いやや2022年09月01日 21時44分04秒

「IYAYA, HOTANI-SAN!」
海の向こうで、また妙な日本語が流行り出したようだ。
「IYAYA GAME, IYAYA LIFE」
これはなかなか微妙。向こうの人は言いにくいんじゃないの。
でも中にはしっくりくるものもあった。
「IYAYA WAR!」
うん、これは言いやすい。



500文字の心臓 第188回「いやや」投稿作品

喜怒哀楽兄弟2022年08月05日 18時23分00秒

 僕の兄弟は喜怒哀楽だ。
 だって妹は喜び、姉さんは怒り、弟は哀しみ、僕は楽しんでいるんだから。

 それはある日のこと、いつものように、家族が食卓を囲んで夕食を食べている時のこと。僕にはそれが日常であり幸せであったのだけれど……。
 ――そんな平和な日常に突然の嵐が吹き荒れることになるなんて思ってもみなかったんだ――
「ねえお兄ちゃん」
「ん? なんだい?」
 僕が食事をしていると妹であるアコ(中学2年生)から声をかけられた。ちなみに僕の名前はアキ(高校1年生)で、弟のソウタロウ(中学3年生)は僕を兄貴と呼んでくる。
「あのね……」
「どうした? 遠慮しないでなんでも言ってくれよ」
 普段元気いっぱいの妹が今日に限って珍しく何か言いずらそうにしている。これはもしや……!と心の中でちょっとだけ期待しつつ妹の言葉を待つ。
「えっとね、お兄ちゃんって、今好きな人っているのかなぁと思って……」
 妹からの質問はなんとも予想通りのものではあったのだが、いざ実際に聞かれてみると困ってしまうもので……。
 妹の質問に対して少し考えてみる。
 うーん、特にいないんだけど……そうだなあ……今は思い浮かばないけどいつかそういう女性が現れる日が来るかもしれないし……。よしっ!
「うん。今のところはいないけど、そのうち現れるんじゃないかな?」
 とりあえず当たり障りのない回答をしてみた。しかし妹からは意外な言葉が返ってきたのだ。
「そっか。じゃあお兄ちゃんはまだ彼女がいない歴イコール年齢というわけだね!!」
 ぐぬぬ……。
 確かに妹に言われたとおりなのだがこうストレートに言われてしまうとなんか恥ずかしいな。
 僕は少し頬を赤くしながら「まあそういうことになるかな……」と答えた。
 すると今度は弟が口を挟んできた。
「でも兄貴なら大丈夫だと思うぜ。俺が女だったとしてもきっと好きになるだろうからな!」
 おいこら待てコラ!! 勝手に何言ってんだよ!?
 弟からの予期せぬ一言を聞いて僕はさらに顔が熱くなる。
 そしてその様子を見てなのか、姉まで参戦してきた。
「ふふん! 甘いわねあんたら! 私なんかはもうすでにいい人がいてラブラブ状態だからね!!」
 おいこら!! まだその件については何も話してないだろ!!!
「ほぉ~さすが姉さんはモテるねぇ! でもそれって一体誰だよ?」
 お前まで話を合わせなくていいから!!!
 それに僕だって一応高校生だし恋人くらいいてもおかしくはないはずだろ!? …………おかしいよね?
 僕の内心のツッコミなど全く気にすることなく話は続いていく。しかもその内容はどんどん過激なものになってきていた。まさかここであんな発言が出てくるとは思わなかったのだ。
「へぇーお兄ちゃん彼女いないのかぁ……よかった! これで私の計画が実行できるよ♪」
 えっ……!? どういうことだ!?
 僕の思考は一瞬フリーズする。
 するとすかさず妹のフォローが入った。
「あはは、ごめんなさいお兄ちゃん、実はお姉ちゃんはずっと前から彼氏がいるんです。お付き合いを始めたばかりなので今は秘密にしておいて下さいね。でもいずれみんなにも紹介しようと思っているんですよ?」
 なるほどそういうことだったのか……。
 ということはつまり妹は自分のために僕のことを訊いてきたということになるんだろう。
 なんてできた子なんだ……と感心してしまう反面少し寂しい気持ちもあった。妹にはすでにそんな相手がいたのかと思うと自分が情けなくも感じてしまったのだ。
 でも妹が幸せならそれでも構わないかと思い直した時、再び弟から爆弾が投下されたのである。それも特大級のやつだ。
「姉さんの恋人? どんな人? ちょっと写真とか見せてくれよ」
「あっ……そうですね、じゃあその人にお願いします」
 おいこら待て!!!
 何を勝手に決めてるんだ!?
 というかその人は僕じゃないのかい?
 っていうかこのタイミングで見せるのか??
 僕の意思とは無関係で事が進んでしまう状況についていけていない僕を置き去りにし、二人はスマホを取り出し画像を見始めた。そこには男友達との自撮り写メと彼女の腕を組み笑顔で写っている二人のツーショット写真があった。
 それを確認していた弟だったが次第に眉間にシワを寄せ始めると険しい表情になりながら写真をじっと見つめているのだった。そしてしばらくした後……
「え? これって本当にあの人と付き合ってるの? なんか嘘くさい気がするんだけど」
 弟の感想を聞いた妹が即座に反論した。それはあまりにも的確な指摘だったのかもしれない。
 僕自身もそう思ったからだ。だってその写真に映っているのは明らかに男の僕なのだから。
 そして弟と妹の意見に対して姉の反応が怖かったのでチラリと視線を向けてみると、案の定姉さんは激怒していた。
「はぁ?! なに言っちゃってんのよ! どこがどう嘘くさいっつうんだよ!?」
 しかし妹はひるむことなく淡々と理由を述べていく。まるで自分の意見が正しいと言わんばかりの自信に満ちた口調で。
「まず第一印象だけど……その人かなり格好良くない? お兄ちゃんの方が断然イケてるじゃん。お兄ちゃんと比べたら月とスッポン、天と地、豚と牛くらいの差はあるよね?」
 ぐっ……。
 確かにそうだが、そこまではっきり言われるとさすがの僕でも凹んでしまいそうだ……。
 そしてさらに追い打ちをかけるように妹の追撃は続く。
「あとさ、二人とも仲良すぎない? 手なんか繋いで歩いてたしさ、それに姉さんの態度も変なんだよねぇ……。なんというか……いつもより優しいし甘々なオーラ出てたし……。これはもう完全に愛しちゃってますね! 間違いないですよ!」
「そ、そうなの……?」
 妹の言葉を聞き姉が少しだけ照れながらも嬉しそうな様子を見せ、妹はさらに続ける。
「だからこれは絶対にあの人が怪しい!! って思ってお姉ちゃんにカマかけてみたわけよ」
 妹は悪びれる様子もなく姉に説明をしているがこれはやり過ぎではないだろうか……。
 しかし妹の言っていることは当たっていたのだ。
 実は姉さんには僕とは別に恋人がいた。その相手とはバイト先の先輩にあたる男性で名前はユウスケ(仮)さんだ。しかし妹の言う通りこの人の顔は普通よりも多少マシという程度で、身長も170センチ前後しかなく、とてもではないがイケメンと呼べるような風貌をしていないのだ。
 ちなみに僕は178センチなので10センチ以上差があることになる。しかし見た目だけでは判断できないもので僕は姉から彼のことをいろいろと聞かされていた。そして妹はその先輩が姉と交際しているのではないかと疑っているらしいのだ。
 だが姉は慌てているようだった。まさかここまではっきりと言い当てられると思っていなかったらしく明らかに動揺していたのだ。
 僕はその様子を見かねて助け船を出すことにした。
「もうそれくらいにしてあげろよ。ほら……本人がいるんだからさ……」
「お兄ちゃん! まさか本当のことなの!?」
 するとすぐに僕の方に向き直り詰め寄ってきた。
 その目はマジだったので冗談ではなく本気で僕の答えを求めていたのだ。
「う、うん……一応……」
「はぁ!? ちょっとあんたいつの間にそんな相手見つけてんのよ!? 聞いてないわよ!?」
 今度は僕の方へと向かってきたのだがやはり僕の答えが気に入らなかったのか声が大きくなってきていた。なので姉さんは一度落ち着かせるため深呼吸をしてもらいそれから詳しい話を聞かせてほしいと頼んできた。なので姉にも話せる範囲のことをすべて伝えることにした。
「なるほどね……。そんなことがあったんだ……。まぁ私はあんたが選んだ人なら別に文句はないけどね。っていうかむしろ応援するわ! 頑張ってね!」
「ありがとうございます、そう言ってもらえると助かります。姉さんは本当に優しいですね」
「べ、べつにそういうんじゃないってば! 私が認めたくなかっただけだから! 勘違いしないでよね!!」
「姉さんツンデレだな」
「うるさいぞクソ弟!! っていうかお前こそどうなのよ? ちゃんと彼女できたの?」
 姉からの鋭い質問に対し僕が返答できずにいると……
「ふっふっふー♪ 私はまだいないですぅー! お兄ちゃんのことが心配だからしばらくは独り身でいてあげるんだもん♡ だから私の分までいっぱい恋愛してよね、お兄ちゃん?」
 と、ニヤついた表情で言い返してきたのである。しかもそのあとで僕の背中に飛びついてきた。
 なんだこの可愛い生き物は!?
「はいはいそこのバカップル共。いい加減イチャつくのはやめなさいよね」
 呆れた口調の一言とともに妹は引き剥がされてしまった。
 さすがの姉でもこれ以上妹につき合うのは無理と判断したのだろう。僕も同じ気持ちだったし。
 しかしそこで姉から思わぬ提案が飛び出した。
「そうだ!じゃあ私たち三人が付き合いましょう!それなら問題ないでしょ?」
「ええぇ……姉さんの相手は僕が決めるわけじゃないからよく分からないけど、とりあえずユウスケ(仮)さんと付き合ってみてそれでも駄目ならまた考えてみてくれれば……」
「おっけ~。でもあの人結構良い感じだからきっと上手くいくと思うんだけどなぁ……」
 確かに姉は美人だし彼もイケメンではないもののそこそこ格好は良かったはずだ。
「よし、決まりね。お試し期間として付き合ってみましょ?」
 姉の提案は突拍子も無いものではあったが僕としては断る理由もなかった。
 というか僕と姉、それに妹という家族関係では珍しい組み合わせの交際が始まったのであった。
 ……こうして僕は三人目の彼女との付き合いを始めることとなったのである。

