(独)海豚食肉センター ― 2010年05月20日 22時11分18秒
注意:この作品はフィクションです。実在する映画や団体とは関係ありません。
『オーノー! 真紀サン、真っ向からマッコウクジラが襲いかかってくるヨ!』
無線からマイケルの叫び声が飛び込んで来る。
「マイケル、ふざけてんの? 今は日本語の練習をしてる場合じゃないのよ」
『真紀サン、違いますヨ。本当にクジラが正面から……』
どうやらマイケルは、本当にクジラに襲われているようだ。
「大丈夫よ、マイケル。ニッキーは十分訓練されているから、ちゃんと回避してくれるはずよ」
『分かった、真紀サン。ニッキーを信じてみるヨ』
真紀は無線機を手にしたままクルーザーの甲板に出る。現在マイケルが居るであろう海域は、最近急に強くなった日差しを浴びてキラキラと輝いている。海の色は、春から夏へと変わりつつあった。
ここは熊野灘の沖、およそ十キロメートルの地点。動物愛護団体に所属するマイケルは、イルカの「ニッキー」と行動を共にしている。行動を共にしているといっても一緒にランデブーしているわけではない。彼はウエットスーツと酸素ボンベを装備したまま、イルカに縄で縛り付けられているのだ。
「おっ!」
遠くの方でイルカのジャンプが見えた。どうやらニッキーは、鯨を回避するためにジャンプを選んだようだ。遠すぎてよくわからないが、マイケルらしき影もうっすらと見える。しかしあの高さまでジャンプすると、今度は海まで真っ逆さまだ。
「ナムナムナム……」
真紀はマイケルの無事を祈った。
マイケルがイルカに縛り付けられているのには理由があった。これから決行される秘密の潜入作戦に、イルカと一体となることが必要不可欠だったからだ。その潜入先は、海豚食肉センターという難攻不落の要塞だった。
海豚食肉センター――正式名「独立行政法人・海豚食文化保護センター」は五年前に設立された独立行政法人だ。設立の数年前、イルカの追い込み漁を取り上げた映画が話題となったのが発端となっている。映画は、「イルカは可愛く、それを食する行為は残虐」というステレオタイプ的な内容だったが、隠し撮られた真っ赤に染まる入り江の映像は全世界に衝撃を与えた。
この映画の上映をきっかけに、イルカ漁の賛否について世論を真っ二つに分けるような議論が巻き起こった。肯定派は文化であることを主張し、反対派は残酷性を強調した。日本ではどちらの意見が優勢というわけではなかったが、イルカの追い込み漁を唯一行っている和歌山県大池町への影響は甚大だった。映画の時のように漁の様子がまた盗撮されるかもしれない。そのような懸念から、実質的に漁は中止に追い込まれた。しかしこのままでは文化としての漁が廃れてしまう。そこで、国の主導で対策を講じることになった。
そこで考えられたのが、追い込み漁を行う入り江をすべて覆ってしまうという対策だ。要は、残酷な部分をすべて隠してしまうという手法。施設に入ったイルカが、食肉となってパック詰めされて出てくる。スーパーで牛や豚や鳥のパック詰めを見慣れた国民は、イルカ漁について何も違和感を感じなくなった。
この施設の完成でヤキモキしたのが動物愛護団体だ。なんとかして施設の中の様子を知りたい。しかし、この施設の防御は完璧だった。入り江を完全に覆っているため空撮は不可能。出入口は、海へ開いたイルカの入口と製品や作業員の出入口のみで、いずれも厳重なセキュリティに守られていた。また施設すべてが電波を遮断する構造となっており、遠隔操作によるカメラの潜入も不可能だった。
そしてこの難攻不落の施設を管理しているのが、前述の海豚食肉センターだ。政権交代の影響もあり、縦割りではなく複数の省庁が共同で管轄する初めての独立行政法人となった。しかしそのため、農林水産省、厚生労働省、文化庁そして内閣府からそれぞれ天下りを受け入れる結果となった。それにスポットライトを当てたいジャーナリストの真紀は、施設の内部を知りたい動物愛護団体のマイケルと手を組むことにしたのである。
海豚食肉センターへの潜入は、いろいろと検討した結果、イルカそのものに隠れるしか方法が無いという結論に達した。そこで真紀は、ジャーナリストの情報網を使ってイルカの調教師を探した。真紀達に賛同してくれて、使えるイルカを提供してくれそうな調教師を。そこで浮上したのが、三重県熊野市仁木鳥のイルカ婆だった。
そこで真紀とマイケルは、葉桜のまぶしい仁木鳥にイルカ婆を訪ねた。
「こいつを使うといい」
彼女が差し出したのは、背中に傷のある一頭のバンドウイルカだった。
「名前はニッキーじゃ。こいつはの、一度大池町で殺されかけたんじゃ。その時の仲間はみんな殺されてしもうた。その仕返しができるんなら、こいつも喜んで協力すると思うわい」
