忘れられた言葉2019年05月16日 21時31分00秒

「あれ? こんな時に掛けるのは何て言葉だったっけ?」
「何だったっけ?」
 もうすぐお客さんが到着するというのに。
 バスを降りるお客さんに掛ける、今どきの日本語を思い出せないでいた。
「まあ、いっか。いつものあれで」
「あれでいいんじゃない?」
 仕方が無いので、感謝の気持ちを込めたいつもの言葉を使うことに。

「かたじけない」
「かたじけない」

 ツアーでホノルルのホテルに到着。
 日系人スタッフに掛けてもらったのは、現代の日本人が使うのを忘れてしまった言葉だった。



500文字の心臓 第169回「忘れられた言葉」投稿作品

学級委員長は見ているゾ2019年05月17日 23時17分12秒

 突然、スマホが鳴った。
 夜の十時。
 表示を見ると、意外な名前が表示されている。
 ――葉山若葉(はやま わかば)
 我がクラス、一年七組の学級委員長である。
 高校に入学してから一ヶ月半。女同士とはいえ、彼女と仲がよいわけでもないし、同じグループに所属しているわけでもない。部活も一緒じゃないし、たまに遊ぶということもない。彼女が委員長でなければ電話番号すら登録していなかったと思われる程度の関係。
 入学式直後の委員長の印象は「ちょっと恐い」って感じ。だって、なんだか人を寄せ付けないオーラをまとっているんだもん。まあ、その印象はだんだんと薄れていったけど。
 このまま寝たふりをしていてもいいのだけれど、明日文句を言われるのも嫌なのでとりあえず出てみる。
「もしもし?」
『美作さん?』
 聞こえてくるのはガラガラ声。葉山さんとは思えないほど痛々しい。
「どうしたの? その声」
『風邪引いちゃって……』
 ゴホゴホと辛そう。
『申し訳ないんだけど、一つ大事なお願いがあるの』
 むむむむ、なんか嫌な予感……。
『熱もあって、明日はとても学校に行けそうにない。だから明日一日、学級委員長の代理をお願いしたいの』
「…………」
 予感的中。私はすぐに返事ができなかった。
 というのも、我が高校の学級委員長には大変なお務めがあるから。それはそれは大変な。
 とはいえ、一度は経験してみたい、そしてその裏側を覗いてみたいと思っていたことも事実だった。
『明日一日、一日だけでいいから……』
 いやいや、そんなに咳しなくてもいいから。
 委員長も一縷の望みを込めて私に電話してきたのだろう。私が断れば、また別の人にコンタクトを取らなくてはならない。
 だから、一つだけ訊いてみる。
「なんで……私、なの?」
『だって美作さん、私のこと冷めた目で見てるじゃない』
「…………」
 そりゃ、なんであんな大変なことできるのかって、いつも不思議に思ってるけどさ。
 疑心暗鬼な視線に気づいていながら、私に電話してくるとはね。どういう魂胆なのかしら。
『ご、誤解しないでね。悪い意味じゃないから。お務めに対して冷静だってこと。仲の良い子に頼んで、いい加減にやられたら困るの。男子はいまいち信用できないし。真剣にお務めを遂行してくれるという点では、美作さんが適任だと思ったの』
 まあ、仲の良い子や男子への不信感というのはわかる。
 でも、真面目だけが取り柄の子って、私の他にもクラスに沢山いるじゃない。
『美作さんの視線は特別だって感じた。そして悟ったの。美作さんならクラスのことを真剣に考えてくれるって。だからぜひ、お願いしたいの』
 いやいや、それは持ち上げ過ぎでしょ。
 うーん、でもそこまで言われたらしょうがないかな。私だって困った人を突き放すほど鬼じゃない。
「わかった。明日一日だけだからね」
『うん、ありがとう。これから担任の先生に連絡するから、明日はよろしくね』
「それじゃ、お大事に」
 こうして私、美作美鈴(みまさか みすず)は学級委員長代理として、それはそれは大変なお務めに身を投じることになった。


 ◇


 新緑まぶしい五月の高校。
 大きな不安にちょっとだけ好奇心を織り交ぜて、私は登校する。だって今日は特別だから。
 ――学級委員長代理。
 臨時だとしても、今日一日、委員長としての務めを果たさなければならない。
 その重圧に押しつぶされそうな私を支えてくれたのは、お務めの裏側を知りたいというささやかな興味だった。
 
 ホームルームが始まると、担任が教室に入ってくる。
 手にしているのは――メガネ型カメラ。
 その様子を見てクラスがざわついた。担任がそれを手にしていることの意味を、皆が詮索し始めたからだ。掛けるべき人物が不在であることを、そして同時に代理が誰なのかということを。
「はいはい、みんな静かに!」
 教室が静まるのを待って担任は切り出す。
「今日は、学級委員長の葉山さんは風邪でお休みです。ということで、葉山さんの希望をもとに、委員長代理を指名したいと思います」
 一瞬にして緊迫した空気に包まれる教室。
 担任はニコリと笑いながら私を見た。
「美作さん」
「はい」
 先生からの指名を受けて、私は立ち上がる。
「なんで美鈴が?」
「副委員長じゃねえの?」
 漏れ聞こえる不満の声を掻き分けて、私は教室の前に進んだ。
 まあ、こうなることは想定内。この雰囲気に臆するようでは委員長のお務めを遂行することはできないだろう。
 私は先生からカメラを受け取る。なかなか厳しい注意事項と共に。
「カメラを一度付けたら、帰りのホームルームまでは外しちゃダメだからね。トイレの時だけは外してもいいけど、カメラはこの袋に入れて必ず携帯すること」
「わかりました」
 先生が差し出す遮光性の巾着袋も一緒に受け取る。
 確かに一日中付けていろというのは厳しいお務めだ。でもまあ、それは覚悟していた。だって委員長はいつもそうしていたから。
 カメラを受け取ると私は踵を返す。
「みなさん、今日はよろしくお願いします」
 これから始まるお務めの開始宣言と共に、私はメガネ型カメラを装着した。