 あれから一週間が過ぎた。
 僕たちの交際は今のところ特に大きな問題も無く続いていた。もちろん姉にはバレていないが僕と妹の二人で出かけることも増えた。
 しかし今日だけはいつもと違い二人きりでは無く、姉のデートをこっそりと見守りに来たのだ。
 何故そのようなことをすることになったかというと……数日前に僕たちは姉に呼び出されたのである。なんでもどうしても一緒に行きたい場所があるから来て欲しいとのことなのだが……。
 しかし待ち合わせ場所で待っていても姉の姿は無かったのだ。なのでしばらく待っているとその人物は現れたのだが……なぜか姉ではなく弟君だったのだ……。
 姉に電話をしてみると今まさに電車に乗っており、まだこちらには到着していないらしい。なので弟君の誘いに乗る形で姉を待つことにしたのだ。
 それから僕と弟君は雑談をしながら待っていたのだが……。
「あのさ、俺前からあんたと話したかったんだよねぇ。だって同じ姉を持つ兄弟同士仲良くしたいじゃん? それにあんたら仲良すぎだと思うんだよね。手繋いで歩いてるし? なんかあったの?」
 僕はいきなりこんなことを聞かれてしまったのだ。
 まさか初対面の弟君からそんなことを聞かされるとは思っていなくてかなり動揺した。
 だが僕は冷静を装いながらなんとか返答することができたのだ。そしてその後も少しだけ話を続けた後で本題に入った。
「それで姉さんとはいつから付き合い始めたんだ? それとなんで僕たちに秘密にしてたんだい?」
 すると今度は弟君が僕の質問に答える番だった。
 彼は今まで恋人を作ったことがないらしくずっと気にかけていたらしい。
「最初はさぁ……俺の勘違いだと思ったんだよなぁ。だけどさ、あんたがたまにウチの学校に来ることがあって姉貴のこと見つめてるの見て……あぁ……これは絶対惚れてんなって思ったのよ」
「へぇー……そっか……」
 そんなふうに見られていたなんてまったく知らなかった……。
 でもそう考えると弟の観察眼はかなり優れているということなのか。そう思いながら感心しているとさらに話を続けてきた。
「だからさ。俺も応援することにしたんだ。姉貴が幸せになれるようにってさ。でもまさか相手があんな顔の男だとは思わなかったけど……」
 そう言いながらも笑っていた。それはとても楽しそうな笑顔で……。
 だから僕はそんな彼のことが嫌いではなかった。むしろ好ましく思っていた。
 それからしばらくしてようやく姉さんが到着し僕と姉さんのデートが本格的に始まった。
 まず最初に向かった場所は水族館であり僕たち三姉弟にとっては思い出深い場所でもあった。というのも僕が小学生のときにここで姉と妹と一緒に来たのが最初で最後の遠出をした記憶があるからである。それ以来僕は一度もここには行っていない。理由は姉や妹と一緒でないからだ。
 そう、僕が姉と妹を避けていたせいで僕だけが一人で来ることになってしまっていったのだから。
 だからこの機会にもう一度ここを訪れ、そして姉妹三人で訪れようと考えていた。だからこのデートでは姉にもこのことを事前に伝えておき二人で訪れたのだ。
 館内に入るとすぐ目の前に大きな水槽がありその光景を見ただけで胸が熱くなってくるのを感じた。その中は色とりどりの熱帯魚たちが泳いでいて幻想的な世界が広がっていた。
 そして僕らはそこで立ち止まりその景色を楽しんだ。ただでさえ美しいというのに隣には僕にとって特別な存在となった姉がいる。この感動はひとしおだった。
 僕たちはしばらくの間何も言わずにじっと眺め続けていた。
 しかし不意に僕が口を開くと彼女はそれに反応してくれたのである。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「ん~? どした~?」
 僕の方を見てくれた彼女の瞳は綺麗でまるで宝玉のように輝いていた。僕はそれが何よりも嬉しく感じてしまう。
 だからだろうか。気がつくと自然に言葉が出てしまっていた。
「……好き……だよ……」
 その一言は自分でも分かるくらい震えていて小さかった。きっと僕の顔は真っ赤になっているだろう。でもそれを彼女に悟られる前に顔を逸らしていた。
「……あ、あはは……なんか……変な空気にしちゃったかな?」
 ……沈黙が流れる。
 きっと今の言葉を彼女がどう受け取ったのか僕には分からない。
「うん、ありがとね。私もユウスケ(仮)君のこと好きだよ」
 だがそんな答えが返ってきたことで僕はほっとした気持ちになっていた。
 もしフラれていたら僕はしばらく立ち直れない気がする。それどころか姉との関係すら壊れるかもしれない。それだけは絶対に嫌だったから……。
「お姉ちゃんも大好きだよ。ユウスケ(仮)」
 姉は微笑みながら僕に優しい声音で言ってくれた。
 それは普段の姉からはあまり想像できないものですごく新鮮なものを感じられた。
 そしてその瞬間に今まで悩んでいたことや不安が一気に消え去ってしまったのだ。やはり姉の魔法には抗えないなぁと感じさせられるのであった。
 それからしばらく姉さんと一緒に水槽を見て回り、一通り堪能した僕たちは館内を出た後に休憩も兼ねてフードコートで昼食をとることにした。
 僕が席を確保してから二人は料理を注文すると僕の座っている場所へと戻ってきた。
「うー……やっぱり混んでるねぇ」
「だねぇ。もうすこし早い時間に来てれば空いてたのに残念だよね?」
 姉は困り顔をしながら言うが僕はそんな姉を宥めるように優しく語りかけた。
「仕方ないよ。とりあえず座れたんだから良いじゃん? それに姉さんと一緒だし全然不満は無いからさ? 僕は気にしてないよ?」
「そっか。ならいいけど。じゃあさ、食べ終わったらまたゆっくり回ろうか? 今日はまだまだ時間があるんだしさ?」
 姉さんの言葉に「もちろん!」と答えるとちょうど店員が僕たちの頼んだものを運んできたので僕と姉は手を合わせると「いただきます」と言い食事をし始めた。
「「おいしい!!」」
「えへへ……そうだろ。実はこれ俺のおすすめなんだぜ」
 僕と姉が同時に感想を言うとなぜか弟君が自慢げに言っていたのである。そしてそれからも弟君との雑談を続けながら食事を進めていくのだがふと疑問に思ったことがあったので聞いてみた。
「あのさ、弟君は姉さんといつ出会ったの? あとどこで出会ったとか……教えてくれないかな?」
 すると姉さんと弟君はお互い目配せすると何か合図を送ったようで弟の方から話し始めてくれた。
「姉貴と初めて会ったときか。あれはまだ俺が中学生のときのことだった。当時高校生だった姉貴が同じ学校の男に言い寄られててな。それでしつこく言い寄ってきてたんだってよ。でも姉貴って美人だろ?だから相手も引かないわけよ。それで俺は姉さんが心配でたまに姉さんのこと見に行ってたんだよ。そしたらある日たまたま姉さんと目が合ってな。そのときに『助けてほしい』って言われたんだ」
「えっ!?  そ、そうだったの?」
「そういえば、そんなことあったかも……。あんまり覚えてなかったけど……」
 そう言うと恥ずかしそうに頬を赤く染めながら下を向いてしまった。
「まあそんなこんなで色々あってな。それから姉貴と付き合うことになったんだ。姉ちゃんもまんざらじゃない様子でな。すぐに交際に発展したよ。まあ今考えると最初から相思相愛だったみたいだけどな」
 僕は話を聞いて驚いた。まさかそんな出会いをしていたなんて夢にも思わなかったからだ。
「でもまさかあのときの人がお姉ちゃんの初恋の人だったとは思わなかったなぁ~。まさかあんなところにいるなんてね。本当に運命的だったよね?」
 姉さんは嬉しそうな表情を浮かべながら弟に言っていると僕に視線を移してこう言ってくれた。
「ねえ、ユウスケ(仮)君。私のこともっと知りたい?  それとももういらない?」
 彼女の瞳が真っ直ぐ僕に向けられる。
 僕はその質問に「いる」と答えた。だから僕はこれからは遠慮せず彼女について知っていこうと思うのだ。それが僕なりの愛情表現であり感謝の気持ちでもあるのだ。だから今は彼女のことがよく分かるこの時間が僕にとって一番幸せな時間なのだ。
 僕は目の前に座る女性に改めて好意を抱くのであった。

