君のサーヴァントになりたい ― 2024年05月19日 16時41分33秒
『すごいよコレ。ビックリだよ!』
地下アイドルやってる姉貴からラインが来た。
白い腕時計の写真と一緒に。
『すごいって何がだよ』
俺はすぐに返信する。
腕時計がすごいと言う姉貴ににわかに賛同できなかったから。
『白い腕時計ってホワイトウォッチーズのアイコンだろ? 姉貴が着けるのは当たり前じゃん』
姉貴が所属しているのは『ホワイトウォッチーズ』という女性三人組の地下アイドル。
お揃いの白い腕時計がアイコンで、踊りながら歌うパフォーマンスをウリにしている。
メンバーはセンターからぷらっち、キンカ、シルフィ。ちなみにシルフィが姉貴の芸名だ。生まれつき耳の先がちょっと尖った感じで、普段から髪を緑色に染めているからそう名付けられたらしい。出典は知らんけど。
『まあ、とにかくこれ見てよ』
コメントと一緒に姉貴から送られてきたのがステージ動画。
一分ほどの長さだったが、それを再生して驚いた。
「ほぉ、これはすごい」
というのも、三人のパフォーマンスの息がピタリと合っていたからだ。
ここまでのレベルに達するまでには相当の練習を積んだに違いない。地下アイドルだからとあまり注目してなかったが、これは賞賛に値する。これほどのダンスが観れるのならチケットを買うのもアリかもしれぬ。
『すごいよ、タイミングばっちりじゃん』
素直に姉貴を褒めてあげる。
決してご祝儀ではない。俺は本当に感動していた。
『でしょ?』
得意顔してそうな姉貴のコメントがなんだかちょっと悔しい。
しかしその後の姉貴のラインに俺は驚愕した。
『でもこの曲を三人で合わせたのってさ、これが初めてなんだよ』
えっ? 初めて?
いやいやいやいや、それはないでしょ!
初めての合わせで、こんなにもタイミングぴったりって絶対あり得ない。これは相当練習を積んだ後のパフォーマンスだよ。
『ウソでしょ?』
『ホントなんだってば』
『初めてでここまでできたら天才だよ』
『だから最初に書いたじゃない。すごいって、この時計』
ええっ、時計?
時計がすごいの?
三人のパフォーマンスじゃなくて?
『この時計はね、スタート同期ウォッチっていうの。スタッフさんの親戚に有名メーカー勤務の技術者がいて、特別に開発してもらったんだから』
『なに? その不思議アイテム。スタート同期ってなに?』
『スタートを合わせられるウォッチだよ。これ着けてるとね、センターのぷらっちのタイミングにぴったり合わせられるんだよ。初見でも』
マジか。
それはすごい。
一体どんな仕組みなんだろう?
そんな時計があるなら俺も使ってみたい。
「ん? 待てよ……」
その時、俺の頭にあるアイディアが閃いた。
『週末ってさ、姉貴のライブある?』
『今週はないけど』
『じゃあ、その時計ちょっと貸してよ。ぷらっちさんの時計と一緒に』
『ええっ?』
最初は渋っていた姉貴だが、俺が必死に説得すると嫌々ながらも了承してくれた。ぷらっちさんが承諾してくれたら、という条件付きで。
こうして俺、西凪翔(にしなぎ かける)は、木曜日の夜に姉貴の住む都内のアパートに行くことになったんだ。
◇
「へぇ、これがスタート同期ウォッチねぇ……」
木曜日の夜の都内のアパートにて。
姉貴から手渡された白い腕時計を、俺はまじまじと観察する。
ステージ用と言ってもゴテゴテと装飾してあるわけではなく、いたってシンプルなフォルムだ。リンゴ印のスマートウォッチと間違えてしまうくらい。
きっとこの中に、最新のテクノロジーが詰め込まれているのだろう。
「ディスプレイの縁だけ細く金属色になってるでしょ? そこが金色なのがマスターなの」
「ほお」
姉貴は、自分が手にしている時計のディスプレイを俺に向ける。
ぱっと見た目は白色の時計だが、ディスプレイを細く縁取る金属の部分が金色に光っていた。
「そして翔が手にしている時計がサーヴァント」
「サーヴァントぉ?」
思わず聞き返してしまった。
そりゃ、マスターの言うことを聞くのがサーヴァントというのはわかるが、あえてその言葉を使われるとサーヴァントの方が強そうな気がしてしまう。
「そっちは縁が銀色でしょ?」
姉貴に言われて俺は手にしている腕時計に目を向ける。
確かにこちらのディスプレイの縁は、銀色に輝いていた。
が、遠くから見る限りはどちらも白い時計だ。まあ、関係者だけが区別をつけることができればいいわけだから、これくらいの違いで十分なのかもしれない。
「じゃあこの銀色の時計を付けると、マスターの動きを真似ることができるってこと?」
「正確にはちょっと違うんだけどね。まあ、実際にやってみればわかるわ」
そう言いながら、姉貴は金色の縁の時計を腕に着ける。
俺も姉貴に促されて、銀色の縁の時計を腕に装着した。
「じゃあ、右手を上げるよ」
姉貴は右手を上げる。
すると驚くことが起きた。
姉貴が手を上げる直前に腕時計を通してピリリと小さな刺激が伝わり、俺の脳を刺激したのだ。
気がつくと俺も右手を上げていた。
「ね? すごいでしょ!」
確かにこれはすごい。
この刺激に合わせて動けば、マスターと同期させるのは簡単だ。
「なんでもね、筋肉を動かそうとするスタート信号を検知して、それを瞬時にサーヴァントに伝えるみたいなの。筋肉の始動を一致させることができるから、ダンスの動きを合わせられるってわけ」
普通のダンスでは、センターの動きを見ながらタイミングを合わせることになる。
でもそれでは遅いのだ。センターの動きを目で検知してから筋肉を始動させることになるので、コンマ数秒の遅れが生じてしまう。
しかし、マスターの筋肉の始動のタイミングを瞬時に知ることができたら?
