くらげ殺人事件 ― 2011年09月11日 19時30分22秒
天気の良い昼下がり。目の前には青い空と青い海が広がっていた。
いつもと変わらない風景。何も起こらない平和な港町。
それをぼおっと眺めながらまったりしていた俺の視線の隅に、見慣れない一艘の白い船が現れた。
「何だ、あの船?」
定期船が到着する時間ではない。かといって、貨物船にしては船体が綺麗すぎる。
俺は船体に書かれている文字を見ようと、派出所の外に出る。
「く・ら・げ……?」
船の側面には、ひらがなで確かにそうペイントされていた。
不思議に思った俺は派出所に戻り、パソコンで『くらげ』を検索してみる。
「何? エチゼンクラゲ観測調査船だって?」
画面に映し出されたネットの情報によると、なんでもエチゼンクラゲの生態を調査するために造られた船らしい。大量発生するエチゼンクラゲを捕獲し、それに含まれる炭素の量を測定してCO2排出権の取引に用いたり、さらにはバイオ燃料としての活用を研究しているのだという。
へえ、そんな船があるんだ、と俺が感心していると、突然机の電話が鳴り響いた。
「はい、こちらは港町派出所。どうかしましたか?」
「ひ、人が、し、死んでいるんです。早く来て下さい」
「どうか落ち着いて下さい。場所はどこですか?」
「観測船『くらげ』の中です」
俺は受話器を持ったまま、正に接岸せんとする白い船に目を向けた。
「おまわりさん、こちらです」
調査観測船くらげに到着した俺は、早速船内に案内された。
階段を三階分くらい降りた場所にある小さな船室の中に、一人の男性がうつ伏せに倒れている。
「脈なし。息もしていない……」
確認したところ、確かにこの男性は死亡しているようだ。唇も紫色に変色している。
それよりも驚くべきは、男性の頭上には血だまりがあり、その血を使って文字が書かれていたことだった。
『……神がかっていた』
床のその文字は、息絶える前に男性が指で書いたものらしい。男性の右手の指先には血が付いており、最後の『た』の文字のところで指は止まっていた。
「ダイイングメッセージか……」
最初の『神』の前にも文字が書かれていた形跡があるが、血だまりが広がってしまっていて読むことができない。
さっぱり意味が分からず途方に暮れた俺は、刑事が到着するまでの時間に乗組員から情報を集めることにした。
死亡していたのは、大神一郎。三十八歳。調査観測船くらげで働く唯一の研究員だった。
そして船室には五人の乗組員が集まった。名前は、八神二郎、石神三郎、神宮寺四郎、森神五郎、野神六郎という。
「この血痕を見て気付いたことがあったら教えてほしい」
俺が五人に質問すると、互いに顔を見合わせてからうつむき、黙り込んでしまった。
事件には関わりたくないという雰囲気が、それぞれの表情に浮かび上がっている。
「どんな些細なことでもいい。知っていることがあったらなんでも話してくれ。頼む」
警察官の分際で刑事まがいのことをするのはどうかと思ったが、現場に一番乗りできることはもう二度とないだろう。俺はこのチャンスをものにしたかった。
「もしかして……」
俺の情熱が伝わったのか、最初に沈黙を破ったのは一番若そうに見える八神だった。
「そこに書いてある『神がかっていた』って、石神さんが買ったアレのことなんじゃないスか……」
すると名指しされた石神が八神に食ってかかる。
「おいおい、物騒な事言うんじゃねえよ。俺は何もやってねえぞ」
「だってあんた、アレを散々自慢してたじゃねえかよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った。喧嘩は止めてくれ。ところで、アレって何なんだ?」
俺は飛びかかろうとする石神を押さえながら八神に質問する。
「コンバットナイフっスよ。通販で買ったとかいう石神さん自慢のナイフで、大神さんを指したんスよ、きっと」
すると、横の方から低めの渋い声がする。
「いや、これは刺し傷じゃないですよ」
見ると、森神がしゃがみ込んで死体の頭部を覗き込んでいた。
「むむむむ、もしかして……」
今度は森神が自分の推理を口にする。
「メッセージの『神がかっていた』というのは、野神さんが飼っていたアレなんじゃないですかね?」
すると、死体から離れた場所に立っていた野神がうろたえ始めた。
「ぼ、ぼ、ぼくが飼っているヒョロちゃんは、け、け、けしてそんなことしません」
ヒョ? ヒョロちゃんって何?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。ちゃんと教えてくれ。ヒョロちゃんって何なんだ?」
慌てて俺が質問すると、しゃがみ込んでいた森神が野神を見上げるようにして言った。
「野神さんが飼っているヘビですよ。見た目、もの凄く凶暴なんです」
野神は顔を真っ赤にして反論する。
「ヒョロちゃんはちっとも凶暴じゃありません。それよりも神宮寺さんが狩っているラージャンの方がよっぽど凶暴じゃないですかっ!」
おいおい、今度のラージャンって何だよ。それに『狩ってる』ってどういうことだ? 第一、『神宮寺』って『神』の文字で終わってないからダイイングメッセージの内容にも合ってないぞ。
俺はさっぱりわけが分からなくなった。
「ここまでだ。神宮寺、お前をモンハン賭博およびに殺人容疑で逮捕する!」
突然、太い声が部屋に響き渡る。敏腕警部のお出ましだ。
「容疑者の引きとめ、大変感謝する。ご苦労であった」
そして警部は俺に向かって敬礼をした。
ちぇっ、もう終わりかよ。もう少しで謎が解けるところだったのにな……。
俺は警部に敬礼を返し、渋々と現場を立ち去った。
今日も港町はいい天気。青い空と海を見ながら、俺は派出所でぼけっとしていた。
『臨時ニュースをお伝えします』
せっかくラジオから好きな曲が流れていたというのにニュースで中断かよ。全くついていない。
『昨日逮捕された神宮寺容疑者の供述を元に、先程から都内のモンハン賭博場の一斉捜査が行われ、三十人以上の組員が逮捕された模様です』
ああ、そういえば昨日そんな事件があったっけ……。
後で聞かされた事件の真相は、おおよそ次のようだった。
モンハン賭博をしていたのは、殺された大神一郎、逮捕された神宮寺四郎、そして一番若い八神二郎の三人。神宮寺と八神のモンハン対決がネット賭博の対象となり、それをジャッジしていたのが大神だった。
勝負は表向きには神宮寺の勝ちで、彼は一千万円以上の大金を手にすることになった。しかし、大神は神宮寺が密かに禁止アイテムを使ったことを見抜いており、それをネタに神宮寺をゆすったのだ。その結果、大神は神宮寺に殺されることになってしまった。あのダイイングメッセージは、『八神が勝っていた』と書こうとしたのではないかと、警察では考えている。
まあ、こんなところだ。俺にはさっぱり関係ないけど。
「おまわりさん、今日も暇そうだね」
「だったら僕達と遊んでよ」
いつの間にか、ガキどもが派出所を覗き込んでいる。
「こらこら、俺は忙しいんだよ。あっち行け」
「あっ、ひまひまひまわりさんが怒った」
「やーい、税金泥棒~」
ちぇっ、最近のガキは嫌な言葉を知ってやがる。そこまで言われたらちょっくら相手をしてやるか。
「おーいお前達、ラージャンって何だか知ってるか?」
俺は昨日聞いた気になる単語を質問してみた。
「知ってるよ。モンハンに出てくるすっごく強いモンスターだよ」
「もう、めちゃくちゃに暴れまくるんだ。アイツ大嫌い!」
モンスターハンター。
今や、生活の隅々まで入り込んでしまっているゲームだ。そして俺が最も苦手なゲーム。
「そう、ありがとよ。じゃあ、あっち行け!」
俺はガキどもを追い払うと、また机に寝そべって海を眺め始める。ラジオからはアップテンポな心地よい曲が流れ始めた。
また何か違う船がやって来ないかな……。
ここ港町では今日も平和な時がゆっくりと過ぎている。
即興三語小説 第114回投稿作品
▲お題:「変色」「神がかっていた」「臨時ニュース」
▲縛り:「観測調査船を作中に出す」もしくは「SFにする」
▲任意お題:「血痕」「警察官」
いつもと変わらない風景。何も起こらない平和な港町。
それをぼおっと眺めながらまったりしていた俺の視線の隅に、見慣れない一艘の白い船が現れた。
「何だ、あの船?」
定期船が到着する時間ではない。かといって、貨物船にしては船体が綺麗すぎる。
俺は船体に書かれている文字を見ようと、派出所の外に出る。
「く・ら・げ……?」
船の側面には、ひらがなで確かにそうペイントされていた。
不思議に思った俺は派出所に戻り、パソコンで『くらげ』を検索してみる。
「何? エチゼンクラゲ観測調査船だって?」
画面に映し出されたネットの情報によると、なんでもエチゼンクラゲの生態を調査するために造られた船らしい。大量発生するエチゼンクラゲを捕獲し、それに含まれる炭素の量を測定してCO2排出権の取引に用いたり、さらにはバイオ燃料としての活用を研究しているのだという。
へえ、そんな船があるんだ、と俺が感心していると、突然机の電話が鳴り響いた。
「はい、こちらは港町派出所。どうかしましたか?」
「ひ、人が、し、死んでいるんです。早く来て下さい」
「どうか落ち着いて下さい。場所はどこですか?」
「観測船『くらげ』の中です」
俺は受話器を持ったまま、正に接岸せんとする白い船に目を向けた。
「おまわりさん、こちらです」
調査観測船くらげに到着した俺は、早速船内に案内された。
階段を三階分くらい降りた場所にある小さな船室の中に、一人の男性がうつ伏せに倒れている。
「脈なし。息もしていない……」
確認したところ、確かにこの男性は死亡しているようだ。唇も紫色に変色している。
それよりも驚くべきは、男性の頭上には血だまりがあり、その血を使って文字が書かれていたことだった。
『……神がかっていた』
床のその文字は、息絶える前に男性が指で書いたものらしい。男性の右手の指先には血が付いており、最後の『た』の文字のところで指は止まっていた。
