無線犬の恩返し2006年01月30日 11時49分03秒

雪の夜に、あの人はボクにミルクをくれた。
駅からは、こんなに沢山の人達が出てくるのに、
暖かいミルクをくれたのは、あの人だけだった。

なんとか恩返しをしたい。
あの人の家の前で、そんなもどかしい気持ちに支配される。
すると突然、電気のような思念が体を貫いた。
「カベヲ、ナオシタイ・・・」
これは何だ!?
人間界には無線LANというものがあるらしいが、これがそうなのか・・・
どうやらあの人は、電波に想い乗せて飛ばしているらしい。
次から次へとあの人の想いが降ってくる。

これは恩返しのチャンスだ。
家族に打ち明けらないあの人の想いを知っているのは、ボクだけだ。
そこでボクは、人間に化けることにした。

まず、家を改修してあげようと、大工に化けてみた。
すると、「リフォーム詐欺だな!」と追い返された。
次に、洗濯物をたたんであげようと、今時の家政婦に化けてみた。
すると、「メイドさんを呼んだのは誰なのーっ!」と
夫婦喧嘩になってしまった。

本物のダイヤの指輪を届けようとすると、
「もともと本物なんだよ!」と怒られた。
おでんの屋台を引いていくと、
「だいこんなんて大っ嫌い!」と息子に蹴られた。

いったいどうすれば、あの人は喜んでくれるのだろう。
途方に暮れていると、家族の人達に見つかってしまった。
「まあ、かわいいワンちゃん!」
「ねえパパ、この犬飼ってもいい?」
そして、あの人がやってきた。
「お前はあの時の子犬か。いいだろう、家に置いてやろう」

こうしてボクは、あの人の家にお世話になっている。
素のままでいることが恩返しになるとは、予想もしなかった。
何をやっても全くダメだったのが嘘のようだ。
今日もあの人は、電波に想いを乗せている。
「ユキノヨルニ・・・」
あの人も、あの日のことを思い出しているのだろうか。


へちま亭文章塾 第5回「小説+雪またはユキ」投稿作品

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