より早く体を動かすことができて、ピタリと息のあったパフォーマンスを生み出すことが可能となる。姉貴の説明は、こんな感じだった。
「でもね、この時計は筋肉の始動のタイミングを知らせるだけなの。じゃあ、今度は左手を上げてみるよ」
そう言いながら姉貴は手を上げた。
俺もピリリと信号を感じて左手を上げる。
が、今回はさっきとは何かが違う。それは何故だろうと考えを巡らせていたら、姉貴が違和感の正体を教えてくれた。
「ほら、手をよく見て」
俺は左手を上げている。
しかし姉貴が上げているのは——よく見ると右手だった。
「翔はさ、左手を上げてって私が言ったから左手を上げちゃったの。さっきも言ったように、これは筋肉の始動を伝えるだけの機能しかないのよ。左手を上げなくちゃと思っている人は、刺激を受けると左手を上げてしまう。サーヴァントの行動をコントロールするってわけじゃないのよ」
そうなのか……。
俺はちょっとがっかりする。
ラインの内容から想像していた機能とは、かなり違っていたから。
まあ、ダンスのタイミングを合わせるにはこの機能で十分なのだろう。だってダンスは振付が最初から決まっているのだから。
「なんか浮かない顔してるね。ははーん、わかったわ。これ、女の子に貸そうとしてたでしょ? それで彼女をコントロールしようとしてたんじゃないの?」
ギクッ。
図星で狼狽する。
さすがは姉貴。伊達に血は繋がっていない。
「やっぱそうなんだ……」
「ち、違うよ。女の子に貸そうとしてたのはホントだけどさ」
「じゃあ、何が違うの?」
「逆の使い方を考えていたんだよ」
「逆? それってどういうこと……?」
「俺がマスターじゃなくて、彼女にマスターになって欲しかったんだ」
俺は姉貴に事情を打ち明け始めた。
◇
「ほら、俺のクラスメートに東鳴(ひがしなる)めぐみって子がいるだろ?」
「えっ? ああ、あのめぐみちゃんね」
めぐみは、最近俺と仲良くしているクラスメートだ。
彼女——と言いきれないのは、めぐみには恋愛感情以外に俺に近づく理由があるから。
「この前もライブ来てたわよ」
そう、めぐみの推しはホワイトウォッチーズなのだ。
だから俺と一緒にいるときは、いつも姉貴の動向を聞いてくる。
俺がメンバーの弟と知って近づいて来たのは明らかだ。
「そのめぐみに、週末遊園地に行こうって誘われてるんだよ」
「女の子と遊園地に? それってデートじゃん。やったね!」
「やったね、じゃねぇよ。めぐみの目的は俺じゃないんだよ。だって最近遊園地でロケしたんだろ? パフォーマンス動画を撮るために、ホワイトウォッチーズはさ」
心当たりがありそうな表情をする姉貴。
やっぱりそうだったのか……。
めぐみにとってその遊園地は正に聖地。一人で聖地巡礼するよりも、関係者と一緒に行った方が心沸き立つのがファンの心理なのだろう。
「めぐみちゃん可愛いもんね。ホワイトウォッチーズ目当てで近づいてきためぐみちゃんのこと、翔は好きになっちゃったんでしょ?」
「そうだよ、悪いか?」
正直に姉貴に打ち明ける。
貴重な時計を借りるんだから、隠し事は逆効果だろう。
確かにめぐみは可愛い。クラスの中でも上位に入るほどには。
そんな女の子が、クラスの男子の中では俺だけに親しげに話しかけてくるのだ。勘違いするなと言う方が難しい。
「めぐみの本心が知りたいんだ。遊園地で聖地巡礼だけがしたいのかってことを。俺という男が隣にいるんだぜ。手を繋いだりするくらいに、いい感じになったっていいはずだろ?」
いい雰囲気になったら二人で観覧車に乗っちゃったりして。
この時計があれば、キスのタイミングだって掴めるかもしれない。
「じゃあ、単刀直入に聞いちゃえばいいじゃん?」
「それマジで言ってる?」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるだろ? もし俺には興味がないって言われたらどうすんのさ。二度と立ち直れないよ。だからそういうのをさりげなく探りたいんだよ、この時計を使ってさ」
たとえ俺に興味がなくても、一緒に遊園地に行ける今の関係を維持したい。単刀直入に聞いてしまうと、そんな淡い関係すらも壊れてしまう可能性がある。
仲良く話ができる関係を続けているうちに、もしかしたらという急展開があるかもしれないんだから。
「事情はわかったわ。大丈夫、お姉ちゃんが応援してあげるから」
「この時計を貸してくれるだけでいいよ。間違っても余計なことはしないでよね?」
「わかった、わかったよ……」
なんだかちょっと嫌な予感がする。
俺は姉貴のことを視線でけん制しながら、金と銀の二台の腕時計を受け取った。
◇
「えっ、この時計って……」
金曜日の放課後、誰もいなくなった教室でめぐみに時計を渡す。
時計を見た瞬間、めぐみは瞳を輝かせ始めた。つまり、これがどんな時計なのか瞬時に理解したということ。さすがライブに通うだけのことはある。
「ホワイトウォッチーズの時計じゃん。どうしたの、これ。今度レプリカを発売することになって、お姉さんからサンプルをもらったとか?」
「違うよ、本物だよ。姉貴から借りてきた」
「えっ…………」
瞳をまん丸にするめぐみ。
絶句するその表情だけでも、本当にホワイトウォッチーズのことが好きなんだと分かる。そんな彼女のことを、思わずぎゅっと抱きしめたくなってしまった。
「どうしちゃったの? こんな大事なもの私が借りちゃってもいいの?」