「ダイイングメッセージか……」
最初の『神』の前にも文字が書かれていた形跡があるが、血だまりが広がってしまっていて読むことができない。
さっぱり意味が分からず途方に暮れた俺は、刑事が到着するまでの時間に乗組員から情報を集めることにした。
死亡していたのは、大神一郎。三十八歳。調査観測船くらげで働く唯一の研究員だった。
そして船室には五人の乗組員が集まった。名前は、八神二郎、石神三郎、神宮寺四郎、森神五郎、野神六郎という。
「この血痕を見て気付いたことがあったら教えてほしい」
俺が五人に質問すると、互いに顔を見合わせてからうつむき、黙り込んでしまった。
事件には関わりたくないという雰囲気が、それぞれの表情に浮かび上がっている。
「どんな些細なことでもいい。知っていることがあったらなんでも話してくれ。頼む」
警察官の分際で刑事まがいのことをするのはどうかと思ったが、現場に一番乗りできることはもう二度とないだろう。俺はこのチャンスをものにしたかった。
「もしかして……」
俺の情熱が伝わったのか、最初に沈黙を破ったのは一番若そうに見える八神だった。
「そこに書いてある『神がかっていた』って、石神さんが買ったアレのことなんじゃないスか……」
すると名指しされた石神が八神に食ってかかる。
「おいおい、物騒な事言うんじゃねえよ。俺は何もやってねえぞ」
「だってあんた、アレを散々自慢してたじゃねえかよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った。喧嘩は止めてくれ。ところで、アレって何なんだ?」
俺は飛びかかろうとする石神を押さえながら八神に質問する。
「コンバットナイフっスよ。通販で買ったとかいう石神さん自慢のナイフで、大神さんを指したんスよ、きっと」
すると、横の方から低めの渋い声がする。
「いや、これは刺し傷じゃないですよ」
見ると、森神がしゃがみ込んで死体の頭部を覗き込んでいた。
「むむむむ、もしかして……」
今度は森神が自分の推理を口にする。
「メッセージの『神がかっていた』というのは、野神さんが飼っていたアレなんじゃないですかね?」
すると、死体から離れた場所に立っていた野神がうろたえ始めた。
「ぼ、ぼ、ぼくが飼っているヒョロちゃんは、け、け、けしてそんなことしません」
ヒョ? ヒョロちゃんって何?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。ちゃんと教えてくれ。ヒョロちゃんって何なんだ?」
慌てて俺が質問すると、しゃがみ込んでいた森神が野神を見上げるようにして言った。
「野神さんが飼っているヘビですよ。見た目、もの凄く凶暴なんです」
野神は顔を真っ赤にして反論する。
「ヒョロちゃんはちっとも凶暴じゃありません。それよりも神宮寺さんが狩っているラージャンの方がよっぽど凶暴じゃないですかっ!」
おいおい、今度のラージャンって何だよ。それに『狩ってる』ってどういうことだ? 第一、『神宮寺』って『神』の文字で終わってないからダイイングメッセージの内容にも合ってないぞ。
俺はさっぱりわけが分からなくなった。
「ここまでだ。神宮寺、お前をモンハン賭博およびに殺人容疑で逮捕する!」
突然、太い声が部屋に響き渡る。敏腕警部のお出ましだ。
「容疑者の引きとめ、大変感謝する。ご苦労であった」
そして警部は俺に向かって敬礼をした。
ちぇっ、もう終わりかよ。もう少しで謎が解けるところだったのにな……。
俺は警部に敬礼を返し、渋々と現場を立ち去った。
今日も港町はいい天気。青い空と海を見ながら、俺は派出所でぼけっとしていた。
『臨時ニュースをお伝えします』
せっかくラジオから好きな曲が流れていたというのにニュースで中断かよ。全くついていない。
『昨日逮捕された神宮寺容疑者の供述を元に、先程から都内のモンハン賭博場の一斉捜査が行われ、三十人以上の組員が逮捕された模様です』
ああ、そういえば昨日そんな事件があったっけ……。
後で聞かされた事件の真相は、おおよそ次のようだった。
モンハン賭博をしていたのは、殺された大神一郎、逮捕された神宮寺四郎、そして一番若い八神二郎の三人。神宮寺と八神のモンハン対決がネット賭博の対象となり、それをジャッジしていたのが大神だった。
勝負は表向きには神宮寺の勝ちで、彼は一千万円以上の大金を手にすることになった。しかし、大神は神宮寺が密かに禁止アイテムを使ったことを見抜いており、それをネタに神宮寺をゆすったのだ。その結果、大神は神宮寺に殺されることになってしまった。あのダイイングメッセージは、『八神が勝っていた』と書こうとしたのではないかと、警察では考えている。
まあ、こんなところだ。俺にはさっぱり関係ないけど。
「おまわりさん、今日も暇そうだね」
「だったら僕達と遊んでよ」
いつの間にか、ガキどもが派出所を覗き込んでいる。
「こらこら、俺は忙しいんだよ。あっち行け」
「あっ、ひまひまひまわりさんが怒った」
「やーい、税金泥棒~」
ちぇっ、最近のガキは嫌な言葉を知ってやがる。そこまで言われたらちょっくら相手をしてやるか。
「おーいお前達、ラージャンって何だか知ってるか?」
俺は昨日聞いた気になる単語を質問してみた。
「知ってるよ。モンハンに出てくるすっごく強いモンスターだよ」
「もう、めちゃくちゃに暴れまくるんだ。アイツ大嫌い!」
モンスターハンター。
今や、生活の隅々まで入り込んでしまっているゲームだ。そして俺が最も苦手なゲーム。
「そう、ありがとよ。じゃあ、あっち行け!」
俺はガキどもを追い払うと、また机に寝そべって海を眺め始める。ラジオからはアップテンポな心地よい曲が流れ始めた。
また何か違う船がやって来ないかな……。
ここ港町では今日も平和な時がゆっくりと過ぎている。
即興三語小説 第114回投稿作品
▲お題:「変色」「神がかっていた」「臨時ニュース」
▲縛り:「観測調査船を作中に出す」もしくは「SFにする」
▲任意お題:「血痕」「警察官」
木下闇商会 ― 2011年04月02日 10時13分39秒
※エッチな表現があります
一人細い路地裏を歩くサラリーマン風の男がいた。名前を雄二という。コツコツと響く彼の靴音は、とある古ぼけたビルの前でぴたりと止まった。
「今週もまた来てしまったか……」
雄二はそう呟くと、ビルの地下に続く階段を下りていく。そして金属製の重そうな扉の前で立ち止まった。
扉にかかるプレートに書かれているのは『木下闇商会』という文字。
ごそごそとポケットから財布を取り出し中に入っていたカードを手にした雄二は、それをドアの横にある機械にかざす。どうやらIDカードのようだ。機械のインジケーターは赤く点灯していたが、雄二がカードをかざした途端、緑色に変わってカチャリとロックが解除される音がした。
そこまではいつもと同じ反応だった。しかしその日は違っていた。機械からぽぽぽぽーんと派手な音が発して地下階段に鳴り響いたのだ。
「うわっ、な、なんだ!?」
うろたえる雄二に、機械から女性の声のアナウンスが流れる。
『おめでとうございます。今日でお客様は百回目のご来店となります!』
すると同時に金属製のドアが開き、ぴっちりと体に密着した黒のレザースーツに身を包んだ女性が満面の笑みで雄二を出迎える。
「いらっしゃい、雄二さん。お待ちしていましたわ」
それは、会員制イメージクラブ『木下闇商会』のナンバーワンホステス、マリーだった。
会社の上司に連れられて、雄二が初めて木下闇商会を訪れたのはちょうど二年前だった。かなりギリギリのところまでサービスしてくれるのが売りで、雄二もすっかり病みつきになってしまい、それ以来週に一回は通うようになっていた。その甲斐もあり、この一年間はナンバーワンのマリーが相手をしてくれるようになった。最近の雄二のお気に入りは体中を縛るSMプレイだ。マリーも露出度の高いレザースーツでお出迎えしてくれていた。
いつもの部屋に通された雄二は、服を脱いで下着一枚になる。そしてマリーに向かって縛ってほしいと両手を差し出した。するとマリーはにこやかに笑いながら雄二を制止する。
「雄二さん、今日はご来店百回記念で、縛りはありませんわ。その代わり、たっぷりとご褒美させていただきます」
「ご、ご褒美?」
「そうですわ。女王様からのご褒美、お楽しみ下さいね」
そう言いながらマリーは雄二に目隠しをする。
「さあ、始めますよ」
「マ、マリー様、お願いします」
マリーは一つ咳払いをした後、女王様になりきって口調を変える。
「さあ、横になりなさい。ご褒美がもらえるまで良い子にしてるのよ」
雄二は手探りで床の上に敷かれたマットの位置を確認し、仰向けに横たわった。
これから何が起こるのか? 雄二が耳をすませていると、入口の方からカチカチという動物の爪が床に当たる音が近づいてきた。それと同時にハアハアという息遣いが聞こえてくる。
「マリー様、それは?」
不安そうに雄二が尋ねる。
「私の大切なプルプルートちゃんよ」
マリーはペットの犬を雄二の横に座らせると、冷蔵庫から小さな箱を一つ取り出した。そして蓋を開け、中のものを指でつまんで雄二の胸に乗せる。
「ひゃっ……」
冷蔵庫から出したばかりで冷たく感じたのだろうか。雄二は小さくうめき声を上げた。
「ふふふ。これはね、菫の砂糖漬け。プルプルートちゃんの好物なの。さあプルプルート、お舐めなさい」
マリーの号令と同時にプルプルートは菫の砂糖漬けに近づき、舌を伸ばして砂糖漬けとその周辺を舐め始めた。
「うひゃあ」
ザラザラとしたプルプルートの舌の感触に、雄二は小さく悶える。
「さあ、どんどん置いていくわよ」
マリーは菫の砂糖漬けを雄二の体に次々と置いていく。胸、腹、おへそ。そしてそれを追いかけるようにプルプルートの舌が雄二の体を這い回った。
「うう、ひょ、うっ、ひゃあ……」
