ハンギングチェア2019年04月09日 21時02分07秒

 リラクサと名付けられた椅子が、彼女の部屋の天井からぶら下がっている。
『あれ? ケンジさん、緊張してます?』
 いつものように腰掛けると、ステレオスピーカーからリラクサが小声で話しかけてきた。
「よくわかるな」
『揺れがぎこちないですから』
「そうなんだ。今日は指輪を渡そうと思ってな」
『ご健闘を祈ります』
 二時間後。
 彼女と一戦交えた俺は、ぐったりとリラクサに腰掛けた。
『上手くいったんですね。揺れが穏やかです』
「サンキュ」
『そしてかなり運動しましたね。体重が一キロも減ってます』
「余計なお世話だ」
 こうして俺たちは婚約者となった。が、そういう時に限って仕事が忙しくなる。
 二ヶ月ぶりに彼女に会えた時は、激務のため俺は十キロも痩せてしまった。
「どうしたの? ケンジ!」
「やっと会いに来れたよ。ちょっと休ませてくれ」
「ダメよ、そんな痩せた体じゃ。今は散らかってるし」
「いいだろ? 婚約者なんだし」
 強引に部屋に入った俺は、リラクサに腰掛ける。
 あー、この感じ。激務の中ずっと待ちわびてた極上の心地良さ。
 久しぶりの愛の巣を満喫する俺に、リラクサが無邪気に囁いた。
『あれ? アキラさん、ちょっと太りました?』



500文字の心臓 第168回「ハンギングチェア」投稿作品