 ***

 私は彼の言葉を受け止めることができなかった。なぜなら彼は私ではなく姉を選んだのだから……。
 だがそれは当たり前のことだ。
 何故なら私が彼を好きだということを知った上で彼が私を選ぶということはありえなかったから。むしろ今までの関係を壊してしまうかもしれないから……。
(……どうして?)
 だが私の中に生まれた思いはそれ一つだけであった。
そしてそれは当然の結果であろう。彼への想いが本気であればあるほど今の現実を受け入れることは難しかっただろうから……。
 だがそれは紛れもない事実である。
 だからこそ受け入れるしかなかった。そして彼にこれ以上自分の気持ちが伝わらないようにするために私は彼と別れを告げることにしたのだった。
「ねぇ、ユウスケ(仮)君。私たちそろそろ帰ろうか?」
 私はユウスケ(仮)君の手を引っ張りながらフードコートを出ることにした。
 しかし突然引っ張られたことに動揺してしまったのか彼は転びそうになっていた。
 その姿を見て私は心が傷むのを感じつつも笑顔で対応した。きっと今の顔はひどいものだと思う。それでも何とか平常心を保とうとした。
 それから私は彼を家に帰すために車を走らせていた。だが正直なところ早く一人になりたい気分であった。
 おそらく私はこのままでは泣かずにはいられない。そして泣いてしまうともう自分を抑えることはできないような気がするのだ。
 それほどまでに今日の出来事はショックであった。
 それからしばらくして車が止まったところで彼は言った。
「じゃあそろそろ僕は帰るね。今日は楽しかったよ。ありがとう姉さん」
「ううん。気にしないで?  今日は無理矢理連れてきたんだから楽しんでくれてよかったよ」
 私は必死に涙が溢れそうになるのを堪えた。ここで泣くわけにはいかないから。せめて今日だけは耐えなければと思ったから……。
「じゃあまた学校で会おうね?  バイバ―イ」
「ああ……またな」
「姉さんまたな!」
 二人に挨拶すると私は逃げるようにその場を立ち去った。
 それから数分してようやく自宅に着いたとき私は我慢の限界に達してしまった。
「ふぇーん……なんでよぉ~……どう……して…………ユウ……ス……ケ君……好き……だよ……ずっと……いっしょ……に……いたかっ……のに……ひくっ……」
 それからしばらくの間、誰もいない部屋の中でただひたすら泣き続けたのである。

 ***

 僕はあれからもしばらく公園でボーっとしていた。
 そして日が落ちかけた頃、ふとスマホを見ると妹から何件か着信があったのである。
 内容は「まだ学校? 迎えに行くから連絡しなさい」とのことだ。僕はとりあえず「もう少ししたら行く」と返信すると急いで家に帰った。
 そしてリビングに入ると姉と母がいた。姉が帰ってきたときから少し気まずかったが母は僕が帰宅したことに気付くと声をかけてくれた。
「お帰り~。あんたご飯食べないの?」
「うん。食欲がないんだ。だから部屋にいるね」
 僕はそれだけ言うと自室へと向かいベッドに寝そべった。
 そのまま僕は天井を見つめて考え事をし始めた。
(姉さんは僕に好意を抱いていて弟君は僕が好きだった。でも弟君は姉さんを選び僕を選ばなかった……。つまり僕は振られてしまったってことなのかな……。まあ、当然のことなんだけど……)
 だがそんなことを考えていると胸の奥から熱い何かを感じた。その何かは徐々に僕の体を熱くしていき目頭が急に熱くなった。
 そして僕は無意識のうちに涙を流すと自然と口角が上がったのだ。
「あはっ……。あははっ……」
 なぜ笑っているのか自分でも分からない。でも笑いが止まらなかった。
 そして僕は思う。やはり僕にとってこの家族はかけがえのない存在なんだと。そして姉さんの幸せを願ってやまないのだと。
 僕はこの瞬間決意した。姉が誰を選んでも僕は決して彼女のことを忘れないと。姉が選んだ相手がどんな人であろうとも姉のために力になろう。たとえそれが姉弟の関係が崩れるような選択だったとしても僕は喜んで受け入れるだろう。だってそれは今まで姉が与えてくれた愛情の証なのだから……。
「ユウスケ(仮)。姉ちゃんが今からそっちに行ってもいいかな? 大切な話があるの……。それとユウスケ(仮)に聞きたいことがあるの」
 電話に出ると姉さんはいつもと変わらない口調で僕に声をかけてきた。
 僕はそれに対して僕はこう返したのであった。
「もちろんいいよ。それに聞きたいこととはきっと弟君のことだよね?……それなら直接聞こうよ。俺も姉さんに直接聞いてほしいんだ」
「分かったわ。ならすぐに行くわ」
 そう言うと彼女は電話を切った。
 おそらく一分もしないうちに彼女がここに来ると思う。その前に気持ちを整理しなければならない。でないと彼女を悲しませてしまうかもしれないから……。
「さあ、姉さんがくるまでに答えを出してしまおうか」
 それから僕は彼女に気持ちを伝えるための言葉を何度も頭の中で復唱しながらその時が来るのを待っていたのである。

 ***

「ねぇユウスケ(仮)。ちょっと時間ある?」
 私は彼の部屋の扉を開けるなりそう問いかけた。
 しかし彼は机に向かって勉強をしていたようでこちらを振り向かず返事だけした。
「……どうしたの?」
「うん。ちょっとユウスケ(仮)に聞きたいことがあったんだけど今は大丈夫?」
 私がそう尋ねると彼は黙り込んだ。おそらくどう返答するか悩んでいるのだろう。
 だがしばらくすると彼はゆっくりと顔を上げて私の方を見た。
「別にいいけど……」
 私はその言葉を聞くと同時に自分の部屋に鞄を置きに行くことにした。
 正直なところ私の心は緊張でどうにかなってしまいそうなくらいバクバクしている。それでも今伝えなければいけないと思ったのだ。私は彼に言わなくてはいけないことが一つあったのだ。その事を告げるために私は彼に会いに来たのだ。そしてその一言で全てが終わる。
 私は大きく深呼吸をして心の準備を整えてから彼に話しかけた。
「ユウスケ(仮)。少し話したいことがあるの。大事な話が……」
 私は勇気を振り絞って伝えた。これから言うことを言えばもう彼と話す機会はなくなってしまうであろうから……。
「姉さん……俺は……」
「待って!」
「……ッ!?」
 私は咄嵯に彼の言葉を遮ってしまった。理由は分からない。ただここで言わせてしまったらもう二度と伝えることができなくなるような気がしたからだ。
 それだけではない。きっとこの話をすると私は泣いちゃう気がする。もう自分を抑えられる自信がなかったから。でもこのままではいけないと思った。だから私は思い切って告げることにしたのである。
『私はユウスケ(仮)の事が大好きです』と。