悶える雄二の顔を見ながら、マリーは砂糖漬けの最後の一枚を雄二の下着の上に置いた。
「これが最後よ。でも、まだいっちゃダメ。これに耐えられたらさらにご褒美があるわ」
「な、なんですか? うひゃ、マリー様。あひっ、そ、そのご褒美とは?」 するとマリーは雄二の耳元で小さくささやいた。
その内容に驚いた雄二は、思わず大きな声を出してしまう。
「えっ、マリー様。そんなご褒美してもらっていいんですか? それは法律違反では!?」
「しーっ、静かに。これは私からの百回記念のご褒美。誰にも言っちゃダメよ」
そして、プルプルートの舐め舐め最終攻撃に耐えた雄二にマリーが体を重ねようとした時、いきなり個室のドアが開け放たれた。
「ご褒美しすぎる罪で逮捕する!」
驚いた雄二とマリーは体を離す。そして体を起こした雄二は、目隠しを取ってその声の主を凝視した。ドアを開け放ったのは、一人のミニスカポリスだった。
「き、君はアンナじゃないか」
それは、雄二が最初に木下闇商会を訪れた時に相手をしてくれたホステスだった。
「いくらマリー姉さんでもそれはやりすぎです。この私が許しません」
アンナは怒りで肩を震わしている。
「あら、ご褒美しすぎて、何が悪いのかしら」
マリーも負けじと言い返した。
「雄二さんは元々私のお客さんだったのよ。それをマリー姉さんが奪っていったんじゃないですかっ」
初めて木下闇商会を訪れてから一年間、雄二はずっとアンナに相手をしてもらっていた。ミニスカポリスに罵倒されるのが雄二の夢だったのだ。アンナの決めゼリフは『鼻からうどんを垂らす根性なし!』。その言葉で罵られる度に、ゾクゾクと快感が雄二の中を駆け抜けた。
しかし雄二が木下闇商会に一年間ほど通い続けると、急にナンバーワンホステスのマリーが彼の相手をしてくれることになった。安定してお金を落としてくれる雄二を、貴重なお客様と店側が判断したからだ。マリーも店から言われて雄二の相手をする事になったのだが、何も知らされていないアンナは自分の客をマリーに奪われたと思っていた。
「お店をやめたら、雄二さんと一緒になるのが私の夢だったのに……」
いつの間にかアンナは雄二に恋をしていた。
「だったら、あなたがナンバーワンになれるよう頑張ればいいだけじゃないの」
言いがかりをつけられたマリーはたまったものではない。つい頭に来て、アンナの努力が足りないかの如く言い返してしまった。
「なんて言い方。何様のつもり? 姉さんだからって許さないわ、この泥棒猫」
「いいわよ、来なさいよ」
マリーに挑発されたアンナは、マリーのコスチュームに掴みかかる。
(どちらも負けるな!)
ミニスカポリスとSM女王の戦い。そんな夢のカードに、雄二は心を躍らせた。
「きゃっ! 服が破れちゃったじゃないのよ。あんたのもこうしてやる」
「やったわね。お返しよ」
アンナとマリーがやり合う度に、二人の肌色の面積が増していく。
(こ、これは……すごい)
二人の戦いの激しさに、雄二の興奮度は限界に近づいていった。
「雄二さんは渡さない」
「あら、雄二さんと絶頂に達するのは私よ」
二人が雄二の方を振り向いた瞬間、雄二がうめき声を発した。
「うっ!」
「あっ、雄二さん。いっちゃったの?」
「な、なんてこと……」
雄二は一人で果ててしまっていた。
即興三語小説 第100回投稿作品
▲必須お題:「負けるな」「美しすぎて、何が悪い」「最後の一枚」
▲縛り:100回記念で、縛りはありません
▲任意お題:「美しすぎる罪で逮捕する」「菫の砂糖漬け」「木下闇」「ぽぽぽぽーん」「鼻からうどんを垂らす根性なし」
一人細い路地裏を歩くサラリーマン風の男がいた。名前を雄二という。コツコツと響く彼の靴音は、とある古ぼけたビルの前でぴたりと止まった。
「今週もまた来てしまったか……」
雄二はそう呟くと、ビルの地下に続く階段を下りていく。そして金属製の重そうな扉の前で立ち止まった。
扉にかかるプレートに書かれているのは『木下闇商会』という文字。
ごそごそとポケットから財布を取り出し中に入っていたカードを手にした雄二は、それをドアの横にある機械にかざす。どうやらIDカードのようだ。機械のインジケーターは赤く点灯していたが、雄二がカードをかざした途端、緑色に変わってカチャリとロックが解除される音がした。
そこまではいつもと同じ反応だった。しかしその日は違っていた。機械からぽぽぽぽーんと派手な音が発して地下階段に鳴り響いたのだ。
「うわっ、な、なんだ!?」
うろたえる雄二に、機械から女性の声のアナウンスが流れる。
『おめでとうございます。今日でお客様は百回目のご来店となります!』
すると同時に金属製のドアが開き、ぴっちりと体に密着した黒のレザースーツに身を包んだ女性が満面の笑みで雄二を出迎える。
「いらっしゃい、雄二さん。お待ちしていましたわ」
それは、会員制イメージクラブ『木下闇商会』のナンバーワンホステス、マリーだった。
会社の上司に連れられて、雄二が初めて木下闇商会を訪れたのはちょうど二年前だった。かなりギリギリのところまでサービスしてくれるのが売りで、雄二もすっかり病みつきになってしまい、それ以来週に一回は通うようになっていた。その甲斐もあり、この一年間はナンバーワンのマリーが相手をしてくれるようになった。最近の雄二のお気に入りは体中を縛るSMプレイだ。マリーも露出度の高いレザースーツでお出迎えしてくれていた。
いつもの部屋に通された雄二は、服を脱いで下着一枚になる。そしてマリーに向かって縛ってほしいと両手を差し出した。するとマリーはにこやかに笑いながら雄二を制止する。
「雄二さん、今日はご来店百回記念で、縛りはありませんわ。その代わり、たっぷりとご褒美させていただきます」
「ご、ご褒美?」
「そうですわ。女王様からのご褒美、お楽しみ下さいね」
そう言いながらマリーは雄二に目隠しをする。
「さあ、始めますよ」
「マ、マリー様、お願いします」
マリーは一つ咳払いをした後、女王様になりきって口調を変える。
「さあ、横になりなさい。ご褒美がもらえるまで良い子にしてるのよ」
雄二は手探りで床の上に敷かれたマットの位置を確認し、仰向けに横たわった。
これから何が起こるのか? 雄二が耳をすませていると、入口の方からカチカチという動物の爪が床に当たる音が近づいてきた。それと同時にハアハアという息遣いが聞こえてくる。
「マリー様、それは?」
不安そうに雄二が尋ねる。
「私の大切なプルプルートちゃんよ」
マリーはペットの犬を雄二の横に座らせると、冷蔵庫から小さな箱を一つ取り出した。そして蓋を開け、中のものを指でつまんで雄二の胸に乗せる。
「ひゃっ……」
冷蔵庫から出したばかりで冷たく感じたのだろうか。雄二は小さくうめき声を上げた。
「ふふふ。これはね、菫の砂糖漬け。プルプルートちゃんの好物なの。さあプルプルート、お舐めなさい」
マリーの号令と同時にプルプルートは菫の砂糖漬けに近づき、舌を伸ばして砂糖漬けとその周辺を舐め始めた。
「うひゃあ」
ザラザラとしたプルプルートの舌の感触に、雄二は小さく悶える。
「さあ、どんどん置いていくわよ」
マリーは菫の砂糖漬けを雄二の体に次々と置いていく。胸、腹、おへそ。そしてそれを追いかけるようにプルプルートの舌が雄二の体を這い回った。
「うう、ひょ、うっ、ひゃあ……」
悶える雄二の顔を見ながら、マリーは砂糖漬けの最後の一枚を雄二の下着の上に置いた。
「これが最後よ。でも、まだいっちゃダメ。これに耐えられたらさらにご褒美があるわ」
「な、なんですか? うひゃ、マリー様。あひっ、そ、そのご褒美とは?」 するとマリーは雄二の耳元で小さくささやいた。
その内容に驚いた雄二は、思わず大きな声を出してしまう。
「えっ、マリー様。そんなご褒美してもらっていいんですか? それは法律違反では!?」
「しーっ、静かに。これは私からの百回記念のご褒美。誰にも言っちゃダメよ」
そして、プルプルートの舐め舐め最終攻撃に耐えた雄二にマリーが体を重ねようとした時、いきなり個室のドアが開け放たれた。
「ご褒美しすぎる罪で逮捕する!」
驚いた雄二とマリーは体を離す。そして体を起こした雄二は、目隠しを取ってその声の主を凝視した。ドアを開け放ったのは、一人のミニスカポリスだった。
「き、君はアンナじゃないか」
それは、雄二が最初に木下闇商会を訪れた時に相手をしてくれたホステスだった。
「いくらマリー姉さんでもそれはやりすぎです。この私が許しません」
アンナは怒りで肩を震わしている。
「あら、ご褒美しすぎて、何が悪いのかしら」
マリーも負けじと言い返した。
「雄二さんは元々私のお客さんだったのよ。それをマリー姉さんが奪っていったんじゃないですかっ」
初めて木下闇商会を訪れてから一年間、雄二はずっとアンナに相手をしてもらっていた。ミニスカポリスに罵倒されるのが雄二の夢だったのだ。アンナの決めゼリフは『鼻からうどんを垂らす根性なし!』。その言葉で罵られる度に、ゾクゾクと快感が雄二の中を駆け抜けた。
しかし雄二が木下闇商会に一年間ほど通い続けると、急にナンバーワンホステスのマリーが彼の相手をしてくれることになった。安定してお金を落としてくれる雄二を、貴重なお客様と店側が判断したからだ。マリーも店から言われて雄二の相手をする事になったのだが、何も知らされていないアンナは自分の客をマリーに奪われたと思っていた。
「お店をやめたら、雄二さんと一緒になるのが私の夢だったのに……」
いつの間にかアンナは雄二に恋をしていた。
「だったら、あなたがナンバーワンになれるよう頑張ればいいだけじゃないの」
言いがかりをつけられたマリーはたまったものではない。つい頭に来て、アンナの努力が足りないかの如く言い返してしまった。
「なんて言い方。何様のつもり? 姉さんだからって許さないわ、この泥棒猫」
「いいわよ、来なさいよ」
マリーに挑発されたアンナは、マリーのコスチュームに掴みかかる。
(どちらも負けるな!)
