謎の段ボール管理室長 ― 2010年07月04日 22時45分10秒
「ねえねえ、茜ちゃん、知ってる?」
「なんですか、室長?」
「ある人が犬に猫じゃらしをあげました。さあ、猫はどう感じたでしょう?」
「さあ?」
また始まったよ、いつもの室長のアレが……
「ぶっぶー。答えは、猫ジェラシー、なんちゃって~」
げっ、またオヤジギャグだよ。っていうか、私、答えなんて言ってないんだけど。
私が段ボール管理室に配属されたのは一週間前のこと。そこで、この変な室長に出会うわけなんだけど、その出会いまでの間にもいろいろな困難が待ち受けていたというわけ。
『オマエ ワ ライゲツ カラ ダンボールカンリシツ キンム ダ』
発端はこの不審なメール。後で、差出人は室長だったことが分かるんだけど、最初は戸惑ったよ。ブラックメールかと思っちゃう書き方だったしね。
でも私はめげなかった。早速、返事を書いてやったわ。
『あんた誰? それに段ボール管理室ってどこよ?』
するとすぐに返事が来たの。
『バショ ワ ジュウサンカイ。ダレカ ワ クレバ ワカル』
あまりにも怪しいから、友人の舞にもメールしてみたんだけど……
『えっ、そこって、栄光の十三階段ボール管理室じゃない。我が社の重役は皆、過去に一度はそこに配属されてるって話よ』
それなら行くっきゃない。
早速、私は庶務課を出ると、エレベーターに向かった。
「えっ!?」
驚いたね。我が社のエレベーターは十二階までしかないことを初めて知ったわ。でもこんなことで負ける私じゃない。とりあえず十二階まで行ってみると……
『段ボール管理室はこちら』
上りの階段にそんな張り紙があったのよ。まあ、階段に上りも下りもないんだけどさ。
「マジ。階段?」
私はちょっと憂鬱だったね。だって十三階勤務になったら、毎日この階段を登らなくちゃいけないじゃない。
でもそこは栄光の十三階勤務。もっと気持ちをポジティブに保たなきゃ。きっと私は試されてるのよ。最近体脂肪が気になっていたから、ダイエットと思えばいいじゃない。
そうやって折角前向きになったというのに、階段を登りきったところにある重い鉄の扉を開けて、私はまたくじけそうになった。
炎天下の屋上――その陽炎の中に、一軒のプレハブ小屋がゆらゆらと揺れている。
「あれが、段ボール管理室?」
猛暑の中、私は屋上に一歩踏み出した。じわりと額に浮き出てくる汗。これでは一日に何度もお化粧を直さなくてはならないじゃないの。もう、やけくそだわ。
やっとのことでプレハブにたどり着くと、ドアのプレートに『段ボール管理室』と書かれていた。
「どうぞ」
ノックをすると声がする。意外と若そうな印象の声。
「失礼します。庶務課の鈴木茜です」
「来たかね。私が君にメールを出したここの室長だ」
プレハブに入るとそこはガンガンにクーラーが効いていた。砂漠の中のオアシスって、きっとこんな感じなのね。所狭しと並んだアングルラックには、びっしりと段ボールが収納されている。入り口の近くにわずかな事務スペースがあり、声はその衝立の向こう側から聞こえてきた。
「来月から来れるかね」
「はい、分かりました」
もしクーラーが無かったら一瞬で断わろうかと思っていたんだけど、地獄のような暑さを味わってすっかり弱気になっていたのね。まるでそこが天国のように思えてしまったの。
「よろしい。あと、私には決して近寄ってはならん。衝立を超えてこちらを覗いてもいかん。もしそれが守れなければ次の昇進は無いと思え」
なんだか怪しさ千パーセントって感じだったけど、キャリアパスのためならしょうがない。こうして、この変な室長との仕事の付き合いが始まったの。
仕事の内容は簡単だったわ。一言でいうと段ボールの在庫管理。必要な部署に発送して、足りなくなると注文する。段ボールの出し入れは専門の人がやってくれるから、私はほとんど動かなくていいの。屋上に出なくてもいい。唯一、在庫チェックで棚の段ボールを数えなくちゃいけないのが大変だったけど。
そんな時に、室長がアレが出たのよ。アレが……
そう、それは、私が脚立に乗って、棚の上の方にある段ボールを数えていた時のこと。
「きゃっ!」
「どうした、茜ちゃん」
「私、脚立に乗るのが苦手で……」
「じゃあ、茜ちゃんはでんでん虫だね」
「へっ?」
何を言われているのかさっぱり分からなかったわ。でもこれが室長の得意技の始まりだったの。
「脚立無理~。なんちゃて」
そんなこと言ってる暇があったらお前がやれよ、と私が唖然としてたら、室長のやつ、追い討ちをかけてきたわ。
「あれ、今の面白くなかった? 『かたつむり』と『脚立無理』をかけてみたんだけど」
いや、わかってますって。オヤジギャグでしょ。
「すごい、室長ってなかなかセンスありますね」
私も若かったのね。今より数日間だけど。栄光の職場と聞いてなかったら、私だってこんなこと言ってなかったわよ。
昨日だって室長のアレが炸裂したの。
商品発送課に光男ってすげぇ神経質なやつがいるんだけど、段ボールのサイズが数ミリ小さいとかなんとかうるさく言われた時に、室長が私にこう指示したのよ。
「そいつの課長に、そのドアのところにある酒を持っていけ」
私は指示通り、そのお酒を持って行ったわ。
「ほお、梅酒だね。なかなか高級そうじゃないか。用件は君の室長から聞いている。分かったよ、光男君には言っておくから」
室長にしては中々気が利いた対処をするもんだと思っていたら、彼、何て言ったと思う?