 令和X年。
 年号が新しくなっても全く無くなる気配のない、いじめ問題。
 私立緑葉学園高等部では、いじめ対策の一環としてクラスの様子がライブ配信されることとなった。
 目的は、いじめを外部の目で監視することであり、同時に何かあった時の証拠を記録するためでもある。
 最初は、教室にカメラを設置することが検討されていた。
 しかしそれでは、移動教室などの時にはクラスの様子が分からない。
 そこで白羽の矢が立てられたのが学級委員長。
 ウエアラブルカメラを装着し、委員長目線でのライブ配信を行うことになったのだ。
 つまり、学級委員長になると、校内にいる時はずっとこのカメラを装着していないといけない。

 そんなの私は嫌だし、まっぴらごめん。
 ずっとそう思っていた。だからすっかり他人事だったのだが、最近ちょっとだけ興味が湧いてきていたのだ。というのも、委員長になった葉山さんはこの一ヶ月半、一度も音を上げることもなく、毎日涼しい顔をして委員長のお務めをこなしているから。
 ――もしかして、なんか面白いことが裏で起きているとか?
 きっと理由が存在するのだ。カメラを装着し続けられる理由が。
 そんな目で私は葉山さんのことを見ていた。


 席に戻った私はカメラの様子を確かめる。
 思っていたよりも軽い。カメラというから、もっとずっしりとした感じを予想していたが、普通のメガネとあまり変わりない。まあ、見た目はメガネというよりはハ◯キルーペなんだけど。
 これは後で知ったことだけど、こんな軽さでも電池は十時間もって、5Gで動画を発信し続けることができるらしい。まさに新時代って感じ?
 レンズはメガネのブリッジにあるらしく、手探りで触ってみると直径五ミリくらいの穴が空いている。
 左目レンズは透明なソーラーパネルとのことだが、ただの度無しレンズにしか感じない。右目レンズは透過型の表示パネルになっており、隅になにやら文字が表示されている。
 ――視聴者15
 平日の朝というのに、暇な人がいるものね。
 これってこのクラスの生徒の親御さんたちかしら?
 どこの誰かは分からないが、十五名の方がこの動画チャンネルを視聴しているのは間違いない。この人たちのためにも、今日は頑張ってライブ配信を行おうと私は誓うのであった。


 ◇


 一時間目の授業は、理科総合だった。
 理科の先生は授業が面白い。いろいろなことを知っていて、最新の科学ネタを絡めて話をしてくれる。
 特に為になるのが語呂合わせ。
 先生が教えてくれる語呂合わせはすっと頭の中に入ってくる。
 だから先生がポスターのような大きな紙の筒を持って教室の中に入ってきた時は、ワクワクしながら様子を見守った。
「今日覚えて欲しいのは、周期表の語呂合わせだ」
(おおっ、早速始まるよ!)
 周期表って、元素記号がずらっと並んでるやつだっけ?
 覚え方って、中学の時に習ったような。「スイヘイリーベなんとか」って感じで。
 先生は丸まっていたポスターを広げ、マグネットで黒板に固定する。やはり周期表だ。そして表の右から二番目の元素を棒で指しながら上から順に紹介した。
「例えばハロゲンと呼ばれる十七族。フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンだが、これをどうやって覚えるかというと……」
 黒板の空いているところに元素記号を記す先生。
 ――F、Cl、Br、I、At
 確かにそんな記号だったわね。「なんとか素」ばっかだからイメージしにくいけど。
 しかし、その後の先生の言葉に私は吹いた。

「ふっ(F)くら(Cl)ブラジャー(Br)愛の(I)あと(At)、と覚える」

 うわぁ、これ一発だわ。覚えるわ、完璧だわ、男子だったら特に。
 その時だった。
 ピコーンという小さな音が私の脳を震わせたのは。
(えっ、何?)
(これって何の音?)
 私は辺りを見回した。が、それらしき音源は見当たらない。スマホは電源を切ってカバンに入れたはず。
 するとまたピコーンという音が。
(もしや……)
 二回目の音には心当たりがあった。というのも、音と同時に右目のレンズの表示が点滅したから。
 私が表示を見ると、「視聴者15」の下に次のように書かれていた。

 ――ヨイネ2

(ええっ、マジ?)
 私は驚く。だっていじめ防止のためのライブ配信が、ヨイネシステムを採用しているとは思ってもいなかったから。

 ――ヨイネシステム。
 これは大手動画投稿サイト『ヨイチューベ』が開発した、視聴者参加型の広告料支払いシステムである。
 ヨイチューベの視聴者は、動画に対して「ヨイネ」と「ヨクナイネ」の二種類のボタンを押すことができる。一つのチャンネルにつき一時間に一回という制限付きで。
 すると、ヨイネからヨクナイネを差し引いた数に応じて、スポンサーから広告料が動画製作者に支払われるのだ。
 つまり、このライブ配信がヨイネシステムを採用しているということは、ライブ配信はヨイチューベで行われていて、しかもどこかにスポンサーが存在していることを示していた。
(このライブ配信のスポンサーって?)
 私は思い出す。この間、中学校の時の友達と街で交わした世間話を。

「うちの高校ってさ、学級委員長が変なメガネを掛けて、授業をライブ配信してるんだよ。変わってるでしょ?」
「それってニュースか何かで聞いたことある。確か、緑葉学園でしょ?」
「そうそう。私、その高等部に通ってんの」
「美鈴はその配信、見たことあるの?」
「そういうの興味ない。ていうか、普通に授業出てたら見れないし」
「まあ、そうだよね。緑葉学園って私立で金あるからねぇ~。公立じゃとても無理だよ」
「へぇ、そんなもんなの?」

 ということは、このライブ配信のスポンサーは学園?
 それは大いにありうる。というか、それしか考えられない。
 そしてこのライブを配信しているのは……って、今は私じゃない!
(ええっ!? ということは、ということは……)
 私の頭の中に、お務めの裏の構造が浮かび上がってきた。
 ――委員長がライブ配信、ヨイネが付く、学園が配信者に報酬を支払う。
(まさか、そんなカラクリがあったなんて……)
 つまりだ、葉山さんは委員長のお務めを引き受けることで、学園からお小遣いをもらっていたかもしれないのだ。
(だから、ライブ配信を続けることができたのね)
 しかしその疑惑は即座に打ち砕かれることに。
 私は不意に、先生から名前を呼ばれたのだ。