 ***

 突然のことで何が起きたのか理解できなかった。ただ目の前にいる彼女から発せられた言葉の意味を理解すると次第に僕の体から汗が吹き出してきた。
 そして同時に彼女の顔を見ることができなくなっていた。
 僕は必死に冷静に振る舞おうとした。そして何とか言葉を紡ぎ出すことができた。
「ね、姉さん……。いきなり何を言って……」
 僕がそういうと彼女は一歩近寄ってきた。そして僕の顔を見上げると真剣な眼差しで僕に問いかけた。
「ねぇ、ユウスケ(仮)は私じゃだめ?」
「そんなことないよ! 僕は姉さんのことは大好きだ」
 僕には嘘をつくことができなかった。だってそれは本当のことだったから……。でも……
「でもね……。でも弟君への好きとは違うんだ……。だからごめん。姉さんの期待に応えられなくて」
 僕だってこんな形で告白するつもりはなかった。でも姉さんから想いを打ち明けられて動揺してしまった。だから僕はその感情のまま姉さんに返事をすることになってしまった。
「そっかぁ~……。そうだよね。うん、分かっていたんだよ?  こうなるんじゃないかなって。でもね、やっぱり辛かったの。弟に先を越されてさ。だから今日、貴方に伝えようと決心して来たの。……ねぇ、ユウスケ(仮)。最後にわがまま聞いてもらってもいいかな?  お願い……。私の願いを……」
 僕は静かに首を縦に振った。僕自身姉さんの望みは出来る限り叶えてあげたいと思っていた。そして彼女は言ったのだ。
「キスして……」
「姉さんの……望みは分かったよ。でもどうしてそこまでする必要があるの?」
 僕は彼女の望みを聞き入れた後で彼女にそう尋ねた。
 すると彼女は目を潤ませながら僕を見つめてきた。
「だってこれが最後の思い出なんだもん。だから少しでもいい……。一瞬でもいいの……。だからお願い……」
 そんな顔されたら断れないじゃないか……。
 まあ、僕も男だ。据え膳食わぬは男の恥というやつだ。それに僕は彼女と唇を重ねることに対して何も嫌悪感を抱いていない。それどころかむしろ望むところだった。
「姉さん……。いくよ……」
 僕は彼女の肩に手を置いてゆっくりと顔を寄せていった。
 姉さんの顔はとても整っていてとても綺麗だった。
 そしてあと数センチで唇と唇が触れ合うという時になって姉さんが僕の口元を抑えて動きを止めた。
「姉さん……?  どうしたの?  もしかして嫌だった? ……ご、ごめん」
「う、ううん。違うの……。ちょっと心の準備が出来ていなかったからさ……。だからちょっと待ってもらえるかな?……大丈夫。今度は大丈夫だよ」
 そう言うと彼女は再び僕との距離を縮めてきた。
 僕はそんな彼女を受け入れるように目を閉じる。そして僕らの唇が再び重なる直前、扉の開く音がした。

 ***

 ユウスケ(仮)に呼び出された私は彼の部屋に来ていた。
 だけど私は彼の声を聞く前に部屋の扉の前で立ち止まってしまった。
(あれはどういうことなのかしら?)
 そこには彼と妹がいた。二人はまるで恋人同士のような雰囲気を出していた。
 私の胸の中でモヤモヤとした何かが渦巻いているような気がする。そのせいで頭がうまく働かなかった。
 そして二人の会話を聞いてしまった。私の心の中で渦巻いていたものが一気に吹き出してきそうになった。その気持ちを抑えることができなくなってしまった私は気がつくと走り出していた。
 私は自分の部屋に駆け込むと自分の気持ちを抑えつけようとしたけどダメだった。私は自分の心の中に湧いて出た感情を制御できなかったのだ。
(何なのよこれ!)
 なんで……
 何で私はあんな光景を見て喜んでいるのだろう? 
 ただの弟であるはずのユウスケ(仮)の事が好きなだけなのに……。
 おかしいじゃない……。私はあの子が欲しいだけなのだから……。
 私はどうすれば良いのか分からなくなってしまっていた。ただ一つ言えることは私がこのままだと後悔するということだ。
 でもどうやって伝えればよいのだろうか?
 ……正直なところ私には全くわからなかった。今までずっと弟として接してきた相手なのだから。でもきっと今言わなければもう伝えることができないかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。
 だから私は意を決してユウスケ(仮)に話し掛けることにした。そして伝えた。
 私はあなたが好きだと……。
 そして私はユウスケ(仮)からの答えを聞かないうちにその場を離れた。
「お姉ちゃん?  どうかしたの?」
 自室に戻ると心配そうな顔をしているユウスケ(仮)が居た。恐らく私の様子が変だということに気づいて様子を見に来てくれたのであろう。本当に良くできた子である。
 私は彼に全てを話すことに決めた。この気持ちを伝えるためには彼に隠し事をしたままではいけないと思ったからだ。ただでさえ彼に負担をかけてしまっているのだ。ここでさらに嘘をつくなんてことはできなかった。例えそれが彼を悲しませる結果になろうとも。
 だから私は全てを伝えた。
「ねぇ、ユウスケ(仮)……。実はね、私あなたのことが大嫌いなのよ」
 私から全てを告白されたユウスケ(仮)はとても辛そうに俯いてしまった。
 ごめんなさい……。
 でもこうでもしないとあなたに本当の気持ちを伝えられないと思うから……。
 私は心の中でありったけの謝罪をした。でも、これで終わりではない。ここからは姉としての役目だ。だから私は彼に提案した。
「だからね、最後にお願いがあるの……。私の最後のわがまま聞いてもらってもいいかな?」
 ユウスケ(仮)は首を縦に振ってくれた。私はそのことに安堵した。
「ありがとう……。それでね……。最後にね……キスしてくれないかな……」
 自分でも驚くくらい弱々しい声で私はユウスケ(仮)にそう頼んだ。
 そして私は目を閉じる。
 そしてユウスケ(仮)の顔が近づいてくる気配を感じた。
 私は目を閉じたままだったが彼の息遣いが間近に聞こえてきた。
(ああ、私は今からこの子とキスをするのね)
 そう思った瞬間、彼の唇が私の唇に触れていた。
 そしてそれはすぐに離れていった。
 私はゆっくりと目を開けた。
 すると彼は少し恥ずかしそうにして頬を赤らめながら私を見つめてきていた。
「えっと……、ごめん。やっぱり嫌だった……よね」
 嫌じゃ無かったわよ……。
 むしろ嬉しかったわよ……。
 でも……
「ううん……。違うの……。ごめん、やっぱり今のは無し……。ちょっと待って……。うん……。大丈夫……。落ち着いた……。うん、ありがとう。ユウスケ……。貴方は優しいのね。でも、そんな優しさはいらないわ。これからもいつも通りでいてくれるだけで十分よ。だからお願い……。もう私のことは忘れて……」
「でも姉さんは僕の姉さんだよ。そんな事できないよ……」
 ユウスケ(仮)は困ったように呟いた。
 確かにその通りだ。私はこの子の姉なのだ。そしてそれ以上でもそれ以下でもない。でも……。それでも……、この子だけは……。
「だから私は……、私は……っ!」
「うん、分かった……。それなら僕はこれから姉さんの事は忘れることにするよ」
「え……?  ユウスケ……? ……本当に?  いいの?  そんな簡単に割り切れるの? だって今までずっと一緒に暮らしてきたじゃない。家族だったじゃない。それなのに、そんな急に忘れられるものなの? ねえ、本当にできるの?」
「姉さんこそそんな泣きそうな顔しないでよ。それに大丈夫だよ。僕にとって姉さんはずっとお姉ちゃんでしかなかったし……。それに僕には好きな人がいるからさ。その人がもし僕を好きになってくれた時にちゃんと思い出せるようにしておかないとね」
「……」
 私が何も言えないでいるとユウスケ(仮)は私から離れていった。
 もう会えない。その事が分かっていても私は何も言えなかった。そしてユウスケ(仮)は自分の部屋に戻っていった。

