秘密の下駄箱通信2009年06月01日 18時34分15秒

「今朝は入っているかな…」
 最近僕は、下駄箱を開けるのが楽しみだ。
(あ、あった!)
 誰にも見つからないように白い封筒を取り出す。カセットテープが入ったマリコからの手紙だ。

 三ヶ月ほど前、僕はマリコからラジオ講座に誘われた。ラジオで放送されている大学受験講座を、一緒に聞こうというのだ。勉強が嫌いな僕は、始めてみたもののすぐに挫折した。それを救ってくれたのは、マリコが渡してくれる録音テープだった。

「全くしょうがないなぁ…。大事な講義だけでも録音してあげるよ」
 そんな彼女の笑顔を思い浮かべると、不思議とやる気が出てきた。同封してくれる解説メモも、要点が的確にまとめられている。聞き終わったテープをマリコの下駄箱に入れる時は、誰かに見られてないかとドキドキした。

 そんなある日、いつもの封筒がやけに軽かった。テープが入っていない。中を開けると短い手紙が一つ。
『ゴメン、録音失敗しちゃった…』
 まあ、こんなこともあるよな。僕は深く考えずに、いつも通りマリコの下駄箱に手紙を入れた。
『気にしてないよ。次は頼む』
 マリコが気を落とさないように。表向きはそう気遣っているが、本心は別にあった。朝の下駄箱の楽しみを終わらせたくない、そんな自分勝手な理由だった。

 過ちに気づいたのはそれから一ヶ月後のこと。二人の下駄箱通信は、マリコからの一方的な手紙で幕を閉じた。
『何度も録音に失敗しちゃうと自己嫌悪に陥るの。ごめんなさい、もうあなたにはテープを渡してあげられない』
 彼女の厚意に甘えすぎていた。大事なことに気づくのが遅すぎた。

 それから僕は一人、ラジオ講座で勉強した。マリコとの連絡は途絶えてしまったが、同じ講義を彼女も聞いていると思うと頑張ることができた。今までの彼女の厚意を、僕の合格で報いてあげたい。なんとも一方的な思い込みだが、それだけで力が湧いてきた。

 そして春がやってきた。マリコはもちろん、なぜか僕もW大に合格していた。



文章塾という踊り場♪ 第35回「旅立ち」投稿作品

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