君のサーヴァントになりたい2024年05月19日 16時41分33秒

『すごいよコレ。ビックリだよ!』

 地下アイドルやってる姉貴からラインが来た。
 白い腕時計の写真と一緒に。

『すごいって何がだよ』

 俺はすぐに返信する。
 腕時計がすごいと言う姉貴ににわかに賛同できなかったから。

『白い腕時計ってホワイトウォッチーズのアイコンだろ? 姉貴が着けるのは当たり前じゃん』

 姉貴が所属しているのは『ホワイトウォッチーズ』という女性三人組の地下アイドル。
 お揃いの白い腕時計がアイコンで、踊りながら歌うパフォーマンスをウリにしている。
 メンバーはセンターからぷらっち、キンカ、シルフィ。ちなみにシルフィが姉貴の芸名だ。生まれつき耳の先がちょっと尖った感じで、普段から髪を緑色に染めているからそう名付けられたらしい。出典は知らんけど。

『まあ、とにかくこれ見てよ』

 コメントと一緒に姉貴から送られてきたのがステージ動画。
 一分ほどの長さだったが、それを再生して驚いた。

「ほぉ、これはすごい」

 というのも、三人のパフォーマンスの息がピタリと合っていたからだ。
 ここまでのレベルに達するまでには相当の練習を積んだに違いない。地下アイドルだからとあまり注目してなかったが、これは賞賛に値する。これほどのダンスが観れるのならチケットを買うのもアリかもしれぬ。

『すごいよ、タイミングばっちりじゃん』

 素直に姉貴を褒めてあげる。
 決してご祝儀ではない。俺は本当に感動していた。

『でしょ?』

 得意顔してそうな姉貴のコメントがなんだかちょっと悔しい。
 しかしその後の姉貴のラインに俺は驚愕した。

『でもこの曲を三人で合わせたのってさ、これが初めてなんだよ』

 えっ? 初めて?
 いやいやいやいや、それはないでしょ!
 初めての合わせで、こんなにもタイミングぴったりって絶対あり得ない。これは相当練習を積んだ後のパフォーマンスだよ。

『ウソでしょ?』
『ホントなんだってば』
『初めてでここまでできたら天才だよ』
『だから最初に書いたじゃない。すごいって、この時計』

 ええっ、時計?
 時計がすごいの?
 三人のパフォーマンスじゃなくて?

『この時計はね、スタート同期ウォッチっていうの。スタッフさんの親戚に有名メーカー勤務の技術者がいて、特別に開発してもらったんだから』
『なに? その不思議アイテム。スタート同期ってなに?』
『スタートを合わせられるウォッチだよ。これ着けてるとね、センターのぷらっちのタイミングにぴったり合わせられるんだよ。初見でも』

 マジか。
 それはすごい。
 一体どんな仕組みなんだろう?
 そんな時計があるなら俺も使ってみたい。

「ん? 待てよ……」

 その時、俺の頭にあるアイディアが閃いた。

『週末ってさ、姉貴のライブある?』
『今週はないけど』
『じゃあ、その時計ちょっと貸してよ。ぷらっちさんの時計と一緒に』
『ええっ?』

 最初は渋っていた姉貴だが、俺が必死に説得すると嫌々ながらも了承してくれた。ぷらっちさんが承諾してくれたら、という条件付きで。
 こうして俺、西凪翔(にしなぎ かける)は、木曜日の夜に姉貴の住む都内のアパートに行くことになったんだ。


 ◇


「へぇ、これがスタート同期ウォッチねぇ……」

 木曜日の夜の都内のアパートにて。
 姉貴から手渡された白い腕時計を、俺はまじまじと観察する。
 ステージ用と言ってもゴテゴテと装飾してあるわけではなく、いたってシンプルなフォルムだ。リンゴ印のスマートウォッチと間違えてしまうくらい。
 きっとこの中に、最新のテクノロジーが詰め込まれているのだろう。

「ディスプレイの縁だけ細く金属色になってるでしょ? そこが金色なのがマスターなの」
「ほお」

 姉貴は、自分が手にしている時計のディスプレイを俺に向ける。
 ぱっと見た目は白色の時計だが、ディスプレイを細く縁取る金属の部分が金色に光っていた。

「そして翔が手にしている時計がサーヴァント」
「サーヴァントぉ?」

 思わず聞き返してしまった。
 そりゃ、マスターの言うことを聞くのがサーヴァントというのはわかるが、あえてその言葉を使われるとサーヴァントの方が強そうな気がしてしまう。

「そっちは縁が銀色でしょ?」

 姉貴に言われて俺は手にしている腕時計に目を向ける。
 確かにこちらのディスプレイの縁は、銀色に輝いていた。
 が、遠くから見る限りはどちらも白い時計だ。まあ、関係者だけが区別をつけることができればいいわけだから、これくらいの違いで十分なのかもしれない。

「じゃあこの銀色の時計を付けると、マスターの動きを真似ることができるってこと?」
「正確にはちょっと違うんだけどね。まあ、実際にやってみればわかるわ」

 そう言いながら、姉貴は金色の縁の時計を腕に着ける。
 俺も姉貴に促されて、銀色の縁の時計を腕に装着した。

「じゃあ、右手を上げるよ」

 姉貴は右手を上げる。
 すると驚くことが起きた。
 姉貴が手を上げる直前に腕時計を通してピリリと小さな刺激が伝わり、俺の脳を刺激したのだ。
 気がつくと俺も右手を上げていた。

「ね? すごいでしょ!」

 確かにこれはすごい。
 この刺激に合わせて動けば、マスターと同期させるのは簡単だ。

「なんでもね、筋肉を動かそうとするスタート信号を検知して、それを瞬時にサーヴァントに伝えるみたいなの。筋肉の始動を一致させることができるから、ダンスの動きを合わせられるってわけ」

 普通のダンスでは、センターの動きを見ながらタイミングを合わせることになる。
 でもそれでは遅いのだ。センターの動きを目で検知してから筋肉を始動させることになるので、コンマ数秒の遅れが生じてしまう。
 しかし、マスターの筋肉の始動のタイミングを瞬時に知ることができたら?
 より早く体を動かすことができて、ピタリと息のあったパフォーマンスを生み出すことが可能となる。姉貴の説明は、こんな感じだった。

「でもね、この時計は筋肉の始動のタイミングを知らせるだけなの。じゃあ、今度は左手を上げてみるよ」

 そう言いながら姉貴は手を上げた。
 俺もピリリと信号を感じて左手を上げる。
 が、今回はさっきとは何かが違う。それは何故だろうと考えを巡らせていたら、姉貴が違和感の正体を教えてくれた。

「ほら、手をよく見て」

 俺は左手を上げている。
 しかし姉貴が上げているのは——よく見ると右手だった。

「翔はさ、左手を上げてって私が言ったから左手を上げちゃったの。さっきも言ったように、これは筋肉の始動を伝えるだけの機能しかないのよ。左手を上げなくちゃと思っている人は、刺激を受けると左手を上げてしまう。サーヴァントの行動をコントロールするってわけじゃないのよ」

 そうなのか……。
 俺はちょっとがっかりする。
 ラインの内容から想像していた機能とは、かなり違っていたから。
 まあ、ダンスのタイミングを合わせるにはこの機能で十分なのだろう。だってダンスは振付が最初から決まっているのだから。

「なんか浮かない顔してるね。ははーん、わかったわ。これ、女の子に貸そうとしてたでしょ? それで彼女をコントロールしようとしてたんじゃないの?」

 ギクッ。
 図星で狼狽する。
 さすがは姉貴。伊達に血は繋がっていない。

「やっぱそうなんだ……」
「ち、違うよ。女の子に貸そうとしてたのはホントだけどさ」
「じゃあ、何が違うの?」
「逆の使い方を考えていたんだよ」
「逆? それってどういうこと……?」
「俺がマスターじゃなくて、彼女にマスターになって欲しかったんだ」

 俺は姉貴に事情を打ち明け始めた。
 

 ◇


「ほら、俺のクラスメートに東鳴(ひがしなる)めぐみって子がいるだろ?」
「えっ? ああ、あのめぐみちゃんね」

 めぐみは、最近俺と仲良くしているクラスメートだ。
 彼女——と言いきれないのは、めぐみには恋愛感情以外に俺に近づく理由があるから。

「この前もライブ来てたわよ」

 そう、めぐみの推しはホワイトウォッチーズなのだ。
 だから俺と一緒にいるときは、いつも姉貴の動向を聞いてくる。
 俺がメンバーの弟と知って近づいて来たのは明らかだ。

「そのめぐみに、週末遊園地に行こうって誘われてるんだよ」
「女の子と遊園地に? それってデートじゃん。やったね!」
「やったね、じゃねぇよ。めぐみの目的は俺じゃないんだよ。だって最近遊園地でロケしたんだろ? パフォーマンス動画を撮るために、ホワイトウォッチーズはさ」

 心当たりがありそうな表情をする姉貴。
 やっぱりそうだったのか……。
 めぐみにとってその遊園地は正に聖地。一人で聖地巡礼するよりも、関係者と一緒に行った方が心沸き立つのがファンの心理なのだろう。

「めぐみちゃん可愛いもんね。ホワイトウォッチーズ目当てで近づいてきためぐみちゃんのこと、翔は好きになっちゃったんでしょ?」
「そうだよ、悪いか?」

 正直に姉貴に打ち明ける。
 貴重な時計を借りるんだから、隠し事は逆効果だろう。
 確かにめぐみは可愛い。クラスの中でも上位に入るほどには。
 そんな女の子が、クラスの男子の中では俺だけに親しげに話しかけてくるのだ。勘違いするなと言う方が難しい。

「めぐみの本心が知りたいんだ。遊園地で聖地巡礼だけがしたいのかってことを。俺という男が隣にいるんだぜ。手を繋いだりするくらいに、いい感じになったっていいはずだろ?」

 いい雰囲気になったら二人で観覧車に乗っちゃったりして。
 この時計があれば、キスのタイミングだって掴めるかもしれない。

「じゃあ、単刀直入に聞いちゃえばいいじゃん?」
「それマジで言ってる?」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるだろ? もし俺には興味がないって言われたらどうすんのさ。二度と立ち直れないよ。だからそういうのをさりげなく探りたいんだよ、この時計を使ってさ」

 たとえ俺に興味がなくても、一緒に遊園地に行ける今の関係を維持したい。単刀直入に聞いてしまうと、そんな淡い関係すらも壊れてしまう可能性がある。
 仲良く話ができる関係を続けているうちに、もしかしたらという急展開があるかもしれないんだから。

「事情はわかったわ。大丈夫、お姉ちゃんが応援してあげるから」
「この時計を貸してくれるだけでいいよ。間違っても余計なことはしないでよね?」
「わかった、わかったよ……」

 なんだかちょっと嫌な予感がする。
 俺は姉貴のことを視線でけん制しながら、金と銀の二台の腕時計を受け取った。


 ◇


「えっ、この時計って……」

 金曜日の放課後、誰もいなくなった教室でめぐみに時計を渡す。
 時計を見た瞬間、めぐみは瞳を輝かせ始めた。つまり、これがどんな時計なのか瞬時に理解したということ。さすがライブに通うだけのことはある。

「ホワイトウォッチーズの時計じゃん。どうしたの、これ。今度レプリカを発売することになって、お姉さんからサンプルをもらったとか?」
「違うよ、本物だよ。姉貴から借りてきた」
「えっ…………」

 瞳をまん丸にするめぐみ。
 絶句するその表情だけでも、本当にホワイトウォッチーズのことが好きなんだと分かる。そんな彼女のことを、思わずぎゅっと抱きしめたくなってしまった。

「どうしちゃったの? こんな大事なもの私が借りちゃってもいいの?」
「だって明日行く遊園地って、ホワイトウォッチーズがロケしたとこなんだろ?」
「うん、そうなの」
「だったら、それ着けて行ったら気分は爆上がりだろ? 遊園地から帰る時に帰してもらうけど」