そう言いながらニッキーの傷をなぞるイルカ婆。こうして、真紀、マイケル、ニッキーの、二人と一頭の潜入部隊が結成された。
『真紀サン、そろそろ帰還しますヨ』
無線から流れるマイケルの声に、真紀ははっと我に帰る。どうやらマイケル達は無事だったようだ。
真紀が甲板から顔を覗かせると、ニッキーとマイケルが海面に浮上してきた。
「よっ、マイケル。無事でなにより」
「真紀サン、いいなあ、その見下す視線! ボクは真紀さんに会いたい一心で帰って来ましたヨ!」
「そう。じゃあ、もっときつく縛ってあげないとね」
「イエッサー、ぜひお願いするでありますヨ」
マイケルはこんな時でも底抜けに明るい。彼のおかげでテストは大成功だ。いよいよ海豚食肉センターに潜入する時がやってきた。
「ほら、ボンベを交換したらすぐに出発よ」
「エーッ、いくら真紀サンでもそれはヒドイ。ちょっと休ませて下さいヨ」
「ダメダメ、陽が暮れたら施設内部の写真が撮れないんだから……」
夏になりかけの太陽は、二人と一頭を真上に近い角度から照らしていた。
それからマイケルが帰って来たのは三日後だった。不法侵入で警察に拘束されていたから、海豚食肉センターへの潜入は成功したようだ。同じ頃、ニッキーは自力で仁木鳥に帰り着いていた。潜入成功、そしてイルカも無事。ミッションは大成功のように思えた。しかしマイケルはなんだか浮かない顔をしている。ミッションが成功したのであれば、たとえ拷問を受けたとしてもM気のあるマイケルなら笑顔で帰還するはずではと、真紀は不思議に思った。
「まあ、とにかくこれを見て下さいヨ」
マイケルは差し歯に仕込んだマイクロSDカードを取り出した。真紀がパソコンに差し込むと、施設内の映像がモニターに写し出される。
「何これ?」
そこに写っていたのは、浜辺の海中に湧く温泉と数え切れないほどの豚。豚は海中温泉に浸かってほっこりとしている。
「海と豚……? じゃあ、出荷されているのは豚肉? これって詐欺じゃん。でも……、表記は間違っていないのか……」
さすがの真紀も開いた口が塞がらなかった。
即興三語小説 第56回投稿作品
▲お題:「真っ二つ」「真っ逆さま」「葉桜」
▲縛り:「季節の移ろいを描写する」「老婆が登場する」
「登場人物の一人が終始縛られている(任意)」
「SキャラとMキャラのコンビを登場させる(任意)」
▲任意お題:「ステレオタイプ」「真っ向からマッコウクジラが襲いかかってくる」
「イエッサー」「傷口をなぞる」
『オーノー! 真紀サン、真っ向からマッコウクジラが襲いかかってくるヨ!』
無線からマイケルの叫び声が飛び込んで来る。
「マイケル、ふざけてんの? 今は日本語の練習をしてる場合じゃないのよ」
『真紀サン、違いますヨ。本当にクジラが正面から……』
どうやらマイケルは、本当にクジラに襲われているようだ。
「大丈夫よ、マイケル。ニッキーは十分訓練されているから、ちゃんと回避してくれるはずよ」
『分かった、真紀サン。ニッキーを信じてみるヨ』
真紀は無線機を手にしたままクルーザーの甲板に出る。現在マイケルが居るであろう海域は、最近急に強くなった日差しを浴びてキラキラと輝いている。海の色は、春から夏へと変わりつつあった。
ここは熊野灘の沖、およそ十キロメートルの地点。動物愛護団体に所属するマイケルは、イルカの「ニッキー」と行動を共にしている。行動を共にしているといっても一緒にランデブーしているわけではない。彼はウエットスーツと酸素ボンベを装備したまま、イルカに縄で縛り付けられているのだ。
「おっ!」
遠くの方でイルカのジャンプが見えた。どうやらニッキーは、鯨を回避するためにジャンプを選んだようだ。遠すぎてよくわからないが、マイケルらしき影もうっすらと見える。しかしあの高さまでジャンプすると、今度は海まで真っ逆さまだ。
「ナムナムナム……」
真紀はマイケルの無事を祈った。
マイケルがイルカに縛り付けられているのには理由があった。これから決行される秘密の潜入作戦に、イルカと一体となることが必要不可欠だったからだ。その潜入先は、海豚食肉センターという難攻不落の要塞だった。
海豚食肉センター――正式名「独立行政法人・海豚食文化保護センター」は五年前に設立された独立行政法人だ。設立の数年前、イルカの追い込み漁を取り上げた映画が話題となったのが発端となっている。映画は、「イルカは可愛く、それを食する行為は残虐」というステレオタイプ的な内容だったが、隠し撮られた真っ赤に染まる入り江の映像は全世界に衝撃を与えた。
この映画の上映をきっかけに、イルカ漁の賛否について世論を真っ二つに分けるような議論が巻き起こった。肯定派は文化であることを主張し、反対派は残酷性を強調した。日本ではどちらの意見が優勢というわけではなかったが、イルカの追い込み漁を唯一行っている和歌山県大池町への影響は甚大だった。映画の時のように漁の様子がまた盗撮されるかもしれない。そのような懸念から、実質的に漁は中止に追い込まれた。しかしこのままでは文化としての漁が廃れてしまう。そこで、国の主導で対策を講じることになった。
