ラジオ講座2009年04月20日 21時58分59秒

「ねえねえ知ってる?」
 廊下で僕を見つけたマリコが走ってやって来る。
「M先輩ね、W大学受かったんだって!」
「えっ、すごいじゃん」
 最近、上級生の受験結果が校内で飛び交っている。そのことは同時に、次は自分達の番であることを告げていた。
「受験勉強か…」
 そろそろ始めなくてはと思いつつ、何をやったらいいのか分からないと手付かずのままにしている超重要課題だ。
「私ね、M先輩にいいこと教えてもらっちゃった」
「なんだいそれは?」
「ラジオ講座って知ってる?」
「ああ、名前だけは」
「あれってすごくいいんだって。先輩もそれで勉強してたんだってよ」
「へぇ~」
「どう、一緒にやらない?」
「やらないって、W大でも目指してんのかよ」
「そうよ、だってM先輩と同じ大学に行きたいもん」
 結局それかよ。マリコの誘いに乗るのも一案だけど、発端がM先輩というのがちょっと引っかかる。
「なんか面倒くさそうだな」
「えー、ねえ一緒にやろうよ、今度面白そうな講義を録音して持って来るからさぁ」
「ああ聞くだけならな」
 もしマリコが録音テープを持ってきたとしても、それを渡したかった相手は僕ではなくM先輩なんだよ。そう思うと、少し憂鬱になった。

 それからしばらくの間、マリコから連絡は無かった。どうせ他のヤツにも声を掛けて、すでに勉強仲間を見つけたに違いない。そう思っていたある日、下校時の下駄箱に手紙を見つけた。差出人はマリコだった。

「ラジオ講座のテープか…」
 校舎の裏でドキドキしながら封を開ける。中身はカセットテープと、小さく折り畳まれた一枚の紙。
「レポート用紙?」
 広げてみると、そこにはきれいな字でぎっしりと講義の解説が書かれていた。桜の花のような、いい匂いがする。
「仕方ねえなあ…」
 僕は自転車に乗り、街の本屋へと向かう。もちろんラジオ講座のテキストを買うためだ。M先輩と同じ勉強方法は癪と思いつつ、駆け下りる坂道もペダルを漕ぐ自分がそこにいた。


文章塾という踊り場♪ 第34回「兆し」投稿作品

フェードアウト2008年08月17日 16時51分12秒

「ねえ、舞台の照明をだんだん明るくするのってどうやるの?」
「その足元のハンドルを右に回すんだよ」
「こうね!」
 ここは昼休みの体育館。僕はマリコの特訓につき合わされている。
「あっ、明るくなった。おもしろーい」
「なんだ、そんなことも知らなかったのかよ」
「だって舞台の稽古で精一杯だったんだもん…」

 マリコが照明をやることになったのは、先日の県大会での出来事が原因だ。表彰結果が不満だった彼女は、集団行動をとらずに一人で帰宅してしまった。その罰として、次の演劇では裏方に回ることになったのだ。
「あんたが辞めちゃうから、私が照明をやることになったんじゃない。
ちゃんと責任取ってよね」
と、当の本人に悪びれた様子はない。こんなマリコに振り回されるのはもうコリゴリと、僕はすでに部活を辞めていた。

「じゃあ、照明の色を変えながら、だんだんと暗くするのってどうやるの?」
「手でスイッチを切り替えながら、足でハンドルを左に回すんだよ」
「えっ、足で!?こうね、うっ、ぐぐぐぐ…」
「おい、そんなに足を上げるとパンツ見えちゃうぜ」
「へへへ、ブルマー穿いてるから大丈夫。でも見ないでよね、スケベ」

 こんな風にマリコと舞台裏に居られるなら、部活を辞めなくてもよかったかもしれない。そんな淡い後悔に浸っていると、マリコがぽつりと呟いた。
「どうせなら、M先輩に照明を当てたかったな…」
 マリコがずっと想い続けてきたM先輩。その先輩は引退して、もう部活に来ることはない。未練をあからさまにするマリコに少し腹が立った僕は、ちょっぴり意地悪したくなった。
「そんなことしたら先輩を見つめる観客にジェラシー感じて、居ても立ってもいられなくなるぜ」
「そうなのかな…」
 二度と先輩が立つことのない舞台を見つめるマリコ。そんな彼女を見るのはやっぱりつらい。
 この特訓が終わったら、しばらくマリコと距離を置こう。昼休みの終了を知らせる鐘は、恋の終わりも告げていた。


文章塾という踊り場♪ 第28回「世界の始まり・世界の終り」または「私の文章作法」投稿作品

スポットライト2008年07月17日 22時28分09秒

「なに一番後ろに座ってんのよ」
 不意に声を掛けられ驚いて振り向く。マリコだった。
「そっちこそ皆の所に居なくていいのかよ」
「別にいいでしょ、隣いい?」
 マリコは返事も聞かずに僕の隣に座った。

 ここは県民ホールの観客席。舞台では、先ほどまで高校演劇発表会が行われていた。我が部も出場しているのだが、前日に怪我をして出れなくなった僕は、一人でこっそり見に来ていた。

「ずっとここで見てたけど、残念ながら優勝は取れそうも無いぜ。ウチらの一つ前に発表した高校がとても良かった」
「そうみたいね。楽屋からでもすごい拍手が聞こえたわ。ああ、M先輩悲しむだろうな…」
「だからここに来た、と」
「まあね」
 優勝できなければ、三年生にとって高校最後の大会となってしまう。先輩の悲しむ姿を見たくないマリコの心中もわかるが、それがここに来た理由というのも、なんとも複雑だ。
「でも準優勝は狙えると思うよ。出来は悪くなかった」
「そうだよね、がんばったもんね」