「美作さん、学級委員長代理の美作さん」
 ヨイネシステムの闇について考えていた私は、突然の呼びかけに驚いて立ち上がった。
「は、はいっ?」
 すると先生は、私の表情を伺うように尋ねる。
「さっきの語呂合わせはどうだった? 覚えられたかな?」
 それはまるで、ヨイネが付いたかどうかが気になるという様子で。
「クラスは好評だったみたいだけど、そっちも好評……だよね?」
(まさか……、そういうこと?)
 先生の表情と言葉で私は察する。
 さっきのヨイネでもらえる報酬は「委員長へ」ではなく、「先生へ」なのではないかと。
 だって、ヨイネが付いたのは先生の授業が面白かったからで、委員長代理の私はほとんど貢献していない。
 だから私は先生に伝えた。キリッと親指を立てて。
「ふっくらブラジャー、最高でした!」


 ◇


 一時間目の授業が終わると、私はずっと考えていた。先ほどの出来事について。
 ――ライブ配信はヨイネシステムを採用している。
 ――先生は、ヨイネが付いたかどうかを気にしているらしい。
 わかったことはこの二点。
 ということはだ。
 もしかして、このライブ配信は、いじめ防止と銘打っていながら、実際には学園による教師管理に使われているのではないだろうか? 良い授業を行えばご褒美がもらえる、という具合に。
 それならば、学園がお金を出すというのにも納得できる。ヨイネがもらえる授業が増えれば良い宣伝にもなるし、学園を受験する生徒も増えるだろう。学園にとって悪いことは何もない。
 この疑念は、次の授業で確信に変わることとなった。


 二時間目の授業は音楽だった。
 私たちは音楽室に移動して授業を受ける。
 音楽の先生は女性でとても歌が上手い。最新のヒット曲をピアノの弾き語りで生徒たちに聞かせてくれる。
 そのパフォーマンスについて、今までずっと「生徒を授業に注目させるためにやっている」と思っていた。
 が、いざライブ配信する側に立ってみると話が変わってくる。
(それって大丈夫?)
 この授業は世界中に配信されているのだ。
 著作権とかってどうなっているのだろう? なんでも数年前から、音楽教室で使われる曲に対しても著作権料を支払わなくてはならなくなったと聞いている。私が通っていた音楽教室でも、「もっと色々な曲をみんなに教えてあげたいんだけど」と先生がぼやいていたことを思い出した。となれば当然、私立学校の音楽の授業も監視されているはずだ。
(今日も歌うのね……)
 先生がピアノの前に座り譜面台に楽譜を置くと、私はいつもとは違う意味でドキドキしてきた。

 それはドラマのエンディング曲だった。
 若者の悲しい恋を描いたドラマ。
 人気も高く、家ではママが毎週のように涙を流している。
 そのエンディングを飾る曲。悲恋をしっとりと歌うバラード。
(さすがは音楽の先生。これは上手い)
 ロングトーンをしっかりと響かせビブラートで泣きを入れる先生。ついドラマの内容を思い出してしまう。
 それほどに、今日の演奏は最高の出来だった。
 著作権のことなんて忘れて私が聞き惚れていると、ピコーンという音が立て続けに脳に響く。
 右目の表示を見ると、ヨイネが五つも追加されていた。きっとこのヨイネに伴う報酬は、音楽の先生に支払われるのだろう。
(でも先生。著作権はまだクリアされてませんよ……)
 もしジャス◯ックから「ヨクナイネ」が付けられてしまったら?
 この報酬はあっという間に吹き飛んでしまうに違いない。
 その時だった。
 ピコピコという今までとは違う音が、メガネのテンプルを通した骨伝導で私の脳を揺らしたのだ。
 表示を見て私は驚いた。

 ――ヨイネ(ヤハマレコード)

 それは企業名が記されたヨイネだった。
(キターっ! 公式ヨイネ!!)

 ――公式ヨイネ。
 正式には「スポンサー付きヨイネ」と呼ばれているヨイネだ。
 普通のヨイネは無記名だが、スポンサー付きヨイネにはスポンサー名が表示されており、報酬も表示されたスポンサーから支払われる。
 著作権を有している企業が、著作物を良い意味で広めてくれたお礼に付けることが多い。
 その場合、本家に認められたことを意味するので、一般に「公式ヨイネ」と呼ばれている。
 公式ヨイネが付けられた動画は、実質的に著作権所有会社の公認ということになり、ジャス◯ックの出番は無くなるのだ。

(先生、やりましたよ!)
 歌が終盤に近づくと、なんだか涙が出てきた。
 生徒の興味を引くためと思っていた先生の演奏は、実は世界に向けた挑戦、いや教師生命を賭けた渾身の勝負だったのだ。
 演奏を終えた先生はピアノからその繊細な指先を離す。そして振り返り、やりきった顔で私の方を見た。
 私はメガネとの隙間にハンカチを入れて涙を拭きながら、キリッと親指を立てる。
 グッジョブと。


 ◇


 三時間目は現代文だった。
 現代文の先生はちょっとえげつなかった。
 教材にライトノベルを多用する。それも一巻が出たばかりで、二巻が出るかどうか微妙な売れ行きの作品を。
 私はずっと、生徒という若者に配慮した教材の選択だと思っていた。
 確かにライトノベルは読みやすく、若者に近い視点だし、読んでいるだけでも面白い。
 しかし、動画を配信する側に立ってみると別の世界が見えてくる。
 先生は公式ヨイネを欲しているのだ。
 出版社と、作者と、絵師からの三つのヨイネを。
(どうりで、挿絵のあるページばかり教材に選ばれていたというわけね)
 それは生徒の興味を引くためではなかった。
 動画で絵が紹介されて喜ばない絵師はいないだろう。
 それが高校の授業で取り上げられているのだ。その中で「とても魅力的な絵ですね」と先生の講評が付いた日には、思わず公式ヨイネを押してしまうに違いない。
 先生の魂胆を見透かしてしまった私は、途端に授業がつまらなくなってしまう。

 とはいえ、先生にもリスクが無いわけではない。
 ライトノベルとはいえ小説。作品の内容を読み間違えれば、作者に「ヨクナイネ」を付けられる可能性もある。
「この作品に出てくる、男の子にも女の子にもなれなかったヨウセイの気持ちって考えてみてくれないか?」
 いざ授業が始まると、私は別の意味でワクワクしながら経過を見守る。
 作者から「ヨクナイネ」が付けられるんじゃないかと、ネガティブな期待を込めて。