 マスターとかサーヴァントとか、そういう話は内緒だけど。

「ありがとう。翔、大好き!」

 めぐみが両手で俺の手を握ってくれる。
 こういう行動が勘違いの元なんだよ。それに、そんなにキラキラした魅力的な瞳で見つめないでくれ。ますます好きになっちゃうじゃないか……。

「じゃあ、今からこの時計着けるよ。明日の夕方までずっと」
「まあ、いいんじゃない。風呂はダメだぞ、たぶん」
「そうだよね。超お宝だもんね。へぇ、これが本物の時計なのね……」

 めぐみはまじまじと時計を見つめている。
 ディスプレイの縁が金色に光る白い時計を。
 こうして俺のデート大作戦が始まったのだ。


 ◇


「ゴメン、遅れちゃって。待った?」

 不意に掛けられた言葉に顔を上げると、そこにはめぐみがいた。
 ちょっと恐縮する表情も可愛らしい。これだよこれ、このシチュエーション。俺がずっと求めてきた正にデートって感じ。
 九月の朝陽を背にするみぐみは、俺の表情を覗き込んでいる。

「ラインしようと思ったの。でも、もう着きそうだったから……」
「いや、今来たとこだから」

 お決まりの台詞と共に、俺は駅前のベンチから腰を上げた。
 白のブラウスに、黒のミニスカートと白のスニーカーに身を包むめぐみ。似合いすぎてて俺の心臓はバクバクだ。
 そして左腕には白い時計が光っている。明らかにホワイトウォッチーズのコーデを意識しているが、それは考えないでおこう。今日は彼女のサーヴァントになるって決めたんだから。

 一緒に駅の改札を抜け、並んで電車のホームに向かう。
 ああ、恋人同士だったらここで手を繋いじゃうのかな、なんて思いながら。
 土曜日だから電車も空いている。
 ホームに着いた電車に乗って腰を降ろそうとした時、ビビっと小さな刺激が脳を揺さぶった。

(キター!)

 めぐみとピッタリのタイミングで、俺たちはシートに腰掛ける。
 駅で合流して二人の距離が百メートル以内になったことで時計同士の距離も縮まり、めぐみからの信号が俺の時計に届くようになったのだ。
 ちなみに時計をしていることがバレないよう、俺は袖の長いシャツで手元を隠している。

 これってなんかいいかも。
 こうしてタイミングを合わせていれば、そのうち「なんか私たちって息ピッタリね?」って言ってくれるんじゃないだろうか。
 そういう異性との相性って結構重要な要素なんじゃないかと、俺は電車の中で考え始めていた。

 早速、それを実感させる出来事が起きる。
 電車が目的の駅に着くと、またビビっと刺激を受けたのだ。
 ドンピシャのタイミングで二人は腰を上げる。そのシンクロ具合に思わず二人は顔を見合わせた。
 可笑しくなってくすくすと笑うめぐみも、なんだかすごく可愛らしかった。


 ◇


「まずはメリーゴーランドだよね!」

 遊園地に入園すると、真っ先にめぐみは俺に提案する。
 メリーゴーランドといえば、ホワイトウォッチーズがロケした場所だ。メリーゴーランドの前でダンスしたり、メンバーが木馬に乗るシーンがパフォーマンス動画に盛り込まれていた。
 だからこの提案は想定内。だってこれがめぐみの今日の目的なんだから。

「じゃあ、行こっか!」

 俺は、めぐみとピッタリのタイミングで駆け出した。



 メリーゴーランドの前でスマホで写真を撮るめぐみを横目に、俺は入場客を観察していた。
 女の人、男の人、子供連れの家族も多い。
 俺が注目するのはカップルたちだ。悔しいことにほぼ全員、手を繋いでいる。
 高校生らしき二人、大学生らしき二人、女性同士のカップルもいる。なんだかすごく羨ましい。早く自分もそうなりたいとしみじみ感じてしまう。男同士ってのは嫌だけど。
 それにしてもあの女性同士のカップル、ちょっと怪しい感じだなあ。二人ともサングラスを掛けてるし。お忍びなんだろうか——と目で追っていると、「次どこ行く?」とめぐみから声を掛けられた。

「じゃあ、ジェットコースターでも行くか!」
「うん、行く行く!」

 もちろん歩き出しも一緒だ。
 思わず俺たちは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
 なんかいい雰囲気じゃないか。ああ、めぐみと手を繋ぎたい。
 そう念じていた俺は、いつの間にか二人の物理的な距離が縮まっていたことに気づかなかった。

 その時だ。
 めぐみの肩に俺の腕が触れる。
 刹那、ビビっと時計からの刺激が「今だ!」と脳に訴えた。

 ゆっくりと繋がれる手と手。
 そのタイミングもバッチリだ。
 掌を通して彼女の温かさが伝わって来る。と同時に、心もジーンと熱くなった。
 愛おしさが爆発しそうになり、俺はぎゅっと強く手を握る。するとめぐみも握り返してくれた。
 言葉は必要ない。そんな至極の時間が、俺たちを包んでいた。


 ◇


 ジェットコースターに乗って思いっきり叫び、また手を繋いで遊園地を歩く。
 そしてまた別のアトラクションへ。
 夢にまで見た女の子とのデート。素晴らしすぎて胸熱で涙が出てくる。まあ、手を繋ぐきっかけを与えてくれたのは、この時計なんだけどさ。
 いつの間にか二人は観覧車へ向かっていた。

(この雰囲気だったら、もしかしてキスしちゃったりして?)

 そう思った瞬間、俺の中に罪悪感のようなものが生まれていた。
 本当にこのままキスしちゃっていいのだろうか?
 それはなんだか、ズルをしているような気がしていたから。
 めぐみの本心は一体どこを向いているのだろう。欲を言えば本当の俺を見て欲しい。それでもなお好きになってくれるなら、一緒にキスしたい。
 しかし一方で、「このまま行けるとこまで行っちゃえ」と囁く自分もいた。
 そう考えるのにもちゃんと根拠がある。だって手を繋ぐタイミングは、めぐみがそう思ったからなのだから。マスターからの信号を受けてサーヴァントの俺はマスターの手を握った。だったらこの展開はめぐみが望んだことなのだ。キスだって彼女が望めば何も問題はない——はず。

 でもやっぱり時計のことは伝えよう。
 それでも雰囲気が壊れなかったら、そして彼女が望むのなら、一緒にキスすればいいんじゃないか。
 そう決心して、俺はめぐみと一緒に観覧車に乗り込んだ。
 この決心が予想外の事態に発展するとは思いもせずに。

「それにしてもこの時計って不思議よね」

 観覧車に二人で腰掛けると、めぐみはまじまじと時計を見ながら語り始めたのだ。

「今もそう。翔くんが何かをしようとする時に、ビビっと刺激が脳を揺さぶるの」

 えっ?
 俺は自分の耳を疑う。
 それってどういうこと?
 確かにめぐみが腰掛けようとした時に、俺も時計からビビっと刺激がやってきた。
 でもめぐみも同じってこと?
 つまりめぐみもサーヴァントだったってこと?

「初めて手を繋いだ時もそう。ビビっと刺激を受けた時に、翔くんが手を繋いでくれた」

 なにがなんだか分からない。
 だって自分もそうだったから。
 めぐみからの信号で二人は手を繋いだのだとずっと俺は思っていた。
 でも本当は、そうではなかったのだ。

 その時、俺の頭の中にある可能性が浮かぶ。
 もしかしたらこの遊園地のどこかに黒幕がいるんじゃないかと。
 それは——そうだ、あの人たちだ。メリーゴーランドの前で見かけたサングラスを掛けた女性同士のカップル。

 俺は慌てて観覧車の下を見る。
 やはりそこにはあの女性同士のカップルがいて、今にも二人で抱き合おうとしていた。

 ヤバい!
 そう思った瞬間、ビビっと時計からの刺激が脳を揺さぶった。
 と同時に、めぐみを抱きしめたくなって仕方がなくなってしまう。
 めぐみを見ると彼女も一緒だった。顔が紅潮してハアハアと息も荒くなっている。

「今も時計から刺激が来た。そしたら翔くんのこと抱きしめたくなってしょうがないの。私どうかしちゃったのかな?」

 いいぞ、このまま押し倒しちゃえ!
 なんて言ってる場合じゃない。
 囁くもう一人の自分を押し除けて、俺は正直に打ち明ける。

「今まで隠してて申し訳ないんだけど、俺も同じ腕時計を着けてて、今めぐみのことを抱きしめたくてしょうがないんだ。これは本心なんだけど時計のせいでもあるんだ。試しに時計を外してみてくれないか」

 めちゃくちゃ後ろ髪を引かれるけど、俺は謝罪しながら時計を外した。
 めぐみも慌てて時計を外す。すると彼女の表情が元に戻った。

「ホントだ。時計を外したら、なんかいつもの翔くんに戻った」

 それはそれで残念なんだけど。
 それにしても問題はあの女性カップルだ。
 観覧車から降りたら捕まえてとっちめてやろう。

 ——あれほど余計なことをするなって言ったのに。

 キスどころではなくなった俺は、観覧車よ早く地上に降りてくれと祈っていた。


 ◇


「えへへ、バレちゃった?」

 観覧車を降りた俺は、女性カップルのもとに走って見慣れた腕を捕まえた。
 サングラスを外した姉貴は、悪びれもせずペロっと舌を出す。

「えっ、シルフィさん? そしてぷらっちさん!?」

 遅れてやってきためぐみは、女性二人組を見て歓喜の声を上げる。
 サングラスを外したもう一人の女性は、なんとぷらっちさんだったのだ。そしてその腕には白い時計が光っていた。

 ぷらっち、キンカ、シルフィの三人組のホワイトウォッチーズ。
 それってプラチナ、ゴールド、シルバーってことじゃないか。
 つまりゴールドがマスターなのではなく、プラチナがマスターだった。俺は最初から姉貴に騙されていたのだ。

 アパートで姉貴は、ゴールドの腕時計を俺の目の前で着けて見せた。
 そして姉貴の動きに合わせて、俺が着けたシルバーの腕時計に電気信号が送られ、俺はゴールドがマスターだとすっかり思い込んでしまった。
 しかしそれはすべて、俺を騙すための策略だったのだ。姉貴はこっそりとプラチナの時計も着けていたのだろう。俺からは見えない場所に、一人ほくそ笑みながら。

 後で聞いた話だが、姉貴たちは駅からずっと俺たちのことをつけていたらしい。
 どうりでシートに腰掛けるタイミングや立ち上がるタイミングがシンクロするはずだ。俺とめぐみは、ずっとぷらっちさんのサーヴァントだった。

「だってさあ、翔がなんかウジウジしてるからさぁ」
「そうよ。後ろから見てて、すっごくもどかしくなっちゃった」

 ぷらっちさんもそんなこと言わないで下さいよ。
 めぐみも目の前にいるんだし。
 するとめぐみが神妙な表情で俺に切り出す。

「ごめん、翔くん。今までずっと、あなたのことを騙していて」

 ええっ、それってどういうこと?
 実はめぐみもグルだったってこと?
 俺はこの遊園地のピエロだったのかよ!?

