木下闇商会2011年04月02日 10時13分39秒

※エッチな表現があります

 一人細い路地裏を歩くサラリーマン風の男がいた。名前を雄二という。コツコツと響く彼の靴音は、とある古ぼけたビルの前でぴたりと止まった。
「今週もまた来てしまったか……」
 雄二はそう呟くと、ビルの地下に続く階段を下りていく。そして金属製の重そうな扉の前で立ち止まった。
 扉にかかるプレートに書かれているのは『木下闇商会』という文字。
 ごそごそとポケットから財布を取り出し中に入っていたカードを手にした雄二は、それをドアの横にある機械にかざす。どうやらIDカードのようだ。機械のインジケーターは赤く点灯していたが、雄二がカードをかざした途端、緑色に変わってカチャリとロックが解除される音がした。
 そこまではいつもと同じ反応だった。しかしその日は違っていた。機械からぽぽぽぽーんと派手な音が発して地下階段に鳴り響いたのだ。
「うわっ、な、なんだ!?」
 うろたえる雄二に、機械から女性の声のアナウンスが流れる。
『おめでとうございます。今日でお客様は百回目のご来店となります!』
 すると同時に金属製のドアが開き、ぴっちりと体に密着した黒のレザースーツに身を包んだ女性が満面の笑みで雄二を出迎える。
「いらっしゃい、雄二さん。お待ちしていましたわ」
 それは、会員制イメージクラブ『木下闇商会』のナンバーワンホステス、マリーだった。

 会社の上司に連れられて、雄二が初めて木下闇商会を訪れたのはちょうど二年前だった。かなりギリギリのところまでサービスしてくれるのが売りで、雄二もすっかり病みつきになってしまい、それ以来週に一回は通うようになっていた。その甲斐もあり、この一年間はナンバーワンのマリーが相手をしてくれるようになった。最近の雄二のお気に入りは体中を縛るSMプレイだ。マリーも露出度の高いレザースーツでお出迎えしてくれていた。
 いつもの部屋に通された雄二は、服を脱いで下着一枚になる。そしてマリーに向かって縛ってほしいと両手を差し出した。するとマリーはにこやかに笑いながら雄二を制止する。
「雄二さん、今日はご来店百回記念で、縛りはありませんわ。その代わり、たっぷりとご褒美させていただきます」
「ご、ご褒美?」
「そうですわ。女王様からのご褒美、お楽しみ下さいね」
 そう言いながらマリーは雄二に目隠しをする。
「さあ、始めますよ」
「マ、マリー様、お願いします」
 マリーは一つ咳払いをした後、女王様になりきって口調を変える。
「さあ、横になりなさい。ご褒美がもらえるまで良い子にしてるのよ」
 雄二は手探りで床の上に敷かれたマットの位置を確認し、仰向けに横たわった。

 これから何が起こるのか? 雄二が耳をすませていると、入口の方からカチカチという動物の爪が床に当たる音が近づいてきた。それと同時にハアハアという息遣いが聞こえてくる。
「マリー様、それは?」
 不安そうに雄二が尋ねる。
「私の大切なプルプルートちゃんよ」
 マリーはペットの犬を雄二の横に座らせると、冷蔵庫から小さな箱を一つ取り出した。そして蓋を開け、中のものを指でつまんで雄二の胸に乗せる。
「ひゃっ……」
 冷蔵庫から出したばかりで冷たく感じたのだろうか。雄二は小さくうめき声を上げた。
「ふふふ。これはね、菫の砂糖漬け。プルプルートちゃんの好物なの。さあプルプルート、お舐めなさい」
 マリーの号令と同時にプルプルートは菫の砂糖漬けに近づき、舌を伸ばして砂糖漬けとその周辺を舐め始めた。
「うひゃあ」
 ザラザラとしたプルプルートの舌の感触に、雄二は小さく悶える。
「さあ、どんどん置いていくわよ」
 マリーは菫の砂糖漬けを雄二の体に次々と置いていく。胸、腹、おへそ。そしてそれを追いかけるようにプルプルートの舌が雄二の体を這い回った。
「うう、ひょ、うっ、ひゃあ……」
 悶える雄二の顔を見ながら、マリーは砂糖漬けの最後の一枚を雄二の下着の上に置いた。
「これが最後よ。でも、まだいっちゃダメ。これに耐えられたらさらにご褒美があるわ」
「な、なんですか? うひゃ、マリー様。あひっ、そ、そのご褒美とは?」  するとマリーは雄二の耳元で小さくささやいた。
 その内容に驚いた雄二は、思わず大きな声を出してしまう。
「えっ、マリー様。そんなご褒美してもらっていいんですか? それは法律違反では!?」
「しーっ、静かに。これは私からの百回記念のご褒美。誰にも言っちゃダメよ」
 そして、プルプルートの舐め舐め最終攻撃に耐えた雄二にマリーが体を重ねようとした時、いきなり個室のドアが開け放たれた。
「ご褒美しすぎる罪で逮捕する!」
 驚いた雄二とマリーは体を離す。そして体を起こした雄二は、目隠しを取ってその声の主を凝視した。ドアを開け放ったのは、一人のミニスカポリスだった。