 ピコピコっと、まずは出版社から公式ヨイネが付いた。
 最近のネット検索技術の発展は目覚しい。これは後から知ったことだが、ヨイチューベでは配信されるすべての動画は、即座にAIが解析して一分ごとに自動でタグ付けが行われるという。社員が手動でタグ付けしていた平成時代よりも確実に進歩したのだ(以後パパ談)。画像解析や音源解析も同時進行していて、該当する作品名がタグとして表示される。ライブ配信も例外ではなく、配信されてから一分後にはタグを登録している人や組織に通知が発信されるのだ。そのため、出版社やレコード会社は自社が著作権を所有する著作物が取り上げられていることを、ほぼリアルタイムで知ることができる。

 出版社からすぐに公式ヨイネが付いたのは、動画の中身を詳しく見ていないからだろう。
 だって、高校の授業で自社の出版物が取り上げられているのだから。
 それだけで宣伝になるし、「こんな作品は読まない方がいい」というネガティブキャンペーンを授業でわざわざ行うとは思えない。出版社としては、多くの若者が興味を持ってくれるきっかけになると判断した公式ヨイネだった。
 しかし作者は違う。
 授業でどんな風に作品が扱われるのか、最後まで見極めようとしているに違いない。
 その証拠に、視聴者は現在十八名に増えていた。

 授業では、作品のラストについて生徒からいろいろな意見が出された。
(さて、これをどうまとめるのかしら?)
 私はドキドキしながら授業の行方を見守る。まとめ方次第では、作者からヨクナイネが飛んでくる可能性もあるからだ。
 しかし先生はそれをまとめることはせずに、最終手段に出た。
「きっとこの作者は、二巻にその答えを用意していると思う。先生はそれが待ち遠しい。みんなも二巻に期待しようじゃないか!」
(な、なんだってぇ~!?)
 必殺、続編期待誉め殺し作戦。
(そこまでして、公式ヨイネが欲しいのかっ!?)
 高校教師に「続編に期待している」なんて言われたら、普通の作者ならヨイネを押してしまうだろう。二巻が出せてなんぼのライトノベルの世界。二巻が出せるのなら作者は何だってするに違いない。そんな作者の足元を見た本当にえげつない作戦だった。
 その時の私は、すごい顔をしていたに違いない。
 呆れを通り越してアゴが外れそうな間抜けな表情を。
 自分が配信する側で良かったとほっとした瞬間、私はあることを思いつく。
(他にも呆れてる人がいるんじゃね?)
 そんな生徒の表情を配信すればいい。
 呆れた表情がこの茶番劇のすべてを物語ってくれる。
 だから私は探した。私と同じような表情をしている生徒を。
(あちゃー……)
 しかしそれは逆効果だった。
 なぜなら、もともと興味のない男子生徒はすでに寝てしまっていて、興味を持って授業を聞いている生徒は、本当に二巻が出て欲しいと願っていたからだ。
 ――期待に目を輝かせる女子生徒。
 その姿を配信した直後にピコピコと二回音が鳴る。
 作者と絵師からの公式ヨイネだった。
 とっても悔しいので、公式ヨイネが付いたことは先生には黙っておいた。


 ◇


 四時間目は英語だった。
 英語の先生は普通の先生だった。
 普通の日本人で、教科書に沿った授業を普通に行い、バリバリの日本語風発音で説明する。
 この発音でディ◯ニーの唄を歌うものなら、著作権的にものすごいことになるのは目に見えるくらい、普通の日本人の英語だった。
 だから先生は何も冒険はしない。
 淡々とカリキュラムに沿った指導を続けるだけ。
 もちろん、ヨイネも付かないし、ヨクナイネも付かない。
(まあ、もし自分が先生になったら、こんな授業を目指すと思うけどね)
 平凡であることは簡単そうだが意外と難しい。
 私の中で、英語の先生の株がちょっと上がった瞬間だった。

 すると私は、不覚にも消しゴムを落としてしまう。
 コロコロコロと前の席まで転がっていく消しゴム。だって使い古して丸くなっていたんだもん。
 幸い、前の席に座る未希が気づいて拾ってくれた。
 彼女は消しゴムを手にして、私を振り返る。
「美作さん、これ使ってみなよ。すっごく良く消えるよ」
 とても魅力的な女子高生の笑顔で。
 私の消しゴムじゃなく、新品の消しゴムを手にして。
「これ使ったら、もうやめられないから」
(なに、ウインクしてんのよ!)
(ていうか、バリバリのカメラ目線じゃない!)
(だからメーカー名がよく見えるように消しゴム持たなくてもいいから!)
 未希はずっと待っていたのだ。私のところから消しゴムが転がってくるのを。新品の消しゴムを用意して。
 それはまるで蜘蛛か蟻地獄のごとく。
 即座にピコピコとヨイネが飛んでくる。

 ――ヨイネ(ヨコク文具)

(チクショー、こんな手があったか!?)
 きっとのこの広告料は未希に支払われるに違いない。
 やられたという悔しさと羨ましさで、私の心は一杯になった。


 ◇


 昼休みまでの間、私はずっと考えていた。
 もしかしたら、私も公式ヨイネがもらえるんじゃないか――と。
 だって、カメラは私が装着してるんだもん。旨味が何も無いなんて、そんなのおかしいじゃん。
 そこで思いついたのが、弁当の食レポ。
 おかずを美味しそうに食べればいいのだ。食べたくなるような解説を付けて。
(いつもはママの手抜き弁当を恨んでいたけど、こんな時に役に立つとはね)
 おかずは今日も、冷凍食品のオンパレードに違いない。
 だから私は、昼休みになるのを楽しみに待っていた。

