可愛いあいつはモンブラン(前編)2011年02月21日 22時57分13秒

 ゴロゴロ、ピッシャーン。
 六時間目の授業が終わると突然に雷雨が襲ってきた。
 掃除の割り当ての中庭に出ようとしていた俺達は、慌てて渡り廊下の屋根の下に避難して雨が通り過ぎるのを待っている。
 雨煙のため朧げに見える遠くのビルの傍らに、次々と雷が落ちていく。
 春雷――それはまるで昨日の部長の怒りと同じだった。
『おい勉、新歓用の作品を全然書いてないじゃないのよ!』
 我が『文部』は、文を読み、文を書き、文を愛する部活だ。四月になって入学してきた可愛い一年生を勧誘するために、魅力的な作品を書けと部長に言われている。
 ――それにしても、先週は季節はずれの吹雪だったのに今日は雷雨かよ。
 雨が通り過ぎるのを待ちながら、先週はこの中庭が一瞬であったが一面雪景色になったことを俺は思い出していた。
 ――まるで女心だな。
 先週の部長の心もまた吹雪だった。なぜなら先週は、新入生が一人も見学に来なかったからだ。イライラした部長は部員に向かって負の感情を爆発させ、一層の作品作りを命令した。
 ――そうだ、このネタで俳句を作ってやろう。
 俺は竹箒を柱に立てかけると腕を組んで雨空を見上げる。するとむくむくとアイディアが浮かんできた。
「たゆたうの女心と春の空」
 これで新入生が勧誘できるとはとても思えないが、とりあえずノルマは達成だ。俺がほっと安堵すると、先生が中庭に顔を出して今日の掃除の中止を告げた。

 雷雨のために俺達のクラスのホームルームは他のクラスよりもかなり遅くなってしまった。その最中、部長からメールが届く。
『勉、遅い! 何やってんのよ?』
 俺はケータイを机の中に隠しながら返事を書く。
『まだHRなんだけど』
 するとすぐに部長から返事が届く。
『きたよ、きたよ、新入生。なんかすごいのきた!』
 マジ? と思いながら俺はケータイの上の指を動かす。
『すぐ行くから』
 ホームルームが終わると、俺は直ちに部室に向かった。