 いよいよ発表の時。優勝はやはり一つ前の高校だった。さらに準優勝も我が校ではなく、主役の女生徒がセーラー服姿で飛んだり跳ねたりと熱演した高校が獲得した。

「バカヤロー!パンツ見せれば賞を取れると思ってんじゃねーぞ。審査員もエロオヤジ!」
「おいおいマリコ」
「だって、あんなパンチラ高校が準優勝じゃあ、先輩可哀想だよ…」
「ほら、みんな行っちゃうぜ」
「ねえ、しばらくここに居させて」
「居させてったって…」
 マリコを見ると、疲れたようにうつむいていた。
 そうだよ、マリコだって、準優勝の女生徒に負けないくらい精一杯役を演じた後だったんだ。それなのに、僕はといえば、M先輩とのことばかり気にしていた…
「お疲れ様。気が済んだら言ってくれよ」
「ありがとう…」
 マリコが僕を見てなくても構わない。ありのままの姿をさらけ出せる存在であればそれでいい。
 スポットライトが消えた舞台を、僕はいつまでも見つめていた。


文章塾という踊り場♪ 第27回「七月」投稿作品

クラクションは僕の歌2008年06月18日 01時43分07秒

 チクショー!

 心の中で叫びながら、夕暮れの坂道を自転車で駆け下りる。涙も本当に出てきやがった。忘れ物を取りに、部室になんか戻らなければよかったんだ。そうすれば、あんなところを見ずに済んだのに…

 部活が終わったのはちょうど三十分前。別れ際、明日の県大会がんばろうねと微笑むマリコに、ドキドキしたのが十八分前。そして、部室の中で待ち合わせをするM先輩とマリコを、窓越しに見てしまったのが二分前だった。
「先輩にとっては、高校最後の県大会だから…」
 部室から漏れ聞こえるマリコの甘い声に、忘れ物なんてどうでもいいと自転車に飛び乗った。

「あんな笑顔を僕には見せてくれなかった…」
 涙を拭うと、辺りはすっかり暗くなっていた。悔しくて、悔しくて、そんなことはどうでもよかったのだ。仕方なく僕は、前輪にあるライトのスイッチに足を延ばす。その時だ、体がふわっと浮き上がったのは。

 ガッシャーン

 い、いったい何が起きたんだ!?右肩がすごく痛い。どうやら肩からアスファルトに叩きつけられたようだ。はるか前方には、自転車が無残に転がっている。その前輪を見ると、えっ?上履が…。そうか、ライトを付けようとした時に、足先につっかけていた上履がはさまったのか。坂道を疾走中に前輪が急にロックされたものだから、僕は自転車ごと一回転してしまったんだ。
 本当にバカだよ、靴を忘れるなんて。帰り際のマリコの言葉に有頂天になるから、上履で帰っちまうんだよ。部室では二人に見せつけられるし、挙句の果てがこのザマだ…

「バカヤロー、轢き殺すぞ!」
 僕を避けて行く車から怒号が浴びせられる。なんて惨めなんだ。でも、何なんだろう、今の僕にとってはなんだか応援歌のように聞こえてくる。負けるな、立て、立つんだ!と。
「マリコ達がやって来る前に…」
 そう呟きながら僕は立ち上がり、自転車に向かって歩き出す。右足に伝わるアスファルトの冷たさが、僕の視界をにじませた。


文章塾という踊り場♪ 第26回「六月あるいはJuneにまつわるもの」投稿作品

ロンリーハート2007年05月21日 01時12分12秒

「えっ、FM宝探し?何それ?」
 受話器越しのマリコの声が変わった。何度映画に誘っても「忙しい」の一点張りだったのに、今度はうまくいきそうだ。
「FMラジオを聞きながら宝探しをやるイベントがあるんだよ」
「それって、おもしろそうね」

 こうして僕は、マリコとラジオのイヤホンを分け合って日曜の街を歩いている。初夏の風に吹かれた彼女の髪が、イヤホンを押さえる腕に触れてくすぐったい。
「あっ、聞こえた!」
 ミニFM局から電波が届くたびにマリコがはしゃぐ。地図に示された場所に近づくと、ラジオから問題が聞こえてくるという仕組みだ。
「なになに、これから流れる曲の題名を答えよだって?」
 力強く響くベース、特徴のあるイントロ…。うーん、どこかで聞いたことがある…。そうだ!これはM先輩から昨日預かったテープの曲だ。

 そのテープは、部活の後に突然渡された。今度の演劇に合うかどうか、音響係の僕の意見を聞きたいというのだ。「月曜に答えを聞かせてくれよ」と微笑むM先輩は、どこか楽しそうだった。

 これはいいところを見せるチャンス!心の中でM先輩に感謝しながら、曲名を必死に思い出す。
「なんだったっけ、この曲の題名?聞いたことあるんだ…」
 しかし、マリコの返事は唐突だった。
「M先輩にね、好きって言ったの…」
「えっ!?」
 振り向いた拍子に、彼女の耳がイヤホンに引っ張られる。
「イテテ!ちょっと最後までちゃんと聞きなさいよ。曲のことよ、この曲」
「なんだぁ…」
「あれれっ、なんか妬いちゃった?」
「そんなことあるわけないだろう!」
「な、なによ、ムキにならなくたっていいじゃない。あーあ、M先輩、人気あるからなぁ…。私なんかじゃ、望み薄だよなぁ…」
 ここは動揺を見せじと、僕は話を本題に戻す。
「と、ところで曲名はなんだったっけ?」
「ロンリーハート」
 マリコは遠くを見ながらそう言った。
 見つめる先がずっと遠くのままだったらいいのにと、僕は月曜の答えを探していた。


こころのダンス文章塾 第16回「恋ごころ」投稿作品★胸キュン賞