 昼休みになると、未希と向かい合わせになるよう机をくっつけて弁当を広げる。
 視聴者は七人に減ってしまっているけど気にしない。その方が気楽にレポートできるというもの。
「おおっ、今日のグリーンピースはニレイチね。これが美味いんだわ!」
 そう言いながら私は、グリーンピースを箸でつまんでカメラの前にかざす。そして美味しそうに口の中に放り込んだ。
「うん、美味い! やっぱりグリーンピースはニレイチだわ」
(来い! ピコピコ!)
 しかし、公式ヨイネは付かない。
(大丈夫。まだ十粒以上あるから)
 私は微妙に言葉やリアクションを変えながら、必死にグリーンピースの宣伝を繰り返した。
 が、ピコピコと音が鳴る気配は一向にない。
 その様子を見ていた未希が一言つぶやく。
「必死ね」
 しょうがないじゃない。私だってヨイネが欲しいんだから。
「素材がいけないんじゃない? だってグリーンピースってどのメーカーも似たようなもんでしょ。メーカーごとの違いをアピールしないとダメなんだと思うよ」
 わかってます。
 わかってるけど初めてなんだからしょうがないんだよ。
 すると未希は、我がお弁当のメインであるミニハンバーグに目を向ける。
「ほら、これでやってみたら?」
(ええっ、いきなりハンバーグの食レポですか?)
 新米冒険者なのにボスキャラに挑めという無茶なアドバイスに体が固まる。
 私は緊張のあまり、ゴクリとつばを飲み込んだ。
 意を決した私は、箸でハンバーグを挟み力を込めて二つに割る。
「これはアノジモト食品ね。箸の柔らかい感触といい、食べやすいように配慮されている」
 そしてハンバーグの断面を観察した。
「箸で切るとちゃんと玉ねぎが見える。これは美味しそう!」
 ハンバーグを箸で摘むと、カメラの前にかざして口に入れる。
「おおっ、冷めても美味い。さすがはアノジモト、ハンバーグナンバーワン!」
(どうだ! 来い、ピコピコ!)
 しかし、メガネは何も反応しなかった。
(なんで? なんでダメなの? こんなに頑張ってるのに!)
 へこんだ私は、涙目で未希のことを見る。未希も私の表情で状況を察したようだ。
「なぜダメだったか教えてあげようか?」
 それは上級者の眼差しで。
 そんなのわかるわよ。
 だって私は撮影者だから顔出しできないもの。
 もし立場が逆で、未希がカメラを装着していて、私がその前でハンバーグを満面の笑顔で食べていたらとっくに公式ヨイネが付いているはず。
 それとも、棒読みっぽいセリフがいけなかったのかな?
 飲み込むのを待ってセリフを言ったから、ベストなタイミングを逸したとか?
 しかし未希の答えは予想外だった。
「だってこのハンバーグ、アノジモトじゃないもん」
「へっ!?」
 うそ?
 だってママはいつもアノジモトのハンバーグを買ってたはず。
 すると未希は、私のお弁当のハンバーグに箸を当てて観察し始めた。
「断面の玉ねぎの形状から判断すると、これニレイチじゃない?」
 まさか、そんなこと!
 そして未希はパクリと残りのハンバーグを口に放り込んだ。
「うん、これやっぱりニレイチだよ。この玉ねぎの甘みはニレイチにしか出せないんだよね。やっぱ美味いなぁ。これこそミニハンバーグ売り上げナンバーワンのニレイチだよ!」
 満面の笑みで。
 それはそれは本当に美味しそうな表情で。
 と同時にピコピコと音がする。

 ――ヨイネ(ニレイチフーズ)

 もう許さん!
 私のハンバーグ半分返せ!


 ◇


 私たちがお弁当を食べ終わったのは、昼休みも終わりに近づいた頃だった。
(つい食レポに夢中になってしまった……)
 結局私は、公式ヨイネを一つももらえずタイムアップ。
 仕方がないので、私はメガネを外して巾着袋に入れて携帯し、トイレに行くことにした。午後の授業に備えて。
 そして教室に戻り、再びメガネを掛けた私は驚く。

 ――視聴者1627

(なに、これ?)
 お弁当を食べている時のは一桁だったのに。
(ま、まさか、トイレでエロい映像が流れちゃったとか?)
 でも私はちゃんと巾着袋に入れた。光や音をシャットアウトする素材の袋に。
 それに、もしエロい映像が原因だったとしても、トイレから戻ってきた今も千人を超える人が視聴しているというのはありえない。
(もしかして壊れた? トイレに行ってる間に?)
 私はメガネを掛けたまま頭を振ってみる。
 でも何も変化は起こらない。
 するとその様子を見た諸沢和緒(もろさわ かずお)がやってきた。こいつとは小、中、高が一緒の腐れ縁だ。
「なにやってんだよ? 美鈴。そんなことしたら、映像を見ている人が目を回しちゃうぜ」
「なんか壊れちゃったみたいなの。どうしよう?」
「マジか? ちょっと待って」
 すると和諸はスマホを出して操作を始める。
「今は昼休みなんだから、スマホを使って自分で調べればいいんだよ。『緑葉高校、一年七組、ライブ』でググれば出てくるぜ。って、なんだよ、ちゃんと写ってるじゃん」
 そう言って和諸はスマホの画面を見せてくれた。
 そこには、私の目線からの映像が問題なく配信されている。
 ――視聴者1628
 右目の表示を確認すると、ちゃんと一人増えていた。視聴者表示も故障ではなさそうだ。
(なら、この数字はどういうこと?)
 疑問が晴れない私を横目に、和諸が言う。
「ていうか、もう掃除の時間だぜ?」
 うちの高校は、昼休みと五時間目の間に掃除をする変わった学校なのだ。
「ほらほら、委員長代理がちゃんと掃除をしないと、ヨクナイネが付いちまうぞ」
 それは嫌だ。
 でも、この千人を超える人って掃除の風景を見てるのかな?
 私は頭にハテナマークを浮かべながら掃除を開始した。