「だって明日行く遊園地って、ホワイトウォッチーズがロケしたとこなんだろ?」
「うん、そうなの」
「だったら、それ着けて行ったら気分は爆上がりだろ? 遊園地から帰る時に帰してもらうけど」
マスターとかサーヴァントとか、そういう話は内緒だけど。
「ありがとう。翔、大好き!」
めぐみが両手で俺の手を握ってくれる。
こういう行動が勘違いの元なんだよ。それに、そんなにキラキラした魅力的な瞳で見つめないでくれ。ますます好きになっちゃうじゃないか……。
「じゃあ、今からこの時計着けるよ。明日の夕方までずっと」
「まあ、いいんじゃない。風呂はダメだぞ、たぶん」
「そうだよね。超お宝だもんね。へぇ、これが本物の時計なのね……」
めぐみはまじまじと時計を見つめている。
ディスプレイの縁が金色に光る白い時計を。
こうして俺のデート大作戦が始まったのだ。
◇
「ゴメン、遅れちゃって。待った?」
不意に掛けられた言葉に顔を上げると、そこにはめぐみがいた。
ちょっと恐縮する表情も可愛らしい。これだよこれ、このシチュエーション。俺がずっと求めてきた正にデートって感じ。
九月の朝陽を背にするみぐみは、俺の表情を覗き込んでいる。
「ラインしようと思ったの。でも、もう着きそうだったから……」
「いや、今来たとこだから」
お決まりの台詞と共に、俺は駅前のベンチから腰を上げた。
白のブラウスに、黒のミニスカートと白のスニーカーに身を包むめぐみ。似合いすぎてて俺の心臓はバクバクだ。
そして左腕には白い時計が光っている。明らかにホワイトウォッチーズのコーデを意識しているが、それは考えないでおこう。今日は彼女のサーヴァントになるって決めたんだから。
一緒に駅の改札を抜け、並んで電車のホームに向かう。
ああ、恋人同士だったらここで手を繋いじゃうのかな、なんて思いながら。
土曜日だから電車も空いている。
ホームに着いた電車に乗って腰を降ろそうとした時、ビビっと小さな刺激が脳を揺さぶった。
(キター!)
めぐみとピッタリのタイミングで、俺たちはシートに腰掛ける。
駅で合流して二人の距離が百メートル以内になったことで時計同士の距離も縮まり、めぐみからの信号が俺の時計に届くようになったのだ。
ちなみに時計をしていることがバレないよう、俺は袖の長いシャツで手元を隠している。
これってなんかいいかも。
こうしてタイミングを合わせていれば、そのうち「なんか私たちって息ピッタリね?」って言ってくれるんじゃないだろうか。
そういう異性との相性って結構重要な要素なんじゃないかと、俺は電車の中で考え始めていた。
早速、それを実感させる出来事が起きる。
電車が目的の駅に着くと、またビビっと刺激を受けたのだ。
ドンピシャのタイミングで二人は腰を上げる。そのシンクロ具合に思わず二人は顔を見合わせた。
可笑しくなってくすくすと笑うめぐみも、なんだかすごく可愛らしかった。
◇
「まずはメリーゴーランドだよね!」
遊園地に入園すると、真っ先にめぐみは俺に提案する。
メリーゴーランドといえば、ホワイトウォッチーズがロケした場所だ。メリーゴーランドの前でダンスしたり、メンバーが木馬に乗るシーンがパフォーマンス動画に盛り込まれていた。
だからこの提案は想定内。だってこれがめぐみの今日の目的なんだから。
「じゃあ、行こっか!」
俺は、めぐみとピッタリのタイミングで駆け出した。
メリーゴーランドの前でスマホで写真を撮るめぐみを横目に、俺は入場客を観察していた。
女の人、男の人、子供連れの家族も多い。
俺が注目するのはカップルたちだ。悔しいことにほぼ全員、手を繋いでいる。
高校生らしき二人、大学生らしき二人、女性同士のカップルもいる。なんだかすごく羨ましい。早く自分もそうなりたいとしみじみ感じてしまう。男同士ってのは嫌だけど。
それにしてもあの女性同士のカップル、ちょっと怪しい感じだなあ。二人ともサングラスを掛けてるし。お忍びなんだろうか——と目で追っていると、「次どこ行く?」とめぐみから声を掛けられた。
「じゃあ、ジェットコースターでも行くか!」
「うん、行く行く!」
もちろん歩き出しも一緒だ。
思わず俺たちは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
なんかいい雰囲気じゃないか。ああ、めぐみと手を繋ぎたい。
そう念じていた俺は、いつの間にか二人の物理的な距離が縮まっていたことに気づかなかった。
その時だ。
めぐみの肩に俺の腕が触れる。
刹那、ビビっと時計からの刺激が「今だ!」と脳に訴えた。
ゆっくりと繋がれる手と手。
そのタイミングもバッチリだ。
掌を通して彼女の温かさが伝わって来る。と同時に、心もジーンと熱くなった。
愛おしさが爆発しそうになり、俺はぎゅっと強く手を握る。するとめぐみも握り返してくれた。
言葉は必要ない。そんな至極の時間が、俺たちを包んでいた。
◇
ジェットコースターに乗って思いっきり叫び、また手を繋いで遊園地を歩く。
そしてまた別のアトラクションへ。
夢にまで見た女の子とのデート。素晴らしすぎて胸熱で涙が出てくる。まあ、手を繋ぐきっかけを与えてくれたのは、この時計なんだけどさ。
いつの間にか二人は観覧車へ向かっていた。
(この雰囲気だったら、もしかしてキスしちゃったりして?)
そう思った瞬間、俺の中に罪悪感のようなものが生まれていた。
本当にこのままキスしちゃっていいのだろうか?