「き、君はアンナじゃないか」
 それは、雄二が最初に木下闇商会を訪れた時に相手をしてくれたホステスだった。
「いくらマリー姉さんでもそれはやりすぎです。この私が許しません」
 アンナは怒りで肩を震わしている。
「あら、ご褒美しすぎて、何が悪いのかしら」
 マリーも負けじと言い返した。
「雄二さんは元々私のお客さんだったのよ。それをマリー姉さんが奪っていったんじゃないですかっ」
 初めて木下闇商会を訪れてから一年間、雄二はずっとアンナに相手をしてもらっていた。ミニスカポリスに罵倒されるのが雄二の夢だったのだ。アンナの決めゼリフは『鼻からうどんを垂らす根性なし!』。その言葉で罵られる度に、ゾクゾクと快感が雄二の中を駆け抜けた。
 しかし雄二が木下闇商会に一年間ほど通い続けると、急にナンバーワンホステスのマリーが彼の相手をしてくれることになった。安定してお金を落としてくれる雄二を、貴重なお客様と店側が判断したからだ。マリーも店から言われて雄二の相手をする事になったのだが、何も知らされていないアンナは自分の客をマリーに奪われたと思っていた。
「お店をやめたら、雄二さんと一緒になるのが私の夢だったのに……」
 いつの間にかアンナは雄二に恋をしていた。
「だったら、あなたがナンバーワンになれるよう頑張ればいいだけじゃないの」
 言いがかりをつけられたマリーはたまったものではない。つい頭に来て、アンナの努力が足りないかの如く言い返してしまった。
「なんて言い方。何様のつもり? 姉さんだからって許さないわ、この泥棒猫」
「いいわよ、来なさいよ」
 マリーに挑発されたアンナは、マリーのコスチュームに掴みかかる。
(どちらも負けるな!)
 ミニスカポリスとSM女王の戦い。そんな夢のカードに、雄二は心を躍らせた。
「きゃっ! 服が破れちゃったじゃないのよ。あんたのもこうしてやる」
「やったわね。お返しよ」
 アンナとマリーがやり合う度に、二人の肌色の面積が増していく。
(こ、これは……すごい)
 二人の戦いの激しさに、雄二の興奮度は限界に近づいていった。
「雄二さんは渡さない」
「あら、雄二さんと絶頂に達するのは私よ」
 二人が雄二の方を振り向いた瞬間、雄二がうめき声を発した。
「うっ!」
「あっ、雄二さん。いっちゃったの?」
「な、なんてこと……」
 雄二は一人で果ててしまっていた。



即興三語小説 第100回投稿作品
▲必須お題:「負けるな」「美しすぎて、何が悪い」「最後の一枚」
▲縛り:100回記念で、縛りはありません
▲任意お題:「美しすぎる罪で逮捕する」「菫の砂糖漬け」「木下闇」「ぽぽぽぽーん」「鼻からうどんを垂らす根性なし」