ミニスカポリスとSM女王の戦い。そんな夢のカードに、雄二は心を躍らせた。
「きゃっ! 服が破れちゃったじゃないのよ。あんたのもこうしてやる」
「やったわね。お返しよ」
アンナとマリーがやり合う度に、二人の肌色の面積が増していく。
(こ、これは……すごい)
二人の戦いの激しさに、雄二の興奮度は限界に近づいていった。
「雄二さんは渡さない」
「あら、雄二さんと絶頂に達するのは私よ」
二人が雄二の方を振り向いた瞬間、雄二がうめき声を発した。
「うっ!」
「あっ、雄二さん。いっちゃったの?」
「な、なんてこと……」
雄二は一人で果ててしまっていた。
即興三語小説 第100回投稿作品
▲必須お題:「負けるな」「美しすぎて、何が悪い」「最後の一枚」
▲縛り:100回記念で、縛りはありません
▲任意お題:「美しすぎる罪で逮捕する」「菫の砂糖漬け」「木下闇」「ぽぽぽぽーん」「鼻からうどんを垂らす根性なし」
闇鍋クライシス ― 2011年03月31日 00時01分25秒
大学のカフェテリアでサークルの仲間とお茶をしている駿一の携帯に、メールが届いた。
「ごめん、メールだ」
駿一は皆に断わり、自分の携帯を取り出す。メールの差出人は駿一のバイト先の居酒屋の店主、みどりさんからだった。
――なんだろう。今夜のバイトはいつもの時間より早く来いとか?
駿一が恐る恐るメールの中身を見ると、そこには次のように書かれていた。
『今宵闇鍋計画中、お願い紹介入店希望者』
何故に漢字だらけのメール、と思いつつ、駿一は『闇鍋』という単語に目を奪われる。
――ついにあの闇鍋が完成したんだ!
メールを見ながら表情をほころばせている駿一に、向かいに座っていた正人が興味深そうに声をかけた。
「なんだよ、駿一。なにかいいことでもあったのかよ?」
「みどりさんからメールなんだけど、新メニューが完成したらしい」
「誰ぇ、みどりさんって?」
今度は斜め右横に座る鈴音がいぶかしそうな目つきで駿一に質問する。すると正人がここぞとばかりに意地悪そうな声で説明した。
「何、気になる? みどりさんってのはよ、コイツの大切な女性なんだぜ」
「おいおい正人。いい加減なこと言うなよ」
駿一は顔を赤くしながら弁明する。
「みどりさんって僕のバイト先の居酒屋の店長。すごくお世話になっているから大切な方には変わりはないけど、付き合ってるとかそんなんじゃないから」
「ふーん」
鈴音は納得したようなしないような表情で鼻を鳴らす。
「そうだ駿一、その新メニューって何なんだよ」
「それが聞いて驚くな。なんと闇鍋なんだ」
すると正人は呆れた顔をした。
「闇鍋って、中に何が入っているか分からないってやつか? そんなものお店で出して大丈夫なのかよ」
「私だって嫌だわ。トマトとか靴下とか入ってたら最悪じゃない」
「鈴音、お前今までどんな闇鍋体験してきたんだよ」
鈴音が語る闇鍋の具材に、すかさず突っ込みを入れる正人。
「あはははは、大丈夫、大丈夫。入っているのは食べられるものだけだよ。僕の予想では、季節の野菜とか、店長のお勧め具材を使っているお楽しみメニューだと思うんだけど。蓋を開けるまで中身が分からないという意味でね」
そして駿一は二人の顔を改めて見ながら提案する。
「その闇鍋が完成したから人を呼んでほしいってメールだったんだけど、二人とも来る?」
すると鈴音が返事をする。
「私行く。そのみどりさんにも会ってみたいし」
「正人は?」
「お、俺は……。なんだよ二人のその冷たい視線は。行くよ、行けばいいんだろ」
こうしてその日の駿一達の夕食は、居酒屋『みどり』で闇鍋を試食することになった。
居酒屋『みどり』は、六畳くらいのお座敷とカウンターがあるだけの小ぢんまりとした居酒屋だった。普段は、みどりさんとバイトだけで店を回している。駿一は週に三回のローテーションでバイトに入っており、バイトの日は晩御飯もご馳走になっていた。残り物ももらって朝食にしていたので、みどりさんには何かとお世話になっているのだ。
「いらっしゃい、今晩は駿一君達の貸切よ」
店を訪れた駿一、正人、鈴音の三人に、みどりさんがカウンターから微笑んだ。
みどりさんは、理化学機器メーカーに五年間勤めた後、急に会社を辞めて居酒屋を開いたという異色の経歴の持ち主だ。だから大学の工学部に通う駿一とも話が合う。居酒屋を始めたのも、女性の利点を活かした仕事をしたいということだったらしく、『女手弁当』とか『お袋鍋』とか日々変わったメニューを開発していた。
「それで今夜の闇鍋って、中身は何なんですか?」
「駿一君、君は闇鍋ってものを分かってないわね。中身が事前にわかっちゃったら闇鍋でもなんでもないじゃない。蓋を開けるまでのお楽しみよ」
意地悪そうに笑いながら、みどりさんは金属製の重厚なお鍋を駿一達が座る座敷に運んできた。
「えっ、土鍋じゃないんですか?」
駿一が驚くとみどりさんは平然と言い放つ。
「これは私が開発した特殊な鍋よ。そんなことよりも駿一君、まずはお友達を紹介してくれないかしら」
「わかりました。では……」
改まって正座をした駿一に従い、正人と鈴音もいそいそと正座をする。
「二人ともサークルの友人で、鈴音さんと正人」
手振りを添えて駿一が二人を紹介すると、まず鈴音がお辞儀をした。
「初めまして。今晩はご馳走になります」
「鈴音さんね。可愛い娘じゃない、駿一君も隅に置けないわね」
すると鈴音はちょっと嬉しそうな顔をした。
「み、みどりさん。そんなんじゃないですから。そしてこっちが正人」
駿一は赤くなる顔を隠すように正人を紹介する。
「お久しぶりです、みどりさん」
実は正人は何度かこの店に来たことがある。
「あら、正人君じゃない。最近ご無沙汰してるわね。いつでも夕飯を食べに来てちょうだい」
みどりさんも正人のことを覚えていてくれたようだ。そしてみどりさんは座敷のテーブルのカセットコンロの上に金属製の鍋を置いた。
「さっきも言ったけど、この鍋はね、ものすごく特殊な鍋なの。加熱しすぎに注意してね。だし汁を加えながら温度を一定に保って使うのよ。じゃあ、ごゆっくり」
そう言いながらみどりさんはカセットコンロに火を付けた。そしてカウンターに戻ろうとすると、その後姿に駿一が声をかけた。
