当たり前の果てに2010年11月15日 00時46分27秒

 同性愛相談所で見合い結婚したが、彼はオカマで男が居た。
 そんな話を美佳にすると「当たり前だがや」と言う。
 ――当たり前
 この一言があたしを縛る。あたしは美佳が好き。好きで好きでたまらない。でも周囲の人たちは”当たり前ではない”とあたしを突き放す。
 だから勧めに従って同性愛相談所に行くことにした。
「僕にも彼氏がいるんです」
 近づいてきた童顔の男性は瞳が輝いていた。
「彼氏のことが好きで好きでたまらないんですけど、周囲の人は変だと言うんです」
 あっ、この人、あたしと同じだ。
 恋している瞳。もしかしたらあたしもこんな瞳をしているのだろうか。だからきっと、この人はあたしのところにやって来たんだ。
 その男性の名前は、聡史といった。
「周囲の人はみんな、僕に早く結婚しろと言うんです。でも僕は彼氏と別れることができない。だからここに来てみたんです。もしかするとここには、彼氏が居ても納得して結婚してくれる女性がいるかもしれない」
 そんな結婚ってあるのだろうか? 結婚とは、愛し合う男女がするのが当たり前だと思っていたのに。
「あれ? あなたも好きな女の人がいるんでしょ? それなのに、どうしてそんな”当たり前じゃない”って顔をするんです?」
 やだ、あたしそんな顔してた?
 当たり前――そう言われるのが嫌で嫌でたまらないのに、それを棚に上げ自分では平気な顔をして使ってしまっていたなんて。
「じゃあ、一つ例え話をしましょう。この時期、道路に枯葉がたまりますよね。そんな道に雨が降ったらどうなります?」
「落ち葉が濡れます」
「その濡れ落ち葉の上を、あなたは自転車で走りますか?」
 あたしなら決してそんなことはしない。濡れ落ち葉の上を自転車で走れば、車輪が滑って転んでしまうのが当たり前だ。
「自転車を降ります」
「あらら、あなたが地面に着いた足はぬかるみにはまってしまいましたよ。そこは舗装されていない道路だったんです。だから落ち葉の上を自転車で走り抜けるのが最も安全なのです」
「じゃあ、あたし達はぬかるみ同士だと?」
「そうです。同性愛なんて、他人から見たら人生のぬかるみです。はまってしまったら決して抜け出せない。それならそれで潔く認めてしまって、はまった者同士で結婚という濡れ落ち葉を身につけてみるのも悪くはないと思うんですけどね」
 こうしてあたしは聡史の提案を受け入れ、結婚した。

 結婚してから一年間、あたしは美佳を、聡史は彼氏を愛し続けた。そんなある日、聡史が驚くべく提案を切り出した。
「擬装とはいえ、名目上、僕達は夫婦です。だからだんだんと周囲の風当たりが厳しくなってきました」
「それって、子供のこと?」
「そうです」
 最近は実家に帰っても、職場に居ても、「子供はまだか?」のコールが鳴り止まない。きっと周囲の人達は、結婚して一年も経てば子供ができるのが当たり前だと思っているのだろう。
「じゃあ、あたしに子供を生めと?」
「そうせざるを得ない状況になりつつあるのではと」
 聡史は彼氏を愛し続けるといいつつも、結局あたしを性のはけ口として見ていたんだ。この一年間は一度もセックスをしようと言ってこなかったけど、この人は今、周囲の圧力を利用して結婚時の約束を破ろうとしている。
 そう思うと、なんだか怒りがこみ上げてきた。
「違うんです。違うんです。僕の話を聞いて下さい」
 聡史はあたしを椅子に座らせ、話を続けた。
「僕も今でも彼氏のことを愛しています。そしてあなたも美佳さんを愛している。だったら四人で子作りをしてみませんか?」
「四人で?」
「愛し合う者同士、仲間で交わるんです。四人で繚乱、美しいじゃありませんか。子作りなのでコンドームは使いません。そして授かった子供は四人で育てませんか?」
 そんなの当たり前ではないと思った。でも、元々あたし達は夫婦の形態をしているけど当たり前ではない。
 恐る恐る美佳に相談すると、驚くほどあっさり了承してくれた。それであたしも決心した。

 その日は冷たい雨が降っていた。あたしと聡史は名古屋から到着する美佳を駅で待つ。
 美佳を待ちながら、あたしはこれから起こる出来事に思いを馳せていた。
 ――四人で繚乱
 何故だかその言葉があたしを魅了した。聡史に単にセックスをねだられたのなら、きっとあたしは拒否しただろう。でも四人なら、あたしは聡史に美佳との仲を見せつけることができる。きっと聡史も彼氏との関係を見せつけてくるに違いない。
「おまたせ」
 太い声に振り向くと、そこには長身の男性が立っていた。聡史が熱い視線を送っているから、きっとその男性が聡史の彼氏なのだろう。
「勝也といいます。よろしくお願いします」
 その声にあたしの子宮がうずく。不覚にも、この人の子を身ごもりたいと本能が目覚めた瞬間だった。



即興三語小説 第81回投稿作品
▲お題:「濡れ落ち葉」「自転車」「繚乱」
▲縛り:「冷たい雨が降っている」「同じ言葉を何度もくりかえし使う」「心情描写をさらりと簡潔に描く(目標)」「結婚相談所で会った彼は百面相(任意)」
▲任意お題:「あたしを縛る」「名古屋」「ドーム」「相談所で見合い結婚したが、彼はオカマで男が居た。」

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