チン毛2011年04月07日 22時57分09秒

「ねえ、パパ。携帯ゲーム機買ってよ」
息子に泣き付かれた。
「学校の友達はみんな持ってんだよ」
うそつけ、持ってない奴も必ずいるはずだ。
「仲のいい子はみんな持ってて仲間外れにされちゃうんだよ」
うまいこと言うじゃねえか。それなら仕方がない。
「じゃあ、買ってやる」
「やったー!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。一つ条件がある」
「なーに?」
「チン毛が生えて、それをママに見せたら買ってやる」
「ホント!? わーい、わーい」
数日後。
「あんた、タクヤに変なこと言わなかった? ゲーム機のことで」
「ああ、言ったが」
「あの子、『早くチン毛が生えないかな。そしたらママに見せてあげるね』って言ってたわよ」
「……」
はたして息子は母親にチン毛を見せることができるだろうか?



マイクロスコピック<希望の超短編>投稿作品

天空サーカス2011年04月09日 15時57分43秒

 また一人、関係者が死んだ。
 巨額発注の闇をマスコミに追及され、耐えきれなくなって自殺したという話だ。これで真相はうやむやになった。
「はい、お仕事、お仕事」
 そんな話をした後でも平然としている上司が地獄のピエロに見える。いずれ私もコイツから任務を渡されるだろう。ヤバくなった時は秘密を抱えて死ねという暗黙のルールと供に。同僚だってみんな同じ気持ちのはずだ。辺りを見回すとみんな必死に平静を装っている。私達は巨大組織に踊らされているサーカス一座に過ぎない。

 マンションに帰ってヒールを脱いだ私は、ふかふかのベッドに体を投げ出した。悪魔に魂を売った見返りに生活は十分潤ったが、心は冷たく乾ききった。
 私は一人天井を眺めながら、子供だった頃を想い出す。
 あの頃は、天国にはまだ沢山の人がいた。おばあちゃん、おじいちゃん、そして優しかった人々。その人達が一人、また一人と姿を消していく。
「ごめんね、おばあちゃん……」
 すっかり空っぽになった天国に、一人残るおばあちゃんの輪郭もかなり薄くなってしまった。その最後の姿を目蓋に焼き付けようと、目を閉じた私は暗く長い眠りに落ちていく。



500文字の心臓 第103回「天空サーカス」投稿作品

嘘から出たクチとイチ2011年04月10日 19時30分40秒

 森を歩いていると人が折り重なるように倒れていた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
 慌てて近寄ると少女が二人。
「う、ううーん……。はっ」
 上になっている小柄の女の子が僕に気付き、驚いて言葉を飲み込んだ。
「怪しい者じゃないから大丈夫だよ。どうしたの?」
「お姉ちゃん、起きて。お姉ちゃん」
 姉と見られる女の子はまだ意識がなく横たわっている。足はスラリと長く、めくれたスカートからは白く美しい太腿が……。
「あっ!」
 目のやり場に困っていると、目を覚ました姉は飛び起きて慌てて服の乱れを直した。そしてギロリと僕をにらむ。
「い、いや、何もしてないから。それよりどうしたの? こんなところで倒れて」
 二人はこの近くでは見かけない赤い髪をしていた。綺麗な異国の服をまとっている。
「イチ、倒れてないもん」
 と妹。姉もそれに続く。
「クチも倒れてない」
 えっ、倒れてたじゃん。ものの見事に、二人して。
 僕が不思議に思っていると、申し合わせたように二人のお腹がググーと鳴った。
 失笑する僕に、二人は赤くなって口を尖らせる。
「イチ、お腹なんか減ってないもん」
「クチもすいてないわ」
 いや、どう見てもこの二人のお腹はペコペコとしか思えない。
 困った僕は別の質問をしてみた。
「名前は、イチとクチっていうんだね?」
 すると二人は首を振った。
「ちがうよ。イチはイチじゃない」
「クチもクチじゃないわ」
 わけがわからない。
 そうこうしているうちに再び二人のお腹がグググーと鳴る。今度はかなり盛大だ。
「あっはっは。とにかく何か食べれるところに行こう。ほら、おいでよ」
 僕が立ち上がって手を差し伸べると、二人の表情が明るくなった。

