不能恐怖ッ現象 ― 2010年08月07日 09時02分33秒
「はーい、ここからは自由に実験を行ってもいいぞ」
先生の掛け声で、教室が急に騒がしくなった。化学の実験が早く終わったので、残り十五分は自由時間らしい。
「ねえ、何やる?」
班長の私は皆から意見を聞く。と言っても、メンバーは私を含めて二人だけなんだけど。
「これ、やろうよ」
唯一の班員、八神孝太が私に見せたのは一冊のライトノベルだった。 なになに? 『とある化学の錬金術』……? なんじゃ、そのタイトルは?
「ここに書いてあるんだよ、妖精を生み出す実験が」
私は八神から本を奪い取る。
『妖精を生み出す魔法には、塩酸が必要です』
ほはお、塩酸を使うのね。なんか実験らしいじゃない。
見ると八神はすでに、薬品棚に塩酸を取りに行っていた。
『つんとするその香りに、アルケミーは一瞬たじろいだ。しかし、この魔法が完成すれば念願の赤の妖精を生み出すことができるのだ。「アルケミー、頑張って下さい」と、肩口では青の妖精ハイドロクロも応援していた』
おいおい、なんだこの迂遠な言い回しは!?
「ねえ、八神。読んでも読んでも全然製法にたどり着けないんだけど」
「だって小説だもん。製法は全部読まないと分からないよ」
しれっと八神が答える。
「なによ、じゃあ手短に教えて」
八神は持ってきた濃塩酸をビーカーに移すと、アルコールランプで加熱し始めた。
小説のような、ツンとする香り? じゃあないわね、これは。ツンとする異臭が鼻をつく。
「まずは濃塩酸を煮詰めて『スゴクエン酸』を作るんだ」
スゴクエン酸!? なんか、すごく強そうな名前。
「それでどうすんのよ?」
「その後は、『スゴクエン酸』ができてから説明する」
仕方がないので、私は煮立っていく塩酸を眺め続けていた。すると、段々と匂いがきつくなってくる。
「おい、お前達、何やってんだ!?」
匂いに気付いて先生がやって来る。
何って、私はただ八神の言うとおりに……、あれ? 八神が居ない。
「八神は死んだふりしてます、そこで」
隣の班からのチクリで机の下を見ると、八神が寝っころがっている。
「こらこら八神君、出てきてちゃんと説明しなさい」
先生はちょっとご立腹の様子だ。
「はい、先生。濃塩酸を煮詰めて濃度を『十三N』まで高めると、スゴイ物質ができてスゴイことが起こると参考書に書いてあったのです」
えっ、十三って悪魔の数字じゃないの?
「ところで先生。『十三N』って何ですか?」
なんだ、八神もわかっていないんじゃん。もしかして、文字列を立てて『十川Z』と読む魔法の記号とか?
「おそらく十三規定のことじゃないのか? Normalityの頭文字をとってNだ。それに濃塩酸をいくら煮詰めても十三規定にはならないぞ。負の共沸現象というのがあってな……」
先生が説明を始めると、八神が素っ頓狂な声を上げた。
「不能恐怖ッ現象!? えっ、先生って、不能なんですか?」
いきなり何を言うのよ。違うわよ、八神。昨日の放課後だって先生はちゃんと……
「ちゃんとってどういう事だよ、班長」
えっ、えっ、私、声に出してた? これはすごくヤバイ。先生とも目が合ってしまった。私も先生と同じように、真っ赤になっているに違いない。
「そ、それでどうやったら十三規定にできるのか、八神の参考書に書いてないの?」
私は苦し紛れに八神に話を振る。
「参考書には……、十三規定にするには青の妖精の力が必要、と書いてある……」
だめじゃん。妖精を作るために妖精が必要なんじゃ、所詮私達には無理ってことね。
その時、実験机でポンッと音がした。見ると、塩酸がすべて蒸発してしまったビーカーから花火のように白煙が上がり、ふわふわと机の上に漂っていた。
即興三語小説 第67回投稿作品
▲お題:「花火」「クエン酸」「妖精」
▲縛り:「英単語または英文を出す(カタカナでなく英語表記)」
「学校の化学の実験をお話に絡める(任意)」
「一文の長さをできるだけ短く(目標)」
▲任意お題:「敬礼っ!」「アルコールランプ」「神は死んだ」「海軍カレー」「迂遠な言い回し」
先生の掛け声で、教室が急に騒がしくなった。化学の実験が早く終わったので、残り十五分は自由時間らしい。
「ねえ、何やる?」
班長の私は皆から意見を聞く。と言っても、メンバーは私を含めて二人だけなんだけど。
「これ、やろうよ」
唯一の班員、八神孝太が私に見せたのは一冊のライトノベルだった。 なになに? 『とある化学の錬金術』……? なんじゃ、そのタイトルは?