 ***

 俺は今非常に焦っていた。何故ならば目の前で俺の偽物が妹に迫っているからだ。
 どうしてこんなことになってしまったのか?
  理由は簡単である。先ほど妹から電話があったのだ。内容は『兄貴の部屋に来てほしい』ということだった。だからこうして彼女の部屋までやってきたのだ。
 しかしそこには俺の偽物がいたのだ。それも妹のベッドの上で!
 どうしよう? この光景は一体どうすれば良いのか全く分からない。
 とりあえずこのまま放置するわけにもいかないからな……。
 だからといって下手に動くこともできなかった。
 だからしばらく二人のやり取りを見ていたのだが……。正直見てられないな……。
「なあ、もう止めにしたらどうなんだ?  そんなことをしても無駄だとお前も分かっているだろう?」
 だが偽物は首を横に振るばかりであった。どうやら自分のしていることの意味を本当に理解できていないらしい。
 そしてとうとう行動に出たようだ。何を血迷ったか奴が動いたのである。なんと、妹の上へと覆いかぶさり、その口を塞ごうとしたのだ。
 流石にこれ以上見過ごすことはできまい。俺は咄嵯に飛び出した。
「何してんのあんた!?  ふざけてんじゃないわよ!!」
 そして渾身の右ストレートを顔面にぶちかました。
 吹っ飛んでいく偽物を横目に俺は妹の元へと向かった。
「大丈夫か?  何かされなかったか?」
「えっと……うん、大丈夫。ありがとう。でもどうしてここに居るってわかったの?」
 まぁ普通は疑問を抱くところであろうな……。
 だからと言って答えられるようなことでもないんだけどな……。
 ここは適当に誤魔化しておくことにしよう。
「たまたま散歩中にお前の姿を見かけたんでな……。それで気になったからついてきたんだよ」
 嘘は言ってない。
「ふーん、そうだったんだ……。それで結局、あれは何なの?」
「分からん……」
「そう……」
 それだけ言うと、何故か妹は少しだけ頬を膨らませて拗ねた表情を見せた。そして小さな声でこう言った。
「もしかして私の部屋に二人っきりになれたと思ってたとか思ってたのかな?」
「いや……そんなことはないぞ……。決してそんなことはない」
「そっか……。なら良かった……」
 妹がほっとしているようだったので、一応確認のために訊いてみることにした。
「あのさ、もしかしてキスしようとしてたことが嫌だったんじゃなくて、キスされそうになっていたことが気に食わなかったのかな?」
「ち、違うよっ!! 別にそういう意味でもなかったからっ!」
 いやいや明らかに図星っぽい反応じゃないか……。
 それにそんなに真っ赤になって言われてもな……。
 というよりこれってつまりそういうことなのか?
 うむ、実に悩ましいな……。どうすべきだろうか……。
 よし、少しカマをかけてみることにしよう。これで反応を見て判断するとするか……。
「じゃあさ、ユウスケ(仮)のことどう思う? 俺はあんな変態よりもあいつの方がまだマシだと思うけど……。少なくとも女の子に対して襲い掛かろうとする奴なんて論外だろ」
 すると、予想通り妹は顔をさらに赤く染めながら俯いた。
 これは間違いないだろう。いやまぁ薄々そんな予感はしていたんだよ……。
 でもさ、こういうのってなかなか認めるのが難しいものだからね。
 だから仕方ないんだ。だからもう認めちゃおうぜ。
「もしかして、あいつの事が好き……、だったりするのかな?」
 俺がそう問いかけると、彼女は消え入りそうな声を出しながらも何とか言葉を絞り出そうとしているように見えた。
「……、好きっていうか、ちょっと憧れていたっていうかさ……。だからその、ええと……、ごめんなさい……。私やっぱりユウスケの事が好きだわ」
「そう……、やっぱり好きだったのか……。ちなみにどこが好きなの?」
 すると彼女はとても嬉しそうな笑みを浮かべてから答えてくれた。
「やっぱり優しいところだよ。それに頭も良いし、スポーツもできるし。でも一番はやっぱりカッコいいからだよ。ユウスケの顔を見た時にね、胸がドキドキしたの……。ああこの人は凄いな、私とは違うなって……。それからはずっとずっと貴方のことを見ていたの……。ずっとずっと見ていたかったの……。ねえ、私と付き合ってくれない?  きっと私達ならうまくやっていけると思うの」
 その告白は俺にとっては嬉しいものであった。
 だが俺は彼女の想いに応えることはできない。だって俺には心に決めた人がいるから……。
 そして何よりも俺と彼女とでは生きる世界が違うからな……。
 だから俺は正直に伝えた。
「すまない……。俺には心に決めている人がいるんだ。その人以外には考えられないんだ……。だから君の気持ちには応えることができない。本当に申し訳ないと思っている……。だからこの話は忘れてくれ。これからはただの兄弟関係に戻るんだ。いいな?」
 すると妹は悲しげに微笑んでから小さく呟いた。
「そっか……。うん、分かった……。でも私は諦めないから……。だから待っていて。私が貴方に相応しい女になるその時まで」
 こうして二人の奇妙な恋愛劇は終わりを告げた。
 しかしこれが新たな物語の始まりとなるとは、この時の俺たちはまだ知る由も無かった。



『あとがき』
 どうもお疲れ様です!  作者の緋色ゆぅりでございます。いかがでしたでしょうか?  今回の『ラブ・メモリーズ』
 今回は『妹』がメインのお話となっております!  次回からはメインヒロインの出番もどんどん増えていく予定なので、楽しみにしていてください!
  あと、今度から毎日投稿に戻したいと思いますので宜しくお願いします。ではまた~(^o^)/





ミチル企画 2022夏企画(リハーサル)
テーマ:『喜怒哀楽』

【コメント】
本作品は、AI小説サイトで作成したものです。
以下の書き出しと設定を入力して、あとはAIが勝手に書いてくれました。

<書き出し>
 僕の兄弟は喜怒哀楽だ。
 だって妹は喜び、姉さんは怒り、弟は哀しみ、僕は楽しんでいるんだから。

 それはある日のこと、

<設定>
登場人物は、俺と妹と姉と弟。
妹は喜ぶ。
姉は怒る。
弟は哀しむ。
俺は楽しむ。


 書き出しと設定以外に人間がやったことは、以下の2つです。
1)スペースと改行の挿入
2)ストーリーが兄弟姉妹と関係なくなった時、そこまでの展開を削除して、削除した直前から作成のやり直し

 ストーリーが兄弟姉妹と関係なくなったというのは、例えば主人公が家を出て一人で街を歩く展開になった時などです。このような削除は、3回くらい行いました。

 結果、わけの分からない作品が出来上がりました。まあ、AIが書いたものですので、気楽に読み流してやって下さい。やっぱり人間にしかできないことがあるんだなぁと、改めて感じました。あと、勝手に『あとがき』を書いてくれるとは思いませんでした。

誰かがタマネギを炒めている2022年05月20日 23時09分11秒

 ついに携帯タマネギ炒め機が発売された。コンパクトでバッグの中に入れておくだけで面倒なタマネギ炒めが出来るという優れモノだ。
『さて、今夜私がいただくのは、帰りながら炒めた飴色タマネギです』
 このテレビCMが大ヒット。家に着いた時の飴色タマネギが実に美味しそうで、食欲をそそるのである。おかげで炒め機はバカ売れ、いつの間にか『ケイタマネ』の愛称で呼ばれるようになった。
 しかし良いことばかりが起きるとは限らない。
「うわぁ、目が、目がぁ?っ!」
「誰だ、電車の中でケイタマネの蓋を開けたのは!?」
 そんな事故が頻発する。満員電車なら最悪だ。
 たちまち「絶対蓋が開かないケイタマネカバー」なる商品が次々と発売され、新たに法律も整備される。公衆の集合する場所で稼働中のケイタマネの蓋を開け、若しくはこれをさせた者は軽犯罪法違反として罪に問われ、一日以上三十日未満の拘留または千円以上一万円未満の科料が科されることになり、事故は劇的に減少した。
「やっぱ、飴色タマネギだよね」
「蓋を開けた時の幸福感は半端ないね」
 日本中を平和が包み込む。今日もあなたの隣りでは誰かがタマネギを炒めている。