 五分くらい歩くとオババの家が見えてきた。
 煙突からいい匂いが漂ってくる。オババはちょうど料理を作っているところみたいだ。
「こんにちは、オババ。ちょっとお邪魔してもいい」
 玄関をノックをすると、オババが顔を出した。
「よう、マコトか。今日はどうしたんじゃ?」
「実はさ、森の中で女の子が倒れていたんだ。お腹が減ってるようなんだけど……」
 さすがの僕も、飯を食わしてくれとまでは言えなかった。
「はっはっは。ちょうどスープを作っとったとこじゃ。さあさ、お入り」
 よかった。オババが物分りの良い人で。
 行き倒れ姉妹は無言でテーブルに着くと、出されたスープをガツガツと慌てて食べ始めた。
 なんだ、やっぱり空腹だったんじゃん。
「マコト。可愛い娘達じゃの」
 オババに促されて二人の顔を見ると、暖かい物を食べたおかげでやつれていた表情に血色が戻っていた。白く透き通る肌をほんのり桜色に染めた姉はすごく綺麗だ。胸元に目を移すと、トルコ石のネックレスが豊かな谷間に揺れている。
「そ、そのネックレスは……」
 オババが目を丸くする。
「マコト。お前は大変な娘達を連れて来たようじゃ。この娘達は『嘘の国』の王女じゃよ」
 えっ、今なんて言った? 王女って何?
「『嘘の国』は、五人の王女の力で国を守っているんじゃ。名前は……、確か、上からクチ、カミ、シチ、ノル、イチじゃ。この娘達の名前はこの中にあるかの?」
 二人が口にしていた名前は……、クチとイチだ。この中にあるじゃないか。
「オババ、クチとイチだよ! でも変なんだ。二人に名前の確認をしても違うって言うんだよ」
「そりゃそうじゃよ。『嘘の国』の王女は本当のことを言えんからの」
 だから二人はわけのわからないことばかり言っていたのか。
「それよりマコト。この娘達が本当に王女なら、今頃『嘘の国』が大変なことになっているはずじゃ。王女は五人揃っていないと国民にかけられた呪いが復活すると聞いておる」
「なんだよ、その呪いって?」
「変身の呪いじゃ。そら、二人が満腹になったら国に連れて帰るんじゃよ。急げ!」

 僕達は森の中を走っている。右手にクチ、左手にイチの手を握り締めて。
『国民達は決して王女を襲うことはない。だからしっかりと二人の手を握っておくんじゃよ、自分の身を守るために』
 オババの言うとおり、変身した国民にすれ違うことがあったが襲ってくることはなかった。
 ――あんなものに変身させられてるとは、何ということだ。襲われたらイチコロだよ。早く二人を『嘘の国』に返さなきゃ。
 そして僕達は『嘘の国』の入り口の門に辿り着く。この門をくぐれば国民達は元の姿に戻るはずだ。
「ゴメン。僕は行けないから」
 僕は二人に別れの挨拶をする。
「イチ、お兄ちゃんのこと大っ嫌い」
「クチ、二度とマコトに会いたくない」
 ええっ!? と一瞬思ったが、二人が『嘘の国』の王女であることを思い出して納得した。
 その証拠に、ギュッと握り締めた手を二人は離そうとしなかった。
 潤む二人の瞳を見て僕は胸を熱くする。
「嬉しいよ。でも、ほら、いつまでも国民をあんな姿にさせてはおけないだろ?」
 出発する前にオババが言った。
『嘘から口(クチ)と一(イチ)が抜けてしまったら……』
 その予言どおり、国民はみんな虎になっていた。



電撃リトルリーグ 第16回「嘘から出た○○」投稿作品