それはなんだか、ズルをしているような気がしていたから。
めぐみの本心は一体どこを向いているのだろう。欲を言えば本当の俺を見て欲しい。それでもなお好きになってくれるなら、一緒にキスしたい。
しかし一方で、「このまま行けるとこまで行っちゃえ」と囁く自分もいた。
そう考えるのにもちゃんと根拠がある。だって手を繋ぐタイミングは、めぐみがそう思ったからなのだから。マスターからの信号を受けてサーヴァントの俺はマスターの手を握った。だったらこの展開はめぐみが望んだことなのだ。キスだって彼女が望めば何も問題はない——はず。
でもやっぱり時計のことは伝えよう。
それでも雰囲気が壊れなかったら、そして彼女が望むのなら、一緒にキスすればいいんじゃないか。
そう決心して、俺はめぐみと一緒に観覧車に乗り込んだ。
この決心が予想外の事態に発展するとは思いもせずに。
「それにしてもこの時計って不思議よね」
観覧車に二人で腰掛けると、めぐみはまじまじと時計を見ながら語り始めたのだ。
「今もそう。翔くんが何かをしようとする時に、ビビっと刺激が脳を揺さぶるの」
えっ?
俺は自分の耳を疑う。
それってどういうこと?
確かにめぐみが腰掛けようとした時に、俺も時計からビビっと刺激がやってきた。
でもめぐみも同じってこと?
つまりめぐみもサーヴァントだったってこと?
「初めて手を繋いだ時もそう。ビビっと刺激を受けた時に、翔くんが手を繋いでくれた」
なにがなんだか分からない。
だって自分もそうだったから。
めぐみからの信号で二人は手を繋いだのだとずっと俺は思っていた。
でも本当は、そうではなかったのだ。
その時、俺の頭の中にある可能性が浮かぶ。
もしかしたらこの遊園地のどこかに黒幕がいるんじゃないかと。
それは——そうだ、あの人たちだ。メリーゴーランドの前で見かけたサングラスを掛けた女性同士のカップル。
俺は慌てて観覧車の下を見る。
やはりそこにはあの女性同士のカップルがいて、今にも二人で抱き合おうとしていた。
ヤバい!
そう思った瞬間、ビビっと時計からの刺激が脳を揺さぶった。
と同時に、めぐみを抱きしめたくなって仕方がなくなってしまう。
めぐみを見ると彼女も一緒だった。顔が紅潮してハアハアと息も荒くなっている。
「今も時計から刺激が来た。そしたら翔くんのこと抱きしめたくなってしょうがないの。私どうかしちゃったのかな?」
いいぞ、このまま押し倒しちゃえ!
なんて言ってる場合じゃない。
囁くもう一人の自分を押し除けて、俺は正直に打ち明ける。
「今まで隠してて申し訳ないんだけど、俺も同じ腕時計を着けてて、今めぐみのことを抱きしめたくてしょうがないんだ。これは本心なんだけど時計のせいでもあるんだ。試しに時計を外してみてくれないか」
めちゃくちゃ後ろ髪を引かれるけど、俺は謝罪しながら時計を外した。
めぐみも慌てて時計を外す。すると彼女の表情が元に戻った。
「ホントだ。時計を外したら、なんかいつもの翔くんに戻った」
それはそれで残念なんだけど。
それにしても問題はあの女性カップルだ。
観覧車から降りたら捕まえてとっちめてやろう。
——あれほど余計なことをするなって言ったのに。
キスどころではなくなった俺は、観覧車よ早く地上に降りてくれと祈っていた。
◇
「えへへ、バレちゃった?」
観覧車を降りた俺は、女性カップルのもとに走って見慣れた腕を捕まえた。
サングラスを外した姉貴は、悪びれもせずペロっと舌を出す。
「えっ、シルフィさん? そしてぷらっちさん!?」
遅れてやってきためぐみは、女性二人組を見て歓喜の声を上げる。
サングラスを外したもう一人の女性は、なんとぷらっちさんだったのだ。そしてその腕には白い時計が光っていた。
ぷらっち、キンカ、シルフィの三人組のホワイトウォッチーズ。
それってプラチナ、ゴールド、シルバーってことじゃないか。
つまりゴールドがマスターなのではなく、プラチナがマスターだった。俺は最初から姉貴に騙されていたのだ。
アパートで姉貴は、ゴールドの腕時計を俺の目の前で着けて見せた。
そして姉貴の動きに合わせて、俺が着けたシルバーの腕時計に電気信号が送られ、俺はゴールドがマスターだとすっかり思い込んでしまった。
しかしそれはすべて、俺を騙すための策略だったのだ。姉貴はこっそりとプラチナの時計も着けていたのだろう。俺からは見えない場所に、一人ほくそ笑みながら。
後で聞いた話だが、姉貴たちは駅からずっと俺たちのことをつけていたらしい。
どうりでシートに腰掛けるタイミングや立ち上がるタイミングがシンクロするはずだ。俺とめぐみは、ずっとぷらっちさんのサーヴァントだった。
「だってさあ、翔がなんかウジウジしてるからさぁ」
「そうよ。後ろから見てて、すっごくもどかしくなっちゃった」
ぷらっちさんもそんなこと言わないで下さいよ。
めぐみも目の前にいるんだし。
するとめぐみが神妙な表情で俺に切り出す。
「ごめん、翔くん。今までずっと、あなたのことを騙していて」
ええっ、それってどういうこと?
実はめぐみもグルだったってこと?
俺はこの遊園地のピエロだったのかよ!?
なんだよ、そんなのアリかよ。
観覧車の中で俺、結構すごいこと言っちゃったような気もする。
ショックでしばらくは立ち直れそうにない。
しかしめぐみは、さらに驚くことを打ち明け始めた。
「ホントはね、あなたに近づきたくてホワイトウォッチーズのファンになったの。そしたらいつの間にか沼にはまっちゃって……」
えっ……?