 なんだよ、そんなのアリかよ。
 観覧車の中で俺、結構すごいこと言っちゃったような気もする。
 ショックでしばらくは立ち直れそうにない。
 しかしめぐみは、さらに驚くことを打ち明け始めた。

「ホントはね、あなたに近づきたくてホワイトウォッチーズのファンになったの。そしたらいつの間にか沼にはまっちゃって……」

 えっ……?
 鳩が豆鉄砲を食ったような表情の俺のことを、めぐみは顔を真っ赤にしながら正視してくれた。

「正直に言います。私、翔くんのことが好きです。付き合って欲しいです。お姉さんたちも応援して……くれますよね?」
「もちろんだよ!」
「やったね、翔くん!」

 なに、この超展開。
 他の観客も集まってきた。
 二人の美女が女子高校生を応援していて、その女の子は一人の男子高校生を前にして真っ赤な顔をしているのだ。何かのロケと思われても仕方がないだろう。
 もちろん俺だって超恥ずかしい。

「行くぞ、めぐみ」
「うん!」

 この場を逃げ出したくなった俺は、めぐみの手を取り走り出していた。




 おわり



ミチル企画 2024GW企画
お題:『手』

飛田LITEサプライズ2023年09月01日 03時09分00秒

「へいピッチャー、デッドボール厳禁やぞ!」
「女性に優しくな!」
 青空眩しい五月の日曜日の球場にヤジが飛び交う。
 社会人軟式野球、第一回市長杯選手権大会の初戦。
 左バッターボックスには、私の親友であり貴重な女性メンバーでもある高橋四音(たかはし しおん)が立っていた。
「絶対顔に当てんなよ~」
「うちの綺麗所だからな!」
 それにしても四音は何を着ても似合う。我チームのユニフォームは上下がアイボリーのごくシンプルなものだが、それですら小柄でポニーテール姿の彼女の可愛らしさを引き立てている。ピチっとした太もももなかなかセクシーだ。
 そしてそのユニフォームの左胸と帽子には、軽金属部品メーカーである我社『飛田LITEサプライ』のロゴが縫い付けられていた。
 一方の相手チームは相庭製薬。上下が空色のユニフォームに身を包んでいる。
 そのピッチャーが第一球目の投球動作に入った。両手を大きく振りかぶり、左足を高く上げ、右腕をホームベースに向かって勢いよく降り下ろす。
 彼の指から放たれた軟式ボール。社会人の草野球にしては速く、コントロールもなかなかいい。シュルシュルと音をたてるボールは小柄な四音の前を通り過ぎ、パンと小気味良い音と共にキャッチャーミットに収まった。
「ストライッ!」
 球審のコール。と同時に、四音は我々が陣取る三塁側ベンチを向く。これならイケる――と口角を上げながら。
 さすがは野球経験者。このチーム作りも彼女と一緒にやり遂げた。
 だから私は確信する。我々の作戦はきっと成功すると、四音と目が合った瞬間に。
 私たちはなんとしてでもこの試合に勝たなくてはならないのだ。
 こうして社長の鶴の一声で結成した軟式野球チーム、飛田LITEサプライズの攻撃が幕を開けた。


 〇 〇 〇


 それは半年前のことだった。
 社長秘書の私、来雲土羽希(らいうんど うき)は突然社長の命を受けることになったのだ。
「羽希ちゃん、ちょっとお願いがあるんだが」
 これはヤバい――と私のアンテナが危険を察知する。
 社長が私のことを名前で呼ぶ時はいつも訳アリ案件だ。すぐにこの場から逃げねばならぬ。
「すいません社長。私、急ぎの用事が……」
 が、社長はその隙すら与えぬ勢いで用件を口にした。
「今の市長、春になったら新しく軟式野球大会を始めるらしいんだが、それに出場するメンバーを集めて欲しい。チームを出してくれってしつこく頼まれちゃってさ」
 つまり私に社内軟式野球チームを作れと、そうおっしゃってるわけですね。
「申し訳ありませんが、社長。私にはちょっと荷が重すぎるかと。野球の「や」の字もやったことがありませんので」
 野球チーム作りなんてめんどくせー、というのが本音。
 それにこの件には絶対裏がある。少なくとも、市長のメンツを保って差し上げるという社長から市長への「貸し」に加担せよということだ。もしかしたら、大会の盛り上がりに乗じて市民球場の新設という話が上がるというシナリオが組まれているのかもしれない。そしたら我社が優先的に部品供給を――って、それじゃ社長と思考が同じじゃない。下手したら犯罪になっちゃうし、そこまでリスクを負うメリットもない……はず。
「そうだ、軽金属加工課の高橋四音くん。彼女は野球経験者だったよね?」
 げっ、なんかそうだったような気がする。
 最近は自転車ばかり乗ってるみたいだけど、元々スポーツを続けていたというのは聞いていた。
「確か履歴書に書いてあった。大学の頃、女子硬式野球部だったって」
 ちっ、そういうことだけはちゃんと覚えてるのね。
「確か君とも仲が良かったよね? 彼女と一緒にメンバー集めをすればいいじゃないか。まあ、君に断られたら直接四音くんに頼むだけだけど」
 今ここで社長の依頼を断っても、私抜きでこのプロジェクトは実行されるということだ。
 四音が絡むというのであれば私も一枚噛みたい。そして美味しいところだけをいただきたい。
「社長。お言葉ですが、四音と私が社員を誘ってもメンバーは集まらないと思いますよ」
 無い知恵を絞りながら、私は必死に言葉を紡ぎ始める。
「野球チームのメンバーに選ばれてしまうと、試合で週末がつぶれることになりますよね? 練習だってしなくちゃいけないです。仕事で疲れている若者が、わざわざ休暇をつぶして参加するでしょうか?」
 そうだ、その通りだ!
 自分の中のもう一人の私が叫んでいた。
「少なくとも、仕事の一環として扱っていただけないでしょうか? もしくは一勝につきいくらという風に特別ボーナスを出してもらえるとか?」
 すると社長はうーんと唸りながら考え始めた。
 その様子で私は確信する。きっと社長は、ボランティアで喜んで野球に参加する社員がいると思ってたんだ。甘い甘いよ、今の若者はそれじゃ動かない。昭和の社畜じゃあるまいし。
「仕事の一環というのは無理だな。「これ仕事だから」って野球をやられたら、他の社員に示しがつかない」
 まあ、そういう風に不満を口にする人もいるよね。特に四十過ぎの昭和の人なら。あいつら野球やって遊んでるのに給料もらえるのはズルいと、ネチネチと非難するに違いない。
 そう言う人こそ野球チームに参加して欲しいんだけど、メンバーがおじさんばかりになっちゃうのは嫌だ。私がチーム作りするならばの話だけど。
「しょうがない、勝利数に応じて特別ボーナスを出そう。私のポケットマネーで」
 そうこなくっちゃ!
 しかし直後、社長はとんでもない数字を口にしたのだ。
「一勝につき一人一万円というのはどうだ?」
 いやいやいやいや、それはあり得ない。
 休暇を削って、必死に練習して、試合にも出てそれっぽっち?
 一万円じゃ旅行なんてどこにも行けないし、服だってファストファッションになってしまう。
 その時の私はよほど渋い表情をしてしまったのだろう。社長は慌てて前言を撤回した。
「わかったわかった、一勝につき一人三万円は?」
 感情を表情に出してしまうのは秘書として失格と思いながらも、私は表情を崩さない。
「社長。いいですか? 春まで半年しかないんですよ? 正に急造チームなんです。そのチームが二勝以上できると思いますか? 二勝以上できるならその金額でもギリ飲めると思います。でも、最初の試合に勝てるかどうかも分からない、つまり頑張っても三万円しかもらえないかもしれないという状況でやる気が出ると思いますか?」
 思わず熱弁してしまった。柄にもなく。
 しかしそれが効いたのか、社長はやっと折れてくれたのだ。
「しょうがないなぁ。羽希くんには笑って欲しいから一人五万円にするよ。それ以上は出せん。それでやってくれるかね?」
 それならば――。
 私は社長に向かって、いつもの秘書スマイルを披露した。
 

 〇 〇 〇


「というわけなのよ。四音、引き受けてくれる?」
「うん、まあ、羽希の頼みなら……」
 その日の就業後、私は四音を食事に誘う。
 事情を打ち明けると、渋々ながらも彼女は私の頼みを聞き入れてくれた。
「やっぱ土日が潰れるのは嫌?」
「それもあるけど、ご褒美が勝利ボーナスだけっていうのもね。しかもたったの五万でしょ?」
「だよね。五万じゃ近場の貧乏旅行しか行けないもんね。でもね、これでも私は粘ったのよ。だって最初は一万だったんだから」
「マジで? ケチやなぁ、あの社長」
「なんとか二勝できればいいんだけど……」
 二勝できればボーナスは十万円に膨らむ。そうなれば、もう少しマシな旅行に行くことができる。
「んなことできるわけないじゃん。そもそもの話、うちの会社でメンバーなんて集まるのかしら?」
「そこを四音の魅力でなんとか」
 私は四音に向かって両手を合わせた。すると彼女は私の顔を覗き込む。
「もしさ、私を含めて八人しかメンバーが集まらなかったらどうすんの?」
 一体どうするんだろうね……。
 完全に他人事の顔をしている私のことを見透かした四音は、ニヤリと口角を上げた。
「そん時は試合に出るんだよね、羽希も」
「えっ?」
 そんなことは考えてもいなかった。
 社内トップクラスの可愛らしさを誇る四音が誘えば、メンバーなんてちょちょいのちょいで集まると思ってたから。
 でも、もし八人しか集まらなかったら――。
 間違いなく社長は私にも出場しろと言うだろう。
「なに? それは考えてなかったの? 人には出ろって言っておきながら」
「い、いや、四音が誘えばその、あの……」
「私は一緒に出たいな、羽希と一緒に。それにね……」
 そう言いながら彼女は視線を下げる。ニヤニヤしながら、私の胸のところまで。
「ぜひ見てみたいの」
 やっぱそう来たか。
 私の胸のサイズはFカップ。いわゆる巨乳ってやつだ。だから運動も苦手で、走るのも嫌なのだ。
 野球のユニフォームなんて着た日には……。
「ぱっつんぱっつんの羽希のユニフォーム姿」
「嫌よ。そもそも女性用のユニフォームってあるの? 男性用だったら四音が言うように胸のボタンが閉まらないよ」
「スポーツブラつければ収まりがよくなるけどね。私の場合はだけど」
 四音の胸のサイズはCカップ。それくらいだったら問題はないのにな。
「それつけてもダメなのよ。服選びはいつも困っちゃう」
「贅沢な悩みね。でも、男を集めるにはもってこいじゃない。ぱっつんぱっつんの羽希が勧誘したら一発でメンバーが集まるよ」
 そういう考え方もあるのか。
 なんて納得してる場合じゃない。そんなのは絶対嫌だ。
 それに勧誘するってことは社内でユニフォーム姿になるってことだよね。それって何のコスプレ? 変なオタクしか集まらないんじゃないの?
「そもそも社長が全部揃えてくれるんだよね? ユニフォームとか道具とかって」
「そうするって言ってたけど」
「じゃあさ、最初に私と羽希のユニフォームを揃えてもらえるよう社長に頼んでよ。そしたらチームへの加入を考えてあげるよ」
「そんなぁ……」
「じゃあ、やんない」
 四音は悪戯っ子の表情をする。それも可愛らしいんだけど、さ。
「分かったよ。社長に二人のユニフォームをおねだりするからさぁ……、会社でユニフォーム姿にならなくてもいいよね?」
「ダメ。それじゃメンバー集まんない」
「カンベンしてよ……」
 いつの間にか私がメンバーを勧誘する話になってない?
 これって何? ミイラ取りがミイラになるってやつ?
 いや、ミイラ取りを依頼した私がミイラ取りになるってやつだわ。
 こうして私たちは、ユニフォーム姿でメンバーの勧誘をすることになってしまったんだ。
 アイボリーの上下のユニフォームの胸に、飛田LITEサプライのロゴを縫い付けて。
 それにしても、野球のユニフォームってこんなにもストレッチ性が高いなんて知らなかった。胸のボタンは閉められないかと思ってたけど、なんとか収まってくれたし。
 四音のユニフォーム姿もかなり破壊力があったなぁ……。彼女、普段から自転車で足腰を鍛えていたからね。勧誘に行くと、ぱっつんぱっつんの四音の太ももか私の胸に視線が集中しているのがよくわかる。全く男ってやつは!
 そのお陰なのか、九人のメンバーはあっという間に集めることができた。


 〇 〇 〇


「大変だよ、羽希!」
 四音が秘書室に飛び込んできたのは、最初のミーティングの直後だった。
 自己紹介までは私も会場にいたんだけど、話し合いがポジション決めになると私は会場を出て秘書室に戻ってきていたのだ。だって九人集まったんだから、私は試合に出る必要はない。
「どうしたの四音? ポジション争いで喧嘩にでもなったの?」
「喧嘩になる以前の話だよ。集まったメンバーって、実は全員が内野を守れない人たちばかりだったんだよ」
「?????」
 それってどういうこと?
 野球のことあまり知らないからよくわかんない。
 内野を守れない人ってまさかの内野恐怖症ってやつ? きっと子供の頃に受けた千本ノックがトラウマになってるんだ、可哀そうに……。
 思わず同情しそうになっていると、四音がツッコミを入れてきた。
「なにウルウルしてんのよ。スポ根の話じゃないから」
「じゃあ何でなの? 内野を守れないって?」
 すると四音はふうっとため息をついた。
「羽希って、ホントに野球を知らないんだね」
「そうだって最初から言ってるじゃん」
「内野が守れないっていうのはね……」
 その理由は!?

