九十九島放送局2007年03月06日 00時09分52秒

「ねえ、社長さん、私がこんなことを言うのもなんだけど、毎晩飲みに来て大丈夫?」
 ナンバーワンホステスの香織が、ウイスキーを割りながら武の顔を覗き込む。
「平気平気、オレ九十九島放送局の社長だから」
 九十九島列島。大小三十五の島が連なるこの地域には、テレビ局が一局しかない。それが九十九島放送局だ。公共放送ということで受信料制をとっているが、社長五藤武の夜遊びが祟って未払いが相次いでいる。
「だって最近集まってないんでしょ、受信料」
「でも平気なんだよ」
 武はゆっくりとタバコの煙を吐いた。
「ど~して?」
「デジタル放送って知ってるかな、香織ちゃん」
「地デジってやつ?」
「そう。今度それに変わるとね、受信料を払わないヤツはテレビが見れなくなるんだよ」
「えっ、本当?」
「だからね、未払い者ゼロ」
「売り上げアップというわけね」
「それにね、視聴者が進んでお金を払ってくれるから、受信料の徴収員はみんなお払い箱さ」
「お払い箱って…、首ってこと?」
「そうだよ、人件費も浮いてさらに大儲けだ。はっはっは」
「でも、それで毎晩飲み歩いてたら、みんなの恨みを買うんじゃない?」
「結構結構。恨んで自分から辞めてくれれば言うこと無しだ」
 武は水割りを飲み干した。
「ねえ、社長さん」
「なんだい、神妙な顔をして」
「内緒の話があるの…」
 そう言って香織は後ろから武に抱きつくと、耳元で囁いた。
「私の父はね、徴収員だったの」
「ほほう」
「ある嵐の日にね、今日来なきゃ受信料払わない、と意地悪されて、無理に船を出して遭難したの」
「それはそれはご愁傷様」
「父は、会社をいつも誇りにしていたわ」
「首になる前に殉職できて、よかったじゃないか」
「弟が二人いてね、せめて高校だけは出てほしいと、この仕事をしているの」
「だったら愛人にしてやるぜ。週一で寝てくれたら月二十万出そう」
「ありがとう、とてもうれしいわ」
 香織は静かに言うと、武の首にからめた腕に力を込めた。


こころのダンス文章塾 第14回「人に非ず」投稿作品

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