チ音記号2008年02月17日 20時07分20秒

「ねえねえ、知ってる?」
 また姉貴のいつものが始まった…
「音楽でさ、ヘ音記号とかト音記号ってあるじゃん」
 音痴のくせに今度は音楽ネタ…?
「あの“ヘ”とか“ト”ってね、実はイロハだったのよ!」
 それって小学校で習ったような…
「“ヘオン”とか“トーン”って言うから、てっきり英語だと思ってたんだよね」
 それは姉貴だけかも…
「そんでね、次世代の記号はね、“チ音記号”なんだって! ほら、ヘとトの次はチでしょ」
「んなこと、誰に聞いてきたんだよ?」
 あまりのアホらしさについ反応してしまった。
「ネチャード・イレラレンという人。すっごくピアノ、上手なんだよ」

 そういえば姉貴、最近コンサートに行くって言ってたっけ。あれってピアノのコンサートだったんだ。似合わね ぇ~と思いつつ、そいつに熱を上げる姉貴を連想する。

「はぁ~、素敵な夜だった…」
「なんだよ、そのネチャードなんとかとデートにでも行ったのかよ」
「そうよ。私、彼のホテルの部屋に招待されたのよ」
 そう言いながら姉貴がトランプをひらひらさせる。なんでもこのカードに部屋番号が書いてあったらしい。
「変なことされたんじゃねえだろうな?」
「そうね…、貴重な体験だったわ」
 うっとりと視線を漂わせる姉貴。夜のレッスンのすばらしさに、姉貴はつい声を出してしまったんだそうな。そ れを聞いたネチャードは、”君の調べは前衛的だ。譜面に落とすならチ音記号の助けを必要とするだろう”と絶賛 だったらしい…

「そんでね、最後にアドバイスされたの。”チ音を十回唱えれば自己を発見するだろう”ってね。でもこれってな んか、変なんだよね」
「なんで?」
「チ音、チオン、ちおん、知恩…、ほらいつの間にか知恩院になっちゃうでしょ。私には尼がお似合いってこと… ?」
 ちょっと違うような気がするけど、わざわざ答えを教える必要もないと窓の外を見る。
「吹雪か…」
 五線のような雪跡が残る窓に、映る姉貴はチ音記号のようだった。


文章塾という踊り場♪ 第22回 「暑さ or 寒さを感じさせる、あるいはそれにまつわるもの」投稿作品