 今日の掃除の私の割り当ては教室。
 みんなで机を後ろに寄せて、ゴミを掃いて、最後にモップで床を水拭きする。
 するとモップをかける私の横に、同じくモップを持つ転子がスルスルと近づいてきた。
(んん? ドジっ子が何する気?)
 転子は背が小さくて可愛い子だ。
 すぐに漫画のようなドジをやらかすので、クラスのアイドル的な存在になっている。
 私の横に並んだ転子は、何を思ったのかモップをかけたままダッシュ。
「そんなことしたら、モップがつっかかって……」
 注意する前に悲劇は起きた。
 転子はまさにモップにつっかかって、すっこけたのだ。
 前方にダイビングするように。
 短いスカートを派手にめくらせて。
 当然、中身が露わになる。大きなロゴがプリントされた三角の白い布に包まれた可愛いお尻。
 その瞬間だった。私の脳が雪崩のような音に占拠されたのは。
 ――ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン……
(これかよ、視聴者の目的は……)
 無印ヨイネはたちまち千を超えた。
(あんた、これ毎日やってるでしょ!)
 そうでなければ、事前にこんなに視聴者が増えるわけがない。
 五月雨のようなピコーンに頭に来た私は転子に忠告する。
「ねえ、もっと自分を大事にした方がいいよ」
 すると転子はあっけらかんと答えるのだった。
「だってパンツじゃないから恥ずかしくないももん」
 と同時にピコピコと音が。

 ――ヨイネ(ロシキー)

 それはお尻のロゴの水着ブランドからの公式ヨイネだった。
 ていうか、そのセリフ言っちゃっていいの? 著作権、大丈夫?


 ◇


 五時間目は数学だった。
 数学も英語と同様、何も冒険をしない先生だった。
 だから淡々と、因数分解の解説が続く。
(今日は本当に疲れたぁ~)
 午後の数学。
 ひたすら因数分解。
 食後にやられるとマジヤバい。
(どうせ因数分解やるなら、初目ニクの因数分解の唄を歌いながらやってくれたらいいのに……)
 ジャス◯ックからヨクナイネが飛んでくるところを見てみたい。
 そしたら、こんな眠気なんて吹っ飛んでしまうのに……。
 自分で鼻歌を歌うという手もあったが、そんな胸のない、いや度胸のない私は睡魔に負けてコクリコクリと頭を垂れてしまう。
 その時だ。
 ビビっと脳が震えたのは。

 ――ヨクナイネ1

(マジかよ……)
 もらってしまった。今日、初めてのヨクナイネを。
 ていうか、これ、私は全然悪くないよね? 冒険心のない眠くなる授業をする方が悪いんだから……。
 必死に開き直っても、すぐにまた眠気がやってくる。
 ――ビビ、ビビ、ビビ。
 ついにヨクナイネは4になってしまった。
(なによ、全然集中して眠れないじゃない!)
 頭に来た私は、気分を変えるため窓の景色を見る。
 そこで目に飛び込んできた光景に、思わず心を奪われた。

 冷川令菜(ひえかわ れいな)。
 窓際の席に座るクラス一の美女が、髪を揺らす窓からの風にも目もくれず、瞳を輝かせて授業に集中している。
 その姿は、女性の私から見ても本当に美しかった。
 ブレザーを着ていながらも存在を主張する胸のふくらみ。私自身もまんざらではないと思っているが、ブレザーを着るとどうしてもぺったんこに見えてしまう。ということは、中にはかなりのボリュームが隠れているはず。
 それよりも素敵だったのは、サラサラとしたセミロングの黒髪。あんなにもナチュラルに風になびくのは、相当丁寧に手入れをしているからに違いない。
 すっきりとした鼻筋。キラキラと輝く二重の瞳が放つ集中力。因数分解というのに。
(ああ、私も令菜になりたい……)
 心からそう思った瞬間、ピコピコと音が鳴る。

 ――ヨイネ(ホプロリ)

(ええっ、マジ!?)
 嘘っ!? 芸能プロダクション!?
 あの有名な!!??
 それってどういうこと? スカウトされちゃったってこと?
(マジ、マジ、マジ、マジ!?)
 私は今起きていることがにわかに信じられなかった。
 そして次第に興奮が身体中を駆け巡る。
 だって、もしかしたら我がクラスから美少女アイドルが誕生するかもしれないんだから。しかも、私が配信した動画がきっかけで。
 ――デビュー、CM、ドラマ、映画、朝ドラ、紅白、大河、政界、知事、まさかの大統領……。
 全くもってお節介なことに、私の妄想は暴走する。
 ――デビューのきっかけは、美鈴さんという可愛いクラスメートが配信した動画なんです。
 いやぁ、照れますね。
 まあ、それだけ見る目があったということで。
 おバカな妄想は、グルグルと私の中を回り続ける。
 すっかり目が覚めたところで、数学の授業の時間は終了となった。


 ◇


 六時間目の地理は自習になった。先生は休みという知らせが急に入ったからだ。
 仕方がないので、私はパラパラと地理の参考書をめくり、面白そうな地図を眺める。
 自習ということで、視聴者も一桁台に下がっていた。きっとその人たちも同じ地図を眺めているのだろう。そう思うと、ページをすぐにはめくってはいけないような気分になるのは不思議だった。
 先生がいないということでスマホを見ている生徒もいて、視線の隅にチラチラと写る。でも、その生徒を見るわけにもいかない。だって、隠すべき自習の実態が世界中に配信されてしまうから。私は顔を地図から離さずに、視線だけで周囲を伺った。
 こんな自習は嫌だ。一人だけ緊張感に包まれているなんて不公平じゃない?
 なんでこんな日に限って、みんなスマホを見てるのよ!
 せっかくの自習なんだから、私だってスマホを見ていたい。でも、配信者としてはさすがにまずい。我がスマホの中身を世界中に晒すわけにもいかない。
 諦めた私は参考書に視線を戻す。
 そして面白そうな内容を見つけて、小声で読み上げてみる。
「へぇ~、原油産出量世界一ってアメリカなんだ。中東とばかり思ってた。すごいね、アメリカ! U・S・A、原油ナンバーワン~」
 危ない危ない、思わず歌っちゃうところだった。
 でも、こんな風に宣伝してたら大統領から公式ヨイネをもらえたりして。そうなったら本当にビックリしちゃうけど。
 とそこで私は思いつく。
 もっと小さな小さな市町村だったら、もしかしたら公式ヨイネが付くんじゃないか――と。
 私は参考書をめくり、日本の統計について調べ始めた。
 なになに、日本一小さな市は蕨市という市で、羽田空港よりも小さいんだって!?
(マジか。そんな市があるんだ……)
 よし、この衝撃を小声でつぶやいて公式ヨイネをもらおう。
 が、私にはそれができない悲しい事情があった。
「この市の名前、なんて読むの? いばら? やぶ? #@%$!? わかんないよ。ていうか、どこにあんの? まさか、口にできないのは市の名前だけじゃなくて県名も……」

