レイニーデイ~秘密の言葉に誘われて~ ― 2011年06月10日 20時19分07秒
『今日はレイニーデイだから、ねっ』
僕は聞いてしまった。梨奈が健にそっと耳打ちするのを。
さっきの休み時間のことだ。だから僕は授業に集中できなくなってしまった。
――何かの暗号か? 今日は雨なんて降りそうもないじゃないか。
窓の外は透き通るような青空。天気予報も終日晴れだった。
――まあ、噂の二人だもんな。
梨奈と健は最近付き合い始めたばかり。きっと、下校時に二人で寄る場所を示す暗号なのだろう。もしそうなら何処だろうか?
そんなことを考えていると、お昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「健、学食に行こうよ」
僕はいつものように健を食事に誘う。放課後の予定を知りたいという興味もあった。
「ごめん卓也。今日はちょっと用事があるんだ」
謝りながら健はそそくさと教室を出て行く。
――もしかして、さっきのレイニーデイって昼休みなのか?
悪いと思いながらも僕は健の後をつけて行った。
校庭に出た健は、隅っこにある大きなクスノキを目指している。初夏の日差しを遮るように空に伸びる青々とした葉。その心地良さそうな木陰に健は消えていった。
――もしかして梨奈が待っているとか?
僕はそっと近づき、桜の木に隠れて様子を伺う。やはりそこには梨奈が居た。
「さあ、お弁当を食べましょう」
木陰に座りながら梨奈が健に声をかける。どうやら二人は、校舎から見えない幹の影で一緒にお昼を食べているようだ。
すると健が顔を真っ赤にさせながら、
「きょ、今日はレイニーが先がいい」
と梨奈におねだりした。
――そうだ、レイニーデイって一体何のことだったんだ?
僕が二人の行動を凝視していると、
「もう、甘えんぼなんだから」
くすくすと笑いながら梨奈が足を崩す。スカートとニーソの間から白く柔らかそうな太腿が露わになった。
健は木陰に腰を下ろすと、静かに頭をその太腿に乗せる。
――な、なに! 膝枕?
そして梨奈は梨奈で静かに本を読み始めた。
僕は驚きながらも、膝枕とレイニーとの関連を考える。
――確かニーは『膝』だったな。レイは……『横たえる』か。だからレイニーで膝枕なのか!?
何だか変テコな英語だが、暗号の意味はきっとこれで間違いない。そう理解した僕は、こっ恥ずかしさと羨ましさに耐えられなくなり、背中がむず痒くなって体をくねらせた。その時――
「なんだ、お前も羨ましいのか?」
突然、頭の上から声がした。
見上げると、制服姿の女の子が木の枝に腰掛けていた。
それは、色黒で瞳がクリっとした活発そうな女の子だった。
「なんならあたしで試してみるか?」
女の子の体がふわりと宙に舞う。
――あっ、そんなに派手に飛び降りたら二人に気付かれるし、それにぱんつが……。
僕の不安を他所に、女の子はスパッツを穿いていて、じゃなかった、見事に無音で着地した。
そして梨奈の真似をして桜の木陰に座り、チラリと太腿を露わにする。
「さあ、来い!」
――いや、来いって言われたって戦闘じゃないんだから。
僕が躊躇していると、
「なんだ、試したくないのか? 膝枕」
と女の子は不満気に言った。
荒っぽい口調は照れ隠しだろう。その証拠に女の子は頬を赤らめている。僕は観念して桜の木の下に膝を着いた。
「じゃあ、お邪魔します」
初めての膝枕。
ドキドキしながら僕は女の子の太腿に頭を置く。
――うわっ、ス、スカートの裾が鼻に当たってるよ。
その中はスパッツと分かっていても心蔵が飛び出しそうになる。
「バカ、頭の向きが違う。こっちを向くんじゃない!」
赤い顔をさらに真っ赤にして女の子が怒る。
僕は慌てて頭の向きを変えた。
「ゴメン、膝枕って初めてなんだ」
僕が謝ると、頭の後ろから小さな声が聞こえた。
「あたしも……、初めてだ……」
六月の心地よい風に吹かれて、桜の葉がサラサラと音を立てる。気をつけて聞いていないと、その音に打ち消されてしまいそうな声だった。
「それにしても気持ちがいいね」
僕は少し頭を動かして女の子の顔を覗く。
「だからこっちを見るな」
言葉に反し、その声は優しかった。
「あたし、こうして誰かに膝枕をしてあげるのが夢だった……」
サラサラ、サラサラ。
それは桜の葉の音なのか、女の子の声なのか、だんだん分からなくなってくる。そんな暖かい夢心地に僕はゆっくりと包まれていった。
チャイムの音ではっと飛び起きる。僕はぐっすりと寝てしまっていたようだ。
――あれ? 確か膝枕をしてもらっていたような……。
女の子の太腿だと思っていたのは、桜の木の根っこだった。
サラサラ、サラサラ。
見上げると、桜の葉が風に吹かれる音がする。
そういえば校庭の桜の木には女の子の霊が宿っていると聞いたことがある。恋を夢見ながら死んでしまったという女の子の話。そんなことを僕はぼんやりと思い出す。
サラサラ、サラサラ。
その声はありがとうと言っているように聞こえた。
電撃リトルリーグ 第17回「レイニーデイ」投稿作品
僕は聞いてしまった。梨奈が健にそっと耳打ちするのを。
さっきの休み時間のことだ。だから僕は授業に集中できなくなってしまった。
――何かの暗号か? 今日は雨なんて降りそうもないじゃないか。
窓の外は透き通るような青空。天気予報も終日晴れだった。
――まあ、噂の二人だもんな。
梨奈と健は最近付き合い始めたばかり。きっと、下校時に二人で寄る場所を示す暗号なのだろう。もしそうなら何処だろうか?
そんなことを考えていると、お昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「健、学食に行こうよ」
僕はいつものように健を食事に誘う。放課後の予定を知りたいという興味もあった。
「ごめん卓也。今日はちょっと用事があるんだ」
謝りながら健はそそくさと教室を出て行く。
――もしかして、さっきのレイニーデイって昼休みなのか?