 文部の部室に着くと、中から聞きなれない黄色い声が聞こえる。どうやら新入生は女の子のようだ。
 俺が勢い良くドアを開けると、部長の前に座っていたその黄色い声の主がびっくりしたように立ち上がりこちらを振り向いた。
 背は小柄だが、染めたのか地毛なのか分からない黄色の長い髪をツインテールにまとめていた。スカートもかなり短い。これが新入生なのだろうか。なんというか、見た目だけでもすごいヤツだ。
「遅かったな、勉」
 部長が俺に声をかける。すると、その黄色いツインテールはペコリと頭を下げた。
「はじめまして。庭野玉子といいます。よろしくお願いします!」
 ――庭野玉子? まさかこれが本名ってのは冗談だろ?
 待てよ、ここは文を書く部活じゃないか。新入生と言えどもペンネームを用意していても不思議ではない。
「はじめまして。玉子さん……というのはペンネーム?」
「いえ、本名です。玉子だから、中学校の頃は卵(ラン)って呼ばれてましたっ!」
 このテンションの高さも只者ではない。すごいのがきた、という部長のメールは本当だった。
 ――文部(もんぶ)の卵(ラン)かよ。
 一瞬、俺はオヤジ的なダジャレを言いそうになったが、慌ててその言葉を飲み込んだ。こんな新入生に初日からバカにされるのは御免だ。
「それで、ランちゃん、でいいのかな、今までどんな作品を書いていたの?」
 俺は椅子に座りながら玉子に質問する。
「ミステリーなんです」
 ほう、この風貌とは間逆のジャンルとは興味深い。
「どんなミステリー? 本格派? それともラノベ風とか」
「数字遊びが好きらしいよ。ラン、悪いがもう一度勉にも説明してやってくれ」
 部長が言うと、玉子は目を輝かせながら俺の方を向いた。どうやら"数字遊び"という言葉に反応したようだ。
「今書いている話はですね、『一吾一絵』という双子が出てくるんです」
「一期一会?」
「字は違いますけど」
 そう言いながら、玉子は机の上のあった紙に『一吾、一絵』と名前を書く。
 どうやら一吾が兄で一絵が妹の双子のようだ。
「それでですね、先輩。ある日、妹の一絵が死んでしまうのです。なんと手には小銭を握り締めて」
 玉子は俺の前で右手を握り締め、それをゆっくりと開く。
「握り締められていたのは、彼女のお小遣いの残高百五十二円三銭。これが何を意味するのかわかりますか、先輩?」
 そして玉子は俺の目を覗き込む。
 俺はここぞとばかり得意の推理を披露する。
「一絵は古銭マニアだった」
 三銭という古銭を持っているなんて、よほどのマニアに違いない。
「先輩、なんでそっちに発想が飛ぶんですか? これは数字遊びなんですよ」
「だそうだ」
 部長も口を挟む。
 ――いや、俺の反応は普通じゃねえか?
 しかし部長は、余計なことをしゃべるなと言わんばかりに俺を睨みつけた。新入生によっぽど逃げられたくないらしい。
 俺は仕方なく、玉子のために数字遊びっぽい推理を展開してやる。
「百五十二円三銭……、つまり『一五二三』ってことだね」
「そうです。ダイニングメッセージなんですよ」
 ――いや、それはダイイングメッセージだから。
 恐る恐る部長の顔を見ると、相変わらずのキツイ眼差しで俺を押さえ込む。
「一五二三、一五二三。つまり犯人は一吾兄さん(一五二三)!」
「ピンポーン、ピンポーン。大当たりでーす、先輩」
 玉子は嬉しそうな顔をする。その顔はなんとも可愛かったが、あまりにも無邪気なはしゃぎぶりにちょっと頭に来た俺は矢継ぎ早に質問してしまう。
「それで犯人の動機は? 凶器は? 犯行の時間や状況は? それでその後の展開は?」
「でっへへへへ。まだ考えてません」
 しらっと答える玉子に、俺は呆れ果てた。
「そういうのを考えるために、ランちゃんはこの部活に来たんだよね」
 すかさず部長がフォローする。すると逆に玉子が俺に質問してきた。
「そうなんですよ。先輩、何かいいアイディアは無いですか?」
 こんな新入生なんて思いっきり苦労すればいい。
 そう思いながら俺は考える。
 ――コイツに書くきっかけみたいのを与えてやれるものはないか。しかもキツイやつ。
 すると、一ついいアイディアが浮かんだ。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
 俺は玉子と部長の顔を交互に見ながら提案する。
「毎週土曜の夜に、小説のお題を決めているインターネットのサイトがあるんだよ。チャットでミーティングをしながらね。そこで決まったお題を使って、続きを書くってのはどうだ?」
「へえ、そんなサイトがあるんだ」
 先に反応したのは部長だった。
「なんだか面白そうですね」
 玉子も興味津々だ。
「ちなみに、先週のお題は『野ざらし』『立春』『八百』だった」
 すると玉子と部長から笑顔が消える。
「死体は野ざらしですか……」
「立春で人は殺せないよね」
「だからそれは先週のお題だって。次回のお題はどうなるか、全く未知の世界だ」
「うわあ、先輩、ドキドキしますね。まるでガンツ玉みたい」
「大丈夫なの、勉。凶器とか、犯行動機とか、チャットでそんな話題が出るとは思えないんだけど」
 部長が心配そうに俺の顔を見る。
「いざという時は俺がチャットに入って何か提案するよ。ミーティングは誰でも参加できるみたいだから」
「じゃあ、頼んだわよ」
「お願いします、先輩。私もお父さんのパソコンを借りて、チャットの様子を見てますから。いいお題が提案されたら、私この部に入部して作品の続きを書きます」
 キラキラした瞳で後輩に見つめられたら俺も後には下がれない。
 こうして期待の新入生、庭野玉子の文部への入部は来週に持ち越しとなったのである。
(つづく)



即興三語小説 第95回投稿作品
▲必須お題:「吹雪」「残高百五十二円」「たゆたう」
▲縛り:「今回のお題で前編を書き、次回お題で後編を書く(次回からの参加者については、この縛りはありません)」
▲任意お題:「春雷」「でっへへへへ」「なんかすごいのきた!」「負の感情」「朧げ」「あいつはモンブラン」

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