ネチャード・イレラレン2008年01月15日 21時05分23秒

私の名前は、ネチャード・イレラレン
華麗なる天才ピアニスト
世界中を旅して、お目当ての女性を探している

「きゃぁーっ、ネチャード!!」
 新年の演奏会が終わると、ご婦人達の黄色い声が出口を覆う。どうやら、私の甘いマスクと、魅惑的な演奏が彼女達をそうさせているらしい。私は片手にトランプを持ち、一枚一枚空に向かって投げる。ひらひらと落ちてくるカードをご婦人達が我先にと拾ううちに、用意した車に乗り込むのだ。

 コンコン…
 さあ、今夜のお客がやってきた。
「どうぞ」
「カ、カード、私が拾いました」
 ちょっと緊張気味に、20代前半くらいの女性が部屋に入ってくる。黒いドレスの胸のところでハートのAをかざしているのが愛らしい。ホテルの部屋番号を記したカードだ。
「今夜は私のレッスンに付き合ってもらうけど、いいかい?」
「は、はい、喜んで…」

 ピアノは非常に繊細な生き物だ。タッチの強弱そして速さによって音の艶が変わる。そして世の中には、ピアノに負けないくらい繊細な生き物が存在する。それは女性だ。芸術的なタッチによって、彼女達の口から発せられる調べを自在にコントロールする。それが私の夜のレッスンなのだ。

「さあ、始めるよ」
 私は目を閉じて、指先の感覚だけを頼りに曲を奏で始める。ある時は早く、ある時はゆったりと、そう、それはまるで草原を舞う蝶のよう。シルクのように滑らかに風の合間を抜け、深く茂みに迷い込んで秘密の花びらを探し、蜜をまとって激しく羽ばたいていく…
「ふう、今夜も完璧な演奏だった」
 その証拠に、あまりの心地の良さに女性はすでに気を失っていた。
「おやすみ。しかし今夜のご婦人も違ったな…」
 私は女性を残して、いつものように一人部屋を後にした。
 熱く硬くなった情熱を衣の内に秘めたまま。

私の名前は、ネチャード・イレラレン
華麗なる天才ピアニスト
今年で40才になるが未だに童貞
世界中を旅しながら、失神しない女性を探している


文章塾という踊り場♪ 第21回「お正月らしい、お正月を感じさせるもの」投稿作品

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
スパム対策の質問です。このブログのタイトルは?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tsutomyu.asablo.jp/blog/2008/01/15/2969406/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。