フェードアウト2008年08月17日 16時51分12秒

「ねえ、舞台の照明をだんだん明るくするのってどうやるの?」
「その足元のハンドルを右に回すんだよ」
「こうね!」
 ここは昼休みの体育館。僕はマリコの特訓につき合わされている。
「あっ、明るくなった。おもしろーい」
「なんだ、そんなことも知らなかったのかよ」
「だって舞台の稽古で精一杯だったんだもん…」

 マリコが照明をやることになったのは、先日の県大会での出来事が原因だ。表彰結果が不満だった彼女は、集団行動をとらずに一人で帰宅してしまった。その罰として、次の演劇では裏方に回ることになったのだ。
「あんたが辞めちゃうから、私が照明をやることになったんじゃない。
ちゃんと責任取ってよね」
と、当の本人に悪びれた様子はない。こんなマリコに振り回されるのはもうコリゴリと、僕はすでに部活を辞めていた。

「じゃあ、照明の色を変えながら、だんだんと暗くするのってどうやるの?」
「手でスイッチを切り替えながら、足でハンドルを左に回すんだよ」
「えっ、足で!?こうね、うっ、ぐぐぐぐ…」
「おい、そんなに足を上げるとパンツ見えちゃうぜ」
「へへへ、ブルマー穿いてるから大丈夫。でも見ないでよね、スケベ」

 こんな風にマリコと舞台裏に居られるなら、部活を辞めなくてもよかったかもしれない。そんな淡い後悔に浸っていると、マリコがぽつりと呟いた。
「どうせなら、M先輩に照明を当てたかったな…」
 マリコがずっと想い続けてきたM先輩。その先輩は引退して、もう部活に来ることはない。未練をあからさまにするマリコに少し腹が立った僕は、ちょっぴり意地悪したくなった。
「そんなことしたら先輩を見つめる観客にジェラシー感じて、居ても立ってもいられなくなるぜ」
「そうなのかな…」
 二度と先輩が立つことのない舞台を見つめるマリコ。そんな彼女を見るのはやっぱりつらい。
 この特訓が終わったら、しばらくマリコと距離を置こう。昼休みの終了を知らせる鐘は、恋の終わりも告げていた。


文章塾という踊り場♪ 第28回「世界の始まり・世界の終り」または「私の文章作法」投稿作品

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