山道で……2010年07月25日 00時01分17秒

 俺は山道で迷う奴は馬鹿だと思っていた。
 ほら、よく昔話であるだろ、山道で迷う話って。それでもって、結論は狐か狸に化かされてたって話しになるんだ。
 でも、今、俺が置かれている状況って何だ? 完全に山の中で道に迷った状態。マジで洒落にならない。

 事の始まりは、会社から自宅まで近道をしようとしたことだった。自宅と会社の間には小山があり、そこを抜ける道は人がやっと歩ける峠道しかなかった。いつもは会社までマイカーで通っているのだが、今日は妻が車で病院に行くというので朝は妻に会社まで送ってもらい、帰りはバスかタクシーで帰ることにしていたのだ。
 ――歩いて帰ってみよう。
 今日に限って、なぜそんなことを思ったのだろう。俺は今、そのことをものすごく後悔している。
 会社を出て、山道に入り、峠にたどり着いたところまでは良かった。峠で道は右と左に分かれており、俺は何も考えずに右を選んだ。しかししばらく進むと、また同じ峠に戻ってきてしまったのだ。ずっと道に沿って進んでいたというのに。そこで俺は、今度は左に進むことにした。すると――やはり、また同じ峠に戻ってきてしまった。
 これは一体どういうことだろう……
 振り返ると、背後の道もまた右と左に分かれている。俺は何がなんだか分からなくなってしまった。前の道も、後ろの道も、どちらに進んでもまだ同じ場所に戻って来るような気がした。
 ――何か、目印になるものは無いだろうか?
 カバンの中を漁ると、虫除けとして携帯していた蚊取り線香があった。俺は取り出し火をつける。そして、火がついた部分をぽきっと折ると、土に突き刺した。これで、もし元に戻ってきたかどうかが分かる。
 俺は今度は右の道に進んだ。すると――やはり、また同じ峠にたどり着いた。しかも、その場所には香取線香が立てられていた。
 そこで俺は初めて恐怖した。
 ――何かの無限ループに迷い込んだんじゃないのか?
 俺が立ち尽くしていると、立てられた線香の丸まった灰がぽとりと落ちた。でも、このまま立ち尽くしていてもしょうがない。俺は諦めを込めて再び歩き出した。
 四度目に峠にたどり着いた時は、状況が違っていた。先客がいたのだ。しかも先程の俺と同じように、蚊取り線香に火をつけ、土に刺していた。
 ――おいおい、どういうことだ?
 迷っているのは一人ではない、という安心感が湧いてくると、物事を冷静に考える余裕が生まれてきた。
 ――彼が今、線香に火をつけているということは、先程の峠ではないかもしれない。俺は同じところをグルグルと回っているのではなく、同じような峠をいくつも越えているんだ、きっと。
 今度は俺は、彼の後を気付かれないようにこっそりつけてみることにした。すると、彼は峠の近くで立ち止まった。彼越しに峠の方を伺ってみると―ーなんと、峠で蚊取り線香に火を付けているもう一人の男がいたのだ。
 俺はもしやと思い、後ろを振り向く。すると、俺の後ろには俺と同じように後ろを振り向いている男が居た。きっと彼は、『山道で迷う馬鹿な奴を馬鹿だと罵る奴が、馬鹿だと信じて疑わない俺が馬鹿だったのだ』と考えているに違いない。今の俺と同じように……



一時間で書く即興三語小説
▲お題:「馬鹿な奴を馬鹿だと罵る奴が、馬鹿だと信じて疑わない俺が馬鹿だったのだ」「立てられた線香の丸まった灰がぽとりと落ちた」「山の中で道に迷った」
▲縛り:怪談
▲任意お題:「あなたが帰った朝に、あなたが作ったカレーを温めるのは、少し寂しい」
「ああ、そうか。そういうことだったのか、と知ったかぶりをしたあとは、ちょっと機嫌が悪いものである」
「静かに燃える蝋燭の炎が揺らめき、消え闇に包まれた」
「このなべ一杯のカレーを私だと思って、毎晩愛してね」
「私を本気にさせた奴が悪いことに、まだ気が付かないのか」

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