ハロー、見てるよ!2009年03月23日 18時33分15秒

「ねぇパパ、人は死んだらどこに行っちゃうの?」
 春香が突然、そんなことを聞いてきた。
「えっ?」
 俺は自分の耳を疑う。春香は、俺の病気のことを知っているのだろうか。
「風になってどこかに行っちゃうの?」
 春香の無邪気な笑顔は、そんな疑念を吹き飛ばした。

 俺が胃癌と診断されたのはつい三日前のこと。幸い末期ではなかったため、胃を摘出して転移がなければまだ生きられる可能性はあるという。しかし俺は、自分の死の場面を考えてしまう。死に場所はどこがいい?そして、死んだらどこに行くのだろう?

「死んだらね、その場所にずっと居るんだよ」
「ええっ、風になるんじゃないの?」
「そんなことしたら、空が幽霊だらけになっちゃうぞ。死んだその場所に、ずっとずうっと留まるんだ」
 これは自分に対する答えでもあった。もし死に場所が選べるなら、ずっと居たい場所がいい。死に面して強くそう思った。
「えー、それってつまんないじゃん」
「だからね、たまにタイムマシンに乗れるんだ。過去や未来に行けるんだよ」
「へぇ~」
「じいちゃんも、春香のことを見に来てるかもよ」
「えっ、ホント?じゃあ、あれがじいちゃん!?」
 そう言って春香は雲を指差した。

 タイムマシン。我ながらうまいことを考えたものだ。その頃、”拝啓十年後の君へ”という歌が流行っていて、若者向けにタイムカプセルの募集をやっていた。俺は手術の前にこっそりと春香の名前を借りて、それに応募した。俺やじいちゃんが、タイムマシンに乗って春香を見に来ているとまた思ってもらえるように。毎年家族で出かけた南の島の絵葉書に、一言だけメッセージを添えて――


「ハロー、見てるよ!」
 そう書かれた絵葉書を見つけ、俺は郵便受けの前で立ち尽くした。
 差出人は昨年亡くなった娘…?
 しかしそれは、十年前に俺が書いた絵葉書だった。
 そんな記憶は、娘の笑顔と共に蘇ってきた。
「春香、見ているか…?」
 見上げると、青空に雲が一つ浮かんでいた。


文章塾という踊り場♪ 第33回「死者についての文章」投稿作品