出てって2017年10月24日 07時55分52秒

 井戸の中を覗いたら中から声が聞こえてきた。
「出てって」
 いやいや、俺は中になんて入ってないし、入るつもりもない。
 不思議に思っていると、真っ暗な井戸の底から異様な熱気が込み上げて来る。
 俺は慌てて後ずさった。なにか得体の知れないものが出てくるような気がしたのだ。
「出てって!」
 引き続き声がする。通告を受けているのは俺ではなく、まだ地下に留まっている何かのようだ。
 その正体は何? 幽霊? それとも妖怪?
 そんな恐ろしいものが出てきたとしても、ちらっと見てみたい衝動に俺は駆られていた。
「出てってよ!」
 繰り返すその退出通告は、予想外に太くて低い声だったから。

(追記11/17:haruさんに朗読していただきました)



500文字の心臓 第158回「出てって」投稿作品

百年と八日目の蝉2017年08月30日 22時14分12秒

「博士、すごい発見をしました!」
「おお、何の発見じゃ?」
「最近、蝉の成虫の寿命がのびているんです。この十年間で、確実に二時間半ほどのびました!」
「おお、すごいぞ。ということは、百年経てば寿命が一日以上のびるということじゃな」
「そうなんです、博士。『蝉の寿命は一週間』という定説が崩れるんです」

 九十年後。
「博士、ついに蝉の成虫の寿命は百年前よりも二十五時間のびました!」
「おお、地道な研究が実を結んだの。これで定説が崩れた、すぐに論文発表じゃ!」
「はい。でも、人間の寿命ののびに比べたら微々たるものですが・・・」



500文字の心臓 第157回「百年と八日目の蝉」投稿作品

永遠凝視者2017年07月03日 20時51分30秒

 サラリーマンが行き交う週明けの駅前に預言者が現れた。
 なんでも、遥か未来のことをピタリと言い当てるそうだ。
「七百兆日後の世界は……」
 なっ、七百兆日といえば、二兆年後じゃないか。
「月曜日です」
 人類が生きていればな。



500文字の心臓 第156回「永遠凝視者」投稿作品

投網観光開発2017年05月07日 18時51分41秒

 小さな漁村、茨北村に若者が押し寄せるようになったのは一週間前のこと。困惑した漁師達が派出所に押しかけた。
「最近なんで若者が村に来るのか教えてくんねえか?」
「ちょっと待って下さい……」
 赴任したばかりの新人巡査はスマホで調べ始める。
「どうやら、ポキモンVRというゲームが原因らしいですね」
 巡査が示す画面には一軒の漁具店が紹介されていた。
「それ、俺の店だっぺ」
「魚吉の網がすごい、って書いてありますよ」
「そのゲームと網が関係あんのけ?」
「えーと、魚吉の網は使い易くて大きなポキモンが獲れる? へぇ〜、ポキモンを捕まえる道具は、実物の写真を三方向から撮らないといけないらしいですね」
「写真を? 道理で若者が店に来て、網の前で何かやってるわけだ」
「魚吉の網を使ってみた動画も載ってますよ」
 そこには公園で大きなゴーグルを付けて腕を振る若者達の姿が。
「なんだい、こりゃ随分と屁っ放り腰だなぁ」
「網の打ち方、教えてあげたらいいんじゃないですか? 一時間千円くらいで」
「おお、それはいい案だっぺ」
「んだ、皆でやっぺよ」
 こうして茨北村は世界でも有名な漁村となった。投網の魅力に取り憑かれて永住を決めた外国人もいるという。



500文字の心臓 第155回「投網観光開発」投稿作品

かわき、ざわめき、まがまがし2017年03月26日 21時26分09秒

 ある夏のこと。日照り続きで塩里村の井戸が全部枯れてしまったという。
「おらんちも枯れた」
「うちもじゃ」
「どうすんだ? 川まで半里もあんぞ」
「しかたねえべ。川があるだけましじゃ」
 すると作兵衛が神妙な面持ちで切り出す。
「おら噂に聞いたんだけんどよ」
「おお、なんだ?」
 皆がざわざわと集まってきた。
「太郎んちの井戸は枯れてねえって話だ」
 太郎というのは村外れに住んでいる若者のことだ。
 その時。
「駄目じゃ、あの井戸は!」
 力強い声が広場に響く。振り向くと一人の老婆が立っていた。
「なんでじゃ? 婆婆様」
「あの井戸は呪われとる。近寄ってはならぬ」
「化け物でも出るんか?」
「そうじゃ。昨晩、こっそり太郎んちの井戸を覗いたんじゃが……」
 皆はゴクリと唾を飲んだ。
「ぶつぶつと中から不吉な音がしての、わしは気を失った」
 すると太郎がひっこりと広場に顔を出した。
「どうしたんッスか? 皆、青い顔して」
「た、太郎。お前んちの井戸には化け物が住んどるって本当か?」
「バカなこと言わんで下さい。あれは冷泉ッス」
「冷泉?」
「だから枯れないんッスよ。炭酸しゅわしゅわで美味いッス。でも気をつけて下さいね。井戸に首突っ込むとマジ死にますから」



500文字の心臓 第154回「かわき、ざわめき、まがまがし」投稿作品