500文字の心臓 第187回「誰かがタマネギを炒めている」投稿作品☆逆選王

茜の中のアオの少女2022年05月19日 21時19分57秒

 僕は知らなかった。
 登校中、毎日のように眺めていた裏山に。
 何もないと初めから諦めていた高校の裏山に。
 こんなにも美しい場所があったなんて。
「ほら、私の言った通りでしょ?」
 放課後、この場所を案内してくれた幼馴染の夕陽崎茜(ゆうひざき あかね)はそっと僕の手を握る。そんな彼女の勇気に鈍感になってしまうほど、僕は目の前の景色に心を奪われていた。
 林の中にひっそりとたたずむ溜池。
 土手によって溜められた二十五メートルプールくらいの水面が、キラキラと光る木漏れ日を浴びて見事な青色に輝いているのだ。
「まるで青い池じゃないか……」
「青い池?」
「そういう名所があるんだよ北海道に。僕も行ったことはないけど」
 死ぬまでには必ず行きたい場所。
 駅の観光ポスターを見たとき、その魅惑的な青色に運命を感じたんだ。これは絶対、自分が行くべき場所なのだと。だからすぐにネットで検索し、スマホの画面に表示される美しい映像を確固たる決意として心のスクリーンに定着させてきた。
 そんな夢にまで見た景色が今、目の前に広がっている。
「私が見つけたんだからね。他の人には内緒だよ?」
 ここに辿り着くまでいくつも畑を越え、林の中の小路を登ってきた。おそらくほとんどの生徒は知らないだろう。
「もちろんだよ」
 僕は手を握り返し、二人の秘密をこの場所に誓う。心からの感謝と共に。
 それにしても、ただの溜池がこれほどまでに美しく青色に輝くことがあるのだろうか。いや、現実に目の前に存在しているのだから、北海道の青い池と同じメカニズムが偶然にもこの場所で起きているのだろう。
 すると不思議なことが起きた。水面を覆っていた青色がぷるんと揺れたかと思うと、細かな粒子となって水面から数センチほど浮き上がったのだ。いや、違う。元々細かな粒子が水面を覆っていて、それが急に動き出したと表現した方がいい。キラキラと光る渦巻となった青き微粒子は、細い空気の流れとなって茜の鼻の穴から彼女の体の中に吸い込まれていった。
 それは一瞬の出来事だった。
「大丈夫か? 茜!?」
 僕は繋いでいる手を開放し、立ったまま目をつむる彼女の肩を掴む。何も反応しない茜は気を失っているようだった。
「おい! 茜! 茜っ!?」
 強く肩を揺さぶる。すると彼女はゆっくりと目を開けたのだ。
「あなたは……風野透(かぜの とおる)くんね」
 瞳の奥には、茜とは全く異なる人格がいた。

「あなたを視界に捉えたとたん、この体の脳の副腎髄質からノルアドレナリンが分泌されて大脳皮質の『風野透』という言葉と結びついた。だからあなたは風野透くん。間違ってないでしょ?」
 僕は大声で叫びたかった。お前は誰なんだと。
 しかし涼しい顔で難しい単語を次々と発する艶やかな唇に、不覚にもドキリとする。
 茜の顔なのに茜とは完全に異なる振る舞い。そのギャップはなにかすごく新鮮だった。
「そしてこの体は夕陽崎茜。大脳皮質の一番深いところにその単語が刻まれている」
 そう言いながら彼女は茜の体を見回している。
 全く掴めない状況、茜の中にいる得体の知れない存在、訊きたいことが山ほどありすぎて言葉が出てこない。
「き、君は……?」
 かろうじて口から出たのは、質問とは呼べぬような呟きだった。
「私はアフェクティブオキシジェン(Affective Oxygen)。知性を持った酸素分子ってところね。頭文字をとってAO(アオ)って呼んでもらっていいわ」
「酸素分子……?」
 理解できない。
 酸素分子が知性を持ってるなんて、十七年の僕の人生の中でも初めて聞く知見だ。
「そう、酸素分子よ。だから心配しないで、健康には何も害は無いから。ただし、私が中にいる間は彼女のすべてをコントロールさせてもらうけどね」
 酸素分子だから人間の体をコントロールできる。理解できそうだけど承服できない怪奇現象だ。
 すると目の前の少女は伏せ目がちにふっと溜息をついた。
「やっぱり疲れるわね。脳内を解析しながら体をコントロールするのは」
 少しよろけながら僕に体を預けてきたのだ。
「ちょ、ちょっと……」
「離脱するからちゃんと体を支えていてあげてね」
「いやいや待ってよ。離脱って?」
「文字通り離脱よ。この体から離れるの。いきなり脱力するから気をつけて。ほら、腕でしっかりと彼女の体を支えてあげるの」
 強い口調に気圧され、僕は慌てて彼女の背中に手を回す。何があっても茜が倒れてしまわないように。
「そうそう、そんな風にね。抱きしめる感じで」
 幼稚園の頃から見慣れてきた茜の体。だから誰よりも知っていると思っていた。
 が、実際に触れてみて驚く。
 華奢な肩、甘い香り、そして制服越しでも分かる胸の柔らかさ。幼稚園や小学校の頃からは全く想像できない高校生の茜がそこにいた。身長だって一六◯センチだ。一七◯センチになった僕は、そんな茜のことを何も知らなかった。
「じゃあ、またね」
 ドキドキと鼓動が高鳴る僕をよそに、茜の鼻から青い微粒子が放出される。刹那、彼女の全体重が僕の腕にのしかかってきた。
 重い。女性に対してこんなことを言うのもなんだけどすごく重い。意識のない人を支えるのってこんなにも大変なものとは思わなかった。
「うーん……」
 倒れないようにとぎゅっと抱きしめた瞬間、茜の人格が戻ってくる。
「えっ、ええっ!? ちょっと何やってんのよ。エッチ! 透のバカっ!」
 思わず背中に回した手の力を緩める。その隙を見逃さず、茜は僕の手を振りほどいた。
「今はダメ。もっとロマンチックな時だったらいいけど……って、あれ? 青い光が消えてる……」
 溜池を見るとすでに光は失われている。アオもどこかに行ってしまったようだ。
 知性を持つ酸素分子、アオ。そんなものが存在するなんて誰が信じるだろうか。
 今さっきこの場所で起きたことを、僕は茜に話せずにいた。

 *

「ふん、ふふん……」
 次の日の朝、一緒に登校する茜はなぜか上機嫌だった。柄にもなく鼻歌なんて歌っている。
「今日も一緒に行こうよ、あの青い池に」
 恥ずかしそうに向けてくる上目遣い。それで僕は理解した。茜はなにか勘違いしてる。
 が、それは僕にとっても好都合だ。またアオに遭いたい。それには茜と一緒にあの場所に行く必要があった。
「わかった」
「じゃあ、放課後に昇降口でね。ところで透って花粉症?」
 いきなり何を訊いてくるのだろう。今はもう五月だ。花粉症の時期はとっくに過ぎている。
「違うけど?」
「昨日からなんか鼻がムズムズするのよね。ほら花粉症って一年中あるって言うじゃない」
 確かに。スギやヒノキ以外の花粉症の可能性が――っていやいやそうじゃないだろ。
 僕は思い出す。昨日アオが出入りした場所は彼女の鼻だった。
「じゃあ花粉症かもね」
 僕がうそぶくと、彼女は不思議な話を始めたのだ。
「青い池でそんな花粉が飛んでたのかな? そういえばあそこで私、変なこと思い出したんだよね」
「それって?」
「自分の名前の由来を両親から聞いた時のこと。そして透の名前を初めて覚えた時のこと。なんでだろうね?」
 なんでだろうって、そりゃ、あの時だよ。
 確かアオは昨日、茜の脳内から二人の名前を探り当てていた。もしかしたらそれが『思い出した』出来事として茜の意識に刻まれたんじゃないだろうか。茜には言えないけど。
「なんか授業でそんなことやったんじゃない? 現代文か歴史とかで名前に関する話があったとか?」
 またもや適当に答えてみる。
 茜とはクラスが違う。彼女がどんな授業を聞いたなんて分からないから適当なことなら何でも言える。
 すると茜は「うーん、そうかもね」と頷いた。