鳩が豆鉄砲を食ったような表情の俺のことを、めぐみは顔を真っ赤にしながら正視してくれた。
「正直に言います。私、翔くんのことが好きです。付き合って欲しいです。お姉さんたちも応援して……くれますよね?」
「もちろんだよ!」
「やったね、翔くん!」
なに、この超展開。
他の観客も集まってきた。
二人の美女が女子高校生を応援していて、その女の子は一人の男子高校生を前にして真っ赤な顔をしているのだ。何かのロケと思われても仕方がないだろう。
もちろん俺だって超恥ずかしい。
「行くぞ、めぐみ」
「うん!」
この場を逃げ出したくなった俺は、めぐみの手を取り走り出していた。
おわり
ミチル企画 2024GW企画
お題:『手』
地下アイドルやってる姉貴からラインが来た。
白い腕時計の写真と一緒に。
『すごいって何がだよ』
俺はすぐに返信する。
腕時計がすごいと言う姉貴ににわかに賛同できなかったから。
『白い腕時計ってホワイトウォッチーズのアイコンだろ? 姉貴が着けるのは当たり前じゃん』
姉貴が所属しているのは『ホワイトウォッチーズ』という女性三人組の地下アイドル。
お揃いの白い腕時計がアイコンで、踊りながら歌うパフォーマンスをウリにしている。
メンバーはセンターからぷらっち、キンカ、シルフィ。ちなみにシルフィが姉貴の芸名だ。生まれつき耳の先がちょっと尖った感じで、普段から髪を緑色に染めているからそう名付けられたらしい。出典は知らんけど。
『まあ、とにかくこれ見てよ』
コメントと一緒に姉貴から送られてきたのがステージ動画。
一分ほどの長さだったが、それを再生して驚いた。
「ほぉ、これはすごい」
というのも、三人のパフォーマンスの息がピタリと合っていたからだ。
ここまでのレベルに達するまでには相当の練習を積んだに違いない。地下アイドルだからとあまり注目してなかったが、これは賞賛に値する。これほどのダンスが観れるのならチケットを買うのもアリかもしれぬ。
『すごいよ、タイミングばっちりじゃん』
素直に姉貴を褒めてあげる。
決してご祝儀ではない。俺は本当に感動していた。
『でしょ?』
得意顔してそうな姉貴のコメントがなんだかちょっと悔しい。
しかしその後の姉貴のラインに俺は驚愕した。
『でもこの曲を三人で合わせたのってさ、これが初めてなんだよ』
えっ? 初めて?
いやいやいやいや、それはないでしょ!
初めての合わせで、こんなにもタイミングぴったりって絶対あり得ない。これは相当練習を積んだ後のパフォーマンスだよ。
『ウソでしょ?』
『ホントなんだってば』
『初めてでここまでできたら天才だよ』
『だから最初に書いたじゃない。すごいって、この時計』
ええっ、時計?
時計がすごいの?
三人のパフォーマンスじゃなくて?
『この時計はね、スタート同期ウォッチっていうの。スタッフさんの親戚に有名メーカー勤務の技術者がいて、特別に開発してもらったんだから』
『なに? その不思議アイテム。スタート同期ってなに?』
『スタートを合わせられるウォッチだよ。これ着けてるとね、センターのぷらっちのタイミングにぴったり合わせられるんだよ。初見でも』
マジか。
それはすごい。
一体どんな仕組みなんだろう?
そんな時計があるなら俺も使ってみたい。
「ん? 待てよ……」
その時、俺の頭にあるアイディアが閃いた。
『週末ってさ、姉貴のライブある?』
『今週はないけど』
『じゃあ、その時計ちょっと貸してよ。ぷらっちさんの時計と一緒に』
『ええっ?』
最初は渋っていた姉貴だが、俺が必死に説得すると嫌々ながらも了承してくれた。ぷらっちさんが承諾してくれたら、という条件付きで。
こうして俺、西凪翔(にしなぎ かける)は、木曜日の夜に姉貴の住む都内のアパートに行くことになったんだ。
◇
「へぇ、これがスタート同期ウォッチねぇ……」
木曜日の夜の都内のアパートにて。
姉貴から手渡された白い腕時計を、俺はまじまじと観察する。
ステージ用と言ってもゴテゴテと装飾してあるわけではなく、いたってシンプルなフォルムだ。リンゴ印のスマートウォッチと間違えてしまうくらい。
きっとこの中に、最新のテクノロジーが詰め込まれているのだろう。
「ディスプレイの縁だけ細く金属色になってるでしょ? そこが金色なのがマスターなの」
「ほお」
姉貴は、自分が手にしている時計のディスプレイを俺に向ける。
ぱっと見た目は白色の時計だが、ディスプレイを細く縁取る金属の部分が金色に光っていた。
「そして翔が手にしている時計がサーヴァント」
「サーヴァントぉ?」
思わず聞き返してしまった。
そりゃ、マスターの言うことを聞くのがサーヴァントというのはわかるが、あえてその言葉を使われるとサーヴァントの方が強そうな気がしてしまう。
「そっちは縁が銀色でしょ?」
姉貴に言われて俺は手にしている腕時計に目を向ける。
確かにこちらのディスプレイの縁は、銀色に輝いていた。
が、遠くから見る限りはどちらも白い時計だ。まあ、関係者だけが区別をつけることができればいいわけだから、これくらいの違いで十分なのかもしれない。
「じゃあこの銀色の時計を付けると、マスターの動きを真似ることができるってこと?」
「正確にはちょっと違うんだけどね。まあ、実際にやってみればわかるわ」
そう言いながら、姉貴は金色の縁の時計を腕に着ける。
俺も姉貴に促されて、銀色の縁の時計を腕に装着した。
「じゃあ、右手を上げるよ」
姉貴は右手を上げる。
すると驚くことが起きた。
姉貴が手を上げる直前に腕時計を通してピリリと小さな刺激が伝わり、俺の脳を刺激したのだ。
気がつくと俺も右手を上げていた。
「ね? すごいでしょ!」
確かにこれはすごい。
この刺激に合わせて動けば、マスターと同期させるのは簡単だ。
「なんでもね、筋肉を動かそうとするスタート信号を検知して、それを瞬時にサーヴァントに伝えるみたいなの。筋肉の始動を一致させることができるから、ダンスの動きを合わせられるってわけ」
普通のダンスでは、センターの動きを見ながらタイミングを合わせることになる。
でもそれでは遅いのだ。センターの動きを目で検知してから筋肉を始動させることになるので、コンマ数秒の遅れが生じてしまう。
しかし、マスターの筋肉の始動のタイミングを瞬時に知ることができたら?