「全員左利きだったんだよ」
「…………」

 ポカンとする私に対して、四音は再び深いため息をついた。
「そこから説明しなくちゃいけないのか……」
「そうよ。何でなのか教えて。何で左利きだったら内野が守れないの?」
「それはね」
 こうして私は、四音から野球のレクチャーを受けることになった。

「そもそもの話、羽希はプロ野球とか観てるの?」
「ぜんぜん」
「そうだよね……」
 何度も落胆する四音が可哀そうになってきたから、私は慌てて補足する。
「でもね、ほら、WBCってやつは観てたよ。ショーヘイ君大好きだから。打ったら、一塁、二塁、三塁って反時計回りに走るんでしょ? そしてホームに戻ってきたら一点。それくらいは知ってるよ」
「まあ、それだけ知ってたら十分か……」
 四音は私を向いておもむろに説明を始める。
「内野の守備なんだけど、一塁を守る人がファースト、一塁と二塁の間を守る人がセカンド、三塁を守る人をサードというの」
「うんうん」
 それくらいだったら私も分かる。
「そして二塁と三塁の間を守る人をショートストップといって、略してショート。なぜショートストップというのかについては所説あるんだけどね」
「ほお」
 すると四音は身振り手振りを加え始めた。
「じゃあ次は、打者がボールを打つところを連想してみて。そのボールをサードやショートやセカンドが捕球するところを」
 瞳もちょっと輝いてきた。本当に彼女は野球が好きなんだ。
「まず打者がゴロを打った。それを守備の選手が体の正面で捕る。ここまではいいよね?」
「うん」
「そしたらサード、ショート、セカンドの選手はどっちに投げる? 右側? 左側?」
 うーん、どっちなんだろう?
 一塁側に投げるわけだから――
「右側?」
「いやいやいやいや、それはテレビの画面での話でしょ? 選手になった気持ちで考えてみてよ」
 選手の気持ちか……。
 打者が打って、自分は選手でゴロの球を捕って、一塁はえっと、左にあるから――
「左側か」
「そう。左側に投げるの」
「そっか、右利きの選手ならそのまま左側へ投げられる」
「その通りよ。でも左利きの選手は、一度体の向きを変えないと強い球は投げられない。このコンマ数秒の遅れが致命的になっちゃうから、左利きの人は内野を守れない」
 ほおほお、そういうことだったのね。
 やっとその理由が分かったような気がする。
「キャッチャーもね、左利きの人がやりにくいポジションなの」
「キャッチャーも?」
 ええっ、それってどういうこと?
 キャッチャーから見たら一塁は右側じゃん。そしたら左利きの方が有利なんじゃないの?
「理由は二つあって、その一つはけん制球」
「けん制球って?」
「ランナーが盗塁した時に投げる球よ。走られたらすぐ二塁に投げなきゃいけない」
 なんかそんなシーンあるね。ショーヘイ君はいつもセーフだけど。
「その時、左利きだと右バッターが邪魔になっちゃう。大抵の場合、右バッターの方が多いからね。左利きのキャッチャーは、それだけで不利になっちゃうの」
 へえ、そういうものなんだ。かなりデリケートな話なのね。
「もう一つはホームでのクロスプレー」
「クロスプレーって?」
「ランナーが点を入れようとしてホームに帰ってくる時、それをアウトにしようとするプレーよ」
 あれってクロスプレーっていうんだ。なんか迫力のあるシーンだよね。怪我しないでよとドキドキしちゃう。
「右利きのキャッチャーなら左手で捕球するから、そのままランナーにタッチできるの。こんな風にね」
 四音は身振りを添えてくれた。左手でボールを捕ってランナーにタッチするという身振りを。
 これなら分かりやすい。
「スムーズでしょ? でも左利きは違う。こんな風に右手で捕球するから、ランナーにタッチしにくい」
「ほうほう、確かに」
「このコンマ数秒の遅れが致命的なのよね。これでセーフになっちゃったら試合に勝つことも難しくなっちゃう。だから左利きの選手は内野を守れないのよ」
 やっと分かったような気がする。
 でもそれって、プロの話じゃないの?
「ねえ、四音。今度開催される市長杯選手権って、そんなにレベルの高い大会なの?」
「いや、そんなことはないと思う。今回が第一回だから、詳しくは分からないけど」
「じゃあ、別に左利きだっていいんじゃないの? 内野を守る人が全員」
「そ、そりゃ、そうかもしれない、けどさ……」
 きっと経験者の四音は、ちゃんとした野球がやりたいのだろう。私の意見に言葉を濁してしまうところがその証拠なんだと思う。
 でも私たちは所詮寄せ集めなのよ。半分くらいは私のおっぱい目当てで集まったのかもしれないんだから。
「守りで不利な分、打てばいいんじゃない?」
「簡単に言ってくれちゃってさ。それができれば苦労しないって。いいよね、羽希は試合に出ないんだから」
 と言いながら、四音ははっとした顔をする。
「そっか、苦労しない、か……」
 彼女は何かを思いついたようだ。みるみる表情が明るくなってくる。
「最小限の動作で最大限の効果を発揮するようになればいいんだわ」
 声まで生き生きしてきた。もしかしてそれって私のおかげ?
「ねえ、羽希。このチームは私が好きにしてもいいんだよね?」
「うん、いいよ。社長もそう言ってたし」
「むふふふふ、なんか面白い作戦を思いつきそうなんだよね。ちょっと考えてみるわ」
 キラキラと少女のように瞳を輝かせる四音。
 その時、彼女が考えている作戦を私は想像することさえできなかった。


 〇 〇 〇


 三月になると、大会の開催が正式に発表される。
 ――第一回、社会人軟式野球市長杯選手権大会。
 同時に出場チームのエントリーが始まった。
「ねえ、四音。チーム名ってどうする?」
 チームやメンバー登録などの事務仕事はすべて私の役目だ。試合に出ない分、別のところで貢献しないとみんなに恨まれそうだし。
「単純に『飛田LITEサプライズ』でいいんじゃない? 帽子と胸に会社名が書いてあるんだからさ」
 そうなのだ。
 経費節約なのか、我がチームのユニフォームは背番号付きのアイボリーのユニフォームをそのまま使っており、胸の部分に会社のロゴを貼り付けただけの超シンプルだったりする。
「そうよね。チーム名……飛田LITEサプライズ……と」
 この書類を出せばもう後には引けない。勝って五万円を獲得するか、負けて恥をさらすかだ。
 まあ、社長としては市長に恩を売りたいだけだから、出場するだけでいいと思うんだけど。
「うちのチーム、二勝以上できると思う?」
「無理だね。今考えてる作戦も一試合限定だし。でも羽希が試合に出てくれたら、奇跡が起きるかもよ」
 えっ、それって……?
 私の秘めたる才能が
「羽希の揺れるおっぱい見たさにメンバーが奮起すると思うから」
 そっちかよ。
 まあ、そんな感じじゃないかと思ってたけど。
「というのは冗談で、試合当日は必ずユニフォームで来てよね。羽希のユニフォーム姿が目当てで参加するメンバーもいるんだから。メンバーが揃わなくて不戦敗ってなったら最悪よ」
「ええっ? 本当にユニフォームで来なくちゃダメ?」
 勧誘の時、すごく恥ずかしかったんだから……。
「ダメよ。三塁コーチャーとかやってもらうかもしれないから、マジな話ユニフォームは必至よ」
「三流紅茶? 何、それ」
「相手チームのサードやピッチャーの集中力を逸らす役目よ。そのおっぱいでね」
 すると四音は急に真面目な顔になった。
「それにね、羽希用のユニフォームは特別製なの。金属繊維を織り込んであって胸をしっかりとホールドするから、今までのユニフォームよりも着心地が格段に良くなったと思う。試合には絶対それ着て来てね!」
 まあ、それなら着てもいいかもしれない。胸をしっかりホールドしてくれるなら。
 こうして私も、ユニフォーム姿で試合に参加することになったんだ。