悪いと思いながらも僕は健の後をつけて行った。
校庭に出た健は、隅っこにある大きなクスノキを目指している。初夏の日差しを遮るように空に伸びる青々とした葉。その心地良さそうな木陰に健は消えていった。
――もしかして梨奈が待っているとか?
僕はそっと近づき、桜の木に隠れて様子を伺う。やはりそこには梨奈が居た。
「さあ、お弁当を食べましょう」
木陰に座りながら梨奈が健に声をかける。どうやら二人は、校舎から見えない幹の影で一緒にお昼を食べているようだ。
すると健が顔を真っ赤にさせながら、
「きょ、今日はレイニーが先がいい」
と梨奈におねだりした。
――そうだ、レイニーデイって一体何のことだったんだ?
僕が二人の行動を凝視していると、
「もう、甘えんぼなんだから」
くすくすと笑いながら梨奈が足を崩す。スカートとニーソの間から白く柔らかそうな太腿が露わになった。
健は木陰に腰を下ろすと、静かに頭をその太腿に乗せる。
――な、なに! 膝枕?
そして梨奈は梨奈で静かに本を読み始めた。
僕は驚きながらも、膝枕とレイニーとの関連を考える。
――確かニーは『膝』だったな。レイは……『横たえる』か。だからレイニーで膝枕なのか!?
何だか変テコな英語だが、暗号の意味はきっとこれで間違いない。そう理解した僕は、こっ恥ずかしさと羨ましさに耐えられなくなり、背中がむず痒くなって体をくねらせた。その時――
「なんだ、お前も羨ましいのか?」
突然、頭の上から声がした。
見上げると、制服姿の女の子が木の枝に腰掛けていた。
それは、色黒で瞳がクリっとした活発そうな女の子だった。
「なんならあたしで試してみるか?」
女の子の体がふわりと宙に舞う。
――あっ、そんなに派手に飛び降りたら二人に気付かれるし、それにぱんつが……。
僕の不安を他所に、女の子はスパッツを穿いていて、じゃなかった、見事に無音で着地した。
そして梨奈の真似をして桜の木陰に座り、チラリと太腿を露わにする。
「さあ、来い!」
――いや、来いって言われたって戦闘じゃないんだから。
僕が躊躇していると、
「なんだ、試したくないのか? 膝枕」
と女の子は不満気に言った。
荒っぽい口調は照れ隠しだろう。その証拠に女の子は頬を赤らめている。僕は観念して桜の木の下に膝を着いた。
「じゃあ、お邪魔します」
初めての膝枕。
ドキドキしながら僕は女の子の太腿に頭を置く。
――うわっ、ス、スカートの裾が鼻に当たってるよ。
その中はスパッツと分かっていても心蔵が飛び出しそうになる。
「バカ、頭の向きが違う。こっちを向くんじゃない!」
赤い顔をさらに真っ赤にして女の子が怒る。
僕は慌てて頭の向きを変えた。
「ゴメン、膝枕って初めてなんだ」
僕が謝ると、頭の後ろから小さな声が聞こえた。
「あたしも……、初めてだ……」
六月の心地よい風に吹かれて、桜の葉がサラサラと音を立てる。気をつけて聞いていないと、その音に打ち消されてしまいそうな声だった。
「それにしても気持ちがいいね」
僕は少し頭を動かして女の子の顔を覗く。
「だからこっちを見るな」
言葉に反し、その声は優しかった。
「あたし、こうして誰かに膝枕をしてあげるのが夢だった……」
サラサラ、サラサラ。
それは桜の葉の音なのか、女の子の声なのか、だんだん分からなくなってくる。そんな暖かい夢心地に僕はゆっくりと包まれていった。
チャイムの音ではっと飛び起きる。僕はぐっすりと寝てしまっていたようだ。
――あれ? 確か膝枕をしてもらっていたような……。
女の子の太腿だと思っていたのは、桜の木の根っこだった。
サラサラ、サラサラ。
見上げると、桜の葉が風に吹かれる音がする。
そういえば校庭の桜の木には女の子の霊が宿っていると聞いたことがある。恋を夢見ながら死んでしまったという女の子の話。そんなことを僕はぼんやりと思い出す。
サラサラ、サラサラ。
その声はありがとうと言っているように聞こえた。
電撃リトルリーグ 第17回「レイニーデイ」投稿作品
嘘から出たクチとイチ ― 2011年04月10日 19時30分40秒
森を歩いていると人が折り重なるように倒れていた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
慌てて近寄ると少女が二人。
「う、ううーん……。はっ」
上になっている小柄の女の子が僕に気付き、驚いて言葉を飲み込んだ。
「怪しい者じゃないから大丈夫だよ。どうしたの?」
「お姉ちゃん、起きて。お姉ちゃん」
姉と見られる女の子はまだ意識がなく横たわっている。足はスラリと長く、めくれたスカートからは白く美しい太腿が……。
「あっ!」
目のやり場に困っていると、目を覚ました姉は飛び起きて慌てて服の乱れを直した。そしてギロリと僕をにらむ。
「い、いや、何もしてないから。それよりどうしたの? こんなところで倒れて」
二人はこの近くでは見かけない赤い髪をしていた。綺麗な異国の服をまとっている。
「イチ、倒れてないもん」
と妹。姉もそれに続く。
「クチも倒れてない」
えっ、倒れてたじゃん。ものの見事に、二人して。
僕が不思議に思っていると、申し合わせたように二人のお腹がググーと鳴った。
失笑する僕に、二人は赤くなって口を尖らせる。
「イチ、お腹なんか減ってないもん」
「クチもすいてないわ」
いや、どう見てもこの二人のお腹はペコペコとしか思えない。
困った僕は別の質問をしてみた。
「名前は、イチとクチっていうんだね?」
すると二人は首を振った。
「ちがうよ。イチはイチじゃない」
「クチもクチじゃないわ」
わけがわからない。
そうこうしているうちに再び二人のお腹がグググーと鳴る。今度はかなり盛大だ。
「あっはっは。とにかく何か食べれるところに行こう。ほら、おいでよ」
僕が立ち上がって手を差し伸べると、二人の表情が明るくなった。
五分くらい歩くとオババの家が見えてきた。
煙突からいい匂いが漂ってくる。オババはちょうど料理を作っているところみたいだ。
「こんにちは、オババ。ちょっとお邪魔してもいい」
玄関をノックをすると、オババが顔を出した。
「よう、マコトか。今日はどうしたんじゃ?」
「実はさ、森の中で女の子が倒れていたんだ。お腹が減ってるようなんだけど……」
さすがの僕も、飯を食わしてくれとまでは言えなかった。
「はっはっは。ちょうどスープを作っとったとこじゃ。さあさ、お入り」
よかった。オババが物分りの良い人で。
行き倒れ姉妹は無言でテーブルに着くと、出されたスープをガツガツと慌てて食べ始めた。
なんだ、やっぱり空腹だったんじゃん。
「マコト。可愛い娘達じゃの」
オババに促されて二人の顔を見ると、暖かい物を食べたおかげでやつれていた表情に血色が戻っていた。白く透き通る肌をほんのり桜色に染めた姉はすごく綺麗だ。胸元に目を移すと、トルコ石のネックレスが豊かな谷間に揺れている。
「そ、そのネックレスは……」
オババが目を丸くする。
「マコト。お前は大変な娘達を連れて来たようじゃ。この娘達は『嘘の国』の王女じゃよ」
えっ、今なんて言った? 王女って何?
