
「例えば『夏木』よりも『夏樹』の方が味があるわ」
「『樹』に変えてもらうのが、昔からの夢だったんじゃ」
 大国主神は少し考えた後、首を大きく縦に振った。
「わかった。ではお前たちの名前を言ってみよ」
「俺、六本木」
「私は乃木坂よ」
「わしは木更津じゃ」



500文字の心臓 第150回「夢の樹」投稿作品