 〇 〇 〇


 五月の晴れた日曜日。
 いよいよ飛田LITEサプライズのお披露目だ。
 トーナメントは四月から始まっていたが、会場となる球場が少ないことと五十チーム以上の参加があったため我がチームの初戦は五月になってしまった。
 相手チームは相庭製薬。上下が水色のユニフォームに身を包んでいる。
「さあ、勝って五万円をゲットするわよ!」
 円陣の中心でチームにカツを入れる四音。そしてメンバーは守備位置に散っていった。
 ピッチャーは鈴木投一(すずき とういち)。中学校まで野球をやっていたようでそれなりの球速を投げる。もちろん左利きだ。
 それにしても四音が考えた策って、本当に上手くいくのかしら? 概要は私も聞いているけど。ガンガン打たれてボロ負けするんじゃないかと不安になってくる。
 ベンチで一人っきりになると、そんなネガティブな場面ばかり連想してしまう。周囲にメンバーがいないことが、こんなに心細いものとは思わなかった。
 バッターボックスに相手の一番バッターが立った。いよいよプレイボールだ。
 投一が大きく振りかぶり、第一球を投げる。低めの速球がバッターの前を通り過ぎ、パンと気持ちの良い音とともにキャッチャーのミットに収まった。
「ストライッ!」
 球審のコールに私は少しほっとする。少なくともガンガン打たれるという感じではなかったから。
 第二球。今度は少し遅めの投球。これは変化球というのだろうか? バッターがバットを振って、ゴンという金属バットに軟球が当たる鈍い音がした。
 ボテボテの内野ゴロ。セカンドを守る四音が打球に向かってダッシュする。
 これはなかなか微妙なタイミングだ。打球の勢いがなさ過ぎて、四音が捕球するのに時間がかかってしまった。その間に打者は一塁まであとわずかの距離に到達している。
 間に合うか!?
 息を飲んだ次の瞬間、私は目を見開いた。四音の必殺技が炸裂したから。
 利き手の左手で直接打球を掴んだ彼女は、そのまま左手を外側に振りぬいたのだ。素早くテニスのバックハンドのような振りで。
 ノールックで投じたその球は、すごいスピードでファーストミットに収まった。
「ヒズアウッ!」
 塁審のコールに球場がどよめく。
 そりゃ、そうよね。あんなプレーを見せつけられたんだから。
 ――必殺フリスビー投法。
 これが四音が考え出した作戦だった。
 内野手として左利きが不利なのは、テニスのフォアハンドと同じ振りで一塁に投げようとするから。この考え方を変えればすべては解決する。つまり、バックハンドの振りで投げることができればよいということ。
 そのためにこの数か月間、内野手は筋トレに励むことになった。特に前腕筋、深指屈筋、浅指屈筋、広背筋、腹斜筋の筋トレを重点的に。
 さらにノールックで一塁に投げられるよう特訓を重ねた。フリスビー投法を行う際、一塁側を向いてしまうと体が開いて送球の勢いが落ちてしまうから。体が前を向いたまま腕を振りぬいた方が、速い送球を生み出すことができる。
 その成果を今、四音が見せつけてくれたのだ。
「いいぞ、四音くん!」
 観客席から社長の声がする。社長も満足してくれてほっとする。今のところは、だが。
 バッターボックスに二番バッターが立つ。
 一球目の直球はバットを振らずにストライク。二球目は遅い球を振ってくれて空振り。
 なんかいいんじゃないの、投一くん。と思っていたら、ゴンと鈍い音がする。三球目を打たれてしまったのだ。
「でも、サードゴロだ。正五行け!」
 サードの渡辺正五(わたなべ しょうご)が三塁ベースの近くで打球をキャッチする。そしてフリスビー投法が炸裂――と思いきや、なんとも山なりの送球になってしまった。
「セーフ!」
 これでは一塁には間に合わない。
 これが左利きのデメリットか? 単に正五の筋トレが足りなかっただけなのか? そもそもフリスビー投法で三塁から一塁まで投げるのは無理なのか?
 どちらにせよ、相手チームに弱点を見せてしまったことは確実だ。
 ワンアウト、ランナー一塁。
 打つ気満々の三番バッターは、投一の初球の速球を振りぬいた。パンという音と共に速い打球が三塁線に飛んでいく。
「さあ正五、名誉挽回よ!」
 横っ飛びで打球をキャッチした正五は、起き上がりながらフリスビー投法で二塁に送球する。今度は低くて速い送球だ。そしてそれをキャッチした四音は、同じくフリスビー投法で一塁に送球。
「ヒズアウッ!」
 フリスビー送球の見事な連携プレー。これは爽快だ。観客席からも歓声が湧き起こる。
 これがダブルプレーというやつなのだろう。間近で見るのは初めてだ。
 それにしてもめちゃくちゃ気持ちがイイ。私は立ち上がり、拍手でベンチに戻るメンバーを出迎えた。
「すごい、すごいよ」
 私は四音とハイタッチする。
「でしょ? あの連携プレー、結構練習したんだから」
「美しかったし、見応えあったよ!」
 我々は一回表を無失点で乗り切ることに成功した。


 〇 〇 〇


 一回の裏。我がチームの攻撃の番だ。
 一番バッターは四音。一球目を見送った彼女は、直後にベンチに視線を送る。
 これならイケる――と。
 二球目。遅めのボールを彼女はバットに当てた。一塁に走りながらバントの恰好で。
 コンという軽い音と共に前に転がるボール。ホームベースと一塁のちょうど中間辺りだ。
 これは上手い! 慌ててピッチャーがボールに近づき、掴んだ時には四音は一塁を駆け抜けていた。
「ナイス、四音さん!」
「さすがは監督」
 ベンチからの声に四音は高々と親指を立てる。ベンチも彼女に続けとイケイケムードになってきた。
 二番バッターはサードの正五。
 四音とは異なり、ブンブンとバットを振っている。
 おっ、打つ気満々ね。これは面白そうと思いきや――。
 一球目は空振り。二球目も遅めのボールを空振ってしまった。
 あーあ、ツーストライクになっちゃった。でも当たれば飛びそうだよと期待していると、正五は予想外の行動に出る。なんと三球目をバントしたのだ。ボールはまたもやホームと一塁のちょうど中間くらいに転がった。
 不意を突かれたピッチャーが打球を捕りに行くけど時はすでに遅し。正五は一塁、四音は二塁に到達していた。
 ノーアウト一塁二塁。これはチャンスだ。
 三番バッターはピッチャーの投一。またもやブンブンとバットを振っている。
 これが当たれば一点じゃないの、と思いきや、彼も正五と同じく連続空振りしていきなりツーストライクに追い込まれてしまった。
 ちょっと何やってんのよ投一。今度はちゃんとバットに当てるのよ、とドキドキしていると、投一も予想外の行動に出る。またもやバントをしたのだ。打球は前の二人と同じく、ホームと一塁のちょうど中間に転がった。
 これもまた見事。ピッチャーがボールを捕った時は、ランナーは一塁を駆け抜けてノーアウト満塁となった。
 四番バッターは山田捕二(やまだ ほうじ)。彼もブンブンとバットを振っている。
 さすがに今度は長打してくれるだろう、四番だしと思いきや、やっぱりツーストライクに追い込まれる。
 なに? このデジャビュ―は。
 まさか、次に起こる展開は――と思った通り、捕二はバントをした。しかも、ホームと一塁の中間地点に正確に。
 四音がホームベースを踏んで一点先制! ベンチにいる選手は全員がハイタッチで四音を出迎えた。
「すごいよ四音。みんなが同じところにバントできるなんて、相当練習したんでしょ?」
 しかし、彼女から帰ってきたのは意外な返事だった。
「全然」
「全然って、そんなことないでしょ? みんな同じところにバントしてたよ。ものすごく絶妙な場所に。しかも追い込まれてから」
「みんな左利きで左バッターだからね。一塁に走りながのセーフティバントが一番確実に塁に出れる方法なの」
「へえ、そうなんだ」
「それにね、あれにはちゃんとした理由があるのよ。大きな声では言えないけどね」
 そして四音は、耳打ちするように小声で種明かしをしてくれたんだ。

「あれはね、バットに仕掛けがあるの」
 ええっ、バットに?
 そんな風には見えないけど。
「内臓された二台のカメラで投球の軌道と速度、そして相手選手の守備位置を計測しててね、インパクトの瞬間にAIが表面の形状と反発係数を変化させて相手が最も捕りにくい場所にボールを転がすことができるの。バント専用、瞬時形態最適化AI搭載バット、略してバントくんって呼んでるんだけどね」
「なにそれ。そんなことができるの?」
「そんなことって何よ。羽希が秘書やってるのは何の会社? うちらは軽金属加工のプロなの忘れてるでしょ」
 そうだった、そうだった。うちの会社は飛田LITEサプライだった。
「でもこの作戦には弱点があるの。バントしかしないと気づかれたら相手チームも対策してくるでしょ? だから最初の二球はブンブン振ってもらって、長打があるぞって思わせる」
 みんなが豪快に空振りするのには、理由があったんだ。
「まあ、本当に当たって長打になればそれに越したことはないんだけどね。急造チームだとそうは上手くいかないよね」
 その通りだよ。あれが当たればいいのにってずっと思ってたんだから。
「でもね、ツーストライクになるといいことが一つあるの」
「それって?」
「相手チームは、バントはしてこないと思ってしまう」
「ええっ、そうなの? 何で?」
「それはね、スリーバントってルールがあるからよ。ツーストライクに追い込まれてからのバントは、失敗すると即アウトになっちゃうの。ほら、バントってボールを当てやすいから無限にファールできちゃうでしょ?」
「へえ、そんなルールがあるんだ……」
「だから守備側は、ツーストライクになった時点でバントの可能性を低く想定してしまう。でもバントくんを使うと、追い込まれてからも確実にフェアゾーンの最適解にボールを転がすことができるの」
 四音はバッターボックスに目を向ける。そこではショートの山本六太(やまもと ろくた)が打席に立っていた。
「でもそれでセーフになるのは最初のうちだけ。だんだんと手の内が分かれば対策されちゃう」
 続いて彼女は相手の守備位置に視線を移す。確かに相手チームの守備位置が変わっている。ファーストとサードはかなり前に出ていて、外野も極端に前で守っていた。
「ホントだ。あれじゃバントしてもすぐにボールを捕られちゃう」
「そうなの。だからね、この虎の子の一点を大事にしなくちゃいけないの」
 六太は一球目でバットを思いっきり振る。当たれば外野の守備を軽く越えられると思えるくらい。が、当たらない。
「あれが当たればねぇ……」
「そう簡単にはいかないのよ。羽希もバッターボックスに立ってみればわかるわ」
「嫌よ、そんなの。怖いもん」
「でも相手チームも相当怖いと思うよ。別の意味でね」
「だよね、あれが当たったら即失点だもんね」
「面白いでしょ、野球って。羽希もやる気になった?」
「いや、全然」
 六太は二球目も強振する。が、やっぱり当たらない。
「てことは、次はバント?」
「になっちゃうよねぇ~」
 相手選手もぐっと守備位置を前進させた。もうバレバレじゃん。
 それにも関わらず六太はバントを強行。同時にダッシュしていたファーストが捕ってホームに送ってアウト。さらにキャッチャーはカバーに入ったセカンドに投げて、バッターもアウトになってしまった。
 ツーアウト二塁三塁。しかしまだまだチャンスは続いている。
 次のバッターはファーストの田中三郎(たなか さぶろう)。
 彼も最初はブンブンとバットを振るがやっぱり当たらない。そしてその後のバントではホームでのクロスプレーでスリーアウトになってしまった。
「こんな風に対策されちゃうと打つ手がないのよ」
「バットを振って、ボールに当てることができればいいのにね……」
 私と四音は頭を抱えるのであった。


 〇 〇 〇


 その後、試合は一対〇でサプライズがリードしたまま膠着状態になってしまう。
 バントしか攻撃方法がないサプライズは、塁にランナーを貯めることができてもホームを踏むことができない。相庭製薬の極端な前進守備によって。
 一方の相庭製薬も、サプライズの投一を打ち崩すことができなかった。ランナーを一塁に出せても、二塁や三塁でアウトにされてしまう。左利きの守備がこんなところに活かされるとは、誰も予想していなかっただろう。
 しかし最終回の七回表。相庭製薬は投一の攻略に成功する。疲れで球威が衰えたところに三連打を浴びせて二点を奪ったのだ。
 七回の裏。サプライズの攻撃。スコアは一対二。
 この回に点を入れなければ、我がチームは負けてしまう。
 ちなみに同点になった場合は、延長戦を行うのではなく、同じ守備同士のじゃんけん大会で勝敗を決めることになっている。
「みんな、この回で逆転して五万円ゲットしようよ!」
 四音がメンバーにカツを入れるが、みんなは死んだ魚のような目をしている。普段から運動をしていないためか肩で息をしているメンバーもいた。
 打順は四音からだ。
 六回までと同様にバントで一塁に出る。
 続く正五、投一の二人もバントで出塁してノーアウト満塁。
 ここまでは相庭製薬もやらせてくれるのだ。しかしここから極端な前進守備でことごとくホームでアウトにされてしまう。
 この回も例外ではなかった。バットを振り回しても当たらない捕二は、ツーストライクからバント。ホームで四音が、一塁で捕二がアウトになって、ツーアウト二塁三塁になってしまう。
 絶体絶命。ああ、五万円は夢と散るのか、と諦めたその時、ベンチに戻ってきた四音が動いた。球審に予想外の代打を告げたのだ。
「代打、来雲土羽希、よろしくお願いします!」
 えっ、私?
 それってどういうこと?
 ポカンとする私のところに、四音がバントくんを持ってやってくる。
「いい羽希、私たちはもうあなたに賭けるしかないの。これ持ってバッターボックスに立って、一塁まで全力疾走してほしい」
「む、無理だよ。私野球なんてやったことないし、バットだって持ったこともないんだから」
「大丈夫。このバットは我社の技術を込めた最高傑作だから。今までのバント成功率は百パーセントだったよね。今は守備位置のバグでやられてるけど」
「そ、そうだけど……」
「これ持ってバントの恰好して、バッターボックスに立ってるだけでいいから。怖かったら目をつむっててもいいから」
「えー…………」
 嫌がる私に、他のメンバーも声を掛けてくれる。
「羽希さん、お願いします!」
「最後に僕たち見たいんです、羽希さんが全力疾走するところを!」
「みんな…………」
 思わず涙が溢れて来そうになった。
 こんなにも疲れているというのに、それほどまでに私のおっぱいが揺れるところを見たいのかよ。
「わかった、私やるわ」
 こうなったらヤケクソだ。
「ありがとう、羽希」
 私は四音からバントくんを受け取り、右バッターボックスに立った。