より早く体を動かすことができて、ピタリと息のあったパフォーマンスを生み出すことが可能となる。姉貴の説明は、こんな感じだった。
「でもね、この時計は筋肉の始動のタイミングを知らせるだけなの。じゃあ、今度は左手を上げてみるよ」
そう言いながら姉貴は手を上げた。
俺もピリリと信号を感じて左手を上げる。
が、今回はさっきとは何かが違う。それは何故だろうと考えを巡らせていたら、姉貴が違和感の正体を教えてくれた。
「ほら、手をよく見て」
俺は左手を上げている。
しかし姉貴が上げているのは——よく見ると右手だった。
「翔はさ、左手を上げてって私が言ったから左手を上げちゃったの。さっきも言ったように、これは筋肉の始動を伝えるだけの機能しかないのよ。左手を上げなくちゃと思っている人は、刺激を受けると左手を上げてしまう。サーヴァントの行動をコントロールするってわけじゃないのよ」
そうなのか……。
俺はちょっとがっかりする。
ラインの内容から想像していた機能とは、かなり違っていたから。
まあ、ダンスのタイミングを合わせるにはこの機能で十分なのだろう。だってダンスは振付が最初から決まっているのだから。
「なんか浮かない顔してるね。ははーん、わかったわ。これ、女の子に貸そうとしてたでしょ? それで彼女をコントロールしようとしてたんじゃないの?」
ギクッ。
図星で狼狽する。
さすがは姉貴。伊達に血は繋がっていない。
「やっぱそうなんだ……」
「ち、違うよ。女の子に貸そうとしてたのはホントだけどさ」
「じゃあ、何が違うの?」
「逆の使い方を考えていたんだよ」
「逆? それってどういうこと……?」
「俺がマスターじゃなくて、彼女にマスターになって欲しかったんだ」
俺は姉貴に事情を打ち明け始めた。
◇
「ほら、俺のクラスメートに東鳴(ひがしなる)めぐみって子がいるだろ?」
「えっ? ああ、あのめぐみちゃんね」
めぐみは、最近俺と仲良くしているクラスメートだ。
彼女——と言いきれないのは、めぐみには恋愛感情以外に俺に近づく理由があるから。
「この前もライブ来てたわよ」
そう、めぐみの推しはホワイトウォッチーズなのだ。
だから俺と一緒にいるときは、いつも姉貴の動向を聞いてくる。
俺がメンバーの弟と知って近づいて来たのは明らかだ。
「そのめぐみに、週末遊園地に行こうって誘われてるんだよ」
「女の子と遊園地に? それってデートじゃん。やったね!」
「やったね、じゃねぇよ。めぐみの目的は俺じゃないんだよ。だって最近遊園地でロケしたんだろ? パフォーマンス動画を撮るために、ホワイトウォッチーズはさ」
心当たりがありそうな表情をする姉貴。
やっぱりそうだったのか……。
めぐみにとってその遊園地は正に聖地。一人で聖地巡礼するよりも、関係者と一緒に行った方が心沸き立つのがファンの心理なのだろう。
「めぐみちゃん可愛いもんね。ホワイトウォッチーズ目当てで近づいてきためぐみちゃんのこと、翔は好きになっちゃったんでしょ?」
「そうだよ、悪いか?」
正直に姉貴に打ち明ける。
貴重な時計を借りるんだから、隠し事は逆効果だろう。
確かにめぐみは可愛い。クラスの中でも上位に入るほどには。
そんな女の子が、クラスの男子の中では俺だけに親しげに話しかけてくるのだ。勘違いするなと言う方が難しい。
「めぐみの本心が知りたいんだ。遊園地で聖地巡礼だけがしたいのかってことを。俺という男が隣にいるんだぜ。手を繋いだりするくらいに、いい感じになったっていいはずだろ?」
いい雰囲気になったら二人で観覧車に乗っちゃったりして。
この時計があれば、キスのタイミングだって掴めるかもしれない。
「じゃあ、単刀直入に聞いちゃえばいいじゃん?」
「それマジで言ってる?」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるだろ? もし俺には興味がないって言われたらどうすんのさ。二度と立ち直れないよ。だからそういうのをさりげなく探りたいんだよ、この時計を使ってさ」
たとえ俺に興味がなくても、一緒に遊園地に行ける今の関係を維持したい。単刀直入に聞いてしまうと、そんな淡い関係すらも壊れてしまう可能性がある。
仲良く話ができる関係を続けているうちに、もしかしたらという急展開があるかもしれないんだから。
「事情はわかったわ。大丈夫、お姉ちゃんが応援してあげるから」
「この時計を貸してくれるだけでいいよ。間違っても余計なことはしないでよね?」
「わかった、わかったよ……」
なんだかちょっと嫌な予感がする。
俺は姉貴のことを視線でけん制しながら、金と銀の二台の腕時計を受け取った。
◇
「えっ、この時計って……」
金曜日の放課後、誰もいなくなった教室でめぐみに時計を渡す。
時計を見た瞬間、めぐみは瞳を輝かせ始めた。つまり、これがどんな時計なのか瞬時に理解したということ。さすがライブに通うだけのことはある。
「ホワイトウォッチーズの時計じゃん。どうしたの、これ。今度レプリカを発売することになって、お姉さんからサンプルをもらったとか?」
「違うよ、本物だよ。姉貴から借りてきた」
「えっ…………」
瞳をまん丸にするめぐみ。
絶句するその表情だけでも、本当にホワイトウォッチーズのことが好きなんだと分かる。そんな彼女のことを、思わずぎゅっと抱きしめたくなってしまった。
「どうしちゃったの? こんな大事なもの私が借りちゃってもいいの?」
「だって明日行く遊園地って、ホワイトウォッチーズがロケしたとこなんだろ?」
「うん、そうなの」
「だったら、それ着けて行ったら気分は爆上がりだろ? 遊園地から帰る時に帰してもらうけど」
マスターとかサーヴァントとか、そういう話は内緒だけど。
「ありがとう。翔、大好き!」
めぐみが両手で俺の手を握ってくれる。
こういう行動が勘違いの元なんだよ。それに、そんなにキラキラした魅力的な瞳で見つめないでくれ。ますます好きになっちゃうじゃないか……。
「じゃあ、今からこの時計着けるよ。明日の夕方までずっと」
