ジュール・ヴェルヌの港街にて2011年02月08日 22時00分03秒

 二○XX年の夏。
 俺は活火山のある街に来ていた。俺が泊まるホテルの前には小さな湾があり、その向こう側に火山がそびえている。どうやら山頂から小規模な噴火を繰り返しているようだ。
 火山が近くにある割には、その街は活気に溢れていた。レストランや土産物屋が所狭しと店を構え、広場では生演奏を披露する人もいて賑やかだ。その中でも一番驚いたのは、カストーディアルと呼ばれる人種がいることだった。彼らは清掃器具を身につけており、石畳の道路を絶えず清潔に保っている。聞くところによると、七秒ルールというものがあるそうだ。
「七秒以上放置されたゴミは、悪霊へと変化するのじゃ」
 フランスパンを片手に持つその老婆は、俺に向かってそう言った。
「それはそれは小さな悪霊じゃが、闇の中で一つに集まり、いつの間にか巨大な悪霊になってしまうのじゃ」
 カストーディアルはその言い伝えを信じているらしい。だから毎日、一つ一つその芽を摘んでいるという。
「それとあの火山がこの街を守っとる。悪霊は火が苦手でのう」
 一歩街から外れると、いまだに巨大な悪霊が出没することがあるという。この街にこんなにも多くの人が集まり、絶えず活気づいているのは、火山の火を恐れて巨大な悪霊が近づかないからだった。
「しかし、しかしじゃ……」
 老婆の持つフランスパンが小刻みに揺れている。
「どうかしたんですか?」
 腐った鯖の目のように視線を宙に漂わせる老婆に俺は問いかける。
「その火も冬を前にして活動が低下する。この街もじわり、じわりと悪霊に占拠されてしまうじゃろ。恐ろしいことじゃ」
 すると突然、女性の声が老婆をけん制する。
「お母さん、旅の人にそんなデマを言わないで!」
 振り向くと、二十歳後半ぐらいと見られる女性がホウキを持って立っていた。きっと老婆の娘なのだろう。
「ごめんなさい、旅のお方。お母さん、ちょっと空想に浸る癖があって」
 俺を見るその女性の瞳は蒼かった。肌の白さとのコントラストに俺はドキリとする。
「いいえ、面白い話でした」
「本当のことじゃ。アンナ、お前も早く逃げた方がいい」
 老婆は一歩も引こうとしない。
「そんなの無理じゃない。私には父さんの血が、カストーディアルの血が流れているの。私達がこの街を守らなくて、誰が守るというの」
 アンナは火山の活動度が低下しても、この街に残るという。
 予定の日程を終えその街を離れた俺は、その母娘がずっと気になっていた。

 年が明けて二月になると、俺は再びその街を訪れることになった。
 老婆の話はデマではなかった。彼女の言ったとおり、冬を前にして火山の活動度が低下してしまったのだ。街は夏に比べて閑散としていた。きっと悪霊を恐れて街を訪れる人が少なくなったために違いない。
 俺は老婆を探しに、火山の見える港に急ぐ。彼女の無事を確かめたかった。彼女からまた予言を聞きたかった。そして何よりも、アンナにもう一度会いたかった。
 すると夏と同じ場所に老婆は居た。
「お元気で何よりです。また予言を聞きに来ました」
「誰だかは知らぬが、私の予言の頼りにしてくれてるのは嬉しいことじゃ」
 老婆が俺のことを覚えていてくれなかったのは残念だったが、無事であることにほっとした。
「アンナさんはご無事ですか?」
 失礼であるとは思ったが、今度はアンナの安否が気になった。
「安心せよ。アンナは隣街に避難しておる。火山活動が低下してめっきり人が減ったからの、ゴミも少なくなってカストーディアルの出番も少なくなったんじゃ」
 せっかくアンナに会えると思ったのにと、俺はがっかりとうなだれた。カストーディアルとしてこの街を守ると意気込んでいたアンナだが、そのカストーディアルの役割が低下してしまったのであれば仕方が無い。
 それを見て老婆は笑い始めた。
「はははは、若者よ、残念じゃったな。だが吉報じゃ。火山活動がまた活発になる」
「それは本当ですか!?」
 活火山の噴火がまた活発になれば悪霊も近づくことはできなくなり、この街はまた活気づくだろう。そうしたらまたアンナに会うことができる。
「二○一一年四月二十三日じゃ。あの火山がまた活発になるのは」
「やけに詳しい予言なんですね」
「ファンタズミックが始まる日じゃからの」
 そして俺と老婆は、希望の眼差しでプロメテウス火山を見上げた。



即興三語小説 第93回投稿作品
▲お題:「七秒ルール」「フランスパン」「活火山の噴火」
▲縛り:「噴火を予言する(任意)」「『二〇XX年の夏』の書き出しで始める」
▲任意お題:「デマ」「腐った鯖の目」「じわり、じわり」「足の小指」「マグロの刺身」

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