「『嘘の国』は、五人の王女の力で国を守っているんじゃ。名前は……、確か、上からクチ、カミ、シチ、ノル、イチじゃ。この娘達の名前はこの中にあるかの?」
二人が口にしていた名前は……、クチとイチだ。この中にあるじゃないか。
「オババ、クチとイチだよ! でも変なんだ。二人に名前の確認をしても違うって言うんだよ」
「そりゃそうじゃよ。『嘘の国』の王女は本当のことを言えんからの」
だから二人はわけのわからないことばかり言っていたのか。
「それよりマコト。この娘達が本当に王女なら、今頃『嘘の国』が大変なことになっているはずじゃ。王女は五人揃っていないと国民にかけられた呪いが復活すると聞いておる」
「なんだよ、その呪いって?」
「変身の呪いじゃ。そら、二人が満腹になったら国に連れて帰るんじゃよ。急げ!」
僕達は森の中を走っている。右手にクチ、左手にイチの手を握り締めて。
『国民達は決して王女を襲うことはない。だからしっかりと二人の手を握っておくんじゃよ、自分の身を守るために』
オババの言うとおり、変身した国民にすれ違うことがあったが襲ってくることはなかった。
――あんなものに変身させられてるとは、何ということだ。襲われたらイチコロだよ。早く二人を『嘘の国』に返さなきゃ。
そして僕達は『嘘の国』の入り口の門に辿り着く。この門をくぐれば国民達は元の姿に戻るはずだ。
「ゴメン。僕は行けないから」
僕は二人に別れの挨拶をする。
「イチ、お兄ちゃんのこと大っ嫌い」
「クチ、二度とマコトに会いたくない」
ええっ!? と一瞬思ったが、二人が『嘘の国』の王女であることを思い出して納得した。
その証拠に、ギュッと握り締めた手を二人は離そうとしなかった。
潤む二人の瞳を見て僕は胸を熱くする。
「嬉しいよ。でも、ほら、いつまでも国民をあんな姿にさせてはおけないだろ?」
出発する前にオババが言った。
『嘘から口(クチ)と一(イチ)が抜けてしまったら……』
その予言どおり、国民はみんな虎になっていた。
電撃リトルリーグ 第16回「嘘から出た○○」投稿作品
「だ、大丈夫ですかっ!?」
慌てて近寄ると少女が二人。
「う、ううーん……。はっ」
上になっている小柄の女の子が僕に気付き、驚いて言葉を飲み込んだ。
「怪しい者じゃないから大丈夫だよ。どうしたの?」
「お姉ちゃん、起きて。お姉ちゃん」
姉と見られる女の子はまだ意識がなく横たわっている。足はスラリと長く、めくれたスカートからは白く美しい太腿が……。
「あっ!」
目のやり場に困っていると、目を覚ました姉は飛び起きて慌てて服の乱れを直した。そしてギロリと僕をにらむ。
「い、いや、何もしてないから。それよりどうしたの? こんなところで倒れて」
二人はこの近くでは見かけない赤い髪をしていた。綺麗な異国の服をまとっている。
「イチ、倒れてないもん」
と妹。姉もそれに続く。
「クチも倒れてない」
えっ、倒れてたじゃん。ものの見事に、二人して。
僕が不思議に思っていると、申し合わせたように二人のお腹がググーと鳴った。
失笑する僕に、二人は赤くなって口を尖らせる。
「イチ、お腹なんか減ってないもん」
「クチもすいてないわ」
いや、どう見てもこの二人のお腹はペコペコとしか思えない。
困った僕は別の質問をしてみた。
「名前は、イチとクチっていうんだね?」
すると二人は首を振った。
「ちがうよ。イチはイチじゃない」
「クチもクチじゃないわ」
わけがわからない。
そうこうしているうちに再び二人のお腹がグググーと鳴る。今度はかなり盛大だ。
「あっはっは。とにかく何か食べれるところに行こう。ほら、おいでよ」
僕が立ち上がって手を差し伸べると、二人の表情が明るくなった。
五分くらい歩くとオババの家が見えてきた。
煙突からいい匂いが漂ってくる。オババはちょうど料理を作っているところみたいだ。
「こんにちは、オババ。ちょっとお邪魔してもいい」
玄関をノックをすると、オババが顔を出した。
「よう、マコトか。今日はどうしたんじゃ?」
「実はさ、森の中で女の子が倒れていたんだ。お腹が減ってるようなんだけど……」
さすがの僕も、飯を食わしてくれとまでは言えなかった。
「はっはっは。ちょうどスープを作っとったとこじゃ。さあさ、お入り」
よかった。オババが物分りの良い人で。
行き倒れ姉妹は無言でテーブルに着くと、出されたスープをガツガツと慌てて食べ始めた。
なんだ、やっぱり空腹だったんじゃん。
「マコト。可愛い娘達じゃの」
オババに促されて二人の顔を見ると、暖かい物を食べたおかげでやつれていた表情に血色が戻っていた。白く透き通る肌をほんのり桜色に染めた姉はすごく綺麗だ。胸元に目を移すと、トルコ石のネックレスが豊かな谷間に揺れている。
「そ、そのネックレスは……」
オババが目を丸くする。
「マコト。お前は大変な娘達を連れて来たようじゃ。この娘達は『嘘の国』の王女じゃよ」
えっ、今なんて言った? 王女って何?
