クラクションは僕の歌2008年06月18日 01時43分07秒

 チクショー!

 心の中で叫びながら、夕暮れの坂道を自転車で駆け下りる。涙も本当に出てきやがった。忘れ物を取りに、部室になんか戻らなければよかったんだ。そうすれば、あんなところを見ずに済んだのに…

 部活が終わったのはちょうど三十分前。別れ際、明日の県大会がんばろうねと微笑むマリコに、ドキドキしたのが十八分前。そして、部室の中で待ち合わせをするM先輩とマリコを、窓越しに見てしまったのが二分前だった。
「先輩にとっては、高校最後の県大会だから…」
 部室から漏れ聞こえるマリコの甘い声に、忘れ物なんてどうでもいいと自転車に飛び乗った。

「あんな笑顔を僕には見せてくれなかった…」
 涙を拭うと、辺りはすっかり暗くなっていた。悔しくて、悔しくて、そんなことはどうでもよかったのだ。仕方なく僕は、前輪にあるライトのスイッチに足を延ばす。その時だ、体がふわっと浮き上がったのは。

 ガッシャーン

 い、いったい何が起きたんだ!?右肩がすごく痛い。どうやら肩からアスファルトに叩きつけられたようだ。はるか前方には、自転車が無残に転がっている。その前輪を見ると、えっ?上履が…。そうか、ライトを付けようとした時に、足先につっかけていた上履がはさまったのか。坂道を疾走中に前輪が急にロックされたものだから、僕は自転車ごと一回転してしまったんだ。
 本当にバカだよ、靴を忘れるなんて。帰り際のマリコの言葉に有頂天になるから、上履で帰っちまうんだよ。部室では二人に見せつけられるし、挙句の果てがこのザマだ…

「バカヤロー、轢き殺すぞ!」
 僕を避けて行く車から怒号が浴びせられる。なんて惨めなんだ。でも、何なんだろう、今の僕にとってはなんだか応援歌のように聞こえてくる。負けるな、立て、立つんだ!と。
「マリコ達がやって来る前に…」
 そう呟きながら僕は立ち上がり、自転車に向かって歩き出す。右足に伝わるアスファルトの冷たさが、僕の視界をにじませた。


文章塾という踊り場♪ 第26回「六月あるいはJuneにまつわるもの」投稿作品

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