そこで考えられたのが、追い込み漁を行う入り江をすべて覆ってしまうという対策だ。要は、残酷な部分をすべて隠してしまうという手法。施設に入ったイルカが、食肉となってパック詰めされて出てくる。スーパーで牛や豚や鳥のパック詰めを見慣れた国民は、イルカ漁について何も違和感を感じなくなった。
この施設の完成でヤキモキしたのが動物愛護団体だ。なんとかして施設の中の様子を知りたい。しかし、この施設の防御は完璧だった。入り江を完全に覆っているため空撮は不可能。出入口は、海へ開いたイルカの入口と製品や作業員の出入口のみで、いずれも厳重なセキュリティに守られていた。また施設すべてが電波を遮断する構造となっており、遠隔操作によるカメラの潜入も不可能だった。
そしてこの難攻不落の施設を管理しているのが、前述の海豚食肉センターだ。政権交代の影響もあり、縦割りではなく複数の省庁が共同で管轄する初めての独立行政法人となった。しかしそのため、農林水産省、厚生労働省、文化庁そして内閣府からそれぞれ天下りを受け入れる結果となった。それにスポットライトを当てたいジャーナリストの真紀は、施設の内部を知りたい動物愛護団体のマイケルと手を組むことにしたのである。
海豚食肉センターへの潜入は、いろいろと検討した結果、イルカそのものに隠れるしか方法が無いという結論に達した。そこで真紀は、ジャーナリストの情報網を使ってイルカの調教師を探した。真紀達に賛同してくれて、使えるイルカを提供してくれそうな調教師を。そこで浮上したのが、三重県熊野市仁木鳥のイルカ婆だった。
そこで真紀とマイケルは、葉桜のまぶしい仁木鳥にイルカ婆を訪ねた。
「こいつを使うといい」
彼女が差し出したのは、背中に傷のある一頭のバンドウイルカだった。
「名前はニッキーじゃ。こいつはの、一度大池町で殺されかけたんじゃ。その時の仲間はみんな殺されてしもうた。その仕返しができるんなら、こいつも喜んで協力すると思うわい」
そう言いながらニッキーの傷をなぞるイルカ婆。こうして、真紀、マイケル、ニッキーの、二人と一頭の潜入部隊が結成された。
『真紀サン、そろそろ帰還しますヨ』
無線から流れるマイケルの声に、真紀ははっと我に帰る。どうやらマイケル達は無事だったようだ。
真紀が甲板から顔を覗かせると、ニッキーとマイケルが海面に浮上してきた。
「よっ、マイケル。無事でなにより」
「真紀サン、いいなあ、その見下す視線! ボクは真紀さんに会いたい一心で帰って来ましたヨ!」
「そう。じゃあ、もっときつく縛ってあげないとね」
「イエッサー、ぜひお願いするでありますヨ」
マイケルはこんな時でも底抜けに明るい。彼のおかげでテストは大成功だ。いよいよ海豚食肉センターに潜入する時がやってきた。
「ほら、ボンベを交換したらすぐに出発よ」
「エーッ、いくら真紀サンでもそれはヒドイ。ちょっと休ませて下さいヨ」
「ダメダメ、陽が暮れたら施設内部の写真が撮れないんだから……」
夏になりかけの太陽は、二人と一頭を真上に近い角度から照らしていた。
それからマイケルが帰って来たのは三日後だった。不法侵入で警察に拘束されていたから、海豚食肉センターへの潜入は成功したようだ。同じ頃、ニッキーは自力で仁木鳥に帰り着いていた。潜入成功、そしてイルカも無事。ミッションは大成功のように思えた。しかしマイケルはなんだか浮かない顔をしている。ミッションが成功したのであれば、たとえ拷問を受けたとしてもM気のあるマイケルなら笑顔で帰還するはずではと、真紀は不思議に思った。
「まあ、とにかくこれを見て下さいヨ」
マイケルは差し歯に仕込んだマイクロSDカードを取り出した。真紀がパソコンに差し込むと、施設内の映像がモニターに写し出される。
「何これ?」
そこに写っていたのは、浜辺の海中に湧く温泉と数え切れないほどの豚。豚は海中温泉に浸かってほっこりとしている。
「海と豚……? じゃあ、出荷されているのは豚肉? これって詐欺じゃん。でも……、表記は間違っていないのか……」
さすがの真紀も開いた口が塞がらなかった。
即興三語小説 第56回投稿作品
▲お題:「真っ二つ」「真っ逆さま」「葉桜」
▲縛り:「季節の移ろいを描写する」「老婆が登場する」
「登場人物の一人が終始縛られている(任意)」
「SキャラとMキャラのコンビを登場させる(任意)」
▲任意お題:「ステレオタイプ」「真っ向からマッコウクジラが襲いかかってくる」
「イエッサー」「傷口をなぞる」
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