鈴をつける2012年06月23日 09時24分56秒

「きゃっ!? 何やってんのよ、冷たいじゃない!」
「も、申し訳ありません」
「んぅ、もぅ、気をつけてよね、そこの花屋さん」
「ただ今、拭きますので……」
 俺は謝りながら、店先で水を掛けてしまった女性の髪を丁寧に拭く。水は服にも掛かったようだ。
「ちょっと、どこ触ってんのよ。もういいわ、私急いでるから」
「すいません……」
 先を急ぐ女性が角を曲がり、姿が見えなくなると、俺は無線に向かって呼びかける。
「ターゲットと接触。特殊塗料の付着に成功しました」
『よくやった。今、衛星画像でチェックするから、お前は次のポイントへ向かえ』
「了解」
 俺は国立情報機関の諜報員。尾行対象の女性、戸坂鈴に、透明な特殊塗料を付ける役目を負っている。
『おい、聞こえるか?』
 しばらくすると無線が鳴った。
「はい」
『駄目だ、塗料の付着が不十分だ。やり直し!』
「でも、私の面は割れてますが」
『そこをなんとかするのがプロだろうが!』
「わかりました。で、次はどんな方法で?」
『蕎麦屋の出前だ。次のポイントに自転車と塗料入り蕎麦を用意させている。今度は失敗するなよ』
 仕方ねえなと独り毒づくと、俺は手ぬぐいを取り出し、顔を隠すように深く頭に巻いた。



500文字の心臓 第114回「鈴をつける」投稿作品