 その時だった。
 斜め前に座る和諸が私の方を振り返ったのは。

「なあ、美鈴」
 あともう少しで放課後。
 すっかり気が緩んだ和諸は、スマホ片手に馴れ馴れしく語り始める。
「朝からずっと不思議に思ってたんだけど、なんでお前が委員長代理なんだ?」
 同時に周囲から視線が集まるのを感じる。
 ということは、クラスのいくらかは同じ疑問を持っていたということ?
 その人たちにも聞こえるように、私は正直に答える。
「急だったの。夜中に委員長から電話があって。委員長は私が適任だって言うんだけど、それがいまだに分からなくて……」
 私が委員長のお務めに興味を持っていたということもある。
 そんな目で委員長を見ていたことは、完全に彼女に見抜かれていた。
 でもそれを伝えるのは面倒くさいし、言っても上手く伝わるとは思えない。
 だから私は黙っていることにした。
「だってお前さ、委員長のこと良く言ってなかったじゃん? それがいきなり委員長代理だろ。何かあったと思うのが普通じゃね?」
 その言葉を聞いて、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 ――な ん で そ れ を 今 言 う !
 良く言ってなかったって、新入生になって委員長が決まった時にちらっと和諸に漏らしただけじゃん。「あの子、ちょっと恐い」って。
 だってこのクラスで中学が一緒だったのって和諸だけだったから。私は不安だったんだよ。
 すると、和諸の近くに座る男子が声を掛けてきた。
「へえ、美作さんもそう思ってたんだ。確かに委員長って変わってるよね?」
 たわいもない一言。
 一見すると何の罪もないように見える。
 しかし、こういう言葉こそが危険なのだ。
 現に、この発言をきっかけとして、クラス中の男子から不満が溢れ出すこととなった。
「なんか恐いんだよね。挨拶してもあまり返事してくれないし」
 別の男子も次々と参戦してくる。
「つんとしてて、スカート長いし」
 いいんじゃない、委員長なんだし。
「ライブカメラを付けると、眼鏡の上にメガネで、とっても変だよね」
 それ、私も思う。
「ぺったんこだしね。いひひ」
 それセクハラだから。気味悪い笑いもやめろ。
「この間、拙者が行くアニメショップで見かけたでござる。腐女子であると思われ」
 お前が言うな。
「僕より数学できるの許せない」
 はいはい、頑張って。
「ハヤブタ参号機の小学生探査ミッションについて意見の相違が見られ」
 スマホを参照しながの言葉は説得力ないよ。小学生探してどうすんのさ。
「とにかく何もかもが気に入らないんだよ、あの女」
 みんな勝手なことばかり。
 本人がいないからって!
 ついに頭に来た。
 好き勝手なことを言う男子に。
 そしてそれに対して何も反論しない女子に。
 私は立ち上がる。
「ちょっとみんな、何言ってんの?」
 クラス全員が私に注目する。
 負けない、私は負けない。だって委員長代理なんだから。
「卑怯だよ。本人に直接言えないからって」
 そうだ、そういうことは面と向かって言うべきなんだ。
「それになんで女子は誰も反論しないの? 未希だって委員長と仲良かったじゃん」
 私の前に座る未希は、前を向いたまま静かにうなだれたままだ。
「人がいないところで陰口を叩かないでよ。ねえ、うちのクラスってこんなだった? これっていじめじゃない。それを止めない人も同罪」
 最後の言葉でふと考える。
 もし自分が逆の立場だったら?
 もし未希が委員長代理だったら、その前で私は立ち上がって男子に反論できる?
 陰口を言うことは止めようって、言うことができる?
 そんな自信は無かった。
 そんな勇気も無かった。
 きっと逆の立場だったら、私は頭を垂れて沈黙を守り続けていただろう。目の前の未希のように。
 そんな自分が悔しかった。
「私ね、今日委員長代理をやってみて、委員長の大変さが分かった。昨日までの私は委員長のこと何も知らなかった。委員長が悪口言われても、反論する勇気も出なかった」
 なんだか涙が出てきた。
 やっぱり自分は弱いんだ。
 本当は人に偉そうなことを言える立場じゃない。
 だったら今日感じたことを踏み台にしよう。今の感情は本物なのだから。そしてそれを言葉にしてちゃんと伝えるんだ。後悔だけはしたくないから。
「でも今は違う。委員長はすごいと思う。だから陰口だけはやめよっ。本人の前で何でも言えるクラスになろうよ……」
 次から次へと溢れる涙。
 その時だった。
 ピコピコと音が脳に響く。

 ――ヨイネ(教育省)

 それは私がもらった初めての公式ヨイネだった。


 ◇


「はい、そこまで。ホームルームを始めるわ」
 担任が教室に入ってくる。
 突然の公式ヨイネに呆然と立ち尽くす私。担任はゆっくりと近くにやってきて、私に手を差し伸べた。
「今日はご苦労様。もうカメラを外してもいいわよ」
 えっ、カメラ?
 そうだった、私、映像をライブ配信してたんじゃない。
 あんまり頭に来たのですっかり忘れてた。
 とたんに恥ずかしくなる。
 何? さっきのシーンって世界中に配信されてたってこと?
 いやいや、ありえないでしょ。超恥ずかしい!
 顔を真っ赤にしながら私がカメラを外すと、担任がそれを受け取り、特殊なキーを用いてスイッチを切る。
「これで今日のライブ配信は終了よ」
 すると驚くべき事態が起きた。
 教室中から拍手が湧き起こったのだ。
「お疲れ様!」
「名演説だったぜ」
 なになに?
 何が起こってんの?
 ポカーンとする私に和諸が衝撃の事実を打ち明ける。
「悪いな、クラス全員でお前を騙して」
 すると未希も振り返る。
「ごめんね。反論するなっていうのは、委員長からの指示だったの」
 と言いながら、メール画面を私に見せた。
「男子には、各々にセリフが届いていたでござる。委員長から」
 なんのことかさっぱりわからないけど、自分だけ騙されていたということは薄々分かってきた。
 だからみんな自習中にスマホを見てたんだ……。
「私、感動しちゃった。美作さん、やる時はやるじゃない!」
 あはははは、あははははは……。
 私はただただ笑うしかなかった。