「『嘘の国』は、五人の王女の力で国を守っているんじゃ。名前は……、確か、上からクチ、カミ、シチ、ノル、イチじゃ。この娘達の名前はこの中にあるかの?」
二人が口にしていた名前は……、クチとイチだ。この中にあるじゃないか。
「オババ、クチとイチだよ! でも変なんだ。二人に名前の確認をしても違うって言うんだよ」
「そりゃそうじゃよ。『嘘の国』の王女は本当のことを言えんからの」
だから二人はわけのわからないことばかり言っていたのか。
「それよりマコト。この娘達が本当に王女なら、今頃『嘘の国』が大変なことになっているはずじゃ。王女は五人揃っていないと国民にかけられた呪いが復活すると聞いておる」
「なんだよ、その呪いって?」
「変身の呪いじゃ。そら、二人が満腹になったら国に連れて帰るんじゃよ。急げ!」
僕達は森の中を走っている。右手にクチ、左手にイチの手を握り締めて。
『国民達は決して王女を襲うことはない。だからしっかりと二人の手を握っておくんじゃよ、自分の身を守るために』
オババの言うとおり、変身した国民にすれ違うことがあったが襲ってくることはなかった。
――あんなものに変身させられてるとは、何ということだ。襲われたらイチコロだよ。早く二人を『嘘の国』に返さなきゃ。
そして僕達は『嘘の国』の入り口の門に辿り着く。この門をくぐれば国民達は元の姿に戻るはずだ。
「ゴメン。僕は行けないから」
僕は二人に別れの挨拶をする。
「イチ、お兄ちゃんのこと大っ嫌い」
「クチ、二度とマコトに会いたくない」
ええっ!? と一瞬思ったが、二人が『嘘の国』の王女であることを思い出して納得した。
その証拠に、ギュッと握り締めた手を二人は離そうとしなかった。
潤む二人の瞳を見て僕は胸を熱くする。
「嬉しいよ。でも、ほら、いつまでも国民をあんな姿にさせてはおけないだろ?」
出発する前にオババが言った。
『嘘から口(クチ)と一(イチ)が抜けてしまったら……』
その予言どおり、国民はみんな虎になっていた。
電撃リトルリーグ 第16回「嘘から出た○○」投稿作品
とあるバレンタインデーの裏話 ― 2011年02月10日 21時38分22秒
俺には香織という名の美人の彼女がいる。
グルメな彼女は、俺の豊富なレストランの知識がお気に入りのようだ。
いや、俺でなくては、彼女の舌を満足させる店を案内することはできないと言っても過言ではない。彼女が俺を選ぶのは当然のことだ。
しかし、香織は決して俺に携帯番号を教えてくれない。なんでも、しょっちゅう番号を変えているから誰にも教えていないのだと言う。
その代わりに俺は、彼女のツイッターIDを教えてもらった。kaori0031――それが香織のIDだ。早速俺は彼女をフォローし、連絡はすべてツイッターで行っている。
『今日、友人にお寿司屋に連れて行ってもらった。とてもいいお店で、大トロが最高だった』
そんな風に、香織は俺が連れて行ったレストランの感想をちゃんとつぶやいてくれる。それは大変嬉しいし、俺のレストラン探しの励みになっている。
そしてついにあの日がやってきた。
バレンタインデー。
俺は、この日まで秘密にしてきたとっておきのフランス料理店に香織を誘う。
「美味しい! これ本当にご馳走してもらってもいいんですか?」
クリクリとした可愛らしい瞳をさらに大きくして香織が舌鼓を打つ。美人が喜ぶところを見るのは本当に楽しい。今日のレストランは少し値が張ったが、これから行われるイベントのことを考えるとそれだけの価値はある。
「本当に美味しかったです。最後になって申し訳ないんだけど、あなたに渡したいものがあるの」
さあ、来た!
「はい、これ。ちょっと出来は悪いんだけど、心を込めて作ったから」
そう言って香織はピンクの四角い箱を俺に渡す。
恥ずかしそうにうつむき、ちょっと上目遣いで俺のことを見る仕草が本当に可愛らしい。
しかしその次の彼女の言葉は、少し残念なお知らせだった。
「ゴメンなさい、今日はこれから用事があるの。今の気持ちはちゃんとツイッターでつぶやくから許してね」
「わかった。チョコありがとう。じゃあ、気をつけて」
俺は彼女を見送り、一人レストランに残って食後のコーヒーをゆっくりと楽しむ。そして携帯でツイッターをチェックすると――移動中に書かれたと思われる彼女のつぶやきが投稿されていた。
『美味しい料理をご馳走してくれた気になるあの人に本命チョコをあげちゃった』
――むはははは。やったよ、本命チョコだよ!
――フォロワーの連中よ、このつぶやきをちゃんと見たか?