 生まれて初めて立つバッターボックス。
 球審に挨拶をして、土のグラウンドに白線で囲まれた長方形の聖地に足を踏み入れる。私の心臓はバクバクだ。
 バントくんを胸に抱えてフィールドを向く。ピッチャーそして広大なフィールドに散らばる選手たちがみんな私に注目している。それは相手選手だけじゃない。三塁の正五も二塁の投一も私に熱い視線を届けてくれていた。チラリと観客席を見ると、みんなが息を飲んで私を見つめている。
 そうか、ここは舞台なんだ。
 主役だけが立つことを許されたステージ。
 いや違う、ここに立つ者すべてが主役になれる特別な場所なんだ。ここでの振る舞い一つで物語のゆくえが決まってしまうことすらある。正に今がその時。
 こんな重要な役を私が演じてしまっていいのだろうか。
 メンバー集めと事務作業にしか貢献してこなかったおっぱいだけが取柄の私が。
 そんな雑念は一瞬で吹き飛ばされる。ピッチャーが一球目を投じたのだ。
 ものすごいスピードで私に近づいてくる白球。驚きで私はのけ反った。
 ちょ、ちょ、ちょっと、なに今の。当たったら死ぬよ、こんなの絶対無理だよ。
 思わず涙がこぼれて来る。代打なんて引き受けるんじゃなかったと。
 同時に私は、先ほどまでの考えを改めていた。主役になれる舞台なんてそんな生やさしいものじゃなかった。ここは生きるか死ぬかを問う場所だ。四音や他のメンバーは、こんなに怖いものと対峙してたんだ。私にそれができるか、全く自信がない……。
「羽希さん、頑張って!」
「大丈夫、軟球だから当たっても死にませんよ!」
「羽希ならできる。みんなを信じろ! 私を信じろ!」
 背後のベンチから次々とメンバーの声が飛んでくる。
 みんな勝手なこと言っちゃって。
 でもそれが嬉しくて心強い。この場所に立って、初めて私はメンバーの一員になれたような気がした。
 それならば――やるしかない!
 静かに目を閉じて、私はバットを構えた。バントの恰好で。
 視覚が失われるとその他の感覚が研ぎ澄まされていく。
 四音の話によると、このバットには目が付いているという。迫りくるボールや相手の守備位置を絶えず捕捉している二つのカメラという目が。今はそれを信じるしかない。四音がこのバットに組み込んでくれた我社の最新のテクノロジーと共に。
 応援やヤジを意識から消し去ると、キャッチャーの息遣いが聞こえてくる。そしてシュルシュルと近づいて来る軟球の音。
 すると奇跡が起きた。バットが自然に動き出したのだ。私の意に反して。
 ええっ、なにこれ?
 驚いて目を開けると、ピッチャーからの投球がバットに当たるところだった。コンという小気味良い音を立てて宙に弾かれたボールは、きれいな弾道を描いて二塁と三塁の間に飛んでいく。そして超前進守備のレフトの頭上を越えた。
「走れ! 羽希ィ!!」
「羽希さん、一塁ですよ!」
 えっ、一塁に走るの?
 見ると、六太がピョンピョンと飛び跳ねながら手招きしている。一塁コーチャーボックスで私に向かって「こっちこっち!」と叫びながら。
 私はバントくんを地面に置くと、一塁に向かって走り始めた。
 全力疾走なんて何年ぶりだろう、と思う間もなく息が切れ始めてしまう。
 苦しい、まだ走らなきゃいけないの? あとどれだけ? 一塁はまだなの!?
「羽希ィ、死ぬ気で走って! 一塁でセーフになんなきゃ五万は手に入らないよ!」
「そうですよ、五万円ですよ」
 そうだ、五万円だ。この走りに五万円がかかっているんだ!
 私は最後の力をふり絞り、一塁ベースが見えたとたんヘッドスライディングした。
 後から聞いた話では、すでに三塁の正五も二塁の投一もホームインしており、相手チームは最後の希望にかけて一塁に送球したらしい。そしてファーストが捕球するのと私が一塁ベースを抱き抱えるのはほぼ同時だったのだ。
 球場全体が静まる。
 すべての人の意識が、球審のコールに集中した。
「セーフ!」
 そ、それって……。
 やった、やったよ! セーフだよ!!
「羽希さん、やりましたよ! 僕たち勝ったんです!」
 興奮しながら一塁コーチャーの六太が手を差し伸べてくれる。
 私はユニフォームの胸を土で茶色に染めながら体を起こした。
 振り向くとメンバー全員が私のもとに駆け寄ってくる。嬉しくて涙がこぼれてくる。私は四音に強く抱きしめられた。
「すごいよ羽希! 三対二で逆転サヨナラ勝ちよ!」
「そうなの? 本当に私たち勝ったの?」
「そうよ、これで五万円ゲットだよ」
 私は他のメンバーと一緒にホームベース前に並び、相手チームに挨拶をする。
 グラウンド整備が終わってベンチを片づけていると、社長がベンチに来てくれた。
「みんな、よくやってくれた。いい試合だったよ」
「社長、五万円の約束、忘れてないですよね?」
 私が訊くと、社長は呆れた表情をする。
「いきなりそれか? まあ、君たちにとっては重要なことだからね。ああ、もちろんだとも。次も勝ったら十万円だからさらに頑張ってほしい」
 すると四音が驚く行動に出たのだ。
「すいません社長。私と羽希は今日の疲れを取るためにこれから一泊の温泉旅行に行ってきますので、失礼を承知で申し上げますが、今この場で二人分十万円と明日の有給休暇をいただけないでしょうか?」
 ちょ、ちょっと四音。何言ってんのよ、そんなの初めて聞いたけど。
 困惑する私をよそに、社長は私たちを労ってくれる
「二人は大活躍してくれたから特別に許そう。ゆっくり休んでくるといい」
 そう言いながら財布の中から十万円を取り出してくれたのだ。
「ありがとうございます、社長!」
 四音に合わせて私もお辞儀をする。
「じゃあ、いくよ! これから温泉に」
「四音っていつも唐突なんだから……」
 こうして私と四音は、その日のうちに温泉に行くことになったんだ。


 〇 〇 〇


 二時間後。
 私と四音は、温泉地に向かう特急列車に揺られていた。
 試合終了後、自宅マンションに戻った私は軽くシャワーを浴びて化粧をし直し、荷物を持ってすぐ駅に向かう。
 駅で四音は私に謝罪した。
「急に予約を取ったから近場の温泉しか空いてなかったけど、食事は豪華にしといたから許してね」
 そんなことよりも私は四音に訊きたいことが山ほどあった。座席についた私は、早速彼女に質問する。
「いろいろと訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「だよね」
「まず、私の打席の時のことなんだけど……」
 あれは不思議な体験だった。
 私は目をつむってバントの恰好をしただけだったのに……。
 あの時、一体何が起きたのだろう?
「ああ、あれね。バットが勝手に動いたでしょ?」
 そうなのだ。
 あの時、私は何もしなかったのにバットが勝手に動いてボールを弾き返したのだ。レフトの頭を越えるように。
「バントくんのオートパイロット機能なのよ。略しておっぱい機能ね」
「おっぱい機能って……」
 オートパイロットって自動運転のことだよね。それをおっぱい機能って略したらいろいろなところからクレームが来るんじゃないの?
「あら、関係ないことはないのよ。羽希にユニフォームを渡す時に言ったよね、金属繊維が織り込まれてるって」
「うん。最初ごわごわしてるかなって思ったんだけど、胸がしっかりとホールドされて結構良かったよ」
「あれはね、おっぱいをホールドしていただけじゃないの」
「えっ、そうなの?」
「バントの構えをした時にバットを包み込むような磁場を形成して、バントくんを動かしていたのよ。バントくんからの情報、つまり投球と守備位置に関する情報をAIが処理して、最適な反発係数とスイング軌道を計算して瞬間的にバットを動かすことができるの」
 マジか、そんな機能まで備えていたとは!?
「それでね、男があのユニフォームを着ても上手く磁場を形成できないのよ。バットの上側の磁場が作れなくてね。バントくんのオートパイロット機能を使うためには、Fカップ以上のおっぱいが必要なの」
 それでなのか、私が代打に立たされたのは。
 ようやくその理由が分かった。
「作戦名は『必殺、おっぱいでバットコントロール、球よ白き飛翔体を成せ』よ」
 確かにおっぱいでバットをコントロールしていたみたいだから何も言えないんだけど、後半は『白き飛翔体となれ』が正解なんじゃね?
 ていうか、このシステムってまずいんじゃないの? 負けたチームが知ったらカンカンになって怒るんじゃないのかな? まあ、それまでのバントだって同じなんだけど。
「からくりはわかったけど、相手チームにバレたらどうすんの?」
「もちろん反則負けだよね。だからこうして急いで温泉旅行に来てるんじゃない。反則負けになったらあの社長のことだから五万円すらもらえないわよ」
 まあ、そうだよね。
 ホテルや特急などの予約は全部四音にやってもらった。四音は最初からこれを計画していたに違いない。
「それにね、たとえ反則負けにならなくても次は勝てないわよ。バントとおっぱいだけで勝てるのは初戦だけだから」
 それはそうだろう。試合の情報が伝われば、次の相手は最初からバントを警戒してくるに違いない。
「だから今夜はとことん楽しもうよ! 豪華な夕食と広々とした露天風呂が私たちを待ってるよ!」
「楽しみだね! ホテルとかの手配に感謝するわ」
「羽希のおかげで勝てたんだから当たり前よ。それと露天風呂ではその勝利のおっぱいを存分に拝ませてもらうから」
「ええっ、そんな……」
 まあ四音は試合の準備で大変みたいだったし。
 ずっと寝不足っぽい感じがしていたのは、こんなにすごいシステムを構築していたからだったんだ……。
 今夜くらいは温泉でゆっくりして、勝利の美酒に酔おうと誓う私たちなのでした。
 
 


 おわり



ミチル企画 2023夏企画
お題:『サプライズ』

うさぎの戸締り2023年05月18日 21時33分50秒

注意:この作品は新海誠監督作品(特に『すずめの戸締り』)の内容に触れています


「裕樹ィ、行くよ!」
 窓の外から小百合の声が聞こえてくる。
 慌てて窓を開け階下を見ると、私服姿の彼女が少しイライラしながらこちらを見上げていた。
「ちょっと待ってて! 今行くから」
「早く、早くぅ~」
 一秒たりとも待てないという表情。
 それはそうだろう、ずっと行きたかった場所に行けるのだから。
 よく晴れた三月の日曜日はお出かけにはうってつけ。玄関を開けると、小百合は腕組みをしてお待ちかねだった。
 白のクルーネックTシャツにデニムのジャケットを羽織り、カーキ色のキュロットに白ソックスとローファーは正に行動派スタイル。幼馴染の小百合らしい。
「ていうか、その恰好……」
「そうよ、今日はすずめになるんだから」
 そう、お出かけの目的は新海誠監督の映画『すずめの戸締り』の聖地巡礼。一緒にお茶の水に行くのだ。