「みどりさん、部屋は暗くしなくていいんですか?」
「大丈夫よ。その鍋は闇鍋専用の鍋だから」
いや、闇鍋用の鍋を使うから闇鍋なんじゃなくて部屋を暗くするから闇鍋なんじゃないかと、三人は顔を見合わせる。
「闇鍋って、部屋を真っ暗にするから闇鍋じゃないんですか?」
今度は鈴音がみどりさんに向かって質問する。
「あははは。それが暗くしなくても大丈夫なのよ。いいから蓋を開けてみなさい。具材はあらかじめ煮込んであるから、もう食べれるわよ」
「それじゃあ……」
正人が鍋の蓋を掴む。そしてゴクリと唾を飲み込むと、意を決して蓋を開けた。
「えっ!?」
「なにこれ!」
「マジ?」
三人は一斉に驚きの声を上げる。
鍋の中には文字通り深い闇が広がっていたのだ。
「すげえ!」
「正に闇鍋だわ」
「中身が全く見えねえ……」
鍋の中は本当に真っ暗で、中に何が入っているのか全く見えない。ぐつぐつと何かが煮える音だけが闇の中から聞こえて来るのは、なんとも不気味だった。
それはまるで、鍋の中に宇宙が広がっているような風景。
「じゃあ、僕から行くよ」
駿一は先頭を切って、恐る恐る菜箸を鍋の中に入れた。
「うわっ、箸に何か当たった。中に何かが入ってるよ」
「そりゃそうだろ、鍋なんだから。おい、駿一。中のものは食べられそうか?」
「そんなのわかんないよ。なんかぐにゃぐにゃしているものが多いけど……、おっ、これは固い。箸が刺さるぞ」
「じゃあ、それを取ってみてよ」
鈴音も興味津々だ。
「わかった」
駿一が菜箸を上げると、マジックのように闇の中から具材が姿を現した。それはよく煮えた大根だった。
「どうだ駿一。それは食べられる大根か?」
「匂いは美味しそうだけど……」
駿一は取り皿に大根を移し、自分の箸で大根を崩して一切れ口に運ぶ。
「うまい。これはおでんの大根だよ。大丈夫、鈴音も取ってみな」
「……う、うん」
鈴音は駿一から菜箸を受け取ると、恐る恐る鍋の中に入れた。
「ホントだ。なんかぐにゃぐにゃしたものばかりね。あっ、これは特に柔らかい」
そう言いながら鈴音が取り出したものは、はんぺんだった。
「じゃあ、次は俺な。餅入り巾着、餅入り巾着と……」
正人が取ったのはがんもどき。どうやら鍋の中身は普通のおでんのようだ。
「どう、その鍋面白いでしょ」
にこやかな顔をしてみどりさんが戻ってきた。
「これ、すごく面白いです。いったいどんな仕組みになっているんですか?」
興奮しながら駿一が尋ねると、みどりさんは得意げに説明を始める。
「ふふふふ。この鍋はね、私が前に居た会社の新開発品『闇ガス』を使ってるのよ。光を吸収する性質を持ってるの。その闇ガスが鍋の中に入ってるのよ」
「だからこの鍋はこんなにごっついのか」
「そしてね、鍋の内側はガラスになってるの。鍋の内側に入った光がすべて闇ガスに吸収されるようにね。そうすると鍋の中はこんな風に闇状態になるのよ」
「すげえ、そんな仕組みだったのか」
正人も目を丸くする。
「中身はもう分かっちゃったと思うけど、お店で出しているいつものおでんよ。だから安心して食べて頂戴ね。でもこうやって食べると普通のおでんだって楽しいでしょ」
「みどりさんって素敵です」
鈴音はうっとりとみどりさんを見つめていた。
「いやね、照れるわよ。じゃあ駿一君、私は二十分くらい出てくるからあとは任せたわよ。皆さん、ごゆっくり」
そう言ってみどりさんはお店を出て行った。
駿一達がおでんでお腹が膨れてくつろぎ始めた頃、突然鈴音が怪訝な顔をした。
「ねえ、今何かパリンって音がしなかった?」
「いや、気付かなかったけど……」
すると正人が叫びながら鍋を指さす。
「お、おい、駿一。鍋のフチから蒸気みたいのが出てるぜ」
「まずい。おい正人、火を消せ」
正人は素早くカセットコンロの火を消す。しかし、蒸気みたいなものは相変わらず鍋から出続けていた。
「そういえばみどりさん、鍋の加熱しすぎに注意って言ってたような気がするわ」
「じゃあ、だし汁で冷やさなくちゃ」
駿一がテーブルの上のだし汁の容器を掴むと、中身はすでに空だった。
「僕、カウンターからだし汁を取ってくる」
「おい駿一、こんな時にそんなこと言ってる場合じゃねえぞ。冷やせるものなら何だっていいじゃねえか」
「ダメだよ、だし汁じゃなきゃ、中のものが美味しく食べられなくなっちゃうじゃん」
「駿一君も正人君も今は言い争ってる場合じゃないわよ。早く鍋を冷やさなきゃ、なんだか大変なことになりそうよ」
鈴音が見つめる部分の蒸気は、色が白から黒に変わりつつあった。それは鍋の中から闇ガスが漏れ出ている証拠だ。事態は悪い方向に転がっていた。
そうこうしているうちに、今度はバリンと大きな音がした。鍋が弾けたのだ。それと同時に居酒屋は真っ暗になって駿一達は視界を失った。
「なんだ、真っ暗だぞ」
「何も見えない……」
「闇ガスが漏れ出したのよ」
「おい、みんな怪我はないか?」 「大丈夫よ。きゃっ、誰? どさくさに紛れてどこ触ってんのよ、この鬼畜生!」
「ご、誤解だよ。俺じゃない」
「僕でもないよ。それよりとにかく店から出ようよ」
「わかったわよ。触った人は後で覚悟しなさいよね」
ぶつぶつと不満を漏らす鈴音を諭しながら、駿一達は手探りで前に進み、やっとのことで店の扉を見つけた。
「やっと外に出れるよ」
駿一が扉を開けると同時に、皆の視界に光が戻った。
「娑婆がこんなに明るいとは思わなかったぜ」
「ホント、お月様がまぶしいわ」
居酒屋『みどり』の前に立ち尽くす三人を月明かりが照らしていた。
即興三語小説 第99回投稿作品
▲必須お題:「介入」「宵闇」「計画」
▲縛り:「必須お題を、一文で全て消化する」「現代以外を舞台にする」
▲任意お題:「鬼畜生」「お月様がまぶしい」「手弁当」
「ごめん、メールだ」
駿一は皆に断わり、自分の携帯を取り出す。メールの差出人は駿一のバイト先の居酒屋の店主、みどりさんからだった。
――なんだろう。今夜のバイトはいつもの時間より早く来いとか?
駿一が恐る恐るメールの中身を見ると、そこには次のように書かれていた。
『今宵闇鍋計画中、お願い紹介入店希望者』
何故に漢字だらけのメール、と思いつつ、駿一は『闇鍋』という単語に目を奪われる。
――ついにあの闇鍋が完成したんだ!