――気になるあの人って俺のことだぜ。
――申し訳ないな、本命チョコをもらっちまってさ。
俺は一人ほくそ笑みながら、香織からもらったチョコの箱を大切に鞄の中にしまった。
「もしもし、津部谷君? 予定通りにツイッターでつぶやいておいてくれた?」
『ああ、香織か。三分前にkaori0031のIDで「美味しい料理をご馳走してくれた気になるあの人に本命チョコをあげちゃった」ってつぶやいておいたぜ』
「それでOKよ。ありがとう」
『いい加減、俺の名前は"つぶや"君じゃなくて、"つべたに"と本名で呼んでほしいんだが』
「いいじゃない、つぶや君で。あんたは私のツイッター専用の男なんだからさ。そうそう、今度は二時間後くらいにkaori0017のIDで『美味しいお酒をご馳走してくれたあの人に本命チョコを』って感じでつぶやいてほしいんだけど」
『あんたも頑張るね』
「なに、文句あんの? あなた、私のつぶや君やめる?」
『いや続けさせてくれ。あんたみたいな美人の裏側を知るのは面白いからな』
「じゃあ言われた通りお願いよ。じゃあね」
そう言って電話を切った香織は、携帯をバッグにしまい次の約束のバーへ向かった。
(追記5/31:haruさんに朗読していただきました)
電撃リトルリーグ 第15回「とあるバレンタインデーの裏話」投稿作品
グルメな彼女は、俺の豊富なレストランの知識がお気に入りのようだ。
いや、俺でなくては、彼女の舌を満足させる店を案内することはできないと言っても過言ではない。彼女が俺を選ぶのは当然のことだ。
しかし、香織は決して俺に携帯番号を教えてくれない。なんでも、しょっちゅう番号を変えているから誰にも教えていないのだと言う。
その代わりに俺は、彼女のツイッターIDを教えてもらった。kaori0031――それが香織のIDだ。早速俺は彼女をフォローし、連絡はすべてツイッターで行っている。
『今日、友人にお寿司屋に連れて行ってもらった。とてもいいお店で、大トロが最高だった』
そんな風に、香織は俺が連れて行ったレストランの感想をちゃんとつぶやいてくれる。それは大変嬉しいし、俺のレストラン探しの励みになっている。
そしてついにあの日がやってきた。
バレンタインデー。
俺は、この日まで秘密にしてきたとっておきのフランス料理店に香織を誘う。
「美味しい! これ本当にご馳走してもらってもいいんですか?」
クリクリとした可愛らしい瞳をさらに大きくして香織が舌鼓を打つ。美人が喜ぶところを見るのは本当に楽しい。今日のレストランは少し値が張ったが、これから行われるイベントのことを考えるとそれだけの価値はある。
「本当に美味しかったです。最後になって申し訳ないんだけど、あなたに渡したいものがあるの」
さあ、来た!
「はい、これ。ちょっと出来は悪いんだけど、心を込めて作ったから」
そう言って香織はピンクの四角い箱を俺に渡す。
恥ずかしそうにうつむき、ちょっと上目遣いで俺のことを見る仕草が本当に可愛らしい。
しかしその次の彼女の言葉は、少し残念なお知らせだった。
「ゴメンなさい、今日はこれから用事があるの。今の気持ちはちゃんとツイッターでつぶやくから許してね」
「わかった。チョコありがとう。じゃあ、気をつけて」
俺は彼女を見送り、一人レストランに残って食後のコーヒーをゆっくりと楽しむ。そして携帯でツイッターをチェックすると――移動中に書かれたと思われる彼女のつぶやきが投稿されていた。
『美味しい料理をご馳走してくれた気になるあの人に本命チョコをあげちゃった』
――むはははは。やったよ、本命チョコだよ!
――フォロワーの連中よ、このつぶやきをちゃんと見たか?
――気になるあの人って俺のことだぜ。
――申し訳ないな、本命チョコをもらっちまってさ。
俺は一人ほくそ笑みながら、香織からもらったチョコの箱を大切に鞄の中にしまった。
「もしもし、津部谷君? 予定通りにツイッターでつぶやいておいてくれた?」
『ああ、香織か。三分前にkaori0031のIDで「美味しい料理をご馳走してくれた気になるあの人に本命チョコをあげちゃった」ってつぶやいておいたぜ』
「それでOKよ。ありがとう」
『いい加減、俺の名前は"つぶや"君じゃなくて、"つべたに"と本名で呼んでほしいんだが』
「いいじゃない、つぶや君で。あんたは私のツイッター専用の男なんだからさ。そうそう、今度は二時間後くらいにkaori0017のIDで『美味しいお酒をご馳走してくれたあの人に本命チョコを』って感じでつぶやいてほしいんだけど」
『あんたも頑張るね』
「なに、文句あんの? あなた、私のつぶや君やめる?」
『いや続けさせてくれ。あんたみたいな美人の裏側を知るのは面白いからな』
「じゃあ言われた通りお願いよ。じゃあね」
そう言って電話を切った香織は、携帯をバッグにしまい次の約束のバーへ向かった。
(追記5/31:haruさんに朗読していただきました)
電撃リトルリーグ 第15回「とあるバレンタインデーの裏話」投稿作品
ミレニアムじゃなくてミニレアム? ― 2010年12月10日 21時33分08秒
「宿題は、十年後の夢についての作文を書くこと!」
現国の中野が大きな声を張り上げるもんだから目が覚めちまった。
「皆も知ってるように十年後は西暦二千年。千年紀に馳せる夢だからミレニア夢だ。金曜日までにちゃんとやってくるように」
そして中野が黒板に"ミレニア夢"と大きく書いた。
おいおい、そんなオヤジギャグを黒板に書くなよ。ていうか、西暦二千年は十年前に終わっちまったじゃねえか。十年後だなんて、ギャグだけじゃなくて頭もおかしくなったか、中野先生よ。
そんな突っ込みを入れたくなったところで授業終了のチャイムが鳴る。
先生が教室を出て教室がざわつき始めると、後ろから悪友の拓馬が背中をつついてきた。
「おい、和樹。今日もよく寝てたな」
「寝起きに変な夢を見ちまったけどな」
「はははは、黒板の”ミレニア夢”か。それにしても二千年ってずいぶん先の話だよな。その前年の一九九九年に世界が滅亡したりして」
おいおい拓馬も俺のことをからかっているのか? 一九九九年に世界が滅びるなんて、全くのガセネタだったじゃねえか。
ぽかんとしている俺を横目に拓馬は話を続ける。
「そういえば和樹、昨日の日本グランプリ見たか?」
「日本グランプリってF1か? ああ、可夢偉の激走はすごかったな」
そうだ、二○一○年の日本グランプリでは小林可夢偉がオーバーテイクを繰り返して注目を浴びた。
しかし拓馬の反応は、相変わらず時代遅れ。
「可夢偉って誰だよ。それよりも亜久里だろ。日本人初の表彰台だぜ。俺、感動しちまったよ」
亜久里って鈴木亜久里? それって二十年前の出来事だぜ。もしかして今は本当に一九九○年なのか?