 その日の夜。
 帰宅するのとほぼ同時に、委員長から電話がかかってくる。
『美作さん、今日はありがとう。そして本当にごめんなさい』
 ガラガラ声ではなく、いつもの委員長の声で。
 私はちょっとだけ怒りを混ぜて聞き返す。
「ねえ、葉山さん。ちゃんと真実を教えてほしいんだけど」
『うん、そうだよね。ちょっと長くなるけど、いい?』
「わかった……」
 こうして私は、今日の出来事の真相を知ることとなった。

『まずは事の始まりなんだけど、五月になってから担任の先生から相談されていたの。どうやったら教育省から公式ヨイネがもらえるのかって』
 公式ヨイネ? 教育省からの?
 確かにあの時、私はもらうことができた。教育省からの公式ヨイネを。
 でもなんでそれが、あの時のいじめ劇と関係あるのだろう?
『先生方は相当プレッシャーを掛けられているみたいよ。学園の理事長から。だから私はあるシナリオを書いたの。私が欠席して、それをきっかけに私に対する不満がクラスで噴出するシナリオを』
 むむむむむ……。
 あのシナリオって委員長自らが書いてたんだ。
 それにしては、ちょっと自虐的すぎじゃね?
『それでね、担任の先生に話したらそれでいこうってことになって、今日が実行日に選ばれたの』
 マジ?
 担任も最初からグルだったとは。
『地理の先生には担任からお願いしてもらって、六時間目は自習にしてもらったの。私はクラスのみんなに、個別にセリフをメールした』
 自習になった時から委員長のシナリオが始まっていたのね。
 それはまあ手の込んだことで。
『でも良かった。美作さんが私の思った通りの人で。男子たちのセリフが、いじめなんじゃないかと感じてくれて』
「そりゃ、クラスメートなんだから当たり前でしょ!? あの時、本当に頭に来たんだから」
 今はちょっと委員長のことが頭に来てるけど。
『ありがとう。それはとっても嬉しい。そしてごめんね、美作さんの気持ちを弄んでしまって。とにかく私は、美作さんに「いじめ」という言葉を使ってもらおうと必死だった。そのためには、もっとひどいセリフもたくさん用意してた』
 いやいや、あの時でもかなりひどかったよ。
 もっとひどいセリフって、どんなのがあるっていうの?
 というか、どうしてそこまで自虐的になれるの?
『美作さんがいい人で良かった。美作さんを選んで本当に良かった。ごめんね、本当にごめんね……』
 電話の向こうで、委員長は泣き出してしまった。

「いくつか聞きたいことがあるんだけど?」
 委員長が落ち着いてきたので私は切り出す。
『うん。なに?』
「なんで、いじめという言葉を使って欲しかったの?」
『それはね、教育省は「いじめ」という単語で動画をウォッチしているから。いくらAI技術が発達してきたとはいえ、動画における人々の行動解析から「いじめ」を自動判別することはまだ無理なの。だから「いじめ」というセリフを誰かに言ってもらう必要があった。シナリオには含まれないところでね』
 つまり、教育省に動画を見て欲しかったということ?
 私が「いじめ」という単語を使ったことで教育省は動画を見ることになり、最終的には私の演説でヨイネが付いたということなのだろう。
「じゃあ、何で学園は、それほどまでに教育省の公式ヨイネを欲しがってるの?」
 そもそもの原因はここだろう。
 学園が担任にプレッシャーを掛けなければ、こんな事態は起こらなかったに違いない。
『これは私の予想なんだけど、補助金がらみなんじゃないかな?』
 補助金?
 それって?
『ほら、うちの学園っていじめ対策の一環としてライブ配信システムを導入したでしょ? その時に相当額の補助金を国からもらっているみたいなの。何十億という』
 マジか?
 それってなんか、高校生が首を突っ込んではいけないような話に聞こえてくる。
『なのに、もらえる公式ヨイネは文房具関係とか出版関係ばっかじゃない? 無印ヨイネに至っては、数のほとんどがパンチラ。だから理事長は霞ヶ関に呼ばれて注意されたんだと思う。いじめ対策だったら、最低でも教育省の公式ヨイネが付くはずだって。今のような状況なら来年からの補助金はどうなるか分からないぞって』
 いやいや、何のことなのか話が大きすぎてさっぱり分からないけど。
 なんか、すっごくヤバそうなことというのは伝わってきた。
『そんなことになったら学園の目論見は頓挫するのよ。だって、ヨイネが多い授業の映像を集めて売り出そうとしてたんだから。そしたら私の』
「わかった、わかった。もういいわ」
 これ以上、首を突っ込むとヤバい。消されるわ、私。
『美作さん、本当にありがとう。今日もらった教育省からの公式ヨイネって、すごい価値があるのよ。これ一つだけで学園を一年間救えるくらいの。おかげで来年もライブ配信できそうだわ』
「ちょっと聞きたいんだけど、委員長ってライブ配信が好きなの?」
『そうよ。だって面白かったでしょ?』
 そりゃ、まあ、つまらなくはなかったけど。
『理科と音楽の先生の情熱、あざとい現代文の先生と未希。そしてドジっ子転子ちゃん。最高に楽しいじゃない』
 いやいや、心がお広いことで。
 私は、未希にやられっぱなしだったのが悔しくってしょうがないけど。
『それに冷川さんがあんなに魅力的とは思わなかった。彼女、デビューできるといいわね』
 えっへん。そうなったら私のおかげかな。
『お弁当のハンバーグも美味しそうだったなぁ。本当はヨイネを押してあげたかったんだよ』
 未希に半分食べられちゃったけどね。
 ん? でもなんでそれ、委員長が知ってんの?
 まさかと思い私は訊いてみる。
「ねえ、もしかして委員長、今日の動画って全部見てたの? 寝てたんじゃなかったの?」
『もちろん全部見てたわよ』
 ええっ!?
 見てたのは六時間目だけじゃなかったのか。
 風邪引いて……って、それは仮病だったんだっけ?
 それならそうと早く言ってよ。
 そして葉山さんは嬉しそうに笑うのだった。
『だって私、学級委員長だもん』
 やっぱ恐いわ、この人。




 おわり



ライトノベル作法研究所 2019GW企画
テーマ:『新時代』