可愛いあいつはモンブラン(後編)2011年03月01日 22時34分15秒

 月曜日の放課後、俺が文部(もんぶ)の部室に着くと、新入部員候補のランちゃんこと庭野玉子はすでに到着しているようだった。部室の中から彼女らしき話し声が聞こえる。
「お待たせ」
 挨拶しながら俺が部室の戸を開くと、部長とランちゃんがこちらを向く。
「よう、来たな勉」
「勉先輩、お待ちしていました」
 おっ、いいねえ、いいねえ、この『先輩』という魅惑的な響き。ずっと待ち望んでいた瞬間だ。
 ランちゃんにはぜひ入部してほしい。そんな気持ちを強くする。
「ところで週末のチャットは見てた?」
 俺は椅子に腰掛けるなり、本題を切り出す。
 先週、ランちゃんがうまくミステリーを作れないと言うので、小説のお題を提案しているチャットの内容を参考にしてみたらとアドバイスした。ランちゃんも部長もそのチャットを見ると約束して、週末の部活はお開きになった。
「見ましたよ、先輩。パパのパソコン借りました」
「ああ、私も見てたぞ」
 それなら話が早い。チャットで出されたお題が何であるか、二人とも分かっているはずだ。
「じゃあ、必須お題はわかってるよね、ランちゃん」
「確か、『ハンバーグ』『二度見』『あてもなく』でしたっけ?」
「そうだよ、その三つだ。じゃあ、それで先週の続きを考えてみようか」
 俺がランちゃんと向き合おうとして椅子を動かすと――
「ちょっと待ったぁー!」
 部長が大声を上げた。
「ぶ、部長。驚かさないでくれよ」
 俺が振り向くと、部長は不敵な笑みを浮かべていた。
「勉よ、何か忘れてはいないか?」
「えっ、何かって?」
「お題はそれだけじゃなかっただろ」
 チャットで決めているお題は、必須と任意の二種類がある。俺はその中の必須お題だけをランちゃんに聞いた。部長はきっと、任意お題のことを言っているのだろう。
「他にも『厳重に密封』ってのがあったぞ。ミステリーにこれは欠かせないんじゃないのか?」
 いや、それは任意お題だから、無理に使うことはないんだよ。
「そういえばそんなお題もありましたね、部長先輩。『――凶器は厳重に密封されていた』なんてフレーズが出てきたらカッコイイですよね」
 『凶器は』のところを低い声ですごむランちゃん。やはり見た目どおり、調子のいい奴みたいだ。
 まあ、部長の言い分も分からないでもない。確かに『ハンバーグ』や『二度見』ではミステリーにはなりにくい。
「まだまだいいのがあったぞ。確か……『歪んだ秒針』だ。そうか、ラン。凶器は秒針だったんだよ」
 するとランちゃんは少し考えた後、はっと閃いたような顔をした。
「わかりましたよ、先輩! 『犯人は秒針で一絵の首を一刺し、何事も無かったように元の場所に戻した』ってことなんですね」
 おいおい、それじゃあ、凶器は厳重には密封されてないだろ。仮にもミステリーなんだから、後先のことを考えてくれよ。
 俺は呆れながら部長の方を向く。
「じゃあ部長、一応聞いておくが、同じく任意お題の『ブラックホール』はどうやって使うんだよ」
 すると部長の目が光った。
「じゃあ私も勉に聞こう。必須お題の『ハンバーグ』はどうやって使うんだ?」
 げっ、逆に聞かれちゃったよ。
 それをランちゃんと一緒にしっぽりと考えようという作戦だったのに。『ランちゃん、ハンバーグってどうやって使おうか』『どうしましょうね、先輩』『困ったなあ、ハンバーグ。食べるのは好きなんだけど』『えっ、先輩ってハンバーグ好きなんですか。私ハンバーグ作るの得意なんですよ』なーんて甘い展開をちょっとだけ期待していたりする。
 俺が何も答えられないでいると、部長が勝ち誇ったように言った。
「ほら、勉も答えられないじゃないか。チャットはチャット、私達は私達。無理にチャットのルールに従う必要なんてないんだよ」
「そうですよ、先輩。楽しくやりましょうよ。私達、あのチャットに参加しているわけじゃないんですから」
「でも、それじゃあ、先週の俺の苦労はどうなるんだよ。ちゃんとお題に従って段取りを組んだんだぞ。わざと『吹雪』を降らしたり、『たゆたう』を使って俳句を作ったり……」
 俺が声を荒らげると、部長が怪訝な顔をする。
「ちょ、ちょっと、勉。それってどういうこと?」
 しまった! つい口が滑ってしまった……。
「部長先輩。わかりましたよ、私。ヒントは一つ前のお題です」
 げっ、ランちゃん。普段は天然っぽいのに、こういう時だけ鋭いのはどういうことだ!?
「一つ前のお題って……?」
 部長がランちゃんの方を向く。
「私、見ちゃったんです。チャットをやってるサイトで。一つ前のお題に『でっへへへへ』とか『なんかすごいのきた!』ってのがありましたよね。だから私はこんな性格にされちゃったんです。本当は普通の女の子なのに。この日本のどこに『でっへへへへ』って笑う女の子がいますか? ねえ、勉先輩」
 だ、だから、それは……。
「そうか。だから私も『なんかすごいのきた!』って変なメールを書いちまったのか。おい、みんな勉の仕業なのか」
「い、いや、お、俺は……」
「正直に言わないと、先輩には『黄昏』てもらいますからね」
「ランちゃん、ナイスアイディア。お題的にもバッチグーだわ」
「…………」
 すっかり困った俺がうつむくと、しばらくしてランちゃんが笑い出した。
「なーんて、先輩。本当に黄昏ないで下さいよ~。私、本当の本当は天然なんですからぁ。でも責任はとって下さいよね。ちゃんと私にお題小説を教えてくれるって」
「そ、それって……」
「はい、私、この部に入部します。だって楽しそうだもん」
「ははははは。新入生にやられたな、勉」
 俺がぽかんとしていると、ランちゃんは部長から渡された入部届けに必要事項を書き始めた。
 まあ、とにかく良かった。とびきり明るい新入部員が入ってくれて。
 さて、来週のお題って何だったっけ?



即興三語小説 第95回投稿作品
▲必須お題:「ハンバーグ」「二度見」「あてもなく」
▲縛り:「オリジナリティ溢れた前編のあらすじをつける(任意)【ただし、前編(第95回分)未投稿の場合はこの縛りはないものします】」
▲任意お題:「厳重に密封」「ブラックホール」「黄昏」「歪んだ秒針」

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