俺は日付を確かめようとポケットの中の携帯を探した――が、無い。
「おい、拓馬。俺の携帯、知らないか?」
「俺、何も盗ってないぜ。それより携帯って何のことだよ?」
「お前、俺をからかってんのか? 携帯って言ったら、携帯電話に決まってんだろ」
「お前こそ俺をバカにしてんのか? そんなもん高校生が持ってるわけねーだろ。現国で十年後についての宿題が出たからって、本気で二千年にトリップしちまったんじゃねえだろうな」
ダメだ。話にならん。拓馬の頭ン中は完全に一九九○年だ。
俺が途方に暮れそうになっていると――
「なに、また二人で喧嘩してんの?」
背後から聞き慣れた甘い声がした。この声は幼馴染の智穂だ。
「なんだ、智穂か。ちょうどよかった。拓馬がわけの分からないこと言うから――」
と智穂の方を振り向いて、俺は噴き出した。
「ぶぶっ」
「何よ、和樹。女の子を見るなり噴き出すなんて失礼ね」
「なんだお前、その長いスカートは?」
智穂のスカートはかなり長かった。ちょうど膝が隠れるくらい。
スカート丈をいつも膝上十五センチにしている智穂を見慣れていた俺は、本気で目を疑った。
「長いって、いつもと同じ長さじゃない」
「ええっ? 普段は膝上十五センチくらいじゃねえかよ」
すると智穂の顔が紅潮する。
「あんた、いつもそんなこと想像してんの? スケベ」
「スケベって、他のやつらも短いじゃんかよ」
俺が反論すると、智穂も唇を尖らせた。
「どこにそんな女の子がいるのよ。教えてよ」
智穂に言われて教室を見回すと――他の女の子も皆膝が隠れるくらいのスカート丈だった。密かに想いを寄せるクラスのアイドル京香でさえも。
「…………」
俺は完全に言葉を失った。本当に俺は一九九○年の世界にタイムスリップしたんだ。クラスの女の子のスカート丈が、その無情な現実を俺に突きつけていた。
「ゴメン和樹。一人だけ居たわ、短い子」
智穂が呟く方向を見ると、スカート丈が短い奴が一人居た。しかしそれは、太腿の断面積がクラスで一番広いと言われている高木だった。
「ミニがレアな存在というのに、よりによってそれが高木とは……」
不覚にも俺は、ショックで意識を失ってしまった。
「先生、和樹君が気絶しています」
教室からの声に、廊下に隠れていた中野先生がそろそろと教室に入ってくる。
「皆、お疲れさま。特に拓馬と智穂は見事な演技だったよ。協力してくれた女子は、スカート丈を元に戻してもいいぞ」
すると、高木以外のすべての女子がスカート丈を元に戻す。和樹を騙すという中野先生の企みに協力しなかったのは、高木だけだったのだ。
「先生の高校時代って、女の子のスカート丈はこんなに長かったんですか?」と女子生徒。
「そうなんだ、一九九○年はスカート丈が短くなる直前でな」
「そいつはヤベえ」と男子生徒。
「だから同じ体験を、いつも授業中に寝ている和樹にしてもらおうと思ってな。和樹にはいい薬になっただろう。彼が今見ている夢はきっとこんな夢だ」
そう言って先生は、黒板の文字を修正して"ミニレア夢"と書いた。
電撃リトルリーグ 第14回「ミレニアム○○」投稿作品
現国の中野が大きな声を張り上げるもんだから目が覚めちまった。
「皆も知ってるように十年後は西暦二千年。千年紀に馳せる夢だからミレニア夢だ。金曜日までにちゃんとやってくるように」
そして中野が黒板に"ミレニア夢"と大きく書いた。
おいおい、そんなオヤジギャグを黒板に書くなよ。ていうか、西暦二千年は十年前に終わっちまったじゃねえか。十年後だなんて、ギャグだけじゃなくて頭もおかしくなったか、中野先生よ。
そんな突っ込みを入れたくなったところで授業終了のチャイムが鳴る。
先生が教室を出て教室がざわつき始めると、後ろから悪友の拓馬が背中をつついてきた。
「おい、和樹。今日もよく寝てたな」
「寝起きに変な夢を見ちまったけどな」
「はははは、黒板の”ミレニア夢”か。それにしても二千年ってずいぶん先の話だよな。その前年の一九九九年に世界が滅亡したりして」
おいおい拓馬も俺のことをからかっているのか? 一九九九年に世界が滅びるなんて、全くのガセネタだったじゃねえか。
ぽかんとしている俺を横目に拓馬は話を続ける。
「そういえば和樹、昨日の日本グランプリ見たか?」
「日本グランプリってF1か? ああ、可夢偉の激走はすごかったな」
そうだ、二○一○年の日本グランプリでは小林可夢偉がオーバーテイクを繰り返して注目を浴びた。
しかし拓馬の反応は、相変わらず時代遅れ。
「可夢偉って誰だよ。それよりも亜久里だろ。日本人初の表彰台だぜ。俺、感動しちまったよ」
亜久里って鈴木亜久里? それって二十年前の出来事だぜ。もしかして今は本当に一九九○年なのか?
