ダイコン2007年10月29日 00時39分31秒

「ダイコンなんて、だいっキライ!」
ブリ大根を前にして息子が叫んだ、らしい。
そんな話を妻から聞いて、ふと昔の自分を思い出す。
何を隠そう、自分もダイコンが大嫌いだった。

だいこんが食べられるようになったのは、一人暮らしを始めてから。
通っていた大学の前に、旨い小料理屋があったおかげだ。
そこのおでんを食べている時に、ふとある疑惑が湧き起こった。
自分のダイコン嫌いは、母の料理が原因だったのではないのだろうか。

疑惑を抱きながら二十年。
二世帯住宅に引っ越して七年。
ついにその疑惑が、確信に変わる日がやってきた。
謎を解く鍵は、母が作った目の前のブリ大根だ。

「こりゃ、だいこんじゃなくてダイコンだよ・・・」
思わずぼやいてしまう。
煮込みが足りず、中が白くて硬い。
ぶりの旨味がしみ込んでないから、すごく苦い。
でも、なんだろう、この不思議な感覚は。
記憶の奥底に沈んでいる何かを呼び覚ますような味だ。
これがいわゆる“おふくろの味”と云うのだろうか。

むむむ、待てよ。
”おふくろの味”という言葉を使っていいのは、
旨いものに対してなんじゃないのか?
このブリ大根は、ものすごく不味いぞ。
でも旨くならないものに対しては、使ってもいいような気がする。
だって、母の料理が日増しに旨くなって、
いつの間にか三ツ星レストラン級になっちまったら、
それは”おふくろの味”とは言えないんじゃないだろうか。

さらば”おふくろの味”と、ごみ箱を開けたところで、
妻に見つかってしまった。
「子供達は泣きながら食べたのに…」
ギロっと睨みながら、捨てたらみんなにバラすわよ、なんて、
恐ろしいことをさらりとおっしゃってくれる。
結局、明日の朝、子供達の前でブリ大根を食べることになった。

「やっぱり食べたくなーい!」
泣き叫びたい気持ちを抑えながら考える。
不味くても、おいしそうに食べる?
それとも、正直に不味そうに食べる?
自分は息子に、どんな顔を見せてしまうのだろうか。


こころのダンス文章塾 第20回記念企画「旨いもの」投稿作品

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