「まあ、いいんじゃない。風呂はダメだぞ、たぶん」
「そうだよね。超お宝だもんね。へぇ、これが本物の時計なのね……」
めぐみはまじまじと時計を見つめている。
ディスプレイの縁が金色に光る白い時計を。
こうして俺のデート大作戦が始まったのだ。
◇
「ゴメン、遅れちゃって。待った?」
不意に掛けられた言葉に顔を上げると、そこにはめぐみがいた。
ちょっと恐縮する表情も可愛らしい。これだよこれ、このシチュエーション。俺がずっと求めてきた正にデートって感じ。
九月の朝陽を背にするみぐみは、俺の表情を覗き込んでいる。
「ラインしようと思ったの。でも、もう着きそうだったから……」
「いや、今来たとこだから」
お決まりの台詞と共に、俺は駅前のベンチから腰を上げた。
白のブラウスに、黒のミニスカートと白のスニーカーに身を包むめぐみ。似合いすぎてて俺の心臓はバクバクだ。
そして左腕には白い時計が光っている。明らかにホワイトウォッチーズのコーデを意識しているが、それは考えないでおこう。今日は彼女のサーヴァントになるって決めたんだから。
一緒に駅の改札を抜け、並んで電車のホームに向かう。
ああ、恋人同士だったらここで手を繋いじゃうのかな、なんて思いながら。
土曜日だから電車も空いている。
ホームに着いた電車に乗って腰を降ろそうとした時、ビビっと小さな刺激が脳を揺さぶった。
(キター!)
めぐみとピッタリのタイミングで、俺たちはシートに腰掛ける。
駅で合流して二人の距離が百メートル以内になったことで時計同士の距離も縮まり、めぐみからの信号が俺の時計に届くようになったのだ。
ちなみに時計をしていることがバレないよう、俺は袖の長いシャツで手元を隠している。
これってなんかいいかも。
こうしてタイミングを合わせていれば、そのうち「なんか私たちって息ピッタリね?」って言ってくれるんじゃないだろうか。
そういう異性との相性って結構重要な要素なんじゃないかと、俺は電車の中で考え始めていた。
早速、それを実感させる出来事が起きる。
電車が目的の駅に着くと、またビビっと刺激を受けたのだ。
ドンピシャのタイミングで二人は腰を上げる。そのシンクロ具合に思わず二人は顔を見合わせた。
可笑しくなってくすくすと笑うめぐみも、なんだかすごく可愛らしかった。
◇
「まずはメリーゴーランドだよね!」
遊園地に入園すると、真っ先にめぐみは俺に提案する。
メリーゴーランドといえば、ホワイトウォッチーズがロケした場所だ。メリーゴーランドの前でダンスしたり、メンバーが木馬に乗るシーンがパフォーマンス動画に盛り込まれていた。
だからこの提案は想定内。だってこれがめぐみの今日の目的なんだから。
「じゃあ、行こっか!」
俺は、めぐみとピッタリのタイミングで駆け出した。
メリーゴーランドの前でスマホで写真を撮るめぐみを横目に、俺は入場客を観察していた。
女の人、男の人、子供連れの家族も多い。
俺が注目するのはカップルたちだ。悔しいことにほぼ全員、手を繋いでいる。
高校生らしき二人、大学生らしき二人、女性同士のカップルもいる。なんだかすごく羨ましい。早く自分もそうなりたいとしみじみ感じてしまう。男同士ってのは嫌だけど。
それにしてもあの女性同士のカップル、ちょっと怪しい感じだなあ。二人ともサングラスを掛けてるし。お忍びなんだろうか——と目で追っていると、「次どこ行く?」とめぐみから声を掛けられた。
「じゃあ、ジェットコースターでも行くか!」
「うん、行く行く!」
もちろん歩き出しも一緒だ。
思わず俺たちは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
なんかいい雰囲気じゃないか。ああ、めぐみと手を繋ぎたい。
そう念じていた俺は、いつの間にか二人の物理的な距離が縮まっていたことに気づかなかった。
その時だ。
めぐみの肩に俺の腕が触れる。
刹那、ビビっと時計からの刺激が「今だ!」と脳に訴えた。
ゆっくりと繋がれる手と手。
そのタイミングもバッチリだ。
掌を通して彼女の温かさが伝わって来る。と同時に、心もジーンと熱くなった。
愛おしさが爆発しそうになり、俺はぎゅっと強く手を握る。するとめぐみも握り返してくれた。
言葉は必要ない。そんな至極の時間が、俺たちを包んでいた。
◇
ジェットコースターに乗って思いっきり叫び、また手を繋いで遊園地を歩く。
そしてまた別のアトラクションへ。
夢にまで見た女の子とのデート。素晴らしすぎて胸熱で涙が出てくる。まあ、手を繋ぐきっかけを与えてくれたのは、この時計なんだけどさ。
いつの間にか二人は観覧車へ向かっていた。
(この雰囲気だったら、もしかしてキスしちゃったりして?)
そう思った瞬間、俺の中に罪悪感のようなものが生まれていた。
本当にこのままキスしちゃっていいのだろうか?
それはなんだか、ズルをしているような気がしていたから。
めぐみの本心は一体どこを向いているのだろう。欲を言えば本当の俺を見て欲しい。それでもなお好きになってくれるなら、一緒にキスしたい。
しかし一方で、「このまま行けるとこまで行っちゃえ」と囁く自分もいた。
そう考えるのにもちゃんと根拠がある。だって手を繋ぐタイミングは、めぐみがそう思ったからなのだから。マスターからの信号を受けてサーヴァントの俺はマスターの手を握った。だったらこの展開はめぐみが望んだことなのだ。キスだって彼女が望めば何も問題はない——はず。
でもやっぱり時計のことは伝えよう。
それでも雰囲気が壊れなかったら、そして彼女が望むのなら、一緒にキスすればいいんじゃないか。
そう決心して、俺はめぐみと一緒に観覧車に乗り込んだ。
この決心が予想外の事態に発展するとは思いもせずに。
「それにしてもこの時計って不思議よね」
観覧車に二人で腰掛けると、めぐみはまじまじと時計を見ながら語り始めたのだ。
「今もそう。翔くんが何かをしようとする時に、ビビっと刺激が脳を揺さぶるの」
えっ?