俺は日付を確かめようとポケットの中の携帯を探した――が、無い。
「おい、拓馬。俺の携帯、知らないか?」
「俺、何も盗ってないぜ。それより携帯って何のことだよ?」
「お前、俺をからかってんのか? 携帯って言ったら、携帯電話に決まってんだろ」
「お前こそ俺をバカにしてんのか? そんなもん高校生が持ってるわけねーだろ。現国で十年後についての宿題が出たからって、本気で二千年にトリップしちまったんじゃねえだろうな」
ダメだ。話にならん。拓馬の頭ン中は完全に一九九○年だ。
俺が途方に暮れそうになっていると――
「なに、また二人で喧嘩してんの?」
背後から聞き慣れた甘い声がした。この声は幼馴染の智穂だ。
「なんだ、智穂か。ちょうどよかった。拓馬がわけの分からないこと言うから――」
と智穂の方を振り向いて、俺は噴き出した。
「ぶぶっ」
「何よ、和樹。女の子を見るなり噴き出すなんて失礼ね」
「なんだお前、その長いスカートは?」
智穂のスカートはかなり長かった。ちょうど膝が隠れるくらい。
スカート丈をいつも膝上十五センチにしている智穂を見慣れていた俺は、本気で目を疑った。
「長いって、いつもと同じ長さじゃない」
「ええっ? 普段は膝上十五センチくらいじゃねえかよ」
すると智穂の顔が紅潮する。
「あんた、いつもそんなこと想像してんの? スケベ」
「スケベって、他のやつらも短いじゃんかよ」
俺が反論すると、智穂も唇を尖らせた。
「どこにそんな女の子がいるのよ。教えてよ」
智穂に言われて教室を見回すと――他の女の子も皆膝が隠れるくらいのスカート丈だった。密かに想いを寄せるクラスのアイドル京香でさえも。
「…………」
俺は完全に言葉を失った。本当に俺は一九九○年の世界にタイムスリップしたんだ。クラスの女の子のスカート丈が、その無情な現実を俺に突きつけていた。
「ゴメン和樹。一人だけ居たわ、短い子」
智穂が呟く方向を見ると、スカート丈が短い奴が一人居た。しかしそれは、太腿の断面積がクラスで一番広いと言われている高木だった。
「ミニがレアな存在というのに、よりによってそれが高木とは……」
不覚にも俺は、ショックで意識を失ってしまった。
「先生、和樹君が気絶しています」
教室からの声に、廊下に隠れていた中野先生がそろそろと教室に入ってくる。
「皆、お疲れさま。特に拓馬と智穂は見事な演技だったよ。協力してくれた女子は、スカート丈を元に戻してもいいぞ」
すると、高木以外のすべての女子がスカート丈を元に戻す。和樹を騙すという中野先生の企みに協力しなかったのは、高木だけだったのだ。
「先生の高校時代って、女の子のスカート丈はこんなに長かったんですか?」と女子生徒。
「そうなんだ、一九九○年はスカート丈が短くなる直前でな」
「そいつはヤベえ」と男子生徒。
「だから同じ体験を、いつも授業中に寝ている和樹にしてもらおうと思ってな。和樹にはいい薬になっただろう。彼が今見ている夢はきっとこんな夢だ」
そう言って先生は、黒板の文字を修正して"ミニレア夢"と書いた。
電撃リトルリーグ 第14回「ミレニアム○○」投稿作品
夏到来、反撃はじめました ― 2010年10月10日 19時02分48秒
「おーい、夏が来たぞ!」
「みんな逃げろ!」
向こうから北林夏が巨体を揺らしてやってくる。
マズイ、あいつに捕まったら大変だ。ズボンとパンツを下ろされて、いつものあの言葉を……
「おい雄介。チン毛生えたか?」
そうそう、その決めゼリフ。って僕、もう捕まってるじゃん。
観念した僕は「そういうお前はどうなんだ」と最後の一足掻き。
「アタイか? 生えてるに決まってんだろ。女は成長が早いんだ」
小学五年生にしてもうけがあるなんて。
「それに女の毛は縁起がいいんだぜ。賭け事にご利益があるって父ちゃん言ってたぞ」
そんな男勝りの夏も、小六になる前に転校してしまった。引越しの時に僕に手作りの人形を渡し、「これで大儲けしろよ」と謎の言葉を残して。
あれから八年。
お盆休みに行われる地元の成人式に、夏が再びやってくるという噂を聞いて僕達は戦々恐々とした。
しかし僕はもう大人の男なんだ、夏に負けるわけが無い。と、会場の隅でびくびくしていると、突然耳元で悪魔のささやきが。
「おい雄介。チン毛生えたか?」
幼少期のトラウマって恐ろしい。背筋の凍るような感覚が瞬時に蘇り、僕は固まった。
青ざめた顔で振り返ると――
「えっ?」
予想に反し、そこには黒いドレスに身を包んだ細身の美人が立っていた。
「よう雄介、久しぶり」
僕に向けられるその笑顔。むちゃくちゃ可愛い……
「き、君って、本当に、な、夏?」
青い顔に急に赤みが増して、きっと僕は紫星人になっているに違いない。
「なんだよ雄介、タヌキに化かされたような顔しちゃってさ」
「き、君は、本当はタヌキだろ。夏はこんなに痩せてない」
「はははは。お前は相変わらずだな。でも雄介にタヌキって言ってもらいたくて頑張ったんだぜ」
「しょ、証拠を見せてほしい。君が夏だって証拠を」
「証拠?」
「そうだ。君が本当に夏なら、引っ越す時に僕に何を渡したか知ってるだろ?」
すると、黒服の美人の様子が一変した。恥ずかしそうにもじもじしながら、上目遣いで僕に話しかけてくる。
「あのさ、雄介……。あの人形なんだけどさ……、今度、返してくれない?」
人形の事を知っているとは、どうやら本物の夏のようだ。それにしても、あの人形が夏の弱点とは。見事に形勢逆転。さあ、幼少期の恨みを晴らしてくれようぞ。
それから僕は、夏に近寄る男どもを押しのけて彼女と週末のデートの約束を取り付けた。
夏が指定したのは地元の競馬場だった。
「おまたせ」
涼しげな緑のワンピースにサングラス。って、サングラスはちょっと自意識過剰なんじゃない?
「雄介、アレ、ちゃんと持ってきた?」
「ああ」
僕はカバンを叩いた。
「じゃあ、その人形に願いを込めながら馬券を買って。第十レースを三連単で一万円分を一点買いよ」
「一点買いに一万円も?」
「そうよ。それであなたが持っているものが本物かどうかわかるわ」
男は度胸。僕は思い切って五・二・六の馬券を一点買いする。隣を見ると――なぜか夏も五・二・六を買っていた。
「なんでお前も五・二・六なんだよ」
「えっ、だって五月二十六日は雄介の誕生日だから……」
そうだよ、僕は縁起を担ぐ時は五・二・六を選ぶことにしてる。って、何で夏が僕の誕生日を覚えているんだ?
チラリと横を見ると、夏は赤い顔で俯いていた。むはははは、いいぞ、この感じ。十年前は夏に振り回されてばかりの僕だけど、今や主導権はこちらにあるじゃないか。
いざレースが始まるとすごく緊張した。この一瞬で、一万円が紙くずになるか、どっさり増えるかが決まるのだ。僕はカバンから人形を取り出し、それを握り締めながら祈りを捧げる。隣では夏も必死に手を合わせていた。すると――
『第十レースで波乱。三連単で万馬券です。着順は五、二、六……』
えっ、五・二・六!? ということは、こ、この馬券がひゃ、百万円!?
「やったね、雄介!」
夏がバンザイをしながらサングラスを宙に投げ、天使の笑顔で僕に向かって両手を広げる。
うわっ、可愛すぎる。今までサングラスをしていたのはこの瞬間のため? そしてその両手は、喜びに紛れて抱きしめても良いというサイン!?
