眠りすぎないように2021年12月03日 22時46分50秒

「えっ、一日十時間?」
 留美子が驚きの眼差しを私に向ける。
「夢月、それは寝すぎだよ」
 その言葉に違和感を覚えた私は思わず反論する。
「やだなぁ、寝すぎじゃなくて眠りすぎって言ってよ」
「いやいや、寝すぎは寝すぎじゃね?」
 そんな言われ方は嫌だ。私は「眠る」が好きなのだ。
「ほら、眠り姫とは言うけど、寝る姫とは言わないじゃない」
「でも、永遠に寝るとは言わないけど永遠に眠るって言うよ。縁起悪いよ」
 ああ言えばこう言う。
 そんな留美子を論破するには「寝すぎ」の危険性をアピールするしかない。
「じゃあ、例えば三日間を考えてみて。三日間眠ると三日間寝るはどう?」
「うーん、どっちも同じ感じかな……」
「次は一週間。一週間眠ると一週間寝るは?」
「一週間眠るは何か変かも?」
「でしょ! だから「寝すぎ」の方が危険なの。寝すぎることはあっても眠りすぎることはないのよ」
 ポカンとする留美子。理解できないという様子だ。
 やがて彼女はキレ始めた。
「いやいや、夢月は寝すぎだって」
「違うよ。眠りすぎなの」
「やーい寝る姫」
「だから眠り姫だってば!」
 こうして始まった寝る派vs眠る派紛争は、一年間も続くことになったのだ。



500文字の心臓 第184回「眠りすぎないように」投稿作品

少女、銀河を作る2021年09月28日 21時10分29秒

「神のお告げじゃ、『幼女、銅川』を過ぎし『熟女、金海』に至らぬものを祀れば道は開けよう」
 オババの声が境内に木霊する。篝火に照らされる深く皺が刻まれた顔がこちらを向いた。
「お主ならできる。この村の運命は託したぞ」

「だってさ、どうする?」
「どうするって作るしかないだろ。じゃないと先に進めないぜ、このゲーム」
 友人と興じる『ガールズ&ギャラクシー』で最後の課題が提示された。謎解きが難しいこのゲームもゴールまであと一歩だ。
「共通する文字は女。あとは幼から熟へ、銅から金、川から海へと変化している」
「だな。銅と金の間は銀だろう」
「じゃあ、幼と熟の間は?」
「成、じゃないかな」
「川と海は?」
「潟? それよりも素材の方が心配だ」
「大抵のものは揃ってる。足りなくなったら狩りに行くしかないな」
 こうして俺たちは素材集めを完了した。
「神よ、作り給え『成女、銀潟』を!」
 しかし現れたドラゴンは素材を一瞥すると飛び去ってしまった。
「ダメか。何が悪かったんだ? 素材が足りなかったのか?」
「それとも謎解きが間違っていたとか」
「何でダメなんだよ! もうちょっとなのに……」
 今日も俺たちは試行錯誤を繰り返している。



500文字の心臓 第183回「少女、銀河を作る」投稿作品

INU総会2021年09月08日 23時20分02秒

 今年も嫌な季節がやってきた。
 どうせワンマン議長のワンサイド総会になるに決まっているのだ。意見を言うような人は現れそうもないし。
 が、職場委員として選ばれてしまった以上、出席せざるを得ない。
 案の定、総会は議長の思い描いた通りに進行する。
「この難局をワンチームとして乗り切りましょう」
 ほら、やっぱり主張はいつものワンパターン。
「労働環境の向上と賃上げをワンセットで要求していきます」
 毎年そう掲げているけど実現したことないじゃない。
 いい加減なこと言うんじゃないよと頭に来た私は、思わず発言していた。
「労働環境向上と言うなら、男性の育児休暇取得を義務化して、ワンオペ育児を皆が体験すべきではないでしょうか」
 ついに言ってやった。ちょっとスッキリする。
「いきなり義務化と言われても……。それはちょっと無理かもしれませんね。まずはワンクッション置いて……」
 全くワンワンワンワン言いやがって。て私も同じか。



500文字の心臓 第182回「INU総会」投稿作品

三階建て2021年05月28日 20時04分29秒

 私は『アスリートのお宅拝見』という番組のキャスター。都内のある場所に来ている。
「さて、今日のゲストのスポーツは何でしょう?」
 実は私も知らされていない。建物を見て予想する様子も番組の一部なんだそうだ。
「この家は……」
 多くのアスリートの自宅の中にはトレーニング室があり、そこで種目も予想できる。が、今回は外からも種目が丸わかりだった。
「壁に沢山のホールドが付いています!」
 そう、三階建てのコンクリートの外壁には壁を登るためのホールドが無数に付けられていたのだ。
 そこでアスリート本人が登場。案の定スポーツクライミングのオリンピック代表、野口中選手だった。
「野口中選手はこの壁を毎日登られているのでしょうか?」
「もちろんです。そのための三階建てですから」
 私は建物を見上げる。
 屋上までかなりあるしオーバーハングもある。これを毎日登ったらかなりの練習になるだろう。
「それでは中も拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんいいですよ。ではこれを付けて下さい」
 野口中選手は私にハーネスを差し出した。
「といいますと?」
 彼女はニコリと笑うと私に言ったのだ。
「玄関は屋上にありますので」



500文字の心臓 第181回「三階建て」投稿作品

白白白2021年02月28日 20時45分26秒

 二人のオヤジが居酒屋の暖簾をくぐる。
「おーい、白モツと白滝の白味噌和えをお願い」
「こっちは、白ネギと白菜の白ワイン煮込みね」
「あと、白鶴と白鹿と白牡丹」
「こっちは、白岳と白波と白霧島で」
 酔っ払った二人の話題は、いつの間にか歴史ドラマに。
「白虎隊が白昼、白兵戦を挑むのすごかったな」
「白装束の関白が白馬に乗って来るのも予想外だった」
「潔白なのに、お白洲で自白させられちゃって」
「空白の一日だな。白羽の矢を立てる順番が明白に間違っていた」
「あのドラマ面白くて、いつの間にか東の空が白んで顔面蒼白になるんだ」
「白熱しすぎだろ。白血病か白髪になるぞ」
「もう遅いよ。告白するけど俺白内障なんだ。瞳が白濁してるだろ」
「そんなことないぞ? すでに酔っ払いだな。頼むから白面だなんて、白白しいこと言うなよ」
「おーい白湯をくれ。白旗だ。科白のネタが尽きた」



500文字の心臓 第180回「白白白」投稿作品