 放課後。二人で裏山の溜池に行くと、水面は今日も青く輝いていた。
「すごく綺麗だよね、ここ……」
「ああ」
 二人で並んで土手の上から池を眺める。すると茜は恥ずかしそうに僕の手を握ってきた。
 僕も彼女の手を握り返す。またアオと話したいと願いを込めて。
 願いが通じたのか、立ち上がる青の微粒子は昨日と同様に渦を巻きながら茜の鼻の中に吸い込まれていった。
「今日はノルアドレナリンがドバドバね。一体何をしたのよ、少年は」
 アオの第一声は、またもや茜の脳内解析についてだった。
 少年と呼ばれた僕は、思わず丁寧な口調で話し始めてしまう。
「それは、僕たちが手を繋いでいるからです」
 するとアオは握った手を引っ込める。
「本当だわ。ノルアドレナリンの分泌量も減った。しかし手を繋ぐっていいものね」
 他にもあんなことやこんなこともあると言ってみたい。でもそれは僕にとっても未体験ゾーンだし、そもそも茜の体を勝手に使うなんて失礼極まりなく、後で知られたら怒られること間違いなし。
 だから真面目な話題に変えてみる。
「アオさんって酸素分子なんですよね。酸素分子は無色って習いました。でもなんでアオさんは、あんなに綺麗に青色に光ってたんですか?」
 これは純粋な興味だ。
 そのメカニズムが分かれば、本家本元の青い池の参考にもなるだろう。
「それはね、レイリー散乱のおかげなの」
 レイリー散乱?
 また難しい言葉が彼女の口から飛び出した。やっぱりこの存在は茜ではない。
「少年は可視光の波長ってどれくらいだか知ってる?」
 話の内容が全く分からない。
 難しいことを口にする茜はちょっと魅力的だったけど、ここまで理解できないと自分が嫌になる。
「何ですか? そのカシコーって?」
「カシコーじゃなくて可視光よ。目に見える光のことで、三八〇ナノから七八〇ナノメートルが波長なの」
 もう諦めた。どうせ分からないんだったら難しい文学や漢詩でも聞いていると思えばいいんだ。
「この波長よりも小さな粒子に光が当たるとレイリー散乱が起きるんだけど、青い光ほど周囲に散らばるのよ」
 楽しそうに話を続ける茜の中の存在。
 こうしてじっくり眺めてみると、茜って結構可愛いと思う。
 少し垂れめの二重の大きな瞳。柔らかそうな丸めの頬に、唇も少し厚めな感じが特徴だ。
「一方、酸素分子の大きさは〇・三五ナノメートル。可視光の波長の千分の一以下だから、大気中でレイリー散乱が起きて空が青く見えるの」
 なんとなく分かってきた。
 茜ってすごく女性的な容姿なんだ。だからいつものバカ話はギャルっぽく見えてしまう。でも難しい話を楽しそうに話す瞳の輝きは、新鮮で魅力的に感じてしまうんだ。
「ねえ、わかった? 私たち酸素分子が青く光るメカニズム」
「え? えっ……」
 まずい、全く聞いていなかった。
 青く光るメカニズム? いやいや全然わからない。だから僕は適当なことを言ってみる。
「じゃあ、赤い光はどこに行っちゃったんですか?」
 青と来たら対は赤だろう。カスタネット、ゲーム機のコントローラー、童話の鬼だってそうだ。
 しかしこの言葉がアオの解説心に火をつけてしまう。
「おっ、いいところに気がついたね少年。じゃあ、赤い光と青い光の違いを説明するよ」
 しまった藪蛇だ、と思いきや
「スキーで例えるとね、青い光がモーグラーで赤い光が基礎スキーヤーなの」
 ん? ちょっと分かりやすくなったかも?
「そして私たち微粒子がジャンプ台。じゃあ、青い光が私たちに出会うとどうなる?」
 えっと、青い光がモーグラーで微粒子はジャンプ台だから
「ジャンプする」
「そう、バックフリップとかコークスクリューとかやっちゃうのよ。青いウエアーを見せびらかしながら派手にね」
 まあ、そうだろう。モーグラーだったら間違いなくメイクする。
「じゃあ、赤い光はどうすると思う? 少年」
「赤い光も……ジャンプする?」
「しないわよ、基礎スキーヤーなんだから。ジャンプ台なんて避けて、さっさと先に行っちゃうの」
 まあ、言われてみたらそうなのかもしれない。
「青い選手ばかりがジャンプする。するとゲレンデはどういう風に見える?」
「青く染まる」
「そう。それが空が青かったり、青い池が美しく光るメカニズムなの」
 へえ、なんか分かったような、分からないような……。
 ここで僕ははたと思う。そもそも赤い光の話だったんじゃないか――と。
「で、赤い光はどこに行っちゃったんですか?」
「それについては明日ね。なんか疲れてきちゃった。明日は茜ちゃんを海に連れてきて。そこで説明してあげるから。じゃあね……」
「ちょ、ちょっと!」
 いつもいきなりなんだから、と憤る間もなく僕は茜を抱きしめる。
 アオは今日も、脱力する茜を残して鼻から空に去って行った。

 *

「どうしたの透。急に海に行こうだなんて」
「暖かくなってきたし、ちょっと潮風に当たりたくなってね」
 僕たちが住む町は海に面している。
 自宅から二十分ほど自転車を走らせれば、そこはもう海なのだ。
「久しぶりだね、透と海に行くの。透は覚えてる? 幼稚園の頃、家族でよく行ってたこと」
「ああ」
 と返事をしてみたものの、実はよく覚えていない。
 両親からは僕と茜の微笑ましいエピソードを山ほど聞いているのだが。
「それよりも花粉症は大丈夫?」
 今日は僕からの一方的なお願いで、一緒に川沿いのサイクリングロードを自転車で走っている。花粉症がひどくなったら申し訳ない。あれが花粉症だったらの話だけど。
「うん、今は大丈夫。昨日はちょっと鼻がムズムズしたけどね」
 やはり花粉症じゃないのかな。昨日もアオは茜の鼻を通過していた。
「そうそう、昨日も不思議な夢を見たの。透と一緒にスキーに行く夢。透はガシガシとコブを滑っててさ、途中でジャンプするわけ。透もあんなことできるんだね、カッコよかったよ」
 いやいや、出来るわけがない。それはアオの妄想の世界の話だから。
 でも脳内世界とはいえ、アオが僕のことを華麗にジャンプさせてくれたのは嬉しかった。
 そんな話をしているうちに海に到着する。子供の頃からよく訪れた海岸だ。
 アオのリクエストだから海に来てみたのだが、ちゃんと待ってくれているのだろうか。海が青く光っているわけでもないし。それどころか太陽はその高度を下げつつあり、海は赤く染まろうとしている。
「なつかしいね、この場所」
「ああ」
 茜と一緒に、海が見える草地に腰を下ろす。
 髪を揺らす潮風。ザザーと揺らぎを持った波音の繰り返し。今日は本当に暖かくて心地いい。すると僕は突然、眠気に襲われてしまったんだ。


「とおるはしってる? なんでわたしのなまえが、あかねっていうのか」
「しらないけど」
「それはね、ここでみれるゆうひが、とてもきれいだからなんだって」
「へえ」
「それでね、ゆうひがきれいなときは、ちゅーするんだよ」
「ちゅー?」
「いいから。とおるは、めをとじてて」
「…………」
「もう、あけてもいいよ」


 ゆっくりと目を開ける。
 どうやら眠ってしまっていたようだ。茜の膝の上で。
 それにしても懐かしい夢だった。あの出来事は幼稚園の頃だっただろうか。
 それよりもなんだか鼻がムズムズする。僕も花粉症になっちゃったのかも――と思ったところで自分が置かれた状況に改めて気づく。
「ええっ、膝の上!?」
 慌てて起き上がろうとすると、茜に押さえつけられてしまった。
「もうちょっと横になってて欲しいかな少年。今、膝枕のデータを収集しているところだから」
 茜の体を支配しているのはアオだった。僕は膝枕されたまま彼女の顔を見上げる。
「来ないかと思ったよアオは。だってここには青く光る場所なんてないじゃないか」
 アオは呆れた表情で僕を見下ろす。
「私は酸素分子なのよ。どこにだって移動できるし、青く光る必要だってないんだから」
 そう言われればそうなのかもしれない。
「それに約束したでしょ?」
 アオは前を向く。僕も彼女が見つめる海に目を向けた。
 太陽が沈もうとしている空は、見事に赤く染まっていた。

「今、見えてる太陽の光はね、遥か西の昼下がりの地域とか、そういういろいろな空を通過して来た光なの」
 夕陽の方角は西だ。西にどんどん進んでいけば、まだ昼下がりの地域になるのだろう。
「昨日は青と赤のスキーヤーの話をしたよね。青のモーグラーと赤の基礎スキーヤーの話」
「ああ、覚えてる」
「じゃあ、青のモーグラーはジャンプ台でどうする?」
「ジャンプする」
「そう、それが昼下がりの地域の空の色。じゃあ、赤の基礎スキーヤーは?」
「ジャンプしない」
「だから遠くまで滑ることができるの」
 そうか、そういうことなのか。
 昼下がりの地域で青はジャンプしてしまい、遠くまでやって来ない。代わりにやって来るのは赤のスキーヤーなのだ。
「それで夕焼けは赤いのか」
「そうよ。分かった?」
 空が青い地域があるから、その先に赤い地域もある。まさか両者が一体になっているとは思ってもいなかった。
「よく分かったよ。ところでそろそろ起き上がっていい?」
 膝枕のデータは取得できたのだろうか。
 しかしアオは、驚くべきリクエストを口にしたのだ。
「その前に……キスしてもいい?」