舞い上がった気持ちと共に僕は人形を空に投げ、夏を抱きしめんと両手を広げた。
その瞬間――
「だからお前は甘ちゃんなんだよ!」
夏は僕を突き飛ばすと、人形をキャッチして脱兎の如く逃げ出した。
あっという間に夏の姿が見えなくなる。
「おい、あの娘って、AKV48の林夏希じゃないか?」
サングラスを外した夏の顔を目にした周囲の連中が口々に噂する。
な、何? 夏がAKV48!?
「芸名は林夏希だって? ほ、本当にタヌキだったんだ……」
手にした馬券がたとえ百万円の価値があったとしても、アイドルの毛が入っているあの人形を奪還された喪失感を埋めることはできないんじゃないかと、僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。
電撃リトルリーグ 第13回「夏到来、○○はじめました」投稿作品
「みんな逃げろ!」
向こうから北林夏が巨体を揺らしてやってくる。
マズイ、あいつに捕まったら大変だ。ズボンとパンツを下ろされて、いつものあの言葉を……
「おい雄介。チン毛生えたか?」
そうそう、その決めゼリフ。って僕、もう捕まってるじゃん。
観念した僕は「そういうお前はどうなんだ」と最後の一足掻き。
「アタイか? 生えてるに決まってんだろ。女は成長が早いんだ」
小学五年生にしてもうけがあるなんて。
「それに女の毛は縁起がいいんだぜ。賭け事にご利益があるって父ちゃん言ってたぞ」
そんな男勝りの夏も、小六になる前に転校してしまった。引越しの時に僕に手作りの人形を渡し、「これで大儲けしろよ」と謎の言葉を残して。
あれから八年。
お盆休みに行われる地元の成人式に、夏が再びやってくるという噂を聞いて僕達は戦々恐々とした。
しかし僕はもう大人の男なんだ、夏に負けるわけが無い。と、会場の隅でびくびくしていると、突然耳元で悪魔のささやきが。
「おい雄介。チン毛生えたか?」
幼少期のトラウマって恐ろしい。背筋の凍るような感覚が瞬時に蘇り、僕は固まった。
青ざめた顔で振り返ると――
「えっ?」
予想に反し、そこには黒いドレスに身を包んだ細身の美人が立っていた。
「よう雄介、久しぶり」
僕に向けられるその笑顔。むちゃくちゃ可愛い……
「き、君って、本当に、な、夏?」
青い顔に急に赤みが増して、きっと僕は紫星人になっているに違いない。
「なんだよ雄介、タヌキに化かされたような顔しちゃってさ」
「き、君は、本当はタヌキだろ。夏はこんなに痩せてない」
「はははは。お前は相変わらずだな。でも雄介にタヌキって言ってもらいたくて頑張ったんだぜ」
「しょ、証拠を見せてほしい。君が夏だって証拠を」
「証拠?」
「そうだ。君が本当に夏なら、引っ越す時に僕に何を渡したか知ってるだろ?」
すると、黒服の美人の様子が一変した。恥ずかしそうにもじもじしながら、上目遣いで僕に話しかけてくる。
「あのさ、雄介……。あの人形なんだけどさ……、今度、返してくれない?」
人形の事を知っているとは、どうやら本物の夏のようだ。それにしても、あの人形が夏の弱点とは。見事に形勢逆転。さあ、幼少期の恨みを晴らしてくれようぞ。
それから僕は、夏に近寄る男どもを押しのけて彼女と週末のデートの約束を取り付けた。
夏が指定したのは地元の競馬場だった。
「おまたせ」
涼しげな緑のワンピースにサングラス。って、サングラスはちょっと自意識過剰なんじゃない?
「雄介、アレ、ちゃんと持ってきた?」
「ああ」
僕はカバンを叩いた。
「じゃあ、その人形に願いを込めながら馬券を買って。第十レースを三連単で一万円分を一点買いよ」
「一点買いに一万円も?」
「そうよ。それであなたが持っているものが本物かどうかわかるわ」
男は度胸。僕は思い切って五・二・六の馬券を一点買いする。隣を見ると――なぜか夏も五・二・六を買っていた。
「なんでお前も五・二・六なんだよ」
「えっ、だって五月二十六日は雄介の誕生日だから……」
そうだよ、僕は縁起を担ぐ時は五・二・六を選ぶことにしてる。って、何で夏が僕の誕生日を覚えているんだ?
チラリと横を見ると、夏は赤い顔で俯いていた。むはははは、いいぞ、この感じ。十年前は夏に振り回されてばかりの僕だけど、今や主導権はこちらにあるじゃないか。
いざレースが始まるとすごく緊張した。この一瞬で、一万円が紙くずになるか、どっさり増えるかが決まるのだ。僕はカバンから人形を取り出し、それを握り締めながら祈りを捧げる。隣では夏も必死に手を合わせていた。すると――
『第十レースで波乱。三連単で万馬券です。着順は五、二、六……』
えっ、五・二・六!? ということは、こ、この馬券がひゃ、百万円!?
「やったね、雄介!」
夏がバンザイをしながらサングラスを宙に投げ、天使の笑顔で僕に向かって両手を広げる。
うわっ、可愛すぎる。今までサングラスをしていたのはこの瞬間のため? そしてその両手は、喜びに紛れて抱きしめても良いというサイン!?
舞い上がった気持ちと共に僕は人形を空に投げ、夏を抱きしめんと両手を広げた。
その瞬間――
「だからお前は甘ちゃんなんだよ!」
夏は僕を突き飛ばすと、人形をキャッチして脱兎の如く逃げ出した。
あっという間に夏の姿が見えなくなる。
「おい、あの娘って、AKV48の林夏希じゃないか?」
サングラスを外した夏の顔を目にした周囲の連中が口々に噂する。
な、何? 夏がAKV48!?
「芸名は林夏希だって? ほ、本当にタヌキだったんだ……」
手にした馬券がたとえ百万円の価値があったとしても、アイドルの毛が入っているあの人形を奪還された喪失感を埋めることはできないんじゃないかと、僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。
電撃リトルリーグ 第13回「夏到来、○○はじめました」投稿作品
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