「やっぱ買収するなら梅酒だよね。なんちゃって~」
ここまで来ると凄いよね、オヤジギャグも。ちょっとウザイけど尊敬しちゃう。
でも室長っていったいどんな人なんだろう? 一週間も一緒に勤務しているのに、まだ一度もその姿を見たことがない。
そこで私は、こっそり衝立の向こうを覗いてみることにしたの。すると――あれ? 誰もいない。
「ははははは。覗いちゃダメだって言ってるだろ。風とともに去りぬ、なんちゃって~」
段ボール棚の奥から室長の声が響いてくる。
ええい、こうなったら勝負だ。彼が姿を見せるまで、追いかけてやるんだから……
「どうだい、最近の鈴木茜は?」
「ちょっと病状が進んできたので屋上勤務にしたのですが、なかなか上手くやっているようですよ」
「今度はどんな人格が出てきたのかね?」
「そうですね、今までの舞という同僚に加えて、室長というキャラクターを創り上げたようです」
「ほほお、それはどんなキャラクターなのか知ってるかね?」
「どうやら、オヤジギャグが得意な人格らしくて……」
即興三語小説 第62回投稿作品
▲お題:「栄光の十三階段」「憂鬱だ」「体脂肪」
▲縛り:「ギャグ」「うざい奴を脇役に一人登場させる(任意)」
▲任意お題:「猛暑」「風とともに去りぬ」「ブラックメイル」「解離性同一性障害」「猫じゃらし」「かたつむり」「梅酒」
「なんですか、室長?」
「ある人が犬に猫じゃらしをあげました。さあ、猫はどう感じたでしょう?」
「さあ?」
また始まったよ、いつもの室長のアレが……
「ぶっぶー。答えは、猫ジェラシー、なんちゃって~」
げっ、またオヤジギャグだよ。っていうか、私、答えなんて言ってないんだけど。
私が段ボール管理室に配属されたのは一週間前のこと。そこで、この変な室長に出会うわけなんだけど、その出会いまでの間にもいろいろな困難が待ち受けていたというわけ。
『オマエ ワ ライゲツ カラ ダンボールカンリシツ キンム ダ』
発端はこの不審なメール。後で、差出人は室長だったことが分かるんだけど、最初は戸惑ったよ。ブラックメールかと思っちゃう書き方だったしね。
でも私はめげなかった。早速、返事を書いてやったわ。
『あんた誰? それに段ボール管理室ってどこよ?』
するとすぐに返事が来たの。
『バショ ワ ジュウサンカイ。ダレカ ワ クレバ ワカル』
あまりにも怪しいから、友人の舞にもメールしてみたんだけど……
『えっ、そこって、栄光の十三階段ボール管理室じゃない。我が社の重役は皆、過去に一度はそこに配属されてるって話よ』
それなら行くっきゃない。
早速、私は庶務課を出ると、エレベーターに向かった。
「えっ!?」
驚いたね。我が社のエレベーターは十二階までしかないことを初めて知ったわ。でもこんなことで負ける私じゃない。とりあえず十二階まで行ってみると……
『段ボール管理室はこちら』
上りの階段にそんな張り紙があったのよ。まあ、階段に上りも下りもないんだけどさ。
「マジ。階段?」
私はちょっと憂鬱だったね。だって十三階勤務になったら、毎日この階段を登らなくちゃいけないじゃない。
でもそこは栄光の十三階勤務。もっと気持ちをポジティブに保たなきゃ。きっと私は試されてるのよ。最近体脂肪が気になっていたから、ダイエットと思えばいいじゃない。
そうやって折角前向きになったというのに、階段を登りきったところにある重い鉄の扉を開けて、私はまたくじけそうになった。
炎天下の屋上――その陽炎の中に、一軒のプレハブ小屋がゆらゆらと揺れている。
「あれが、段ボール管理室?」
猛暑の中、私は屋上に一歩踏み出した。じわりと額に浮き出てくる汗。これでは一日に何度もお化粧を直さなくてはならないじゃないの。もう、やけくそだわ。
やっとのことでプレハブにたどり着くと、ドアのプレートに『段ボール管理室』と書かれていた。
「どうぞ」
ノックをすると声がする。意外と若そうな印象の声。
「失礼します。庶務課の鈴木茜です」
「来たかね。私が君にメールを出したここの室長だ」