 新宿駅で東京駅行きの中央線に乗り換える。四ツ谷駅を過ぎると次が御茶ノ水駅だ。
 電車の扉に身を預け、春の日差しを浴びる外堀の水面を眺める小百合。窓に写る彼女の姿に僕は見とれていた。
 長いまつ毛、輝く瞳、そしてすっきりとしたフェイスライン。
 僕たちは中学を卒業し、もうすぐ高校に入学する。小百合ならすぐに彼氏ができてしまうに違いない。
 幼馴染という立場でこうしてお出かけできるのはこれが最後なんじゃないかと、僕は彼女の姿を目に焼き付けていた。

 御茶ノ水駅のホームに下りて階段を登り、御茶ノ水橋口の改札を出ると小百合が「おおっ!」と声を上げた。興奮しながら辺りをキョロキョロしている。
「裕樹。ここだよ、赤いオープンカーが停まってたところは!」
 だからそんなに興奮するなって。この先体力が持たないだろ?
 ていうか、めちゃくちゃ恥ずかしいから。スマホでそんなにバチバチ写真を撮ってたら完全に田舎者だから。
「どこなの? 赤いオープンカーは! どこなの~」
 たまらず僕は小百合の手を引いて駅から離れることにした。
 お茶の水橋の真ん中付近まで来ると、手を繋いでいることが急に恥ずかしくなる。
「えっ、もう離しちゃうの? もうちょっと手を繋いでても良かったのに……」
 そ、それって……。
「だって草太さん、すずめと手を繋いでこの橋を渡りたかったと思うの」
 なんだよ、そういうことかよ……。
 ドキドキして損した。すずめのコスプレしてるからって僕を出汁にするな。ちょっと嬉しかったけど。
「それよりも裕樹、ほら、あれ……」
 小百合が指差す方を見る。
 その方向にはアーチ状の白い大きな橋が見えた。
「おおっ、あの橋って!?」
「そう、あの橋よ」
 映画の重要なシーンに登場する橋。僕が絶対に行きたいと思っていた場所。
「聖橋じゃないか!」
 興奮気味に走り出そうとした僕を、今度は小百合が引き留める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あの美しいアーチをここから写真に撮っておきたいの」
 ここは橋の上だから隣りの橋、聖橋の全体がよく見える。小百合が言うことももっともだった。
 スマホで写真を撮りながら、彼女はぽつりぽつりと語り始める。
「あの橋はね、関東大震災の復興の象徴なんだって。だから年齢はもう九十歳を超えてるんだよ」
 へぇ、それはすごいな。
「土木遺産に指定されてるんだから」
 映画に使われたのはそういう理由からなのかな?
 白く美しいアーチを僕も写真に収める。
 それから僕たちは聖橋に向かって神田川沿いを歩く。橋のたもとの湯島聖堂にお参りしてから聖橋に上がった。湯島聖堂は映画には出て来ないけど、小百合曰く、聖橋の名前の由来になった場所らしい。
「ついに来たぞ、聖橋!」
 聖橋はとても気持ちの良い場所だった。
 ビル群に挟まれて深い谷の底を流れる神田川。その流れが注ぐ秋葉原のビル群を、割と高い場所から眺めることができる。
 橋の上から神田川を見下ろすと、川を渡る鉄道橋とトンネルが見えた。
「あれ? あのトンネル、見覚えがある!」
 僕の興奮は収まらない。
「丸ノ内線のトンネルだよ。ていうか、見覚えあるどころじゃないよ、あそこは最も重要な聖地じゃない」
 そうだ、映画では、あの丸ノ内線のトンネルから災いが出てきたんだ。
 僕は慌ててスマホを取り出し、写真を撮り始めた。
 すると並んで欄干に体を預ける小百合が、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んで来る。
「裕樹だって写真撮りまくってるじゃん」
 いやいや、あのトンネルだよ。写真撮るなって言う方が間違っている。
「というか裕樹、何であのトンネルから災いが出て来るか知ってる?」
「えっ?」
 僕は固まってしまった。
 それって監督が考えた設定だからじゃないのか?
 それとも何か理由があるのか?
「この地域はね、江戸城から見て鬼門にあたるの。鬼門っていうのはね、北西の方角のことなんだけど、鬼が来るって言われてる」
 だから災いがやって来る?
「裕樹は丑寅(うしとら)って言葉、聞いたことある?」
 うしおととら、なら聞いたことあるけど。昔のアニメでそんなのがあったような……。
 すると小百合は、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
「子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)、巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い)」
「それって十二支?」
「そう。江戸時代はね、それで方角や時刻も表していたんだよ」
「へぇ~」
「十二だからちょうど時計の文字盤代わりになるの。時計の12の位置が子、1の位置が丑という風に」
 それってなんか聞いたことがある。丑三つ時(うしみつどき)っていうのもその一種だったような。
「方角として使った場合は北が子になって、東に当たるのが卯。そして鬼門の北東は、丑と寅の間になるから二つをくっつけて丑寅」
 それで丑寅なのか。丑と寅のミックスというわけだ。
「そんでね、鬼門と逆の方角にあたる動物が、鬼から街を守るって言われてる」
 ということは……何だ?
 僕は子、丑、寅、卯と指を折り始める。が、どれが街を守る動物なのか全然イメージできない。
 しびれを切らした小百合は、スマホを僕にかざした。そこには十二支が時計の文字盤のように配置された図が表示されていた。これならよく分かる。
「鬼門が丑寅だから、その反対側は……未と申?」
「そう。でもね、ヒツジには角があるでしょ? だから鬼と同類と見られている」
「ということは守護神はサル一択か」
「そうなの。場所によっては北東側の門に猿の像を配置しているところもあるみたい。守護神としてね。でも……」
 小百合はスマホを引っ込めて僕の瞳を凝視する。
 これから言うことに対して、同意して欲しいという強い眼差しで。
「猿が守護神って微妙じゃない? 猿だよ、サル。それよりも兎の方が圧倒的にいいのに!」
「えっ?」
 どう反応していいのか困ってしまう。僕にとっては猿も兎もどっちもどっち。
 ていうか猿に謝れ。鬼から街を守っている有り難い猿様に。
「兎がいいって、どういうこと?」
「そういう世界になればいいのに、ってこと」
 いやいや鬼門が北東のままならそれは無理だろ。
 もしかして、鬼門の方角が変わればいいって言いたいのか?
「兎が守護神ってことはね、鬼門の方角は西になるの。そっちの方が鬼門っぽいし、それに街を守る置物が全部兎だったら可愛くていいじゃない!」
 そんな理由?
 守護神だったらトラとかドラゴンの方がよくね?
「あの映画だって、『すずめ』じゃなくて『うさぎの戸締り』になってたかもしれないのにな……」
 そう言いながら両手を広げて欄干に背中を預ける小百合。
「えっ?」
 刹那、バランスを崩して川側にのけぞる恰好になってしまった。
「危ないっ!!」
 落ちる——と思った僕は慌てて小百合の足を掴む。が時は遅し。僕は彼女と一緒に神田川に落下してしまった——


 ◇


 目を覚ますとそこは知らない天井、ではなく自分の部屋の天井だった。
 時計を見ると朝の九時。と同時に、窓の外から小百合の声がする。
「裕樹ィ、行くよ!」
 やべぇ、来ちまった。
 僕は慌てて窓から首を出す。
「ゴメン、小百合。今起きたばかりだから家で待ってて!」
 彼女の家は歩いてすぐの所にある。これから準備すると十分以上はかかるだろう。だから家で待ってもらった方がいい。
「なによ、九時って言ったの裕樹じゃない」
「だから謝ってるじゃん。ゴメン、本当にゴメン」
 手を合わせる僕に対し、ムッとしながら踵を返し家に向かう小百合。服装もデニムのジャケットにカーキ色のキュロットだった。
 というか、さっきのは一体なんだったんだ?
 夢にしてはやたらリアルだったけど。
 しかし今はゆっくり考えている時間はない。すぐに行くって小百合に言っちゃったんだし。
 僕は服に着替えて、慌てて家を飛び出した。

「裕樹、今日は楽しみだねぇ~」
 二人は新海アニメの大ファン。今までも何回か聖地巡礼に行っている。
 しかし『すずめの戸締り』は初めてだ。だって高校受験があったから。
 志望校にそれぞれ合格し、晴れて聖地巡礼に行ける春がやってきた。
「なのに寝坊しちゃって。今日は私が行きたいところに行かせてもらうからね」
 まあ仕方がない。
 変な夢を見ていたから遅れた、なんて言うわけにはいかないし。
 それよりも驚くことが起きた。小百合がいきなり僕の手を握ってきたのだ。
「早く、早く!」
 そして駅に向かって走り出す。
 なんだか嬉しいような、でも近所の人に見られたら恥ずかしいような、複雑な気持ちで僕は駅へと走る。

 新宿駅で中央線に乗り換えて、電車が四ツ谷駅に着くと小百合が言った。
「ほら、降りるよ」
「えっ、ここで?」
 まだ四谷だよ?
 お茶の水まで行って『すずめの戸締り』の聖地巡礼するんじゃないのか?
「だって聖地巡礼でしょ?」
「まあ、そうだけど……」
 四谷もまた新海アニメの聖地だったりする。特に映画『君の名は。』の。
 きっと小百合は、そちらの聖地も巡りたくなったに違いない。
 そう解釈した僕は彼女に続いて駅のホームに降りる。今日は遅刻してしまったので、言うことを聞かなくちゃいけないし。
 改札を出て四谷見附橋を目にした小百合は、興奮気味に叫び始めた。
「ここだよ、ここ!」
 まあ、そうだよね。『君の名は。』で瀧くんが奥寺先輩と待ち合わせしてたのあの橋だし。
 しかし小百合は、写真を撮りながら驚くことを言い始めたのだ。
「どこなの? 赤いオープンカーは! どこなの~」
 ええっ、それってどういうこと?
 瀧くんって赤いオープンカーに乗ってたっけ? 赤いオープンカーは『すずめの戸締り』の芹澤じゃないのか? 声優はどちらも同じだけど。
 さらに小百合は橋の欄干に体を預け、眼下の丸ノ内線に向かって指をさした。
「ほら、見て! あの丸ノ内線のトンネルから災いが出てきたんだよ!」
 さっきから何を言ってるんだ、小百合は!?
 赤いオープンカーも災いも出て来るわけないじゃないか。あれはお茶の水だろ? ここは四谷だぜ。
 そりゃ、同じ丸ノ内線のトンネルだから地下で繋がってるかもしれないけどさ、出口が違いすぎる。
 だから僕は小百合に訊いてみた。
「そんなシーン、あったっけ? あのトンネルから災いが出て来るシーンって」
「何言ってんの?」
 僕を向く彼女は目を丸くした。信じられないという表情で。
「あんなに重要なシーンなのに。裕樹は寝てたの? もしかしてまだ観てないとか?」
「そんなことないよ、ちゃんと観たよ、『すずめの戸締り』だろ?」
 その言葉を聞いた彼女は、さらに目を丸くした。
「今何て言った?」
「『すずめの戸締り』だけど?」
 すると小百合は突然ケラケラと笑い出したんだ。
「すずめ? すずめって何よ。トリが扉閉めてどうすんのよ。『うさぎの戸締り』でしょ? 間違って何か別の映画観たんじゃない?」
 うさぎ!?
 今度は僕が目を丸くする番だ。
 僕だって新海アニメの大ファンなんだから、映画を間違えるわけないだろ?
「僕が観たのは、災いの扉を閉めるために草太とすずめが冒険する映画だよ」
「だから、うさぎだって言ってるの。その他は合ってるけど……」
 その他は合ってる?
 それってどういうことだ?
 ま、まさか——
「入れ替わってる?」
「なによ、いきなり。『君の名は。』のセリフ言ってんのよ?」
 そこは間違ってないんだ。
「違うよ。入れ替わってると言ったのは、鬼門の方角だよ。ねえ、小百合教えて。鬼門の方角ってどっち?」
「どっちって西に決まってるじゃない。だから扉を閉めるのはヒロインのうさぎなのよ。兎は鬼門の守護神なんだから」
 やっぱりそういうことか。
 鬼門の方角が入れ替わっているんだ。
 ということは、ということは——僕はパラレルワールドに来ちゃったってこと? 聖橋から落ちた時に、鬼門の方角が入れ替わってしまった世界へ。
 スマホを取り出し「鬼門」について調べてみる。すると小百合の言う通り「西」と書かれていた。
「ほら、私の言った通りでしょ? 江戸城にとって西側のこの四谷が鬼門なの。だからこの場所から災いが出てきた」
 鬼門の方角が西なら、そういうことになるだろう。
 しかし僕にはにわかに信じられなかった。
「本当に兎が守護神なのか?」
 だって可愛すぎるだろ?
「本当よ。ほら、これを見て!」
「えっ、桃太郎?」
 小百合がスマホに表示させたのは、昔話『桃太郎』の絵本の表紙。
 中央の桃太郎は僕が知っている姿だったが、家来が決定的に異なっていた。
「桃太郎の家来はね、鬼門の守護神なの。だって鬼を退治しに行くんだもん。でも家来が兎だけでは戦力不足だから、その前後の干支も連れている」
 それはトラとドラゴン。
 これは強そうだ。これなら勝てる、鬼でも魔王でもどんと来いだ。
「ていうか、裕樹はどう思ってたのよ、鬼門の方角って」
「北東だと思ってたけど」
 最近、というか今日教えてもらったんだけどな、元の世界の小百合に。
 すると彼女はぷっと噴き出した。
「北東? じゃあ桃太郎の家来はサルとヒツジとトリになっちゃうじゃない。いや、ヒツジは鬼の仲間だから……まさかのイヌ!?」
 ああ、そうだよ。桃太郎の家来はサルとトリとイヌだよ。
「そんなんで勝てるわけないじゃない。ペットと一緒に鬼退治とかバカなの、その桃太郎」
 僕も不思議に思ってたんだよね、子供の頃からずっと。
 よく考えたら、そのメンバーで勝てるはずがない。きび団子というチートアイテムでドーピングしたってさ。
「そんなに笑うなよ。鬼門が北東の世界だって、どこかにあるかもしれないだろ?」
「パラレルワールドにね。そんな世界、行きたくもないけど」
 ぶっちゃけ僕も、鬼門は西でいいような気がしてきた。
 だったら小百合が言う『うさぎの戸締り』に乗ってやろうじゃないか。まだ観てないけどさ。
 とりあえず丸ノ内線のトンネルの写真を、と欄干から身を乗り出した瞬間、僕はバランスを崩してしまう。心ここにあらずがいけなかったらしい。
「危ない、裕樹!」
 僕にしがみつく小百合。が時遅し。二人の重心はずるずると欄干から外側に移動する。
「手を放せ! 小百合」
「いや、裕樹と離れたくない!」
「今なら小百合は助かる」
「裕樹と一緒がいい。高校も一緒が良かった——」
 僕の想いもむなしく、二人は四谷見附橋から落ちてしまった。