メールを見ながら表情をほころばせている駿一に、向かいに座っていた正人が興味深そうに声をかけた。
「なんだよ、駿一。なにかいいことでもあったのかよ?」
「みどりさんからメールなんだけど、新メニューが完成したらしい」
「誰ぇ、みどりさんって?」
今度は斜め右横に座る鈴音がいぶかしそうな目つきで駿一に質問する。すると正人がここぞとばかりに意地悪そうな声で説明した。
「何、気になる? みどりさんってのはよ、コイツの大切な女性なんだぜ」
「おいおい正人。いい加減なこと言うなよ」
駿一は顔を赤くしながら弁明する。
「みどりさんって僕のバイト先の居酒屋の店長。すごくお世話になっているから大切な方には変わりはないけど、付き合ってるとかそんなんじゃないから」
「ふーん」
鈴音は納得したようなしないような表情で鼻を鳴らす。
「そうだ駿一、その新メニューって何なんだよ」
「それが聞いて驚くな。なんと闇鍋なんだ」
すると正人は呆れた顔をした。
「闇鍋って、中に何が入っているか分からないってやつか? そんなものお店で出して大丈夫なのかよ」
「私だって嫌だわ。トマトとか靴下とか入ってたら最悪じゃない」
「鈴音、お前今までどんな闇鍋体験してきたんだよ」
鈴音が語る闇鍋の具材に、すかさず突っ込みを入れる正人。
「あはははは、大丈夫、大丈夫。入っているのは食べられるものだけだよ。僕の予想では、季節の野菜とか、店長のお勧め具材を使っているお楽しみメニューだと思うんだけど。蓋を開けるまで中身が分からないという意味でね」
そして駿一は二人の顔を改めて見ながら提案する。
「その闇鍋が完成したから人を呼んでほしいってメールだったんだけど、二人とも来る?」
すると鈴音が返事をする。
「私行く。そのみどりさんにも会ってみたいし」
「正人は?」
「お、俺は……。なんだよ二人のその冷たい視線は。行くよ、行けばいいんだろ」
こうしてその日の駿一達の夕食は、居酒屋『みどり』で闇鍋を試食することになった。
居酒屋『みどり』は、六畳くらいのお座敷とカウンターがあるだけの小ぢんまりとした居酒屋だった。普段は、みどりさんとバイトだけで店を回している。駿一は週に三回のローテーションでバイトに入っており、バイトの日は晩御飯もご馳走になっていた。残り物ももらって朝食にしていたので、みどりさんには何かとお世話になっているのだ。
「いらっしゃい、今晩は駿一君達の貸切よ」
店を訪れた駿一、正人、鈴音の三人に、みどりさんがカウンターから微笑んだ。
みどりさんは、理化学機器メーカーに五年間勤めた後、急に会社を辞めて居酒屋を開いたという異色の経歴の持ち主だ。だから大学の工学部に通う駿一とも話が合う。居酒屋を始めたのも、女性の利点を活かした仕事をしたいということだったらしく、『女手弁当』とか『お袋鍋』とか日々変わったメニューを開発していた。
「それで今夜の闇鍋って、中身は何なんですか?」
「駿一君、君は闇鍋ってものを分かってないわね。中身が事前にわかっちゃったら闇鍋でもなんでもないじゃない。蓋を開けるまでのお楽しみよ」
意地悪そうに笑いながら、みどりさんは金属製の重厚なお鍋を駿一達が座る座敷に運んできた。
「えっ、土鍋じゃないんですか?」
駿一が驚くとみどりさんは平然と言い放つ。
「これは私が開発した特殊な鍋よ。そんなことよりも駿一君、まずはお友達を紹介してくれないかしら」
「わかりました。では……」
改まって正座をした駿一に従い、正人と鈴音もいそいそと正座をする。
「二人ともサークルの友人で、鈴音さんと正人」
手振りを添えて駿一が二人を紹介すると、まず鈴音がお辞儀をした。
「初めまして。今晩はご馳走になります」
「鈴音さんね。可愛い娘じゃない、駿一君も隅に置けないわね」
すると鈴音はちょっと嬉しそうな顔をした。
「み、みどりさん。そんなんじゃないですから。そしてこっちが正人」
駿一は赤くなる顔を隠すように正人を紹介する。
「お久しぶりです、みどりさん」
実は正人は何度かこの店に来たことがある。
「あら、正人君じゃない。最近ご無沙汰してるわね。いつでも夕飯を食べに来てちょうだい」
みどりさんも正人のことを覚えていてくれたようだ。そしてみどりさんは座敷のテーブルのカセットコンロの上に金属製の鍋を置いた。
「さっきも言ったけど、この鍋はね、ものすごく特殊な鍋なの。加熱しすぎに注意してね。だし汁を加えながら温度を一定に保って使うのよ。じゃあ、ごゆっくり」
そう言いながらみどりさんはカセットコンロに火を付けた。そしてカウンターに戻ろうとすると、その後姿に駿一が声をかけた。
「みどりさん、部屋は暗くしなくていいんですか?」
「大丈夫よ。その鍋は闇鍋専用の鍋だから」
いや、闇鍋用の鍋を使うから闇鍋なんじゃなくて部屋を暗くするから闇鍋なんじゃないかと、三人は顔を見合わせる。
「闇鍋って、部屋を真っ暗にするから闇鍋じゃないんですか?」
今度は鈴音がみどりさんに向かって質問する。
「あははは。それが暗くしなくても大丈夫なのよ。いいから蓋を開けてみなさい。具材はあらかじめ煮込んであるから、もう食べれるわよ」
「それじゃあ……」
正人が鍋の蓋を掴む。そしてゴクリと唾を飲み込むと、意を決して蓋を開けた。
「えっ!?」
「なにこれ!」
「マジ?」
三人は一斉に驚きの声を上げる。
鍋の中には文字通り深い闇が広がっていたのだ。
「すげえ!」
「正に闇鍋だわ」
「中身が全く見えねえ……」
鍋の中は本当に真っ暗で、中に何が入っているのか全く見えない。ぐつぐつと何かが煮える音だけが闇の中から聞こえて来るのは、なんとも不気味だった。
それはまるで、鍋の中に宇宙が広がっているような風景。
「じゃあ、僕から行くよ」
駿一は先頭を切って、恐る恐る菜箸を鍋の中に入れた。
「うわっ、箸に何か当たった。中に何かが入ってるよ」
「そりゃそうだろ、鍋なんだから。おい、駿一。中のものは食べられそうか?」
「そんなのわかんないよ。なんかぐにゃぐにゃしているものが多いけど……、おっ、これは固い。箸が刺さるぞ」
「じゃあ、それを取ってみてよ」
鈴音も興味津々だ。
「わかった」
駿一が菜箸を上げると、マジックのように闇の中から具材が姿を現した。それはよく煮えた大根だった。
「どうだ駿一。それは食べられる大根か?」
「匂いは美味しそうだけど……」
駿一は取り皿に大根を移し、自分の箸で大根を崩して一切れ口に運ぶ。
「うまい。これはおでんの大根だよ。大丈夫、鈴音も取ってみな」
「……う、うん」
鈴音は駿一から菜箸を受け取ると、恐る恐る鍋の中に入れた。
「ホントだ。なんかぐにゃぐにゃしたものばかりね。あっ、これは特に柔らかい」
そう言いながら鈴音が取り出したものは、はんぺんだった。
「じゃあ、次は俺な。餅入り巾着、餅入り巾着と……」
正人が取ったのはがんもどき。どうやら鍋の中身は普通のおでんのようだ。
「どう、その鍋面白いでしょ」
にこやかな顔をしてみどりさんが戻ってきた。
「これ、すごく面白いです。いったいどんな仕組みになっているんですか?」
興奮しながら駿一が尋ねると、みどりさんは得意げに説明を始める。
「ふふふふ。この鍋はね、私が前に居た会社の新開発品『闇ガス』を使ってるのよ。光を吸収する性質を持ってるの。その闇ガスが鍋の中に入ってるのよ」
「だからこの鍋はこんなにごっついのか」
「そしてね、鍋の内側はガラスになってるの。鍋の内側に入った光がすべて闇ガスに吸収されるようにね。そうすると鍋の中はこんな風に闇状態になるのよ」
「すげえ、そんな仕組みだったのか」
正人も目を丸くする。
「中身はもう分かっちゃったと思うけど、お店で出しているいつものおでんよ。だから安心して食べて頂戴ね。でもこうやって食べると普通のおでんだって楽しいでしょ」
「みどりさんって素敵です」
鈴音はうっとりとみどりさんを見つめていた。
「いやね、照れるわよ。じゃあ駿一君、私は二十分くらい出てくるからあとは任せたわよ。皆さん、ごゆっくり」
そう言ってみどりさんはお店を出て行った。
駿一達がおでんでお腹が膨れてくつろぎ始めた頃、突然鈴音が怪訝な顔をした。
「ねえ、今何かパリンって音がしなかった?」
「いや、気付かなかったけど……」
すると正人が叫びながら鍋を指さす。
「お、おい、駿一。鍋のフチから蒸気みたいのが出てるぜ」
「まずい。おい正人、火を消せ」
正人は素早くカセットコンロの火を消す。しかし、蒸気みたいなものは相変わらず鍋から出続けていた。
「そういえばみどりさん、鍋の加熱しすぎに注意って言ってたような気がするわ」
「じゃあ、だし汁で冷やさなくちゃ」
駿一がテーブルの上のだし汁の容器を掴むと、中身はすでに空だった。
「僕、カウンターからだし汁を取ってくる」
「おい駿一、こんな時にそんなこと言ってる場合じゃねえぞ。冷やせるものなら何だっていいじゃねえか」
「ダメだよ、だし汁じゃなきゃ、中のものが美味しく食べられなくなっちゃうじゃん」
「駿一君も正人君も今は言い争ってる場合じゃないわよ。早く鍋を冷やさなきゃ、なんだか大変なことになりそうよ」
鈴音が見つめる部分の蒸気は、色が白から黒に変わりつつあった。それは鍋の中から闇ガスが漏れ出ている証拠だ。事態は悪い方向に転がっていた。
そうこうしているうちに、今度はバリンと大きな音がした。鍋が弾けたのだ。それと同時に居酒屋は真っ暗になって駿一達は視界を失った。
「なんだ、真っ暗だぞ」
「何も見えない……」
「闇ガスが漏れ出したのよ」
「おい、みんな怪我はないか?」 「大丈夫よ。きゃっ、誰? どさくさに紛れてどこ触ってんのよ、この鬼畜生!」
「ご、誤解だよ。俺じゃない」
「僕でもないよ。それよりとにかく店から出ようよ」
「わかったわよ。触った人は後で覚悟しなさいよね」
ぶつぶつと不満を漏らす鈴音を諭しながら、駿一達は手探りで前に進み、やっとのことで店の扉を見つけた。
