タイムマシン・ルーペ2006年01月10日 11時02分21秒

クルクルッ、バッシャーン!
急に体が軽くなったと思ったら、いきなり水の中に落とされた。
何がなんだかわからない。
恐る恐る周りを眺めてみると、そこは穏やかな南国の海辺の風景。
きれいなサンゴ礁が、浅瀬を作っている・・・

いったいどうしてこんな事になったのだろう。
旦那の書斎に忍び込み、変な箱を見つけたところまでは覚えている。
その箱には「タイムマシン・ルーペ」と書かれていた。
箱を手に取り、中の物をそっと出してみる。
なんてことはない、ただのルーペだ。
試しに、机の上のサンゴの化石を見てみよう・・・とそこで、
ふわっと急に、体が軽くなったのだ。
 
「このルーペで石を見ると、その時代に行くことができます」
海水に膝までつかりながら、ルーペに書かれている説明を読む。
するとここは、サンゴの化石ができた時代ということか・・・
でもそれならば、そんなに悲観することはない。
現代に帰るためには、
現代で作られた石をこのルーペで見ればいいのだ。
 
身につけている物の中に、そんな石はないか探してみた。
すると、まばゆい南国の太陽に、指輪がキラリ。
これは結婚するときに旦那がくれた物だ。
リングの中に、小さなダイヤが埋め込まれている。
このダイヤが人工だったら、現代に帰れるはずだ。
 
しかし、もしこのダイヤが本物だったら・・・
その時に飛んで行ってしまうダイヤが結晶した世界って、
いったいどんな所なんだろう。
そんな得体の知れない所に行くくらいなら、
いっそ、この南国で暮らした方がいいのでは・・・
 
ガサガサ!
不意の物音に思考が中断する。
海岸を見ると、森の中から映画でよく見る凶暴な恐竜が!
この海辺には隠れるところは全くない。
見つかるのも時間の問題だろう。
覚悟を決めて私は、あのルーペと指輪を握りしめた。


へちま亭文章塾 第4回「小説」投稿作品

無線犬の恩返し2006年01月30日 11時49分03秒

雪の夜に、あの人はボクにミルクをくれた。
駅からは、こんなに沢山の人達が出てくるのに、
暖かいミルクをくれたのは、あの人だけだった。

なんとか恩返しをしたい。
あの人の家の前で、そんなもどかしい気持ちに支配される。
すると突然、電気のような思念が体を貫いた。
「カベヲ、ナオシタイ・・・」
これは何だ!?
人間界には無線LANというものがあるらしいが、これがそうなのか・・・
どうやらあの人は、電波に想い乗せて飛ばしているらしい。
次から次へとあの人の想いが降ってくる。

これは恩返しのチャンスだ。
家族に打ち明けらないあの人の想いを知っているのは、ボクだけだ。
そこでボクは、人間に化けることにした。

まず、家を改修してあげようと、大工に化けてみた。
すると、「リフォーム詐欺だな!」と追い返された。
次に、洗濯物をたたんであげようと、今時の家政婦に化けてみた。
すると、「メイドさんを呼んだのは誰なのーっ!」と
夫婦喧嘩になってしまった。

本物のダイヤの指輪を届けようとすると、
「もともと本物なんだよ!」と怒られた。
おでんの屋台を引いていくと、
「だいこんなんて大っ嫌い!」と息子に蹴られた。

いったいどうすれば、あの人は喜んでくれるのだろう。
途方に暮れていると、家族の人達に見つかってしまった。
「まあ、かわいいワンちゃん!」
「ねえパパ、この犬飼ってもいい?」
そして、あの人がやってきた。
「お前はあの時の子犬か。いいだろう、家に置いてやろう」

こうしてボクは、あの人の家にお世話になっている。
素のままでいることが恩返しになるとは、予想もしなかった。
何をやっても全くダメだったのが嘘のようだ。
今日もあの人は、電波に想いを乗せている。
「ユキノヨルニ・・・」
あの人も、あの日のことを思い出しているのだろうか。


へちま亭文章塾 第5回「小説+雪またはユキ」投稿作品