 ――キスしてもいい?
 そのリクエストに答えるならば、僕は茜とキスすることになる。いや、中身はアオなんだから僕がキスするのはアオ?
「膝枕のデータはとても興味深かったわ。ゆったりと心が満たされることがよくわかった。だったら最後にキスのデータも取りたいの」
「最後に?」
 確かにアオはそう言った。まるで別れが迫っているように。
「この世界には不幸にも色を失っている地域がある。そこに青や赤の輝きを与えることが私の使命。だからこれ以上、ここには留まれない」
 そこまで言われたら引き留めることは出来ないだろう。そもそも酸素分子なんだから、引き留めること自体が不可能だ。
 もっとアオと話をしてみたかったけど、それは僕個人の事情でしかない。
 しかしそれとキスとは別だ。
 なぜなら、僕にとってはファーストキスなのだから。
「ごめん……僕はアオとはキスできない」
「どうして? 少年は茜ちゃんのこと大切に思ってるじゃない?」
「でも、今の中身はアオだ」
「じゃあ、中身も茜ちゃんになってあげる。私は彼女の大脳皮質や海馬の情報を読み取ることができる。そこから少年に対する気持ちも記憶も復元することができる。それってもう、茜ちゃん自身でしょ?」
「…………」
 それは違うと思う。
 だけど、なぜ違うのかを言い返すことができない。
 気まずく感じた僕は、沈黙を守りながらアオから視線を外した。
「わかったわ。じゃあ、おでこにキスしてくれる? 別れの挨拶に」
「それだったら……」
 僕は体を起こし、草地に座ったままアオと対峙する。
 ――これからキスをする。
 たとえそれがおでこだとしても、僕にとっては初めての体験だ。
 ドキドキと胸の鼓動が高鳴る。震える手を彼女の両肩に置いて、ゆっくりと体を引き寄せた。
 アオは興味津々で僕を見上げている。
「め、目をつむって欲しい。恥ずかしいから」
「そうなの?」
 くすくすと笑うアオは、ゆっくりと目を閉じる。
「キスしたらお別れだからね。倒れないようにちゃんと抱きしめてあげるんだよ」
「わかった」
 僕はそっと彼女のおでこにキスをする。
 刹那、茜の体から力が失われた。

 今日は本当に夕陽が綺麗だ。
 僕は草地に座ったまま、茜の上半身を抱きしめる。
 華奢な肩、甘い香り、柔らかな女の子の体。すると「うーん」と意識を取り戻した茜は僕を拒否することなく、吐息まじりに小さくささやいた。
「このままでいいよ、透」
 体を離そうとする僕の背中に、茜は手を回してくる。
「夕陽が綺麗ね。だからもっとぎゅっとして……」
 夕陽が大好きな茜。だって彼女の名前の由来だから。
 先ほど見た夢で再認識した。僕たちはずっと昔からここに居たんだ――と。
 懐かしい景色。腕の中にある大切な存在。絶対失ってはいけない人なんだ茜は。だからもう、他の誰かに乗っ取られて欲しくない。
 僕は強く彼女を抱きしめる。
「ありがとう。幼稚園の時のことを思い出してくれて。私ね、あの時からずっと透のことが好き」
「僕も大切に思ってる」
「あの時は透が目をつむったから、今度は私が目をつむるね」
 僕はゆっくりと体を離す。
 茜は目を閉じたまま、静かに僕を待ち続けていた。
 唇を唇に近づける。僕のファーストキス。唇が合わさった瞬間、熱いものが体を駆け抜けた。
「大好きだよ、茜」
「私も」
 狂おしい感情に導かれ、僕は茜のことを抱きしめた。すると彼女は小さく耳元で囁いたのだ。
「これでもう、思い残すことはない……」
「えっ?」
 驚いた僕は体を離し、彼女を見つめる。
「キスってこんなに素晴らしいものなのね。世界中の人がキスをしたら戦争なんて無くなるのに。キスを忘れた人が戦争を始めるってよく分かったわ。それを教えてくれてありがとう。これで私は行くことができる」
「それって……」
「じゃあね少年。君のことは絶対忘れないよ」
 すると茜の鼻から青い光が空に向かって放たれていく。
 呆然としながら、僕はそれを眺めることしかできなかった。

「うーん……」
 しばらくすると茜が意識を取り戻す。
 僕は彼女の体を支えたまま、思わず失礼な質問をしてしまった。
「お前、本当に茜か?」
「疑うなら、透のお尻のホクロの位置を当ててみてもいいけど?」
「いや、アオだってそれくらいできるぞ。茜の記憶を覗くことができるんだから」
 でもそんなことをアオにはして欲しくない。僕のお尻の記憶を覗き見るなんて。
 すると茜はニヤリと笑う。
「だったら私のこと、アオちゃんだと思ってくれててもいいよ」
「えっ?」
「だって魅力的に感じてたんでしょ? アオちゃんのこと」
 挑戦的な眼差しで僕のことを見つめる茜。
 それは茜であり、アオでもあった。
「茜は……アオのこと知ってたのか?」
「もちろんよ。だって体の中に入って欲しいって頼んだの、私だもん」
 俺は知る。事の経緯を。
「あれは一ヵ月くらい前だったかな。裏山の溜池がすごく神秘的だったから私はお願いしたの。透の本心を教えてほしいって」
 溜池にはヌシとか女神がいると思っているのか茜は。まあ、実際にすごい存在がいたわけだが。
「だってこんなに私は透のことが好きなのに、透は全然私のこと振り向いてくれないんだもん。神様がいるなら、どこがいけないのか教えてもらいたかった。そしたら急に、水面が青く光り出したの」
 そしてアオが登場した、というわけか。
「青く光る人型は、自分のことをアオと呼んでた。人の中にも入れるし、記憶も見れるんだって。でも人間同士の触れ合いで生まれる感情が分からず、調査したいって。だから私は取引したの。それを体験させてあげる代わりに、透の本心を教えて欲しいって」
 なんだよ、ということは最初から仕組まれていたんじゃないか。
 どうりで茜は、溜池にも海にも疑いもせずに来てくれたというわけだ。
「でも嬉しかったなぁ、透がちゃんと幼稚園の時のこと覚えていてくれて。だってあれが私の心の支えだから」
「もしかして、あの時って……アオは僕の体の中に入ってたのか?」
 茜に膝枕をしてもらった時、なんだか鼻がムズムズした。そして幼稚園の頃の夢を見た。アオが僕の中に入っていたと考えれば腑に落ちる。
「ゴメンね。あの時アオちゃんにいろいろ聞いちゃった。透が私のことどう思ってたかって。だからね、私頑張る。透に相応しい女の子になれるよう努力する。その時まで、幼稚園の頃の想い出を大切にしていて欲しいの。それだけが私の願い」
 涙目になる茜。僕は思わず、彼女を抱きしめていた。
「僕だって負けないよ。アオの話が理解できるようになるには高校の勉強だけではダメなんだ」
「あまり先に行かないでね。追いつけなくなっちゃうから」
「それはどうかな?」
「透の、いじわる……」
 いつからだろう。こんな風に素直に話せなくなってしまったのは。
 きっと、どんどん女の子っぽく魅力的になる茜に気後れしてしまっていたのだろう。でも中身はずっとあの頃の茜のままだった。
「さっき見た夢もこんな感じだったなぁ。そしてね、ドラマのような熱いキスをくれた」
「僕にとってはファーストキスだったんだぞ。それをアオに捧げちゃって、茜はそれでよかったのかよ」
「いいよ。それがアオちゃんとの約束だったから。それにね、私のファーストキスは幼稚園の時なの……」
 全く茜ってやつは。
 僕たちは体を離し、見つめ合う。
 あの時と変わらない瞳。そして夕陽は赤く輝いている。
「綺麗だね、夕焼け」
「うん、私の名前だもんね」
「だったらちゅーしてもいいんだよね?」
「うん、いいんだよ」
 こうして僕たちの恋は始まったんだ。


 了



ミチル企画 2022GW企画
テーマ:『青』

ブルース2022年03月21日 19時37分16秒

「室長、大変です。ブルーノート株が日本に上陸しました」
「なに?」
 研究室が騒めいた。
 入国時の検体から新株が検出されたというのだ。
「それはどんな特徴だ?」
「三番目と五番目と七番目のスパイクたんぱく質の長さが半分なんです」
「それで感染するとどうなる?」
「はい、ブルーノート株に感染すると――」
 研究員の言葉に、室長はゴクリと唾を飲む。
「少し悲しげな感じになります」
「悲しげに? それだけなら問題ないではないか?」
「いや、問題です。感染力が強く重症化しやすいんです。ついには歌い始めてしまいます」
「歌い始める?」
 室長が眉を潜めた瞬間、一人の研究員がギターを持って現れた。
「リズムはブルースで、Bから始めるよ!」
 と同時にリフを奏で始めたのだ。
「実はですね、彼は重症化してしまい――」
「おいおい、ダメじゃないか!?」
「皆も感染しちゃいました!」
 研究員一同が楽器を取り出した。
『ルイジアナ奥地のニューオリンズ近郊で』
「めっちゃ明るい曲なんだけど?」
『行け行け、ジョニー行け!』
「行け行け!」
 ついには室長も歌い出してしまうほど感染力が強いのであった。



500文字の心臓 第186回「ブルース」投稿作品★正選王