「やっと外に出れるよ」
駿一が扉を開けると同時に、皆の視界に光が戻った。
「娑婆がこんなに明るいとは思わなかったぜ」
「ホント、お月様がまぶしいわ」
居酒屋『みどり』の前に立ち尽くす三人を月明かりが照らしていた。
即興三語小説 第99回投稿作品
▲必須お題:「介入」「宵闇」「計画」
▲縛り:「必須お題を、一文で全て消化する」「現代以外を舞台にする」
▲任意お題:「鬼畜生」「お月様がまぶしい」「手弁当」
へちまは夜眠る ― 2011年03月08日 20時56分20秒
二○一×年。
静岡県浜松市にて、幅が三十センチを超える超扁平なへちまが発見された。場所は、へちまたわしを作っている農家の農園内。突然変異と考えられるが、農家ではその種から超扁平たわしを増やすことに成功した。
扁平へちまをたわしと同じ方法で乾燥させると、幅三十センチ、長さ五十センチのへちまマットが誕生した。農家では最初、バスマットとして売り出してみたが、売り上げはさっぱり。困った農家は、やけくそでトートバッグを作ってみた。しかしそれが大ヒット。
『柔らかくて膨張性があるわりにはかなり丈夫で手触りもよい。そして、バッグの中身がチラチラと見えるのもお洒落』
女性雑誌でそう紹介されたのが決め手だった。へちまトートバッグはバカ売れし、超扁平へちまの在庫はあっと言う間に無くなった。
それと同時にへちまという自然素材が見直され、次々とへちまを使った商品が開発される。遺伝子操作も行われて、新種のへちまも作り出された。
いわゆる、へちまブームの到来だ。
どんどんと巨大化したへちまが生み出され、その硬さも自在にコントロールすることが可能となった。強度を増したへちまはいろいろなものに細工され、ついにはロッキングチェアーまで作られることになった。
そして、ブームに乗ろうとへちまの栽培に乗り出したある製薬会社の研究所で事件は起きた。
「お、おまえだったのか。研究室に忍び込んだ奴とは」
警備員から不審者を見かけたという通報を受け、俺は研究室に泊まりこんで見張りを続けていた。そして三日目の夜、研究室に侵入したそいつを捕まえたのだ。
「そうですよ、先輩。お久しぶりです」
そいつは三ヶ月前に会社を辞めた後輩だった。名を浩次という。正体がばれて開き直ったのか、あっけらかんとした浩次の受け答えに俺はつい頭に血が上ってしまった。
「なんだその言い草は。お前一人のために俺達の時間がどれだけ無駄になったと思ってるんだ」
浩次が忍び込んだ研究室は、会社の命運をかけてへちまの遺伝子操作を行っている実験室だった。極秘情報が社外に漏れたかもしれないという危機に、俺達当事者は東奔西走するハメになったのだ。
「どうせ俺は、もうすぐ消えてしまう身なんです。先輩、ここは慈悲深く見逃してくれませんか?」
噂によると、浩次が会社を辞めたのは深刻な病気が見つかったからという。
「も、もうすぐ消えるって、お前、どういうことなんだ?」
病気のことは聞いてはいけないと思いながら、俺は聞かずにはいられなかった。すると浩次は急に笑い出す。
「あはははは。先輩、俺は末期ガンなんですよ。あと数週間の命なんです。ここで見逃してくれないと先輩のこと呪いますよ。祟りじゃってね」
病気ってそういうことだったのか。しかしここは素直に見逃すわけにもいかない。そんなことをしたら俺達は明日の晩も張り込みをしなくてはならなくなる。
「そんなお前が何で研究室なんかに忍び込むんだよ。何か研究でやり残したことでもあるのか?」
「まあ、そんなもんですよ」
浩次は少し辛そうに息を吐きながら椅子に腰掛ける。病気というのはまんざら嘘では無さそうだ。
「いや、やはりお前を見逃すわけにはいかない。申し訳ないが、明日の朝まで休養室で監禁させてもらう。いいな」
「……」
浩次は何も答えず、ただ研究室の天井をぼんやりと眺めていた。
我が社ではへちまブームに乗って遺伝子操作による巨大へちまの開発を行っていた。そしてその過程にてある重大な発見をしたのだ。
――巨大へちまから取れるへちま水は、若返りを本当に実現する。
もしかしたら浩次は、そのへちま水を自分の病気に使ってみたかったんじゃないだろうか。
浩次を監禁した休養室のドアを見ながら、俺は考える。明日の朝になったら浩次に直接聞いてみよう。そして、会社のお偉いさん方に彼の扱いを委ねたら、俺の役割はとりあえずはおしまいだ。彼が警察に突き出されようが、慈悲深く見逃されようが俺には関係ない。その後は家に帰ってぐっすり眠ることができる。
少し安心した俺はついうとうとしてしまい、休養室での物音に気がつくことはなかった。
朝、俺が休養室のドアを開けると、浩次は死んでいた。棚にシャツを引っ掛けて首を吊っていたのだ。
浩次の死は穏便に処理された。警察は、ただの自殺ということで彼の死を扱ってくれた。忘れ物を取りに元の職場を訪問した彼は社内で倒れ、運び込まれた休養室で病気を苦にして自殺した、という俺の証言を信じて。
あれから四ヶ月。
実験室の巨大へちまは二メートルぐらいの大きさにまで生長していた。これは世界最大の大きさだ。
「浩次。お前はいったいこの部屋で何をやっていたんだ?」
彼の死後、俺は彼のアパートの掃除を手伝った。そして部屋の片付けをしながら、彼が最期に何をしようとしていたのかを探った。しかし結局何も分からなかった。
「このへちまから取れるへちま水は、お前を救えたかもしれないのに……」
俺は巨大に育ったへちまを優しくなでる。すると突然手から伝わってきた得体の知れない違和感に俺は腰を抜かす。
「何!?」
へちまに密着させた掌から、ドクドクという心臓のような鼓動が伝わってきたのだ。
「ま、まさか……」
へちまの中から『祟りじゃ』という声が聞こえてくるような気がした。彼が残した最期のあの声で。
即興三語小説 第97回投稿作品
▲お題:「操作」「へちま」「椅子」
▲縛り: 「何かが連鎖する話にする(何かは任意)」
▲任意お題:「お、おまえだったのか」「祟りじゃ」「あっけらかん」「細工」
静岡県浜松市にて、幅が三十センチを超える超扁平なへちまが発見された。場所は、へちまたわしを作っている農家の農園内。突然変異と考えられるが、農家ではその種から超扁平たわしを増やすことに成功した。
扁平へちまをたわしと同じ方法で乾燥させると、幅三十センチ、長さ五十センチのへちまマットが誕生した。農家では最初、バスマットとして売り出してみたが、売り上げはさっぱり。困った農家は、やけくそでトートバッグを作ってみた。しかしそれが大ヒット。
『柔らかくて膨張性があるわりにはかなり丈夫で手触りもよい。そして、バッグの中身がチラチラと見えるのもお洒落』
女性雑誌でそう紹介されたのが決め手だった。へちまトートバッグはバカ売れし、超扁平へちまの在庫はあっと言う間に無くなった。
それと同時にへちまという自然素材が見直され、次々とへちまを使った商品が開発される。遺伝子操作も行われて、新種のへちまも作り出された。
いわゆる、へちまブームの到来だ。
どんどんと巨大化したへちまが生み出され、その硬さも自在にコントロールすることが可能となった。強度を増したへちまはいろいろなものに細工され、ついにはロッキングチェアーまで作られることになった。
そして、ブームに乗ろうとへちまの栽培に乗り出したある製薬会社の研究所で事件は起きた。
「お、おまえだったのか。研究室に忍び込んだ奴とは」
警備員から不審者を見かけたという通報を受け、俺は研究室に泊まりこんで見張りを続けていた。そして三日目の夜、研究室に侵入したそいつを捕まえたのだ。
「そうですよ、先輩。お久しぶりです」
そいつは三ヶ月前に会社を辞めた後輩だった。名を浩次という。正体がばれて開き直ったのか、あっけらかんとした浩次の受け答えに俺はつい頭に血が上ってしまった。
「なんだその言い草は。お前一人のために俺達の時間がどれだけ無駄になったと思ってるんだ」
浩次が忍び込んだ研究室は、会社の命運をかけてへちまの遺伝子操作を行っている実験室だった。極秘情報が社外に漏れたかもしれないという危機に、俺達当事者は東奔西走するハメになったのだ。
「どうせ俺は、もうすぐ消えてしまう身なんです。先輩、ここは慈悲深く見逃してくれませんか?」
噂によると、浩次が会社を辞めたのは深刻な病気が見つかったからという。
「も、もうすぐ消えるって、お前、どういうことなんだ?」
病気のことは聞いてはいけないと思いながら、俺は聞かずにはいられなかった。すると浩次は急に笑い出す。
「あはははは。先輩、俺は末期ガンなんですよ。あと数週間の命なんです。ここで見逃してくれないと先輩のこと呪いますよ。祟りじゃってね」
病気ってそういうことだったのか。しかしここは素直に見逃すわけにもいかない。そんなことをしたら俺達は明日の晩も張り込みをしなくてはならなくなる。
「そんなお前が何で研究室なんかに忍び込むんだよ。何か研究でやり残したことでもあるのか?」
「まあ、そんなもんですよ」
浩次は少し辛そうに息を吐きながら椅子に腰掛ける。病気というのはまんざら嘘では無さそうだ。
「いや、やはりお前を見逃すわけにはいかない。申し訳ないが、明日の朝まで休養室で監禁させてもらう。いいな」
「……」
浩次は何も答えず、ただ研究室の天井をぼんやりと眺めていた。
我が社ではへちまブームに乗って遺伝子操作による巨大へちまの開発を行っていた。そしてその過程にてある重大な発見をしたのだ。
――巨大へちまから取れるへちま水は、若返りを本当に実現する。
もしかしたら浩次は、そのへちま水を自分の病気に使ってみたかったんじゃないだろうか。