俺は自分の耳を疑う。
それってどういうこと?
確かにめぐみが腰掛けようとした時に、俺も時計からビビっと刺激がやってきた。
でもめぐみも同じってこと?
つまりめぐみもサーヴァントだったってこと?
「初めて手を繋いだ時もそう。ビビっと刺激を受けた時に、翔くんが手を繋いでくれた」
なにがなんだか分からない。
だって自分もそうだったから。
めぐみからの信号で二人は手を繋いだのだとずっと俺は思っていた。
でも本当は、そうではなかったのだ。
その時、俺の頭の中にある可能性が浮かぶ。
もしかしたらこの遊園地のどこかに黒幕がいるんじゃないかと。
それは——そうだ、あの人たちだ。メリーゴーランドの前で見かけたサングラスを掛けた女性同士のカップル。
俺は慌てて観覧車の下を見る。
やはりそこにはあの女性同士のカップルがいて、今にも二人で抱き合おうとしていた。
ヤバい!
そう思った瞬間、ビビっと時計からの刺激が脳を揺さぶった。
と同時に、めぐみを抱きしめたくなって仕方がなくなってしまう。
めぐみを見ると彼女も一緒だった。顔が紅潮してハアハアと息も荒くなっている。
「今も時計から刺激が来た。そしたら翔くんのこと抱きしめたくなってしょうがないの。私どうかしちゃったのかな?」
いいぞ、このまま押し倒しちゃえ!
なんて言ってる場合じゃない。
囁くもう一人の自分を押し除けて、俺は正直に打ち明ける。
「今まで隠してて申し訳ないんだけど、俺も同じ腕時計を着けてて、今めぐみのことを抱きしめたくてしょうがないんだ。これは本心なんだけど時計のせいでもあるんだ。試しに時計を外してみてくれないか」
めちゃくちゃ後ろ髪を引かれるけど、俺は謝罪しながら時計を外した。
めぐみも慌てて時計を外す。すると彼女の表情が元に戻った。
「ホントだ。時計を外したら、なんかいつもの翔くんに戻った」
それはそれで残念なんだけど。
それにしても問題はあの女性カップルだ。
観覧車から降りたら捕まえてとっちめてやろう。
——あれほど余計なことをするなって言ったのに。
キスどころではなくなった俺は、観覧車よ早く地上に降りてくれと祈っていた。
◇
「えへへ、バレちゃった?」
観覧車を降りた俺は、女性カップルのもとに走って見慣れた腕を捕まえた。
サングラスを外した姉貴は、悪びれもせずペロっと舌を出す。
「えっ、シルフィさん? そしてぷらっちさん!?」
遅れてやってきためぐみは、女性二人組を見て歓喜の声を上げる。
サングラスを外したもう一人の女性は、なんとぷらっちさんだったのだ。そしてその腕には白い時計が光っていた。
ぷらっち、キンカ、シルフィの三人組のホワイトウォッチーズ。
それってプラチナ、ゴールド、シルバーってことじゃないか。
つまりゴールドがマスターなのではなく、プラチナがマスターだった。俺は最初から姉貴に騙されていたのだ。
アパートで姉貴は、ゴールドの腕時計を俺の目の前で着けて見せた。
そして姉貴の動きに合わせて、俺が着けたシルバーの腕時計に電気信号が送られ、俺はゴールドがマスターだとすっかり思い込んでしまった。
しかしそれはすべて、俺を騙すための策略だったのだ。姉貴はこっそりとプラチナの時計も着けていたのだろう。俺からは見えない場所に、一人ほくそ笑みながら。
後で聞いた話だが、姉貴たちは駅からずっと俺たちのことをつけていたらしい。
どうりでシートに腰掛けるタイミングや立ち上がるタイミングがシンクロするはずだ。俺とめぐみは、ずっとぷらっちさんのサーヴァントだった。
「だってさあ、翔がなんかウジウジしてるからさぁ」
「そうよ。後ろから見てて、すっごくもどかしくなっちゃった」
ぷらっちさんもそんなこと言わないで下さいよ。
めぐみも目の前にいるんだし。
するとめぐみが神妙な表情で俺に切り出す。
「ごめん、翔くん。今までずっと、あなたのことを騙していて」
ええっ、それってどういうこと?
実はめぐみもグルだったってこと?
俺はこの遊園地のピエロだったのかよ!?
なんだよ、そんなのアリかよ。
観覧車の中で俺、結構すごいこと言っちゃったような気もする。
ショックでしばらくは立ち直れそうにない。
しかしめぐみは、さらに驚くことを打ち明け始めた。
「ホントはね、あなたに近づきたくてホワイトウォッチーズのファンになったの。そしたらいつの間にか沼にはまっちゃって……」
えっ……?
鳩が豆鉄砲を食ったような表情の俺のことを、めぐみは顔を真っ赤にしながら正視してくれた。
「正直に言います。私、翔くんのことが好きです。付き合って欲しいです。お姉さんたちも応援して……くれますよね?」
「もちろんだよ!」
「やったね、翔くん!」
なに、この超展開。
他の観客も集まってきた。
二人の美女が女子高校生を応援していて、その女の子は一人の男子高校生を前にして真っ赤な顔をしているのだ。何かのロケと思われても仕方がないだろう。
もちろん俺だって超恥ずかしい。
「行くぞ、めぐみ」
「うん!」
この場を逃げ出したくなった俺は、めぐみの手を取り走り出していた。
おわり
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