チビ地蔵の恋2006年08月16日 12時10分32秒

「絶、対、上を見ちゃダメだからねっ!」
念を押しながらマリコが梯子を登っていく。ここは高校の体育館の舞台袖。トン、トン、トンと響く振動は、上を見てみたい衝動を駆り立てる。
「登っていいよ!」
我に返った僕は、発砲スチロール製の雪が入った袋を担ぎ、梯子に手を掛ける。これから始まる演劇で降らせるものだ。
「それにしても・・、この真夏に・・、なぜ”笠地蔵”なんだ?」
息を切らしながら到着した舞台の天井裏は、ライトの熱で暑さ倍増だ。
「だって、涼しそうでしょ」
額に汗を浮かべながらマリコは笑った。

そもそも文化祭で笠地蔵をやりたいと言い出したのはマリコだった。さらに「私はチビ地蔵だからねっ」と、役まで自分で決めてしまった。しかし、稽古中に雪で滑って転び鼻を強打した彼女は、「こんな鼻では人前に出られないよ」と、渋々裏方に回ることになった。

「私ね、笠地蔵の話が怖かったの。だって、お地蔵さんが動くのよ。ちょっとソーゾーしてみてよ。お地蔵さんとすれ違った時にギロって睨まれたら、イヤじゃない!」
「だったら・・・」
「でもね、ある日気づいたの。一人だけ手ぬぐいを掛けてもらったチビ地蔵はね、そのとき人間に恋したの。そう思ったら急に、愛らしくなっちゃって・・・」
「恋って、お爺さんに?」
「あれはお話の中のこと。本当は素敵な若者だったかもしれないでしょ?」

そんな話をしているうちに僕らの出番がやってきた。天井裏から舞わせた雪はお地蔵さんの頭に降り積もり、その上にお爺さん役のM先輩が笠をのせていく。そして、最後のチビ地蔵が手ぬぐいを掛けてもらうその時・・・、M先輩と目が合ったチビ地蔵役の女生徒は、ぽっと頬を赤らめた。

「このやろーっ!お地蔵さんは無表情なんだぞっ」
顎から汗を滴らせながら雪を降らせていたマリコは、その手を止めた。
「チキショー、この雪さえなかったら・・・」
鼻と目を赤く腫らして舞台を見つめる彼女に、僕は恋をした。


へちま亭文章塾 第10回「真夏の雪」投稿作品★かんとう賞