「ここに書いてあるんだよ、妖精を生み出す実験が」
私は八神から本を奪い取る。
『妖精を生み出す魔法には、塩酸が必要です』
ほはお、塩酸を使うのね。なんか実験らしいじゃない。
見ると八神はすでに、薬品棚に塩酸を取りに行っていた。
『つんとするその香りに、アルケミーは一瞬たじろいだ。しかし、この魔法が完成すれば念願の赤の妖精を生み出すことができるのだ。「アルケミー、頑張って下さい」と、肩口では青の妖精ハイドロクロも応援していた』
おいおい、なんだこの迂遠な言い回しは!?
「ねえ、八神。読んでも読んでも全然製法にたどり着けないんだけど」
「だって小説だもん。製法は全部読まないと分からないよ」
しれっと八神が答える。
「なによ、じゃあ手短に教えて」
八神は持ってきた濃塩酸をビーカーに移すと、アルコールランプで加熱し始めた。
小説のような、ツンとする香り? じゃあないわね、これは。ツンとする異臭が鼻をつく。
「まずは濃塩酸を煮詰めて『スゴクエン酸』を作るんだ」
スゴクエン酸!? なんか、すごく強そうな名前。
「それでどうすんのよ?」
「その後は、『スゴクエン酸』ができてから説明する」
仕方がないので、私は煮立っていく塩酸を眺め続けていた。すると、段々と匂いがきつくなってくる。
「おい、お前達、何やってんだ!?」
匂いに気付いて先生がやって来る。
何って、私はただ八神の言うとおりに……、あれ? 八神が居ない。
「八神は死んだふりしてます、そこで」
隣の班からのチクリで机の下を見ると、八神が寝っころがっている。
「こらこら八神君、出てきてちゃんと説明しなさい」
先生はちょっとご立腹の様子だ。
「はい、先生。濃塩酸を煮詰めて濃度を『十三N』まで高めると、スゴイ物質ができてスゴイことが起こると参考書に書いてあったのです」
えっ、十三って悪魔の数字じゃないの?
「ところで先生。『十三N』って何ですか?」
なんだ、八神もわかっていないんじゃん。もしかして、文字列を立てて『十川Z』と読む魔法の記号とか?
「おそらく十三規定のことじゃないのか? Normalityの頭文字をとってNだ。それに濃塩酸をいくら煮詰めても十三規定にはならないぞ。負の共沸現象というのがあってな……」
先生が説明を始めると、八神が素っ頓狂な声を上げた。
「不能恐怖ッ現象!? えっ、先生って、不能なんですか?」
いきなり何を言うのよ。違うわよ、八神。昨日の放課後だって先生はちゃんと……
「ちゃんとってどういう事だよ、班長」
えっ、えっ、私、声に出してた? これはすごくヤバイ。先生とも目が合ってしまった。私も先生と同じように、真っ赤になっているに違いない。
「そ、それでどうやったら十三規定にできるのか、八神の参考書に書いてないの?」
私は苦し紛れに八神に話を振る。
「参考書には……、十三規定にするには青の妖精の力が必要、と書いてある……」
だめじゃん。妖精を作るために妖精が必要なんじゃ、所詮私達には無理ってことね。
その時、実験机でポンッと音がした。見ると、塩酸がすべて蒸発してしまったビーカーから花火のように白煙が上がり、ふわふわと机の上に漂っていた。
即興三語小説 第67回投稿作品
▲お題:「花火」「クエン酸」「妖精」
▲縛り:「英単語または英文を出す(カタカナでなく英語表記)」
「学校の化学の実験をお話に絡める(任意)」
「一文の長さをできるだけ短く(目標)」
▲任意お題:「敬礼っ!」「アルコールランプ」「神は死んだ」「海軍カレー」「迂遠な言い回し」
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