英雄2007年04月16日 00時06分16秒

午前11時37分。飛行機の中でこれを書いている。
20分ほど前に、この飛行機はハイジャックされた。
犯人は3人くらい。銃を持っている。
乗客は下を向かされているので、それ以上は分からない。
銃声と悲鳴が聞こえたから、犠牲者もいるだろう。

ハイジャックの目的は何だ?
金や身柄の解放ならいいが、テロだったらどうする?
突入を阻止しなければ、確実に死ぬことになるぞ。
かといって、犯人達は銃を持っている。
無駄な抵抗をして死ぬか、そのまま黙って死ぬか、どちらかだ。

死ぬのは嫌か?-怖い
怖くなかったらいいのか?-でも嫌だ
死を免れて良い事はあるのか?-娘の結婚式に出れる
見知らぬ男に取られるんだぞ?-それは嫌だ

ダメだ。こんな時に考え事をしても堂々巡りだ。
えっ、なに? 国会議事堂に突入だって!?
これはテロだったのだ。犯人達を倒さないと確実に死ぬ。
何でもいい、武器になるものはないか。

幸い、足元にカバンがあった。
展示会での出品機器が詰められている。
その中に、耐熱耐衝撃ケース”頑丈くん”があった。
特殊な合金でできていて、小さいながらもずしりと重い。
こいつを犯人の顔に投げつければ、一人は倒せるかもしれぬ。
後は、他の乗客がどれだけ蜂起してくれるかだ。

飛行機が降下を始めた。
もうごちゃごちゃと考えている時間は無い。
どのみち死ぬんだ、行動しよう。
桃香よ、弟の面倒をみるんだぞ。
修、早く大きくなって母さんのことを守ってくれ。
そしてよう子、愛している。


僕は震える手で手紙を書き終え、”頑丈くん”に入れて固く蓋を閉めた。
これで最悪の場合でも、家族は僕のことを誇りにしていけるだろう。
そして僕は、再び前のシートに頭を押し付け、必死に祈り続ける。
誰かが、自分以外の誰かが、犯人達を倒してくれますように。
自分が犠牲になって他人を助けても、それではもう家族には会えないのだ。
安全に助かる唯一の方法は、誰かがやってくれるのを待つだけなのだから…


こころのダンス文章塾 第15回「生きていく喜び」投稿作品

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