プレハブに入るとそこはガンガンにクーラーが効いていた。砂漠の中のオアシスって、きっとこんな感じなのね。所狭しと並んだアングルラックには、びっしりと段ボールが収納されている。入り口の近くにわずかな事務スペースがあり、声はその衝立の向こう側から聞こえてきた。
「来月から来れるかね」
「はい、分かりました」
もしクーラーが無かったら一瞬で断わろうかと思っていたんだけど、地獄のような暑さを味わってすっかり弱気になっていたのね。まるでそこが天国のように思えてしまったの。
「よろしい。あと、私には決して近寄ってはならん。衝立を超えてこちらを覗いてもいかん。もしそれが守れなければ次の昇進は無いと思え」
なんだか怪しさ千パーセントって感じだったけど、キャリアパスのためならしょうがない。こうして、この変な室長との仕事の付き合いが始まったの。
仕事の内容は簡単だったわ。一言でいうと段ボールの在庫管理。必要な部署に発送して、足りなくなると注文する。段ボールの出し入れは専門の人がやってくれるから、私はほとんど動かなくていいの。屋上に出なくてもいい。唯一、在庫チェックで棚の段ボールを数えなくちゃいけないのが大変だったけど。
そんな時に、室長がアレが出たのよ。アレが……
そう、それは、私が脚立に乗って、棚の上の方にある段ボールを数えていた時のこと。
「きゃっ!」
「どうした、茜ちゃん」
「私、脚立に乗るのが苦手で……」
「じゃあ、茜ちゃんはでんでん虫だね」
「へっ?」
何を言われているのかさっぱり分からなかったわ。でもこれが室長の得意技の始まりだったの。
「脚立無理~。なんちゃて」
そんなこと言ってる暇があったらお前がやれよ、と私が唖然としてたら、室長のやつ、追い討ちをかけてきたわ。
「あれ、今の面白くなかった? 『かたつむり』と『脚立無理』をかけてみたんだけど」
いや、わかってますって。オヤジギャグでしょ。
「すごい、室長ってなかなかセンスありますね」
私も若かったのね。今より数日間だけど。栄光の職場と聞いてなかったら、私だってこんなこと言ってなかったわよ。
昨日だって室長のアレが炸裂したの。
商品発送課に光男ってすげぇ神経質なやつがいるんだけど、段ボールのサイズが数ミリ小さいとかなんとかうるさく言われた時に、室長が私にこう指示したのよ。
「そいつの課長に、そのドアのところにある酒を持っていけ」
私は指示通り、そのお酒を持って行ったわ。
「ほお、梅酒だね。なかなか高級そうじゃないか。用件は君の室長から聞いている。分かったよ、光男君には言っておくから」
室長にしては中々気が利いた対処をするもんだと思っていたら、彼、何て言ったと思う?
「やっぱ買収するなら梅酒だよね。なんちゃって~」
ここまで来ると凄いよね、オヤジギャグも。ちょっとウザイけど尊敬しちゃう。
でも室長っていったいどんな人なんだろう? 一週間も一緒に勤務しているのに、まだ一度もその姿を見たことがない。
そこで私は、こっそり衝立の向こうを覗いてみることにしたの。すると――あれ? 誰もいない。
「ははははは。覗いちゃダメだって言ってるだろ。風とともに去りぬ、なんちゃって~」
段ボール棚の奥から室長の声が響いてくる。
ええい、こうなったら勝負だ。彼が姿を見せるまで、追いかけてやるんだから……
「どうだい、最近の鈴木茜は?」
「ちょっと病状が進んできたので屋上勤務にしたのですが、なかなか上手くやっているようですよ」
「今度はどんな人格が出てきたのかね?」
「そうですね、今までの舞という同僚に加えて、室長というキャラクターを創り上げたようです」
「ほほお、それはどんなキャラクターなのか知ってるかね?」
「どうやら、オヤジギャグが得意な人格らしくて……」
即興三語小説 第62回投稿作品
▲お題:「栄光の十三階段」「憂鬱だ」「体脂肪」
▲縛り:「ギャグ」「うざい奴を脇役に一人登場させる(任意)」
▲任意お題:「猛暑」「風とともに去りぬ」「ブラックメイル」「解離性同一性障害」「猫じゃらし」「かたつむり」「梅酒」
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