 ◇


 目を覚ますと、そこは僕の部屋のベッドだった。
 時計を見ると時刻は朝の八時五十分。あと十分したら小百合がやってくる。
 急いで準備しないとまた彼女を怒らせてしまう。
「裕樹ィ、行くよ!」
 ちょうど着替え終わったところで小百合の声がした。

 デニムのジャケットにカーキ色のキュロット。
 玄関を開けて目に入る小百合の姿は、やはり『すずめ』コーデだ。
 いや、もしかしたら『うさぎ』コーデなのか?
 僕はさりげなく、この世界のルールを探る。
「ねえ、小百合。今日はどこから行く?」
 この質問なら間接的にこの世界の真相を探ることができる。答えがお茶の水なら鬼門の方角は北東、四谷なら西だ。
「そうねぇ、やっぱお茶の水じゃない?」
「だよね!」
 おおっ、この世界は元の世界と同じだ。
 鬼門の方角は北東、桃太郎の家来はサルとトリとイヌ。
「おっ、裕樹も乗り気ね?」
「もちろんだよ、受験でずっと行けなかったんだから」
「そうね、やっと行けるんだよね……」
 小百合は俯く。少し悲しげな表情で。
「裕樹は新海アニメが好き?」
 いきなり何を言い出すんだろう、小百合は。
 あれほど新海アニメについて二人で語り合ってきたというのに。
「好きだよ。だからこうして聖地巡礼するし、してきたんじゃないか?」
 他の作品も一緒に行ったよね。『君の名は。』も『天気の子』も、中学生になってから。
「私も好き。でもこんな女の子、変じゃない? 今まで中学生だったから許されていたような気がするの」
 そんなことないよ。変と言うやつがいたらぶっ飛ばしてやる、と鼻息を荒くしそうになってふと思う。
 そっか、小百合は心配しているんだ。高校デビューを。
 四月から僕たちは別々の学校に通う。幼馴染としてこれは初めてのことだった。
「大丈夫だよ。高校にも絶対いるよ、新海アニメファンが」
「そうだよね、変じゃないよね。高校にもいるよね、私みたいな女の子が」
 顔を上げる小百合。
 僕に救いを求めるその瞳にドキリとする。
 四谷見附橋から落ちた時、小百合は「離れたくない」と言ってくれた。
 あの世界は、本当にパラレルワールドだったのだろうか?
 小百合が望む「守護神が兎」となった世界。それは、もしかしたら、彼女の心の世界への旅だったのかもしれない。
「ねえ、裕樹」
「ん?」
 本当は言いたい。
 やっぱり小百合は変だ。僕じゃなきゃ相手はできないんだ。だから高校に行っても男子には近づかない方がいいって。
 そんな想いが爆発しそうになる。
「新海監督ってまたアニメ作るよね?」
「ああ、二年半後にね、きっと」
 新海監督は三年ごとに新作を発表している。
 ということは、次の作品が封切になるのは二年半後だろう。
「そしたらまた、一緒に聖地巡礼してくれる?」
「もちろんだよ」
「でもその時、私たち大学受験中だよ」
「そんなの関係ない。気になるなら受験が終わってから行けばいい、今回のように」
 小百合と一緒なら、どこにでも行ってやるさ。
 そう言おうとして僕は気付く。これは彼女の願いなんだ——と。
 最新作の聖地巡礼は今日行ってしまうから、次のきっかけは二年半後になってしまうんだ。
 こんなに先の希望に必死に手を伸ばそうとしている小百合。その想いに気付いた瞬間、涙が出そうになってきた。彼女がこんなに頑張っているのに僕は何してるんだよ。しっかりしなくちゃダメじゃないか。
 だから思い切って提案する。
「それよりもさ、まだ行ってない新海アニメの聖地が沢山あるじゃん」
「それって?」
「例えば宮崎とか種子島とか津軽半島とか?」
 さすがに宇宙とかアガルタは言わないでおいた。
「行こうよ! 僕は小百合と一緒に行きたいんだ」
「えっ?」
 小百合はぽっと顔を赤らめる。
「高校生には遠すぎるよ。お泊りになっちゃう……」
「あっ……」
 何言ってるんだ僕は。
 ああ今の発言を取り消したい。本当に行きたいのは確かなんだけど、状況を考え無さ過ぎた。
 二人で顔を真っ赤にして、しばらくの間俯きながら駅までの道を歩く。
 すると小百合がぽつりと言った。
「でも、飛騨高山なら……」
 そっか、そうだよ。
 飛騨高山という聖地があったじゃないか!
「三葉のように?」
「そう、三葉のように」
 映画『君の名は。』では、高校生の三葉が飛騨から東京を日帰りする。
 だから僕たちだって高校生になれば出来るんだ。その行動自体がまさに聖地巡礼。
「じゃあ、夏休みに行こうよ!」
「うん、私バイトしてお金を貯める」
「僕だって貯めるよ。楽しみだね、飛騨高山」
 そう言いながら、勇気を出して僕は小百合に手を差し出した。
 この先二人がずっと手を繋いでいられるように。
「うん、楽しみ!」
 小百合の柔らかな手。
 もうこの手を離したくない。たとえまた橋から落ちることになったとしても。
「そうだ、神津島にも行ってみようよ」
「それって、お泊り?」
「いやいやいやいや、そうじゃないと思うよ、きっと……」
 この春、僕たちは新しい世界を歩き出したんだ。



 おわり



ミチル企画 2023GW企画
お題:『春』『旅』『うさぎ』

俺の特殊能力2023年01月19日 22時46分37秒

「紗紀美さんの特殊能力はね……」
「そ、それは?」
 学級委員長がゴクリと唾を飲み込みながら、教室の隅で彼の言葉に耳を傾けている。
「クラスメートを納得させるオーラを纏うことかな」
「おおっ、紗紀美にピッタリだよ。それで私は?」
「知佳さんはね……」
 今度は図書委員が興味津々の眼差しを彼に向けていた。
「頭の中に行間の声が自然と響くでしょ?」
 彼の名前は言亜輝(ことあ てる)。
 最近女子生徒に人気のクラスメートだ。
「すごい、すごいよ! 輝君に言われると、なんかそんな特殊能力を持ってるような気になっちゃうよ」
 そりゃそうだろ。
 学級委員長に図書委員。
 彼女たちは自分自身の得手不得手と向き合ってその委員を選択したに違いない。委員名から推測されるその過程を、ちょっと中二病っぽく言い当ててるだけじゃねえか。
 ていうか、行間の声が響くってなんだよ。
「ほら、多拓君もこっちに来たら?」
 ヤバい、彼女たちに見つかっちまった。
「お、俺はいいよ」
「そんなこと言わないで、多拓君も輝君に調べてもらいなよ」
「そうだよ、すごいよピッタリだよ」
 だからそういうのは信じないんだって。
 拒み続ける俺に向かって輝は腕を組み、目を閉じて意識を集中させていた。そしておもむろに口を開く。
「君の特殊能力はね……」
「俺は平凡な男子高校生だよ。じゃあな、バイバイ!」
 慌てて俺は放課後の教室を後にした。

 その日以来、彼の言葉の続きが気になってしょうがない。
 俺の特殊能力って……何?
 いやいや、そんなのあるわけない。彼の診断なんて中二病のまやかしに決まってるじゃないか。
 しかし後日、俺は偶然耳にしてしまったんだ。輝が俺の特殊能力について他のクラスメートと話しているところを。
『多拓君の能力って何だと思う?』
『彼の特殊能力はね……』
 それは何だ?
『怪しいものを見定める魔眼だと思うんだ』
 くっくっくっ、やはりな。
 思わず俺はほくそ笑んでいた。



ミチル企画 2022-23冬企画
テーマ:『中二病』

小鬼の秘密2023年01月19日 22時42分42秒

えっ? 鬼隠村の様子を教えてくれって?
かんべんしてくれよ、あの光景だけは思い出したくねぇんだ。
来週、鬼隠村で作業する?
だからぜひって、仕事なら仕方ねぇな、話してやるよ。
俺もひどい目にあったのは作業中だったからな。

まずな、鬼隠村に着くと役場の担当者が言うんだよ。
「この村には、秘めたる場所に小鬼が隠れてます」って。
だからその場所はどこかって訊いたんだ。そしたら「秘めたる場所です。それ以上は分かりません」って言うんだよ。それって無責任だと思わねぇか? 発注者なのによ。
仕方がねぇから俺達は山の現場で黙々と作業してたんだ。重機を使ってな。

ある日のこと、平べったい岩をどかさなきゃいけない事態が生じたんだ。
嫌な予感がしたんだよ、そん時。正に秘めたる場所だからな。
ほら、もう予想がつくだろ? 俺達が重機を使って岩をひっくり返したら、いたんだよ小鬼が。
ああ、思い出したくもねぇ。それはそれは本当に密だったんだ……



500文字の心臓 第189回「小鬼の秘密」投稿作品