浩次を監禁した休養室のドアを見ながら、俺は考える。明日の朝になったら浩次に直接聞いてみよう。そして、会社のお偉いさん方に彼の扱いを委ねたら、俺の役割はとりあえずはおしまいだ。彼が警察に突き出されようが、慈悲深く見逃されようが俺には関係ない。その後は家に帰ってぐっすり眠ることができる。
少し安心した俺はついうとうとしてしまい、休養室での物音に気がつくことはなかった。
朝、俺が休養室のドアを開けると、浩次は死んでいた。棚にシャツを引っ掛けて首を吊っていたのだ。
浩次の死は穏便に処理された。警察は、ただの自殺ということで彼の死を扱ってくれた。忘れ物を取りに元の職場を訪問した彼は社内で倒れ、運び込まれた休養室で病気を苦にして自殺した、という俺の証言を信じて。
あれから四ヶ月。
実験室の巨大へちまは二メートルぐらいの大きさにまで生長していた。これは世界最大の大きさだ。
「浩次。お前はいったいこの部屋で何をやっていたんだ?」
彼の死後、俺は彼のアパートの掃除を手伝った。そして部屋の片付けをしながら、彼が最期に何をしようとしていたのかを探った。しかし結局何も分からなかった。
「このへちまから取れるへちま水は、お前を救えたかもしれないのに……」
俺は巨大に育ったへちまを優しくなでる。すると突然手から伝わってきた得体の知れない違和感に俺は腰を抜かす。
「何!?」
へちまに密着させた掌から、ドクドクという心臓のような鼓動が伝わってきたのだ。
「ま、まさか……」
へちまの中から『祟りじゃ』という声が聞こえてくるような気がした。彼が残した最期のあの声で。
即興三語小説 第97回投稿作品
▲お題:「操作」「へちま」「椅子」
▲縛り: 「何かが連鎖する話にする(何かは任意)」
▲任意お題:「お、おまえだったのか」「祟りじゃ」「あっけらかん」「細工」
萌子、変身! ― 2011年03月02日 22時19分23秒
「ねえ、杏子。良かったら私も一緒に働いてみたいんだけど……」
バイトに行こうとしたら、親友の萌子が声をかけてきた。
「えっ?」
私は驚きの声を上げる。というのも、私がバイトしているお店は萌子とは無縁の場所と認識していたからだ。
「本当にいいの? 私のバイト先って知ってるよね?」
「ツンデレカフェでしょ」
そうだ、私はツンデレカフェで働いている。
ツンデレカフェ――初対面の人にはツンツンと素っ気無く振る舞い、常連客にはデレデレと親しくするカフェ。
丸っこい優しいフェイスラインが魅力的な超癒し系の萌子には、程遠い仕事と思っていた。
「萌子。ツンデレカフェがどんな仕事か知ってるよね?」
衣装だけを見て、その憧れで働きたいと言っているんじゃないかと私は疑う。確かにお店の衣装は可愛い。オーソドックスなメイド服だし、萌子がそれを着れば絶対に似合うと思う。でもツンデレカフェのメイドは、それだけではやっていけないのだ。
「知ってるわよ。初対面のお客にはツンツンしなきゃいけないんでしょ」
萌子は真剣な目をしている。
「それが意外と大変なのよ。客の顔を覚えてなきゃいけないし」
私も衣装が可愛いからついバイトを申し込んでしまったのだけど、始めてみて後悔した。まず、お客の顔を覚えなくてはいけない。初めてのお客さんにはキツく振る舞い、常連には優しく接する。そんな当たり前のツンデレを演出するためには、正確にお客の顔を覚えることが必要だ。
「私、そういうのって結構得意だから」
確かに萌子は記憶力はありそうだ。学校の成績だって萌子の方が良い。
「萌子。顔を覚えるだけではダメなの。どの客がどの頻度で来ているのかもチェックしてなきゃならないのよ」
私が働いているお店では、足が遠のいた常連には冷たくするという高度な技が要求される。せっかくデレ状態になったメイドに冷たくされたくないという一心で通いつめる有難いお客さんがいるからだ。
「それくらい、余裕よ」
うーむ、萌子の記憶力なら大丈夫そうだ。私にとっては、客が通う頻度まで覚えるのはとても大変なんだけど。
「それにツンツンするのは結構キツイわよ。性格歪んだって知らないから」
すると萌子はちょっと不安そうな顔をした。
「そうね。でもね、私、それが目的なの。私ってタレ目でいかにも癒し系って顔してるでしょ」
「それが萌子の持ち味じゃないのさ」
「だから嫌なの。なんかバカにされているみたいで。杏子みたいな目力を身につけたいのよ」
えー、私ってそんなに視線がキツイかしら……。
「客にツンツンするだけじゃダメなのよ。変な要求をしてくる客だっているんだから」
すると萌子の顔が曇った。
「えっ? そんなことってあるの」
「あるわよ。この間なんて『私を踏んづけて下さい』って四つんばいになるお客がいたんだから」
「そ、それで、杏子はどうしたの?」
萌子は青ざめながら話を聞く。
「もちろん踏んづけてやったわよ。これでもかってくらい。こっちが調子に乗っていたら相手もつけあがってきて新たな要求をしてきたわ」
「そ、それは、ど、どんな……?」
萌子は震え始めた。
「今度は顔を踏んでくれっていうのよ。だから踏んでやったわ。バッチリぱんつを見られちゃったけどね」
「そ、それは忍耐が必要ね。わかった、やるわ。私、決心した」
さっきの話でどうして萌子が決心したのか不思議だったが、翌週から彼女も一緒のお店で働くことになった。
「あら、あんたも私に踏まれたいの?」
今日も萌子はバイトに励んでいる。超癒し系の萌子が豹変するのが最高との噂が口コミで広がり、萌子を指名するお客が後を絶えない。
「か、顔も踏んで下さいっ!」
「おほほほ、女王様ってお呼びなさい」
おいおい、萌子。あんた、お店を間違えてるわよ。ここはSMカフェじゃないから。それにお客だって下心満載だから。
予期せずして萌子の才能を発掘してしまった私は、そろそろこのお店もやめようかと思い始めた。
一時間で書く即興三語小説
▲お題:「歪んだ」「認識」「忍耐」
▲任意お題:「初対面」
バイトに行こうとしたら、親友の萌子が声をかけてきた。
「えっ?」
私は驚きの声を上げる。というのも、私がバイトしているお店は萌子とは無縁の場所と認識していたからだ。
「本当にいいの? 私のバイト先って知ってるよね?」
「ツンデレカフェでしょ」
そうだ、私はツンデレカフェで働いている。
ツンデレカフェ――初対面の人にはツンツンと素っ気無く振る舞い、常連客にはデレデレと親しくするカフェ。
丸っこい優しいフェイスラインが魅力的な超癒し系の萌子には、程遠い仕事と思っていた。
「萌子。ツンデレカフェがどんな仕事か知ってるよね?」
衣装だけを見て、その憧れで働きたいと言っているんじゃないかと私は疑う。確かにお店の衣装は可愛い。オーソドックスなメイド服だし、萌子がそれを着れば絶対に似合うと思う。でもツンデレカフェのメイドは、それだけではやっていけないのだ。
「知ってるわよ。初対面のお客にはツンツンしなきゃいけないんでしょ」
萌子は真剣な目をしている。
「それが意外と大変なのよ。客の顔を覚えてなきゃいけないし」
私も衣装が可愛いからついバイトを申し込んでしまったのだけど、始めてみて後悔した。まず、お客の顔を覚えなくてはいけない。初めてのお客さんにはキツく振る舞い、常連には優しく接する。そんな当たり前のツンデレを演出するためには、正確にお客の顔を覚えることが必要だ。
「私、そういうのって結構得意だから」
確かに萌子は記憶力はありそうだ。学校の成績だって萌子の方が良い。
「萌子。顔を覚えるだけではダメなの。どの客がどの頻度で来ているのかもチェックしてなきゃならないのよ」
私が働いているお店では、足が遠のいた常連には冷たくするという高度な技が要求される。せっかくデレ状態になったメイドに冷たくされたくないという一心で通いつめる有難いお客さんがいるからだ。
「それくらい、余裕よ」
うーむ、萌子の記憶力なら大丈夫そうだ。私にとっては、客が通う頻度まで覚えるのはとても大変なんだけど。
「それにツンツンするのは結構キツイわよ。性格歪んだって知らないから」
すると萌子はちょっと不安そうな顔をした。
「そうね。でもね、私、それが目的なの。私ってタレ目でいかにも癒し系って顔してるでしょ」
「それが萌子の持ち味じゃないのさ」
「だから嫌なの。なんかバカにされているみたいで。杏子みたいな目力を身につけたいのよ」
えー、私ってそんなに視線がキツイかしら……。
「客にツンツンするだけじゃダメなのよ。変な要求をしてくる客だっているんだから」
すると萌子の顔が曇った。
「えっ? そんなことってあるの」
「あるわよ。この間なんて『私を踏んづけて下さい』って四つんばいになるお客がいたんだから」
「そ、それで、杏子はどうしたの?」
萌子は青ざめながら話を聞く。
「もちろん踏んづけてやったわよ。これでもかってくらい。こっちが調子に乗っていたら相手もつけあがってきて新たな要求をしてきたわ」
「そ、それは、ど、どんな……?」
萌子は震え始めた。
「今度は顔を踏んでくれっていうのよ。だから踏んでやったわ。バッチリぱんつを見られちゃったけどね」
「そ、それは忍耐が必要ね。わかった、やるわ。私、決心した」
さっきの話でどうして萌子が決心したのか不思議だったが、翌週から彼女も一緒のお店で働くことになった。
「あら、あんたも私に踏まれたいの?」
今日も萌子はバイトに励んでいる。超癒し系の萌子が豹変するのが最高との噂が口コミで広がり、萌子を指名するお客が後を絶えない。
「か、顔も踏んで下さいっ!」
「おほほほ、女王様ってお呼びなさい」
おいおい、萌子。あんた、お店を間違えてるわよ。ここはSMカフェじゃないから。それにお客だって下心満載だから。
予期せずして萌子の才能を発掘してしまった私は、そろそろこのお店もやめようかと思い始めた。
一時間で書く即興三語小説
▲お題:「歪んだ」「認識」「忍耐」
▲任意お題:「初対面」
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